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うまいことやりおったなあ。

 「XX社までお願いします。」
 タクシーの助手席に滑りこみながら、僕は行き先を告げました。

 なんだってあんなことになってしまったのか、詳細は忘れましたけど、その当時、僕は結構大きな地方支店に勤務していたにもかかわらず、営業担当は僕ひとり、アシスタントの女性社員がひとり、あとは数名の契約社員という『東京の某課の一チーム』ということになっていました。所属課は、東京の課ですので、同じ課の15人前後の課員はもちろん、直属の課長、部長、50人にのぼろうかという部員、も全員東京にいました。
 その日は、久しぶりに東京からその僕の『飛び地チーム』のために出張に来ていた課長と副部長を連れて、その当時まだ現役の社長でもあった創業者が、彼一代でその商品を世界的に高い評価を得るまでに発展させたXX社に行く途中でした。その取引先はJRのある駅から私鉄に乗り換えてさらに数駅、というところにありましたが、その日は三人だし、道もわかりやすいし、15分くらいだから私鉄には乗り換えずにJRの駅から取引先までタクシーで行くか、ということになったわけです。

 駅には数台の客待ちのタクシーが列をなしていて、一方タクシー乗り場には誰もおらず、僕らはすんなりとタクシーに乗り込めました。
 後部座席に課長と副部長、僕はサラリーマンの序列に従って、先導役も兼ねて助手席です。
 「XX社までお願いします。」
 タクシーの助手席に滑り込みながら、僕は行き先を告げました。
 「はい、はい、XX社ね。」
 さすがは世界に冠たる企業、会社名を告げただけで、タクシーは目的にむかって滑らかに発車していきました。

 今回課長と副部長のわざわざのお出ましの趣旨は、相手にとって不足はないXX社ではあるが、どうも契約件数がのびず、僕ひとりではこころもとないので、ひとつここはトップセールスでもするか、ということで、肩書き二つが東京から、もとい、肩書きのあるお二人が東京からわざわざ出張されてきた、というわけです。

 「いやあ、この会社に来るのもひさしぶり
  だなあ。」
 後部座席で課長がなにやら感慨深げに僕に話しかけます。いや、あんた課長でしょ、何を太平楽を言ってるんですか、それじゃあ今まで、この取引先に対して課長として長きにわたって手ぐすねを引いていた、って認めているようなもんじゃないっすか。
 「昔は、年間20億くらい商売があったんだけどなあ。
  いま何やってるんだっけ?」
 先方に会う前にタクシーの中で現況をおさらいしておこう、というわけです。まあ大事ですね。それが到着寸前のタクシーの中ってのはちょっと僕も含めて当事者意識が低すぎますが。
 「ええと、メインブランドのほうは、中国での
  受注生産がはじまったばかりです。サブブラ
  ンドのほうは、例の世界展開の受注がはじま
  ってます。」
 「おお、あのブランドか。あれ売れてんのか?」
 何を他人事みたいなこと言ってんだ、この人は。
 「全然売れてないですね。でもあれに関しては
  まだ始まったばかりで、今はロットが小さく
  て他社が敬遠してやりたがらないので、逆に
  将来性に期待して、必死で、食いついていま
  す。」
 僕は助手席で前を見たまま後ろからの質問に律儀に返答していきます。
 「あれ、たいへんだろう?少ないし、デリバリ
  -はいろんな国でさ。」
 いや、いや、これまた他人事みたいな感想を。
 「はい。そうなんですけど、担当者の話では
  これはなんでも社長の肝いりのブランドな
  ので、今の規模で売れてる売れてない、に
  関係なく、プロダクトアウトで売っていく、
  と位置づけられているそうなので、将来を
  頼んで辛抱してます。」
 「社長って、番茶谷はんか?」
 と、今度はやはり後部座席の副部長から質問が飛んできました。なにしろ、終戦後間もないころに起業し、一代で世界的名声を得る会社をつくりあげた現役社長のうえに、番茶谷(ばんちゃたに、もちろん仮名です。)という珍しい苗字だったので業界では現在進行形立志伝中の人物、として広くその名を馳せていました。
 ええと、仮名だとどれくらい珍しいか、をわかっていただくのが難しいですけど、そうですね、ご参考までに、結構いてもおかしくなさそうなんだけれども、よくよく考えてみると、僕はこの社長以外の方で、同じ苗字の人を媒体で見聞したこと、がそれまで一回のみで、電話も含めてそういう苗字の方と僕自身が会話などの接触をしたことは、それまで一度もありませんでした。だいたいそんな程度の珍しい苗字です。
 「そうです。番茶谷さんです。」
 「おっさん、たいしたもんやなあ、
  元気やなあ。」
 タクシーという密室での、それも身内同士の会話、ということも手伝ってだんだん会話の内容が、あまり社外の人の前では言いづらい方向に、少しずつ崩れていきます。
 「ええ、なんでも担当者の話では
  おつきの人たちが顎があがるくらい
  精力的に仕事する人らしいっすよ。」
 「ほうかいな。全然もうろくしてないん
  やな・・。緑くんは、会ったことある
  んか?」
 「え?ええと、名刺交換ならしたことあり
  ます。」
 「ほう!どういう状況でや?」
 「いや、それがその、例のXX社主催の新年
  会で・・・。」
 「がはは、あれか、芸能人にサインもらう
  みたいにおっさんの前の100人くらいの
  行列に並ばされて、ひとり1秒くらいで
  名刺交換する例のやつかいな。あれは俺
  も何回も並んだけど、あんなもん名刺交
  換のうちにはいらんで。」
 「はあ、そうっすよね。」
 「そや、そや。きみの名刺なんて即日どっ
  かにしまわれて永久に日の目を見んな。
  ははは。ま、わしの名刺もそうやろ。
  ところで、おっさんはああいう経緯だけ
  社内で裸の王様になってる、ちゅうこと
  はないんかいなあ?」
 副部長は、よくある『創業者現役社長が、そのカリスマ性、独裁性ゆえに嵌ってしまう陥穽』の可能性を、大して考えもなく口にしてみているようです。
 「どうなんでしょうねえ。僕らは遠すぎて
  よくわかりませんけど、僕の接している
  社員からは、あんまりそう恐怖政治的な
  話も聞かないし、僕には雰囲気も感じら
  れないっすけどね。」
 そんなの俺に聞かれてもわかるわけないだろ、なんて思いながらも僕は前を向いたまま、ちょっといい加減に対応し始めていました。
 あと、5分くらいで到着だな。

 その時です。
 僕の視界に偶然飛び込んできた『あるもの』が、僕の心身を一瞬にして、しかし、完全にフリーズさせました。
 「・・・・。」
 今思うと、僕が凍りついた瞬間から、僕と彼との間にはテレパシーと表現してもいいような、ある種の無言の意思疎通、あるいは心と心の探りあいの会話、が始まっていたんです。
 僕の頭には、しかし、依然凍りついたままの五体をよそに、一瞬の思考停止の後、大量の言葉が行き交いパニック状態になりました。
 僕の異常な心身の状態を知ってか知らずか、いや、絶対に知らなかったはずです、後部座席の課長と副部長の会話は、どんどん、たがが緩んできて言葉遣いもぞんざいになってきたます。

 「しかし、番茶谷のおっさんも、そうそう
  いつまでも社長やっとたらあかんやろ。」
 「いや、なんか、一応後継者候補はおるみ
  たいですよ。」
 「そうなんか。息子でもおるんか?・・・
  でも役員に同じ苗字の奴おったかいな?」
 「いや、なんでもおっさんの娘の旦那が養
  子にはなってないけど、転職してきて、
  今、ヒラトリにいるらしいですよ。
  たしか、こ、こ・・・・ええと、こたに、
  とかいう名前で。」
 「へえ、どっからきたんや?」

 僕の脳の中に飛び交っていたあまたの言葉はようやく取捨選択されていき、やっとのことで予想される最悪の事態に思いを馳せることができ、同時に後部座席のふたりの緩い会話に大きな危機感を抱き始めました。けれども、後ろの二人は僕の心臓がばくばくしているのをもろともせず、ますます社会人としての良識を逸脱した会話に流れていきます。

 「いや、それが、噂では僕らと同業の出入
  り業者だったらしいですよ。」
 「ほんまかいな!それで、おっさんの娘を
  つかまえよったちゅうことかいな。うま
  いことやりおったなあ!」
 うわあ、まずい!もちろん推測で、かつ軽口のつもりで言ってるんだろうし『うまいことやりおったなあ!』って気持ちはわからんではないけどさ・・・。
 「みどりくん、わしらも若気の至りで下手に
  刹那的な錯覚で愛のある結婚なんかしたお
  かげで、いつまでたってもおっさんの名刺
  もらうのに毎年ならばなあかんちゅうのに、
  同じ立場やったはずのこたにさんは、うま
  いことやったもんやから、もうちょいした
  ら、労せずして行列を作らせる番になるん
  やで。やっぱり結婚は打算でせなあかんな
  あ。なあ、みどりくん、わしらあ、ピュア
  すぎて損してるんやで。」
 副部長、自虐的冗談にほとんど酔ってます。あ~あ、ここまで言うか。それも俺の悪い予想があたっていたら、冗談にしても、いやそれだけに全然おもしろくないではないですか。
 「なあ、みどりくん!」
 
 僕は一切、後部座席の会話に反応せず、あたう限りの能力を総動員して慎重に言葉を選んで、僕の視界の中にあるものを指差しながら不必要に大きな声で言いました。

 「おほん、運転手さん、あのおお、
  ひょっとして・・」

 すると行き先の指示に返答した以外、それまでひとことも言葉を発していなかった運転手さんは、僕の質問がまだ終わっていないのに、完璧に僕の意図を汲んで、拍子抜けするくらいの軽い口調でいいました。

 「そうですよ。あれは私の叔父ですわ。
  私もね、来い、言われたんですけどね、
  私は学校で勉強した専門ちごうたから、
  あそこには入らんと家電メーカーに行
  ったんですけどね、そんときのわたし
  の就職の保証人は、あの人ですわ。」

 ああ、万事休す。
 僕が目にして、凍りつき、指差したのは助手席の前にある『この車の運転手の氏名』というプレートだったんです。
 『番茶谷』という運転手名を目にした瞬間、どきっ!としてそんなことあり得るのか!と思い、どうか無関係でいてほしい、と願うような気持ちで、前部座席の二人の無言の緊張感と後ろの二人の会話の緩さの寒暖差にきずいてもらうために、敢えて大きな声で質問をしてみたのですが、事実は僕の想定していた最悪の事態だったことが判明してしまいました。やはり、僕が運転手さんの名前に気づいた瞬間から、僕と彼の間には二人にしかわからない重たい空気が漂っていたんだ、ということを僕はこのとき頓悟しました。
 さっきまでの弛緩した心持ちで僕ら三人が密室を前提に、-つまりは会話上は運転手さんには利害関係どころか、その存在すらなかったものとして-、言い放った無責任な言葉達が突如として行き場を失い車内を所在無げにふわふわと漂っているのが僕にはまるで見えるように感じました。その空気は一転し、車内は実際の時間よりも長く感じる、もんのすごく重い沈黙に満ちました。そして、僕を含めた三人は自分たちが、いまから数分後に訪問する世界的有名企業の創業者社長の甥、との至近距離で何を言ってしまったかを絶望とともに心の中で各々が畏まって、-今更遅いですけど-、無言のうちに反芻していました。

 「おっさん、たいしたもんやなあ、元気や
  なあ。」
 「全然もうろくしてないんやな・・。」
 「おっさんは・・裸の王様になってる・」 
 「・・芸能人にサインもらうみたいにおっ
  さんの前の100人くらいの行列に並ばさ
  れて、ひとり1秒くらいで名刺交換する
  例のやつかいな。あれは俺も何回もやっ
  たけど、あんなもん名刺交換のうちには
  いらんで。」
 「おっさんも、そうそういつまでも社長や
  っとたらあかんやろ。」
 「でも役員に同じ苗字の奴おったかいな」
 「おっさんの娘をつかまえよったちゅうこ
  とかいな。うまいことやりおったなあ!」
 「・・・同じ立場やったはずのこたにさん
  は、うまいことやったもんやから、もう
  ちょいしたら、労せずして行列を作らせ
  る番になるんやで。・・」
 「やっぱり結婚は打算でせなあかんなあ。」
 ・・・・・・・・。

 言いすぎです。創業者を小さからぬ声で『おっさん』呼ばわりすることだけでも六回、その他の会話の内容も鑑みると取り返しがつかないじゃないですか。
 確かに新入社員時代の研修で、どこで誰が聞いているかわかんないから社外やエレベーターの中での会話には気をつけるように、って言われたけれど、斯様な絵に書いたような『悪い例』って・・。こんな悪夢のような偶然であっていいんでしょうか?

 しかし、ある意味彼にとっては叔父さんの会社の最寄駅でタクシーの運転手さんとして客待ちをしているからには、XX社へお客さんを運ぶのはかなりの確率の『必然』であり、また車内でXX社のことについて緩い話を聞いてしまうことも頻繁にあるようで、僕らの重たい後悔を察してか、口止めのお願いもしていないのに、
 「いや、大丈夫ですよ。私はなんにもしゃべりません
  から。慣れてますしね。」
 と優しく言ってくださいました。それからは、逆に運転手さんと社長の昔話などを語ってくださり(それが明らかに作り話ではない、と思われたので『ひょっとして親戚を詐称した他人かも』という僕の一縷の望みは完璧に砕かれちゃいましたけど。)、その紳士的な語り方から、ああこの人なら本当に黙っていてくれそうだな、とまことに薄弱な根拠ながら、下車するころには、僕らはそのことにすがりつくように安心していました。

 それにしても、繰り返しますけど、立場の相違でこうも違うか、というくらいの『信じがたい偶然』と『なんてことはない必然』との遭遇でした。

 ちなみに、
 「みなさん気づかれますか?」
 って聞いたら、
 「いや、気づかれるお客さんは
  稀ですね。」
 って言われていました。考えようによってはそのほうが幸せかもしれません。僕も普段はそんなこと滅多にしないのになんだってあのときに限って運転者さんの名前なんか見てしまったんでしょうか?

 というわけでそれ以来僕は『タクシーで取引先に行くときは、運転手さんがその取引先の社長の甥である可能性がある』と、まずはネームプレートを確認することにしています。
 本当です。

 蛇足ながら、XX社の現在の社長は『労せずして』かどうかは全く存じませんが(本当です。)、順当にこたに氏になっております。 
 それと、結婚に打算が必要かどうか、については、まだ答えは得ていません。結婚生活もサラリーマン生活も現在進行形ですので。
 まあ、具体的展望、およびそういった材料は今のところまるでないですけど、それはともかくとして、最終的には僕も労せずして『緑のおっさん、うまいことやりおったなあ。』というふうに言われるようになるのが希望です、はい。
===終わり===
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プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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