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1997年。

 是非はともかくとして、重要なことなのに本人の意思に関係なく『見た瞬間に簡単にわかっちゃう』ってことが世の中にはありますよね。
 いや、あるんです。

 例えば先日、僕の知り合いの女の子(といっても僕と同じ年頃ですけど、僕にとってのありようは、まだ『女の子』なので。)の息子さんの受験番号がたまたま『1』だったそうです。こういう場合、本人がいくらどきどきして合格発表に望んでも自分の番号を探す手間はほぼ必要はないから、合否がすぐわかっちゃいますよね。望んでも、なかなかできない奇特な体験といえるでしょう。僕なんか、今でも昨日のことのように覚えるけど『とても無理だろうな』って自分で思っていて、『とても、とは言わんがまあ無理ですな』って模擬試験の合格判定パーセントに知らしめられていた、僕の出身大学の合格発表のとき、4桁の自分の受験番号を合格番号の掲示板にしばらく探してからみつけたとき、とても信じられなくて、そばに立っていた案内のお姉さん(おそらくはその大学のアルバイトの学生さん)に『あの、すみません・・・』って確認してもらったけれど(どうもそういう輩は僕だけではなかったらしく、そのお姉さんは僕が皆まで言う前に、苦笑いしながら『はい、確認ですか?』って対応してくれました。)、受験場号『1』の人の場合、そういうことはあり得ないですよね。ちなみに、知り合いの女の子のご子息はめでたく合格されたそうです。
 おめでとうございます。

 あれは、1997年のことです。僕にしてはめずらしく、はっきりと西暦を断言できるのには後述するような背景があったからです。
 そのころ、僕は、このブログに何度も書いているように南半球赤道直下の某都市に駐在しておりました。そして、その年、1997年に、久しぶりに日本に出張だったか、休暇だったかで、帰国した帰りのことです。
 日本とその都市の空港には直行便がありましたが、もう経緯は忘れちゃいましたけど、そのとき僕の帰国便は、なぜか香港経由でのトランジット便でした。久方ぶりに日本食を堪能し、当時まだ赤道を挟む、というスケールの大きいと言うべきか、無謀と形容すべきか、という遠距離恋愛中だった三宅奈美さんとのデートも果たし、大いに故国での日々を満喫した僕は(しかし、実はそのときすでに三宅奈美さんの心は僕から離れていたんであります。今思うと、三宅さんはその時のデート中にも、いろんな方策でそのことをちらつかせて僕に気づかせようとしていたんですけど、鈍感な僕はまっっったく、気がつきませんでした。間抜けです。三宅さんにおかれては、きっと歯がゆい思いをされたでありましょう。悪いことをしました。まあ、そもそもインターネット普及前夜などという環境を鑑みるまでもなく、赤道を挟んだ北半球と南半球での遠距離恋愛、なんてうまくいくはずがないです。)、勤務している工場のみんなへのお土産だの、本だのCDだのを書い込み、成田空港で、ぱんぱんに膨れ上がった旅行鞄を預けて、鼻歌なんぞうたいながら飛行機への搭乗手続きをすませ機上の人となりました。

 飛行機は順調に飛んでいます。僕は、ミックスナッツをつまみにビールなんぞを飲み、日本で買った文庫本を読みながらつつましくも至福な時間をすごしていました。
 しかし・・・、好事魔多し、とは良く言ったものです。機上の人は突然ある重大なことに気づき、あたかも手塚治虫の漫画の登場人物が驚愕した際にコマの天井に頭をぶつけるかのように、飛行機の座席から跳ね上がらんばかりに驚きました。
 「しまった!」
 僕は、そのとき、どういうわけか少なからぬ日本円を現金で持ち歩いていました。それを全部財布に入れてしまうと僕の赴任地の現地通貨だの、僕が立替払いした会社に請求できる経費の領収証の束だの、で二つ折りの財布が膨れ上がって折り曲げられないくらいになってしまうので、-これが僕の間抜けさの面目躍如たるところですが-、どうせすぐ必要になるから、と日本滞在中も一枚あたりの価値のはるかに低い駐在地の現地通貨を面倒くさがって財布から抜かずにそのままにして、あとはその日に必要分の日本円だけを財布に入れて、残りの大量な日本円の現金と、領収証の束は持ち歩かずに過ごしていました。当然、それらは駐在地に帰任する際もって帰るつもりのものでした。ところが、僕はそれらを旅行鞄の外側についているファスナーで開け閉めをする鍵のかからない大きなポケットの中にいれたまま搭乗荷物として預けてしまったんです。かさばるからとりあえずここに入れておいて、成田で出して身につけておこう、と思ったらしいんです。そのことに、離陸してから30分くらいして、出しぬけに気づいた僕は、大いにうちおののきました。
 「うああ、しまった!・・どうしよう!」
 しかし、どうしようたって、どうしようもありません。僕は、飛行機の座席で挙動不審なまでにおろおろしました。
 「成田、香港、現地の空港・・・うわあ、
  何箇所も他人の目につくぞ。悪意があったら
  まず探る場所だよな・・。なにしろ外側につ
  いている大きなポケットだからな・・」
 僕は、小心翼翼として、しかし、ただ飛ぶにまかせて時間をやり過ごすことしか手の打ちようがない状態でした。ふむ、こうなったら開き直るしかなかろう。渡る世間に鬼はなし、捨てる神あれば拾う神あり、というではないか。ここは、成田、香港、現地の空港労働者諸君の盗っ人こころを僕の鞄の大きなポケットが刺激しないことを、或いは、仮に刺激しても彼らの良心を信じようではないか、と僕は腹を据えました。

 ・・・長い旅でした。香港でのトランジットを経て、成田空港を出てからおよそ10時間以上の後、僕の姿は、現地の空港のバゲッジクレームの荷物口近辺を、あきらかに他の乗客とは違う空気を醸し出して、即ち凶荒といえるまでの荷物を睨む鬼気迫る表情と共に、ありました。
 僕は、エコノミークラスに乗ってました。まずはビジネスクラスの乗客の荷物が出てきます。しかし、僕は、ここで油断してはいかん、気合で盗難を阻止してしまうのだ、といわんばかりの表情で僕とは全く関係のないはずのビジネスクラスの乗客の荷物がでてくる度に凶悪なまでの視線を荷物ひとつひとつに浴びせかけます。と、どうやらエコノミークラスのステッカーがついているらしき荷物が出てき始めました。僕の緊張度はいやがうえにも高まります。呼吸すら止めています。大丈夫さ、『大金を鞄の外のファスナーで開け閉めするポケットに入れたから抜かれていた。』なんてまるで絵に描いたような話しじゃないか、そういうことは逆に得てして起こり得ないものなのである、うん。・・・。
 やや、ややや、あれは、うん間違いない俺の鞄だ!このままで推移せんか、自分の荷物を確認する前に呼吸を止めたために鞄どころか我が身体のほうが、あわれバゲッジクレームで先に卒倒して果てむ、という寸前に僕の鞄が出てきました!
 
 是非はともかくとして、重要なことなのに本人の意思に関係なく『見た瞬間に簡単にわかっちゃう』ってことが世の中にはあります。
 だめでした。見た瞬間、だめでした。
 僕の前に現れた旅行鞄の大金を入れたポケットは、バゲッジクレームのベルトコンベアの上に流れてきた時点ですでに『半開き』でした。
 なにが『良心を信じよう』だ、彼は、あるいは彼らは盗みを働いたあとに開けたファスナーを閉じる、というお行儀さえ持ち合わせておりませんじゃないですか・・・・。
 僕は、先ほどまでの凶悪な表情とは一転、その持ち主の尋常ならざる緊張感をあざ笑うかのように半開きになっているポケットの中身を、泣きそうな表情で、半ば投げやりに確認しました。見事に、いや、見事以上に、やられていました。
 現金はもちろん、全て、なんでも8万円くらいあったと思います、ありませんでした。そのほかに、そんなもん盗んでなんになる!と腹が立ちましたが、経費の領収証の束すらありませんでした。というわけで僕の実害は、10万円相当に上りました。ごっそり持っていきやがって・・・。ポケットの中には、あまり音楽など聞かない僕が、なぜだか自分で購入したシングルCD1枚が、ぺろん、と軽々しい存在感を伴って残っていただけでした。なんだ、そら、どっちかつうと領収証の束はせめて残して、このシングルCDを持っていってくれたほうがよかったんだけどな・・、ふん!物の価値観のわからん奴らだ。結構いい歌だぞ、このCDは。領収証の束より価値無しと判断する根拠が理解できん!・・・とほほほ。

 僕は、半分は自分の愚かさを、半分はどこの国の輩だかわからない窃盗犯を恨みながら、とぼとぼと現地の自宅へ夜遅く帰りつきました。
 今思うと、わずかな救いは僕が独身だった、ということくらいですね。自分の心で消化して整理さえできれば、『がっかりしたうえに、さらに家人に報告をして怒られる。』という作業をしなくてすみますから。しかし、失った財産の大きさのショックにそのときは、心の整理がつかず、後悔と怒りと悲しみに占有された気持ちをどう扱っていいやら、服もそのままベッドに倒れこむと、途方にくれました。
 ・・・・、せっかくだから、買ってきたCDでも聞いて気を紛らわすか・・・。

 ところで、是非はともかくとして、作者の意思に関係なく『しっくりと駄目押しをされる』ことが世の中にはあります。
 さっき、このブログを書くにあたって確認したら1997年の発売でした。僕が、のろのろとかけたCDプレーヤーからは、ポケットに唯一残された僕の財産が、まるで僕の心に駄目をおすように、イントロも無く、いきなりシャウトし始めました。
 
 『く~~だらねえとお~~!
  つ~~ぶやいてえ~~~!
  さめた、つらあして~
  あるうくう~~う!
  い~、つのひかあ~~~
  かがやくだろおおおお、
  あふれるあついなみだあああ!』

 ・・・いい歌、なんですけどね。窃盗犯が『こんなもんいらん』と(たぶん)唯一ポケットから抜き出さなかったのは、エレファントカシマシのCD『今宵の月のように』(作詞・作曲 宮本浩次)だったんです。だからこの窃盗事件が起きたのはほぼ1997年だろう、と推測できるわけです。
 
 エレファントカシマシさんと、宮本浩次さんには何も瑕疵はないのはわかっているんですけど、そのときの僕には、このシャウトが『僕の気持ちを代弁して、やけくそにがなっている』としか、-しかし絶妙にその時の僕の心情に、笑っちゃうくらいにしっくりとして-、聞こえませんでした。

 のちになって、そのときすでに三宅奈美さんに実質ふられていた、ということがわかったこともあり、この歌は僕にとって、かえって思い出深い歌になりました。

 ♪い~つのひかあ、かがやくだろお、あふれるあついなみだあ~
 
 ・・うん、いい歌です。
 
=== 終わり ====
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緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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