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社会科見学。

 「おおー、すんげえ!」
 「なに?どうした?おおー、ほんとうだ!来る前より
  きれいだ!」
 「おおー!」
 と廊下に大きく、事務所スタッフのナリッシュや、リフィやシエルの驚嘆の声が響きわたりました。
 事務所の中にいる僕は、また毒蛇でも出たか、それにしては騒ぎ方が少しおかしいな、と訝しながら、なんだろう、と廊下に出てみました。

 これもまた、僕と僕の会社の思惑に反して、いつのまにやら現地人約300人、に日本人僕ひとり、という状況での勤務になってしまった、赤道直下南半球の某都市郊外の合弁工場に僕が出向中にあった話です。
 その当時は僕も若かったこともあって、あまり感じませんでしたけど、今思うと、あんなやくざな運営でよくぞ工場が稼働して、曲りなりにも決算ができていたな、って思います。
 僕は、当時まだ20代で、赴任して数か月のちに当初の予定どおり、7人いる取締役のひとりになったんですけど、その社長も含めて7人の役員で、毎日出勤するのは僕だけ、なんです。7人のうち、社長(社長つっても現地側の合弁パートナーのオーナーの子供、で僕よりも5歳年下の女の子でした。)以下現地人の4人はほぼ全員が、合弁側の本体の勤務と兼任でめったに出社、-その頻度は『出社』というより『来社』って言ったほうが正確なくらいです。-してきません。残りの日本人3人の役員のうちの1人が毎日出社する僕、で、残りの2人は日本側の僕の会社以外の合弁パートナーの方で、日本にいる方々、要は名前だけですね、っていう状態でした。
 
 ある日、-こういうとき、日本にいたら『あれは確か7月ごろ』とか『年明け頃で』なんて無意識に時候を思いだせます。でも、その国は季節が乾季と雨季のふたつしか(しかも、僕に言わせると、でたらめに暑い、という面ではほとんど同じです。)ないので、そこでの記憶を辿るとき、いつも暑くて同じような服装をしていた記憶しかないので『時候を一緒に思い出す』ことができないんです。だから、その土地での記憶は、全部『ある日』でくくられちゃうんですね。違う立場で言えば、日本で暮らしていると無意識のうちに『記憶にもれなく季節がついてくる』、あるいは逆に『季節が記憶をたどるきっかけになる』ってことですね。-、ともかくも、ある日、現地の都市にある日本人学校の生徒さんたちの社会科見学の対象に何故だか覚えていないんですけど、僕の工場が選ばれました。それで、いついつ、何人くらいが親子で、見学に行くので、工場内を案内してあげてほしい、ということになりました。

 当日、チャーターした綺麗なバスで、予定どおり、お母さん方と小学生のお子さんたちが、20~30人来られました。僕は、さして広くない工場ではありますけど、主にお子さんたちに説明して工場を一周し、そのあと応接室でお子さんたちから素朴な質問などを受けて、つつがなく『工場で働くおじさん』の役目を終え、またバスに乗って帰っていくみんなを見送り、工場内の、入り口をはいってすぐ右にある事務所に戻って通常の仕事に戻りました。
 と、その時、
 「おおー、すんげえ!」
 「なに?どうした?おおー、ほんとうだ!来る前より
  きれいだ!」
 「おおー!」
 と廊下に大きく、事務所スタッフのナリッシュや、リフィやシエルの驚嘆の声が響きわたりました。
 事務所の中にいる僕は、また毒蛇でも出たか、それにしては騒ぎ方が少しおかしいな、と訝しながら、なんだろう、と廊下に出てみました。
 ・・・何もないです。毒蛇もいないし(僕の駐在中確か二回遭遇したと記憶してます。そのうちの一回は無事退治したあと『ああ、こら、コブラだな。』って工場の人達は言ってましたが、僕が見ているときには鎌首をもたげなかったので本当にその蛇がコブラだったのかどうか、はわかりません。もちろんものの本によれば、僕の駐在していた地域は、コブラ、それもキングコブラの生息地とされてますけど。)、カメレオンもいません。でも、ナリッシュやシエルは、出入り口の方を凝視し、半ば唖然としつつ驚嘆の声をあげるのをやめません。それどころか、のこのこ現れた僕を見つけて、
 「オヤブン!オヤブンも見て、見て!
  すごいでしょ?」
 と入口を指さして興奮しながら僕にも共感を求めてきました。
 「・・・・・・。」
 いや、だから、なあんにもないんですけど・・・・。
 「あのさ、何が『すごい』の?」
 と僕が冷静に(だって興奮するような景色は見当たりませんから)尋ねると、ナリッシュ(僕より少し年上の女性です。先日久しぶりに電話で話したら『オヤブン、オヤブンは白髪どれくらいある?』って言ってました。)とシエル(僕よりうんと年下の女性です。この子、つっても今では中学生だか高校生の子供のお母さんですけど、もまだその工場に勤務してます。)がほぼ同時に入口の床を指さしながら、異口同音に叫ぶように言いました。

 「あれよ、あれ!サンダル!」

 僕の工場は、日本の合弁先の技術援助を受けていることもあって、同業者の現地資本工場と違い、工場内では土足禁止になっています。ここらへんは、まず清潔をよしとする日本の製造業の矜持の現れです。来客も例外ではありません。靴は入り口で脱いで室内用のサンダルに履き替えてもらいます。だから、あらかじめ来客する客の人数がわかっている場合は入口に来客用のサンダルを揃えておくわけです。普通です。この時も多人数に備えて、サンダルを、しかし、人数が人数だけに靴脱ぎの床に2列にわたって、用意していました。
 なんてことはないです。彼女たちは、帰っていった日本人学校の親子連れが、脱いだサンダルを『全部綺麗に並べられてから去って行った光景』に驚嘆したのです。事務所の一人が、日本人学校の親子連れが帰ったあと、事務所を出て隣にあるトイレに行こうとしたらしいんです。そこで、彼女は『来る前と同じように、いや、ひょっとすると、来る前より丁寧に2列に並べられたサンダル』を見て仰天したんですね。
 でも僕にとっては、そんなに異常な光景ではないですし、もちろん、意図通りに彼女たちの驚きに共感したりなんかしません。
 
 ほほー、なるほど。僕は思いました。これは、チャンスだ。
 どっちが上で、どっちが下か、っていうことではないんです。でもこれこそまさに理屈ではなくて、『生産現場においてはまず、清潔で、整理整頓されていることが優れたもの作りの大前提である』と、僕を含めた日本人が、例えば、なんで直接ものを作ることに関係していないはずの工場の入り口の清潔さにまでに執拗に拘るのか、理屈以外の方法で理解してもらう絶好のチャンスです。

 なにしろ、この子たちは、朝、出社すると、
 「お、オヤブン、おはよう!」
 とか言って、ニコニコしながら靴を脱いで、上履きに履き替えてくれるのはいいんですけど、その脱いだ靴一足を器用に裸足の片足の親指で挟むと、しゅっ、と下駄箱にそのまま足で『飛ばして納めちゃう』んです。もちろん、下駄箱に納まるのは納まるものの、そこは『足の親指で、しゅっ!』ですから、さすがに手でいれるように綺麗には納まらず、靴の端っこがはみ出てたりします。僕は、
 「お、おはよ・・」
  いや、『しゅっ』って、あれ?でも、うまいこと放り込むなあ・・あの・・まあ、しょうがねえか、間違ったことしてるわけじゃないし。こういうとき『はしたない』って日本では言うんだけどな。と半分言葉に詰まりつつ、半分その器用さに感心しつつ、なんだか自分でもよくわからないもやもやした気分になってました。まあ・・・文化の違いにもやもやしてるんだな、だって『きまり』は守ってくれてるんだから、て感じで。

 しかし、そのもやもやの正体は実は『文化や習慣の違いから来るもんだよな』という僕が半ばこじつけたものではなく、かつ本業ではないとはいえ『製造業に従事し、その現場に毎日出社する唯一の取締役』として『きまりは守っているから』と看過してもいけないことだ、ということをある時、知ることになります。

 僕のいた工場は、先述の通り日本側合弁パートナーの一社に技術援助を受けています。そのため、年に何回か、遠く秋田県からその会社の工場長が出張で来てくれていました。その方はまさに『日本の製造業かくあるべし』ともいうべき堅牢なまでの職人でした。それだけでなく、僕が新入社員の頃からお世話になっていたうえに、職人でありながら、ざっくばらんな性格で遠慮なく物を聞いてくれるし、人間的にも尊敬できる方で、僕はこころ密かに勝手に『自分はこの人を兄事している』と決めちゃってました。実際、工場に赴任してみると内部で起きる問題は僕の母体である会社では到底解決できないことばかりで、何度もこの工場長に電話していたので、自分の会社の日本の主管部の人達よりもこの工場長と話す機会のほうがずっと多かったのです。工場長が出張に来られると、その期間、毎日のように夕飯を共にします。
 「みどりちゃん、悪いな。迷惑かけちまってよ。」
 職人だけに、自分が技術援助をしている工場で、技術上起きる問題を、本業でないにしろ現場にいる、若造ではあるけれど『他社の人間の手を煩わす』ことをすら、恥とする、凛としたプライドを持った方でした。
 そんないつもの夕飯の場で、僕が、なんの気なく、冗談のつもりで、靴の履き替え方について言ったときのことです。
 「勘狂っちゃいますよね。足でつかんでしゅっ!で
  すからねえ。日本じゃ考えられないですよね。女性
  がそんなことするのって。文化の違いですよね。」
 『足でしゅっ』を、なんかもやもやしながらも、文化の違いで片付けてしまっている僕は、僕の発言にいつものように工場長が呵々大笑してくれるもの、とばかり思っていました。
 ところが、工場長の反応は予想とは全く違うものでした。呵々大笑、どころか、表情が引き締まり、鋭い目つきになり、諭すような口調で僕に話しかけ始めたのです。
 「みどりちゃんよ。なんで俺たちが、現場と関係ない
  はずの、下駄箱やトイレを綺麗にしろ、って五月蠅く
  いうのかわかってるかえ?」
 「・・・。」
 「逆にいうぞ。例えばみどりちゃんがよ、ある工場を
  訪問したとして、その工場でできるサンプルの品質は
  高いし、機械も最新のものだけど、下駄箱やトイレが
  汚かったとして、どうする?そこに安心して発注する
  かい?」
 「・・・・」
 「そこの部分だけ『文化の違い』ってことで安心するかい?」
 僕は、垂らしたえさにかかってきた獲物の意外な重さに動揺しただけではなく、なんとなく、自分のもやもや感にはなにか意味があって、その答えに工場長の発言が近づいてきた感じがし、けれども、それがなにかはまだ全然わからない、こともあって沈黙し続けてしまいました。
 「いいかい、みどりちゃん、俺んとこはよ、『いいものを
  つくる』という役割でこの工場に資本参加してんだべ?
  でもよ、俺みたいなよ、技術援助先の人間がよ、久しぶ
  りに来てよ、開口一番『下駄箱がきたねえ!』って言わ
  れると、駐在してるみどりちゃんは、どう思う?」
 「・・・・。」
 「迷惑か?・・じゃねえべな?そういうことまで『自分の
  責任の範囲だ』と思ってくれる技術屋のほうがよくねが?」
 「・・確かに頼りがいが全然違います。」
 「だろ?」
 「はい。」
 そこで、おもむろに、僕の『もやもや感』の正体を工場長は、ずばりいい当ててくれました。
 「『あきらめ』、よ、みどりちゃん。」
 ・・・そうか!
 「自分の職場の下駄箱やトイレは汚いより綺麗なほうが
  いいべ。それは、ここの人も日本人も一緒のはずだ。
  でも、それができないから、それが文化の違いだから
  って『あきらめる』のなら、つきつめていくと俺たち
  みたいな役割の人間は必要ないってことになるんだ。
  俺もよ、日本でも、よそのさ、業種違いの工場なんかに
  お邪魔すっとよ、専門的なことはわかんねけど、たま
  あに、『ああ、この工場は上の人間がどっかであきら 
  めてるな』って思うとこに出会うわけよ。
  ここはよ、みどりちゃんよ、そういう工場にしちゃいけ
  ねんだ。トイレが汚くても商品に問題なければいい、そ
  の通り。でもよ『トイレくらい汚くてもいいや』ってい
  う管理者は他のことでも『あきらめる』かもしんね、そ
  ういうことよ。・・・上に立つ者がよ、あきらめちゃい
  けねえんだ。それが国や文化の違いからくるものだと
  してもだ。俺らみたいな日本の技術屋が違う国まで来て
  技術援助する、ってのはそういうことだんべ。」
 
 そう、だったんです。僕のもやもや感はちゃんとした意義があったんです。僕は、それを文化の違いからくるものだから、で片付けてしまっていましたが、そうではなくてその正体は『素人とはいえ、現場を預かる者として妥協してはいけないことを、即あきらめてしまった【うしろめたさ】』だったんです。これを看過してはいけなかったんです。
 
・・・ということがあってので、僕はこれこそ千載一遇のチャンス、と思いました。
 「綺麗だろ?」
 「うん、すごい!」
 「綺麗!しかも小さい子供もたくさんいたのに!」
 ほほう、彼女たちの驚きを増幅させているのは、その光景だけではなく、日本人の大人が脱いだものを揃えて帰るのはわからんでもないが、小学生たちが履いたサンダルまでもが全て綺麗に揃えられている、という事実だったようです。
 「オヤブン!なんで小さい子供もこんなことが
  できるんだ?」
 「それはね、きっと一緒に来た大人たちが、自分の脱いだ
  サンダルを揃えるときに、子供たちにも言ってきかせる
  のだ。」
 「おおー。」
 「おおー。さすが日本人。」
 チャンスです。違うぞ、そこで、民族や文化の違いに逃げてはいけないんである。
 「そろってるほうがいいだろ?」
 「うん、いい!」
 「な?」
 「うん!」
 「だ・か・ら、俺たちの下駄箱も、ああいう風にしていこうぜ。」
 狙ったところに話は落ちてきたぞ!
 「はああ?・・オヤブン、それはむり!ね?」
 「うん、むり、むり!」
 「な、なんでっ!?」
 「だって、あたしたち親からそんなこと教えてもらったことない
  もん。」
 「いや、だから、そんなこといわないで、ナリッシュもシエルも
  今や子を持つ身なんだからさ、今から子供にそういうふうに
  しつけをして・・・」
 と僕が話終わらないうちに、
 「オヤブン、それこそ、むり!だって親のあたしたちが
  できないんだから、子供にしろっていっても聞くわけ
  ないっしょ!以上!」
 ・・・斯様に、なんだかある面では、強力に説得力のあることを答えられて呆然とするオヤブンを残して、みんなは、さっ、と解散してしまい、この件はあっというまに強引に幕切れとなりました。

 目論見は外れたけれどこの件は、僕の記憶には痛烈に残っている出来事です。
 『親がやらないことを子供にいってきかせてやるわけないっしょ』という力強い断言は、威張っていうことじゃないだろ、とは思いつつもなんだか説得力があります。そうかもしれません。
 でも、その時、ひとり取り残されて、呆然としながら僕が感じたのは『あらら・・まあ、そう言われたら、その通りだけど・・。ん?待てよ、ということは日本社会で美徳とされている習慣は小さいことでも俺たち大人は次の世代に引き継いでいかなければならん、ということだな。だって、一度失ってしまったら、取り返すのはそれこそ無理だからな。なるほど、親の言うことは聞いておくべきものなんだな。』という小さいけれど、しかし確かな、今まで感じたことのないある種の使命感でした。

 それから幾星霜を重ね、気がつけば僕はその国の人と一緒に日本で家庭を持っています。そして、翻って我が家の玄関はどうかと、いうと・・・。
 言うだけではだめそうなので、明日から、さい君の靴も息子の靴もしばらくは、僕が揃えることにします。
 『あきらめ』に満ちた玄関からの脱出です。
 せめてそれくらいはしないと、ご先祖様や、すでに鬼籍に入られた工場長に顔向けができませんから。

===終わり===
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緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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