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豆腐に鎹。

 「パパ、フジ、おなかすいた。なんか作って。」

 愚息はようやく9歳になったばかりですが、このブログでも何度も述べているように、どうも同じ学年のお子さんと、あるいは、僕自身の同年齢の頃に比べると幼すぎるなあ、って親としてはちょっと心配です。

 先日も、ふと思いついて彼に聞いてみたときのことです。
 僕自身が、どっちかというと、いや、あきらかに、今思うと人生において肝心な選択肢を迫られたときに、ほぼ全場面で『成り行き』に逃げて生きて来てしまったこともあって(ええと、ここだけの話『結婚』も含みます。内緒ですよ。)育児にも確固たる教育哲学がないまま今日まできてしまいました。しかし、僕はいいとしても、息子が前車の轍を踏むようなことは、せめて親として回避させなきゃな、とりあえず、夢をもってそれに向かって努力する、という導線を引くくらいしてやらねば、と、本人の自覚を促すことも兼ねて、と思い、
 「おい、フジ、大きくなったら何になりたい?」
 と、問いました。すると、息子は、遊ぶ手を休めず僕に背中を向けたまま日本語で、
 「きりしたん。」
 と、即答しました。・・・いや、おまえ『きりしたん』って・・・。父親は思わぬ返答に二の句が告げません。何ですかね、『きりしたん』って。そもそも、その言葉からして近現代の言葉じゃない、と思うんです。ましてや『将来なりたいもの』としての『きりしたん』ってどういう意味なんでしょう。

 それでもなんとか頑張ってみた僕の洞察によれば、

 ①息子は、自称『熱心なプロテスタント』のさい君に
  連れられて月に一回程度教会に行っている。

 ②息子は、朝日新聞出版社の『週刊マンガ日本史』全
  巻を『彼なりに読破』して、どうもその本のおかげで
  『きりしたん』という言葉が頭にはいっている。
  (この本を買い与えたこと、は僕がした数少ない父親
   らしい仕事、のうちのひとつですけど。)

 ということが背景にあるらしいです。
 でも、いまひとつわかんないです。だって、洗礼をうけてキリスト教徒になりたい、というのであればそれは別に『職業』ではないし、もしそうであってもさい君が口にするように『クリスチャン』とか『プロテスタント』とかいう単語を発するのならまだわからないでもないです。でも『きりしたん』って・・・。
 まさか、大きくなったら『細川ガラシャ』になりたいわけでもないでしょう。いくら幼いといっても『細川ガラシャ』が女性であること、くらいはわかりそうなもんです。かといって、『大人になったら島原城に立て籠もる』っていうつもりなのであれば、それはなんとなく男の子らしくて、一応勇壮ではありますが、幸いか不幸か、立て籠もったところで、まず間違いなく江戸幕府は攻めてきてくれないから(せいぜい変人扱いされて熊本県警のご厄介になるのがいいところでしょう。)、まさかそういうことを意味している、とも思えません。
 「いや、おまえ『きりしたん』って・・・。」
 可能性はともかく、もうちょっと普通の子供らしい、夢とロマンと少しの具体性を伴った、例えば『サッカー選手』とか『大工さん』とか『学校の先生』とか『歌手』とかいう答えを期待していた父親は大いに困惑してしまいました。他の職業ならともかく『きりしたん』って・・・。少なくとも今の僕には『きりしたんになる夢を育くむ術』は待ち合わせていません。
 大丈夫か、我が子よ。

 そんな我が子ですが、最近、ごく稀にですが『おお、こいつなりに成長しているじゃないか』ということも、ようやく、本当にようやく、散見されるようになりました。
 過日、休日にさい君が僕と息子を家において外出していたときのことです。
 それまで、ひとりテレビを見ていた息子が(これが、また『トムとジェリー』みたいな、いわゆるドタバタもの、がお好みなんです。うひゃうひゃ声を上げて、よだれを流さん、という勢いで笑ってます。しかも散々爆笑したあと『これ、前に見たな。』なんてつぶやいてるから驚いちゃいます。いえ、別に『トムとジェリー』を批判するわけではないんですけど、なんというか、同じアニメでもストーリーに含蓄のあるようなものにも少しは興味を持たないかな、9歳にもなって・・・、って思うんです。しかも前にも見たことがある、って、どうなのよ、って思うわけです。)、突然、
 「パパ、フジおなかすいた。なんか作って。」
 と言い出しました。ええ、そんなこと急に言われても、僕は料理なんかほとんどできないぞ、困ったな、あ、そうだ、
 「じゃあ、納豆ごはん、食べるか?」
 この男は不思議なことに納豆が大好きなんです。僕は、納豆は嫌いじゃないですけど、食べられるようになったのは大人になってからでそれまではまるで駄目だったし、さい君にいたっては日本人じゃないので、当然のごとくいまだに全然受付けません。でも、なぜだか愚息はほぼ離乳食を食べはじめる時期から納豆を好んで食するようになりました。まとまった休みにさい君が息子を連れて帰国する時なんて、あらかじめ冷凍しておいた納豆を息子のためだけに持っていくくらいです。だから、ここは納豆ご飯で目先を誤魔化そう、というのが僕の企みだったわけです。
 「いやだ。フジ、スパゲッティが食べたい。」
 ええ、そんなこと言われたって、パスタを茹でることはなんとかできても、ミートソースだのカルボナーラだの、そんなの父にはできんぞ、と僕が固まっていたら、
 「納豆スパゲッティ。」
 と息子が助け船を出してくれました。おおーなるほど、パスタを茹でて、それに納豆パックの納豆とたれを混ぜればいいわけだ、こいつ、当初の提案と父親の料理の力量の妥協点をちゃんとみつけたな、なかなかやるではないか。たぶん、母親に納豆スパゲッティを作ってもらったことがあるんだろうな、きっと。
 「おお、そうか、納豆スパゲッティか、うん、まかせ
  なさい。待ってろよ。」
 と、納豆パックを冷蔵庫から出し、早速パスタを茹ではじめました。
 「今、茹でてるからな、待ってろよ。
  今、茹でてるところだからな。」
 と、なだぎ武のデュラン・マッケイみたくしつこく説明しながらパスタを茹で終えて、お湯を切ると、皿にパスタを盛ろうとしました。あとはその上から納豆とたれをかけて、
 「今、混ぜてるからな、確かに混ぜてる、待ってろよ、
  今混ぜてるからな。」
 と、なだぎ武のデュラン・マッケイみたいに混ぜればおしまいだぜ、と思ったとき、急に息子が、
 「パパ、だめ!」
 と叫びました。『おいおい、どうしたっていうんだ。せっかくのアルデンテが、これじゃあミシシッピ川みたいにのびきっちゃうじゃあ、ないか?そいつあ、んん、ごめんだぜ。』となだぎ武のデュラン・マッケイみたいに・・・言ったりはしませんでしたが、僕は息子の意図がわからず、
 「なんで?」
 と聞くと、彼は、
 「いいから、パパ、これくらいまず、入れて。」
 と皿に盛るパスタの量を手でまあるく描きながら指図します。ほう、まあ、そう言うんだから、と息子のいうとおり、茹でたパスタの三割くらいをいれると、
 「はい、次、このうえに納豆とたれ。」
 へ?・・・ほう、なるほど。はいはい、納豆とたれ、ね。
 「そしたら、残りのスパゲッテイを全部いれて、混ぜて。」
 ほう、するとどうでしょう、なるほど本来混ざりにくい納豆とパスタがうまく均等に混ざります。
 「すごいな、フジ、よくこんなこと知ってるな。
  パパ、知らなかったよ。」
 「あたりまえじゃん。」
 と息子は、納豆スパゲティをぱくつきながら得意気です。
 知らぬ間に、生活上の知恵はこいつなりに習得しているんだな、と僕は『休日の昼下がりの男同士の時間』を悪くない気分ですごしました。

 さらに、先日、驚くなかれ、息子が、
 「パパ、ほら、ことわざで、とうふに、ええと、
  とうふに、とうふに・・こんな形の、って何て
  いうんだっけ?」
 と、言いながらノートの端に、『凹』をさかさまにしたようなものを書いてしきりに僕に返答を迫ります。僕はそれなりの答えが頭の中に浮かんだものの、いつものこの男の幼さと、その答えがなかなか結びつかず、返答を逡巡していました。それでも執拗に息子が返答を促すので、半信半疑に、
 「・・・鎹、か?」
 というと、
 「そう!『とうふにかすがい』!
  意味がない、っていうことでしょ?」
 おおー。、こいつ、いつの間に斯様な難しい諺を、しかも、ちゃあんと『鎹』の形状まで一緒に学習していたのだ!なかなかやるな。でも『きりしたん』になるのに、そういう諺の知識って必要なのかしらん、と僕が驚いたり困惑したりしていると、そこから息子の、まさに文字通りいまだ愚息たる本領が発揮されはじめました。
 「それでね、フジもね、考えたの。」
 「は?考えたってなにを?」
 「だからあ『とうふにかすがい』みたいな
  こと!」
 「・・・?」
 「えとね、えとね、まずね『わたあめにからて
  チョップ』。」
 ほう、なるほど。
 「うん、確かに意味ねえな。」
 「で、しょ?まだ、ある!」
 「ふん。」
 「『はげにまぐろ』!」
 「はあ?」
 「だって、はげあたまにまぐろのさしみをのせても
  しょうがないでしょ?だから『はげにまぐろ』!」
 「・・はあ??」
 ええ、まずお詫びしておきますが、僕も、僕の息子も(たぶん)禿げ頭の方を誹謗中傷するつもりは毛頭、いやこの際『毛頭』は不適切ですね、ええと爪の先もございません。その点はご了解ください。
 僕は、『豆腐に鎹』という言葉がわが子から出てきたこと、そのあとの『わたあめにからてチョップ』も元の諺を理解している証だな、と遅まきながらこいつも成長してきたか、と思っていた矢先だったので、『はげにまぐろ』(しかも息子の定義によると『刺身』だそうです。)でまたしても『おおきくなったらきりしたん』同様の理解不能な一面を見せ付けられ落胆してしまいました。
 こいつ、なんか『確実にずれてる』よなあ。
 「あのな『はげにまぐろ』じゃなくても
  いいんじゃないのかね?」
 「なんで?」
 「いや、なんでって、その・・。」
 「『とうふにかすがい』と『わたあめにからて
  チョップ』と『はげにまぐろ』って似てるで
  しょ!」
 「いや、あのな・・・」
 結局そのときの僕の感想は、こいつ、どうも、やっぱりまだ幼いなあ、大丈夫かいな、というもやもやとしたものでした。

 そして、その『はげにまぐろ』の後、つい先日、それもまた唐突なタイミングでした。
 その日も、やはり、休日で、さい君はひとり出かけていて、僕と息子で留守番です。息子はゲームに興じていて、僕はパソコンに向かっていました。これもまた、未熟ながら男同士の時間だな、と僕は一人悦に入っていると、息子がゲームをしながら、顔はこちらを向けずにおもむろに、僕に話しかけてきました。
 「ねえ、パパ。」
 「うん。」
 なんだ、なんだ、また納豆スパゲッティか、それとも『はげにまぐろ』の類か・・・。
 「パパってさ、」
 「うん。」
 「ひとりでくらしたことあるの?」
 なんだ、たいした質問じゃねえな。
 「お?うん、あるよ。」
 「いつ?」
 「ええと、ママの国にさ、転勤になったとき。」
 「ふーん。そのときさ、パパ、なんさいだったの?」
 「えーと、29歳かな、それでママに出会ったんだよ。」
 こいつ、自分の両親の馴れ初めなんかに興味でも持ち出したか、と僕は聞かれもしないことを付け加えてみました。しかし、息子はそれには反応を示さず、依然として顔をゲームに向けたまま、質問を続けます。
 「29さいか・・。じゃあさ、それまでは、ジジ、ババの
  ところにいたっていうこと?」
 「うん、そうだね。」
 すると、息子は微動だにせず、こう言い放ちました。
 「ふうん・・そう。なんとなく、なさけないねえ。」
 ・・・僕は、予想もしなかった息子の発言と、その言い分があながち正鵠を射ていることに、一瞬唖然としたあと、ひとり大爆笑してしまいました。
 「がはははは、たあしかに、情けないよな!」
 しかし、『なんとなくなさけない』と指摘した当人は、僕の大笑いの意図をはかりかねたようで、初めて僕の方に顔をむけて、きょとんとしていました。

 その後も、僕は機を見て、息子に将来のことを聞いてみていますが、いまのところ、
 「『きりしたん』って言ってるでしょ!」
 で変化がありません。

 やっぱりどっか幼すぎるなあ、と思うんですけど。

===終わり===
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緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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