スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

たおやかな、白さ。

 まさか自分がそうなるなんて思いもしませんでした。
 さい君には内緒ですよ。(と、言っても僕のさい君は日本語の読み書きにおいてはほぼ文盲に近いので僕が何を書いているのか読もうともしませんけど。だから、書き放題なんであります。いひひ。)
 
 一般に『想い焦がれるあまり夢にまで見る』などと言いますが、僕は妻子ある身でありながら、最近は週に一回くらいの頻度で夢の中で逢瀬を重ねてしまうんであります。

 その官能的なボディラインにそって滴り落ちる水滴、透けて見えそうで見えないなんともいえない妖しげな透明感、豊満とも、たおやかな、とも言える白さ・・・。
 
 その名は、ビール。
 最近はだいたい週に一回くらいのわりで『ビ―ルを飲んでいる夢』、もっと僕の心情に近く言うと『ビールを飲んでしまった夢』を見るんです。

 僕はビールが大好きです。
 どれらい好きかというと、以前独身時代に毎晩のように一緒に飲みに言っていた、これもビール好きの会社の後輩の田淵君をして、
 「みどりさん、もっとゆっくり飲んであげなさいよ。
  そんなに水を飲むみたいな早さで飲んだら、ビー
  ルがかわいそうです。ビールの立場がないじゃな
  いですか!」
 と真剣に言わしめたほどで、その頃はいったい『生きているからビールを飲んで嬉しい』のか『ビールを飲むために生きているのか』判然とせず、『人生そのもの』と『ビールを飲むこと』が渾然一体となっているかのような飲みっぷりでした。しかし、今は、訳あって、そうですね、もう6年近くそれこそ『一滴も』ビールを飲んでいません。ビールばかりか、アルコール類全般についても元旦に御屠蘇を舐める程度で、それ以外はアルコールと無縁の生活を継続中です。

 実をいうと、そもそもは、ビールとのファーストコンタクトは文字通り、非常に苦いものでした。学生時代に先輩に無理やり飲まされたのが初めてだったんですけど、あまりのまずさとアルコールの刺激にグラス半分も飲めませんでした。
 「うわっ、まず!こんなもんよく飲めるなあ!
  俺は無理だ。」
 と僕はしばらくは、真夏に運動を終えたようなときでも、好んでよく冷えた牛乳(これは今でも好きです。但し、健康を考慮してさい君が今の僕には『無脂肪乳』あるいは『低脂肪乳』しか与えてくれません。それでもまあ、好きだから毎日のように飲んでますけど、たまに買い置きがきれて、息子用の『普通の牛乳』を飲んだら、そのうまいこと!『コクがある、ってのはこういうをいうんだな!』と思いながらそのうまさに言葉を失って、意味もなく外装の文字を熟読したりしちゃってます。)を飲んでました。
 ところが、僕の周りがあまねくビール党で『よくあんなに同じ液体を延延と飲めるなあ』と感心していたら、いつのまにか僕もそうなってしまって、社会人になるころにはすっかりビール好きになってました。そして、僕のビール好きは仕事上のストレスと比例していくかのように拍車がかかり、先述の如く、同じビール好きの田淵君にたしなめられる程になっていきました。

 さらに、独身で駐在した南半球赤道近辺の都市では、

 ①駐在前に現地語の予備学習ゼロで駐在した、現地の人
  とのコミュニケーションの空振りからくる適度な
  『フラストレーション』
 ②雨季、乾季とは名ばかりの一年中続く『出鱈目な暑さ』
 ③くせが無くて日本人の舌にも合う現地産の『安いビール』

 という毎日のビールがうまく飲める要素が揃っていて、これまたがぶがぶとビールを飲む生活を営んでいました。それで気付くと、田淵君の指摘はそのままに、いやそれ以上に、どんな宴席でも、まわりの人間より明らかに僕の前のグラスのビールの減り方は尋常でなく早い、っていうことになっておりました。

 しかし、人生には何が起きるかわからないものです。まさか僕がビール抜きの生活を6年近くも強いられるなんて。

 じゃあ、ビール抜きの生活はとても苦しいか、というと、これはどう言えばいいんですかね、なんというか、ええと、そうですね、セックスと同じで、今のところは意外にも『無きゃ無いでなんとかなってる』んですね。(いや、私はビールは無きゃ無いでいいけど、セックスはそういうわけにはいかないわ、という方、別にアブノーマルではない、と僕は思いますので、あまりそこには目くじらを立てないでください。今回はビールの話なので。『うん、その通り!我が意を得たり!』と膝を叩かれた方、今回はビールの話ですけど、同志よ!と満足しないで、少子高齢化改善のために努力しましょう。)その一つの原因は、僕のさい君が全くの下戸でまるでアルコールを受け付けない、ということにあると思います。
 僕は、ビールも好きなんですけど、とりあえず今日は『仕事ごっこ70%、仕事したのは30%』かもしれないけど、まあ労働は終えた、さあ、ビール飲もう、という僕にとっての至福の時間において、一緒に飲む相手も楽しそうにしてくれている状況、も好きなんです。だから、下戸のさい君(飲めないどころか、酔っ払いも大嫌いです。)相手に飲んでもちっとも面白くないから、結婚してからは外で飲むことはあっても、家では全く飲まなくて、アルコール類からしてそもそも我が家には在庫がない、っていう独身時代には考えられない態になりました。おまけに外で飲んで帰ってきても酔っ払い嫌いのさい君に露骨に嫌な顔をされちゃうんであります。だから、6年くらいまえに、ビールを飲めない状況になっても、外での行動が変わっただけで、家にいるときの状態は全然変わらないから、結構すんなり『ビールなしの生活』に対応できちゃったんです。

 それと、もうひとつ今の生活を維持できている原因は、『いつの日にか、数年ぶりに晴れて飲めるビール』って、すんげえうまいだろうな、っていう妄想に近い期待感だ、と分析されます。ええと、そうですね、これもセックスと同じで・・・、いやこれは違うかな、とにかく、『今は暫時やめているけど、近い将来必ず飲める、しかも数年ぶりに飲める』という確約が今の僕の心情を支えているわけです。・・・・やっぱり、今は暫時やめているけど近い将来必ずいたせる、と考えれば、セックスと同じ・・・、いや、今回はビールの話です。

 それで、僕はいろいろと計画したり、想像したりするんです。

 『まずは、どこで飲むかによるな・・。当日は、家で飲むなら、どうせならさい君が息子を連れて国に帰ってる日に、ひとりで、ビールはもちろん、グラスも朝からキンキンに冷やして、ビール好きなわりには何を飲んでも中味はなんだかわかんないんだけど、数年ぶりだから奮発して高いビールを買ってだな、仕事帰りにいきなり飲みたいところを我慢してまずはシャワーを浴びて、それで、テレビは阪神戦なんかやってればいいぞ、つまみは、う~~ん、そうだな、単純なれど王道のミックスナッツ、それもジャイアントコーン入りだな・・・、いやビーフジャーキーも捨てがたい、いやいや、しばし、塩分で喉の渇きを増長させてくれる、という面ではプリッツエルも捨てがたいぞ。もし外で飲むとしたら、これはさい君には悪いけど、さい君とではなくて、ビール好きを誘って、大々的に
「みどりさんの数年ぶりのビールであるぞよ!」
と会の趣旨を宣言して、場所は、鳥良あたりで、そうだな、最初のつまみは軟骨の唐揚げ、うわ~~たまらん!さい君にいうと五月蠅いから、他意はないけど、ビール好きの数少ない異性の友人に付き合ってもらう、っていうのも悪くないな。・・、うううう、そうだ、飛行機の中の一杯もいいなあ、ビールが飲めるようになっても我慢して、海外に行く機会まで耐えて、飛行機の中で、
 「お客様お飲みものはどうされますか?」
なんてスチュワーデスに聞かれて、
 「ビールください。」
 「お好みの銘柄はございますか?スーパー
  ドライ、キリンラガー、バドワイザーなど
  ご用意しておりますが・・」
 そこで、恥ずかしそうに少年のような笑みなど浮かべて(できるのか?)小声で
 「いや、なんでもいいからとにかく一番冷え
  ているものを・・・二つ、あの・・おつま
  みも二つお願いします。」
 なあんてね。うん、悪くないなあ。おや?相手がスチュワーデスって、シミュレーション上の相手としても、あながち、セック・・、いかんいかん、ビールの話なのに飛躍が過ぎますなあ・・・』
 妄想はどんどん膨らんでいき、気が付くと少年とはおよそ対照的な、ぞっとする、にやにやするおじさん、になっていたりします。
 斯様な『期待と妄想活動』が今の『禁ビール状態』を支える原因のひとつになっているんであります。

 しかし、最近どうも頭の中でビールに対する想いが募りすぎたせいか、週に一回くらい夢で見るんです。
 それが悉く、しょうもない状況で、しかも飲んでしまってから、はっ、と我に帰るんです。
 「うわあ!せっかくの数年ぶりのビールなのに、
  接待ごときで飲んでしまったではないか!
  う~~悔やんでも悔やみきれん!」
 (すみません。僕、接待ってするほうもされるほうも嫌いなんです。)とか、
 「うへえ、なんだこれは。会議室での社内の懇親会で
  紙コップで飲んでしまったではないか!しかもつまみ
  はこんなしっけたスルメだけかよ!俺としたことが!」
 と毎回、深い悔恨に悶絶するんです。そこで目が覚めて、
 「ああ、良かった~~~!」
 と、本当はビールを飲んではいけない禁を破ってはいない、ということに安心すべきなのに『数年ぶりにビールを飲むときの状況の整備がまだ自分の手中にあること』に阿呆のように、週に一回くらいの頻度で、安堵するわけです。そして、ぞろ、また日中の仕事中は『数年ぶりのビール』のうまさを妄想してひとりにやにやすることになります。

 でも、最近思うんです。
 こういうのを達観というのかもしれませんが『恋愛は、実は成就するまでの時間が一番楽しい』って世間でよく言うけど、そうだとすれば、ビール好きの僕は『数年ぶりのビールに口をつける直前が一番の快楽』ってことになります。それから演繹していくと『いつかビールを飲むことができる、という前提でいろいろと妄想している今が実は幸福なとき』ってことになりますよね。それが本当なら、ひょっとして今の状況が改善されることはなく、ずーっと、ビールを飲めなくても、-しかもそうなると飲めない時間はどんどん長くなっていきますから想いはいっそう募るでしょう-、『いつか飲めるのだ』という幻想さえあれば、一生にやにやして生きていけることになります。
 ちょっとだらしないですけど。

 ちなみに、さい君は、
 「いい機会だから、飲めるようになっても飲むな、飲ませない。」
 って言ってます。
 冗談じゃないです。

 なんだか、昔教科書に出ていた芥川龍之介の『芋粥』が想起される気分です。果たして僕がビールを飲める日が現実になるのか、皆さん目が離せませんですぞ。

===終わり===
 
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
フリーエリア
にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村
フリーエリア
フリーエリア

人気ブログランキングへ
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。