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ミガナシ―。

 たいへん申し訳ありません。

 僕は、最近、それがもし事実とあらば、世の中がひっくり返るに違いない重要な仮説を抱くようになりました。

 その仮説とは、実は霊長目ヒト科ホモ属サピエンス種、すなわち人間ですね、は『変態をなす』のではないか、という大胆な説であります。

 ええと、ここで私見の言う『変態』というのは、その、なんと言いましょうか、『性的嗜好において、比較的マイノリティ-なプレイを嗜みます。』という方面の『変態』ではなく(もちろん、そういう方面の方への僕自身の関心についても今回の主題ではありません。それから、僕自身はどちらかと言うと、性的嗜好においてはマジョリティ-なプレーヤーの母集団に含まれると思われ・・・、いや、ああ、一体僕は何をいってるんだ。)、学校で生物の時間に習う『変態』のことです。
 すなわち、典型的な例でいいますとカブトムシなどで、彼等は『卵→幼虫→蛹→成虫』という『変態』をなすわけです。そういう意味での『変態』です。

 なぜ、僕が斯様に奇抜、かつ秀逸な(?)仮説を思い付いたのかというと、うちにいる生まれて8年の霊長目ヒト科ホモ属サピエンス種-僕の息子ですね。― の言動が成長しきったヒト(大人ってことです。)と『生物学的にかけ離れている』のならまだしも、『大人になりそうな兆候すら見られないから』なんです。
 同じことを、社会学的言葉で表現するならば、『このちいさい人間の時間的延長線上に【分別のある大人】があるとは思えない』んです。

 もう小学校三年生なので、そろそろ精神的にも成長がみられてもいいような気がするんですけど、生物学的には身長・体重は増加しているものの、彼の精神年齢が成長しているようにはどうにも見えないんです。
 それは、たしかに、人間歴8年の生き物ですから、知見の薄さからくる間違いはあります。僕も成長したヒトとして、そういうことにはできるだけ寛容に対応しているつもりです。

 「あのねパパ、」
 お、来たな。
 「うん?」
 「トリワケガッコ―ってどういう学校なの?」
 「・・え?」
 「だから、フジの学校はショウガッコ-でサンショ-でしょ?」
 「ふむ・・。」
 「でも、トリワケガッコ-っていうのもあるでしょ?」
 「・・・・。」
 「ほら、ここに書いてあるでしょ!」
 彼の手には学校で借りてきた『シートン動物記』があり、そのうちのある頁が指されています。豈はからんや、そこには『・・・・です。とりわけ学校では、・・・』という文章がありました。おお、そういうことね、『とりわけ』っていう言葉をこいつはまだ知らないんだ、せめて『とりわけ』と『学校』のあいだに点をいれてくれれば学校の種類のひとつ、なんて思いこまなかったんだろうな。
 でも・・・よく見ると彼が指さしているのは『あとがき-おうちの人へ。』です。なんだって、こいつ子供のくせに『シートン動物記のあとがき』なんか読んでるんだろう。まあ、よろしい。
 「ああ、これは学校の種類ではないんである。」
 「じゃあ、何?」
 「それは『特に』という意味の言葉なんである。」
 「ふーん。」
・・こういうのはしょうがないです。だって学習経験のない言葉に彼が出会ったわけなんですから。他にもちょっと幼すぎるかな、と心配にはなりますが『八つ』を『はっつ』と言ってみたり、そういうことには驚きつつも『分別のある大人』である僕としては、鷹揚に指摘・対応をしているわけです。
 
 でも、どうも理解や対応に苦しむ言動があるんです。そして、なぜかそういうことは何の脈略もなく唐突にやってきます。ずっとおとなしくおもちゃで独り遊びをしているなと思ったいたら、突然、

 「パパ、なぞなぞです!」

 お、来たな、なんでも言いたまえ。

 「何だね?」
 「同じかたちの、」
 「うん。」
 8歳の考えるなぞなぞなんて、知れてるだろう、と分別のあるヒトは鷹揚に構えます。

 「同じかたちのお、まると、さんかくと、しかくがあります、」
 ・・おとな玉砕。
 出だしからして、わかりません。『同じ形の丸と三角と四角』ってなんだよ。
 絶句する僕には関係なく、息子は続けます。
 「その中で・・(中略)・・・は、さてどれでしょう?」
 全然わかりません。

 こういう場合の僕のもやもやした気持ちは、英語の不得手な方だったら、日本語のできないアメリカ人とふたりっきりになってしまって、必死に相手の言うことを聞きとろうとせざるを得なくなった、というご経験があれば、そのときの事を想像していただければわかりやすいと思います。そうです。会話の冒頭でなんだか聞きなれない単語のヒヤリングにいきなりつまづいて、その単語に拘泥しているうちにアメリカ人にどんどん英語でたたみかけられて、結局100%何を言っているのかわかんない、ってなってしまう状態ですね。
 『同じ形の丸と三角と・・』でいきなりKOされた僕は、そのあと彼がたたみかけるなぞなぞにはついていけず、結局彼が言いたいことが100%わかんなくて、なぞなぞの答えどころではなくなってしましまいした。
 それで、面倒くさくなって、
 「わからないんである。パパこうさん。」
 となりました。そしたらなんだか得意げに答えを言ってましたけど、もちろん覚えていません。

 先日も、テレビを一緒に見ていたら、軽く息子が言いました。
 「パパ、この人ミガナシ-よね?」
 「なんだって?」
 「だって、そうじゃない?」
 「・・なんだって??」
 「だ・か・ら、ミガナシ-でしょ!?」
 皆目わかりません。
 よくよく聞いてみると、どうも『見た目に悲しい』という意味のことで、敢えて漢字で表記するなら『見悲しい』ということらしいです。
 「おい、そんな言葉はないぞ。」
 「あるよ!」
 「ない。」
 「ある~~~~!」
 「・・・・・・。」

 『こいつ一向に精神年齢が大人のヒトに近づく兆候が見られんなあ。・・・・いや、ふーむ、これはひょっとして・・・』と僕は思うようになりました。彼の毎日の言動の延長線上に『分別のある大人』が現れるとは思えないんです。この生き物はそもそも生物学的にはヒトの大人とは違うものなのではないだろうか?そう考えると、僕の疑問は解けます。すなわち、どこかで『変態』をなすわけです。

 それも僕の現段階での仮説によれば、ヒトのそれは『完全変態』(いや、だから誤解しないでください。これもその『性的嗜好において、比較的マイノリティ-なプレイぶりがパ-フェクトである。』ということではないです。だいたいどういうのが『性的嗜好においてパーフェクトなマイノリティ-プレイヤー』なのか、もわかりませんけど。)、即ち先述のカブトムシの例のように、 卵→幼虫→蛹→ 成虫、という『変態』ではない、と思われます。ヒトがみんなそんな経歴をたどっていたらとうの昔に僕の説は証明されていたでしょう。おそらくそうではなく、このちいさい生き物はある晩、人知れず、ほんの2,3時間くらいで、幼生からつるりん、と成体に脱皮しちゃうんです。
 そして、脱皮した殻は、あら不思議、空気中の成分と化学反応を起こし消えてなくなり、酸素かなんかになって実は地球上の空気の成分の維持に役立っているんであります。
 僕らは、よく『物ごころがついていない時のことだから覚えていないなあ』っていう一言で、お互いに幼いときの記憶がないことを片付けて納得しちゃってますけど、よく考えたら『なぜだか知らないけど、ある時点からなら記憶があるのは当然』っていうのもなんだか非論理的じゃないですか?つまりヒトは幼体と、ある晩脱皮して成体になったあと、とで成長段階がはっきり分かれているので、脱皮前の記憶は、-『同じ形の丸と三角と四角のなぞなぞ』だの『ミガナシ-』という単語だの、は- 殻と一緒に空気になってどっかにいっちゃう、というわけです。それで僕の息子はまだ脱皮していないんです。彼は、早生まれで、おまけに、モンゴロイド同士とはいえ、混血なので、僕の仮説によれば他のヒトの幼生より脱皮が遅い傾向にあるわけです。
 うん、これなら全部説明がつきます。

 幼生から、蛹を経ないで直接成体になるので、『ヒトの変態』は『不完全変態』(しつこいですが、ここでいう『不完全』の意味は、もちろん『性的嗜好において比較的少数派のプレイを好む傾向にあるが、そのプレイぶりが、いまひとつで、惜しい!』という意味ではありません。いわんや『比較的多数派だけどプレイぶりがいつも一緒だ。もうひと工夫欲しい。』という人とも関係ありません。)である、というのが僕の現在の仮説です。

 僕の息子は、まだ幼生だと思われます。
 しかし、つい先日、やや、こいつ、ひょっとしたら・・・、という言動が見受けられました。

 そのとき、彼は、夕食中で、しかし、嫌いな食べ物だけを残していてそのために食事を終了することを許されずにおりました。とうに食事を終えて食卓を離れたさい君や僕に話しかけてみたりして、眼前の嫌いな食べ物、という現実から逃避しようと試みていましたが、さい君も僕もそこは心得たもので相手にしません。こいつ、大丈夫かなあ、勉強も食事もいつも嫌いなものは後回しにしてるけど・・、と息子を一瞥すると、彼は器用に椅子の上に寝転がって、テーブルと椅子の間に体を滑り込ませて無言でもぞもぞしています。せめて視界から嫌なものを遠ざけようという腐心の結果のようです。先行きが心配です。でもまだ脱皮していないから、まあ、いいか・・。
 と、今まで無言でもぞもぞしていた幼生が突然テレビを見ている僕の背中に、大きな声で話しかけました。

 「ねえパパ、パパって、よくママにふられなかったねえ。」
 「は?」
 唐突な奇問に思わず振り返り唖然とする父親もものかわ、息子は、やおらその理由として二点を列挙しました。
 「だって、かお、おおきいしい、おなら、くさいしい。」
 「!」

 ・・・。斯様な穿ったことを言うところを見ると彼はすでに変態してしまったか、あるいは『変態すれすれ』(いや、だから『そっちの方面すれすれ』ではなく・・)にあるのかもしれません。

 最後に、冒頭に謝罪したのは、本ブログの読者の大部分である僕の親しい知人の皆さんにとっては『パパがママに振られてもおかしくなかった理由』の一つである筆者の『ミガナシ―容貌』について『文章のみを頼りに想像を楽しむこと』ができないな、これは誠にすみません、と思ったからです。重ねてお詫びします。だから、僕のミガナシ―な外見を周知している方は、是非『振られてもおかしくなかったもうひとつの理由のほう』にご想像を馳せてみて、楽しんでください。

===終わり===

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緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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