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The Catcher in the Rye.後日談。

 前回、パスポート紛失について書いたんですけど、その直後にも事件に巻き込まれたことを思い出しました。といっても、僕のことですから他人様にとっては大したことじゃないですが、僕にはまがうことなき『事件』だったので心してお読みください。

 日曜日の朝に帰国して、月曜日に出社した僕は、いつもの日常に戻るために心身ともに落ち着こうとしていました。それでも出張日の翌日は留守中に日本でたまった仕事をやっつけたり、出張報告(大抵誰も読みません。ふん!)を書いたり、出張精算をしたり、で業務における、ばたばた感は簡単に払拭できないもんです。それに加えて、その時の僕は『あ~あ、パスポート無くしちまったなあ。再発行の手続きをしなければ。面倒くせえなあ。』と、こころ会社にあらず、といった感じで、午前中は、心身共にふわふわとしていて日常を取り戻せないでいました。

 午後になりました。と、突然、僕は部長に呼ばれました。
 なんでも、インドネシアの投資案件(この案件の雑務に僕は関わっていて、それで出張に行って帰国したわけですが)、について常務 -さるやんごとなき家系の繋累の方でした。―以下、これに関わっている各部の部長クラス数名が会議をするんだそうです。この投資案件は当初の予定に反して齟齬が多く、なかなかうまくいっていませんでした。それで、その停滞状態を打破すべく、やんごとなき家系の常務(以下『やんき常務』と略。)に火曜日からインドネシアに御出馬いただき、現地側の合弁パートナーと経営レベルで話し合いを持とう、そのために会議と称して現状の問題をこのやんき常務にインプットしよう、ということだったようです。
 僕にしてみれば、やんき常務が出張に行きたければ行けばよし、会議などもやりたければいくらでもやっていただければいいわけで、末端の人間など関与いたしません、です、であります。だいたいがそんな会議が開催されることすら僕は知りませんし。ところが、僕の部においては、この案件は部長ではなく、実際には副部長がほぼ全てを担当しており、その副部長が、やんき常務の出張の露払いとして日曜日からインドネシアに出張しておりました。僕とは入れ違いになりますが、そこは業務のレベルも、会う相手の肩書も全然違いますから、一見効率の悪そうな斯様な日程での出張も、稀ですが起こり得ました。
 そういうわけでどうも細部を把握していない僕の所属する部の部長、-木田部長-、は不安を感じたらしく、突如その会議に副部長の代替として僕にも同席するように命令した、ということのようです。

 僕は『こっちはこっちでそれどころではないんである、会社にはすまんことだが、投資案件が暗礁に乗り上げていることよりも、パスポート紛失の方が遥かに重大なことなんである、そういう会議は勝手におやりになってくれて結構ですぞ、そうじゃなくても部長・役員連中の会議内容と俺の業務レベルなんて、そもそも次元が違うんだから・・・。まあ、どうせ発言なんかする機会はないけど、木田部長がそこまでいうなら黙って座っておくか・・・。それにしてもパスポートどうしてくれようかなあ。』と思いつつ、会議の行われている役員室に、のそのそとはいって行きました。
 見ると、やんき常務を囲んで、複数の部の部長レベル、5,6人が難しげな表情をして座っています。これも難しげな表情をしたければいくらでもしてくれればよろしいわけで、僕にはあんまり関係ないです。ただ、当時まだ入社数年目であった僕の目には『おお、肩書きの高い人達が揃ってやんきを囲んでおるぞ』という風景は、なかなか壮観には映り、すこしは緊張しました。

 果たして、会議では、部長連中がかしこまってやんき常務にいろいろと本案件の問題点を口ぐちにインプットしています。僕はというと木田部長のとなりで『う~~、パスポート、パスポート・・・』と心の中でつぶやきながらただ黙って端っこに座っていました。
 ところが、聞くともなしに聞いていると、さすがに部長達だけあって難しげな表情に難解な語彙でもって発言はしているんですけど、なんだか僕には彼らの発言内容が上滑りしてるように感じられました。どうも木田部長と同じく、彼らも実務は担当していないので、表層だけとらえていて、正鵠を射るようなことはあまり述べられていなかったみたいなんです。『あれ?その件は、確かに問題だけど、すでに現場でうちの副部長が具体的に手を打っているから、いまさら新たに問題視してもしょうがないんじゃ・・・』とか、『いやいや、そのミスター・アンディっていうのは俺も何度か会ったことあるけど、そんな人じゃない・・え?この部長は会ったこともないのにアンディを問題児扱いしてるの??』とその立場がゆえに、日々の生きている問題を知悉している末端者の僕には、いくばくかの隔靴掻痒感がありました。
 そのうえ、皆さんは、異口同音に『問題点をあげつらう』ことは盛んにされるんですけど、-おそらく、その会議の議題がやんき常務に本案件の問題点をインプットする、ということになっていたゆえ、そのことに焦点をあてて事前準備をされたからだとは思いますが。― 誰も『解決案』については言及されないんです。先述の『問題点の上滑り』に加えて『偉い人達が揃いもそろって問題だけを主張する』という異様な会議に、僕はパスポートのことは暫時忘れて、大いに違和感を持ち始めました。されど、そこは、末端者、特に発言するでもなく、いや、それどころかあわよくば出席していることさえ皆さんに気付かれないように、息をひそめて気配を消してました。
 気のせいか、これでもか、と問題点ばかりを浴びせかけられるやんき常務も苛ついているように感じられました。

 と、ある問題点が発言されたとき、やんき常務が、木田部長に、
 「おい、木田、それはあんたのとこの副部長が
  やってる、いうて聞いてるぞ。どないなって
  るんや。」
 と名指しで返答を迫りました。すると、木田部長は、実務は副部長がやっている、ということは隠そうともせず、-別に構わないわけです。役割分担ですから。―、もちろん自分が返答者という意識をもって対応をしようとはしているものの、返答する前に、細かい点を横にいる僕に質問をしました。
 「みどりくん、いまどないなってるか知ってるか?」
 気配を消していたはずの僕は、いきなりの質問にうろたえつつも、
 「え、ええと、その件は、副部長が群馬のメ―カ―と
  連絡をとっておられてそのメーカーから技術者を出張
  派遣してもらうことになってる、と思いますけど。」
 と自分で手を汚していること、行動を共にすることの多い副部長の業務を見聞きで知っている範囲のこと、で出来得る回答を木田部長に向かってしました。僕にしてみれば質問者は木田部長でしたから。でもそんなに広い部屋でもないので、僕の発言はやんき常務にも聞こえちゃいますので、木田部長は僕の発言を繰り返すことはせず、それを補う発言で常務への返答を締めくくりました。
 ところが、こういう形の問答がだんだん増えてきて、空気を消しているはずの僕は予期に反して発言する機会が増えていきました。この案件はいくつかの部に跨っているとはいえ、誰よりも深くインボルブされているのは僕の部の副部長なので、-それゆえに、やんき、もといやんき常務の露払いにすでにインドネシアに出張に行っているわけです。―、会議時間を重ねていくにつれ、やんき常務の質問は木田部長に集中しはじめまた、ということです。
 あれですね、国会の予算委員会に例えるなら、やんき常務が野党の質問者で、木田部長が大臣、僕がそばでこそこそと資料を渡したりする官僚、っていう構図に近いです。そして、誠に遺憾ながら、国会の予算委員会に散見されるように『質問者が大臣に聞いているのに、強引に官僚に直接答えさせちゃう』という事態もまた、起きてしまいました。
 すなわち、いつのまにか室内の一番端にいるやんき常務と、しがないいち課員である僕(余談ですが、今でもしがないいち課員です。)との直接のやりとりがメインになり、それを木田部長始め、居並ぶ部長連中がテニス場の観客のように左右に首をふりながら黙って眺める、という光景になっていきました。僕は、相手が相手だし、なんだか苛つきながらの質問攻めにあって、たじたじとしながらも懸命に応戦しました。

 そのうち、なんとやんき常務がしびれをきらして、尋常ならざる発言に及びました。
 「もう、あかん!あんなあ、わしはな、この件で
  明日からインドネシアに出張するんや!」
 そんなに高らかに宣言されずとも、そんなこと知ってますけど。まあ、彼にしては末端の人間が常務の行動予定など知らないだろう、と思ったんでしょうね、わからんでもないです。でも、それで・・・?
 「もう、あかん!あんたも明日わしと一緒に来い!」
 えええ!そのときの僕の頭の中を電光石火の如く駆けた言葉を順番に記述すると、こんな感じです。

『え!』→『海外出張?』→『パ、パスポートおお!』

 やんき常務の妄言、いや暴挙(僕にすれば、ですが。)によって、さしづめ、すごろくで言えば『国会予算委員会に突如招集される!』という枡目から『ふりだしに戻る!』という枡目でとまってしまった僕は、事態が一気にターンオーバーされたことに思考が対応しきれずに、ただただ呆然としました。
 まずい、パスポ―ト紛失というプライベートな大失態を白状する、ということにおいて、これ以上避けたい状況はないじゃありませんか!今朝まではとても予想できなかった事態に、俺がいったい何をしたんだっていうんだ!?と僕は天を恨みました。全員が僕の返答を待っています。
 いや、待てよ・・・。いきなり失態を白状しなくても、そもそもやんきには、昨日の日曜日に帰国した人間を火曜日にまた同じ国にいかせる、っていう無理を言っているということの自覚がないんじゃ・・・。と僕の頭の中を一瞬のうちに嵐が駆け廻っているとき、木田大臣、もとい木田部長が助け舟を出してくれました。
 「いえ、常務、それがこいつは昨日、この案件で
  インドネシアから帰国したばっかりでして。
  な?みどり?」
 「は・・はい!そうです!」
 うお、あぶねえ、あぶねえ。そうだよな、逆に末端の課員の行動なんて役員が知ってるはずはないもんな。僕は、昨日帰国した国に明日また行く、という異常なスケジュールはもちろん、失態を自白する危険からひとまず逃れたと思い、ほっと安堵しました。
 ところが、さすがに、やんごとなき家系の子孫の常務、略してやんき常務だけあって、そんなことでは引き下がりません。
 「かまへん!それがどないしたんや。俺と
  一緒に行くぞ。」
 やんき常務はまるで、俺の杯がのめへんちゅうんかい、ええ、おい、といった勢いで一歩も引きません。まずい、まずいです。
 「いえ、あの、一応僕も何件かお客さんを担当
  させていただいていますので、先週も席を開
  けて、今週もというのは・・・。」
 という僕の返答に木田部長も、無言ながら、そらもっともや、という顔をして、前言撤回を期待して常務の返答を待ちます。
 「かまへん、そんなもん、木田君がやる!木田君に
  やらしたらええんや!」
 暴論です。そんなの。部長に、火曜日から僕がしなければいけない担当者としての細かい業務を説明して引き継ぐだけ、で3日間くらいかかっちゃいます。ところが、木田部長も男気のある人で、なんと、
 「よっしゃ、わかった!常務があそこまで
  言ってくださるんやから行って来い。日本
  での仕事のことは心配するな!」
 となにやら自分の男気に酔ったような様子で豹変してしまいました。いや、だから心配するなって、結局は俺がお客さん怒られるだけじゃんかよ、なんだってこんなところで妙な男気なんかだすんだよ・・・。

 ・・・万事休す。
 僕は木田部長の寝がえりで援軍を失ってしまい、とうとう、
 「実は・・・・」
 とパスポートを紛失して日本に入国した、という経緯を淡々としかし、小声で手短に白状せざるをえませんでした。もちろん、谷村くんが隣だったとか、『ライ麦畑でつかまえて』を読みそびれた、なんて枝葉末節なことは言わずに。

 おそらく全く予期していなかった僕の回答を聞いたやんき常務はもちろん、その場にいた部長連中はみんな黙ってしまいました。午後のやわらかな日差しが差し込む役員室に『妙な間』が流れました。
 「なんじゃ、そら!社会人以前の問題やないか!」
 という種の罵詈雑言を皆さんから浴びることを覚悟していた僕には短くもつらい沈黙の間でした。きっと皆さん呆れかえって怒る気にもならないに違いない、だから誰も発言しないんだ・・ああ・・・。

 ところが、やんき常務の次の発言が沈黙を破ったあとに、会議は想像もつかない急展開を迎えます。
 そうです。やんき常務は、多少気勢をそがれた感は否めないながらも、こう言ったんです。

 「・・あれはな、再発行するのたいへんなんや。
  わしもな、一回無くしたことあってな・・・」

 するとどうでしょう、今まで沈黙していた部長連中が、

 「いや、私一回シャルルドゴールでファイナルコール
  されてるのに、ラウンジで寝過ごして荷物だけ持って
  いかれましてね、しかもその時お客さんと一緒だった
  ので、お客さんが怒りましてねえ。」
 「あれないですか、あれ。一回ニュ-ヨークで入国しようと
  したら、パスポートの期限が残り2週間しかなくて、入管
  で揉めましてね、あれ、普通日本の空港で指摘されるん
  ですけどなんか乗れちゃったもんだから、ニューヨークで
  止められちゃってですね、ないですか?」
 「失敗ちゃうけど、うちの副部長は以前ソウルの入管で名字
  が手配中の日本赤軍と一緒だ、とかいってどっかにしばらく
  連れていかれて・・」  
 
 いや、出るわ出でないのって、この日の会議一番の盛り上がり、ほぼ全員が喧々囂々、負けじと海外出張での失敗の暴露の応酬となりました。
 僕の『自白』の後みなさんが妙に沈黙していたのは、怒っていたとか、呆れていたとか、のではなくて皆さん『脛に傷もつ身』なので、なんとなくよう怒らなかったんですね。そして、僕の失態を聞きながら各々が『あのとき、あそこで・・あれはまいったなあ』なんて『追想している間』だったんです。そして怒るのは誰かにまかせちゃお、なんて思っていたら、その場で一番偉いやんき常務がいきなりカミングアウトしたもんだから、すわそれを免罪符として、一気に暴露大会になったわけです。

 なんだ、やんき以下、みんなも結構やらかしてるじゃないか。

 結局その会議は、僕の自白を境にしてなんとも形容のし難い妙な明るさをもって終了し(だから、解決策はどうなってるんだ?)、僕も放免されて火曜日からの海外出張は、なし崩し的に流れました。
  
 僕は、いまでもしがないいち課員ですけど、もし将来部下をもって、その部下が海外出張でなんか基本的なミスをやらかしたら・・・・、まずいきなり怒鳴りつけて思いっきり滅入らせてから、ニヤッと笑って、この時の顛末を話すことに決めてます。
 部下をもてたら、ですけど。

===終わり===
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緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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