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The Catcher in the Rye.

 『海外出張』と『海外旅行』は文字にしてみるとよく似てますけど、その中味はえらい違いです。僕に言わせると意外なことに結構『海外旅行も海外出張が好き』っていう人がいますけど、僕は『海外出張』はあまり好きじゃないです。まあ、旅行と違って遊びに行くわけでないですから、わくわくしないほうが普通だとは思いますけど。 僕の携わっている業務の性質上かもしれないですけれど、海外に出張しなければいけない時はたいてい、直接海外の取引先にあって交渉しなければ解決しそうもない問題を抱えていることが多いし、なによりも、出張で留守をする間の業務を前倒しでしなければいけないので、例えば5日間日本を開けるとしたら、2日後の締め切りの社内提出種類だの、3日後までに約束したお客さんへの見積もりだの、4日後までにすればいい仕入先への発注だの、を一気に出張まえに片付けてしまわなければいけないわけです。だから、急に海外出張が決まると(だいたい急に決まります。)、猛烈に忙しくなって連日深夜まで残業して、それでも間に合わずに前日は会社で徹夜で仕事をこなし、翌日の朝に会社から空港に直行、なんてことも一度や二度ではありませんでした。のみならずその出張が上司と一緒であったり、お客さんと一緒であったりしたら出張中も気をぬけないし、で、なんで海外出張が好き、だなんていう人がいるんだろう、と不思議でした。今でも不思議です。

 ただ、唯一、海外旅行と比べて、海外出張のほうがいい、と思うことは『帰りの気分』です。
 旅行の場合、行きはこれからの旅程に思いを馳せたり、気のおけない同行者とふざけあって非日常感が徐々に高揚していくのを満喫するわけですが、そのぶん帰りは、すでに明日の満員電車での通勤風景なんぞが頭をよぎり、旅行中ずっと一緒だった同行者ともいい加減話すこともなくなって、行きより口数が少なくなり、旅で使ったエネルギーの代償としての疲労と、日常回帰への半強制的な向き合い、を感じてブルーになっちゃったりするわけです。 
 一方出張の場合は、首尾よく問題も片付いた、留守業務にも支障はなかった、というわけで『急に日本を離れるためにその準備に忙殺され、出張中は問題解決に奔走する』ことから『特に問題のない日常業務』へ戻られる、というある種の安堵感があるんです。

 あの時もまさにそうでした。記憶が定かではないですけど、まだ入社3,4年目で、ある投資案件に巻き込まれていて、といって重要な業務を任されるでもなく、末端の雑務を担当していました。僕のいた部門はどちらかというと『個人商店集積型』の部門で、そういう投資案件は珍しかったんですが、その案件の実務上の旗振り役が僕の上司(副部長)だったがためにそういうことになっちゃったわけです。それで、やっぱりいきなり、
 「おい、あんた、あんたあ、誰やったかいな?
  ええ、みどりくんか、あのな、明後日から
  ジャカルタ行って来い。」
 なんて軽~~く命令されて、それで、やっぱり出張前は精根尽きはてるくらいの忙しさを食らい、それでもなんとか出張もやり終えて無事帰国の運びとなりました。僕は、これで、また平穏な日々に戻れる、名前も覚えてないくせに(副部長は部下への愛情は深いけれど、一方でたいへん鷹揚な方でした。)『コンビニ行って来い』みたいな調子で海外いかせるのは勘弁してほしいよな、まったく・・と思いつつも、僕なりに出張を首尾よく終えたという思いからリラックスしていました。
 「さあ、ビール飲んで、文庫本読んで、すぐ
  眠たくなって、寝るぞ!」

 そのフライトは、バリ島発ジャカルタ経由成田空港行き、のインドネシア国営のガルーダ航空夜行便でした。日本航空も同じ経路の便がありましたけど、ガルーダの方が安いので、2,3年目の社員としては、日本航空なんか乗らせてはもらえないわけです。もちろんエコノミークラスです。当時慢性的な睡眠不足だった僕は、たとえ飛行機の中でも誰にも邪魔されずに寝られることに、腕を撫して乗り込みました。

 ちょっと、余談になりますけど、その頃、ある年配の方が、
 「年取るとな寝れんようになるんやで。
  寝るのもな、体力がいるんや。」
 って言われていて、何をわけのわかんないこと言ってるんだこの人、って思ってましたけど、最近は『やや、ややや、失礼しました。その通りでございます!』って実感しています。本当に若いころはどこでも寝られたけれど、あれはやっぱり一種の体力のなせるわざなんだな、って思うんです。今は、夜行便でエコノミークラス、なんて聞くだけでげっそりしちゃいますけど、当時は、離陸直後に熟睡して、あれもう成田か、っていう感じでしたから。今じゃちょっと考えられないです。

 僕は、トイレが近いうえに小心者なので、他人にいちいちお願いしてトイレに行くのを嫌って、極力通路側に座席をとるようにしていました。もちろん寝るには窓側がいいんですけど、当時はなにしろ若いから座れればどこでもいいわけです。その時も通路側のシートがとれました。たぶんシーズンオフだったからでしょう、機内の座席はバリ島からすでに搭乗している客も含め、50%くらいしか埋まっていません。僕はチケットを見ながら、ほどなく、自分のシートを探しあてました。すると僕のシートは窓際の3人掛けの通路側で窓側の2席はすでに埋まっていました。まあ、どうでもいいです。
 ところが、荷物を置いて、座ろうと座席に正対したら、僕の横には同じ会社の他部門の同期の谷村が乗ってるじゃないですか。
 「お!たにむら、出張か?」
 僕は出張帰りの緩んだ気分も手伝って、この奇偶を軽く歓迎しながら言いました。
 ところが谷村は、その問いになんだかもごもご言うだけで要領を得ません。あれ?俺なんか難しい質問でもしたかな?と思って彼の服装をみたら、ポロシャツにデニムです。なんだ、随分ラフな格好してやがるなあ、まあ夜行便だし、明日は日曜日だから(日曜朝着の飛行機だったんです。)ラフな格好に着替えたのかな・・とあんまり深くは考えませんでした。もごもごいっている表情もなにやら歓迎ムードではないです。でも、実は僕が鈍感だったんです。
 なんだよ、別に寝て帰るだけだけど、同期で隣に座るなんてなかなかないことだからもう少しいい顔しろよな、と思いつつ、ふと窓際の席、谷村の横を見ると、妙齢の美女が・・・・。
 ああ、そういうことっすか。だったらそう言えばいいじゃねえか。もごもご言いやがって。要は、谷村君は彼女とバリ島に旅行に行った帰りだったわけです。それで、3人掛けで2人でよかったね、ジャカルタでも通路側には誰もこなければいいね、なんて話してたに違いありません。ところが、残念なことに、ジャカルタでその席がうまってしまい『甘い夜間飛行』をぶち壊されたどころかそれがよりによって同期のみどり・・・、で絶句して、
 「お!出張か?」
 なんて妙に元気に問いかけられても応えきれずにもごもごしちゃったわけです。

 俺は別に悪いことしてるわけじゃないんだけどなあ、と思いつつ、一応ご紹介されて、ぎこちない挨拶なんぞ交わしたあと、邪魔するのも悪いし、と思い、僕は持参した文庫本を読みはじめました。どうせすぐ眠くなるからさっさと寝ちまおう。その本は今でも覚えてますけど『The Catcher in the Rye』、青春小説の名著とされているサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』でした。僕は読書家とはいえないし、特に海外の小説なんか読むのは珍しいんですけど、なんとなく行きの成田空港で『あれ、これ良く聞く有名な本だよな。確か青春小説系だな。こういうのは年いったら感情移入が難しくなって読む気がしなくなるから買っとくか』と買ったんです。
 そしたら、こっちが邪魔しないようにおとなしく読書してるのに、いやに谷村が絡んでくるんです。

 「おい、みどり。」
 「へ?なに?」
 「その本さ、」
 「うん。」
 「俺の彼女が読んだことあるんだけど、」
 「ふん・・・。」
 「つまんないんだってさ。」
 「・・・・。」
 余計なお世話です。人がこれから読もうっていうのに。彼女は一応、谷村止まり、で言ったつもりだったらしく、笑いながら谷村のことを叱ってました。

 僕は、馬鹿馬鹿しくなったので、もういいや、早く眠気を感じないかな、なんて思いました。ところがある程度の沈黙をおいて、また谷村が絡んでくるんです。

 「みどり、あのさ、」
 「うん。」
 「彼女さ、スチュワーデスなんだよね。」
  だから何だってんだよ、自慢かよ?
 「それでよ、お前知ってるか?」
 「・・・へ?」
 「スチュワーデスはさ、自分の会社のエア―ライン
  には特別料金で乗れるんだよ。」
  だから、それは俺と何の関係があるんだよ。でも
  ひこうきがいしゃ、なんて言わないで『エア―ライン』
  なんていうところはさすがにスチュワーデスと付き合っ
  てるだけはあるよな・・。
 「でもな、」
 「うん。」
 「こうやっているところを同じ会社の人に見られたく
  ないからさ、」
 「うん。」
 「わざわざ、高い金払って、ガルーダを選んだんだよ、
  俺たち。」
 「・・・ほう。」
 「それなのに、」
 「それなのに?」
  と、谷村は、その先まで俺に言わせるのかと
  言わんばかりに短く小さい溜息をつき、
 「なんで俺のとなりに会社の同期の男が座んなきゃ
  いけないんだ?」
  いや、そんなこと、俺に言われても・・・。

 要は用意周到にことを運んだのに、最後にとなりにみどりかよ、っていうことをつらつらと僕に説明するわけです。なんだそら?こっちだって好きで谷村カップルの隣を選んだわけじゃあるまいし・・。彼女の自慢でもしてくれたほうがまだましだな、もう寝ちゃおう、寝る!寝るんだ!と僕は、まだ眠気もきていないのに、サリンジャーには悪いけれど最初の数ページを読んだだけで、本を閉じて、目も閉じちゃいました。

 しかし。ちょうど、僕が狸寝入りから、いつのまにやら本当に睡眠にはいったかはいらないかのときです。突如谷村につつかれて起こされました。あー、今度は何だよ。

 「あのさ、」
 「んん?」
 「うしろのほうさ、がらがらだから、
  おまえ後ろに行って寝ろよ。」
 「・・」

 なるほど振り返ってみると4人掛けのシートがまるまる空いていたりするのが散見されます。これは、邪魔者扱いされたのか、それとも僕のことを思って言ってくれたのか、まあ、どっちでもいいや、こっちも空いているところでのんびり寝られるのならそれにこしたことはない。

 「うん、ありがと。」
 
 なんだってお礼まで言ったんでしょうか。だいたいが寝てる人間を起こしておいて『もし貴君にご異存がなければ後ろに行かれてはどうか?』と『問いかけ』の形をとるならともかく、なんで断定的命令口調で言われなきゃいけないんでしょう・・?
 ともかくも僕は、後部のがらがらのシートに目星をつけ、4人掛けのひじ掛けを全部あげて、横になって手足を伸ばして寝ました。うん、気持ちいい。なにしろ成田まで7時間だからな、まあ、このほうがお互いよかった、ということだろう・・・・。

 ところが、好事魔多し。人が完全に寝入っているのに、ガルーダのスチュワーデスがたまに回ってきて『寝るのはいいけど、シートベルトをしろ』と無理なことを言います。それじゃあ4人掛け独占の意味がないじゃないか。それとも何か、4人掛けの隣り合っていないシートのシートベルトを繋いで、-例えば通路側の座席のベルトの凸部と3番目の座席のベルトの凹部を繋ぐ、とかですね。いちおう可能性を頭の中だけですが、僕なりに探ってはみたわけです。-寝たまんま股間から肩にかけて、身頃に垂直にベルトでもしろっていうのか?
 僕は、注意されたときだけ、普通に座ってベルトを締め、見回りが来なくなるとベルトをはずして4人掛けに寝転がる、ということを2,3度繰替えしました。
 と、そのうち、また起こされました。またベルトですか、はいはい、と思ったら、今度は日本人の男性で、
 「あの、そこわたしの席なんですけど。」
 って、あんた今までの数時間どこに行ってたんだ?まあ、機内は空いていたので、僕のように-同期のカップルの旅行に隣あわせて邪魔者いされた、というわけではないです。そんな人が同じ機内で沢山いたらある意味壮観ですけど。そうではなくて、よりよい寝場所を確保しようと民族移動をしていた、という意味です。-本来の席を離れて機内をうろうろしていた客が少なからずいたようで、そのうちの一人が戻ってきた、ということのようです。
 僕は、せっかく大の字になってもスチュワーデスに『寝てもいいからベルトはしろ』と難題はふきかけられるし、空いているようでいて実際は空いてない席に移動しちゃって文句はいわれるは、で結局継続的な睡眠はとれずに、最後は面倒くさくなちゃって結局、元の席-谷村の隣ですね。- に戻っちゃいました。

 数時間の後成田着。
 ところがここで事件が。ないんです。そう、僕のパスポートが。成田の入管で体中のポケットというポケットを探しまくりながら、青ざめている僕を横目に谷村カップルは、
 「何してんだ、おまえ?」
 「いや、パスポートが・・」
 「へ?そう。」
 と言うと、二人はあっさりと入管を出て仲良く消えていきました。

 あ、そうだ、あの時!僕はパスポートをズボンのポケットに入れていたので、機内を寝たり起きたりしてあちこち移動しているときに落としたに違いありません。僕は、入管の人間に事情を話し、戻って自分で機内を探したい、と申し出ました。でも治安上の理由、とかで許可してくれません。僕は、ひとり入管の列を離れ、端の事務所の前の椅子に座らされました。あたかも拘束された不法入国者を見るような目でじろじろ見る人もいます。
 僕は『間違いなく飛行機の中にある』って懸命に主張したんですけど、僕の乗ってきたガルーダは、2,3時間後、成田からジャカルタへ向けてすぐとんぼ返りに飛び立つ、だから今車内清掃をしているから、機内にあるならそこでみつかるはずです、それまで待っていてください、ってことで小一時間を日本に入国もできずにぼうっと過ごしました。そして最終的に、入管の職員から『清掃が終了しました。機内から出てきませんでしたので、おそらく乗られるまえに紛失されたんでしょう。』といやに断定的に宣言されてしまいました。

 ところで、日本に帰ってくるときにパスポートを紛失したご経験ありますか?僕は、一体、どんな複雑な書類だの質問だの-例えば、入管の人間が親に電話して確認をとる、とか、後日成田に再出頭するとか-があるのかと、最早疲れ切った頭で考えました。ところが、これが、-今は知りませんけど。― 拍子抜けするほど簡単に入れてくれるんです。たしか『パスポート紛失しました。どこのだれそれ。』とかいう定型書類一枚に住所、名前、電話番号書いて、それで終わりだったと思います。免許証などの身分証明の提示すら必要ありませんでした。待ち時間は長かったけど、あれ、こんなのでいいの?っていうくらい簡単に入管を通過しました。

 それで僕のパスポートはどうなったかというと、これが、僕の主張の通り、ガルーダの飛行機の中から二週間後くらいに出で来たと連絡がありました。どうも僕のパスポートは清掃員でもわかりにくいところに入り込んで、成田-ジャカルタ-バリ島の往復を何回も繰り返したようです。調べたら、入国と違い、紛失パスポートの再発行にはたいへん煩琑な手続きがいるようで、けれど、もうでてきそうもないから、面倒だなあ、と再発行の行動を何も起こしていなかったので、とても幸いに思いました。

 そうやって帰国した翌日の月曜日、出社したら谷村から内線電話があり、一応心配してくれてるのかな、と思って(実際そうかもしれないですけど。)、顛末を話したら、
 「ふん、紛失か。ということは今現在、お前を日本人
  と証明できる手段はないわけだ。」
 と勝ち誇ったようにわけのわかんないことを言われて、電話を切られちゃいました。

 尚、『ライ麦畑でつかまえて』はその後も手に取ることもなく、未だに僕の本棚にあります。なんだか今さら青春小説を読む気にもならんなあ、って思ってすでに15年以上たっちゃいました。たぶん、谷村の彼女の『つまんない』っていう一言が少なからず影響しているんだと思います。でもいつかは読もう、と思っているのでこれ以上感想とかあらすじとか余計なことは僕にインプットしないでください。お願いします。

===終わり===
 
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緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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