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ラジオ体操第一。

 しつこいのは認めます。
 でも全然納得がいかないので、書いてしまうのであります。
 我慢して最後まで読みましょう。
 
 『10年ひと昔』という言葉にならうのであれば、もう『ひと昔』ではすまないくらい以前のことです。
 今回は、高校2年生の秋の修学旅行での思い出です。奈良の千年を超えようかという古墳を実際に間近でみたことに時空を超える感覚にうち震えました、あるいは、偶然観光コースを外れて立ち寄った京都の名もない寺が、実は数百年の歴史を持つ古刹で、そこの住職が無聊にまかせて親切にも易しく説いてくださった仏話に、少年乍ら初めて仏教の真髄に触れる思いがして未だにわすれられません。
 ・・・という類の話しでは、もちろんありません。これから話すのは、かけらも読むに価しない、僕の人間の小ささ、その他を証明する思い出話です。このへんは筆者の真骨頂であります。

 僕らラグビー部員は実は修学旅行の3日後かだかの、日曜日に公式戦を控えていました。そして、そういう日程になることは時期的に毎年のことで、3年生からは、
 「大事な試合が近いんだから修学旅行中も練習しろ。
  俺たちもそうしてきたんだからな。」
 と厳しくいわれていましたし、僕らもそのつもりでした。でも、数日間だけ奈良京都に滞在するのにわざわざ六人しかいない僕らはどこか練習場所を確保する、などという大がかりなことをするわけもなく、といって昼間に旅行をしないで練習をするわけでもなく、ただ毎日早朝におきて街を走ったり、六人でできるサインプレーをしたり、簡単な筋トレをする程度だったと思います。
 今大人になってから思うとそのことはなにぶん、いや、殆んど精神的な慣習、でしかなく、ある種自分たちのストイックさに自己陶酔していたに過ぎない、面が大きかった、と認めざるを得ないと思います。けれども、その時は、-まあ、誰にでも種類は異なるにせよ『若さ』と書いて『じことうすい』と読む、というような経験があるように-真剣に公式戦にそなえて自分たちのラグビースキルを早朝練習でメンテナンスしなければいかん、と100%信じて疑いませんでした。
 そういうわけで、当時主将であった僕は(以前書いたように人望があったので、とか、特にプレーがうまかったとか、そういうことでなったキャプテンではなくて、主将をきめる日に英語の補習に出ていなかったのが、僕を含めてなんと2人しかいなくて、その2人でどっちかっていうと『声がでかい』というだけ、という経緯で拝命つかまった主将です。)その責務全うに燃えて、自分たちの年代でこの慣習を断ち切ってはならん(なんでいけないんですかね。今思うと別にいいような気もします。)と、旅行の引率責任教師のところに事前に何度も通って許可をようやく取り付けました。教師にしてみれば、修学旅行も学習の一端だし、その程度の軽い練習で、先生不在の状況で(教師がそんな練習に立ち会うわけはないです。)宿泊所近隣でトラブルでも起こされたり、怪我をされたらかなわん、という考えだったんでしょう。ごもっともです。許可してくれないんですよね。しかも今なら間違いなく低姿勢で行ったり、根回ししたりしてから交渉するんだけど、当時はなにしろ『高校生』と書いて『ごうがんふそん』と読む、というような男でしたから、引率の教師に最初から、あんたなんかラグビーのことは知らないくせに、という空気満載で『責任は主将である僕がすべて取ります!』なんて大時代的なことを吐いて交渉にいくもんだからすんなり了解をもらえませんでした。最終的には、向うが面倒くさくなって許可してくれたわけですが、僕は論破してやったぜ、くらいの高揚感をもっていました。

 さて、そういうわけで、僕ら6人は、ラグビーボール数個と練習用のウエアを持って旅行にでました。詳細は覚えていませんが、学校できめられた他の生徒の起床時間より、1,2時間早く起きて練習をする、という計画だったと思います。
 早朝練習初日の朝、僕を含む6人は前夜の夜更かしもものかわ、それぞれの部屋から起きてきて、あくびを連発しながら人影もまばらな京都の街を走り、ラインアウト
(スローイングですね。実はこのプレーには誰がとるか、味方にしかわからないようにサインがあって、投げる人と、取る人の呼吸を常にあわせておく必要があるんです。サインはすぐ相手に悟られないように、例えば『投げる人が5桁の数字を言って、2桁目と4桁目の数字を足して、その足した数字が3の倍数なら豊田がキャッチ、5の倍数なら藤代がキャッチ、でも5桁のうちにゼロがはいっていた場合には計算はしないで無条件にみどりがキャッチ』というようなちょっと聞いたら複雑な計算になってます。法則はそれぞれですが、だいたい各チームともそういうややこしい理屈の上にたった計算式でやってます。ええ?息をきらせながらの試合中にそんな計算できるのかよ・・?ごもっとも。できません。でも実は答えの数というのはそんなに種類があるわけではないので、毎日やっていれば、ほとんど計算しないで味方同士は反射できるものなのです。ま、たまに、信じられないオリジナルな計算式を勝手に算出してその試合中、仲間も意図しない状況で唐突にひとりで飛んだり跳ねたりをする人間も稀にいました-副キャプテンの山案山子くんです-けど。僕もそうですが、高校時代の仲間はおそらくまだ僕たちのチームのラインアウトの計算式は覚えているはずです。それほど毎日やることが要求されるチームプレーなんです。余談が過ぎました。)
の練習なんぞしたりしました。
 うむ、たいへん、よろしい。主将である僕は、痛く満足しました。

 ところが、そこは『10代後半』とかいて『いろこいもふくめていろいろある』と読む、という年代ですから、昼間の行動ももちろん、夜の友人との語らいや馬鹿騒ぎなどにも非生産的な情熱を燃やしに燃やすわけです。
 早朝練習2日目の朝です。時間になっても待ち合わせ場所(たしかホテルのロビーだったと思います。)に2人ほど来ていません。けしからんです。しかし、代々我が部に引き継がれてきた大事な練習を(だから、たんなる自己満足だよ、なんですけどね。)をやらないわけにはいきません。修学旅行なんぞより、その数日後にある公式戦1回戦のほうが何倍も大事なのだ!・・・・しょうがないので、僕は、起きてこない2人の部屋をさがしあて、他の部の生徒の邪魔にならないように『完全熟睡』している同期を起こして無理やりに練習をしました。俺は主将だから責任はあるけど、起こす役目まで引き受けたつもりはないんだけどなあ。でも無理やり起こされた2人は仏頂面こそすれ、僕にたいする謝罪、あるいは感謝の気持ちなど一言もありません。同期の人望で選ばれた主将ではないのでそういう態度もするわけです。ちなみに、先述の英語の補習をうけなかったから、といって僕の高校時代の成績が良かったのか、というと、その時の補習はぎりぎり逃れたものの、それはそれは全体的には目も当てられないような惨状で・・いや、この話はまた別の機会に。

 そして、3日目です。とうとう自分で起きてくるのは僕と、僕と同じ部屋の豊田だけになりました。彼の名誉のために言っておきますが、豊田は僕と同じ部屋だから僕におこされたんじゃなくて毎回自分で起きてくれました。・・・・『起きてくれました』っていう表現を使う時点でなんか主将としては違和感がありますけど。実はたまたまですが、参考までに、この2人は英語非補習組です。
 仕方がない。
 僕は、残りの4人の部屋を調べ、4人を起こしにいきました。4人とも片目をつむっていたり寝癖を爆発させていたりして、見事なまでの不機嫌さです。(だから、起きるのはそれぞれ自分で起きる約束だろ。なんで俺が起こしに回らないといけないんだ。)起こす作業のせいで、練習時間が短くなってしまったことも含めて、言葉に出すことはないにせよ、僕の心の中では、昨日からの苛立ちが増幅していました。

 最終日となりました。もちろん、ロビーに降りてきているのは僕と豊田だけです。僕は、大きな溜息をひとつつくと、他の4人を起こしにいきました。大林、さとる、を起こし、彼らがしぶしぶ起きるのを確認して、残りふたりの部屋に行きました。
 「おい、藤代、朝練するぞ。起きろ。おい、
  起きろよ。」
 すると、ようやく藤代は布団の上に立ちあがりました。と、その時、同時に宿舎の館内放送で-今思うと不思議なんですけど、そのホテルは毎日早朝にラジオ体操を館内放送で流していました。変わってますよね。― ラジオ体操の音が流れてきました。僕に無理やり起こされた藤代は、寝ぼけているのか、布団の上にたつとぼんやりと視線を泳がせたまんまラジオ体操の音楽とナレーションに条件反射をなし、その視線とは対照的に突如体だけは激しく、ラジオ体操第一を始めました。(なんだあ、こいつ?まあ、いいや起きたんだから。もうひとり起こさなきゃ。)
 「用意して降りてこいよ。」
 カクカクと、しかし、妙に懸命に体側のばしをする藤代に捨て台詞を浴びせると、最後のひとり副キャプテンの山案山子の部屋です。
 「おい!山案山子、行くぞ。おい!」
 すると、体こそ起こさないものの、寝床の中の山案山子ははっきりとした声で、
 「うん、わかった。すぐ、行く。」
 と素直に返答しました。
 しかし・・・、4人をおこしてからロビーで待っても、なぜか大林とさとるしか来ません。僕は、もう起こしにいっている時間がないので、あとで追いかけてくるだろう、と判断して、集まった4人で走りにでかけました。俺は、目覚まし時計じゃないんだから!そもそもが15人でやるスポーツなので、6人でさえ練習内容が限られているのに、4人だと碌なことがきません。
 結局、その日の練習には、藤代と山案山子は来ませんでした。

 藤代は、どうやら『あらぬ視線でカクカクとラジオ体操第一を布団の上でなした』あと、そのまま即、二度寝してしまったらしいんです。けしからんのを通りこして唖然とします。
 僕は、練習を終えて、とても不機嫌でした。だいたいが各自が起きてこないから2日目から緊急避難的に僕が起こしてまわっていることからして大いに不満だったのに、最後には起きたくせにこないのが2人もいるなんて・・・。

 その日の修学旅行は団体行動の日でした。朝練のあと宿舎に戻り、他の生徒と一緒に朝食をとり、バスを待つために各クラスで並んでいるときです。僕は、愚痴る相手がいるわけでもなく、なんだかまだもやもやとしていました。
 ふいに、すこし距離を置いた隣のクラスの列から、怒気を含んだ大きな声で僕を呼ぶ男がいました。山案山子です。
 「だいず!
  (僕の仇名です。10年10月25日
  『大豆(おおまめ)に隠された真実。』
   ご参照ください。)!」
 見ると山案山子は眉間に皺を寄せてもんのすごい険悪な顔をしています。僕はというと、最前から述べているようにもやもやとした心中です。何だ、こいつ?
 「なんだよ。」
 憮然と答えます。その次に山案山子が怒りながら怒鳴った言葉は、僕の心の中のもやもやの導火線に火をつけるのには充分すぎるくらい現状認識に温度差がある言葉でした。
 「起こしてよっ!
  なんで起こしてくんないんだよ!」
 ・・・ええ!僕の苛々は心の中で大爆発を起こし、その爆発から溢れだして来た言葉たちがあまりにも多くて、どれを選択していいかわからないほどでした。
 『俺は、お前らの目覚まし時計じゃないんだぞ!』
 『だいたい、各自で起きるのが当たり前じゃないか!』
 『俺は、2日目から起こして回ってるんだ!』
 『おまえ、そもそも副キャプテンだろ!』
 『怒りたいのは俺のほうだ!』
 『こないだ貸した300円返せ!』
 『そこを怒るか、普通!』
 ・・・・・。しかし、気持ちの整理のつかない僕は、反射的に山案山子の土俵に真っ向から乗るような返答をしてしまいました。
山 「起こしてよ!」
僕 「起こしたよ!」
山 「うそだね!俺しらないぞ!」
僕 「うそってなんだ!おまえ返事してたぞ!」

 水掛け論です。山案山子も『うそだ』と『だいずの言動の真偽の鑑定』に関してこぶしをふりあげてしまい、そこに真っ向から挑まれた手前、こぶしを下ろそうとしません。2人の会話はバス乗り場でクラスの列をはさんで、大声での言いあいになりました。

山 「そんなこと、言ってねえよ!
   なんで起こしてくれなかったんだよ!」

 今思うと、彼は彼で、同期の手前、副キャプテンとして朝練にいけなかった(僕にいわせると単なる怠慢なので、いけなかった、じゃなくて、こなかった、ですけど)ということに悔いと責任感を感じての怒声だったようです。起こしてくんないと俺の立場がないじゃないか、ってなもんですね。だからあ、俺は目覚まし時計じゃないっつうの。

僕 「何!だから起こしたっ、つってるだろ!
   だいたい・・・」

 でも、僕にしてみればちゃんと起こしたし、それには山案山子も返事したし、まさか、顔をひっぱたいて完全に起きるまで、なんかやってられないです。そんなことより、そもそも『起こすことはだいずの仕事だろう』という暗黙の前提が僕にしてはおかしいので、百歩譲って僕が彼を起こさなかったとしても(起こしましたけど!)責めを負ういわれはないわけです。
 それで、『だいたい、俺はお前らを起こす係か?起きるのは自分ですることだろう!』と言いかけたとき、僕らのまことにレベルの低い論争をそばで黙って聞いていたハンドボール部の青田君が(彼は山案山子と同じ部屋でした。どうも僕の声に睡眠を邪魔されたみたいです。)ぼそっと、言いました。

青 「だいず、起こしにきてたよ。」
山 「・・・・」
青 「山マンも『うん、すぐ行く』とか言ってたよ。
   その後は起きなかったみたいだけど。」

 青田君は頭もいいし、冷静な人です。この突如あらわれた有力な証人のために、一気に山案山子は『だいずが、起こしにきたか、きていないか』という高く振り上げたこぶしに関しては(だから僕に言わせると、起こしに行ったか行かないか、なんてことより、だいずが目覚まし時計である、という前提こそが気に入らないんですけどね。)振り下ろさざるを得なくなりました。ところが人間というのは面白いもので、振り上げたこぶしが高ければ高いほどなかなかすんなりおろせないもので、山案山子は、

山 「・・え、ほんと?」
青 「ほんとだって。俺全部聞いてもん。
   だいずの言ってる通りだよ。」
山 「ほんと?・・」

 という会話のあと、その眉間にこれでもか、とよせた皺はそのままで、つまり表情はこぶしをあげたままだけど、言葉においては完全にこぶしをおろす、という自己矛盾した格好で、
  「じゃあ、いいや。」
 とつぶやくと、論点をずらすこともなく、いまやその大義名分を完全に失った険悪な表情のまんま、それっきりで会話を一方的に終わらせてしまいました。
 『じゃあ、いいや。』って・・・。僕は万引きした人に間違えられて濡れ衣は晴れたのに『これに懲りて次からは気をつけろよ!』って言われたような気がして、釈然としませんでした。

 だって、そうですよね。

 ①そもそも、起こすのは僕の役目じゃない。
 ②でも、いつのまにかそういうことになっている。
 ③しかもその原因は、自分で起きてこない方にある。
 ④そのうえ、僕は山案山子を起こした。
 ⑤でも『嘘つき』呼ばわりされた。
 ⑥それで、証人の出現によって『じゃあ、今回の
  ところは許してやろう』BY 山案山子、っていう
  空気で論争が終結した。
 ⑦『許してやろう』ってなんだ?
   山案山子にそんな権利や立場があるのか?
 ⑧『起こされたこと』は譲歩して認めるのなら、
   その結果『練習に来なかったこと』には
   なぜ触れない?そっちの方が本題でしょ?
 ⑨300円はまだ返してもらっていない。

 納得いきません。
 でも我ながらよくこんなこと覚えてるなあ。

 ちなみに、あらぬ視線でカクカクとラジオ体操第一を終えて二度寝したらしい藤代を詰問すると、にやにやしながら、
 「まあじい?全然覚えてねえよ。はは。」
 って言ってました・・・・。こちらのケースではあまりのことにただ脱力するばかりで、『ラジオ体操第一』と書いて『むせきにん』と読む、って感じです。

===終わり===

 

 
 

 
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緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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