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パレットナイフ。

 2010年5月28日の『板ばさみ。』で高校時代のラグビー部仲間の『正真正銘の憎めるいたずら者』であった藤代君の悪行について本人に無断で書きました。するとありがたいことに本人から感想をいただきました。
 その感想とは、
 「まったく覚えてません。でも面白い。」
 という『憎めるいたずら者』の残滓を思わせるものでありました。一方で僕が、間にはいって未だに己が良心の呵責に悩み、島崎藤村とは言わないまでも、私小説ばりに半ば自分の罪を吐露したにも拘わらず、です。しかも『板ばさみ。』の中で述べた他人のメジャーを窓から叩きつけて粉々にしたことなど、なにをか言わんや、というレベルらしくこれもまた『全く記憶にない』そうです。
 
 それゆえ、今回は(『何ゆえ』?っていう強引さは否めませんが。)これなら藤代君も覚えているであろう、という彼の悪行のひとつを『備忘もかねて』、これまた無断で記しちゃうんであります。

 残念ながら-いたずらされた方には申し訳ないですけど、僕は半ば本気で残念だと思ってます。でも、もし目撃したら『板ばさみ。』の件以上に良心の呵責を負い続けることになったともいえますけど。-、本件には僕は絡んでおらず目撃もしていません。
 しかしながら信頼できる筋からの複数の目撃情報に基づいているので、おかげで何十年という月日がたっているにも関わらずかなり鮮明に僕は記憶しているものです。

 高校生のとき、必修科目で『芸術』というのがありました。僕の高校では、書道、美術、音楽のうちどれかを入学のときに選択することになっていました。僕は、音楽はまるでだめ、絵心もない、ので無難に書道を選択しました。それでも、ものすごい達筆な人間に囲まれたらどうしよう、とどきどきしてましたけど、幸いなことに書道を選択した人間の大半が僕と同じような理由で書道クラスにはいってきていたので、まことに居心地のよい時間でした。
 藤代はというと、中学のときにバンドを組んでドラムを担当していた過去があるにもかかわらず美術を選択しました。以前にも書いたように僕と藤代はラグビー部員ということだけではなく、偶然にも三年間同じクラスで高校時代を過ごしたわけですが、まだ理系・文系で受講科目が分かれていない一年生のときもこの『芸術』の時間だけは別の授業を受けていたわけです。
 それで、美術クラスは書道クラスと趣を異にし、絵心をもった異才に溢れて『芸術』と冠された科目名に恥じることのないような雰囲気だった、かというと、美術選択者に言わせるとこれが全然違った、そうで、音楽はだめ、書道も堅苦しくて嫌だ、っていう人間が九割で『まことに居心地のよい』クラスだったそうです。
 なにしろ『書道クラス』の選択者と『美術クラス』の選択者、がいかに自分の選択クラスにおいて『高校生という義務を全うしなくてよろしい時間を過ごせるか』と、居心地を良さを互いに自慢しあうくらいでしたから。
 
 そもそも、僕の高校は、
 -しがない公立高校です。歴史もない、当時で創立十数年の、しかも急拵えの学校だったので、歴史以外にも物心共にないないづくしでした。ええと、学食がない、部室がない、体育館に舞台がない、それと更衣室もありませんでした。だから体育の時間になると、一組は女子更衣室で二組は男子更衣室で、っていうように体育の時間前に臨時に更衣室用に教室を分けるんです。-
当時も思ってましたし、自分が当時の先生たちの年代になった今も変わらずに思うんですけど、生徒指導の仕方が、良く言うと放任で、悪くいうとやくざ極まりない学校でした。何しろ通学してる生徒自身が『こんなにいい加減でいいのかしらん?』って思うくらいに緩かったんです。
 遅刻にも寛大でした。なかんずくある男子生徒などは、通知表をもらって遅刻日数をあらためて計算してみると自分が結果的に三日に一日は遅刻していることを知って、うち驚き、さらに小さな字で備考欄に淡々と『遅刻 学年七位。』と書かれ、三日に一日は遅刻している自分よりもっと遅刻している人間が同学年にあと六人もいるのか、こんなことで大丈夫なのか、と自分の進級の危機を脇において、学校全体について、うち憂いておりました。
 その男子生徒とは、誰あろう、他ならぬ緑慧太、その人であります。

 あるとき、美術クラスで、しばらく『風景の写生』の課題期間があったんだそうです。
 これは僕に言わせると暴挙に近いです。そもそもが、教室の中においての授業をさえその奔放さを書道クラスに自慢するくらいの生徒です。なんてことはない、教師公認のもとに週に二時間ほど、油絵の道具一式を持っていることだけを担保に、生徒たちを野に放つことを何週間か繰返しただけです。推して知るべし、ですが藤代のみならず殆んどの生徒は、提出期限ぎりぎりに1、2回でいい加減に絵を仕上げて、それまでの数回は何もせずに一応写生対象の場所だけ決めておいて、あとは絵画道具を担保に自由な校外生活を満喫したそうです。
 僕の高校は、以前にも書きましたけど、都市郊外にあって、最寄駅からも徒歩二十分かかる緑豊かな場所にありました。つまりは、学校を一歩でたら小さな林だの、畑だの写生には、そして、絵画道具を脇において授業とは無関係に高校生活のひとかけらの時間をのどかに友人と満喫するには、もってこいの環境でした。
 けれでも、そういう環境を与えられて黙っている我らが『正真正銘の憎めるいたずら者』藤代君ではありません。
 『小人閑居して不善を為す』、いまや立派な企業人になった当人には申し訳ないですが、僕が伝聞で本件を知ったとき、これほどぴったりな言葉はない、と思ったものです。繰り返しますけど、本当に僕の高校は生徒指導が甘かったです。なにしろ藤代みたいなやんちゃな男を校外に放っちゃうんです。何も無し、で終わるわけないです。

 学校の北門のすぐ裏にキャベツ畑がありました。
 学校のすぐ裏にいきなり畑があるところが我が母校の誇る環境の良さ、の面目躍如たるところであります。尚、僕はそこに畑があることはもちろん知ってましたけど、その持ち主の方がキャベツを植えることで糊口の資を得ておられた、ということを知り、且つ今に至るまで記憶していられるのは藤代のお陰です。
 写生ですから、まず場所を決めなければいけません。しつこいですけど、伝聞によると彼は、まず写生の場所をそのキャベツ畑に決めたそうです。別に自由を満喫するのに、写生の場所を学校の近くにしても差し支えはないわけです。場所だけ決めておいて自転車に乗って遠出もできるし、だいたい提出期限ぎりぎりで課題をやっつけるのには学校に近い方が便利ですから。それでも、その事件の日、藤代は一応写生場所に滞在していたらしいんですね。本人にしてみれば『普通に高校生活を満喫して』学校に戻ったつもり、とみえます。

 ところが、次の週の芸術の時間、生徒にとって『写生という校外散策』に出る前、形だけ美術教室に集まった生徒たちに美術の鹿野先生(たいへん懐の深い女性の先生でした。しかも幸運なことに、二年、三年と僕のクラス担任、イコール藤代の担任ですね、をしてくださいました。)が授業の冒頭の注意として言いました。

 「皆さん、写生に出る前に注意です。先日本校の裏の
  キャベツ畑の所有者の方から通報がありました。
  なんでも、その方の畑のキャベツのひとつが油絵の具で
  全身赤に塗られていたそうです。状況や時間帯からして
  本校の生徒のしたことではないか、ということで御立腹
  されています。このクラスの生徒の可能性もあります。
  本校の品位にかかわることでもありますのでそのような
  ことは絶対にしないように。」

 ひどいです。
 もちろん我が部の誇るナンバーエイト、藤代君の仕業です。
 藤代は、写生に行ったものの暇を持て余し(本来、暇なはずないんですけど。)、ふと、自分の手にパレットナイフと絵具、すぐ眼前にキャベツ、という状況を認識し『その日の授業時間目一杯に使って、まことに丹念に、緑色の部分が少しも見えないくらい』(伝聞によると、です。)ひとつのキャベツを見事に、しかも事もあろうに他の色ならぬ、真っ赤に塗りあげてしまったんだそうです。もちろん、あとのことなど考えてそんなことをするようなせこい男ではありません。そのまま知らんふりして学校に帰ったわけです。
 それで、キャベツ畑の持ち主逆上!-当然です。塗られたのは商売道具、『それで生きておられる』わけですから。―となったわけです。藤代も迂闊といえば迂闊です。でもこの話にはまだ続きがあるんです。

 さっきも書きましたけど、だいたい僕の通っていた高校は放任がすぎました。今、大人になってから思うと、畑の持ち主の方の怒りは尋常じゃなかったと思うんですね。それは、100%僕の高校の生徒の犯行である、という証拠があったわけではないででしょう。でもキャベツにびっしりと塗られた赤い絵具を洗い落とす(洗い落とそうとされたのか、それとも落とせたのか、は確かではないです。なにしろ油絵の具ですから!)のはたいへんだったと思うし、その頃毎日のように僕の高校の制服を着た(制服はあったんです。でもまたこれがいい加減な管理で『制服』なのにその強制度はあって無きが如くで、・・いや、またこの話は今度。ね?M・Y美さん?)生徒らしき高校生達が絵画セットを持って近所をうろうろしていたわけですから、かなりの確信と怒りをもって僕の高校に怒鳴りこんできてもしょうがないところです。その怒りの通報を鹿野先生が直接受けたかどうかは別として、先生にも畑所有者のお怒りがかなりのテンションを保持しながら伝わったのは明白だと思いますし、美術担当としては由々しき事態である、ことも間違いないです。
 でも、僕の高校の生徒指導のやくざなところは、鹿野先生からこのことが犯人を含むと思われる生徒に伝わる段階では、上述のような『生徒を大人と信じ、その良心に訴えかける、という類の』穏やかな注意、で終わってしまった、らしい、というところなんです。

 こういうとき、よく出てくる『古き良きガキ大将』は、『やったのは俺だ。』って自分から言い出したりして『昔は悪いことをしても逃げ隠れはしなかったものだ。今はそれに比べてそういうガキ大将がいなくなって、陰険になってしまって・・・・・』なんてステレオタイプの『ガキ大将出現、再待望論』として語られたりします。

 でも、僕は『転校生だから』とか『へんな顔だから』(これ、本当なんです。僕の行った三つめの小学校の吉見君です。)とかいって、そういう称賛されるステレオタイプの、手下の数にものをいわせるガキ大将に陰湿にいじめられた経験が少なからずあるので、この種の一方的な『古き良きガキ大将待望論』には簡単に組しません。

 そして、わが藤代君も決してこの古き良きガキ大将、みたいなつまんない男ではないんであります。授業の冒頭に鹿野先生からこの『注意』を聞いた藤代は、『はい、鹿野先生、申し訳ありません。それをやったのは僕です。他の美術選択のみんなは関係ありません。』、なあんて道徳の教科書に出てくるようなことは、百回生まれ変わってもしません。
それどころか、その注意を聞きながら、
 「野郎、チクりやがったな!」
 と極めて理不尽かつ独善的な言葉を、面識もない畑所有者の方に向かってひとり小さく毒づき(伝聞によると)、怒りに満ち溢れてキャベツ畑に直行しました。

 そして、
 「ちくしょう、言いつけやがって、やろ、ええい、
  こうだ、こうだ!ぐはは、こうしてくれる!」
 と言いながら、御苦労にも『畑の中を徘徊し複数のキャベツをパレットナイフでずたずたに切り裂いた』という、いじましいんだか、豪胆なんだか、ちょっと判断のつきかねる『報復に及んだ』んだそうです。
 鹿野先生の注意直後にそんな直情径行的な行動に及んだら、時系列的に犯人像が絞られちゃう、と思うんですけど・・。

 ・・・その後、キャベツ畑の所有者VS鹿野先生経由 藤代、がどう収束を見たのか、は記憶にありません。ただ、以前にもいいましたけど、藤代くんはいまは立派な『大人になってしまった』ことと、
 ①赤く塗った。
 ②パレットナイフで切り裂いた。
 の順番がひょっとしたら記憶の中で前後してしまっているかもしれないこと、は報告しておきます。

 それと、書道選択者の僕は、かの道具が『パレットナイフ』という名称であることは、今回このブログを書くにあたって調べる必要があったので初めて知りました。
 勉強になりました。
 藤代君ありがとう。
・・・・『レタス』じゃなくて確か『キャベツ』であってるよね。『切り刻む』のはともかく、レタスだったらどうも『塗りたくる』のは、どっちかつうとキャベツよりたいへんそうだんですけどね・・・。

===終わり===
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緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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