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トムとジェリー。

 僕の頭にこの出来事が去来するときいつも、有名な喜劇王の、有名なエピソード、が同時に思い出されます。

 これも僕が、独身のころ、南半球ほぼ赤道直下の都市郊外の工場に現地人300人と日本人ひとり、ていう状況で勤務していたころの話しです。(11年2月11日『アーノルド・シュワルツネッガ―』他、ご参照ください。)

 その日も暑い日でした。

 ところでよく、おまえの住んでたところは暑いところだろう、どのくらい暑いんだ?って聞かれて答えに窮したことがあります。なぜかというと彼の地にいた時、ほぼ一度も誰とも『今日は何度だ』っていう会話をしたことがないんです。そこでは『雨季』と『乾季』(それも現地の人によってさえ、いつからいつまでか定義が違ったりするおおらかな区分です。)という二つの季節こそあれ、基本的には日本人からみたら気温においては『ずーっと、真夏、以上。』ですから、住んでいる人はだれも気温に興味を持たないんですね。日本人みたいに、夏は暑いのが当たり前だし、暑いからへばっているかと思いきや、一日中『昨日は37度だって!』って、去年と全く同じ内容の会話を、全く同じ時期に、全く同じ相手に嬉しそうにしたりしないからです。だから『暑いんだろう?何度くらいあるんだ?うん?』ってよく聞かれましたけどそういわれても困っちゃうんです。

 とにかく、いつものように暑い日でした。昼過ぎだったと思います。僕はこれまたいつものように、主な客であるフランス人から来た英語を現場に現地語で伝えることや、工場の稼働に問題がないか事務所スタッフと確認することや、フランス人に英語で返答することと格闘していました。僕のいた工場は、その郊外の町の幹線道路を森と川の方向にコンテナ車一台がやっと通れるくらいの舗装されていないでこぼこ道を ―なんでもここは私道で、借りているものなので僕のいた会社の勝手で舗装したりできないそうです。―脇に100Mくらいはいったところにあります。工場の入口も1か所しかなくて、でこぼこ道と同じくらいの幅の門があって、その脇に警備員の詰め所があります。ここには、工場の従業員である警備員や運転手がいます。そこをぬけるとやっと周りを川と林に囲まれた舗装された工場内の敷地になっていて、まず駐車場があります。といっても白線すらひかれてなくて無愛想に舗装された、だだっ広いスペースがあるだけですけど。それと周りの林、といっても『緑萌ゆ』などと言いたいところですが、実際には鬱蒼とした熱帯雨林が、日差しをかんかんと受けて茂ってるだけです。野性そのもです。僕は一回だけ工場の敷地内の、裏の川との間の林にはいってみたことがあるんですけど、野趣あふれる、というより何がでるかわからん、っていう感じで怖かったです。そういうところからたまにカメレオンだの、毒蛇だのが工場の敷地内に迷いこんでくるわけです。
 その舗装されているだけの駐車場の先に工場の建物が向かって右に大きく敷地内に空き地を残して、左に奥にある従業員入口に続く歩道を細く残し、て立っています。入口の脇の植え込みには、現地に住む会社の先輩が植えてくれた綿花の木や、『緑ばっかりではつまらん』といって僕のポケットマネーで買ってきて植えてもらったブーゲンビリアの赤い花がわずかに彩を演出しています。工場のドアはガラス張りで観音開きになっていて、その前のひさしが作る日陰には、たいてい工場に僕が駐在するよりずっと先に住み着いている野良犬のノワ―リ―が、いかにも怠惰に『暑くてたまらんがな』といった表情で壁とタイルにへばりついて涼をとっています。工場にはいって、工場内で稼働する機械の音を聞きながら上履きに履き替えます。申しわけ程度の高さの靴脱ぎ上がると、すぐ左が商談室(あろうまいことかこの部屋の冷房が工場内で一番効率が悪くて閉口しました。)があって、その先、右が経理部の部屋、左が僕の座っている事務所です。現場はさらにその奥にあるわけです。

 事務所にはいると、僕は窓を背にして(つまり工場に向かって左側の従業員が行き帰りする細い道を背中にして)座ります。僕の前には数人の事務所スタッフがいるわけです。僕は、あろうまいことか弱冠三十歳にしてその工場の七人の取締役の一人でした。役員のうち日本人は僕を含めて三人、しかし、僕以外の二人は日本在住で、残りの社長―僕より四つ年下の女の子です。―も含めて四人の現地人の役員はみんな兼任で役員に名を連ねていて、そのため毎日会社に出勤してくる役員は僕ひとりのみ、という野放図な状態でした。今こうやって振り返ってみてもいい加減極まりない経営状態ですよね。それで僕がやりたい放題だったかというとこれが全然違って―まあ、権限がないっていうのも悪いことばかりではなかったですけど。もちろん『毎日現場にいる権限の制約された名ばかりの取締役』としての苦労の方がずっと多かったのは間違いないです。―悪戦苦闘の毎日でした。しかし、ともかくも一応窓際にみんなよりやや大きな机をもらって、みんな ―といっても4,5人ですけど― を見渡す位置に座っていました。

 その時も、僕は辞書片手に英文と格闘していました。すると、なにやら、事務所のスタッフが僕の方をちらちら見たり、中には指さしてなんだか会話している者までいることに気付きました。
 ぬお、なんだなんだ、また知らないうちに文化摩擦でも引き起こしたか?と僕は不安になりました。この手の話しって、本当に『話しに聞くように』あるんです。

 たとえば、外国人と日本で会食していて、目の前で外国人同士が箸と箸で食べ物を受け渡ししたりしたら、理屈はともかく、『あっ!』ってなりませんか?それでその外国の人達が『何お前ら凍りついてるんだ?』って顔をしていたとしても、説明するよりとにかくそういうことはやめてくれ、ってお願いしますよね。この国では、なんと『他人の頭の上に手を置くこと』がタブーなんです。僕は、そんなこと知らないから、ある愛嬌のある面白い子の頭を撫でたら、それまでにこにこしていた周りが『はっ』っとなって、くちぐちに『だめだ!』って真剣な顔で輪唱のように言い出して、びっくりしたことがあります。だからその時も気付かないうちに何かやらかしたのかな、とびくびくしてしまいました。

 けれども、どうもそれはとりこし苦労だったようで、スタッフは僕を見ていたのではなかったのです。僕の肩越しに見える光景を見ていたんです。僕の背中側には大きな窓があって、先述の従業員が出退勤時に通る細い道に面しています。道の向こうはコンクリートの高い塀です。この国は治安の関係でどこの家も企業も高くて厚い塀を巡らせています。だから窓からみえる光景は従業員の行き帰りの時以外は、百年一日の如く、白い壁とその上に少しだけ見える林、塀の足元の木々 ―というと聞こえが良すぎるくらいの生えるにまかせた植え込み― と雑草のみです。

 何をそんなに見てるのかしらん、と僕も仕事の手を休めて振り返ってみると、突然工場の警備員と運転手のいち団 ―だいたいがこの人達は日中は暇で、詰め所でまったりしてます。警備員つったって日本のように訓練された人を警備会社から派遣してもらっているわけではなくて、運転手同様工場の社員で『まあ、ほんまに武器をもった強盗がきたら一番最初に逃げよるやろ』なんて言われてる人達です。―がなにやら、わあわあと叫びながら、いつものまったり感とはおよそかけはなれた、火の出るように勢いで炎天下に手に手に棒だの石だのを持って、あるものは上着を脱いでランニングシャツ一枚になり、窓の前を左から右へ駆け抜けていき、あっと言う間に窓の枠外 ―僕の視界の外に、消えていきました。僕は、彼らがいったい何をやっているのか皆目把握できないで、見送ったあと唖然としていると、しばらくして先ほど消え去った方向からやにわにまた喚声が聞こえてきて先ほどの激走団が、またしても、わあわあ言いながらあっというまに窓の端から現れて、消えていきました。
 「おい、あいつら何やってんだ?」
 とスタッフに聞いたとき、約束したかのように、みたび左から、下着激走団が姿を表しました。
 「オヤブン、あそこ、あそこ!」
 とスタッフのひとりのナリッシュが指さします。彼女が指さしたのは激走団のすこし前です。
 「え???」
 わかりません。彼女の指先を追いかけているうちにまた激走団は窓枠を駆け抜けて姿を消します。
 「なになに?」
 ナリッシュに聞いているうちに、また来ました。
 「ほら、そこそこ!オヤブン!」
 「おお!」
 みると、激走団は大きないたちのような生き物が塀の足元の植え込みを逃げ回っているのを、どうやって使うつもりなのか、棒だの石だのを手にとって追いかけていたわけです。
 なんてことはない、言ってみれば、彼女たちは僕の窓越しに、窓はたしか、縦1.5M、横はガラス4枚の幅合計で5Mくらいありましたから、ピタゴラスの定理が南半球のこの国でもあっていたとしたら、ええと(1.5Mの二乗)+(5Mの二乗)のルートだから・・おお、なんと約206インチの大大画面で『実写版トムとジェリー・赤道直下バージョン、しかも3D』を見ていたようなものです。僕も可笑しくて、にやにやしながら、しばらくつきあってましたけど何回見ても言ったり来たりを ―まさに『いたちごっこ』の如く― 同じことを繰り返してるのでそのうちあきれ果てて見るのをやめちゃいました。
 激走団は視聴者の有無に関係なく、その後も僕の背中の206インチ大画面狭しと、わあわあ、うおうお、と咆哮しながら猛烈な勢いで行ったり来たりを繰り返していたようです。以前にも書きましたけど、裏の林で捕まえた大人の男性の二の腕の太さほどもあるトカゲを鳥かごに入れて、なぜか首にピンクのリボンをつけて『生きたラコステだ』なんて威張ってみせてくれた人達だから、また捕まえて飼育でもしようってんだろう。だけど、いやに熱心だな・・。

 夕方になりました。僕は、激走団のことはすっかり忘れ、ああ、今日もたくさん英語と格闘して、たくさん現地語をしゃべっている間に一日が終わってしまったけど、自分の疲労はそれとして、今日俺のやったことはこの工場のために少しは役にたったのかしらん、などと思いながら、帰り仕度をし、工場の機械がとまって昼間とは一転物音ひとつしない廊下にでました。そして靴を履き替え、ガラス戸を開けて、蝙蝠の乱飛する熱帯の闇に足を踏み入れました。暑いところですけど、赤道に近いので日が暮れるのも早いんです。ノワ―リ―は陽が落ちたからか、おでかけのようです。
 「うわ、あつう!」
 暗くなったとはいえ、熱帯の暑さは猛々しく、仕事から解放されたばかりという、いち日本人の事情など斟酌してくるわけもなく遠慮なく僕の気分を掻き乱します。
 「あれ、おかしいな?」
 いつもは、僕がでてきて車の方にむかうと、誰かしらが気付いて運転手に言ってくれて、運転手がたいてい寝癖とともに車に向かってくるんですけど、今日は出てきません。仕方ない、僕は、すこし、足の向きの方向を変えて詰め所へと向かいました。
 すると、詰め所の近くまでくると隣の小さな原っぱから煙が上がっているのが夕闇にもはっきりわかります。煙を数人が囲んでいます。何事ならん、と覗く僕です。
 「??・・・!!!!!」
 中心になってそれをぐるぐる回している運転手のひとりが、言葉をうしなって立ちつくしている僕に気付き、何を勘違いしたのか、
 「オヤブン!オヤブンも食うか?うまいぞ!」
 「い、いや、いやいやいやいやいや、いい、いい。」
 僕は、いたちの丸焼きから後ずさりするように逃げました。ああ、びっくりした。あの激走は食欲からきているものだったのか。いやこれも文化の違いだな・・。

 喜劇王チャーリー・チャップリンは少年時代、近所の牧場から連れ出されそうになったときに群れから逃走した一頭の羊を大真面目につかまえようとしてぶつかったりころんだりする大人たちを見て可笑しく思います。喜劇です。しかし、結局は捕まってしまった羊の行く先が屠殺場であることを知り、その大捕物が、チャップリン少年には喜劇でも、羊にとってはのっぴきならない悲劇であることを知り、後年自分の作品にはこのときの出来事が影響を与えているかもしれない―即ち喜劇と悲劇は表裏一体であるという映画の作風の原風景であるかもしれない―と語りました。
 
 でもびっくりしたなあ、あの時は。だって『いたちの丸焼き』って見たことありますか?
 あれ?あの人たちまさかトカゲも・・・?すうううう、こわっ!

===終わり===
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緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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