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ゴムの時計。

 100%です、100%。

 僕のさい君の国-南半球に首都のある某国-の母国語には、逐語訳をすると『ゴムの時計』という言葉があります。すなわち、ゴムの如く、決めた時間が伸び縮みする、という意味です。そういう言葉がある、ということはつまり、時間が厳守されないこと、あるいは人、がある程度許容されている社会である、ということの裏返しでもあります。もちろん、全ての人が時間にいい加減な国なのかというとそういうわけでもないです。中にはきちんとしている人や行事もあります。僕のさい君は、その『幸いにしてきちんとしている少数派』だったかというと、これは違っておりました。まがうことなき『ゴムの時計』とともに嫁入りしてきたんであります。

 100%です、100%。何をそんなにいばっておるのか、と思われるでしょうが、別にいばっているわけではなく、客観的に100%なんです。
 『僕が朝出社するときに、さい君がまだ布団の中にいる確率』が、です。僕が朝ごはんを食べて、いろんな薬を飲んで-僕はいろんな持病があります。-髭をそって、服を替えて、ズボンに合う色の靴下を選んで履いて、さい君と息子に、
 「いってきます!」
 と言い寝室を覗くとき、100%さい君と息子は川の字ならぬ『二の字になって』布団の中にいます。中にいるどころか、まだ両人ともに熟睡中のときもあります。
 ただ、どういうわけか、僕は『どんなことがあろうともだんなと子供に朝食だけは必ず食べさせる』ことを妻や母親の最重要課題と標榜し、それを続けてきたことに誇りを持っている女性-さい君の姑、僕の母親ですね。-に育てられたにも拘わらず、『どんなことがあろうともだんなが朝会社に行く時間には必ず布団の中にいる』ことを結婚以来、標榜・・はしてないですね、さすがに、でも、実行し続けているさい君に、別段立腹することもなく、いまのところつつがなく結婚生活を継続しています。
 これはたぶん-ここで、僕の秘密のひとつを暴露しちゃうと、僕はまだ一回しか結婚したことがありません。つまり日本人とは結婚したことがないんであります。-日本人同士の結婚とは比較のしようがなくて、初めから『なにしろ南半球生まれ育ちの外国人相手だから、たぶんいろんなことで違いがあるんだろうなあ』って覚悟しながら結婚したので、僕の育った家庭と180度違うことがあったとしても『まあまあ、そこは、さ、その、あれよ、国際結婚っつう奴だからさ。』という一言に自分から逃げ込むことでほとんど理由づけができて、そのうえ即諦念できちゃってる、ということなんだと思います。
 
 それでも『ええ、ちょっとそれは、ひでえなあ。』って思うことはあります。
 ある朝、いつものように、おしまいにズボンと色の合う靴下を探して履いて、寝室を覗きこんだら、さい君も息子も熟睡中で、ニッポンの空気をしきりに吸ったり吐いたりすることを満喫しておりました。御満悦のところ、誠にかたじけのうござるが、拙者、一家の主としてお金を稼ぎにいってくるぞよ、ということで、
 「いってきます!」
 と言ったら、さい君が、はっと眼を開け、咄嗟にこう言いました。
 「あれ?もう帰ったの?」
 ・・・ひでえなあ。僕の思考は、ほんとにそうだったらどんなにいいか、と予想外の陥穽にはまってしまい、あろうまいことか、仕事を終えて帰ってきた時の気分と、今から臨む満員電車、仕事のストレスとを比較してしまい、著しく脱力してしまいました。うああ、会社行きたくないなあ。あれ?もう帰ったの?はないでしょ・・、ひでえなあ。

 もちろん、僕のさい君が、だんなさんの毎朝の出陣を布団の中から送っていることなど、間違えても僕の母親の耳にいれるわけにはいきません。そんなことしたら余計な摩擦を惹起するだけです。ひらたく言えば僕が我慢できればそれでいいわけです。
 ところが、あろうまいことか、そういう推測にわざわざ母親をいざなうような情報の端緒を、なんと、さい君から母親に直接発信する、という事件がおこりました。

 ある日、会社から帰ると(その朝ももちろん、僕が出かけるときは、さい君も息子も布団の中でした。100%ですから、はい。)さい君が、いきなり猛烈な勢いで-その日に限りませんけど、その日は猛烈さに磨きがかかってました。でも、なんだって女の人はしゃべることに関してのスタミナがあんなに強いんですかね。かないません。-しゃべりだしました。
 「今日ね、たいへんだったの!」
 「なんで。」
 「朝ね、電話があったの!誰だと思う?」
 「ん?わからないんである。」
 「すぎたせんせい!」
 「へ?」
 杉田先生は、愚息フジの担任です。何回かお目にかかりました。扱いにくいに違いない息子にも寛容に接してくれる、その華奢な体躯に反して包容力のある方です。フジ曰く、25歳、だそうです。若いのにたいしたものです。
 「・・へ?なんで杉田先生から電話が??」
 「せんせいがね、『フジくんががっこうにきてませんけど。』
  って。」
 「え!?なんで!」
 これはいかんですぞ。前から明らかによそ様の子に比べて落ち着きがない、とさい君ともども心配しておったが、子供の足でも10分もあれば優に足る学校までの登校途上にとうとう寄り道などするようになったか!
 「それでね、どうしたらいいかわかんないから、オカサンに
  電話で相談したら・・・」
 うむむ?なんか事態が飲み込めませんぞ。
 「あのさ、すぎたせんせいから電話があったんでしょ?」
 「うん。」
 「それで『フジくんが学校に来てない』っていわれたん
  だよね?」
 「うん。」
 「それで、フジがどこにいるかわかんなくてお母さんに
  電話したわけだ。」
 「ちがう。」
 「え?どういうこと?」
 「とにかく、オカサンに相談したら、オカサンは笑いながら
  『いいからすぐひとりで行かせない』って。」
 え・・。全然わかりません。
 「ユウ、あのさ。」
 「うん。」
 「ぜーんぜん、わかんないんだけど。」
 「だから、すぎたせんせいからでんわがあって!」
 事態を把握できない僕に対して『ゴムの時計』をもつ女、さい君は少しいらついてます。
 「ふむ。」
 「『フジくんがああ・・』」
 「いや、だからそれはさっき聞いたんである。」
 「そのときにい!」
 もはやさい君は、苛々を通過して、なんだか威張ってます。
 「わたしはああ!」
 「ほう。」
 「起きたの!! それでえ・・」
 「ちょ、ちょっと、待って!」
 「それでえ、フジはまだ寝てるから、オカサンに電話して
  『どうすればいいかって』・・」
 「つまり、まさか、杉田先生から電話があるまでユウも
  フジも寝てたってこと??」
 「そう!!目覚まし時計が壊れてたから!」
 威張ってます。ひどいです。しかもお母さんに電話して相談してもしょうがないじゃないですか。

 そのあと、僕はさすがに息子を捕まえて-大遅刻して心細かったりしなかったかな、と彼の年齢の頃の自分を思い出してみたりしながら-確認しました。
 「おい、フジ、今日学校に行くの遅れたんだって?」
 「うん。」
 「杉田先生からの電話でフジは起きたんだろ?」
 すると、息子は僕の問いには答えずに、こう言いました。
 「パパ!すごいんだよ!きょうね、いえからがっこうに
  いくのにね、ふつうにいったのに、にじかんもかかっ
  たんだよ!ふしぎだよねえ?」
 「・・・・・。」
 心細かったのでは、など全くの杞憂です。それどころか、どうも『ゴムの時計』をしっかりと母親から体内時計として受け継いでいるようで、父親としてはこの男の将来について別の心配をしなければならないようです。

 さすがに申し訳なかったので、日本語の読み書きのできないさい君にかわって『れんらくちょう』に下記のように、謝罪を記入して後日持たせました。

 2がつ20にち 日ようび
 「18日は、時計が壊れており、母子共にきずかなかった
  そうです。わざわざお電話まで頂き申しわけありません
  でした。本人は、家から学校まで何故か2時間もかかった、
  不思議だ、とまぬけなことを言ってますので理由はともか
  く遅刻がいけないことであることは言い聞かせます。」

 すると、さすが杉田先生、お心の広い返事を『れんらくちょう』にご記入くださいました。

 2がつ21にち月ようび
  「連絡帳を読んで大笑いしてしまいました。
   フジくんにしたら不思議だったんでしょうね。
   9時過ぎに教室に入ってきて、『みんなどうし
   たの?』みたいな顔をしていました。杉田』

 ・・・。ちょっと複雑な心境です。『どうしたの?』はみんな、じゃなくて、あんたなんである、息子よ。

 尚、たいへん残念なことに、杉田先生は、フジが進級したこの春、フジの学校を離任されました。

 そして、数週間前。帰宅後、いつものように、フジが部屋にばらまいた学校から持って帰ったプリント類に目を通しながら、さい君に指示をしておりました。
 「これはあんたは知らなくてよい。ええと、これは俺が
  記入するから書いたらフジにもたせて。・・これは、
  ユウには関係ない・・んん?」
 と、あるプリントで僕の作業が停止してしまいました。
 「どうしたの?」
 「いや、これは、この春転勤していった先生方全員
  の短い挨拶が・・」
 「ほう、じゃあ、わたしは何もしなくていいんでしょ?」
 「うん、そうなんだけど・・・」

 そこには、十名前後の離任された先生や事務員からの短いお別れの言葉が載せられていたんですが・・・。

 「九年間もお世話になって、本当に楽しい思い出ばかりです。
  (中略)みんなのことは忘れません。杉田」

 ・・・・・『九年間』って・・・。
 やるなあ、杉田先生!フジによると『25歳』のはずなんですけど!
 この種の『ゴムの時計』なら本邦の女性においてもお持ちの方をたまに見聞しますよね。

===終わり===


  
 
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緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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