スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

劇団、山案山子。

 社会に出て日深からぬ頃、まだ独身同士の親友の山案山子と二人、一泊二日で伊豆に旅行にいったときのことです。
 若い男が二人で?そうですよね。僕もそう思いました。

 この旅行の発案者にして幹事は山案山子です。僕の日産パルサ-で行こう、ということになりました。
 「二週間後の土日さ、会社の保養施設がとれたから、
  伊豆に行かない?」
 「うん、行く行く。」
 「女の子もくるからさ。」
 「うん!行く行く!」
 て、いうのがそもそもの始まりだったんです。
 「おい、保養施設とれたって、おまえ・・」
 「うん、ひと部屋ね。」
 「ええ、それじゃあ!?」
 「ダイジ、ダイジ、結構広い和室だから。」
 山案山子は、『大丈夫』のことをまるで旧知の仲の友人のように、略して『ダイジ』という口癖があります。
 「いや、そっちじゃなくて、女の子たちと一緒??」
 「ん?うん、そうなるね。部屋一つって説明しといたけど
  何にも言ってなかったから。」

 これは、たいへんなことになりました。およそ、僕にとってこんな、なんと形容してよいか、心躍る、しかし、なにかしら危うく足が地に着かないような、信じ難く、しかし、本当であればなぜだかまだ何もしていないのに罪悪感を感じるような、ことがあっていいのでしょうか。僕の頭にはあられもない情景が去来し、あるいは『酒池肉林』という四字熟語が浮かびあがります。しかし、かような大事業をさらりとやってのけた山案山子の交渉力、調整力おそるべし、であります。そんな能力が、あんな普段いい加減な男に潜在していたなんて!

 当日の土曜日の朝、僕は柄にもなく身なりなどを整えていたら、さして遠くもない山案山子の家に約束の時間より30分も遅れて到着してしまいました。まだ携帯電話が普及する前で、僕は、右の瞳に『酒池』左の瞳に『肉林』というレリーフが浮かぶのを抑えられずに、しかし、日産パルサ-のハンドルを握りながらじりじりと、
 「しまった!初動から遅刻なんて、俺のファ-スト
  インプレッションがあ!」
 と、一緒に行くであろう女の子への言い訳を考えるのに必死でした。待たせている、ということにおいては山案山子もそうなんですけど、彼に対する申しわけなさは微塵もないんであります。
 「すまん!遅くなった!」
 僕は、山案山子邸の前に急停車すると車を駆け下り、インターフォンを押し、開口一番謝罪しました。言わずもがな、この謝罪は山案山子に対するものではなく、家の中で一緒に待っているであろう女性への気持ち100%、であります。
 僕が、汗をふきふき、息を整え、『酒池肉林』の序章をなんとか取り繕おうと緊張した面持ちで車の前で待っていると、しばらくして山案山子が悠然と出てきました。
 「すまん!こんなに遅れて・・」
 ところが、山案山子は、鷹揚に家のドアを閉めて施錠すると、僕の前を通過し、勝手知ったる他人の日産パルサーの助手席にのりながら、
 「うん、ダイジ、ダイジ。」
 と言いました。うん・・・?????僕は、まだ焦っています。そうか、女の子は山案山子家集合とばかり思い込んでいたが、それは俺のセルジャッジと言うわけでこれから二人でピックアップしに行くんだね、それならそれで急がねば!僕は山案山子と違い、慌てて運転席に滑り込むと、エンジンをかけ、とりあえず発進します。
 「・・・で、どっちのほうに?」
 もちろん、僕が狼狽しつつ尋ねているのは、どこで女の子をピックアップするか、というための道順です。しかし、山案山子はこれから『酒池肉林』を控えているとは思えないほど落ち着いています。
 (おお、さすが女の子を同じ部屋に泊まることを
  セットアップしただけの男だ。俺と違って、
  堂々としたものだ。)
 と僕は感心します。
 「うん、下でいんじゃない。」
 「え?」
 「別に急ぐ必要もないしさ、高速じゃなくっても
  いいっしょ。」
 「・・・・・・。」
 山案山子邸は幹線道路から『コの字』型にはずれた道路の奥にあります。だから、どこへ行くにしろ、どのみち、前を向いて進んでコの字道路を抜けなければいけません。僕が聞いているのはそこで、幹線道路に出て、右折するのか左折するのか、どっちが『酒池肉林につながっているのか』であって、いきなり伊豆にいくのに『高速道路でいくか、いかないか』を聞いているんじゃあないんです。
 「・・・・・・。」
 しばらく無言のまま、コの字を走っていると、山案山子が-彼は、身長185センチになんなんとし、体重90キロ前後の巨漢です-シートをぐーっと下げてからリクライニングさせ、窓を開けて外の風なんぞを爽快に浴びながら、のんびりと言いました。
 「まあ、二人だからさ。ゆっくり行けばいいんじゃない?」
 その言い方は、まるでお笑い芸人が支持率がドン底の現職首相についてコメントするかのようでした。
 すなわち、

 *そもそも『政治は芸人の分野ではない』、
  -『女の子は来ないけど、あながち俺の担当
    分野でもないしさ。』
 *それにいまさら芸人が何を言ったところで
  大勢に影響はないっしょ、
  -『それに二人だから君の遅刻も影響ないしさ。』
 *でも、まあ、頑張ってね、
  -『でも、運転よろしくね。』

 という『無責任感』『投げやり感』と『立場を履き違えた妙な同情』さえ含んでおりました。僕は、何やら完全にメ―タ―を振り切ったかのような軽~い山案山子の態度に、瞬間何が起こったの理解不能でしたが、
 「あ・・、そういうことね。」
 と納得しました。つまるところ、山案山子は、女の子と約束したつもりになっていたけど、実は全然確認がとれてなくて、
 「え~~?そんな話してないじゃん!?」
 「え?じゃあ・・無理ってこと?」
 「うん、ちょっと急に言われても。」
 「・・いや、いいよ、いいよ、そうだよね、
  ダイジ、ダイジ。」
 ってことになったんです。(こういうとき、山案山子はすごく押しが弱いです。)そういうことね。いつもの山案山子じゃん。まあ、そんなうまくいくわきゃねえか・・。
 僕もようやく事態を飲み込み、しかし、まあ、こういう男だからなあ、といまさら山案山子を責める気にもなれず、黙って、幹線道路を『伊豆の方向』に曲がりました。
 そして、しばらくすると僕も瘧の落ちた人のようになり、
 「・・そう・・。じゃあ、まあ、ゆるりと行きますか・・。」
 と巨大な脱力感と、それに変わって心身に満たされていく虚脱感が、しかし『日常という安心感』に変わっていくさまを実感しながら、車を走らせました・・・。

 というわけで、若い男が二人で伊豆に向かいます。道は空いてる、天気もいい。まあ、家でぐだぐだしてるよりましだな、なんて言ってるうちに目当ての保養施設に到着しました。
 「おおー。」
 四人分、だけあってひろびろとしています。
 「いいんじゃない?」
 とにこにこする山案山子。
 「うん、いいねー。」
 とにこにこする僕。ここまで来たら、なんでも褒めて、楽しまなければ今朝までの『酒池肉林テンション』の行き場所がありませんし。
 
 「よし!」
 「よし!」
 僕らは頷きあいました。紆余曲折を経たとはいえ、酒飲み二人が伊豆に現らる、となると、後は『伊豆までわざわざ来たこと』を満足させてくれる『地元のうまい魚を食いまくる』ことにすでに二人がともども切歯扼腕していることは言葉で確認する必要もありません。
 僕らは、歩いて街に出ると、妥協をゆるさない強い物差しを心に掲げ、一軒一軒店を物色しはじめました。なにしろ得べかりし『酒池肉林』という『妄想』と同等の対価を求めているわけですから。
 「ここ、どう?」
 「うん、悪くなさそう・・・、いや、いかん!」
 「なんで?『産地直送』ってでっかく・・」
 「いや、よく見ろ、山案山子、ここは、俺たちの
  家の地区にも支店があるぞ!」
 「おー、ほんとだ!ちくしょう、あやうく
  騙されるところだったぜ。なにしろ伊豆で
  ないと食べられないものじゃないといけない
  からな。あぶねえ、あぶねえ。」
 なにが『騙されるところだったぜ』でしょう。店こそいい迷惑です。『騙す』なんて人聞きの悪い。しかし、酒と、酒を飲みながらの馬鹿話をこよなく愛する僕と山案山子にとって、『ここは少々金がかかろうが(実は四人分の部屋を二人で借りている時点ですでに予想外の支出をしてますけど)伊豆ならではのものを食わずして帰れるか』ということが今は一番ダイジなことなんです。僕らは凶悪なまでの目つきで店を物色します。物色しながら歩いているうちに、うまい具合に喉も乾いて、腹も減ってきました。
 「おい。」
 「うむ。くる途中何も食わなかった甲斐があったなあ。」
 と小さなことを自画自賛する二人です。
 「・・おい、ここ・・。」
 「・・うん、良さげだな・・。」
 そこは、五階建てくらいの新しいビルの一階、いや、中二階部分までが居酒屋になっていて、いかにも地元の金満家が金にものを言わせてつくった、という感じの居酒屋です。
 「ちょっと、中覗いてみよう。」
 「うん。支店もなさそうだし。」
 (だから、別に支店があってもいいですよね。)
 「おおー。」
 「ここ、いいんじゃない?」
 入ると、店の真ん中、厨房の前に、二坪くらいの大きな生簀があります。しかも、その生簀はよくある水槽型ではなく、生簀を囲んでいるカウンタ―から直接魚を覗けるような一段低くこしらえてある池型です。この二人はこういうのに弱いんです。
 「おおー。こんな大きな生簀、なかなか他にはみられんぞ。」
 「うん、伊豆ならではですなあ。」
 と必要以上にはしゃぐ僕と山案山子です。店の中は、清潔感もあって天井も高く、生簀の奥に厨房があり、生簀を囲んでカウンター席、カウンター席を囲む通路の外側―窓に貼りつくように―に家族用と思しきテーブル席もあり、かなりにぎわっています。多少値ははりそうです。
 「ちょっと高いかもしれないけど、ここにしようぜ。
  なにしろ俺たちゃ伊豆にきたんだから。」
 「うん、そうしよう。いい選択だなあ。伊豆ならではだ。」
 と頼まれもしない伊豆観光大使かのように『伊豆』を連発しながら、とうとう店をきめました。

 うまい具合に、カウンター席の中央、生簀の眼の前の席に案内されました。
 「いや、席までべスト!」
 「うむ!」
 いちいち喜びます。さあ、メニューです。しばし僕らは無言でゆっくり物色します。メニューも期待に違わない内容です。ふと、ほぼ同じタイミングで二人が言いました。
 「・・セットメニュー・・」
 「・・・セット・・・・」
 家族連れが多いためかセットメニューがあるんです。地元の居酒屋らしく、付け出しから始まって、刺身、焼きもの、揚げ物、デザート、となかなかの充実ぶりで、値段も単品で頼むより安くあがりそうです。こういうところに来ると値段のこと全く考えないで注文してしまう、というお互いに共通した癖を理解しあっている僕らには、あらかじめ値ごろ感がある、というのはありがたいことです。しかし、僕らはお互いの考えていることはほぼわかっていました。
 「伊豆まできてさ・・」
 「うん、そうだよな・・」
 「伊豆まできて、デザートでアイスクリーム食べる
  こたあねえよな。」
 「うん、セットは却下だな。迷わなくはないけど。」
 「却下、却下、伊豆のもんをばんばん頼もう!」
 というわけで、しばし逡巡したものの、僕らは、コストを犠牲にしても単品を選びました。
 いやあ、美味かったです。その店の料理は、朝の『妄想からの虚脱感』はどこへやら、僕らを『伊豆で地元の魚を満喫した非日常感』で十分に満たしてくれました。もっとも『酒池肉林ではなく、美味い魚を食べることがメインテーマであり、その前提において、わざわざ伊豆まで来て散々店を物色した結果選んだ店がうまくないはずはない』という思いもその満足感を後押ししていたかもしれませんけど。
 山案山子は、先ほど述べたような巨漢です。僕も背は高くないですが、85キロくらいの肥満です。当時はまだ若く食欲も旺盛、おまけにふたりともアルコールも大すき、独身の身で可処分所得100%、まさに、酒池肉林転じて我ながら『鯨飲馬食の如く』でありました。
 「いやあ、食った、食った。」
 「うん、いい選択だったな。」
 「おう、さすが伊豆だ。」
 「うん、伊豆の魚はうめえなあ。」
 まだ『イズ、イズ』言ってます。

 とそのとき、僕の背中のほう、店の奥側のテーブル席のある家族連れが、明らかにセットメニューとわかるそれを食べていました。やっぱり、同じ刺身にしても、あらかじめ決められたものより単品で頼むほうが僕らのような目的をもっていた人間にはよかったようです。
 「おい、山案山子、見ろよ。」
 「・・・。」
 「あれ、セットだぞ。やっぱりセットにしなくて
  よかったなあ。」
 僕は、多少値が張ろうが自分たちの選択が正しかったことを伊豆の海より深く再認識しました。ところが、です。なんと山案山子は僕に反論してきたんです。
 「いや、セットもさ、悪くないと思うんだよね。」
 「はあ?」
 なんだ、こいつ。あれだけ納得して単品にしたのに、食い終わったあとで、なんちゅう興醒めすることを・・。しかも、なんだか知らないけど半オクターブくらいさっきまでより高い声で、そして言葉使いまで、へたくそな文化祭の劇のセリフの棒読みみたいになってます。
 「お前何言ってんだ?セットにしとけばよかったって
  いうことか?」
 「・・いや、そうじゃなくてさ。セットにはセットの良
  さっていうのかな、そういうのがあって、さ、たまたま
  今日の俺たちには単品という選択が、よかったんだけど・・」
 「『たまたまあ』?お前何言ってんだ?」
 「つまりさ、それぞれいいところもある、って思うんだよね。」
 山案山子は言葉使いがよそいきなだけじゃなく、これもまた文化祭で自信のない役をやらされた生徒みたいに、こころなしか視線も泳いでいます。
 「何だあ?『思うんだよね』じゃねえだろ!セットで
  デザートなんて食ってられるか、って山案山子も
  いってたじゃねえか。」
 「・・・・・。」

 こいつ、何豹変してセットメニューを擁護してるんだ?、と僕は解せない気分でいました。二人の間に微妙な空気がながれたまま、会計を終え、外に出て自動ドアが僕ら二人の後で閉まり終えてから、の山案山子の発言に僕はまた仰転してしまいました。すなわち、彼は何の前触れもなく、いきなり怒気を含んだ声でこう言ったのです。
 「だいず!(ダイジ、じゃないです。だいず、です。
  僕の仇名です。10年12月25日『大豆(おおまめ)に
  隠された真実。』をご参照ください。)セットなん
  ていいわけねえだろ!」
 僕は呆然としてしまいました。さっきまでの文化祭調と違い、いつもの山案山子です。
 「・・・・だって、さっき・・」
 と事態がまったく飲み込めない僕は、山案山子の矢継ぎ早の説明でことの真相を知り、突然と彼が文化祭を開催したことを反芻し、山案山子には悪いですけど爆笑してしまいました。
 「笑いごとじゃねえよ。俺の身にもなれよ!
  だいず、声が大きすぎるんだよ!途中で気付けよ!」

 つまり、こういうことです。僕が、
 「あれ、セットだぞ。やっぱりセットにしなくて
  よかったなあ。」
 と僕の背中越しの家族連れのメニューを例示して山案山子に話しかけたとき、僕の声が大きすぎて、その家族連れに聞こえてしまい、じろり、と僕の方を見たんだそうです。僕は、背中越しなのでそんなことはわかりません。でも山案山子は、その視線をもろに受け、いたたまれなくなって、あえて、これまた大きな声で心にもない『セットメニュー礼賛』を僕に対してというより、その家族連れに対してしたんですね。だから、なんだか言葉使いも劇団調になって、視線も生簀の中の魚かの如く泳いじゃったわけです。でも僕はそんなこと全く気がつかないから、山案山子必死の事態収拾へ向けての努力を、
 「お前何言ってんだ?」
 だの、
 「デザートなんて食ってられるか、
  って、いってたじゃねえか。」
 などと、山案山子曰く『全部その家族連れに聞こえるような大声で』悉く粉砕し続けたんだそうです。
 その場で気付いていたら、小心者の僕のことですから気まずい思いをしたでしょうけど、僕は、真相を後になってから聞いたので、その家族連れと山案山子には申し訳ないですが、心おきなく大笑いさせてもらいました。

 実は僕は、『自分の声が大きい』という欠点は自覚してます。そして、大人になってからその原因をつきとめたんです。それは、・・・まあ、今日は、このあたりで。

 僕と山案山子は、その店を出た後『まだ飲み足りない』とコンビニで大量のアルコールを購入し、『四人分の保養施設』でとても飲みきれないだろう、と思われたそれも全部きれいに飲んじゃいました。もっとも僕は、途中で酔いつぶれて寝ちゃったので、山案山子は、熟睡する僕の横で深夜のB級映画を見ながら一人で飲みきっちゃったそうです。

 その時は、特に感じませんでしたが、いまや妻帯者になったふたりからすると二度とできないような『こんくらいダイジ、ダイジ』な豪遊、であったな・・・と改めて思うんであります。

====終わり====


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
フリーエリア
にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村
フリーエリア
フリーエリア

人気ブログランキングへ
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。