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安西さん。(下)

 「うおお、いいぞ、いけえ、Tシャツううう!」
 僕と太一は大興奮して立ち上がって叫びました。

 学生時代のことです。僕らは同じラグビーチームの仲間数人とラグビーの試合を見に行きました。対戦カードは、日本代表対フィジー代表です。僕らは、ラグビーチームにいながらも連れだって観戦に行く、ということは珍しいことでした。どうしてだかはいまだにわかんないです。でも、そのときは、僕らは、-少なくとも僕と太一は-、能動的に行動を起こし、観戦前から気持ちが高ぶっていました。それは、国代表同士の試合というビッグゲームであるということ以外に、日本代表と戦うために来日した対戦相手が他ならぬ『フィジーである』からです。フィジーのラグビーを生でみられる、これはひとつ行こうじゃないか、となったわけです。

 フィジーは、当時も今もラグビー強豪国です。国の人口自体が100万人に遠く満たない国でラグビー競技者のそれは推して知るべしであるにもかかわらず、ワールドカップでもベスト8にはいった実績を持っています。競技人口ならば遥かに多いであろう日本ですが、残念ながら国代表レベルでは、当時も今も『格上』の相手です。
 しかし、僕や太一が、フィジーが来る、それなら見に行こう、と思った理由は強豪だということとは別にあります。実はフィジーのラグビーは『世界で最も観客を喜ばせるラグビー』あるいは『フィジアン・マジック』などと称されるように、およそセオリーを無視したかのような変幻自在で、わかりやすく言っちゃうと『動物的な』見るものの常識を裏切るようなパス、野趣にあふれたランニング、をすることで知られているからです。そのため、普通のラグビー、即ち15人で行うワールドカップでもベスト8入りする強豪ですが、コンタクトプレーの少なく個々のスキルの高さが求められる『7人制ラグビー』(こういうのがあるんです。これは、これで15人制と違って、スピード感に溢れていて悪くないです。)ではしばしば世界規模の大会で優勝をしています。
 しかも場所は東京・秩父宮ラグビー場です。秩父宮ラグビー場は、国立競技場などと違い、ラグビー場を名乗るだけあって、トラックなどが無くグラウンドと観客席の距離が短く、収容人員能力はともかく、臨場感という意味では国立競技場をはるかに凌駕しています。

 「楽しみっすね。みどりさん。」
 「おう、楽しみだなあ。」
 運良くかなりグラウンドの近くに席をとることができた僕らは、キックオフの前からわくわくしていました。もちろん日本代表に頑張ってほしいのはやぶさかではありませんが、なにしろ、フィジーですから。僕たちがラグビーを習ったころに『基本』として教わったことの真逆をいくような試合ぶりをフィジーはしてくれるんです。
 試合が始まりました。期待通りにフィジーは、パスする相手を全く見ないで背中越しにパスしてみたり、-そんなことを日本の高校のラグビー部でやったら100%怒られます-、またその適当になされたと思われるパスの場所にちゃんと仲間がいてそのパスを受けて、その選手がまたセオリーを無視するようなステップを踏んでグラウンドの横幅を存分に使って走りまくります。ポジションにも全然こだわりません。ええ、このポジションの選手がここで小さいキックかよ、と僕と太一は大興奮です。『咄嗟の思い付きでしてみました』としか思えないパスを重ね、ひょっとしてこの人達は国の代表チームでありながら、ラグビーに勝つことよりも、基本を無視した独自のプレーを披露する事のほうに重きをおいているのでは、と思わせるようなプレー満載です。
 それでいて、日本代表を鮮やかに置き去りにし、スコアを重ねます。
 「いいぞー、さすがだあ!」
 「みどりさん、やっぱりフィジアン・マジック、生で
  見ると違いますねえ!」
 「おお、まったくだ!」
 隣同志に座った僕と太一は試合を満喫していました。

 と、そのときです。フィジーチームにあってその日、大車輪の活躍をみせていたプレーヤーのひとりであるFB(フルバック、一番後ろにいる15番です。近代ラグビーでは、防御、アタック力、キック、と多くを求められる『要』とされるポジションのひとつです。)が僕らの近くに来た時、僕は、彼の『見た目』になんか違和感を感じました。
 「・・・んん?なんか・?」
 と思っていたら、同じく太一もそう感じたらしく、
 「みどりさん、あのフルバック、なんか・・」
 「うん、なんか格好わるい・・」
 「ああ!すんげえ!」
 「え?どうしたどうした?」
 「みどりさん、あいつジャージーの襟をたたんで
  全部内側にいれちゃってますよ!」
 「ん?ぬおおお、本当だ。あんなのありか!」
 「一人だけ『丸首』になってる!」

 ラグビーのユニフォームは(昨今は競技用に関しては根本的にスタイルが変わってきちゃってますけど。当時は、まだどこのチームも国も形は似たようなものでした。)いわゆるラガーシャツでした。綿織物ツイル地の襟があって、前立てがあって、身頃はざっくりとした、でも丈夫な、太番手でこれまた綿天竺編みの長袖のシャツですね。そして、少なくとも日本のラグビー界においては、試合用のラガーシャツは(レギュラージャージと言われます)神聖なものとされていて、大学の強豪チームあたりになるとレギュラーの出る公式戦以外ではそれを一切着用せず、レギュラージャージを着るような大事な試合の前日には『ジャージー授与式』を行うチームもあるそうです。ほかにもレギュラージャージを跨いだから無茶苦茶怒られた、とかその手の話は日本ラグビー界には枚挙にいとまがないくらいです。また日本代表のジャージーはそのエンブレムから通称『桜のジャージー』と呼ばれ、代表に選ばれることを『桜のジャージーに袖を通す』などと比喩として使われます。僕は弱小高校のラグビー部でしたが、しょぼい試合をするとOBが、
 「おまえら、こんなにタックルのできない試合を
  続けるんならなら悪いけど、ジャージーの色を
  変えてくれ。」
 なんて言葉で怒ったりして、そして、それは現役のプレーヤーには最大の屈辱の言葉でした。
 ことほど左様に、日本のラガーマンにとってはレギュラージャージ-というのは神聖なもので、ましてや国の代表のジャージーに対するそれは何をかいわんや、というものなんです。

 ・・・ところが。そのフィジーのフルバックは、あろうまいことか代表チームのジャージーの襟を全部勝手にたたんで、首周りに隠し込んでしまって、敵味方30人の中でひとりだけ『丸首のヘンリーネックシャツ』になってます。当時のフィジー代表のジャージーの配色はとてもシンプルなもので、黒い襟に真っ白な身頃、左胸に黒い椰子の木の刺繍というデザインでした。

 (僕は、桜を胸に、日の丸をイメージした赤と白の横縞の身頃、という厳粛な感じの日本代表-もちろん応援しています-のジャージーと比して、そのプレーぶりからジャージーのデザインもひらめきで決めてしまったではないかと-『はい、白・黒・椰子の木のワンポイントの刺繍、以上かな!』っていう感じです―想像を馳せさせてくれるフィジーのジャ-ジ-の朴訥さ、が大好きでレプリカジャージーを買おうと探してみたこともあります。)

 だから、『黒い襟』をすっかり消失させてしまうと、見た目はただの丸首、のみならず、30人の中に『一人だけ椰子の木のワンポイントの真っ白な肌着着てます』みたいで大いに目立ってました。
 「うおお、やるな!さすがフィジーだ!JAPANで
  あんなことしたらマスコミにたたかれるぞ。」
 「そもそも、うっとうしいから襟を内側にいれちゃう
  なんて適当でいいですねえ。」
 「ああなったらもう代表のジャージーじゃねえな。」
 「Tシャツっすよ、Tシャツ!」
 「ぎゃはは、国の代表で出てきてTシャツかよ!」
 「ぎゃはは、やるなあ。」
 「やるなフィジー、ジャージーの着方まで想定外だなあ。」
 と僕らは、本来神聖であるべき国の代表のジャージーを『真っ白い丸首Tシャツ』にしてしまったそのフルバックの選手にすっかり魅入られてしまいました。
 しかも、その選手はTシャツ着用にも拘わらず、その試合では大活躍です。何度もボールをもって、変幻自在に走りまくり、大きくゲインします。僕らは大喜びです。
 「おお、そこだ、Tシャツにわたせえ!」
 僕と太一は大興奮して立ち上がって叫びました。
 「よし、いけえ、ティィシャツううう!」
 「おおお、また抜いたあ!」
 「ティシャツのくせにすごいぞ!」
 かわいそうに遠く日本まで来ながら、フルバックは、自分の名前ではなく、日本のしがないラガーマンに『Tシャツ』と連呼されてます。

 と、太一がプレーとはあまり関係ない場面で、やおら興奮して叫びました。
 「うおお、みどりさん、Tシャツすごいっす!」
 「どうした!?」
 見ると太一は、試合前に入手したメンバー表を見ています。
 いまでこそプロ化が進んでいますが、当時はラグビーは世界的にも『アマチュアリズム最後の砦』などといわれ、アマチュアであることにスノッブなまでに拘泥したスポーツでした。太一は必要以上に大きな声で隣にいる僕にその大発見を興奮しながら報告しました。
 「ここにTシャツの事が書いてあるんすけどね!」
 そら、メンバー表だから当たり前です。それで太一は、Tシャツの年齢でも確認してるのかと思ったら、
 「職業、水道工事い!!すんげええ!」
 「ええ!Tシャツって普段、水道の工事してんのかよ!」
 「そうっすよ、あいつ水道工事中もきっと襟なしなん
  ですよ!だから襟たたんでるんです、きっと!!」
 ・・・どうでもいいことなのに僕らは、フルバックが神聖であるはずの代表チームの襟をたたんでしまった因果関係を紐解いた気持ちになって、さらに興奮します。
 「ぬお、またチャンス!」
 「ここは・・、おおおティシャツがボールもったあ!」
 「いけえ、ティシャツうう!」
 「おお、またロングゲイン、さすが水道工事屋だあ!」
 「ぎゃはは、水道工事とは関係ねえんじゃないのか?」
 「いや、Tシャツはきっと毎日重いパイプとか持って
  仕事が自然とトレーニングになってるんすよ。そんで
  仕事中も作業着とかじゃなくて、Tシャツでパイプ
  とか運んでるんすよ、ぜったい!」
 「ふむ。なるほど、お、お、おおおTシャツカウンター
  アタック!!」
 「うおお、なんだあのいい加減なステップはあ、でも抜
  いたぞ、おおお!」
 「ティ―シャツうううう!」
 「水道屋あああ!」

 この日のTシャツ、いやフィジーのフルバックは、自チームの攻撃場面での頻繁なライン参加、相手キックを受けてのカウンターアタック、とまさに八面六臂の大活躍です。もちろん、他の観戦者も『フィジアン・マジック』に湧き、或いは、日本代表への声援を送っています。しかし、その中にあって、もう僕と太一は、ラグビーを見るというよりも、フィジーのフルバックを見てるのに等しくなり、口にしている単語に至っては、ラグビー観戦のそれとはおよそかけ離れてきています。『すいどうやあ!』なんていう掛け声なんてスポーツ観戦よりも、『なりたやあ!』よろしく歌舞伎観戦のそれに近いです。

 とある局面で、Tシャツが僕らのすぐ眼の前まできました。僕と太一の興奮は最高潮です。
 「うお、ティ、ティ、ティ、ティ―しゃつううう!」
 「すいどおおお!」
 やがて、試合の中心が僕らから、少し遠くにいったので、僕と太一は、あげた腰をおろし始めました。
 「あいつうまいっすねえ。」
 「でも、目の前でみたら、襟の折り込み具合がえぐ
  かったぞ。まったく黒い部分がみえなかった。」
 「まさに、Tシャツっすね。」
 まだ言ってます。ラグビーを見に来たくせに。

 そのとき、僕は、腰をおろしながら、始めて気がついたんです。
 僕と太一のすぐ眼の前にすわっているカップルの一方の綺麗な妙齢の女性が、まじめな顔で丁寧にルールを解説する男性のほうに顔を向けながら、手に口を当て肩を震わせて笑いをこらえているのを。

 これは、よくあるカップルです。ラグビーの好きな男性が、まだ会って日の浅い女性をデートに誘う。ラグビーには細かい反則が多くて、サッカーなどに比べるとルールの知識がないと初心者にはやや試合進行の経緯がわかりづらい面があります。だから、男性は、女性がラグビー観戦をエンジョイできるために、ルール解説や、ときには戦術の説明をするわけです。そうしていると自然と会話が増えちゃうわけです。
 微笑ましかるべき光景であります。

 けれども、どうもその女性はキックオフ後、いつからかは定かで無かりしも、
・フィジーのフルバックが異形であることを『発見』し、
・彼をTシャツと『名づけ』、
・さらに大声で彼の職業までつまびらかにして、
 普段の仕事ぶりを勝手に具体的に想像・描写し、
・ラグビーを見に来たくせに最終的には『Tシャツう!』
 『すいどうやああ!!』と連呼する、
までに至る、僕と太一の会話の『フィジーのフルバックへの執着に深耕していく起承転結』を全て耳にしてしまったようです。しかも-おそらく-、そもそもあまり興味のなかった目の前のラグビーの試合より、僕らの言動のほうが彼女の心の琴線を大きく揺るがせ、とうとう笑いをこらえきれなくなって、感情の起伏-主に可笑しさですけど-が相手の男性の言っていることとは『かけらも因果関係なしに』おこってしまい、男性の発言においては心ここにあらずという状態を抑制できずに、肩を震わせてしまったんですね。
 相手の男性は、誠実そうな人でした。これが、やんちゃな男性だったり、あるいはそのカップルの距離がもっと近ければ、女性と一緒になって『うしろの妙な男ふたり』を一緒に笑いものにすることもできたんでしょうけど、そういう状況ではなかったようです。かわいそうに男性は飽くまでラグビー観戦をメインに(当たり前です)大まじめな顔で、
 「いまのはね、ノックオンという反則で・・」
 なんて真剣に言ってるのに、一方女性はただ『男性の方向に顔を向ける続けること』のみでしか男性の発言に応えることができず、二人の会話としては笑うところでもなんでもないのに、彼女にとってのメインが完全に『うしろにいる奇妙なラグビーファンの会話』になっちゃってるのが明らかで、口を手でおさえ無言で、僕らが喚くたびに肩を震わせ『必死で笑いをこらえている』のが明らかでした。顔の方向以外、はおよそ『カップルのデートでの会話』がまるで成立していません。たぶん途中から『いやだ、うしろ二人の変な会話なんか可笑しい、本当にTシャツみたい・・もう、Tシャツう、とかお願いだから言わないで!彼の言うことに集中できない。・・職業なんかどうでもいいでしょ!うえ~~ん!『すいどうやあ』なんて言い始めた、可笑しすぎる!これ以上なんか言われたらあたし笑っちゃう!』なんて願ってたんでしょう。でも僕と太一は、そんなこと思いもしないので、構わず彼女の笑いのつぼにビシビシとはまる言葉を乱発していたわけです。
 今思うと悪いことしちゃったな、と思います。
 初デートだった、かもしれないです。

 今年、2011年はラグビーワールドカップの開催年です。日本代表も出場します。日本代表チームのニックネームは『BRAVE BLOSSOMS』です。このニックネーム自体の歴史は浅いけど、格好いい名前です。BRAVE BLOSSOMSが活躍して日本を元気づけられるといいですね。
 太一とも長らく会ってません。元気にしてるかな。

 そして、2019年には実は、日本でラグビーのワールドカップが開催されることがきまっています。長らく観戦には行ってませんが、19年にはフィジー戦でも見に行くのも悪くないかな、と思っています。またきっとユニークな選手がいるに違いありません。
 もし競技場で、選手にへんな仇名をつけて連呼している男がいたらそれは僕かもしれないので、あほだなあ、と思われたら、我慢することなく笑いものにしてください。

 え?・・いや『安西さん登場の必要十分性』はとくに問われない、って思ってましたけど・・・。
===終わり===
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緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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