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THE しがない。

 因果は巡る。天網恢恢疎にして漏らさず。
 表面の事実だけを自分の都合のいいように喧伝して得意になっていた僕は、お天道様から報いを受け、こうして世間様に対して声を大にして誤解をとかなければいけない羽目になってしまいました。

 僕は、日本人と結婚したことがないのでわかりませんけど、僕にもやっぱり、日本で俗にいう『結婚してみないとわからない誤算』というやつがいくつかありました。そもそも僕らは国際結婚なので、いろんな齟齬や摩擦があるだろうな、というのはある程度覚悟していたし、実際そのとおりいくつか、
 「ははあ、これは文化摩擦ってやつだな。」
 ということは多々ありました。その一方で、
 「ええ!こんなことは予想もしていなかったぞ。」
 ということにも遭遇しました。しかもそういうことに限って、『兎も角も、毎日僕を悩ませる』んです。
 いや、まいりました。息子が学校から持ってかえるプリント類です。その内容の重要さの軽重はともかく、我が家の場合は、いちいち中味を僕が咀嚼しなければいけないんです。

『今月の23日は保護者会があります。出欠を必ず19日までにお知らせください。出席の方はスリッパとスリッパをいれる袋をお持ちになってください。尚、当日は保護者の方はご面倒ですが北門の自転車置き場をご利用ください。』とか、

『①PTAの委員に立候補したい ②立候補はしないがなってもいい ③どうしてもなれない(その場合の理由:  )を18日までに必ず全員提出してください』とか、

『水曜日の図工に使うので牛乳パックとストローと竹串を持たせてください。』とか、

『注意!通学路南コ-スに不審者出没!』・・・などなど。

 さらに愚息フジはよく問題を起こすので『れんらくちょう』に杉田先生が、

『きょう、たかだくんとけんかをしました。原因はこれこれで、みどりくんもわかってくれたようですが、一応連絡しておきます。』

 などと書かれてくるんであります。

 これらを毎日のように持って帰ってきます。普通のご家庭ならこれを母親が読んで、処理しちゃうんでしょうけど、うちの場合はそうはいきません。さい君が日本語の読み書きが不自由なもんだから、お給料分とはいえないまでも一応仕事をしてそれなりに疲労して帰宅した僕に、これらの書類が丸投げされるわけです。息子も母親に見せてもしょうがない、とその辺は心得たもので、帰宅した僕にまさに、ばさり、と渡すんです。この重労働は結婚前は全然予想していなかったです。毎日毎日僕がさい君に、疲れた体に鞭打って、訳して説明していたわけです。

 「23日は親が体育館に集まる行事があるから、
  ユウが学校に行かなければいけない。そのとき
  はスリッパを・・」
 「ちょっと待って。親が全員集まって何するの?」
 「いや、何って、PTA会長の話をきいたり、校長の
  話を聞いたりするんである。」
 「ふうん、でも私はそんな日本語聞いてもわかんな
  いじゃない?」
 「いや、まあ、そうだけど。出欠の返事を書いてフジ
  に持たせないといけないんである。」
 「わたし、日本語書けないけど。」
 「・・・うん、じゃあ僕が・・書く、か・・。
  それから、牛乳パックとストローと竹串を・・」
 「それで何するの?」
 「いや、それは知らないんである。ズコウといって、
  物を作ることで少年の創造性を育成する科目があ
  って・・・」
 「創造性を育む?それとストローにどういう関係が
  あるの?」
 「いや、だから、その、創造性を育むズコウという
  科目において、小学校低学年では、そういう材料
  をつかって自動車だの・・」
 「自動車!!?」
 「いや、だから本物ではなくて、模型をですな・・」
 「ああ、模型ね。」
 「うん、ええと、それから通学路南に不審者が出没
  しているらしいが、ちなみにそれは僕ではないんである。」

 と最初のうちは、逐一説明していました。しかし、あまりにも量が多いので、―本当になんであんなに大量になるんですかね。僕らの頃はあんなに無かったと思うんですけど。やっぱり昨今、学校側が保護者に対しての説明責任に過敏になっているせいでしょうか?とにかく、内容の軽重を問わなければ数だけは膨大といってもいいです。―そのうち、僕も、いちいち付き合ってられんなあ、と思い、プリント作成者には申しわけないですが、手抜きをすることになります。たとえば『かくかくしかじかの行事でボランティアを募集しています。内容は・・・』と詳細に書いてある書類でも、
 「あ、これはユウには無理だから、関係なし。」
 とか、『保護者会』や『図工』など頻繁に出てくる言葉は、下手に訳したりせずに、最初に説明してそのまま『ホゴシャカイ』『ズコウ』などと日本語で覚えてもらうようにして効率化を図っていくようになりました。幸いにもさい君もその辺は大雑把な人なので、僕が見た瞬間、
 「ああ、これは、あんたはよまなくてよろしい。」
 というと、
 「うん。」
 と即答して捨てちゃうんであります。
 それでも、完全に僕がこの作業から解放されることはありえなくて、なぜなら、似たような書類なら、-たとえば毎月末に配られる来月のスケジュールですとか-、さい君も把握できるようになってきましたが、『リコーダー購入のため1700円をお釣りなしにこの封筒にいれて26日までにお子さんに持たせてください。』なんていう書類には思考停止してしまいます。そのうえに、さい君は、自称ケチ、而して、その実体もケチ、なので、
 「日本は義務教育でキュウショク以外は
  ただじゃないの?」
 「いや、たまにこういうのは必要なんである。」
 「でもこの手紙に『強制とか義務』って書いてあるの?」
 なかなか鋭い。そう言われると、この種の学校書類の書面はまことにある種『日本的』で、必要なので買いましょう、みたいな趣旨の文面になっています。
 「いや、そうは言ってもフジだけ持って
  ないとかわいそうだろ?」
 「じゃあ、やっぱり強制購買なんじゃない。」
 「いや、まあ、さ、1700円くらいだからさ。」
 と、斯様に我ながら説明になっていない会話に時間を浪費しなければならないこともままあるわけです。というわけで、結局、さい君の見慣れない書類は、今に至るまで内容を問わず、帰宅後の僕に丸投げされています。

 先日、帰宅後新聞を読んでいたら、いつものようにフジが、ばさり、とプリントを束を床に放り投げました。その粗暴さをまたいつものようにさい君が叱りつけながら、プリントを拾っては一瞥し、自分で理解できるものとできないものに分けています。今日は疲れてるからあんまりややこしいプリント類が飛んでこなければいいなあ、と僕が思っていたら、その日は、わりに『我が家にとってはあまり重要ではないが、さい君は理解できないプリント』の類が多くて、僕も新聞を読む片手間に、
 「あ、これ、いらないよ。」
 「これ、おいといて、僕書いとくから。」
 とさくさくと処理が終わりました。そして、僕は、邪魔なしにじっくり新聞を熟読し始めた、その時です。さい君が、
 「あ、ごめん、ごめん。も、いっこ、あった。
  これみたことない。」
 と軽く出してきた書類を見て、僕は、新聞を手にとりながらそれに目は完全に奪われて、驚愕してしまいました。その書類は、僕に三つのことを示唆しているたいへんな重要なものでした。すなわち、

①『世の中の情報は事実の表層だけを見て
  即断してはいけない。』
②『因果は巡る。』
③『うちのさい君は、おおらかさにも程がある。』

ということです。


 数年前、海外出張の帰りの飛行機の中のことです。もちろんエコノミークラスです。僕は、トイレが近いので飛行機に乗る時には極力通路側をとるようにしています。自他共に認める『小心物』の僕としては、窓際の席にもたれかかって寝ていたい半面、トイレに行くたびに、他人様の邪魔をするのがいたたまれないので、結局は通路側に座るようにしています。その時もチェックインの時に、指定して通路側をとることができました。やれやれ、と思いながら搭乗すると、僕の座るべき座席に、いかにも社会的地位のありげな日本人の年配の男性が(以下、面倒なので『ありげな男性』と略)、座っています。おや?と思ったものの、これまた自他共に認める『迂闊な』僕としては、まずは自分の勘違いを疑いました。しかし、何度確認しても、そのありげな男性のシートは僕のチケットの番号です。
 「あのう・・。すいません。ここ・・」
 と僕は、ありげな男性に僕のチケットを見せながら、お間違いじゃないですか?と低姿勢で尋ねました。すると、ありげな男性は、
 「はあん?」
 といかにも、ありがちに面倒くさそうに自分のチケットを確認し、しかし、彼が間違ったシートに座っていることに気付いた様子です。気付いたからには、いくらありげな男性でも移動してもらわなければいけません。
 すると、その男性は、僕の期待に反して僕には一言も謝らずに、いきなりチェックインしたときの担当者のことを大きな独り言で毒づきはじめました。
 「ちえっ!なんだよ。ここにしてくれって言った
  のに!できないならできないでそう言えよな!」
 席を立ちながら、まだぶつぶつ不機嫌極まりなく言ってます。僕は、
 「・・・・」
 といった感じでありげな男性が席を空けてくれるのをすぐ横で手持ち無沙汰に待ちながらも、あまり愉快な気持ちではありません。
 ありげな男性は、すでにしめていたシートベルトを外すと、なおぶつぶつ言いながらやおら立ち上がりました。さあ、座ろう、と僕は身構えましたが、ありげな男性は、座席上部に荷物を入れていたらしく、荷物ごと移動しようと、
 「ええい、くそう。」
 とか言いながら上の荷物を取り始めました。文句はいい加減にしてほしいけど、荷物ごと移動したいのはわからないでもありません。
 しかし、次の瞬間、僕は、信じられない光景を目の当たりにしました。
 なんと、ありげな男性は、ぶつくさいいながら、今から座ろうという僕の目の前で、ごく自然な動作で靴のまま座席に上り、上の荷物を降ろしたのです。そして、呆然とする僕にとうとう謝罪の言葉ひとつ言わずに飛行機の前方に肩をいからして去っていきました。
 (うわあ、世の中にはこんな人がいるんだ。)
 と僕は、呆然としつつもかなりの憤りを感じて、でも、去りゆく背中に文句でもあびせて、喧嘩になったらいやだな、と小心物ぶりを発揮し、
 (いい年して、すみませんも言えないうえに、
  土足で座席になんか上るかよ、それもこれから
  座ろうという人間の前で!)
 と心の中で罵倒しつつ、一応見た目には汚れてはいないシートを気持ち分手で払ってから座りました。

 その後、しばらくたったある日、会社の後輩と飲みに行っているときに、世の中には非常識な人がいるもんだ、という話題になりました。そこで、僕が、なんとはなく、この話を思い出し、みんなに一例として披露したところ、
 「ええ、まじっすか?」
 「そうなんだよ。信じらんねえだろ?
  非常識だよな?」
 「それで、みどりさん、どうしたんですか?」
 「へ?」
 「いや、そいつに何て言ってやったんですかっ
  てことっすよ!」
 「いや、その、べつに・・」
 (だって、喧嘩とかなったら怖いじゃん。)
 「ええ!何も言わずですか!?」
 「う、うん。」
 「ありえませんよお!」
 (いや、でも・・もめごとに・・)
 「さすがですねえ。俺普段から思ってたんで
  すけど、みどりさんって人間の器が違いま
  すよね。」
 (え、そっち?)
 「僕だったら、『すみませんくらいいえねえ
  のかよ』って思っちゃいますよ。許せない
  じゃないですか!」
 (え、いや、そうは思ったんだけど・・・。)
 「いやあ、さすがだなあ、みどりさん、人間が
  大きいですねえ。」
 「うん?いや、照れるなあ。まあ、世界平和に
  比べれば小さいことですからなあ。」
 「世界平和!すんげえ、みどりさんっていつも
  そういう基準でものごとをとらえているんですか?」
 (いや、ちょっと笑いをとるつもりだったんだけど・・。)
 「だから、毎年予算未達でも、平気な顔してるんですね!?」
 (え?確かに毎年営業成績狂わしてるけど、それとこれとは・・
  ま、いいか。)
 「え?う、うん、まあ、そうだな、予算なんて世界平和に
  くらべれば小さいもんだよ。あんなものは、きみ、
  みどりさんのごとく、バンバン狂わせたまえ!」
 (って、部会とかで言いたいなあ。)
 「そうすか?わ、ははははは!」
 「そうである!が、ははははは!」
 (完全に大物ぶってます。)
 というわけで、僕は器が小さいくせに(その証拠に、数年前のありげな男性事件をいまだに根にもっています)、
「客観的事実を脚色せずに話すだけでも、この話は
 俺が大物であるらしい、という自慢のツールに使えるな。」
 と味をしめ、それ以来、この種の話題になるたびにありげな男との『事実関係だけ』を披露しては、『みどりは器が大きい』というイメージにその場の話が落ち着くようにして悦に入ってました。
 (別に嘘を言ってるわけじゃないからな。うん。そのとき、
  びびってなにも言えなかった、ということを黙っている
  だけなんである。事実関係を、聞く人が判断して、俺の
  ことを大物だと思ってくれることは、自由だからな。うん。)
 といった具合に。

 しかし。天網恢恢疎にして漏らさず。

 世の中で嘆かれている情報によると、義務教育における学校給食への不払いは26億円にも達し、その半分は、なんと『払えるのに払わない』人達というのが事実としてあるそうです。なんと非常識な。許せません。困窮しているならともかく、払えるのに払わないなんて、それこそ親の顔がみたいです。
 ・・・・・・・・。

「あ、ごめん、ごめん。も、いっこ、あった。
 これみたことない。」
 と軽くさい君が新聞を読む僕の横に放り投げた、息子が持って帰った『書類』には、
 『給食費未払い督促書』
 と書いてありました。
 驚天動地です!まさかうちが!
 灯台下暗し!会社の谷原さんは、とーだいもとわせだ。自分が『26億円の半分の非常識』の枝葉だったなんて!
 『ありげな男の非常識』をあげつらって大物ぶっている場合ではないんであります!
 僕は、たしかに、THEしがないサラリーマンです(ええと『しがなさ』が尋常でなく甚だしいので、『英語の形容詞活用最上級、の場合の文法上の決まりごと風』に『THE』をつけてみました。)。しかし、給食費くらい『払おうと思ったら払える』家計は営んでいます。
 「・・あのさ、ユウ。うち、給食費滞納して
  るんだって・・」
 「おー、そか。これだけユビンキョクから落と
  されるから残高不足ってことか、わかった、
  わかった。」
 「いや、あの・・・、ってことはうちは、『払えるのに
  払わない』人達ってことに・・ 」
 (それと『ユビンキョク』じゃなくて『ユウビンキョク』
  なんだけど。)
 「ん?だいじょぶ。あしたユビンキョクにお金いれとくから。」
 「・・・・・・。」

 世間様に対しては、弁解の言葉もございません。
 しかし、皆さん、『26億円のうち給食費を滞納していて、しかも払えるのに払えない人』の中にはこういう家もある、とどうかひとつ『事実を表層だけなぞる』ことのないように心がけていただければ幸甚です。
 『非常識なありげな男性に対してびびって無言』を自慢話に化体させてしまったこと、への因果応報といえましょう。
 予算も大事です。
 いろんな意味で反省しております。

=====終わり=====
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緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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