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アーノルド・シュワルツェネッガー。

 その日、僕は貴重な休みを職場で過ごさざるを得ない状況でした。出勤しているのは警備員2,3名と、僕と、僕のために同じく働かざるを得なくなった僕の運転手のサス、それと工場の建物の入り口を縄張りに棲みついている野良犬のノワ―リ―だけです。職場といっても工場なので、事務所内でも、その静かさは通常の日の喧騒ぶりのおかげで際だっていました。

 僕が、ある赤道に近い南半球の工場で、日本人は僕だけ、あと三百数十人が全員現地人という職場での、―僕を送りこんだ日本の本社も、いわんや僕も、日本人がひとりだけになっちゃう、なんて、そんなことは想定外のことだったんですけど。普通に生きているつもりでも、何があるかわかりません。―、ことです。(ええと、暇と忍耐力があって、まだお読みでない方、このブログの『いちゃもん!!』2010年5月2日、『さかな』2010年6月20日、をご参照ください。それから、一回読んだぞ、でも記憶力に自信がなく、かつ暇と忍耐力はあるぞ、という奇特な方がいれば再読してお楽しみください。)
 僕は、以前にも書きましたけど、泳げない人間がいきなり海にほうりこまれたようなもんで、必要にせまられて現地語を習得せざるを得ませんでした。なにしろ、日本人は僕だけですから。その国の現地語は誰が決めたか知りませんけど(本当にこれは個人的には不満です。サラリーマンの得意用語『根拠をしめせ』と叫びたいですね。)、『世界で一番簡単な言語のひとつ』なんだそうです。確かに日常会話レベルにまで達するのは比較的簡単かもしれないです。文字はアルファベットですし。ただ、そんなに支障はきたさないものの日本人がなかなかできないのは、やはり微妙な発音です。アルファベットなのに、英語とは違います。オランダ語系なんです。カタカナで無理やり表示すると、英語がエイ、ビー、シ―、ディ-、イ―、エフ、ジ-・・・、なのに対し、現地語は、基本は、ア―、べ―、ツェ-、デ―、エ-、エフ、ゲ―、・・・となるわけです。僕は、工場勤務だったので、ライン長を呼んだりするとき最初はやや混乱しました。だって、『Aライン』は、『ライン・ア―』って言わないといけないんです。うっかり『エ―ライン』なんていうと『Eライン』のリーダーがやってきたりするわけです。さらに、これは英語でもそうですけど、『L』と『R』の発音ですね。これが厄介なことに、英語では『エル』と『アール』ですけど、現地語は両方ともカタカナでは『エル』になっちゃうんです。説明で区別するとしたら、『R』の『エル』は日本人にとっての限界の巻き舌で、って感じです。英語でいう『あいまい母音』もありますし、それと、これも日本人の不得手な『無破裂音』てやつもあります。たとえば『SET』という英語を僕は、ロ―マ字でいうと『SETTO』と最後の『T』を『ト』とちゃんと言っちゃいますけど、現地の人は英語圏の人のように『セッ』、と微妙に消します。だから、英語を話せる人の割合は日本よりはずっと低いんですけど、ちゃんと英語を勉強した現地の人は、概ね日本人よりも英語の発音がきれいです。

 このブログを書く前に、モンゴロイド系現地人のさい君、-もう10年近くたつのに未だに日本語がいい加減極まりないです。つい昨日も、帰宅したら、さい君に『タダイマー』って迎えられました。でも、僕も嫌いじゃないから敢えてこういうのは訂正はしないんであります。―に、アメリカの有名な俳優にして前カリフォルニア州知事(Arnold・Schwarzeneggerさんです、日本語のカタカナでは一般に、『アーノルド・シュワルツェネッガー』って表示されますよね。)をわざわざ発音してもらいました。だんなの数次にわたる要請に対して、さい君が、鶏肉を手でむしりながら、もんのずごくアンニュイに口にしてくれた発音を無理やりカタカナに直すと(つまり、さい君の母国の人達が、『Arnold・Schwarzenegger』さんをどう読むかというと)、こうなります。
  『アルノルド・スワ―ルスネッジャー(ル)』
 もちろん、『アルノルド』の『ル』の一番目と『スワ―ルス』の『ル』は、『R』なので日本人限界の巻き舌で、『アルノルド』二番目の『ル』は『L』ですから、英語と同じく、舌を前歯の裏と歯茎の間につける『ル』です。最後の『ル』は『Rなので舌は巻かれているけれど殆んど発音されていないように』僕には聞こえるので、括弧をつけました。三つとも、日本語の『る』、ええと、例えば、『昔うちの部門にいて、会社をやめて蕎麦屋をやって畳んで、カラオケボックスをやって畳んで、IT系の会社をやってやめて、今はサーフィンとバイトの毎日のあの超イケ面の元同期の、なるさこくん』の『る』とは違います。この辺は、いくら簡単な言語といっても一朝一夕にはいかないです。
 
 工場は、よくいうと緑豊かな、悪くいうと開発途上の工業地帯の片隅にありました。実際、出勤してみたら、工場内の原材料の下で毒蛇がとぐろを巻いていた、なんてこともありました。また、ある時、僕が帰宅しようとしたら、得意げな顔をした警備員に呼び止められて(もちろんみんな顔見知りです)、
 「生きたラコステを見せてやる。見たくないか?」
 ってなんだかわけのわからないことを言われて、工場の裏手に連れていかれたら、太さは大人の男性の腕くらい、長さは体長20CM以上、尾まで入れたら40CMほどの大きなトカゲが小さな鳥かごの中に、なぜか首部分にピンクのリボン(紐とか縄じゃないです。リボンです。しかもどこかに繋げられているわけじゃないです。)を蝶々結びに巻かれて、工員食堂ででたおかずの目玉焼きと一緒に窮屈そうに入れられていました。
 「どうだ、オヤブン、生きたラコステだぞ。
  裏の森で捕まえたんだ。」
 と警備員はにこにこしました。いや、確かにこんな大きなトカゲは日本ではお目にかかれんなあ、でもちょっと窮屈そうで気の毒だな・・・、それに目玉焼きなんか食うのかなあ、と思いました。
 その出来事は『そういう職場にいる自分』という非日常性の認識として僕の頭に弱からぬ印象を残したらしく、数日後、僕らの大口の客であるフランス人(年に4~5回フランスから来てくれました。いい人でした。彼はもう定年退職してしまったけれど、『おい、ケイタ、俺は、いま中南米に旅行にきてるぞ、気持ちいいぜ』なんて、たまにメールでリタイア生活の楽しさを自慢してくれます。)と商談中に、なんの気なくその話題が僕の口からでてきました。(商談は英語です。きつかったです。)そしたら、彼も何やら野趣を感じたらしく、見たい、と言いだし、まだいるかな、と思ってくだんの警備員に聞いたら、
 「おお、ラコステか!いるいる!」
 と得意げに案内してくれて、ムッシュは、ばちばちとピンクのリボンをつけられた大トカゲを写真におさめていました。

 そういう自然環境の中で、普段の工場の喧騒もなく、一人で事務所でいると、そうでなくても週に一日しかない(工場は週休一日でした。)休日を仕事に費やしているという事実が気持ちを後ろ向きに引っ張り、なかなか今日中にしておかなければならない業務がはかどりません。『ここは、なんか景気づけに元気のでるものでも飲むか。』と、僕は、サスを呼んで、お金を渡して現地語で言いました。
 「サス、ダイエットコーラ買ってきてくれ。
  いいかダイエットコーラだぞ。普通のコカ
  コーラじゃないぞ。」
 「ガッテンダ、オヤブン。」
 といつものようにその字面とは裏腹に、僕の教えたいい加減な日本語でやる気のないアクセントで応えるサス。僕は、そのときダイエット中だったので(だいたい僕は人生の大部分がダイエット中です。今日もそうです。なんでこうなるんですか。僕だけですか?)、当時海外で販売され始めていたカロリーゼロのコーラで空腹感を胡麻化して、かつ、コーラに含まれているカフェインでやる気を喚起しよう、という狙いです。

 (ところで、サスは工場の社員ですが、基本的には僕専属の運転手です。僕とほぼ同年代です。現地の治安、インフラの不整備を理由に外人駐在員にはだいたい運転手がつくのが普通です。そして、こうやって、休日出勤につきあってもらったり、お遣いをしてもらったりします。こういう関係に眉を顰める方もおられるでしょう。その疑問は間違ってはいません。でも、『そういう場所』なんですね。僕も最初は遠慮がちでしたが割り切るようにしました。サスも別に『運転手だからって送り迎えはするけど、コーラを買ってこいなんて人権蹂躙だ。』なんて言いません。日本人の運転手をする、ということは現地では、そういうことなんです。だから僕とサスの関係は円滑でした。その国で運転手とうまくいかない、と仕事以外で大きなストレスを抱えることになるので僕は恵まれていたといえるでしょう。仲良くなればいい、というものでもなく、さりとて錯覚して傲岸不遜に構えるのでもなく、運転手とはつかず離れず、が肝要なんです。ただ、最終的には、-これもこの国の駐在員の典型的な要注意点として駐在してすぐ必ず教わることですが-、僕は、サスにとってはもちろん、僕自身にとっても少なからぬお金を彼に貸して踏み倒されちゃいましたけど。『あほな日本人駐在員のやらかすサンプル』の典型です。でも、まあ、これも僕に言わせると『そういう場所』なんです。しょうがないです。さい君はこの件で、いまだに僕のひとの良さを責めてます。でも当時は独身だったし、さい君とも顔見知り程度の関係でしたからいまさら怒られても知りません。)

 サスは車に乗って、-工場はスーパーマーケットなどから少し離れた場所にあるので-、出かけて行きました。ところが、なかなか帰ってきません。僕は、ダイエット・コーラをまだ体に入れていないことを自分への言い訳に、だらだらと仕事をこなしています。20分、30分・・・1時間、帰ってきません。たかだか缶ジュース買うのになんでこんなに時間がかかってるんだろう、渋滞にでも巻き込まれたかな?と思いつつ、いい加減、頼んだこと自体を忘れそうになった頃、サスが事務所に現れました。
 「おお、サス!遅かったな、ん、あれ??」
 彼の手には、あるはずのダイエットコーラはなく、僕の渡した紙幣が。そして、彼は、冷房のきいた車で買いにいったはずなのに、汗だくです。
 「オヤブン、なかった。」
 「へ?うそだろ?だって、すごそこに大きい
  スーパーがあるではないか?」
 「そこも行った。そこだけじゃなくて、この工場の
  周囲で考えられる店はすべて聞いて回った。」
 と、汗だくのみならず、やや憔悴してます。僕は、なんだか、自分がものすごい重たいミッションを託したかのような錯覚に陥りそうになるのを振り払いつつ言います。
 「それで、どこにも無かったていうわけ?」
 「うん、似たようなのはどこの店にも同じのがあった
  けど、オヤブンがダイエットコーラだぞ、って何回
  も念押ししたから間違えるといけないから、それ
  はあえて買わなかった。はい、これお金。」
 「・・・いや、あの、サス、似たようなのって?」
 「ああ、それ?どこにでも売ってたのは、」
 「うん、売ってたのは?」
 その時、サスが口髭まで汗まみれになりながら言った言葉をカタカナでそのまま、できるだけ忠実に再現して記載します。
 「ディエッチョケ。」
 「・・ディエッチョケ???」
 「うん。」
 「・・・?ちょっと、それスペルは?」
 「『デ-、イ-、エ-、テ-』と、」
 「・・???」
 「『チェ-、オ-、カ-、エ-』。」
 「・・『D、I、E、T』、・『C、O、K、E』・・?!」

 僕は、自分がサスに馬鹿にされているのではない前提を(一応あり得るかも、と)瞬時に確認しておいて、紙幣を握りしめて、唖然とするサスの前でひとりで大爆笑しました。そして、この可笑しさをリアルタイムで共有できる人がどこにもいない状況をたいへん残念に思いました。
  
 「はあはあはあ、そうか、そうか、いや、
  いいの、いいの、はあはあ、そのさ、いひひ、
  ディエッチョケ、買ってきてくれる?」
 サスは、事態を把握したのかわかりませんが、憮然と、抑揚のない声で、
 「ガッテンダ、オヤブン。」
 というと再び外出し、今度はものの10分もかからずに戻ってきました。実物を見るとなるほど、白地に赤い字で『DIET COKE』とでかでかと印字されていて、一方細かい文字まで熟読してみましたが、どこにも僕の言ったた『DIET COLA』などという単語はありません。それどころか、なぜだかわかりませんけど『COLA』という文字すら見つけることができませんでした。
 
 その後、日本に帰任した僕は、カロリーゼロのコーラには出会いましたが、あの白地に赤い文字の『ディエッチョケ』には再会できませんでした。もともと日本では発売されなかったのか、それとも僕が海外にいる間に廃番になってしまったのか、真相はわかりません。でも、今でも、カロリーゼロのコーラを飲む時(未だにダイエット中で、しかも仕事をする気がおきないんであります。)、思い出し笑いをこらえきれないことがあって困ります。それと、あの時もし僕が、『ダイエッ・コ-ク』と正しく、しかし、英語読みで言ったらサスはすんなり買ってこられたのかなあ、なんて工場勤務の日々を思い出しながら仕事をするふりをしつつ、ぼんやり考えたりしています。

===========終わり===========
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それにアニエスは、

トカゲじゃなくて・・・と書こうとして、ネットで調べたら、『トカゲである』らしいです。僕は足の形状からおなじ爬虫類でもヤモリ、いや、それより両生類であるイモリの可能性が高い、と中央線特快さんにいちゃもんをつけるところでした。トカゲだそーです。

いや、このトカゲは

そうですね。そこまで機転がききませんでした。しかもAGNES-Bは現地では無名ブランドで・・。でも自分の職場に蛇だのカメレオンだの、とかげだの(これは本当に大きかったですね。動物園とかの施設でみるのとはやっぱり野趣感がちがいます。なにしろ『職場』ですから。)いたっていうのも今思うと不思議な感じです。

No title

さすが赤道付近国の出来事ですね。
でも、でもですよ、ラコステといういう限りはやはりワニを捕まえて欲しくないですか?聡明なみどりさんだったら「警備員くんすばらしい。ただしこれはアニエスbである。次からは正しいラコステを捕まえるように」とするべきところを、日本ではみたこともないトカゲにびびって甘受してしまったように思われます。
と、まあどうでも良いことは横に置いておいたとして、このラコ捕獲報告も現地スタッフとみどりさんの仲の良さを表すよい例ですね。同じ海外で働くものとしてうらやましい限りです。
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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