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報・連・相。

 「じょみょお、なしてええ!」
 「どうしたんじゃあ?」
 何が起きたのかまるで理解できずに問いかける声を浴びながら、しかし、その声には何も応えることはなく、じょみょの背中の黒いランドセルは僕らの視界の中でどんどん小さくなっていきます。

 じょみょ(もちろん、仇名です。どうしてこんな仇名になったかという経緯は、説明可能ですがここでは省きます。)と僕は、同じ町内に住んでいました。小高い丘の八合目あたりに僕の家があって、じょみょの家はその丘のたいらないただき部分の一角にありました。じょみょの家と僕の家の間に、ひと学年したの『やっちん』が住んでいて、そこにいる『ジュンコ』が生んだ、-犬です-、子供がじょみょの家と僕の家にもらわれて飼われていました。斑の出方が違うだけで見かけはそっくりでした。
 犬は関係ないです。ごめんなさい。じょみょとは、僕にとっての四つめの小学校で-(僕が一体いくつの小学校に通ったのかは言いません。僕は平凡を絵に書いたような男で『実は、県議会議長の孫』とか『実は有名歌手の妹』とか『実は普通のサラリーマンではない』という『特別な属性』が何もないんです。そういう密かな属性にはカリスマ性があります。憧れです。だから、せめて何個の小学校に通ったのか、を秘密にして謎の部分を演出しちゃうんであります。ちなみに『転園』も経験していて、幼稚園は二つ行きました。)-、僕が編入されたクラスで出会いました。その小学校は西日本の海沿いの温暖で空の青さの透明感が深い、ある地方都市にあって、-と言っても今では市町村合併で僕がいたころの地名はもうないそうです-、それまで神戸の小学生だった僕にはいろんなことが新鮮でした。そこに住む人たちの朴訥さもそのうちのひとつです。じょみょも、とても柔和な男で、同じクラス、同じ町内の僕に最初からとても親切に接してくれました。学校の成績が良くて、おまけにお父さんがその町にある、大きな(と地元民の間では言われてました。)動物園で働いていてました。『お父さんが動物園で働いている』っていうのは男子小学生の間においてはちょっとしたステータスです。

 僕らは、毎日放課後、小学校から見て西にあたる丘方面の住人で固まって帰りました。丘のてっぺんに住むじょみょ、中腹に住む、だいじん、僕、うーさん、ぶんじ、裾野近辺のまめさん、けんたろう、丘と小学校の中間に住む、ちゅう、しんこう、あぐー、などが主なメンバーでした。ところで、殆んどの年代において、男は女性よりも『馬鹿』ですけど、男子小学生の同年代の女子に比べての『馬鹿さ加減』には特筆すべきものがあります。首肯される人も多いと思います。そのうえのこれだけの人数が集まるとなかなかまともには帰りません。電信柱ごとにじゃんけんで一番負けた子が全員のランドセルを持つことを繰り返して帰ったり、たまたま見つけたとかげの尻尾をふんづけて切らせて、あるじを失った尻尾が別の動物のようにじたばたと動く様子を動き終わるまで見続けたかと思うと、テレビアニメについて熱心に話し込んだり、で大人なら10分くらいで帰れそうなところを毎日30分くらいかけて帰ります。
 
 そんなある日、いつものように、だらだらと集団で歩道一杯に広がって、-といっても人通りも交差点も車の量も少ないので特に危険でもないです-、夕刻の道を丘にむかって歩いていた時です。それまでの集団のおしゃべりの議題とは何の脈略もなく、突然、まるで雷に打たれたかのように、ひとりの友達が猛然と全速力で走りだしました。じょみょです。
 「じょみょお、なしてええ!」
 「どうしたんじゃあ?」
 何が起きたのかまるで理解できずに問いかける僕らの声を浴びながら、しかし、その声には何も応えることはなく、じょみょの背中の黒いランドセルは僕らの視界の中でどんどん小さくなっていきます。
 やがて、50Mくらい先で、急にランドセルはしゃがみ込みます。僕らは、ますます事態がのみこめず、
 「なんじゃ、なんじゃ。」
 とまさに異口同音に疑問を奏でながら、しゃがみ込んだランドセルに速足で近づき、ようやく追い付きました。
 と、唐突にじょみょは立ち上がり、息を切らせながら、しかし、得意満面の顔つきで、右足の靴を僕らに突き出してこう言いました。
 「ぴったりじゃ!見んしゃい!?」
 そこには、全く変哲のない運動靴があるだけです。
 「????」
 僕らは、まだ事の次第が飲み込めません。
 
 じょみょの勝利宣言の理屈はこうです。(じょみょは、学校の成績はいいけど、今思うと、みょうなところに独自の価値感を見出す男の子でした。)
 すなわち、みんなで下校している途中に、片方の足の靴紐が解けた。ほどけたからには結び直さなければいけない。しかし、自分の靴紐ごときのために止まってくれるような素直な集団ではない。そうなると、
『(自分が靴紐を結ぶにかかるであろう時間)x(集団の速度)』
ぶんの距離を集団においていかれ、後から集団にすばやく追いつくためには、
『(靴紐を結んでいる間において行かれた距離)÷(じょみょが追いかける速度-集団の速度)』
ぶんの時間をひとりでみんなを追いかけなければいけない。あたりまえです。しかし、じょみょにとっては『どうしてもこれは許容しがたいこと』だったんです。なぜだかわかんないです。だから、みんなに気付かれずにいきなり全速力で走ることで、この式を、
『(じょみょのいきなりのダッシュ-集団の速度)x(じょみょが靴紐を結ぶ時間)=先に集団に差をつけておかなければいけない距離』
という式にしておいて頭の中で逆算し、ちょうど集団がおいついた頃にじょみょは靴紐を結び終わっている、としたかったんですね。それがうまくいったもんだから、息を切らしながらもきちんと結び直された靴紐をみんなに見せて、『出し抜いた感』と『計算があっていたという達成感』を得意満面に強調したわけです。
 その後も、じょみょは、靴紐がほどけると、それまでの集団の意思や雰囲気を無視して憑かれたように唐突にロケットスタートを敢行し、息を切らしながら、集団の到着を待っては満足していました。 

 『そんなの要は先に走るか、あとに走るかの問題だけではないか、くだらん。つきあっておられん。先に走りたい奴には走らせておけ。』と僕らは思ってじょみょをほうっておきました。なあんて、そんなはずはありません。世に冠たる『男子小学生』の馬鹿さはここからが本領発揮です。
 ある日、またしても、とりとめない話をしているときに、じょみょが急に無言になり、スタートを切りました。
 「でた!じょみょダッシュ!」
 「うおお!」
と喚きながら、僕らは、全員で猛追を始めました。この『全員で猛追』というところが味噌です。一部だけじょみょについていっても、集団全体としては、じょみょの目論見を成功させてしまい、じょみょを追いかけた人間の行動は徒労に終わってしまいます。つまり、僕らには、いつのまにやら、『先に走りたい奴には走らせておけ。』どころか、『いつまでもじょみょに得意な顔をみせつけられてたまるか』という空気がなんとなく無言のうちに醸しだされていたんです。じょみょダッシュ(誰ともなくそう呼ぶようになってました。)に遭遇する機会はそうは頻繁にはありません。しかし、実は熟したり、時は来たり。見えないけれども、その『たまるか』空気が実は完全に熟成しきっていたある日、紐がほどけて『密かに』スタートをきったはずのじょみょに呼応し、じょみょに距離をとらせまいと10個前後のランドセルが猛烈な勢いで走り出しました。じょみょもあきらめません。
 「なにかあ、おまえらあ、ついてくるないやあ!」
 「だはは、じょみょ、またひもがほどけんたんじゃろがあ!」
 「ついてくるなあ!」
 「だはははあ!」
 こうして、この集団は、真剣に引き離そうとするじょみょを先頭に、彼があきらめて走るのをやめるまで、200Mくらいを全力疾走しました。全員疲れきって、はあはあ息をきらしながら立ち止まり、結局、その『休憩』のついでにじょみょがひもを結びつけるのを待って、まただらだらと歩きだしました。
 傍から見ると、いままで和やかにおしゃべりをしていたのに、
『会話をいきなり中断し、何かに憑依されたように夕焼けを
 背景に突然全員が歩道を全力疾走する男子小学生の集団』
としか見えなかったでしょう。僕がこのことを今でもおぼえているのは、じょみょと僕らがこの行動をその後も複数回やっていた、というあほらしさのせいです。あるときは、じょみょダッシュのスタートのタイミングが遅くて、『全員疾走』の挙句、みんな走るのをやめたのが丘のほぼふもとで、何人かとはそこでお別れ、なんて無意味なこともありました。さすが男子小学生、生産性ゼロです。

 でも、『じょみょダッシュ』の条件だけなら、大人にも揃ってますよね。即ち、靴紐、同じ方向へ歩く集団、これだけでいいんですから。

 ある日の午後、高層ビルに囲まれたオフィス街を、取引先にむかって歩きながら、会話をする法人営業第二部の三名。
中島部長「で、今日は、先方はどなたが出てこられるんや。
     うん?」
鴨下係長「はい、安田チーフバイヤーと、尾形バイヤーです。
     ここ半年、小林君と私で、伸びしろのある先と睨
     んで通ってるんですが、やはり丸友商事との関係
     が深くて、現場では密接になっても、なかなか数
     字に結びつかないので、今日は部長の顔を拝借し
     てトップセールスでやってみようと。な、小林君。」
小林課員「はい。ご多忙中、部長には申しわけありません。」
中島部長「いや、かまへん、かまへん。そういう口実でもな
     いと、なかなか、わしが現場の人間に会える機会は
     あらへんからな。こういう使われ方はウエルカム
     やで。小林君もまだ若いのにようやっとるみたい
     やないか。うん?」
 三人の関係は、しごく円滑で、かつ、まじめなひとたちです。
小林課員「ありがとうございます。」
中島部長「こないだの部長会でも君の大阪むけ販促の
     出張報告が話題になっ・・!?」
 突然、走り出す鴨下係長!!実は先ほどから皮靴の解けた靴紐が気になっていたんであります。営業マンとしては、身だしなみの一つとして解けた靴紐でお客様に会うなど許されません。そこへ、部長と入社三年目小林課員のふたりの会話がはじまり、隙をみつけたんであります。
小林課員「あああ、『カモシタダッシュ』です!ぶちょう!
     どうしますかあ!?」
 と緊急事態にあってもここは男子小学生と違い、ニッポンサラリーマンの憲法たる『報・連・相』を忠実に実行する小林課員。
中島部長「うむ、行くぞ、こばやしくん!許すな!」
小林課員「はい!かかりちょう!待ってください!」
鴨下係長「こら!こばやし!失敬な、ついてくるな!無礼者!」
 いつのまにか今日のプレゼン資料を入れた鞄を掌でもたず、ラグビーボールのように脇に抱え込み、午後のオフィス街を懸命に疾走する鴨下係長。
小林課員「しかし、かかりちょお!部長があああ!」
 小林課員は、若さにまかせて、一緒にスタートをきったはずの部長をいつのまにか従えて、係長に追いつきそうになりながらも、部長と係長の文字通り『間にはいって』困惑しつつ、走りつつ、大声で釈明しつつ、します。
中島部長「かまわん!行かせるな、こばやしくん!
     かもしたくん、君!非常識だぞお!」
鴨下係長「しかし、ぶちょう、ここは僭越ながら
     行かせてください!」
中島部長「はあはあ、ならん!はあ、いけえ、こばやしくん!」
小林課員「かかりちょう!止まってください!
     カモシタダッシュは先日も失敗した・・」
鴨下係長「はあ、ええい!だまれえ~!はあはあ、
     ついてくるなあこばやしい、はあはあ、
     お止まりになってください、ぶちょおお」
 かくて、三名は、全力疾走のままで、取引先の受付にまで辿りついてしまうんであります。三人は、何しろ競争を伴う全力疾走の直後ですから、息も絶え絶えです。鴨下係長は、目的を果たせなかった悔しさを一杯にあらわした表情で、取引先の受付嬢の前で、
 「うう、今度こそ!リベンジだ!」
と唸ります。
中島部長は、疲労困憊しつつもカモシタダッシュを防いだ満足感を漂わせて、
 「鴨下君、若い者はいつも君の背中を見ていると思って
  油断したらあかんで。油断したからこうなるんや!
  今日のところはええから、はよ、ひも結べ。」
 と命令します。
 しかし、鴨下係長はこんなことではあきらめません。何度もカモシタダッシュを繰り返すんであります。一方、中島部長と小林課員もそう簡単には許しません。そのうち、この取引先で話題になります。
 「おい、タケシマコーポレーションのあの・・」
 「ああ、あの三人だろ?俺も不思議だったんだよ。」
 「商談してるとすごく紳士的でまじめなんだけど・・、」
 「そうそう、でもいつも受付ではすごい怖い形相で。」
 「そう、それも『リベンジだ』とか物騒なこと言ったり。」
 「あとさ、『若いもんはおまえの背中を見てるんや』って
  受付で説教したりしてるらしいぞ。」
 「それで必ず、アポイントよりも5分くらい早くくるんだよな」
 「うん、なんか鬼気迫る表情らしいぞ。」
 「よっぽどうちとの取引増やしたいんだろうなあ。」
 「うん、まじめな人達だからな。」
 なんてことになり、『オフィス街でのカモシタダッシュ』とそれを阻止せん、とする中島部長と小林課員の大人げの無さのおかげで、人々はこれをみて微笑みなど浮かべ世の中は明るくなり、中島部長以下三名の所属するタケシマコーポレーション法人営業部第二部はこの取引先との実績が、自分たちは理由はわかんないけど増えていき、これが大きな循環につながり、日本経済全体も上向くんであります・・・。

 ところで、僕とじょみょは中学は一緒でしたけど、高校からは違う進路でした。僕がその土地を離れたので。そして、その間に『じょみょ』という仇名は絶滅してしまったそうです。でも、僕にとっては今でも『じょみょ』です。風のうわさでは、じょみょは元気にしていて、転勤で東京にいるそうです。いつの日か再会できたら、なんだってじょみょだけ、あんなにしょっちゅう靴紐が解けたのか、聞いてみたいと思っています。

======= 終わり ========
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え?ほんと?

鴨下君訂正しておきます。ありがとうございます。地方の小学生時代の情景を思い浮かべていただいてありがとうございます。そういう読者もいてくれるかなあ、とおもいながら自分も懐かしさを隠さずに書きました。

No title

よい話じゃ。懐かしさがこみ上げてくる情景じゃな。
ワシは帰り道にそって流れている川、というか用水路に各々木片を放り込んでレースをするのが好きだったのう。

ところで君、途中で鴨下くんが部長になっておるぞ。

プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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