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大豆(おおまめ)に隠された真実。

 『人に歴史あり』とよく聞きます。しかし、しばしばその歴史の中の出来事の軽重に拘わらず、真実は意外な事であったりするものです。

 僕は、ある事情があって、-本当に生きてるといろいろな事情があります。僕の人生年表なんか『成り行き』と『いろいろな事情』を並べて、その間を短い『はずみ』でつなげたら、ほとんどできあがっちゃいます。-、第一志望の高校に僕なりにたいへんな努力の結果、合格したにも関わらず、入学の1カ月前まで存在さえしらなかった高校に(今となっては僕の母校ですけど。)行くことになりました。それでもまあよかったのか、というと話はそう簡単に大団円とはならず、僕はすっかりぐれてしまって、駄目な高校生活をおくることになりました。でも、生来小心物なのでぐれる、といっても剃り込みをいれたり、喧嘩をしたり、というエネルギーに満ち満ちたぐれかたではなくて、『一所懸命さ』を失った、斜にかまえた高校生になってしまいました。もったいなかったです。そして、もったいないだけじゃなくて親をはじめ、たくさんの人を傷つけて申しわけなかったと思います。それから、もったいないけれども話しとしては面白くもなんともないので僕のぐれかた、についてはここでは触れません。とにかくも、僕は、ある事情から、山口県の中学を卒業して予想だにしなかった東京の高校に、いやいや通うことになりました。

 生まれて初めて東京にでてきたわけで、文字通り右も左もわからず、同じ中学の友人などいるはずもなく、周囲がみんな標準語でしゃべっていることがとてもくすぐったかった、のを覚えています。逆に周りからみても、山口弁丸出しの坊主頭で垢ぬけていない僕は、明らかに浮いていたようです。僕は、中学のときは柔道をやってました。そういうこともあってか、たちまちクラスメ―トの一人から、
 「みどり、おまえ、いなかっぺ大将みてえだな。」
 と東京に柔道の武者修行にでてくるアニメの主人公になぞらえられてしまいました。
 「いなかっぺ大将だ、ははは、風大左衛門、
  似てる~~、大左衛門、大左衛門!大ちゃん
  どばっとまるはだか~♪」
 とおもちゃにされて、すぐに仇名が定着してしまいました。
 すなわち、

 田舎から東京にでてきて、坊主頭で柔道やってた
 →風大左衛門→大ちゃんどばっと丸裸♪→大ちゃん

という、卵→幼虫→さなぎ→成虫、のように変態をとげたわけです。そして変態の最終形である『大ちゃん』は、あまねくクラスや僕が入っていたラグビー部の中に(僕の高校には柔道部がありませんでしたので、なんとなく『成り行き』でラグビー部に入りました)に定着しました。
 ところが、あることをきっかけに、いわばこの原型である仇名が活用変化をはじめました。その出来事は非常にとるに足らないことでしたが、今でもはっきり覚えていますし、とるに足らないこととはいえ、活用変化の説明上避けて通れないので記すことにします。(もっとも『とるにたらないことだから』という理由で削除しちゃうと、このブログ自体、徹頭徹尾全部削除、になってしまいます。)

 僕の高校は、最寄りの駅が三つもありました。そして、このことは逆に、どの駅からも遠い、ということを表します。自宅から直接自転車でくるか、最寄りの駅の駐輪場に自転車を置くかして、八割がたの生徒が自転車通学をしていました。僕も例外にもれず自転車通学でした。いわゆるママチャリに乗ってました。そして、なぜだかは覚えていないんですけど、荷物、-勉強道具だのラグビージャージだの-、を前の籠にいれずにいつも後の荷台にくくりつけてました。前の籠をこわしちゃったからかもしれません。理由は忘れました。
 ある日、練習後いつものようにみんなで連れだって帰ろうとしたとき、天候のせいで荷物を濡らさないようにするためだったと思うんですけど、同じクラスでラグビー部同期で一番のおしゃれを自任する№8(通称エイト)の藤代が、
 「ええ、ちくちょう、今日はしょうがない、大ちゃん
  みたいに荷台に荷物をくくっていくか。だせーけど
  しょうがない。大ちゃんと一緒だ。
  ダイチャンズホウシキだ!」
 と半ばやけになりながら、叫びました。ダイチャンズ、つまりエイト藤代は、大ちゃんという僕の仇名に『アポストロフィのエス』をつけて所有格にしたわけです。一応英語なので、いま初めてですが訳してみると、とこうなると思います。

 大ちゃんのやりかた → Dai-chan`s way

 そして、雨が続き、エイト藤代が、だせーけどしょうがない、と妥協していた大ちゃんズ方式を続けねばならない日が続いたある日、藤代は、舌打ちをしながら、
 「くそー、今日もか!今日も、大ちゃんズか?」
 と、『大ちゃんズ方式を短縮してよぶこと』でおおいにこの方式を貶しめました。『JAPAN→JAP』ていう類の短縮による侮蔑、ですね。ちゃんと書くとこうなると思われます。

 Dai-chan`s way→Dai-chan`s あるいは Dai-chans` 

 そのうち、エイト藤代以外の人間も『格好悪いけど、いたしかたなしに荷台に荷物を結ぶこと』を『大ちゃんズ』と呼ぶようになりました。そしてほどなくこの活用形は、さらにないがしろにされ、ある日とうとうエイト藤代によって、
 「ええい、今日も雨か!ちぇっ!大ズだ!」
 とドラスティックな活用をとげました。すなわち、

Dai-chan`s→Dai`s

です。そして、いつのまにやら藤代やほかの同期の部員が、この『方式の呼び方』を当の『本人の呼び方』にも敷衍させるようになったのです。つまり、僕は、ラグビー部内において、同期から、

 大ちゃん→(大ちゃんズ方式、大ちゃんズ、をとばして)Dai`s

 と呼ばれるようになったわけです。

 ところで、ラグビーというスポーツは練習中、試合中のコミュニケ―ション、意思統一が非常に大事なスポーツです。ひとりひとりがいくら頑健でも、コミュニケーションをとれないチームは画竜点睛を欠く、といっても過言ではないです。一方、攻守の交代や敵味方の陣形の変化が非常に激しいスポーツでもあります。従って、大きく、短く、的確に、お互いのコミュニケーションをとる必要性がでてきます。僕はそういう経験はないですが、チームによってはコミュニケーションを少しでも迅速にするために、試合中に限っては先輩後輩なしに全員呼び捨て、というチームもあります。
 そうです。この活用は、いみじくも、
「大ちゃん、右にいるぞ!」
 よりも
「Dai`s、右!」
 を当然優先したくなるラグビーというスポーツにおける声かけ、にぴったりはまってしまったわけです。というわけで、たちまち僕のラグビー部内における仇名は『Dai`s』になりました。そして、クラスのみんなも、特に男子生徒はほぼ八割が僕のことを『ダイズ!』と呼ぶようになりました。しかし、ここまで歴史を辿っていただければわかるようにエイト藤代にしても、呼ばれている僕にしても、飽くまで成り立ちから見ると発音はともかく、『Dai`s』が『正当性を担保している表記』であるはずでした。

 やがて、2年生になり、クラス替えがありました。ところが、アタックはいいがタックルをあまりしないエイト藤代をはじめ、男女あわせて十数名が同じクラスになってました。なんだってあんないい加減なクラス替えをしたのかいまもって不思議です。加えて僕の母校は、よくいうとおおらか、悪くいうとほったらかしで、2年生から3年生はクラス替えすらなかったのです。面倒だったんでしょうね。だから、エイト藤代をはじめ、1年のとき、同じクラスだった十数名は2年の新しいクラスに入った瞬間、『あいやー、こいつらと3年間同じクラスだ!』って悟るわけです。そしてそのことは、『1年生のときの僕のクラスの習慣』が広まることにも大いに貢献し、2年になって『はじめましてのほかの20数名』もあっというまに、成り立ち、活用を理解しないままに、僕を『大ちゃん』か『ダイズ』と呼ぶようになりました。傾向として、女子生徒や比較的性格の温厚な男子は『大ちゃん』派、運動部系や粗暴な男子生徒は『ダイズ』派でした。

 なぜこういうふうに分かれたか、最近クラスメ―トの顔を思い浮かべながら分析してみたんですけど、ある共通点を見出しました。それは、

 :『大ちゃん』派は、
   ①僕をリスペクトしていてくれたヒト群、あるいは
   ②僕とある程度の距離を保っていたいヒト群
いっぽう、
 :『ダイズ』派はラグビー部員以外は、
   ①比較的に僕にかなり近いヒト群、あるいは
   ②僕を見下しているヒト群

 であることです。なぜか。察するに、大勢を占める上記のような『Dai`s』の歴史と正当性に無知なラグビー部員以外の人たち、が、僕の仇名は『大豆(=だいず)』であり、そして、それは、『大豆(だいず)のような体型というある種ネガティブな特徴由来の仇名』だと思っていた、のではないだろうか、という推測に辿りついたのです。

 僕の体の特徴は、まず末端のパーツが小さくて太いです。指は以前にもふれたように、遺伝的に恒常的しもやけにかかった小学生みたいですし、足のサイズは、24.75センチです。え?いや、そうなんです。今でもありますけど、スズキスポーツというラグビー専門ブランドがあって、そこの靴はなんと0.25センチ刻みでサイズがあったんです(今はサイズについてはわかりません)。それで、僕は、24.5を使ってみたりしたんですけど、最終的に24.75センチが一番相性がよかったんです。でも24.5だろうが、25.75だろうが小さいですよね。いまどき、小学生でも25センチ以上の子はいるでしょう。一方ポジション柄ということもあるんですけど、どう見ても太ってました。僕は、ついにいままでラグビーの試合で、フロントローと呼ばれるスクラムの最前線の3つのポジション以外経験したことがありません。そしてこのポジションは上背はともかく太っている新入部員にあてがわれやすく、なおかつ、あてがわれた後には、『もっと太れ』と命令されるポジションなんですね。それにくわえて、体型が丸っこいらしく、同期の山案山子からも、
 「Dai`sにタックルされると低いから倒れちゃうん
  だけど体が丸いから痛くない。」
と褒めてるんだか、けなしているんだかわかんないことをよく言われました。だから、ラグビー部以外のクラスメートやほかの運動部の同学年の友人たちは、『あいつは体が小さくまとまってまるっこいから、大豆』だと思っていたに違いありません。そして、女子生徒や温厚な男子は、『みどりくんの体型のネガティブな部分を強調した名前で呼ぶのは失礼』だと思っていたんでしょう。これは大変な誤解です。むしろ失礼なくらいです。

 やがて、3年生が引退し、僕は、ラグビー部の新チームの主将になりました。ラグビーにおけるキャプテンシーはたいへん重要なものです。なぜなら他の団体球技と違って、ラグビーでは一度選手がグラウンドに出たら、監督が指示をできるのはハーフタイムしかないからです。
 では、僕がそれにふさわしい男だったか?いえ、ちがうんです。これは、悲しい消去法の結果だったんです。僕らは決して強くないクラブでしたが、述べ15~16人いた同級生たちが、練習と勉強の両立ができないといって櫛の歯が抜けるように退部していき、主将をきめるときには、なんと6人しかいませんでした。しかも主将を決めなければいけない時期に、僕の学校では珍しいことに、英語の点数の悪い生徒への補習授業が放課後に行われていて、それに僕ら6人のうち、なんと4人が『選抜』されていたんです。残っていた2人は、僕と豊田だけです。この二人しか『なんとなく選択肢がなかった』んですね。そして僕と豊田ではどっちが、『威勢がいいか』っていう、なんだかわけのからない議論になって、二人のうち『どっちかつうと威勢がよさげ』という薄弱極まりないプロセスを経て、僕が、主将になっちゃったんです。
 『しがない高校で、指導者のいないラグビ―部の主将に消去法でなってしまった』経験のある方にはご理解できるかと思いますが、これはせつないもんです。だいたいみんなに担がれてなったわけでもないし、練習方法も主将が指示するので、同学年ともぶつかることがあるんです。そのうえ、僕の代は部員だけでなく、女子マネージャーもいなくて、マネージャー業も僕がやってました。そうするとなんだか、同学年からみると『民意の総意によってではなく、消去法で選ばれた雑用もこなす主将』なので、リスペクトを得るのが難しいんですよね。その証拠に、同学年で一番力持ちの大林(高校2年でベンチプレス90キロ以上あげてました)やエイト藤代が、僕をよくからかっていて、ついには、僕の仇名の正当性を打ち消すようなことを言いだしました。
 すなわち、仇名が『Dai`s』であることを知っている数少ない証人であるはずの彼らが、世の中の空気に迎合して、あろうまいことかキャプテンの僕を捕まえて、
 「おい、おおまめ!」
 と呼び出したんです。つまり、あやまった歴史の理解に、もっとも正しい歴史に近い立場の人間が偽の仇名を訓読みにすることによって、曲がった正当性を付与してしまったのです。曲学阿世とはまさにこういうことを指すのではないでししょうか!『おおまめ』と呼ばれる僕をみて、歴史をしっているラグビー部員同期5人だけはその『諧謔のうまさ』に喜んでましたけど、部の後輩やクラスのみんなは別の意味で、つまり、体型が『大豆』のようだということを訓読みにすることで強調している、と思いこんで、これまた笑ってました。

 今でも、高校の同期の何人かとは親交がありますが、彼らはいまだに僕の仇名の歴史・由来は知らないでしょう。しかし真実は、下記のような歴史を経ており、本来は『 Dai`s』という表記に正当性が付与されるべきなのです。なんだか海外にわたったスポーツ選手みたいで格好いいじゃないですか?
 
 田舎から東京にでてきて、坊主頭で柔道やってた
 →風大左衛門→大ちゃんどばっと丸裸♪→大ちゃん
 →大ちゃんのやりかた → Dai-chan`s way 
 →Dai-chan`s→『Dai`s』

 それが、大林やエイト藤代のために、『おおまめ』に対しいつのまにか正当性が付与され、今でも、あの時期僕のまわりにいたみんなは、『みどりは大豆(=おおまめ!)に体型が似てるから、だいず、という仇名がついた』だ思ってるし、そのまま人生を終えてしまう可能性が大きいと思います。人に歴史あり、しかし、こうやって真実は埋もれていってしまうのです!

 それから、社会にでてみたら、予想外に多くの『未だに同学年にリスペクトされていないラグビー部の元主将』と言う人を見聞きします。こちらのほうは、みんながみんな『英語の補習授業と威勢のよさ、による消去法』で選ばれたわけではないと思うので、これから研究してみたいと思います。
==========おわり===========

 
 
 
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非公開コメント

ありがとうございます!

『朝の8時からソファーで涙を流して笑い転げました。』方ほんとうにありがとうございます。緑慧太

よ様

よ様 お読みいただいたうえにコメントありがとうございます。ことしもご愛読お願いします。お兄様のあだなをそのまま、っというのもずいぶんですね。

No title

私は苗字が世間では多いといわれている苗字であるため、おなじ
クラスや職場に複数名いることがおおかったため、簡単に下の名前を単純化して呼ばれることが今でも多いですが、唯一小学生時代から今も少数の人から呼ばれるあだ名があります。兄のあだ名を
そのまま使ったものと記憶していますが、兄が長じてからそのあだ名で呼ばれるのは聞いたことがありません。
来年もまた楽しませてください。(なかなかコメントが発信できず申し訳ありませんが・・・・)

Re: ご愛読ありがとうございます。

> そうです。大事件です。でも、「なあんだ柔道部ないのか・・・そういや1.2の三四郎はラグビーから柔道だったな」ってその逆を選んだんです。でも、それで大学生活、就職、といままでの人生がきまってしまうのだから、なんとなくのわりにはおおきな出来事でした。ただ惜しむらくは北条志乃のような豊満な女子マネージャーどころか、共学にもかかわらず、驚愕したことに女子マネージャーがゼロ人だったことです。

No title

高校の件は以前にも聞いたことがありますが、よくよく考えると15歳の少年には大事件ですね。私は場合は逆で、二つの高校を受けたのですが、どちらも受かったら自宅からは通えず下宿が条件というものでした。早く親元から離れたかった、というわけではなく田舎の家の周りの高校ではちょっと物足りなかったのでしょう。良く親が許してくれたな、と今になって感謝してます。
ニックネーム、まあみんなこんなものですよ。私の大学の同期でニックネームつけるのが大好きなオトコがおり、こやつが思いつくものはつけられた本人からしたら凄く悲しいながら、悪いことに周りから見ていると言い得て妙なものばかりつける=要はセンスがある、という非常に厄介なオトコでした。
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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