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尖端恐怖症。

 僕の学生時代のひとつ後輩の太一が、
 「俺、センタンキョウフショウなんっすよ。」
 と言ったとき、僕は、何のことやらまるでわからず、太一の説明を聞いたあとも、
 「へえ、ほんと。じゃあ、こういうのは?」
 と言って、持っていたボールペンを太一の眉間あたりにいきなり突きつけて、彼をしてパニックに陥れてしまいました。今思うと、たいへんいけないことをしてしまった、と猛省してます。太一くん、申し訳ありませんでした。

 尖端恐怖症の人は、『バーベルセット』を家の中にはおけないと思います。なぜって、『バーベルセット』を家の中において暮らしたことのある人、-とりわけ家族のいる人で-、はお分かりと思いますがは、あれは総体積こそ小さいものの、もんのすごく場所をとるうえに、バ―ベルの棒の先端だの、台の棒をおくブイ字型の部分だの、『鋭利な尖端』に満ち満ちていて、尖端恐怖症でない人でも、そばを通るときは、少し距離をおいて動かないと危ないんです。ましてや家族に尖端恐怖症の人がいたりしたら何をかいわんや、って感じです。ことほど左様に、『バーベルセット』は、繰返しますけど、その総体積に反して、まことに家庭内では場所をとるんです。

 我が家に、なんだか妙な形の段ボールが何個も届いたとき、僕ら子供や母は、一体何がとどいたのか、誰が何を送りつけてきたのか、驚くやら、訝るやら、ひと騒動でした。しかし、家の奥から、父、みどりかずまさが現れて、嬉しそうに、
 「お?おお?来たか、来たか。」
 と言ったことで、犯人がかずまさであることと、不審物の中身がバーベルセットであることがほどなくして判明しました。
 かずまさは、よく言うと『行動力のある男』で、悪くいうと『直情径行型の男』です。驚いたことに、かずまさは、妻子持ち社宅住まい、という一介の宮仕えであるという身上をまるで意に介せず、数日前のある日、テレビショッピングでたまたま見た『バーベルセットと筋肉むきむきの男性』に『反応』し、その場で電話して『バーベルセット』を購入していたんです。それも、おそらくは、『さらにいまなら!』とか言われたに違いない『ダンベルセット』も一緒に!しかも、電話して購入手続きをしたあと、本人も忘れていたらしく、注文したことすら家族の誰にも告げていなかったのです。
 かくて、『いまならダンベルセットを2セットおつけします!さあ、あなたも突き出たおなかとさよならです!』という謡い文句と数日の時差をおいて届けられた『バーベルセットとダンベルセット』は、みどりかずまさ、と表札のかかった社宅内におかれることになりました。母親は、安からぬ突然の支出にはもちろん、そして、なによりも共同生活する人間の暮らしの空間を著しく浸食するこのバ―ベルセットとその購入者かずまさの身勝手ぶりに怒り心頭でした。僕と兄はというと、たしかまだ中学生で、ふたりとも運動部には所属していたものの、学校での毎日の部活のあとにわざわざバーベルを持ち上げるほどのモチベーションもなく、やっぱり『邪魔だ、剣呑だ』と思ってました。

 しかし、かずまさは、そんなことで肩身のせまい思いをするような繊細な男ではありません。そして、『直情径行』タイプによくあるように、彼は『すぐ結果を求める』タイプでした。
 届いたバ―ベルセットを嬉々として組み立て、いきなり台に座って、何回かバーベルを上げ下げし、台から降りるとダンベルを左右の手にとって数回振り回しました。そして、あろうまいことか、直後いきなり上半身裸になって姿見で自分の肉体の変化を確認し始めます。何やってんだ?1日やっただけでむきむきになんかなるわけないじゃねえか、と思いながら見ていましたが、かずまさは、それでもまるで変化していない体で気持ち悪いポ―ジングを何回かして満足そうに去っていきます。そういう日が何日か、そう、『何日か』です、決して『数週間』ではないです、何日か続きました。
なぜなら、ご存じのように『すぐ結果を求める』タイプの類型に違わず、彼は同時に『すぐ結果が出ないと、放り出してしまう』男でもあったのです。最初の1,2日こそ満足気に姿見に向かっていたかずまさですが、数日しても変化が無いことに(そら代謝の鈍り始めた中年が数日間バーベルを持ち上げたところで変化はないです)痛く立腹してしまい、たちまちバーベルセットに触ることさえやめてしまいました。こうして、みどり家のバーベルセットとダンベルセットは、テレビ通販のよくある帰結、『誰も触らない場所だけを主張する、間違えても素敵とは言い難い、邪魔なオブジェ』となってしまいました。
 言わずもがな、結構な値段で購入したうえに、捨てるにもお金がかかるので、使用しなければ当然そういうことになってしまうわけです。
 ところが、『慣れ』とは不思議なもので、かずまさを含めて僕らはほどなくして、その鋭利な尖端に満ち溢れたオブジェとの共存を受け入れて生活するようになりました。

 それから、数か月たったある日、突然家の中で、かずまさの怒号が響きわたりました。何事ならん、と僕が、怒号のほうへ駆けつけてみると、そこには、かずまさが両手で確か20キロの一枚のバーベルの赤黒い錘をおなかあたりに掲げながら、対峙している母親を罵倒しています。
 「なんだと思ってるんだ!俺はこんなことのためにこれを買った
  んじゃないぞ!」
 それに対して母親はしごく冷静に、
 「はいはい。どうぞ。お返しいたしますよ。」
 と対応しています。かずまさは、未だ怒りおさまらずといったものすごい形相で、母親の悪口を言っては舌打ちし、舌打ちしては、罵倒しながら、錘を手にバーベルのある部屋にはいっていきました。どうも、ボクシングの世界戦をテレビで見たかずまさの心に、突如『むきむき志向』が惹起し、数か月ぶりにバーベルをあげようとしたようです。ところが、バーベルの左右の重さが釣り合わず、錘が一枚なくなっていることに気付き、家中を錘を探して歩いた結果、錘がかずまさの領域から略奪されたのみならず、本来の目的と違い、はるかに遠い手段として、しかも、長きにわたって使用されていた現状に遭遇し、かずまさ激怒、というのが、上記の咆哮の顛末だったのです。

 僕は、ボクシングに刺激をうけて錘を取り返し、数か月ぶりに、バーベルを数回だけ挙げて姿見の前で上半身裸になるかずまさをよそに、母親のその錘の使用目的を知ったうえで、さらに取材をこころみました。
 「へえ、いつから?」 
 「いつって、いつからかしら?もう何か月もよ。」
 「え、じゃあ、それで作ったあれを俺らは・・。」
 「当たり前でしょ。」
 「へえ、なんでまた?」
 「だってね、あれ、ちょうどいいの。あら、まるでこのために作
  られたんじゃないか、っていうくらいしっくりするんだもの。」
 「そうなの?」
 「そうよ。だってね、大きさはお母さんが使っている入れ物の
  ふたの大きさよりほんの少し小さいだけだし、」
 「ふんふん。」
 「それに、均等に重さがかかるでしょ?」
 「たしかに。」
 「そのうえに、普通のにくらべて薄くて場所をとらない。
  もう最適よ。」
 「おー、なるほど、そういうもんかね。」
 「そうよ、しかも、使わないで置いとくよりいいでしょ?」
 「うん、まあ。」
 「ま、どうせ、2,3日したらとり返すからいいのよ。」

 錘はオブジェ化したあと、しばらくして母親の天才的なひらめきによって、『つけものいし』に使われていたんです。
 そして、母親にいわせるとこれが上記のごとく『べストマッチ』で、このオブジェによって漬けられた漬物をかずまさを含めて僕らは毎日のように食していたんであります。
 かずまさにとっては、勝手に使われた、ということ以上に、『むきむきマンへのツール』という彼の理想と『漬物石』という事実のあまりといえばあまりのギャップに、-しかもボクシングの世界戦観戦直後、血沸き肉躍る気分でいたときに-、遭遇したことで痛くプライドを傷つけられたんです。それで、
 「漬物石にするためにかったんじゃねえ!」
 という、かずまさ、魂の叫び、となったわけです(もっとも、もとより、漬物石にするために買ったんじゃない、っていうのは説明されるまでもなくみんなわかってます。むしろ、その発言によって、じゃあ、オブジェにするために買ったのか、という反論を母親の心に顕在化させてしまうわけです。)。
 母親としては、そんなかずまさの大人げないプライドなどは『瑣末なこと』だし、あと2,3日もすれば再び理想の漬物石を手中にできることは火を見るよりも明らかなので、真剣に相手をすることすらあほらしい、ということのようだったわけです。

 その後、母親の目論見どおり、世界戦の数日後から、錘は再び、母親にいわせれば『本来あるべき』、かずまさに言わせれば、『こんなことにために買ったんじゃねえ!』、という漬物石に戻りました。そして、父親は、ごくたまにそのことに気付いては真剣に怒り、翌日には漬物石にということがくりかえされたのち、数年後にセット丸ごと、運動少年を息子に持つ父親の友人にもらわれていきました。

 母親も年をとり、もう自分で漬物はつくらなくなったけど、かずまさは、今でも突如腕立て伏せをしては裸で鏡を見ているみたいです。

======終わり======

 
 
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衝動買い

そうなんです。それからかずまさは幼いころから異常な野鳥好きで、大人になっても屋台でひよこを飼って、夜な夜なドライヤーで温風をあてたりして、とうとう鶏にまでそだてあげたこともあります。小鳥用のかごに身動きできなくなってはおさまっているとさかのはえた鶏はかわいくもなんともなく、処分にこまって、幸い、おじいさんが幼稚園を経営している、というクラスメートにもらわれていきました。

No title

かずまささんは元気じゃのう。
思いつきでものを買ってしまう。これはうちではワシではなくて細君のほうがその傾向ありじゃのう。。
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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