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ウケッケ。

 もちろん、逆の立場になれば、-特に僕は英語が苦手だから、アメリカ人なんかに聞かれたら-、同じようなんだろうな、と思いながらも、なんだか楽しくて、忘れるのがもったいないので、備忘を兼ねて書いちゃいます。
 僕のさい君(某南半球で生まれ育った外人です)が、日本に来たばかりの頃、外人向けの日本語学校に通っていました(日本語学校が外人向けなのは当たり前ですね)。さい君は全くといっていいほど日本語ができなかったので、さすがに暮らすのに不便だろうということでわざわざ学校に通ったわけです。正確な金額は失念してしまいましたが、べらぼうに高かったのを覚えています。(正確な金額を覚えていないのは、僕が経済的に余剰資金を持っていて、よきにせい、と意に介さなかったわけではなくて、『絶望的に数字に弱い』という僕の弱点のためです。当然、資本主義社会における会社員としては苦労してます。それもたいへんに。)
 さい君は、土日以外は毎日電車で10分くらいの日本語学校に通い、その頃は、まだ子供もいなかったこともあると思うんですけど、僕がうちに帰ると、彼女が日本語の復習や宿題をしている毎日でした。ちなみに、僕と、さい君の会話は結婚前から今に至るまで、ほとんどさい君の母国語です。

 「ウケッケハドコデスカ? ウケッケハニカイデス。」
 さい君は、満悦しつつそのまま次に進もうとするので、『うけっけ』って?と教材を僕が覗くと、案内の女性とサラリーマンの絵があって、『うけつけはどこですか?』『うけつけはにかいです。』とあります。
 「ユウ、これは、『ウケッケ』じゃなくて『ウケツケ』である。」
 「ええ、なんで!日本語の『つ』は読まないんじゃないの?」
 「それは、小さい『っ』。大きい『つ』はそのまま発音するの。
  だから、それは、『ウケッケ』でなくて『ウケツケ』。」
 「ああ!もう!難しい!!」
 と机に突っ伏すさい君。気持ちはわかります。外国語の習得は理屈を超えた、ある種我を忘れた集中と勢いがいりますよね。(ん?理屈を超えた集中と勢い・・、これは『結婚への踏み出し』にも言えるなあ。)
 
 そういう日が続いて、少し、さい君も余裕が出始めた頃、僕が帰宅すると、よく学校の話をしてくれるようになりました。曰く、少人数のクラスで、アメリカ人と、イタリア人と韓国人と中国人と・・がいる、曰く、アメリカ人の名前は誰それでご主人もアメリカ人らしい、曰く、だんだん仲良くなってきたけど、全員に共通の言語は習いたての日本語のみである・・・などなど。
 みんな初歩から日本語を始めているクラスなので、彼女たちの会話や行動を細かく聞いてみると、僭越ながら、なかなか看過できない楽しい話もあります。
 たとえば、
 「今日はね、帰りにイタリア人の子とお茶したの。」
 「へえ、よかったではないか。で、英語で話したの?」
 「いや、せっかくだから最初はなるべく日本語で。」
 「へえ!どんな感じ?」
 「えとね、私がひとりで帰りに駅まで歩いていたら、
  イタリア人の娘が追いついてきてね、」 
 「ふむふむ。」
 「それでね、
  『ユウサン、アナタハ、イマカエルトコロデスカ?』って。」
 「ほうほう、それで?」
 僕は、経験から、彼女の学校での楽しい話しを聞き出そうとするならば、ここで、『そんなのいちいち確認しなくても帰るところにきまってんだろ』なんて、間違っても言ってはいけない、ということを学びつつあったので、短い合いの手をいれつつ、寡黙に聞き入ります。
 「それで
  『ハイ、ワタシハ、イマカエルトコロデス。』
  『ソウデスカ。カエルトコロデスカ。』
  『ハイ。ワタシハ、カエルトコロデス。』
  『ヨカッタラ、ワタシタチハ、イッショニ、コーヒーヲ、
   ノミマセンカ?』
  『イイデスネ。ワタシタチハ、イッショニ、コーヒーヲ、
   ノミマショウ。』
 って。」
 日本語としては問題ないんですけど、なんだか想像するとにやにやしちゃいます。

 かようにレッスンが続いていくうちに、話題がだんだん同じクラスの、ソンさんという中国人の女性に集中していきました。さい君とソンさんは今でもたまに連絡を取り合っているようですが、僕は面識がありません。ただ、さい君から受ける報告のおかげで、僕の頭の中で形成されたユニークなソンさん像は、時に僕をしてにこにこさせてしまうんであります。

 「クラスにひとり中国人がいてね。だんなさんは日本人でね。
  瀋陽の方からきてね、わたしより少し若くてね、ソンさんっ
  ていうんだけど。」
 「うん。」
 「いっつも一番声が大きいの。」
 「ほう。」
 「それでね、すごく集中しててね、間違えても全然気にしないの。」
 「ほう、それはなかなかえらいではないですか。」

 さい君に言わすと、例えば名詞を学ぶレッスンで、先生が絵を見せて
 「はい、みなさん、これは何ですか?」
 と生徒全員に一斉に答えるように尋ね、その絵が、郵便局だったとき、自信なさげに小さい声で
 「ソレハ、ユウビンキョク、デス。」
と答える韓国人やさい君をよそに、ソンさんは、ひときわ早く、それも大きな大きな声で、
 「ソレハ、コウバン、デス!!」
 と言うんだそうです。それでみんなの視線がソンさんの声の大きさと、あさっての返答に圧倒されて彼女に集中してもまるで気にしないそうです。これは、なかなかえらいです。

 その後も、ソンさんは大活躍を続けました。
 その日は、
 『知っています。』
 『知りません。』
 を学ぶ授業でした。先生は、生徒たちが誰も知らないであろう一般の人の写真と、有名な映画俳優などの写真を用意していたそうです。先生のシナリオでは、まずそれらの日本語を理詰めで学習したあと、用意した写真を続けざまに見せて、生徒たちが、『知っています』と『知りません』を反復して発言することで、肯定形・否定形を頭に刷り込ませる、ということだったようです。
 授業は予定どおり進み、先生による写真の提示に進みます。まず、一般の人の写真を見せて、先生が尋ねます。
 「あなたは、この人を知っていますか?」
 すると、全員元気よく、
 「イイエ、シリマセン!」
 と返答しました。もちろん、ソンさんは例のようにひと際大きく、
 「イイエ、シ―リ―マ―セン!!」
 と返答します。さらに先生は反復のために次の写真を見せます。
 「あなたは、この人を知っていますか?」
 「イイエ、シリマセン!」
 何回か否定形を反復したあと、先生はあきらかに写真の形状からしてそれとわかる雑誌からの切り抜きのような、ブラッド・ピットの写真を出して聞きました。
 肯定形の反復発言練習の始まりです。
 「あなたは、この人を知っていますか?」
そのとき、ソンさん以外全員の、
 「ハイ、シッテイマス。」
 という声を完全にかき消して、ソンさんが、
 「イイエ、シ―リ―マ―セン!!」
 と叫びました。先生はあてが外れて、しかし、ソンさんはどうも日本語の使い方を間違えているようではないので、あらためて、今度は、レオナルド・ディカプリオの写真を出しました。
 「あなたは、この人を知っていますか?」
 「イイエ、シ―リ―マ―セン!!」
 再び、ソンさんの生真面目で大きな声が教室に響き渡ります。
 その後も、先生の繰り出す、デビット・べッカムだの、ブッシュ大統領だの、をことごとく、ソンさんは
 「イイエ、シ―リ―マ―セン!!」
 と粉砕し、ソンさんは結局、その日は一度も、『ハイ、シッテイマス。』という発言を『できなかった』そうです。
 僕は、ソンさんには悪いとは思いながらも戸惑う先生やほかの生徒や教室内の雰囲気をまるで無視して、ひたすらに我が道をいくソンさんを思い浮かべ、さい君の話を聞きながら大笑いしてしまいました。

 そんな、ある日、僕が帰宅すると、さい君は、待ち構えていたように、いきなり、
 「日本語で、丁寧に許諾を得るときは何て言うの?」
と聞いてきました。僕は、虚を突かれました。
 「へ?」 
 「だから、『シツレイシマス』は間違ってる?」
 「おお、そういうことか。うん、その通り、失礼します、である。」
 「やっぱり!!」
 と、さい君の表情から明らかにある疑念を払拭した雰囲気が感じとられます。おお、これは、なんか、おいしそうな兆しだぞ、と僕は思い、そこで話しを終わらせまいと、ひとり得心するさい君からさらに聞き出そうと試みました。
 「ねえねえ、なんで?」 
 「あのね、今日ね、学校の帰りにね、四人で
  イトーサンのフードコートでお茶を飲んだの。」
(『イト―サン』というのは他ならぬ、『イト-ヨーカド-』のことです。さい君が日本にきたばかりの頃、イト-ヨーカド-の名前の意味を突然きかれて、
 「え?いや、イト―は人の名字だと思うけど・・。」
 「おおー、イト―サンか。おおーなるほど。」
 という会話があって、イト―ヨ―カドーと呼ぶのが面倒に思ったさい君は、それ以来、今にいたるまでイト-ヨ-カド-のことを『イト―サン』って呼んでます。)
 「四人って、誰と?」
 期待に胸が高まります。
 「えっと、シンシアと、イタリア人と・・」
 「と?」
 「あと、ソンさん。」
ビンゴ!!
 「それで?」
 「うん、それで、ソンさんは英語ができないから、日本語で
  会話したんだけど、そのとき、日本語で、丁寧に許可を求
  めるのは何て言うんだっけ、っていう話題になって・・」
 イタリア人と、アメリカ人とさい君とソンさんが、イト―サンのフードコートで日本語について、日本語で議論したわけです。四人には悪いですが、隣のテーブルにいた人が羨ましいです。
 「それでね、シンシアとわたしとイタリアの娘はね、
 『シツレイシマス』じゃないかっていったんだけど。」
 「けど?」
 「ソンさんが、」
 「うんうん、ソンさんが?」
 「ソンさんがね、『チガイマス!ワタシ、オボエマスヨ!』」
  って言って、譲らないの。」
 「へえ、『失礼します』じゃなくて何だって?」
 「それはね、『ソレハ、シツレンシマス、デス!ワタシ
  オボエマスヨ!』って」
 「ええ!それは全然ちがうよ。」
 「でしょ。わたしたちもおかしいと思ったんだけど、ソンさん
  の自信がすごいから・・」
 「から?」
 「結局、その場では、日本語で許可を求める丁寧な言い方は、
 『シツレンシマス』が正しい、ということになって解散した。」
 「え?」

 なんだか後になってみると内容も根拠も薄弱なことを言っているのに、声の大きい者の主張が通る、というのは、僕の会社でもよく見かける光景ですが(あれってどういうことなんですかね。)、まさか、イト―サンのフードコートで、ソンさんの声の大きさゆえに、毎日、日本人が『お先に失恋します。』と言って職場から『うけっけ』を経由して帰宅していること、と決議されている、なんて世界はまだまだ広いです。
 それから、イト―ヨカード―ではよく買い物もしますし、お世話になってます。イト―サンと呼んでいるのはさい君と僕の間だけですし、他意はありませんので関係者の方はシツレイをお許しください。

=======終わり=======

 

 
 
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ソンさん

ソンさん、その後は順調に行っているようです。ご主人が中国語ができない、ソンさんが英語ができない、ので、ソンさんの日本語はうまくなっていて、その後うまれたお子さんとも日本語で会話をされているそうです。

No title

みどりさん、ご無沙汰してます。いつも楽しみに読ませてもらっています。ソンさん、楽しそうな人なんだけど、あまりに我が強いと日本の男の人に疲れられてしまうんじゃないか、と心配です。大丈夫かしらね。。。
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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