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痛い!!④

 もうずいぶん以前、前すぎて何年まえかも記憶にないですが、ある日の新聞の社会面の、さして大きくない記事に惹きつけられて、熟読してしまったことがあります。それどころか、関係者、特に、被害にあった方には申し訳ないですけど、未だに頭から離れないです。
 それは、刑事事件(恐喝罪だったと思います)を報じる記事で、被害者は、中古車販売業者、容疑者は、えーと、『反社会的方面組織所属の方』、でした。結論からいうと、『反社会的方面組織所属の方』(以下、面倒なのと、あまり触れたくないので、『所属の方』と略しちゃいます。)、が中古車販売業者を脅して、115万円の自動車を115円で買った、というものです。どうしてそういうことが起きちゃったのかというと、中古車販売業者が、ある日、新聞にちらし広告を入れたんです。そして、その広告には、各商品(中古車ですね)の写真と値段が表示されていて、よくあるように、安いという『値ごろ感』を強調するために、価格の数字だけを大きく表示したんだそうです。例えば、『カローラ、99年型、40万円!!』、『シルビア、走行距離500km、75万円!!』というところの価格の数字部分だけほかの表示よりも何倍も大きく表示したんです。これだけなら特に問題はないです。ところが、これは誰の、-つまり中古車販売業者なのか、印刷業者なのか-、ミスなのか記事からはわかりませんでしたけど、なんと価格表示全部に『万』を印字し忘れたのです。新聞にはそのちらしの写真も載ってました。すなわち、『シビック、最新型、90円!!』っていうことになってしまったんです。そしてこの広告を見た『所属の方』が、店に訪れ、『おう景気のよろしい話やなあ、きょうび、あんたらみたいな善良な業者はめずらしいで。わしらあ庶民の味方やなあ。このカローラとシルビアもらうわ。115円やろ、115円、な、そう書いたるわな!』と(言い方は僕の推定です。)その『まんぬき』価格で買って行った、ということなんですね。僕は、この記事を読んだ時、二つの事に考えを巡らせました。

 ひとつは、
「実際に、『所属の方』は、115円を置いていったのか?」
ということです。車を買うとなると、それはやっぱりおにぎりをコンビ二で買うようにはいかないので、いろいろと手続きがあって、それでローンを組んだりなんかして、というわけで普通は、その店のデスクに店員さんと相対して座って、ある程度の時間を書類の記入や会話なんかに割かざるをえないです。それで、僕は頭の中で、脅しに屈した店員さんと『所属の方』が少なくない時間を一緒に過ごしたあと、机のうえに115円を置いていく光景を想像してみるんですけど、『う~~んあり得ん』となかなかしっくりこないんです。『おう、ありがとな、えっと、5円玉あらへんなあ、ええわ、釣りはいらんで』って120円を机のうえに『所属の方』が置いていったんでしょうか。それとも5円のお釣りを渡したのかなあ。ご両名には悪いですが、想像するだに、今でも喜劇にしか見えません。

 もうひとつは、
「確かにミスはミスだけど、『所属の方』がおそらく主張したであろう、『広告通りの値段で買っただけやないかい!』(言い方は僕の推定です)という主張は、『一般的に考えて中古車が35円のはずがない』という常識の前に敗れ去ったんだな・・。新聞で読む限り、この場合はそうあるべきだし、警察の判断や法律解釈にも一般常識的『値ごろ感』を考慮する、という柔軟性は担保されていたわけだ。」
 ということです。

 つまり、この事件の場合、『自動車』の値段のうち、タイヤや車体の原料代がいくらで、組み立てる人件費がいくらで、自動車工場の設備の減価償却費がいくらで、自動車メーカーの利益がいくらで、輸送費がいくらで、なんてほとんどの人は知らないのに、『中身は知らんが、中古自動車が35万円、ならなんとなくあり得て、35円、ならあきらかにおかしい』という『値ごろ感』の市民権が尊重されたわけです。
 一方、全ての『値ごろ感』、いや『値段』だけじゃくてこの『何々ごろ感』が市民権やコンセンサスを得ているわけではなく、ときにはそのことで日常生活に支障をきたすことがあります。
 たとえば、『靴のサイズごろ感』において、『僕の靴のサイズは40センチです。』っていう人がいたら、僕は『えーー、うそだあ!』って思います。たぶん多くの人がそう思われるでしょう。つまり『大人のヒトの足の長さ』には『なんとなくこれくらいだろうというサイズごろ感』が世の中で形成されているわけです。でも、例えば『コーヒー豆の値段が1ポンド5ドル』って言われても、僕には高いんだか安いんだか、さっぱりわかりません。つまりこの場合、僕には『コーヒー豆の値ごろ感』は無いわけです。そして、コーヒー豆の値ごろ感がないからといって日常生活に支障をきたすことはないです。

 しかし、あの時は、まさにこの、さる『ごろ感』の無さ、から僕の日常生活に流血の惨事を招いたのです。
 以前にも何度か紹介もうしあげたように、僕の伴侶は外国人です。結婚式は、さい君の国でやって、日本では面倒なのでしませんでした。(今思うとやっとけばよかったです。なぜって、『公の場で寄ってたかって褒められる(はず)』という経験は凡百の宮仕えの身にはそうあることではないからです。まあ、それはしょうがないです。)さい君の国での結婚式の段取りやなんかは全部さい君がやってくれました。感謝してます。それに結婚指輪もさい君が二人分を一緒に買ってくれました。僕は、結婚式も指輪もお金を送金しただけです。結婚式は滞りなく終わりました。
 問題は指輪でした。僕は、自分で指輪をする習慣も全くなく、女性に指輪をプレゼントしたこともないので、一度も指輪を購入したことがありませんでした。(断っておきますが、リターンの多寡はともかく、女性に貢ぐのはむしろ得意とするほうです。が、どういうわけか指輪には縁がありませんでした)。結婚指輪は、さい君が香港で買ってくれることになりました。さい君のお姉さんも香港の人と国際結婚をして香港に住んでいるので、そこへ遊びに行ったついでに、結婚指輪を買うことにしたんです。

 さい君は、念入りに購入場所、商品にあたりをつけ、僕に電話をしてきました。
 「あのさ、決めたから。金額はかくかくしかじかよ。」
 「うん、ありがとう。異存なしである。」
 「それでサイズは?」
 「へ?」
 「だから、ケイタの指輪のサイズは何号かって聞いてるの!」
 「おー、なるほど、しらないんである。」
 「え?自分の指のサイズ知らないの?」
 「うん、知らない。」
 僕は、『指輪のサイズごろ感』がゼロだったんです。今でもほぼ無いです。というわけで、さい君の驚きをよそに、僕は、会社帰りに貴金属店によって、サイズを測ってもらいました。こういうとき、日本のサービス業の方はサイズを測るだけでも、内心はともかく、嫌な顔ひとつしないので助かります。
 ところで、これは『うすうす』気付いてはいましたが、僕は指が『他人に比して短くて太い』んです。これは遺伝です。父も兄も、指が短くて太いです。自分の指なので自分ではあまり違和感は感じたことはありませんが、たまに無遠慮な人にまじまじと見られたり、『しもやけでまん丸になった小学生の手みたい』と言われたりしたことがあるので、まあ、『普通ではないんだろう』とは思ってました。
 「あの、指のサイズ知りたいんですけど。」
 というと貴金属店の女性店員さんは、愛想よく、
 「はい、少々おまちください。」
 というと、いろんなサイズのサンプル指輪がかかっているすりこぎの孫みたいな円錐状の木型をもってきてくれました。そして、もちろん『しもやけ』呼ばわりなど間違ってもせず、
 「お客様ですと、このあたりかと・・」
 と、彼女の経験から目星をつけたサンプルの指輪を木型からとって僕の薬指にはめてくれようとしましたが、最初の指輪は彼女の経験値を大きく裏切り、僕の指の第一関節を通るのがやっとで、すぐに小さすぎることが判明しました。しかし、そこは、世界に冠たる日本のサービス業です。特に動揺する様子もなく、
 「すみません。ちょっと小さかったですね。では、こちらを・・」
 と彼女は、最初のサンプルより2段階くらい大きな指輪を取り出しました。
 だめです。指輪はまだ指の下まで到達しません。さすがに、少し店員さんの顔に驚きがみられます。
 「では、これを・・」
 と店員さんは、その木型の一番下にある、つまり一番大きな指輪を、半信半疑な表情で試してくれました。
 だめです。
 僕としては、さっきから、
 「・・・・・」
 って言う感じで、なすがままなんですけど、まさか一番大きいのがはまんないなんて。店員さんは苦笑いとも、愛想笑いとも、驚きによる笑いともとれそうな複雑な笑みを浮かべながら、
 「少々お待ちください。」
 と言ってなにやら棚の下のほうを探しはじめました。僕としては、『お待ちください』って言われなくても待つしかないです。すると再び僕に正対した彼女の手には、先ほどより一回り大きな木型が。つまり、これは、『特大サイズ用のサイズサンプル』なわけです。その後、その特大木型にはめられているサンプルを2,3個ためした結果、ようやく僕の指のサイズが判明しました。僕は、買いもしないのにサイズを測るだけで店員さんの手間を予想外にとらせてしまった罪悪感と、特大規格の指の応対をした彼女が内心どう思ってるんだろう、という恥ずかしさをいだきつつその場を後にしました。参考までに、僕は身長はどちらかというと低い方で、体型はあきらかに肥満体ですが、それでも例えばTシャツは既製品でまにあう範囲です。

 ともかくも、目的を達成した僕は香港にいるさい君に連絡しました。
 「あのね、僕の指のサイズは00号である。」
 「うん、わかった。」
 これで僕のミッションは終了、のはずでした。
 ところが、それから2,3日たってさい君から電話があり、
 「ちょっと、指輪のサイズ、まちがえてない?」
 「へ?どういうこと?買ってないの?」
 「うん。」
 「なんで?」
 「だって、指輪屋さんがね、『これは何かの間違いだ』って。」
 「なに、それ。そんなことないよ。特大木型まで出してもらって、
  何回も試した結果なんである。さっさと購入したまい。」
 「でも、指輪屋さんがね『この地で指輪を売って30有余年、
  こんなサイズの人間には出会ったことがない。』って
  いうんだけど。」
 「いや、そういわれても・・。いいからこのあいだ連絡したサイズで
  書いたまえ。」
 「・・うん。」
 どんな指輪屋のおやじか知らんが、自分の『サイズごろ感』によっぽど自信のあるおっさんなんだな、黙って言われた通りの指輪を売ってくれればいいのに、自分の経験値にあぐらをかきゃあがって、夜郎自大も猛々しい、と僕は、さい君との会話を終えました。
 翌日、さい君から電話があり、
 「あのさ、今指輪屋さんにいるんだけど・・・」
 「へ?まだ買ってないの?」
 「うん。」
 「なんで?」
 「いや、それが買おうとしてるんだけど、指輪屋さんが『指輪を
  売って30有余年、こんなサイズの人間には出会ったことがない』
  ってまだ頑張るんだもの。」
 「・・・・。」
 そもそも『指輪のサイズごろ感』を持ち合わせていない僕は、そこまでいわれると、自信が揺らいできました。
 「それでね、『悪いことは言わないから、言ってるサイズより
  ひとつだけ小さいのにしろ』っていうんだけど。」
 「・・・ふ~~む・・。」
 「でもね、そのひとつだけ小さいサイズでさえ『指輪を売って
  30有余年、これがおいらの経験では一番大きい』って。」
 「・・・・。」
 「どうする?」
 
 結局、僕らは、指輪屋の自信にまけて僕の申告より一回り小さいサイズの結婚指輪を購入しました。そして、届いた指輪をはめてみました。
 「どう?」
 と不安げに見守るさい君。
 「うん。なんとかはいった。でもなんかきつい気がする。」
 「ケイタは指輪をしたことがないからそう思うだけよ。
  きついんじゃなくて違和感があるだけなんじゃない?」
 「そうか、そうだよね。」
 ということで、半分無理やりはめた結婚指輪について、半分無理やり自分たちを納得させました。

 しかし。指輪をはめはじめて、1日たち2日たち、して時間を重ねてくると、やっぱり指輪の近辺が、
 「痛い。」
 「慣れてないからじゃない?」
 「そうかなあ。」
 ところが、痛さは一向におさまらず、ある日仕事中にふと薬指を見ると、なんと指輪近辺から血が滲んでいました。その傷は時間をおいてかさぶたになり、さらにかさぶた部分とは別に新たな流血が・・。
 「痛い!!毎日出血してる。」
 「・・・」
 「とりあえず外してもいいかな。血だらけの指でお客さんの
  ところに行くわけにはいかまい。」
 「しょうがないなあ。」
 「やっぱり連絡したサイズで買っておけばよかったのに。」
 「だって、指輪屋さんが『指輪を売って30有余年、
  こんなサイズの・・」
 「いや、だからそれは前にも聞いたんである。」

 というわけで、『指輪サイズごろ感』の無さゆえに、現在に
至っても僕の指には結婚指輪はありません。他意はないです。
 それから、今になってやっぱり正確だったと思われる自分の指輪のサイズも連絡したあとできれいに忘れてしまったし、その後も指輪を買う機会がないので、いまだに『ヒトの指輪のサイズごろ感』は僕にはないです。
 ただ、いつか香港に行って、くだんの『ここで、指輪を売って30有余年っ!、こんな・・・・』と言い切った指輪屋のおやじに僕の指を見せてやりたい、と思っています。
 でも、会ってみたら、そのおやじが『香港における所属の方』
だったりしたら、もの凄くいやだなあ・・・。

=========終わり=========
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ええ?

> みどりさん、下記「ご同慶の至り、、、」の使い方につきすっと落ちてきませんでした。
> 確信犯だったら貴方のセンスを感じることができずに申し訳なしですが。。。

ええ?いやそのこころは「(中味はともかく)お互い見た目よりデブですなあ」というつもりだったんですけど。

ご同慶の至り

そうなんですよね。僕も、「まるくまとまっている」体をしているので、服もまずは「うちはサイズがほかさんより大きめですから」とか言って、まずはL寸をすすめられます。(だから「見た目よりでぶだってさっきから恥をさらしてるのに)と思いつつ試着して、店員「あれ?全くダメっすね」(だからさっきから駄目っていってるでしょ)で、結局LLになります。お互い様ですな。

No title

いやーなさそうだけどあるんですよねー。
かくいう私もオトコはみんな熊みたいに大きな国に住んでいるんですが、そこでもジャケットやらコートやらになると一番大きなサイズじゃないと胸と腕が入らないわけです。ときどき洋服屋にいっては、店員さんからサイズは何にしますか?などといわれると「一番大きいやつ。XXXL!」というと、「いやいや、それは大きすぎますよ。はい、L」などと渡され結局三回の試着を終えてやっぱりXXXLに落ち着く、ということがよくあるわけです。大和男児の偏った体を甘くみてほしくないものです。
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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