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しゅくだい。

 そのとき、僕は息子の部屋にいました。
 世の中の多くの、おっと科ちちおや属かいしゃいん種、に見受けられる兆候に違わず、僕も『自分の部屋』はありませんが、息子は個室を持っています。尚且つ、『学習にはほとんど使わない』くせに名前は学習机、という立派な机もお持ちです。
 息子の『暴君フジ』は、宿題が嫌いです。それがどうした、と思われるでしょうが、宿題に限らず世の中の『00嫌い』には、二通りあって、『嫌いだからさっさと済ましちゃう』タイプと、『嫌いだから、とりかからずになるべく現実逃避しちゃう』タイプ、があります。ええ、前者の例は、駅のロータリーで『う~~ん、緑くんはニ番目に好きだから、だめー。ごめん。はい、おしまい。』と言った山重さと子さん、後者の例は公園のベンチで『緑さん、結婚については、もう少し時間が欲しいの。』と言ったのに、すでにその時点で今のだんな様との結婚式場を予約されていた三宅奈美さん、ていう感じですね。暴君は後者の典型で、何がどうなろうと寝るまでに片付けなければいけないことがわかっている宿題になかなかとりかかりません。おまけに、『同類をみつけると根拠もなく安心するタイプ』です。

 その日は、ことさらにさい君の機嫌が悪く、暴君は母親をして強制的に暴君部屋に追い込まれました。しかし、そこは、暴君、ただではおさまりません。
 「わかったよ。じゃあ、パパと一緒に宿題するよ。パパ行くよ。」
 と『同類を見つけて安心しよう』と僕の手を引っ張ります。
 以下、さい君と暴君フジの、さい君の母国語での会話、
 「だめ!宿題はひとりでしなさい!」
 「なんで!?」
 「パパは宿題はないからよ!」
 「え~、パパもしゅくだい、あるんだよお!ねえ、パパ?」
 ん?『パパのしゅくだい』・・・・・?
 「パパ、いつも寝ころんでしてるよ。一緒にフジの部屋でする!」
 ははあ、あれね・・。いや、パパのは、その、左遷二回目の部署が専門知識のいる部署で、それを覚えないとついていけなので、家でも、いやいやながら ― 特に阪神戦の放送がない日は比較的長時間にわたって― 睨んでいる、企業の決算書から読み取る『預貸率の計算式』だの、『潜在株式調整後の一株当たり当期純利益の計算の仕方』だの、であって(実は、未だに記憶できてませんけど)、しゅくだい、とは違うんである。しかし、暴君にとっては、それもこれも似たようなもん、おたがいたいへんだよなあ、と密かにシンパシーを感じていたようで、とうとう引っ張りこまれてしまいました。まあ、それもたまにはいいか、と暴君の部屋に寝転がり、(純支払利子率と実効利子率はいつも混同するなあ、だいたい両方必要なのか、ああ、面倒くせえ。)と僕は僕の『宿題』を睨んでいました。その横の学習机に座る暴君。なにやらおとなしく、しかし、集中しているようなので、まあ、よかった、と安心していました。すると、それまで沈黙していた暴君が、『有利子負債利子率』と格闘している父親に、突然質問をします。
 「パパ、『カンイン』ってどういういみ?」
 僕は、一瞬、なんのことか全く分からず、有利子負債利子率には悪いですが、息子のほうを向きながら、身を起こします。
 「ん?宿題にそんな言葉がでてくるのか?」
 「しゅくだいじゃない、どういういみ!?」
 「おい、フジ、そらあ、何語だ?」
 息子は、最近、どうも南半球生まれ育ちのモンゴロイド、である自分の母親の日本語力が怪しいのに気が付きはじめ、わからない日本語は僕に聞いてくる傾向にあります。くわえて、母親とコミュニケ―ションをとるために、『0000、って日本語で何て言うの?』などと、母親の母国語から日本語への変換にも、稀に父親を使いだしました。だから、僕は、聞いた瞬間の音、では、息子が日本語の意味を聞いているのか、母親の母国語の意味を聞いているのか判然としません。
 「にほんごにきまってるでしょ!!なんていういみ!カンインて。」
 息子は暴君ぶりを発揮し始め、苛々しています。(決まってるでしょ、ってこいついったい何を見て、そんなことを言ってるんだ?「会員」、「換金」、「掛け金」、かなんかと読み間違ってるんじゃなかろうか?そもそもさっきからおとなしくしいていたのは、宿題をしていたのではないのかな?)と起ち上がって、息子の手元を覗き込むと、何やら子供向けの塗り絵の本を手に持っています。
 「なんだこれ?フジ、これ、しゅくだいじゃないだろ。
  ちゃんと宿題しろよ。パパも宿題してたのに。」
 「うん、するから、カンインのいみおしえてよ!」
 どれどれ。と、その本を手にとると、色彩も鮮やかな表紙に『ゴスペル ぬりえ&ゲーム きゅうやくせいしょ』とあります。ぱらぱらと中をみると、『せかいのはじまり そうせいき1しょうの おはなし①』とあって、かみさまが、いちにちめにつくられたもの、よっかめにつくられたもの、と絵があり、色を塗られるようになっています。ほかには『エデンのその そうせいき 1しょうのおはなし②』の塗り絵があったり、ノアの箱舟の絵の間違いさがし、なんぞがあります。
 「へー、フジ、これ、どうしたの?」
 「うん、こないだ、教会でもらった。」
 おお、なるほど。
 さい君は、自称『熱心なマルティン・ルタ―派のプロテスタント』です。それを結婚前に聞いたとき、不勉強な僕は、さい君の信仰に対してどうこうとは思わずに、(へえ、今でも『マルティン・ルタ―派』なんていう源流の名を冠するシンプルな派があるんだ!!すごい。)と感心しました。それで、不勉強で申し訳ないなあ、と思いながらも、さい君に好奇心からいろいろと尋ねたら、どうも会話に齟齬があります。なんか、おかしいなあ、と思ってたら、さい君が、
 「ケイタはキリスト教徒でもないのに、よく知ってるね。」
 て、言うので、あれ?と思って、
 「あのさ、マルティン・ルタ―って、まさか知ってるよね?」
 「もちろん! いつの時代の人で何をした人かは
  よう知らんけど。」
 「!!!」
 ていう会話になりました。ので、さい君の自称するところの『熱心さ』についての議論はここではいたしませんが、日本でも、たまに教会に行きます。それで、暴君が机にすわってまで現実逃避して、熱心に読んでいたその本は、子連れで教会にくる信者の子供さんたちが退屈しないように用意された本のようなんです。もちろん日本の教会なので日本語です。(ふ~ん、教会もなかなか工夫してるんだなあ。)と僕は、息子が宿題をしていないことなども忘れて、ページをめくり『しゅつエジプトき 14しょうのおはなし』などを興味をもちつつ読んでます。(ふむふむ、ふむふむ。)と次にページをめくると、今度は塗り絵ではなく、クイズのページです。『かみさまの10のことば』とあり、簡単な絵の横に、文章があり、虫食いになっているフレーズを埋めるような形式になっています。(おお、これは、十戒というあれだな。ふむ、これは、大人向けの聖書の入門編としても楽しめるな。)と熟読する父親です。答えは最後のページにあります。(4.『00000をおぼえてこれをせいなるひとせよ』・・・ん、何だっけ?おお、『あんそくび』か、なるほど・・・・)と没頭していた僕が、次の瞬間、まさに5分前の現実に引き戻され、思わず、
 「え、えええええ!!」
 と大声をあげてしまいました。この大声は今思うと、
①さっきまで忘れていた暴君の質問の意味が一瞬にして氷解
 したことへのある種の爽快感 
②この言葉を子供にどうやって教えていいのか、という困惑 
③この本をつくられた方は、当然、今まさに対峙している僕と
 暴君のような会話を予想されたはずであろうに、という素朴
 にして深い疑問、
が、一度に噴出した叫び、といえましょう。
 そこには『7.か00んしてはならない』とあるじゃないですか!!そうなんです。フジが僕に聞いたのは、まさかの大穴、ある意味では、大本命、の『姦淫』だったんですねえ。
 そこへ、二人とも宿題しているはずの部屋から洩れてくる、何やらにぎやかな会話を聞きつけ、さい君が、はいってきちゃいました。そして、成り行き上、『姦淫』について、7歳の子供に日本語で、うんじゅーうん歳のさい君にさい君の母国語で、説明するはめになりました。一体、ほかの親御さんたちはどうされてるんでしょう。
 それより、そもそも論として、この種の絵本に『十戒の虫食いクイズ、答え「姦淫」』って避けて通れなかったんでしょうか?いえ、あの文句ではなくて、素朴な疑問です。だって、7歳の人間から、
「姦淫って何?」
 って聞かれたら、びっくりしませんか?結局、暴君への日本語での説明も、さい君へのさい君の母国語での説明も -どう説明したのか、多少逆上気味だったので、覚えてませんが― なんとか切り抜けました。我ながらたいしたものです。
 尚、蛇足ながら、『潜在株式調整後の一株当たり当期純利益の計算の仕方』はいまだに覚えられません。
====== 終わり =========
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Re: No title

> 紹介しときます ありがとうございます。方じけない。

No title

紹介しときます。

Re: No title

> たしかに困るな。
ありがとうございます。ですよね。奥様はお読みにならないですか?

No title

たしかに困るな。
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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