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所ジョージさん。1

 だいたい気付かれてしまっていると思うんですけど、このブログは、結果的に筆者がかなり独善的に書き飛ばしている、という性質のものが多いです。
 ただ、そういう僕でも、少ないながら気を遣っていることが、実はいくつかあります。
 そのうちのひとつをここで白状しちゃうと、あまりにも有意義でない内容で、最悪の場合ブログ自体がそう捕らえるのは已む無しとしても『筆者の人間性そのものが下劣だ』と思われやしまいか、という心配です。
 今回の内容も、いや今回は特に、うまく筆者の人間性に無用な疑念を抱かれないように書き切ることができるのか、ちょっと自信がないです。
 でも、そういう僕の不安に反して筆がどうしても進んでしまうので、書くに至りました。

 最近はあまり聞かないような気がしますが、僕が子供の頃は、よく、
 『思い出し笑いをする人はスケベなひとだ。』
 と言われました。

 これは、

 『思い出し笑いをする。』
     ↓
 『客観的状況と全然違うことを頭の中で考えている。』
     ↓
 『妄想癖がある。』
     ↓
 『スケベである。』

 と演繹されたのでは、と推測されます。

 ところで、僕はどうかというと、これがまあ非常に頻繁に思い出し笑いをします。自分でも『お、いかん、いかん、ついにたにたしてしまったな。スケベなひとと思われちゃうぞ。』と自覚することが多々あります。
 そればかりか、実家にいた頃などは、母親から、
 「あんた、なに、さっきからにやにやしてるの?」
 と指摘されて初めて自分が思い出し笑いをしていることに気付いたりしていたので、自覚だけで『十分に多い』のに、自覚しないものを含めるとかなり頻繁に思い出し笑いをしている、ということになります。

 これはいかんなあ、でも『箸が転んでもなんとなやら』じゃないけれど、例えば駅のホームで電車待ちをしている列の中に思い出し笑いをしている社会人、なんてそう見ないから、きっと若さゆえであって大人になった落ち着くんだろ、と安易に高をくくって、この癖は放置しておりました。
 ところが、驚いたことに大人になっても全然この癖が治りません。はっと気がつくと、それこそところ構わず駅のホームなんかで思い出し笑いをしていることがしょっちゅうあります。もちろん、自覚なき思い出し笑いも相当数していると思われます。なんだ、大人になっても改善されていないじゃないか、とあるべき姿との乖離にこれまたひとりで口惜しがったりしているんですけど、最近さらにあることに気が付き仰天してしまいました。

 そのこととは、僕が『思い出し笑いをいまだに頻繁にしている』だけではなく、
 『思い出し笑いの対象が進歩していない。』 
 ということなんです。
 まさに、十年一日の如く同じことでにやにやとしている自分に驚かされています。

 『パオパオチャンネル』というテレビ番組がありました。
 以前のこと、それも相当前のことです(調べてみたら1987年から1989年にかけて放送されていたようです。)。この番組は夕方に放送されていた、いわゆる『バラエティ番組』という範疇のものだったと思います。『思います』というのは、実のところ僕はその番組をとりわけ熱心に見ていたわけではないからです。あまり番組内容の詳細も覚えていません。たまに暇つぶしに見ていた程度だったと思います。
 その番組に、あるコーナーがありました。僕の頭にわずかに残っている番組内容です。それは出演者だか、参加視聴者だか、が『ドッチボールをする』というコーナーで、皆さん真剣にドッチボールをしていたと思います(ひどいことにそれすら、詳細は記憶にありません。)。

 それがどうした?と思われるでしょう。

 問題は(問題なのかな?)は、そのコーナーが始まる際に、毎回この番組の司会者である所ジョージさん(だったと思います。)がするタイトルコールにありました。
 なんのことはない『今からドッチボールコーナーが始まりますよ!』という趣旨のコールなんですけど、その際、しかも僕の記憶によると毎回、-毎回です。-、所ジョージさんがこう叫ぶんです。
 
 「にほん、ドッチボールきょうかい、りゃくして、ニドボッキ、こうにんっ!パオパオチャンネルうう、ドッチボールう、たいかい~~~!」

 僕は、当時この『略称』を始めて聞いたとき弾かれたように呵呵大笑してしまいました。
 「うわはははは!『略してニドボッキ』!、うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、がははは!』
 番組の中では、なぜかこの略称には特に誰も笑わず触れず、という感じで、すんなりと『怪しげなプレイ』なんぞではもちろんなく『真剣にドッチボールをプレイする』コーナーへと入っていくんです。
 それにもめげずに、毎回所ジョージ氏は必ずこのコーナーのタイトルコールで、『ニドボッキ、こうにんっ!』と咆哮されておりました。
 僕は僕で、この略称に心を鷲摑みに摑まれてしまい、毎回毎回ひっくりかえって大爆笑しておりました。
 正確なことを言えば、略しても『ニドボキ』あるいは『ニドボーキ』になるはずなのに、そこを強引に独自の解釈で『ニドボッキ!』と言い切ってしまう、氏のニドボッキな、もとい、イッポンギな男気にも痛く感じ入ってしまいました。

 
 さて、先日のことです・・・。
 電車の中で、ボーっとしていたら、あれ?とふと自分が『思い出し笑い発作』に襲われていることに気付き、慌てて表情を整えました。そのとき、はて俺はなんで今思い出し笑いをしていたんだ?と、珍しくいつもより冷静に自問自答してみて愕然としました。
 その時、僕はなんと頭の中で、
 「にほん、ドッチボールきょうかい!りゃくして、ニドボッキ、こうにんっ!パオパオチャンネルうう、ドッチボールう、たいかい~~~!」
 とハイテンションで叫んでたのです。

 ええ、俺って、なになに?どうなってるの?いま、2013年だから、ええ?少なくとも24年間はニドボッキで笑い続けてるってこと???十年一日どころではないですぞ?

 にじゅうよねんかんもニドボッキ・・??

 あり得ん!

 僕は、自分という人間の内容の無さに、そうだなあ、つまりなんと申しましょうか、自分はこの24年間で、就職したり、病気したり、ビール飲んだり、残業したり、社内恋愛したり、予算を作ったり、失敬したり、もんじゃ焼き食べたり、失恋したり、テキーラ飲んだり、結婚したり、決算を狂わしたり、失禁したり、風邪ひきましたって嘘をついて会社を休んだり、子供ができたり、いろいろなプレイをしたり(いや、その、ラグビーとか、キャッチボールとか、です。)、とにかく多種のことをして多様に頭と心を働かせてきたのに、それらことどもは全て『ニドボッキ』には適わなかったのだ!!、『ニドボッキ』の前に俺の24年間の脳内活動は哀れ一敗地に塗れたのだ!!という思いに、しばし唖然悄然としてしまいました。

 ・・・・全くくだらない男です。

 でも、やっぱり、『ニドボッキ』にはにやにやしちゃうよなあ。『つまるところ氏は、いかなる状況をもって斯様な言葉と定義せんとするものなのであろうか?』なあんて、自分なりに深く考察してみちゃったりしてね。

 尚、僕が言われているように『スケベなひと』かと問えば、どっちかというとそっちは淡白で年齢に比し旺盛さにやや欠けて残念である、という感じのほうなので当たってはいないんじゃないかなあ?と思っています。
 いや『自己保身のためのポーズ』じゃなくて・・・真剣に、そう思います。


=== 終わり ===


 
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緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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