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白昼。①

 先日、白昼、凄いものを目撃してしまいました。
 
 当日は、確か平日のよく晴れた日で、僕は先を急いで雑踏の中を歩いておりました。
 それは、ふと僕の目先の雑踏の風景が少しだけ開けた瞬間に眼に飛び込んできました。
 その人は若い女性で、僕のほんの5メートルくらい先にいて、ブラウスに長めのタイトスカート、パンプスを履き、そのスタイルのよさを披露するかのように、背の中ほどまである黒髪を風になびかせ、かつかつかつっ、きりりっ、と先を急いで歩いていました。
 普通です。
 普通にある『街で見かけた美女』風、です。

 でも僕の視線はその女性のお尻の部分に一瞬にして吸い寄せられてしまいました。
 僕は、眼を瞬かせて、その光景をしばし疑い、そして、驚愕しました。別にその女性のお尻が特にセクシーだったから(セクシーでなかった、とは言いませんが)、とか、僕が異常に女性のお尻に執着があるから(女性のお尻が嫌い、とも言いませんが)、とかいうことではありません。
 僕の視線の先には、タイトスカートのウエストの部分からひらひらと舞う、『70~80センチ大のトイレットペーパー』があったのです。

 女性は、あきらかに気がついていません。トイレットペーパーは女性の、かつかつかつっという歩きにあわせ、微妙に右に、左に、交互に、その舞う方向をリズムカルに変えながら、ひらひらと宙をなびいています。
 僕は、驚愕しつつも、しばし、その『ひらひら』に視線を奪われてしまい、思考停止してしまいました。

 白昼、女性の腰に舞うトイレットペーパー・・・、その有り様は、あたかも腰にしっかりとしがみついた『妖怪・一反木綿』のようです・・・。いや、『一反』には長さでは到底及ばないので、そうだな、『妖怪・サンプル木綿』、といったところです。
 サンプル木綿は、太陽の光を浴び、その白さを誇るかのように、眼にも眩しく舞い続けます。

 僕は、妖怪・サンプル木綿に驚愕し、一反、いや、一旦、頭の中が晒した木綿色のように真っ白になったあと、はて、なんでこんなことが僕の前で起こっているのだろう、と理解しようと勤め、しばし、ははあ、なるほど!と勝手に心中合点しました。
 実は、信じがたいことに、僕も全く同じ結果を招いた経験があったからんです。
 その時、僕は、トイレの個室で用をすませ、トイレットペーパーでお尻を拭いて、ズボンを履き、個室のドアを閉めていつものようにトイレを後にしました。と、トイレを出て数歩のところで、背後に違和感を感じ、振り返ると背中のズボンの腰からトイレットペーパーが1メートルくらい出ているじゃあないですか。どうやらトイレットペーパーを使用してそれを切った際、どういうはずみか、使用した後の『ロールのほうに残っていた端っこ』をパンツを履く際にカラカラと『巻き込んで』しまい、巻き込んだことに気付かずに、個室をあとにし、巻き込まれたロールのトイレットペーパーは、しばし、引きずり出され『長さを稼いだ』あと、個室のドアを閉める際に切られた、ということのようだったんです。だから、『腰から1メートル弱のトイレットペーパーが垂れている』という構図(僕に言わせると『腰から垂れている』方は、メインではなく、『パンツに誤って巻き込まれたトイレットペーパー』がメインで、垂れているのはその残滓、なんですけどね。ま、どっちでも一緒です。)になったわけです。

 僕は、世の中の女性一般の個室での用足しには全く詳しくないので、僕のケースと彼女の妖怪・サンプル木綿とが同じ因果関係にある、とは断言できませんが、おそらく過程はともかく、『最終局面的』には同じことが起こったのだろう、と勝手に合点しました。
 しかし、僕が合点したところで、眼の前のサンプル木綿のたなびき、は別に無くなりません。あまりの隠し立てなしの(まあ、気付いてないんだから当たり前ですが)、堂々としたサンプル木綿の前に、僕は、結局合点はしたものの、ただただ凝視するだけでした。
 どうも周りの人も同じような状態みたいで、誰もその女性に関わろうとしません。
 依然、かつかつかつっ、ひらりひらり、は続行中です。
 そして、こういうときに限って間の悪いことに、女性の歩く方向と、僕の歩く方向は暫時同じ方向です。僕は意図せずして、サンプル木綿に、三歩下がってなんとやら、という風情で追従していく形をとっていました。

 さて、これから、どーする?
 僕は、眼の前の、妖怪・サンプル木綿の動きを眼で追いかけながら、しばし、考えました。
 
 ①そばに言って、肩をたたき、『すみません、後ろからトイレットペーパーが出てますよ。』と言う。
  ・・・いや、いかんでしょう。こういうのを異性に指摘されるのは、女性は恥ずかしいんでは?女性から指摘されたら恥ずかしくない、ってこともないだろうけど、どうせなら同性から指摘されるほうがいいに違いない。よし、異性からの指摘でも、こんな白昼の雑踏の中、というのちょっとまずいんじゃ・・・。もっと人影の少ないところでの指摘のほうがベターだろうし。きっと、ここにいる周りの人も同じように考えているに違いない・・・。
 これは、やめておくべし。

 ②背後まで接近し、女性が気付かないように、そっと、妖怪・サンプル木綿をちぎる。
  これは、なかなかの上策と思われます。なぜなら、そっとちぎって『無かったこと』にできれば、女性は、妖怪を腰からなびかせて街中を歩いたこと事態、未来永劫気付かずにすむ、わけです。せいぜい、次にスカートをお脱ぎになるときに、妙に半端に長いトイレットペーパーが、つまり妖怪の頭部が残っていて、『???』と思うだけでしょう。これはなかなかいいです。しかし、待てよ・・・。これは彼女のとって『見知らぬ男性』である僕としてはリスクが大きすぎないですか?だって、首尾よくいけば大団円ですが、もし、引きちぎるときに女性に気付かれてしまったら・・・・。女性が『お尻に何かが触れたような感触』がきっかけで後ろを振り返ると、そこには不自然に近い距離に立っている、しかも、トイレットペーパーを片手に握りしめた男性が・・・・。これは、かなりの確率で警察の厄介になる構図です。僕の知る(といってもその数は非常に知れてますけど)範囲では、『自分が妖怪・サンプル木綿をスカートのウエストからたなびかせて歩いているかもしれないと、いつも考えている女性』はほぼ皆無だからです。だから、彼女や警察にいくら事情を説明しても信じてくれない可能性は高いです。ましてや、説明の仕方によっては、『これはあなたの妖怪・サンプル木綿を退治したものである!』だの『嘘だと思ったら、いますぐスカートの中をご確認したまい、あなたのスカートの中にはトイレットペーパーが10センチくらい残っているはずである!』だの、と言い訳したら、まず痴漢・変質者扱いは逃れられないでしょう。
 ふむ、これもやめておくべし。

 ③このまま、今いる周囲の人、のみならず、未来の彼女の周りの人、とも『無言のうちの善意のコンセンサス』を取り、彼女が自分で気付くまで放置してしまう。
 ・・・・僕自身の場合を考えてもこういうのは他人から指摘されるのはやはり恥ずかしいものです。少なくともその指摘した人、とそのとき周りにいた人、には妖怪・サンプル木綿を従えて歩いていてこと、を見られてしまったのは『認めざるを得ない事実』だからです。今いる人も、未来の彼女の周りの人達も、見てみないふりをし続け、彼女が自分で気がついたなら、それは、それで、恥ずかしいでしょうけれど、『誰に見られていたか』という『目撃者の具体性』、は排除できるし、ひょっとしたら、論理的にのみですけど、『万が一にも、指摘されなかったんだから誰も気がついていなかったんじゃないか』という『妖怪・サンプル木綿、推定無罪の論理』も彼女の考え方次第では成り立ち得る、かもしれないじゃないですか。(実際には、こんなしがないブログで僕によって世間にさらされちゃってますが。)それに、この方策から導き出され得るもっといい結果は、『最後まで彼女自身も気がつかない可能性がある』というところにあります。すなわち、現在も未来もみんなが指摘しないうちに、彼女が次回の用足しにいくわけです。そこで、用足しの準備をしたとき、妖怪は音もなく、はらりはらりとトイレの床に落ちます。彼女はそれが自分の腰で数時間、虚空を舞わせていたものであることに気がつくどころか、それを見て『前任者の忘れ物』とみなし、『まあ、最近マナーの悪い人が増えたわね、こんな長いトイレットペーパーを床に散らかしていくなんて!失礼しちゃわね!』となり、さしもの妖怪・サンプル木綿もこうなってしまっては、哀れトイレの床に以前から転がっていた塵芥と帰してしまう、わけです。しかも、繰り返しますが、彼女は、自分が妖怪・サンプル木綿を白昼腰から泳がせていたことも知らないままに終わることができる、のであります。この方策は、現在と未来の彼女の周りの人も何もしないでいてくれること、という壮大なコンセンサスを前提とすることを除けば、ベターな方策と思われました。
 うん、これは、いいです。

 結局、僕は、散々心をかき乱された結果、妖怪との接触も対決も回避し彼女のためにも『何もしない』ことを良しとする結論を選択しました。
 ・・・というとなんだか聞こえが悪くないかもしれないですけど、とどのつまり、しこたま理屈をこねて、面倒な事を避けた、ってことですね。
 しばらくすると、彼女は僕と袂を分かち、違う方向へ歩いて-もちろん、妖怪を引き連れたまま-かつかつかつっ、ひらりひらりひらり、と去っていきました。
 そのあと、一体どうなったのか、大いに興味はありますが、僕としては、『妖怪・サンプル木綿、哀れ架空の前任者のマナー違反と散る』ように祈りつつ、見知らぬ彼女との別れを果たしました。

 ただし、僕がもし、トイレットペーパーをお尻にぶら下げていたら指摘してください。少し恥ずかしいけど、僕はほかにも見た目に恥ずかしいところがいっぱいあるので、たぶん大丈夫です。
 是非、ご指摘お願いします。

 それにしても、すごいもの、見ちゃったなあ。

===終わり===
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コメントありがとうございます。

コメントありがとうございます。そうおっしゃいますが、いざサンプル木綿を前にすると、なかなかできないもんなんです。でも、中央線特快様ならできるかもしれないですね、はい。

No title

ぼくなら爽やかに、かつ明る指摘、、、するかなあ。
その女性の印象によりけりだな。
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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