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ブラックレイン。②

 さして好評でなかったにも拘わらず、前回書いた話に自分でインスパイアーされてしまい、今回も尾篭なお話です。
 例によってお食事前、お食事中の方は読まないでください。

 この話は、僕の父親に読まれちゃうとちょっと困るんですけど、幸いに、僕の父親は21世紀のこんにちにあって、パソコンどころか、ファックスも使いこなせない『昭和然とした男』なので、まず、安心して書いてしまうものであります。
 僕の父親かずまさは、月に一回程度、結構な遠隔地に蕎麦打ちに通っています。行くと、かなりの量の蕎麦を我が家にも分けてくれます。『つなぎ』を使わない蕎麦粉100%の蕎麦であるぞ、というのが(毎回言われるんです。)、『昭和然とした男』かずまさの自慢です。
 生蕎麦、ってやつですね。

 春まだ浅い先日も、かずまさが蕎麦打ちに行った日に何パックかの蕎麦をわけてくれました。土曜日だったと記憶しています。
 蕎麦を受け取ったさい君は、冷蔵庫がいっぱいだ、とかで、家の中でも比較的に安定して気温の低い玄関に蕎麦を置きました。何故そういう経緯になったのかは、もう忘れましたけど、土曜日にもらった蕎麦を食べたのは、結局のところ、月曜日の夕食で、でした。
 月に一回蕎麦打ちに行っている、と言っても、そこは素人ですから、出来不出来、があります。今回のかずまさの蕎麦は、麺の長さが全然なってなくて、茹でるとぶつぶつと切れて、なんだかみんなマカロニみたいな長さになってしまいました。
 「これ、箸では食べらんない。」
 今このブログを書いている横で、アメリカのドタバタアニメをテレビで観ながら爆笑している、やや精神年齢に不安のある息子は、そう呟いて、スプーンを持ってきて、蕎麦を『掬って』食べ始めました。それでも、僕も息子も蕎麦好きなので、つつがなく食事はすすみました。さい君も、僕と結婚して日本に来てから蕎麦好きになりましたが、その日は、ダイエットだ、とかなんとかいう理由で、かずまさのマカロニ蕎麦は食べませんでした。
 と、僕と息子がマカロニと格闘している食卓にさい君が寄ってきて、ふと、言いました。
 「だいじょうぶだった?」
 「へ?なにが?何であるかね?」
 この、ミゼラブルな麺の長さのことかな・・・?
 「いやね、茹でるときに、ちょっと臭ったの。」
 「え?いや、美味しいよ。なあ、フジ?」
 「うん、短いけど、美味しい。」
 息子は、スプーンで一所懸命蕎麦を掬いながら言いました。
 「そう、じゃあ、残りも全部茹でちゃうね。」
 かなりの量を食べてから、『茹でるときに臭った』と報告するのも、なんだかアナーキーな言動ですけど、僕と息子はその後も追加で茹でられたマカロニ蕎麦をかたじけなく、ふたりで平らげました。

 その夜・・・。
 すでに寝付いていた僕は、夜中に、ふと、胃のあたりの膨満感と、食道のあたりの胸焼けを感じて、目を覚ましてしまいました。 
 しかし、あまりきつい感覚でもなかったので、僕はこれらの違和感に『気付かなかった』ふりをすることに決定して、再度寝ようと試みました。でも、膨満感と胸焼けは、じんじんと増してきて、なかなか寝られません。
 と、その時、僕は気付きました。さい君と僕の間に寝ている息子がなんだか挙動不審なことを。
 いつもよりも激しく寝返りを繰り返していて、どうも熟睡していないみたいなんです。あれ、こいつ、どうかしたのかな?と僕は、暫時、自分の違和感を忘れて、寝られないことも手伝って息子を観察していました。
 すると、息子の寝返りと挙動の不審さは、だんだんと激しさを増してきて、うつ伏せに寝ていたかと思うと、突如がばっと半身を起こし、そのまま布団の足元の方向へ、今度は仰向けに、どう、と倒れたりし始めました。
 そのうち、寝返りだけではなく、
 「ううう・・・おなか・・いたい」 
 と呟き始めました。
 息子も向こうのさい君は、気持ちさそうに熟睡しています。
 
 ことここに至って、僕は、これは『気付かないふり』どころの状態ではなく、『ははん、俺とこいつは、蕎麦にやられたな』と認めざるを得ませんでした。
 息子は、相変わらず、挙動不審で、僕も自分の気持ち悪さから彼の気分は推して知るべしで、大いに同情しつつも、特にこれといった手立てもなく、ふたりで、布団のなかで、もぞもぞとすながらしばらく過ごしました。
 と、それまで暫時無言でもぞもぞしていた息子が、がばりと半身を布団の上で起こしました。ああ、またこいつ、『やられた!』みたいな感じで仰向けひっくり返るな、と思ってみていたら、さにあらず、今度は起き上がったまま、一瞬固まったかと思うと、こう言いました。
 「う・・は・く・・」
 え?僕は起きていたことをいいことに、咄嗟に半身を起こすと、片手を彼の口の下に差出しました。我ながら年齢に似合わず、なかなかの反射です。果たして息子は、彼の『予言』に違わず、言うや否や大量のマカロニ蕎麦を戻してしまいました。そのあまりの量に父親の健闘もむなしく、吐瀉物は僕の掌におさまらず、彼の枕の上に溢れ落ちてしまいました。動きのとれなくなった僕は大声を出して、さい君を起こし、まず驚いて、それからやにわに事態を把握して雑巾を取りに走った彼女が戻ってくるまで、息子の吐瀉物を手にしたまんましばらく止まっていました。

 ところで、人間の咄嗟の認知というのはなかなか面白いものです。
 僕が、息子の戻したマカロニを手で受け止めたときに、反射的に頭に浮かんだ感情は、今思うと予想外で、なかなか変わった類のものでした。
 「うわ、布団が汚れる!」
 でも無く、
 「ああ、苦しいよな、可哀想に。」
 というような美しい親の愛情の発露の如く、でもなければ、
 「うわあ、やべえ、俺も『もらいマカロニ』(仮名です、推測してください。)しちまうよ。」
 と、いうようなものでもありませんでした。
 すなわち、僕が、その瞬間思ったことは、
 「お・・・こいつ・・ほう、そうか・・なかなかやるなあ。」
 というものだったんです。

 何故僕がそういう風に感じたかというのは多少の説明を要します。即ち、息子は、
 「うう、おなかがいたい」
 と唸っていっるときは、今思うと、ほぼ全て日本語だったんですけど、もどす直前に搾り出すように『予言』した、
 「う・・は・く・・」
 という言葉は、僕にとっての外国語である、さい君の母国語だったんです。
 それを聞いた僕は、手が汚れてしまったことや、枕が汚れてしまっていることや、自分の気持ち悪さもいい加減限界に来ていること、などという事実にも拘わらず、『おお、こいつ、俺と違って、やっぱりネイテイブ・スピーカー!』と妙に感心してしまったんですね。
 だって、『肉体的に苦しみながら咄嗟に緊急事態を伝えなくてはならないとき』には、普通マザータンが出てくるもんだと思うから、です。
 『訳してる』暇なんかないでしょう?

 尚、その後、程なく、僕も息子と同じ症状を呈し、しかし、そこは大人ですので、粗相なく、トイレで処置しました。
 いや、なかなか苦しかったです。
 今回の苦しさは息子にとってもかなりのものだったようで、ドタバタアニメをこよなく愛する幼い息子も、
 「蕎麦で、パパとフジがたいへんなことになっったことは、じじに言わないほうがいいよね?」
 と珍しく、大人びた配慮までしてました。

 と、いうわけで、今回のことで僕が学んだのは、

 ①息子は、少なくとも咄嗟に『吐く』というときは、さい君の母国語のほうが心情にしっくりくるようである。
 ②生蕎麦は、冷蔵庫に保存し、かつ、その日に食すべし。

 と、いうことです。

===終わり===
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緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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