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送りバント。

 中学一年生の、それも一学期だったと思います。英語の時間で、ちょうど『英語で数を数えましょう』という授業でした。

 部員曰く、二死一塁なのに送りバントのサインを出したことのある野球部顧問の新山先生(愛称、にいやまくん)は言いました。
 「・・・ときて『むっつの』はsixth、『16』はsixteen、『60』はsixtyやね・・・・で9は、9はね、ほとんど法則どおり他の数字と同じで、『19』はnineteen、『90』はninetyだけど、『ここのつの』だけは何故かeが綴りに無くて、ninthなんやね。・・・これはそういうもんだから覚えないとしょうがない。」
 と、そこで一呼吸おいて、にいやまくんはさらに続けました。
 「なぜか『ninthだけeが、ないんす』と覚えておけばええね」。
 この一言はさすがの中学一年生にも受けず、そのくだらなさに教室は失笑で満ちました。
 僕も、
 「うわわああ、くだらねえ!」
 と心底思いました。

 ある日、普段僕とは日本語では殆ど会話しないさい君が突然こう日本語(らしきもの)で僕にこう言いました。
 「エエト、ワタシブタショー。」
 これなんだかわかりますか?僕は全然わからない。それで何度も聞き返しました。しかし、さい君は信念をもって、
 「ワタシブタショー!」
 を満面の笑顔で、しかも何故か得意気に繰り返すばかりです。
 はて困った、さい君は一体何を言いたいんだろうか・・・・・?
 「あのさ。」
 「うん。」
 と自慢げに、にこにこするさい君です。
 「ブタショーって何?」
 「え?ブタショー知らないの!?」
 知らないです、そんなの。
 「今日、日本語学校で習った・」
 「え・・・?」
 なんだそら?

 さい君はどうも『習った言葉は勇気を持ってすぐ使うべし』という巷間よく言われる『語学習得の王道を実践しているつもり』のようだ、ということはおぼろげながらわかってきました。
 「あのさ、それってどういう状況での会話?」
 「ええと、例えば、」
 「うん。」
 「今日はすんごく、」
 「うん。」
 「寒いので、ワタシブタショー!」
 ・・・・寒いから豚ショウ????
 「ええ、こほん。そんな日本語はないと思われます。」
 「ええ、おかしいなあ、外にでるのが億劫なことを日本語でブタショーっていうでょ?」
 ・・・???・・・!
 「あのさ、」
 「うん。」
 と、まだにこにこするさい君です。
 「それって、ひょっとして『デブショウ』じゃない?」
 「あっ!!!そうそう、デブショウ!キョウワ、サムイカラ、ワタシ、デブショ-!」

 こういうのって他の方はどうだかわかりませんが、僕には確かに覚えがあります。
 すなわち、英単語やさい君の母国語の単語を覚えるときに、その単語の音やイメージに近い自分の日本語の語彙をねじ込んで頭にとりあえずインプットするってやつです。
 例えば、『sick』っていう英単語がどうもうまく頭に入ってこないときに、
 『シックになって検尿が必要でオシックを検査した』
 なんてこじつけるわけですね。それでまず、ファーストインプレッションを形づけて、
 『sick→オシック→オシッコ→検尿→病気』
 と、迂回しつつも強引に頭に単語の、音と意味を、同時に植え付けるわけです。
 そのうち、慣れてくると記憶を起こす作業上の変換機である『オシッコ』だの『検尿』だのをイメージの中でだんだん飛ばしていってショートカットできるようになって、ついには『sick→病気』という『本来望むべきの記憶』が僕の頭の中で完成するわけであります。

 推測するにさい君も『出不精』を覚えるのに、-彼女たちは漢字がわからないので、音で覚えるしかないですから。余談ですが、日本語で育った人間が中国語を学習するとき、アルファベットなどを使用する漢字言語圏以外から来た人たちに比べて大きな優位性があり、中国語習得が相対的にあきらかに早かった、と『漢字でない言語圏』から中国に語学留学したさい君がいつも言っています。漢字の大半が象形文字、指事文字、会意文字であって普段僕たちは音だけではなく、視覚でイメージを得ている、ということを改めて思います。余談でした-、こういう作業をしたと思われます。

 ①本来の意味のとおりの『出』と『不精』に分解せずに、『デブ』と『ショー』に音を基準に分けた。

 ②『デブ、デブ』と連想しているうちに、どういうわけか、デブ→肥満→豚と日本語の『豚』が変換機として出てきてしまった。

 ③『豚がショーで、デブショー』と頭の中で繰り返しいるうちに『デブ』という日本語と『豚』という日本語が彼女の嗜好回路の中で『漏電』をなした。

 ④而して、僕に披露するこ頃には『外に出るのが億劫だ』という日本語が、あら不思議『ブタショー』に変化してしまっていた。

 ・・・・・ということのようです。

 でも、こういう試行錯誤は重要ですよね、そのことで、結局は正しい記憶が彼女の回路に訂正して上書きされたわけですから(たぶん)。

 僕も中学一年のときの、にいやまくんの話のあまりにもくだらなさに、それ以来9の序数を表す英語の綴りには『e』がなく『ninth』である、ということが堅牢に頭にインプットされて現在まで忘れたことがありません。
 『ええ、ほんとかよ?』と思われた方は、是非英和辞書で『19』と『90』と『9の』を引いてみてください。本当に『ninthだけeがナインス』なんです。
 それで、じゃあ、その知識のおかげで僕が人生においてなにか得したことがあるか?というと特にないような気もしますが、それはまた別の次元の話だと思います。

 尚、蛇足ながら、部員曰く、そのにいやまくんの二死一塁での送りバントは忠実に実行されましたが、全く送りバントを想定していなかった敵チームの動揺のあまりのエラーを誘い、挙句、二死一、二塁というナインスな、もとい、ナイスな結果になったんだそうです。
 人生、何が起きるかわからないものです。

===終わり===
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コメントありがとうございます。

あれ?そうですか、関東では、言いませんか???そうかなあ。言うでしょ??ええと僕が「どこ方面系の人」かは内緒です。

No title

関西人はふとったことを「豚になった。」なったいいますね。
緑さんは関西系なので結びついたんでしょうね。
ちなみにデブタレントの伊集院静が言っていましたが、「デブ」といわれても何も感じないが、関西人に「ブタ」と言われると傷つくと言ってました。関東人の私には解る感覚です。
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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