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ブーゲンビリアを覚えていますか?

 僕がさい君の母国に行った最初の機会は、24歳のときの海外出張でした。

 のちに20代の終わりに独身で駐在し、僕にとって謂わば『遅まきの青春時代』(慣れない出向先工場現場での勤務-僕の会社の本業は製造業ではないです。何業かというとまあ、虚業ですね。-や、突然降ってきた僕だけという日本人ひとり体制、主たる客であるフランス人との英語での会話、現地語の習得、などまさに我ながら獅子奮迅した時期でした。)を送ることになるその国に対して僕が訪れる前に抱いていたイメージは、ひとことでいうと『トロピカル』でした。
 すなわち、極彩色の花がそこかしこに咲き乱れ、その花には日本では見られないような綺麗な何種ものアゲハチョウが群がり、辺りの木を揺らせばコーカサスオオカブトのような面妖な角を持った巨大な昆虫がばさばさと落ちてくる、といったものでした。なにしろ、赤道直下、南半球の都市、ですから。
 しかし、初めて行ったその出張で、脆くも、しかも、粉々にそのイメージは打ち砕かれました。その都市が首都、ということもあったんでしょうけど、目に付くものは、新しくできたばかりの、或いは建造中の高いビル、とあきれるような交通渋滞、太陽はかんかんと照っているのに終始どんよりと白く薄汚れた低い空、ばかりでした。ずいぶん図鑑の内容と話しが違うじゃないか、と空港を出てほどなくで早くも思った覚えがあります。
 
 その数年の後、僕は縁あってその国に駐在することになったわけですが、駐在したからといって目に付くものは出張していたときとほとんど変わらず、ひとことでいうと『急激に経済発展を遂げる南の途上国』という景色ばかりでした。それは、勤務していた工場は郊外にあったので、日本のそれの2倍はあろうかという大きさのゴキブリ、おなじく巨大なネズミ、カメレオン、毒蛇、大人の腕ほどの太さもあるオオトカゲ、など―なぜか『地を這う方面系動物』ばかりでしたが。―にこそ遭遇はしましたが、僕の当初のトロピカルなイメージとは程遠い環境でした。
 それどころか、駐在してみてわかったのは、そいういう景色が、一年中、いや僕に言わせると『一年中』というのは一年すると環境が一周する場合に使うべきものなので、むしろ『毎日毎日延々と』ですね、繰り返される、ということでした。だいたいが季節は『雨季』と『乾季』の二つしかなく、しかし、雨季と言ってもスコールが、どしゃっ、と降って、さっと止む、という違い以外に法外に暑い、のは乾季と変わらないので、季節なんかひとつしかないようなもんで、その国の人たちは『生涯、夏。以上。』という感じで、いやいや、これまた僕に言わせると『夏』はその前後にある『春』や『秋』やその対極にある『冬』という気候があっての『夏』なので、夏じゃないですね、ええと、そんな言葉があるかどうかは知りませんけど、『生涯、熱季。以上。』という感じが一番近い、かと思います。

 しかし、そんな、暑さと変わり映えもしない光景の中で、ひとつだけ、僕が魅入られた熱帯独特の生息物がありました。
 それは、ブーゲンビリアの花です。

 ブーゲンビリア
  アメリカ大陸熱帯雨林原産
  オシロイバナ科ブーゲンビリア属
  半つる性の熱帯性の低木
  日本では沖縄、八重山諸島などで見られる
  花言葉『情熱』『魅力』『あなたしか見えない』
(他にもありますが、ここでは都合の良い花言葉だけ並べます。)
  名前の由来Bougainville

 この花は、大気汚染にも強いのか、手入れが要らないのか、その国の気候にあっているのか、とにかく、そこかしこで咲いていました。花の色は、白、濃いピンク、藍色、橙色、などで、低木性とはいえ、大きなものでは、数メートルにもなりました。
 今僕は『花の色』と書きましたが、実はこの木の一般に『花』と思われている部分、つまり、白、濃いピンク、藍色、橙色などに変色している部分は、『葉』や『がく』に近い部分、でようく見るとその変色した三枚の葉に囲まれて、おしべのような直径5ミリくらいの可憐なたいていは白い、『本当の花』が三輪ほど咲いています。
 以前、フラワーアレンジメントを職業にしている日本の人にその話しをしたら、そうなんです、本州では葉の部分の変色はするけど気候が合わないのでほとんど『真ん中の小さな本当の花』は咲かないんです、って言われていました。なるほど、日本の花屋さんなんかにあるブーゲンビリアを注意して見ることがあるけど、だいたい『花』は咲いてないですね。
 現地では、野生で群生なんかしてると、色濃く萌える緑の葉に、鮮やかに色づく葉、その中で小さくもしっかりと存在を示す、白い花達、はとても自然の造形物とは思えないほどの壮観で、南国気分を期待していた当時の自分の心情にもとてもしっくりきて、僕はすっかりこの花が御気に入りになり、愛でるようになりました。ただ愛でるだけではなくて、ほぼ僕しか役員が出勤しないのをいいことに、自分でお金を出してこの木を買ってこさせ、工場の植え込みの空いている部分に植えてしまいました。
 ところで、そんなに素敵な花だから現地の人にも愛でられていたか、というと、これが、どうもさっぱり、のようでした。思うに、それは、ブーゲンビリアの実力不足ではなくて、やっぱり『いつも、あたりまえに、そばにある』という普遍性のせいだと思います。日本人が、毎年その時期にそうなるのはわかっているくせに、やれ桜が咲いたといえば、桜を愛でる名目でろくに花も見ずに桜の木の下で盛大に酔っ払い、やれ、金木犀が香るといえば鼻をくんくんさせてにこにこしたりする、のは、それらに限られた命を感じるからではないでしょうか。
 僕は、かりそめの住人なので、たいそう愛でるあまり、ブーゲンビリアを工場に無断で植えてしまっただけではなく、近くに咲く別の気に入ったブーゲンビリアの木をみつけ、20~30枚も写真をとって、その中で、一番いいと思われる写真を見開きの右に、左にその木から失敬した数輪の花の押し花を貼り付けたカードを作り、当時、赤道をはさんだ遠距離恋愛で日本に残してきた恋人に送ったりもしました。残念ながら、そのカード送付の甲斐もなく、彼女、三宅奈美さんです、の心は僕から離れてしまい、他の男性と結婚しちまいました。だからといって、ブーゲンビリアには何の罪もないです。もちろん、最終的にひとりしか配偶者に選べない、という日本の結婚制度に真摯に則った結果、僕を選ばなかったから、といって三宅奈美さんが責めを負う謂われもないです。三宅さんは目のパッチリした色白の美人だったので、複数の魅力的な選択肢が彼女を迷わせたであろうことは、想像に難くないから、です。でも、損しやがったな、しょうがないやつだなあ、と思わないことも・・・。
 Bougainvilleさんが生きていて、このことを知ったら何て言ったでしょうか?
 「おまえ、みかけによらずロマンティックだな。」
 かな、それとも、
 「なあ、おまえ、やることはやったよ。」
 かな、あるいは意外に東洋思想なんぞに嵌っていて、
 「押し花などけしからん。無益な殺生は慎みたまえ。」
 なあんて言ったりしてね。
 ええと、三宅奈美さんとの話は、まあ、このくらいでいいです。

 図鑑によるとそこにいるはず、のコーカサスオオカブトには駐在中とうとう一度もお目にかかれませんでした。そして今、僕はブーゲンビリアの花には囲まれていません。でもこの花は僕にとって、今でも、僕の『灼熱の地で過ごした遅まきの青春の日々』と、その『青春時代の終焉』の象徴なのです。
 いつの日か、かつて毎日通った工場に行き、僕が植えたブーゲンビリアがまだ咲いているか、確認したいと思っています。

 尚、Bougainville(ブーガンヴィル)さん、というのは18世紀に世界一周を果たしたフランスの探検隊の船長さんです。この探検隊がこの花をソロモン諸島で(場所は諸説あるようです)『発見』し、その存在に探検隊の船長の名を冠してフランスに持ち帰り、その後これが花自体の名となって名前だけが世界中にあまねく逆輸出された、というわけですね。
 僕は、法螺も吹くし、話を大きくしたりするするのは嫌いじゃないですが、この由来はほんとうです。

===終わり===
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緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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