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御代川さん。②

 僕の名字が『比較的に珍しい』ことに起因する話、の続編です。

 そういう経験は他の人にもあると思うけど、僕は思春期のある時期、自分の先祖についてなんだか興味をたくましくしたことがあります。と、いうのも、前回、僕と同じ姓で、平家の落ち武者を先祖に持つ人がそのいわれを滔滔と語ることについて書きましたが、なるほど僕の名字は、僕が学校で習った範囲では歴史上に現れたりするような名前ではありませんが、その使われている漢字の一部から『いかにも侍っぽい』成り立ちを想像させるからです。歴史上に名を残すような名家ではないとしても、きっと勇ましい出自を持つに違いない、と僕はその漢字の持つ印象から期待し始めました。
 それで、たしか、中学生くらいの頃、父親にそもそも『みどり家』の先祖は何者であるか、と聞いたことがありました。すると『何事につけてもEASY GOINGな』父親かずまさは即答しました。
 「あ、先祖?ああ、かいぞくだ、かいぞく。」
 おお-、海賊!
 いいぞ、と僕は思いました。客観的に考えると海賊というのは掠奪を生業としているわけで、誉められたもんではないですけど、なにしろその頃の僕は自分の先祖について『客観的に考え』られるような年齢でも心情でもなかったので、極主観的にその勇ましさにわくわくしました。ううむ、悪くない。父親は満州うまれだけど、その前は北九州と聞いていたし、引き上げてきて落ち着いたのは下関だから、きっと、瀬戸内海や壇ノ浦あたりを縄張りに暴れ周り、戦国時代のどさくさかなんかにまぎれてその姓を名乗りはじめたに違いない。『海賊』というある種アウトローであるという属性も中学生の男の心情にはぴったりでした。俺は瀬戸内を暴れまわった海賊の子孫なのだ、と僕は勝手に状況まで拵えて単純に胸を躍らせました。
 ところが、その『胸躍らせる先祖の話』に冷や水を浴びせるような出来事が高校の地理の授業で起こりました。そのとき、どういう経緯かわかりませんが、地理の友利先生は『日本人の名字について』講義してくれていました。曰く、
 「今の日本人はほぼ明治維新後の戸籍を作成したときに適当に名字をつけた子孫と思って間違いないです。ま、このクラスくらいだったら100%そうでしょう。」
 というのです。いやいや僕は違います、海賊の子孫です、と今にも言おうとした僕を差し置き、友利先生は続けます。
 「しかも確率からいって、ほぼ全員農民の子孫ですね。だいたい字でわかります・・・ああ、このクラスでいうと『みどり』なんて間違いないですね。お百姓さんの子孫です。だいたいこういう名前は明治以前にはなかった名字ですし。」
 友利先生の話では、僕の本名の漢字のうち、ある漢字が(確かにその漢字一字に限っていうとたくさんの名字に使われていました。そしてその漢字は『侍っぽい』と僕に信じ込ませていた漢字とは別の漢字でした。)『水』を大事にする、という意味が込められていて、それは農民の証拠だ、っていうんです。
 僕は、この話にたいそうショックを受け、悲憤慷慨して、その日帰宅するとさっそく父親を捕まえて詰問しました。
 「お父さん、うちの先祖って海賊なんだよね?」
 すると、『何事につけてもEASY GOINGな』父親かずまさ、はまたしても即答しました。
 「はあ?かいぞく?なんだそれ、違うぞ。」
 ええー、違うのかよ!どうも以前の父は期待に胸を膨らませる少年の気持ちに簡単に迎合して適当なことを、つまり口からでまかせ、を言ったようなんです。
 「ええとな、元はたしかちょっとした富豪でな、今は無いが、かつては広島に『みどり御殿』ってよばれた大邸宅があって、その子孫だ。うん。とし坊がそういうのを調べるのが好きでな、調べて歩いた結果だそうだ。」
 ・・・・・うむ、いい加減なことを言われていたのは合点がいきかねますが、これはこれで考えて見ると悪くもないです。だいたいどこにいたのかもわかんない『海賊、以上。』なんてのよりも『広島の名家で、みどり御殿、というのがあった。』っていうほうが、ぐっと具体性があります。聞き様によっては海賊よりも由緒正しそうだし。ううむ、なるほど、きっと庄屋か名主階級で力をつけて富をなし、どさくさにまぎれて名字帯刀なんぞを果たしたに違いない。それ見たことか地理の友利先生よ、俺は一介の農民の子孫などではないのだ、みどり御殿の子孫なのだ、と僕はこれまた単純に溜飲をさげました。尚、『とし坊』というのは父親のすぐ下の弟で、僕の叔父さんですね。

 それから、かなり時はくだり、僕がもう社会に出ていたころのことです。
 僕の『先祖探しの歴史』に、それはそれは衝撃的な発見があったのです。ネットで歴史上の人物に僕の姓を持つひとを発見したのです。浅学な僕の知る限りでは、未だにこの人物が後にも先にも歴史上に現れた僕の同姓の唯一の人物です。しかも、その人物、ある女性です、は、さる歴史上の超有名人物、おしもおされぬ日本史上の英雄、にゆかりのある女性の長女、だったのです。
 その『英雄』とは、だれあろう、坂本龍馬、その人であります!
 御存じのように坂本龍馬は艶福家として知られていますが、龍馬に近かったある京都の女性(その女性は名前だけ残っていて、姓はなかったようです。)の長女が、僕と同じ名字を名乗っていて、自分が見聞きした龍馬のことを証言しているではないですか!ただし、歴史上の解釈では、その京都の女性は、かなり龍馬と頻繁に接触していたものの、いわゆる『男女の仲』ではなかったことになっています。また、よく調べてみるとその長女がそうである、と断定するには年齢的には龍馬がかなりおませでないとそういう想像を成り立たせるのには少し無理がありますが、僕はたいそう興奮しました。
 そして『いやいや、多少無理があるにしても龍馬が若き日にお手つきをしたのでは・・』と考えたのです。この長女が龍馬の落とし胤で、彼女が我が家の先祖だったとしたら・・・、
 「お、おれは、坂本龍馬の子孫!」
 少ない可能性ながらも、曲解に曲解を重ねて僕は、たいそう奮い立ち、沸々と血がわく思いでした。
 そうか、俺には龍馬の血が流れているのだ、どうりで、現代の確立されたシステムの中では課長にすらなれないわけだ、俺には乱世であったり、会社などというちっぽけな舞台ではないもっと大きな枠組みこそ、向いているのだ、なにしろ坂本龍馬の子孫なんだからな、と自分の会社での不遇でさえ、そのせいにして陶然となりました。
 僕は、さっそくこの事実を父親に伝えました。すると、『何事につけてもEASY GOINGな』父親かずまさは、果たしてそんなことは知らなかったようで、
 「へえ!ほんとうか!」
 と驚いていましたが、間髪を入れずに『坂本龍馬の子孫説』よりももっと衝撃的なひとことを、しかし、あっさりと言い放ちました。
 「ああ、と、でもな、俺やお前には、みどり家の血は流れてないぞ、うん。」
 へ?
 「みどりってうちに子供がなくてな、それで、俺の親父が、おまえの爺さんだな、が、もらい子されてきたんだな。それで、おふくろを嫁にもらったわけだ。昔で、いう『取り子、取り嫁』ってやつだな。うん。親父はたしか、かじたに、って家からきて、おふくろは、しおた、だったかな、うん。」
 え?ええ~~~~!そんな大事なことをなんで今頃!

 俺って誰?

 だったら龍馬ゆかりの京都の女性の話なんて、いやそれどころか、広島のみどり御殿の話も俺には全然関係ないじゃないですかっ!
 僕の、壮大な想像、いや、妄想『緑慧太、坂本龍馬子孫説』はこうしてあえなく水泡に帰しました。
 
 のちほど、この顛末を兄夫婦にしたら、なんと兄の嫁(これまた結構珍しい名前なんですけど)のうちも名字を残すために何代か前に『取り子、取り嫁』をしていて、兄の嫁にはその珍しい名字の家系の血は流れていない、ということが判明し、つまりは、兄の子供たちに至っては、『父親の名字の家系の血も、母親の旧姓の家系の血も流れていない』ってこととなっています。

 そして、先日、あることから僕の母方の親戚があつまって、図らずもわかったんですけど、僕には、母方からは、いしかわ、かがわ、たていし、という血が流れているそうです。つまり、僕自身は、しおた、かじたに、いしかわ、かがわ、たていし、の子孫なんだけど、『みどり家』とはDNA方面では全然関係ない、ってことです。いわんや、坂本龍馬をや、です。

 ま、ものの本によればそのほぼ全部がでっち上げとされる戦国大名の家系図も含めてだいたいの日本人の名字が、その成り立ちや伝承はいい加減なもんらしいので、僕もそのいい加減なもん、のひとりだった、ってことですね。

 ちなみに、このブログを書くにあたって、父親に父方の旧姓(かじたに、と、しおた、です。)を再確認しようと電話したら、『何事につけてもEASY GOINGな』父親かずまさに、そこまで必要もないのに、何を思ったか突然まくしたてられました。
 「あのな、かじたには、名家なんだぞ、おれのおやじのな、母親のお祖父さんが・・・」
 え?俺の祖父さんの母親のお祖父さん・・???
 「吉田松陰の影響をうけて、乃木大将をアレした人で、」
 なんだって???
 「くまのナントカって名前で、そのことでそのくまのナントカさんの銅像が、」
 どおぞお???
 「下関の乃木神社にあるんだ。ほんとうだ、俺もその銅像は見てきたから。かじたには、名家なんだ。詳しいことは、とし坊に聞いてみろ。あいつはそういうのを全部しらべたからな、うん。」
 「・・・・・。」
 僕の祖父さんの曾お祖父さんが吉田松蔭に影響を受けた、くまのなにがしさん、で乃木希典をアレして下関の神社で銅像になっている・・・・・。
 ご先祖様にはちょっと悪いですが、もう、何だっていいや、って感じです。

 それよりも、いい年して『何事につけてもEASY GOINGな』いちばん近い僕の祖先、父親みどりかずまさの性格はなんとかならないですかね。

===終わり===


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それは・・・

TOCHYさん、さすがですね、それは「神和純」じゃなくて「神和住 純」さんですね。僕も彼の代でその名字が消滅するって話はきいたことがあります。九鬼選手と並んで変わった名前でしかし、一時代を築いたテニスプレーヤーでしたね。

No title

その昔、テニスプロの神和純って名前が日本で一軒で、肝心のプロのところは、娘が2人って記事よんだことあったけど。どうなったのでしょうか?
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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