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母は強し。

『男は一度は東京で暮さなければならない』
『男は息をするのもつらいくらいの失恋をしなければいかん』

 お陰様で、母親は健在です。普通の母親です。母親みどりひろこは、先に紹介申し上げた『父親みどりかずまさ』―声が常に大きい、のと、人の話を最後まで聞かない、そして、負けず嫌い、という悪癖を有する以外は、知る範囲では、大過なく人生を送ってきました。 加えて、一般の家庭人に比すと、少しだけ、『飲む』のが好きで、少しだけ『搏つ』が過ぎて、そして― 息子として知る範囲ですが―すこうしだけ『浮気』が多い、というだけの、いち市民―、の妻としてその生涯の大半を過ごしてきました。

 両親が教師という環境で生まれ育った母親曰く『お手伝いさんもいて、なんにもできないお嬢さんだった』のに、『国際結婚くらい』育ちも価値観も違う、父親かずまさに『鍛えられて今日のお母さんがあるのよ』、だそうです。ただ、そもそも論として『今日のお母さん』にならなかったほうがよかったんじゃないかしらん、と思うことがあります。結婚するときは、両方の親ともに猛反対で、それについては母親自身が今だに『なるほど親の言うことは正しい』としきりに感心しているので、父親かずまさには相当手を焼いたようですし。

 挙句に、『なんにもできないお嬢さん』から『お父さんのおかげで今日あるお母さん』になったわけですが、その苛烈な人生経験のためか、僕ら子供に向かって、突如警句を吐くことがあります。警句を吐くのはある種親の仕事なので結構ですが、たまに、そんな言葉はとくに親の口から聞きたくないなあ、とか、いや、それはちょっとTPOが違うのでは、というたぐいのことを決然と言うことがあります。それらの警句のうち、僕らが幼少のころから頻繁に言われていた、まともな類の言葉の例が冒頭の言葉です。『男は一度は東京で暮らさなければならない』。母親は四国の出身で、大人になってから銀行をやめて家出同然に上京してかずまさと同棲していたらしいですが―この時点で、すでに『なんにも出来ないお嬢さん』という自称を逸脱してるようですけど―まあ、この言葉の趣旨は、なんとなく幼心にもわからんでもなかったです。ただ、そんなに力んで言う程のことでもないような気もします。『男は息をするのもつらいくらいの失恋をしなければいかん』、これは子供にはわかんないです。はあ、って感じですかね。

 そうこうしているうちに、僕は、それこそ本当に『息をするのもつらい』失恋をしました。それまでも自分で、『やや、振られたああ!失恋!』ということは一度ならずありましたが、今回のそれは、今までの経験など失恋と定義するのも憚れるくらいの大失恋でした。『へえ、つらくて一睡もできない、ってこういうことなんだ』、『え!俺って、こんなに自分のことだけが可愛い人間だったんだ』と、いろいろと気付かされる失恋でした。万事に晩生であった僕は―自慰を始めたのも、童貞を失ったのも、両方とも他人には言えないくらい遅かったです。いえ、恥ずかしくて言えません。どうしてもどっちか言え、というのなら、童貞を失ったのは、23歳です。―、その失恋の悲しみをどうやって消していいのかわからず(消せる、と思ってたんですね。若いです。)、意図せずとも親しい友人など周りを巻きこんでいました。一方、概して、男性はこの種の話は親兄弟には悟られたくないし、助けも求めないもので、僕も例外にもれず、家では平静を装ってました。しかし、どうも、そういう状態にあるのは一目瞭然であったようで、あるとき、みどりひろこに捕まってしまいました。我が息子が、経験せねばならぬ、という信念上の状態にあるのを観て、いままで切歯扼腕していた分、かなり鼻息があらいです。こっちは、それこそ郵便ポストを観ても涙がでそうな日々に耐えているのに、母親の説教なんか聞いてられません。ただ黙って、せめてはやく終わってくれ、と無気力に願うだけです。

 「けいた、あんた、失恋したでしょ。」
 「・・・・・・。」
 「もしお母さんが今のあなたに言葉をかけるなら、」
(そんなこと頼んでないよ。)
 「ただ『おめでとう』、このひとことよ!」
と何やら、今から初めてオツトメにいく若い衆に任侠者が言葉を贈る、みたく、語るは意気軒昂に、聞くは大いに落ち込んでという風情です。
 「男はね、そうやって、学んでいくのよ。それでいいの。」
(なんだか自分に酔ってる。いいから早くやめてくんないかな。)
 「男と女なんてね所詮、からだの相性なのよ。」
(!な、なに? あんまり親の口からそういうことは・・)
 「大いに傷つきなさい。男はね、何回も恋愛できるんだから。
これからもあんたにはたっくさんチャンスがあるんだから。
  男はね、女と違って、何歳になっても恋愛のチャンスはいく
  らでもあるの。女なんてひとりじゃないんだから。」
(まあそれは理屈だけどさ。)
 「あんたも知ってるでしょ、出雲のたかぎさん。」
 「え?誰?知らないよ。」
(なんだよ、唐突に。)
 「知らないの。たかぎやすこさんよ。」
(だからフルネームで言われても知らないものは知らないよ。)
 「ほら、出雲から大阪に転勤したとき、お父さんを
  おいかけて大阪まできた女のひと。」
(!!!俺は幼稚園だっただろう!うすうすはもの心ついてからそういう気配を感じていたものの、俺がフルネームまで知ってるわけないじゃないか!しかも、大阪まで追いかけて来たんだ!!初耳だ。)
 「お母さんはね、あのとき、たかぎやすこさんを憎んだし、
  お父さんともうまくいかなかったの。」
(そらそうだろう。でも、話の方向がなんかおかしいのでは..。)
 「でもね。お父さんはね、浮気じゃなくてね、恋愛をしちゃっ
  たのよ。あれはね、お父さんとたかぎさんの恋愛だったの。」
 「・・・・・。」
(あのう、母上、完全に違う話しになってません?その暴露ばなしと我が子の失恋を昇華せしめん、というご趣旨にいかなる因果関係が?)
 「その時はね、お母さんは二人を憎んだけど、今思うとね、
  お母さんよりも、お父さんとたかぎやすこさんのほうが、
  もっとつらかったのよ。たいへんだったよねえ、二人は。」
(!!!!!!なんでそうなる?)
 「なぜならね、二人はね恋愛をしちゃったのよ。」
(いや、それは聞いたけど。)
 「だからね、わかるでしょ?あんたも。」
(全然わかりません。)
 「つまり、男は何歳になっても恋愛はいくらでもできるから、
  一度や二度の息のできないくらいの大失恋は、いい経験に
  なるのよ。これから、いっくらでも恋愛はできるんだから。
  わかった?わかったら、今度のことは十分悲しんで、次の
  恋愛にそなえなさい!!」
 「・・・・・・・・。」
母親は、ひと仕事終えた、という充足感に満ちた表情をしていました。

 最終的に母親の言いたいことはわかったような気がするし、年月がたった今振り返ってみると、それなりに含蓄を感じないでもないです。でも、『父親かずまさの浮気をたかぎやすこさんのフルネームまで言及して実例として引用』したこと、それを『浮気じゃなくて恋愛だったから、あの二人もたいへんだったわよねえ。』って息子に『他人事のように総括して見せた』ことも、特にあのとき必要なことではなかったんではないか、と今でも思います。
 こういうのって、『母は強し』っていうことわざの一例かなあ?
 違いますよね。

 
終わり

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Re: No title

> 母親ひろこすごいわ。尊敬する
どうなんでしょうか?母は強しってやつですかねえ。どうも自分の母ながら寛大すぎるような気がします。

No title

母親ひろこすごいわ。尊敬する
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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