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花吹雪。

 あれはまだ社会に出て数年目のある真夏の日のことです。お互いまだ独身でした。
 僕と、僕の親友山案山子は二人で泊りがけで海水浴に出かけました。なんだってそんなことになったのかというと、これまた当時まだ独身だった僕の兄がたまたま静岡県の沼津に転勤で住んでいて、部屋も余っているし、魚もうまいし、海もあるから遊びにきたらどうだ、と言ってくれたからです。そんなきっかけでもなければ、野郎二人で泊まりで海水浴、なんて色気のないことはしません。
 僕らは僕の車に二人で乗ってでかけました。たしか土日だったと思います。予定では、土曜日の午後につき、海産物を満喫して、日曜日に泳いで帰る、というありがちなで平凡な小旅行になるはずでした。
 それがまさか、あんなことになるなんて。

 土曜日、僕らは予定どおり、兄の家に午後遅くにつき、一泊しました。翌日は近くの兄の家から車で15分くらいの、海水浴場に行きました。兄は他に予定があるとか、で土曜も日曜も別行動だったので、僕らは終始ふたりで行動していました。よく覚えていませんが、そんなことをして休日を過ごすくらいだったので、二人ともお付き合いしている女性もいなかったんだと思います。
 「さあ、今日は海だ。」
 「うん、焼くぞ~~。」
 僕らの海に行く主な目的は『海水浴』とは名ばかりで、その実、焼いて見栄えをよくすること、でした。まだ若かったから見た目を大いに気にしていたし、そういうことで自分たちの魅力がアップする、って真剣に思っていたわけです。
 「これでさ、休み明けに、真っ黒で、出社したらさ、格好いいよね。」
 「うん、しかもさ『あれ、いったいどこへ誰と行ったのかしら?』なあんて思われてさ。」
 「そうそう、そういう『ミステリアスなプライベート』て必要だよな。」
 「そうだよ、男はさミステリアスなところがないと、もてない。」
 「うん。」
 「うん!」
 自意識過剰な大馬鹿野郎ふたりです。
 
 ともかくも、僕らは、泳ぐことなどに見向きもせず、真夏の午前の太陽に砂浜で体を投げ出し、日光浴を始めました。しかも、日焼け止めクリームなど、一切用意することもなしに!砂浜について服を脱いで、それっ!てやっちゃったわけです。

 1、2時間がたちました。僕が言いました。
 「なんかさ、全然黒くなんねえな。」
 「そうだな、はじめと変わんねえなあ。」
 「なんだよ、太陽にやる気が感じられんなあ。これじゃあ『ミステリアスなプライベート』を演出できないじゃん。」
 「うん、もうちょっと辛抱して焼こう。」
 間抜けですねえ。そもそも日焼けというのは太陽光を浴びてすぐに皮膚が変色するわけではなく、時間差で色素が変化をおこすものです。でも無知なふたりはビーチに寝そべって、はい真っ黒、ミステリアス!っていう短絡的な期待をしていたもんだから各々の皮膚の色の変化に満足できず、さらに日焼けを続けたわけです。繰り返しますが、日焼け止めクリームの類などは一切使用することなしに。使用、どころか購入・準備すること、すら僕らは思いつきませんでした。
 結局、二人は、午前から15時頃迄、という一番紫外線の苛烈な時間帯をフルに砂浜で過ごしました。それでもいきなり黒くはなりません。
 「なんだよ、不満だなあ。」
 「そうだな、全然真っ黒じゃない。」
 「うむ、格好いいまでには至ってない。太陽のやつ、俺たちのこの貴重な時間をどーしてくれるんだ。おっと、背中も焼かなきゃ。表だけではミステリアスとはいえんからな。」
 まだ、ミステリアス、言ってます。実際には会社の人は誰も僕らにそんな注意なんか払わないのに、若いっていろんなことが見えていないんですね。日焼け止めクリームの必要性を含めて!

 僕らは、最終的に焼き加減に不満を残しつつも、そろそろ帰らねばならなくなりました。
 「しょうがねえな、帰るか。」
 「うん、あれ、ほら、ちょっと焼けてない?」
 と山案山子が、水着の太ももをめくって言いました。
 「ほら、水着のところがなんとなく白くない?」
 「おー、比べて見るとそうだな。だけど、会社では短パンでうろうろするわけじゃあないから、比べないとわかんないくらいじゃなあ。」
 どこまでも間抜けです。日焼けの変色の効果が日光浴をしてから時間差で、いわば『軽いやけどの効果』として表れる、ということに考えが及んでいません。この時点で、海パンの部分が白いなら、すでにかなりの日焼けをしている、と認識するべきでした。
 「まあ、時間がないから、しょうがない、帰ろう。」
 「うん。」
 と僕らは車に乗り込みました。ここで、些細なことですが、のちのち、ある波紋を呼ぶに至る選択を僕らはすることになります。実は、前の晩、豪遊しすぎて沼津の夜を『予算以上に満喫した』僕と山案山子は、やや懐不如意になっておりました。すっからかん、というわけではありませんでしたが、今日の晩御飯を心置きなく満喫するためには、-言葉で確認するまでもなく、僕らは、うちの近くまで行ったら晩飯を食べて解散するつもりでした。そして、その頃の僕らには、どういう状況であれ、『晩飯の内容』というのは常に非常に重要ないち大命題であったのです。若いって不毛です。-、やや財源が心配でした。そこで、僕らは、
 「帰りは高速に乗らずに、下で行こう。」
 と一般道を通るということで、晩御飯の財源を捻くりだす運びとなりました。

 僕の車、ということもあって、行きと同じように、自然と僕がハンドルを握りました。そして、走ること、1時間くらいたったときのことです。
 僕は、なんだか体にいいようのない違和感を感じていました。妙に熱くて、でもその熱さは体の芯から外に湧き出てくるような熱さで、エアコンを強くしてもおさまるような類のものとは違うんです。そのうえ、服やカーシートに触れる部分の皮膚にじんじんとした軽い痛みを覚え始めていました。なんのことはない、僕は、クリーム無しで数時間も真夏の太陽の下にいた、という無防備さから、ある種の全身やけど、という『病変』をおこしはじめていたんです。でも、そうとは知らずに、あれ、どうしたんだろう、と思いつつも、幸か不幸か、僕は、一方では運転に注意を払わなければならないので、その異様な熱さや痛みを感じること、には集中しきれませんでした。ただ、一般道を走っているので、頻々と信号で、止まります。当たり前です。そのとき、暫時運転の注意から解放されると、一気に熱さや痛みが襲ってきて、うん、なんだろう、こりゃ、と思っていました。
 と、突然、山案山子が言いました。
 「あのさ、運転代わろうか?」
 「え?」
 なるほど、行きも俺が全部運転したし、帰りは道中長いから、山案山子にしては珍しく気を遣ってくれたんだな・・、高速だと運転を代わるわけにはいかないけど、一般道だからそういう申し出をしてくれたわけだ。
 「いや、いいよ。」
 「・・・・・。」
 僕は、実際、運転疲れはまだしていない、ということ以上に、もはや運転でもしていなければ、それから気を紛らすことができない、というくらいの状態に悪化している体の熱さや痛さのこともあり、山案山子の好意を即座に却下しました。すると、どういうわけか、山案山子はなかなか引き下がりません。
 「いや、行きも全部運転してもらったしさ、ちょっと代わるよ。」
 「いや、いいって。」
 「・・・・・・。あのさ、」
 「うん。」
 「運転、したいんだよ、俺。」
 「え?」
 なんていうことはないです。このとき、山案山子の皮膚も僕と同じように『病変』を起こしはじめており、ただ、彼は、僕と違って助手席に座っているだけなので、気の紛らわしようがなく、無言で堪えていたけれど、我慢できなくなった、というわけです。
 「あれ、おまえも、ひょっとして・・・」
 「うん、もう熱くて、痛くてたまらない!運転でもしないと!」
 好意、でもなんでもなかったわけです。
 そうと判明すると、僕はますます譲りません。車中の会話は『友情からくる美しい申し出と辞退』から『あからさまな醜いハンドルの奪い合い』に豹変してしまいました。
 「だいず(僕の渾名です。)、頼む!運転させてくれええ。」
 「だめだ、だめだ、運転なしに、この痛みには堪えられん。」
 「そんなこと言わないで、交互に運転しようよ~~~。」
 「だめ!」
 時間を増すごとに、僕らの体の熱さと痛さは酷くなっていきました。もはや二人ともそれ以外のことは話題にすることすらしませんでした。その日は、一緒に晩飯どころではなく、ほうほうの態でお互いの家に辿り着きましたが、体の異変のピークは帰宅後でした。つまり時間的には、帰宅後まで、皮膚の病変は進行し続けた、わけです。
 帰宅後、夜にかけて、さらに火照りと痛さは酷さを増し、僕は文字通り悶絶しました。なにしろ、体が服や布団にちょっと触れただけで、痛みを感じ、一方で体の中から襲ってくる熱さの波もあり、ろくに寝付けません。確か、氷をタオルに詰め込んで体にあてがったり、というむなしい抵抗を試みながらまんじりともせず、一夜を明かしたように覚えています。山案山子も同じように悶絶しているんだろうな、と思いながら。そして、翌朝、痛みに叫びを上げつつ服を着替え、会社に出社しましたが、正直いって、日中も痛みで仕事どころではありませんでした。おそらくその日、勤務中の僕は同僚にとっては、目一杯、挙動不審だったであろう、と思われます。違った意味でミステリアス、な男だったわけです。
 仕事から帰宅後、痛みの中、山案山子に電話しました。彼は、その日もまだ夏休みで仕事はなかったはずです。
 「おい。」
 「うん、寝られた?」
 「寝られるわけねえだろ?」
 「そうだよな、悲惨だ。まだ痛い。」
 やはり、山案山子も僕と同じように悶絶していたようです。
 「うん、俺も仕事どころじゃなかった。」
 「ええ!だいず、出勤したの!?」
 山案山子は驚愕していました。当然、会社など休んだもの、と思っていたようです。このことは、当時の僕らの『皮膚の病変』がいかに尋常なものではなかったか、を物語っています。
 「当たり前だろ、あれくらいで休むわけにはいかないよ。」
 と、それでも僕は虚勢を張って答えました。山案山子は休みだったので、一日中、専心、痛さをこらえることに集中していたそうです。しかも、曰く、
 「すげえ、あれで出勤するなんて考えられない!俺なんかあまりの惨状に、よく我慢した、って母親の俺に対する評価があがったのに。」
 と、わけのわからん驚きかたをしておりました。

 この、日焼け止めクリームを使わずに、一番太陽が高い時間帯に数時間連続で、身を投げ出した報い、は一日や二日では収まらず、それからだいたい一週間は僕ら二人は、皮膚の痛さをこらえながら生活していました。一週間くらいたつと今度は異常な痒みが全身を襲ってきました。しかし、その痒みは掻いたところで、気持ちがいい、というような穏やかなものではなく、すごく痒い、しかし、掻いたら痛い、という厄介なものでした。それが仕事中など、時間帯を選ばずに襲ってきます。おまけに全身焼いているので、手が届かないようなところまで痒いんです。『ミステリアスなプライベート』どころではありません。ある場所で痒さにたまらずに、席を外し、トイレに駆け込み、痛みもものかわ、上半身裸になって一心不乱に掻きむしったら、剥けた皮が花吹雪のように狭いトイレ中にふわふわと飛び散りました。うわわ、こりゃ山案山子も今頃、どっかで季節はずれの花吹雪を降らせているな、と思いました。僕のあとにトイレに入った人は、人間が脱皮したような床一面の皮にぎょっとされたに違いありません。あとで、聞いたら、果たして山案山子も同じようなタイミングで、痒さにたまらず『脱皮』していたそうです。
 ただひとつ、皮肉なことに、皮膚の色に関してはその一週間は僕らは真っ黒でした。事実は、そんなことはどうでもいいような惨状に見舞われていたわけですが。

 上記のことは、僕と山案山子の間では、未だに『沼津事件』として繰り返し語り継がれており(二人以外にとってはしょうもない話なので、僕らの間のみで反芻するだけですけど)、このことを話すとき、同時に必ず、

 ①日焼けをなめてはいけない。
 ②何が『ミステリアスなプライベート』だ。
 ③二人共いざとなったら友人より自分のほうが可愛い人間である。
 ④山案山子の忍耐力は知れている。

 ということを頷きあいながら、再確認しております。

===終わり===
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緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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