スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

いちゃもん!!

  いまから十数前、僕は、とある事情から、4年半ほど、南半球のある工場で働いていました。その工場は、首都から西に30キロくらい離れています。30キロというと大阪の梅田から神戸元町、新宿から八王子、宇部から小倉、つまるところ車で、日本なら1時間前後の距離です。「首都圏郊外」というとなにやら中産階級ベッドタウン的な響きがありますが、大阪や東京と違って、そこは草原の中を地面と同じ高さに造られた、まっすぐにのびた高速道路の先にある、よく言えば「緑ゆたかな開発途上の工業団地」、悪く言うと「無計画につくられた工場のかたまりが、森林の中に点在している」という感じで、その国の首都とは、およそ環境も住民もかなり違います。
 
 実際、朝出社して従業員が原材料倉庫を開けて、材料を持ち上げたら毒蛇がとぐろを巻いていた、とか、窓際の席で僕が忙しく仕事をしていると、ナリッシュ女史(僕の部下、といっても若干年上)が、『うしろ、うしろ!』というので窓の後ろを見たら、いつもの塀があるだけで、『なんだ、こっちは忙しいのに』とぶつぶつ言いながら視線を机に戻すと、諦めないナリッシュが『ほら、塀の上!!え、まだわかんない?ふん!!もういいや、せっかく日本では見られないから、と人が見つけてあげたのに!!』としつこいので、『んだよ。』と振り返ったら、ほほう、そこには30㎝大の立派なカメレオンが、悠然と体の色を変えながら佇んでいた、とか、南半球赤道近くならではの自然に囲まれていました。従業員は約350人、それと工場の玄関を主な居場所にして住み着いているノワーリーという名のオスの野良犬一匹、です。従業員の殆どは、工場の近辺から徒歩や、バスでビーチサンダルをはいてゆるりと通ってくる人たちで、もちろん現地の言葉しか通用しません。僕は、日本でかの国の言葉を勉強する機会も無かったため、通勤初日から、現地語社会の中に放り込まれたわけです。しかし、僕が、着任した当時、ひとりだけ現地人と結婚された日本人の女性が勤務されていたので、その方に通訳していただくのと、スタッフに二人だけ英語のできる従業員がいたので、その二人と、僕の『掛け値なしに怪しげな英語』(浪人中の模試で長文にでてくる関係詞『nowhere』を全て『nowとhere』に分解して『今、ここで』と訳した男ですから)での会話で、蛇やカメレオンやオオトカゲに囲まれて、まさに悪戦苦闘の日々を送っていました。ところが、勤務しだしてちょうど一年くらいたった頃、その日本人女性がある日突然辞めてしまいました。
 
 さあ、困りました。周辺には、同系列の工場があり、そこに勤務する日本人の上司たちと昼食は一緒にたべますが、職場では、突然350人の現地人に、日本人ひとり、になってしまったんです。しかも、僕は、一応社長含め七人いる役員のひとりなんですけど、このうち四人は名前だけ、あとの社長を含む二人も、気が向いたときにたまに来るだけで、「常勤」している役員は僕だけです。くわえて、仕事は、対日、対フランスの相手デザインによる下請け製造(いわゆるOEMってやつですね。)で、それこそ一日に何回も日本やフランスのお客さんと常に数十型に及ぶ製品のデザインや値段や納期などの重要な情報をやりとりし、それをさらに製造現場に遅滞なく正確に伝えなければなりません。これをピンチと言わずしてなんと言いましょう。例えて言うなら、泳げない人間が、ある日突然海に放り込まれた、みたいなもんです。当時はまだ、携帯電話は出始めたばかりで、いわんやメールなどなく、殆どのやり取りがFAXです。僕は、nowhereを今ここで、と訳した英語力をフルに駆使し、フランス人とFAXでやり取りし、どうしても表現できないときは、絵を二つ書いて、『ドッチ?』とだけ英語で添えてFAXしました。向こうも心得たもので、僕の絵に、大きく○とXをつけてコメント無しでその絵を返送してくれます。その紙をそのまんま、スタッフ経由で、現場に投げるわけです。一方、対日については、これがまた意外に面倒で、お客さんは『日本人同士ならわかるだろうよ日本語』で返事してこられたりします。まあ、あたりまえです。例えば、なんだか、課長だの部長だのの判子がこれ見よがしに、べたべたと押された書類がFAXされてきて、さあ明日から量産、という商品について、『サンプルのこの部分のしわがひどい。構造上しわがある程度できるのはしょうがないですが、あきらかにマーケットで消費者にわかるようなしわが量産で出てきたら、最悪の場合、本意ではないですが、全品返品させてもらうようなことになりますよ。もちろん、その場合の返品の値段には、本来なら得かるべし機会損失も上乗せせざるを得ない可能性もありますので、この部分のしわには十分留意される条件で量産開始を許可、とします。』・・・・。玄関に真っ赤なブ―ゲンビリア咲く工場で、このFAXを受けとった時の、現地語の出来ないMr.『今ここで』が抱いた『赤道近くのある午後の絶望感』は、容易にご理解頂けると思います。こういうときは、日本語の『言語明瞭、意味不明瞭』という特性が発揮されて『まあ、行間を読んでよ』という状況に―先様が意図する、しないは別として―落としいれられ易いな、と痛感させられます。
 
 しかし、その時の僕は、『若さ』という人類最高の武器をもっていました。そして、開きなおりや、慣れ、とは恐ろしいもので、片言ながら現地語を習得しつつ、FAXだけでなく、年に4,5回出張にくるフランス人の相手もいい加減な英語と絵でやりすごし、なんとか毎日をやりくりしていました。あまつさえ、自分しか日本人がいないのをいいことに、『怪しげな日本語をそのまま用語として工場内に浸透させてしまう』という強引なことを始めました。侍は、サムライだよ、訳なんてできないよ!!っていう感じです。ある日、ナリッシュ女史が―彼女は、350人のうち英語のできる一人です―質問します。
 「ミドリサン、ところで、日本ではボスのことをなんて
  よぶんだ?我々は、これかれもミドリサンって呼ぶか?
  『ボス』か?」 
 「ボスのこと?・・・・。うーー、そういえば上長を
  『上司!』なんて呼ばないなあ。なるほど日本語には、
  会社社会では、上司を呼ぶ時の普遍的な単語ってないんだ。
  肩書きで呼ぶもんなあ。ん?まてよ、会社社会にはないけど、
  別の方面にはあるな!」
 ということで、翌日から、工場内では『OYABUN』という言葉が定着しました。僕を呼ぶ時は、みんな真顔で『オヤブン!!』ですし、第三者の会話の中でも、例えば現場のライン長が事務所にやってきて、
ライン長「ここさ、A工程は時間ロスなのでB工程でいい?」
リフィ 「うん、わかるけどオヤブンがどうしてもBって言うから。」
ライン長「オヤブンは、お客さんと交渉したのか?」
リフィ 「うん、オヤブンは頼んだけどだめだったんだって。」
ライン長「オヤブンが交渉した結果じゃ、しょうがないなあ。」
という感じで、僕がその場にいるいないに拘わらず、工場内言語として完全に認知されました。もちろん、シリアスな問題でも会議中でも、
 「オヤブン、たいへんです!!納期が間に合いません!!」
 「オヤブン、それは無理です。僕らには宗教上の習慣があります。」
 といったように、普通に使われるようになっていきました。
 
 さらにある時、日本の客から、例の如く『BUYER IS KING!』調の理不尽なFAXがきて、僕が眉間に皺を寄せつつ、担当のナリッシュ女史にとりあえず、まずは腐心して訳しました。案の定、ナリッシュは、
 「アンフェアだ!!」
 と聞いた瞬間、ぶつぶつ言ってます。僕も訳して部下に伝えたものの『こりゃあ、たしかに理不尽だなあ。交渉し直すか、俺が決断するかしないと生産が前に進まんなあ。んだよ、読めば読むほど、いちゃもんじゃねえかよ、これは。ふーー。』と思っていました。すると黙って僕とFAXを交互に見つめていたナリッシュが、
 「イチャモン。」
 と小さくつぶやきました。僕は、心の中でおもっていることをいつのまにか途中で独りごちていたようで(もちろん、日本語で。)、何回もでてくる『イチャモン』という言葉の語感が、ナリッシュは妙に気になっていたらしく、意味もなく復唱してみたみたいです。
 「ああ、いちゃもん、ね。いちゃもんとは、このFAXの如く、
  相手を困らせるのが目的で、立場にモノを言わせて、問題
  を針小棒大に扱うことである。これこそ、いちゃもんの
  いい例である。」
 と、気付けば僕の周りでのぞきこんでいた、ナリッシュを含む事務所スタッフ、3,4人が、
 「おおおおおお、それが、イチャモン!!」
 と至極納得しました(この国の人は、納得したときに『おおおお』と声に出して表現する傾向が顕著です。)。それからは、僕が意図していないにもかかわらず、この言葉も一部の人間の間で、共通語化してしまい、かつ、かなり難しい日本語のはずなのに、くだんのお客さんのFAXが、『いちゃもん』の例として素晴らしかったためか、彼らは、『イチャモン』を的確に使い始めました。
僕、「おい、フランスから、こないだ工程Aっていったのに、
   今頃工程Bって言ってきたぞ。しかも値段は上げてくれ
   ないそうだ。」
事務所スタッフ数名、異口同音に、
 「オヤブン、イチャモンか!」
 「うむ、イチャモンである。」
 さらに、僕の運転手にいたっては、(車は僕が着任した時点ですでに、23万キロ走行済のカローラです。)
 「オヤブン、日本人がアメリカ兵のYES SIR!!みたいに上長に返事するとき何て言うんだ?」
 と聞くので、そこでまた調子にのって、
 「それはなあ・・・・・。うん、『合点だ親分!!』
  だな!」
 と教えたら、
 「なに、なに???」
 「ガッ・テン・ダ、だ、ガッテンダ。」
 「おおおおおおお!」
 ということでそれ以来、たとえば、たまたま朝めちゃくちゃ早い時の出勤時に、僕が眠くてテンション低く
 「おはよ。サス。今朝はまず空港ね。」
 運転手サス、車で仮眠してたらしく、全く抑揚のない寝起き声で、
 「ガッテンダオヤブン。」
 
 そんな語るも涙、のある日、日本からお客さんが出張で来られました。担当はナリッシュです。
 「ナリッシュ、神戸さんが来て、今シーズンの納期と来期の
  サンプルの打ち合わせするから、今から同席して。」 
 「はい、オヤブン。」
 ということで、神戸さんと商談が始まりました。神戸さんは、僕と同年代で日本にいたときからのお客さんで、とてもまじめで謙虚な方です。ただ、彼にも売り先があって、その売り先からいわれたことを突き返せずに僕ら生産場に頼ってくることがままあります。基本的には、僕と神戸さんが話し、それを僕がナリッシュに現地語で訳します(英語が苦手なのが幸いし、そのころにはかなり現地語ができるようになっていました。もし英語が得意だったら、ナリッシュとジェフとしか会話せずに現地語をなかなか覚えなかったでしょう)。それを興味深げに聞いていた神戸さんが、唐突に、
 「緑さん、この国にオヤブンっていう単語があるの?」
 と聞くので、一瞬、へっ?と思いましたが、次の瞬間、笑いながら、
 「いや、すみません。そんな言葉つかってましたか?」
 と聞くと、
 「うん、さっきからナリッシュさんが何回もオヤブン、
  オヤブンって言ってるから聞き間違いかな、と思いな
  がらきいてたんですけど。」
 「いや、すみません。ちょっとふざけてそういうふうに
  日本語で読んでもらうようにしてるんです。あの、なん
  ですかね、現地のひととの親密度を増すというか、上司
  としての節度を保つためというか、異文化の交流といい
  ますか・・・。」
 僕は、多少動揺しながら、言えばいうほど、訳がわからなくなっていく釈明で、その場はのがれました。僕らにとってはすでに日常語と化しているので現地語の中に混じっても違和感がないんですけど、神戸さんから見たら、全体是違和感だったらしく(当たり前です)、訝しさを察知したらしいナリッシュが、
 「オヤブン、なんか問題でも?」
 と聞くので、
 「いや大丈夫。大丈夫。あとで説明するから。」
 とさらに商談は続きます。順調にきていた商談ですが、次のシーズンのサンプルの話になり、神戸さんが、サンプルから量産への変更点や、改善希望を述べ出したとき、例によって少し、無理な注文がありました。(これは、簡単に受けられないなあ、すこし、神戸さんにも生産側の事情を説明して妥協してもらわねば・・)と、
 「う~ん、それは、ちょっと現場が・・・、
  できるかなあ。」
とやんわりと否定的に受け止めておいて、とりあえずナリッシュに訳しました。案の定、ナリッシュは、
 「ええ、そんなあ!」
 そして、わざわざ一呼吸おいて、やってしまいました。
 「オヤブン、それは、イチャモンってえもんでしょう!?」
 『ひえ、しまった』と肝を冷やしながら神戸さんを見るまでもなく、神戸さんは驚き、怪しみながらも、すでに真顔で反応してました。
 「緑さん、今,僕の依頼に彼女が、『いちゃもん!』って・・。」
 「え?い、いや、そ、そんなこと言ってないですよ。だいたい
  そんな微妙なニュアンスの日本語なんか使えるわけないじゃ
  ないですか。」
 「そうかなあ、たしかに聞こえたんだけどなあ?」
 さすがに空気を察したナリッシュに今度はその場で、
 「その言葉は客のまえでつかっちゃだめじゃないか。」
 すると、『いちゃもん』を完全に使い切っているナリッシュは、
 「おおおお、そうね。ごめん、ごめん。」
 と深く納得してました。

 その日は暗くなるまで工場で商談をし、車に乗り工場から晩御飯に行こうという段取りになりました。
 「神戸さん、中華でもいきませんか?」
 「いいですね。」
 「サス、XXホテル。」
 今日は休憩十分、寝起きでもない、サスはハイテンションで、
 「ガッテンダアアオヤブン!!!」
 ・・・・・・・・。そのあと、神戸さんとどいう会話をしたかは、全く覚えていません。覚えていないくらいだから、なんか気まずいことになったんだと思います。

 もうずいぶん前の話です。ジェフもサスもリフィも今はもう退社してしまい、野良犬のノワ―リ―も去っていったそうです。が、ナリッシュは、今もその工場にいて、老眼鏡をかけながら仕事をしてます。仕事では関係なくなって久しいですが、年に一回くらい電話で話すと今でも、
 「おおおおおお、オヤブン!! 元気!?」
と言ってくれます。        

   終わり
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

この話には続きがあります。

 この米人(サコ)。かなりの女好きでした。そして同じフロアの女性にあだ名をつけていました。一番印象に残っているのが、「H.M.(ハイ・メインテナンスの略)」。つまり、化粧とか服とかから、付き合うと機嫌をとるのに大変お金がかかるという意味で、ハイ・メインテナンスと言っていました。世界は広いなと感じました。都合サコとは2年ほど一緒に仕事をしました。最後のほうはプライベートでも良く遊びに行っていました。そして最後に、日本人の奥さんをもらって帰国しました。サコの弟が日系自動車関係の会社で働いてるともいってたなあ。どうしてんだろ?

If I have some coments or opinions for this blog, I can leave some messege. thank you for your coment for me.

チョットマッテネ

 似たような経験があります。ある日、日本に全く日本語の話せない米人がやってきました。仕事の関係でティア1のサプライヤーの外国人モデラー(3次元の図面を書く人)として、やってきました。
 
 当時まだ英語がうまく話せなかった私は、まず最初にある日本語を教えました。「ちょっとまってネ」です。日本人は知らず知らずの間に良く使っているのですが、外国人にはなじみがないらしく、どんどん話をしてくるので、教えました。そしたら、その言葉をたいへん気に入ったらしく、ここの部分をこういう風に変えてくれと絵で指示したら、自分でも「チョットマッテネ」といってあっという間に形状を変更してくれました。それからというもの「チョットマッテネ」を連呼するので、職場の雰囲気がかなり怪しくなっていました。

「オヤブン」には勝てませんが。。。
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
フリーエリア
にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村
フリーエリア
フリーエリア

人気ブログランキングへ
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。