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常連。

 僕は、そのお店に行くことをとても楽しみにしていました。
 
 本ブログの読者で、彼とは明らかに面識のない複数名から、
 「山案山子はどうしてる?」
 と、お問い合わせをいただいたことがあります。
 これは、大袈裟に言うと、このブログの中で、山案山子くん(仮名)そのひとの人格が生き生きと躍動している、ということであり、筆者としては嬉しい限りです。もっとも、僕は、彼の言動や、彼といたときに起きたことの顛末を、事実として並べ立ててるだけ、なんですけどね。
 と、いうわけで、今回も山案山子くんに絡むお話です。
 山案山子くん、ありがとう。

 それは、僕が南半球の某国に駐在しているとき、ある年末、久しぶりに日本に一時帰国したときのことです。
 僕が、海外から、今度日本に帰るから、呑みに行こう、と連絡すると、そこは、なりは大きくても(山案山子くんは確か、185センチに迫ろうという、わがラグビー部の大型FBです。)心根優しい彼のこと、素直に喜んでくれました。
 「じゃあ、あの店に、12月28日に行こう、その日は忘年会で、俺も呼ばれているからさ。」
 友あり遠方より来る、楽しからずや、友人とは嬉しいものであります。山案山子は早速に僕との吞み会を設定してくれました。
 そこは、ある駅のすぐそばの路地に位置した、開店してからまだ日の浅い小料理屋で、清潔な白木のカウンター席に、テーブル席が二席、座敷が二席という、若い無口なご夫婦が彼らだけで切り盛りしているお店で、小さい構えながらも料理のおいしいお店でした。僕は、それまでも何回か山案山子と一緒に行ったことがあります。
 なんでも、
 「その忘年会は常連客限定だからさ、きっといつもとは違う特別な料理がでるよ。」
 との山案山子の言でした。
 これは、したり。いまどき、もちろん、僕が駐在していたところでも日本食にはありつけますが、やはりそこは海外、しかも南半球、品種の多さや味のレベルには自ずと限界があります。
 久しぶりに母国に帰り、気の置けない友人と味は保証された小料理屋での、しかも特別な料理、これはいいです。自他共に認める、飲兵衛の山案山子ならではの供応です。
 僕は、日本に帰国する前から、その日をとても楽しみにしていました。

 さて、当日、僕と山案山子はいそいそと連れだって出かけました。
 「いらっしゃい。」
 若大将の笑顔もこころなしかいつもより、豊かです。
 僕らの期待は、いやがうえにも高まります。
 見回すと、まだ客はおらず、僕らが最初の来店者のようです。二人は、カウンターに座り、まずはビールを注文し早々と乾杯しました。
 「今日はさ、『常連だけの忘年会』だから、メニューからのオーダーじゃないと思うんだよね。」
 と、山案山子は、にこにこします。
 おお、なるほど、なるほど、そういうことなら、つまみを注文するのも無粋だな、と僕は納得し、しばし期待感を肴に、山案山子とビールを酌み交わします。
 と、他の常連さんが、三々五々やってきました。
 やあ、来たな。
 みなさん、いつもより高揚感があります。
 「大将!これ買ってきたから!」
 その常連さんの手には、天麩羅と思しきお惣菜がありました。ほほう、これは粋ですね、僕ら若輩者はこういう配慮はなかったです。高価なものではなく、そこらへんで売っているお惣菜と思しきものですが、常連としてのせめてもの心遣い、ということでしょう。
 「いらっしゃい!」
 次々にやってきます。今度は『回転寿司のそれ』とわかるお持ち帰り品が手にあります。みなさん、わきまえておられるのだな・・・。
 
 そうこうするうちに、広からぬ店内は、『常連』でいっぱいになり、そのお惣菜や寿司もみなさんに供されて宴らしくなってきました。
 しかし・・・・・。
 なんか、おかしいなあ。
 そうなんです、待てど暮らせど、一品の料理も店側からは出てきません。そのうち、僕の心で小さくともり始めた懐疑に、油を注ぐようなことが起き始めました。
 なんと、いつもは黙々とカウンターの中で料理を拵えている大将が、前掛けを外し、カウンターから出てきて酒を飲み始めたんです。
 大きな声で、陽気に、しかも、いやに饒舌です。
 ん、こんなにしゃべる人だったのか。??あれれ、あんた、仕事しなくていいの?客と一緒になって酒なんか飲んでたら料理どころじゃないんじゃ・・・・。
 僕と山案山子は、だあれも拾ってくれない期待感と食欲をもて余しつつ、半ば呆然とその光景に見とれていました。
 「おい、これって、どういう・・・・」
 「うう・・・・」
 山案山子は苦渋の表情で、考えあぐねています。
 常連客と大将の、お惣菜と回転寿司をつまみにした宴は、僕らふたりの肩すかし感をよそに、ますます喧騒を増します。
 『いつもとは違う特別な料理』は・・・。

 そのうち、山案山子が、申し訳なさそうに、小声で言い出しました。
 彼は何かに気づいたようです。
 「あのさ、これはさ、俺の勘違いだったみたいなんだけど・・」
 「だけど?」
 「『常連だけの忘年会』っていう意味はさ・・」
 「意味は?」
 山案山子は、さらに声を潜めていいました。
 「つまりさ、その、『常連客を特別にもてなす』んじゃなくて・・・」
 「なくて?」
 「『常連客が大将を特別にもてなす』っていう会みたいだったんだよね、どうも。」
 だよねどうも、じゃないです。
 なるほど、来る客、来る客が手に手につまみを持ってきていたことや、大将が働くそぶりも見せずに、酒を食らって笑っていることも、そういう風に考えれば得心します。だた、僕ら二人の『常連とその友人』のみは、この会の趣旨やシステムを理解せずに、あさっての期待感をいだき、勝手ににやにやしていただけ、ということのようでした。

 さようか・・・・。
 つい何十時間前まで、南半球にいた僕は、期待が大きかっただけに落胆もかなりのものでした。
 しかし、まあ、そういうこともあろう、かなりがっかりしたけど、ここは山案山子を責めたてたら『特別な料理』が出てくる、のならともかく、そういうことではないみたいだから、彼を責めてもしょうがない。
 それが男同士の友情というものだ、うん。
 しかし、限られた日本滞在時間を、スーパーのお惣菜と、お持ち帰りの回転寿司(スーパー関係者の方、回転寿司関係者の方、誤解しないでください、個人的には両方とも好きです。ただ、その時の僕は『日本でしか味わえない非日常感への期待感』でいっぱいだったんです。)と共に過ごすわけにはいかないな、と僕は思いました。
 「おい、」
 「ん?」 
 僕は小声で言いました。
 「山案山子、出るぞ。」
 「え?」
 「そら、そうだろ、俺はこんなことのために帰国したんじゃないぞ。限られた久しぶりの日本での時間を、お惣菜と回転寿司に使うわけには行かないから、河岸を変える。出るぞ!」(繰り返しますが、お惣菜関係者と、廉価なお寿司屋さん関係者のみなさん、ごめんなさい。)
 ところが、その提言に対する山案山子の反応は予期しないものでした。
 即ち、彼は一応申し訳なさそうな表情ではあったものの、こう言い張ったのです。

 「いや、こんなに短い滞在で出ていくと、俺の常連客としての面子が潰れるから、ここは我慢してくれ。」

 ・・・・・・。
 とどのつまり、僕は、望まぬ境遇に居続けることになりました。その後のことは覚えていません。覚えていないくらいだから、ろくでもない時間を過ごしたんだと思います。

 と、いうわけで、今回は『筆者の親友、山案山子は、いざとなると友情より自分の酒呑みとしての面子を重んじる男である』という、お話でした。
 もちろん、今回も山案山子(仮名)には無断で書きました。


===終わり===
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プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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