スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

お勤め。

 ただただ、筆者が面倒臭がっているゆえに、その出典を示せないのは申し訳ありませんが、随分と前ある文章に出会って深く納得したことがあります。
 その文章とは、
 「人には誰しも、見た目の年齢と実年齢がぴったりはまる瞬間がある。」
 という趣旨のものでした。

 その文章によると、例えば『2歳顔』の人は、実年齢2歳のときに『誰が見ても2歳』と見られて、それ以後の人生では、実年齢より若く見られ続ける、のだそうです。なぜなら、『2歳という年齢にぴったりはまる顔』だからです。逆に、例えば『63歳顔』の人は、実年齢63歳までは老けて見られるんだけれど、63歳のときに『両者がぴったりはまる』ので、64歳からの人生では若くみられる、ということですね。もちろん、言うまでもないことですが、『2歳顔』と『63歳顔』との間に優劣や善悪がある、とかいうことではありません。両者が『ぴったりはまる』年齢は、ひとそれぞれであり、人によって結構な『時間差』がある、ということです。
 なんだって、僕がその言い分に大きく頷いたかというと、他でもない僕の実体験が説得力のある実例になったからです。
 おお、そうか、俺は『だいたいウン十ウン歳顔』だったんだ!と上述の文章を読んで、ハタと膝を打ったのであります。

 あれは、確か、高校一年生の時のことです。
 僕は、ある平日の午後、学校から帰宅して散髪に行きました。
 何度か行ったことはあるけれど、顔馴染みにはほど遠い、といった主客の距離感の店です。
 鏡の前に座って希望の髪形について床屋さんと僕との間でビジネスライクな会話が終わったあと、床屋さんが、おそらく場をもたせようとしたのだと思いますが、-つまり『当たり障りのない世間話で客の機嫌をとろうとした』わけです。-、こう言い放ちました。

 「お客さん、今日はお勤めはどうされたんですか?」

 おつとめ?????

 散髪屋さんには、当時の僕が悪意も伴わずに『お勤め人年齢』に見えた、ということです。
 これは、すごいことです。
 なぜって、繰り返しますけど僕はそのとき、15,6歳です。そして高校生だから平日の午後などという時間帯に散髪屋に行かれたわけです。さらに、僕は極普通の高校生らしい髪型をお願いしたまでで、別に『パンチパーマ』とか『健太郎カット』みたようなものをお願いしたわけではありません。
 加えて、もっと深く考察すると、散髪屋さんは『自信を持って』僕を実年齢の倍くらいに捉えた、ということになります。なぜなら、もとより僕の機嫌をとろうとした発言であるうえに、そんな時間に髪を切りに来店しているにも関わらず、高校生は愚か『大学生にすら見えなかった』ということだからです。つまり『この客は、少なく見積もっても22、23歳ですらない』という確信が彼にはあった、ということと推測されます。
 そう考えていくと、おおよそ30歳くらいに見えた、と思われちゃうわけなんですね。
 重ねて驚くべきことです。実年齢の倍くらいの年齢に見えた、ということですから。
 
 長じて、大学を出て、就職し『本物のお勤め人』になりまだ日浅かりし、僕が20代半ばであったある夏の日のことです。
 その日、僕は、2,3度目の顔合わせになる、ある取引先の方々、部長の肩書きの方を含む複数人、僕、僕の先輩、と会社で商談をしていました。
 途中、その商談での我社側の主たる発言者である先輩が、席を外しました。
 「・・・・・・。」
 メインスピーカーを暫時失った席では、ほんの少しの間ですが、よくある『営業マンが蛇蝎の如く嫌う気まずい沈黙』が漂います。
 これは、いかんな、どうしたものかな、と思っていたら、そこは経験の差でしょうか、取り引先の部長さんが話題を振ってくれて重苦しい沈黙から逃れることができました。
 「御社は夏休みはいつですか?」
 うまいですねえ。簡単なことなんですけど、こういうことで咄嗟に重たい空気を払拭する、というのが若い頃はなかなかできないものです。
 さすが年の功です。
 「ああ、うちは、特に会社としては決まってないんです。夏の間にみんなばらばらにとります。御社はいつですか?」
 僕は、部長さんの会話にありがたくしがみついたうえに、実は全く興味なんてない相手の会社の夏休みの予定への質問の形ですぐさま言を返し、この会話の嚆矢を放ってくれた部長さんに、いぢましくも尻拭いまでさせようとしました。
 果たして、部長さんは、
 「ええと、うちはですね・・・」
 と返してくれます。
 「うちは、お盆を挟んで一週間休みです。みどりさんも、」
 『ただの時間潰しの会話』のはずが、これに続いた部長さんの発言で、このときのことは僕の記憶に長く留まることとなったのであります。
 即ち、部長さんは『全身全霊世間話の語勢』でこう言いました。
 
 「みどりさんも、お子さんが大きいから夏休みはたいへんでしょう?」

 ・・・。僕は当時20代半ば、子供はおろか、結婚すらしていませんでした。
 それなのに!!
 これも、先の床屋さんと同じく、かなり自信をもった発言の筈です。なぜって、20代半ば独身の人間で『お子さんが大きいからたいへんでしょう?と言われたらとても喜ばしい。』という人間は普通いないし、そもそもが『商談中の雑談』なわけですから、そういう状況で『ううん、この人は若く見えるけど、ひょっとしたらお子さんでもいるかも・・・、よし!ここはひとつ、かまをかけてやれ!』なんてリスクをとる必要もないからです。
 しかも、『ご家族は?』とかいう疑問文で、もなく、『お子さん、もう大きいんでしょ?』という付加疑問文、でもなく、『お子さんが大きいから』という断定形、で言われちゃったんですね。
 即ち、その時の僕は『子供が大きいと自信をもって断定しても失礼のない年齢顔』をしていた、ということです。ついでに言うと、年齢が相応でも、妻子持ち、とは限らないわけですから、その当時の僕は『妙な生活苦労臭』をも醸し出していた、ということになります。
 これは『確実性の高い高年齢顔』である、ということを示唆しています。ひょっとしたら、その部長さんは『この男は自分と同年代だろう』と確信していた、のかもしれません。
 僕も若かったので、相手に恥を欠かせないように適当に対応すればいいものを、その時は条件反射的に、
 「こども?僕、まだ独身ですよ!」
 と真っ向から否定し、先輩の中座によるその場の重い空気を取り繕う、というのが一番の目的として互いに積み上げてきた会話を台無しにしてしまい、さらに場の空気を隘路へと追い詰める、という愚挙を果たしました。

 ところが、最近は年とともに基礎代謝力が落ちて、醜く太ってきているにも関わらず、実年齢より数歳若く見られることが多くなりました。
 僕は、その、村上春樹さんのエッセイにあった、いや、違うな、中島らもさんのエッセイだったかな(すみません、先述したように探すことすらしない怠惰ゆえに、きちんと出典を言及できません。)、でいう『はまる年』を知らないうちに、通過していたようなんです。
 それが僕の場合は、今から思うと、上記の『お子さん大きいからたいへんでしょう発言』のかなり後、だったように思います。

 尚、この話は、あまりにも感心したので、あちこちでいろんな人に話したところ、その結果、少なからぬ人達に納得されただけではなく、中には『複数段階はまる年齢がある人』もいることが判明しています。
 つまり『若い頃は18歳顔だったので、少年時代は老けてみられて18歳以後は若く見られた、でもいつのまにか40歳顔になって、30代は再び老けてみられて、40歳以降は・・』なんて複雑に『はまった』という変種ですね。
 興味のある方は、御自分や周りの人で例証してみてください。もちろん、その時の出典は本ブログではなくて『村上春樹さんだったか、中島らもさんだったか、或いはひょっとしたら他の人だったかのエッセイに書いてあった話しらしいんだけど・・・・』でお願いします。

=== 終わり ===
スポンサーサイト

ベンツ当たりました。

 つい10日ほど前、近くで夏祭りがありました。
 毎年行われています。

 その夏祭りに、まず11歳の息子がでかけました。母親にお小遣いを千円もらって、駅で夕方の6時前に待ち合わせをして、友人数人と連れ立って出かけたようです。
 当日は平日で僕は出勤していましたが、さい君が、9時から打ち上げられる花火を見たい、というので、一旦帰宅して軽装に着替え、息子を追って、花火の時間近くに二人で行くことにしました。
 
 家に着いたら、さい君にいきなり言われました。
 「フジがなんだかすごく興奮して電話してきたんだけど・・・・」
 息子は、祭り会場から、迷子防止に持たされた携帯電話で母親に電話してきたようです。
 「ほう、何があったの?」
 「いや、それがよくわからないんだけど、とにかく早く来てって言ってるの。なんでも・・」
 「ふん。」
 「屋台のくじ引きをやってね、大当たりを出して、二個しかない景品を当てたんだって。」
 へえ、ああいうものにも当たりはあるのか。だいたい、俺の息子は、祭りの屋台のくじ引きで妙な期待をして貴重な小遣いを使うような男であったか、ううむ、まだ幼いと言おうか、小さいくせに山っ気がある、と言おうか・・・。

 -全く余談ながら、くじ引き店の露天商が詐欺で逮捕された事件がありました。賞金の高額ゲーム機を子供のために当てようとしたあるお父さんが、なんと一回200円~250円のくじを一万円分もひいて全部外れてしまい、その足で警察に通報、これを受けた警察がこの露天商のくじ340個を調べたところ、全部『外れ』で、追及された露天商が賞品はダミーでくじに当たりはない、と自白したため詐欺の疑いで逮捕されちゃったそうです。このお父さんのやや常軌を逸した執念とか、それを受けて実際に捜索しちゃう警察権力とか、ああいうものはもそも全部外れ『かもしれない』という前提は決して市民権を得てなかったのか?、とか、いろんな意味で驚きます。2013年に実際に大阪であった事件です。余談でした。-

 「それでね、なんかね『ママくるまをあてた!』って言ってるの。」
 「クルマ?」
 「そう。」
 「なんだ、そら。プラモデルかなんかか?」
 「いや、それがね、違うんだって。何しろ、二個しかない景品のうちのひとつで『フジのからだと同じくらいの大きさのくるま』なんだって。」
 「え?」
 同じくらいの大きさって、一メートル数十センチある、ってこと???
 「それでね、当てたクルマを見張ってなくちゃいけないから、どこにも行けないんだって。」
 そら、本当に小学生の体くらいあるような車と一緒なら祭り会場内をうろうろはできないだろうけど・・・・。
 僕は、いろんな意味で戸惑いました。
 まず、そもそも上述の事件ではないですが、ああいうものは全部外れかどうか、はともかくとしても、掲げてある高額景品があたるなんてことがあるのか?、それに仮に当たったとして息子のからだ大の大きさ、って何だ?とガリガリ君ですら今までで一度しか当たったことのない父親は不審に思ったわけです。
 「まあ、とにかく、行ってみよう。そもそも、花火を見に行く予定だったわけだし。」
 と、僕と、さい君は祭り会場になっている駅前のある大学のグランドに向かいました。 
 
 行ってみると、結構な人出です。

 祭りでは、中央に櫓が組まれていて、屋台がたくさん出ていて、近隣の子供たちのダンスグループの演技や、太鼓や、ロックバンドの演奏があって、メインとして打ち上げ花火が行われます。
 格別に特筆すべきものがある祭りではありません。いえ、別に貶しているわけでないです。
 むしろ心が和みます。
 なぜなら、この年になった僕が夏祭りというものに好ましい郷愁を感じるのは、そういう謂わば『期待以上でも以下でもないありきたりな行事達によって醸しだされる非日常性』に負うところが大きい、と思うからです。

 人波をかき分けて、ようやく息子の影を認めました。
 花火鑑賞の場所取り用に地面に敷いたビニールシートの上に、なるほど景品と思われる包装されていないむき出しの大きな箱を置いて、息子はその箱にへばりついています。
 ただし、彼の身丈くらい、というのはやっぱり大袈裟で、だいたい60センチくらい、ちょうど息子の半身くらいの大きさですね。
 ふうむ、ほんとだ、話ほどじゃないけど結構な大きさの景品が当たってる。
 「パパ!クルマあたった!クルマ!」
 息子は、まだ自分の口から報告をしていない父親の姿を人混みの中に見つけると、喧騒をつんざいて喚くように言いました。
 「すげえなあ、よく当たったな?」
 「うん!二個しかなかったんだよ、二個!」
 「うん。」
 「見て!」
 息子は誇らしげに透明なフィルムになっている箱の窓部分を僕のほうに向けながら、言いました。
 「ベンツだよ、ベンツ!!」
 ほう、確かにベンツです。箱の窓からメタリックシルバーのベンツの車体が見えます。リモコンカーのようです。
 「ね?ベンツ!」
 息子は、目を大きく見開いて、にこにこしました。
 「本当だ、ベンツだな。」
 僕も、なんだか嬉しくなって、にこにこしました。
 「見張っててね!フジ、ともだちとほかの屋台に行くから、ね?ね?花火が始まったら戻ってくるから、ね?ね?」
 「わかった、わかった、行って来い、見ててやるから。」
 いかなベンツといえども、リモコンの自動車で、-言ってみれば『おもちゃ』ですから-、手放しに喜ぶような年齢かいな、と少々不安に思いながらも、息子の指示に従うことにしました。
 
 暫くのち、花火が終わりました。
 祭りはまだ続きますが、さい君の目的である花火も終わっちゃったし、息子のお友人達も帰るみたいだし、そろそろ我々も帰ろう、ということになり、ビニールシートを畳んでゴミを捨てて、帰宅の途につくことにしました。
 「パパ、重たいからベンツ持って。」
 息子は景品を抱えて歩くのが困難と見えて、僕に再び指示しました。ふむ、重さはそうでもないですが、さすがに半身の大きさがあると、彼が抱えると人間の姿が殆ど隠れて、景品が歩いているようです。これで人混みの中を歩くのは不安と見えます。
 僕は、景品を持ってやりました。
 「落とさないでね。」
 わかってます、わかってます。僕は自分の体で押しつぶしてしまわないように、フィルム窓の部分を外側に向けて、丁寧に景品を胸に抱え、さい君と息子の一歩後を出口に向かって歩き始めました。
 ちょうど花火が終えたのを境に、多くの人が祭りを後にし始めています。一気に狭い出口に向かった大勢の人の流れは、出口で暫時大渋滞を引き起こしました。
 いやあ、大混雑だな、みんな非日常に飢えてるわけか、それにしても、普段こんだけの人がこの小さな街のどこに・・・・・、と僕が心の中で呟いていると、どこからか
 「すんげえ人だな、東大立目じゅうの人が全員出てきているんじゃないの?」
 という大きな話し声が聞こえてきます。やあ、わが意を得たり、二の句を告げてくれたな、と僕は声の出どころである前方へ軽く目を遣りました。
 その時です。
 「ん??」
 なんだろ・・・・・。
 違和感が・・・。はて?
 僕は視線の角度を少し、前後左右にずらしてみました。
 「ははん。なるほど。」
 僕の二、三メートル斜め前にいる、お母さんに手を引かれた小学校低学年と思しき男の子が、振り返って、じーーっと、僕のほうを見つめています。僕の違和感は、この視線を感じてのものだったのです。
 「さては、景品が羨ましいんだな。うん、これくらいの男の子にはそうだろうなあ。」
 と、僕は、若干微笑ましく思いつつ、男の子のそのけれんみのない視線にさらされながら歩を進めました。
 男の子は、僕から視線をそらさず、見つめ続けます。
 「よっぽど羨ましいんだろうなあ。それにしても長いこと見てるな。」
 すると、男の子がお母さんをつついて、僕のほうを指差しながら、見て見てあれ、と彼女に話しかけました。

 ん??なんだなんだ?

 お母さんは、一瞬僕を一瞥して、そのまま前を向き歩いています。それは、確かに大きな景品だけど、長く見つめた挙句、母親に報告までするまでのことかな・・・?
 まあ、いいや。

 と、次の瞬間です。
 んん?
 僕は、男の子から視線を戻し、久しぶりに自分の周りを見渡しました。
 「あ・・・。」
 男の子が母親をつついてまで見せたかった理由を一瞬にして頓悟しました。さい君と息子の姿がないじゃないですか。僕はいつのまにか、彼らからはぐれていたんです。
 そうです。
 男の子は何も羨望から僕を見ていたのではなく、その奇異な光景に視線を外せなかったんです。
 だって、そこにいるのは『剥き出しの景品を愛おしそうに抱えてひとりで祭りから帰宅するTシャツに短パン、サンダル履きの壮年男性』だったからです。
 男の子の目には、

 「ベンツ、当たりました!」

 という吹き出しが、この壮年男性の横に見えたことでしょう。彼はきっと、
 「ねえ、ママ、見て見て、おじさんがくじ引きで当てた玩具の車をひとりで持って帰ってるよ。」
 と母親に言ったに違いありません。
 『息子の代わり』に持ってるだけなのに・・。

 かくして、狭い我が家ではこの数日のあいだ、50センチ弱の(箱から出したら息子の最初の話からさらにサイズダウン致しました。)夏祭りで当たった『Mercedes-Benz SLS 1/10 scale』が、ヴィンヴィンとモーター音もたけだけしく走り回ることとなったのでありました。

===終わり===



 
 

 

3億円当たりました。

 最近、世間にはいろいろな『怪しい話』が溢れていますけど、僕に言わせると、その殆どが『いかにも』という代物で、そんな話に引っかかる脇の甘い人がいるのは不思議だな、というのが正直な感想です。

 ところで、僕のさい君は、わりと疑り深い性格です。よく言うと、慎重な、ということです。
 例えば、外食しても会計の際に、レシートを熟読して、注文内容と一致しているかどうか、を『本当かな』とチェックするのが常です。
 時として、スーパーマーケットの伝票なども熱心にチェックしています。
 しかし、さい君がこういうことをするのには、一応彼女なりの根拠があって、さい君の国では、レジの打ち間違いや、もっとひどいのになると、レストランなどで『意図的に』頼んでもいないものをレジで打ち込んで『ボッタクル』というケースがあるから、です。
 「おい、だいじょうぶだよ、ここは日本だから、そういうことはないんである。」
 と、僕は半ばさい君の大仰な猜疑心を鼻で笑いつつ、諌めておりました。
 ところが、どうして、どうして、僕も彼女のそういう習慣に付き合うようになって、へえ、と感心したんですけど、結構レジの打ち間違いってあるんですよね。
 スーパーマーケットでは、セール品を通常の価格で打ち込んだミスが何度かありました。『ガリガリ君 セール品47円』のはずなのに『ガリガリ君 64円』と通常価格で打ち込まれてたりするんです。その都度さい君は、誤りを指摘して、-そこはさすがに世界に冠たる日本のサービス業なので-、それで、お詫びとともに、(金額の多寡に関係なく)丁寧な対応で返金してくれます。
 それと、これも実際にあったことなんですけど、さい君と二人で家の近所の居酒屋で簡単な晩御飯代わりの食事をしたときのことです。
 帰宅後いつものようにさい君はレジ伝票をチェックしていて、何としたことか『タバコ二点』と明細の冒頭に印字されているのを発見しました。
 「ほら、日本でも、ボッタクリあるじゃない!?」
 さい君は大戦果発表の如く、叫びました。
 確かに、僕もさい君もタバコは吸いません。嫌いです。なのに、そんなことを間違って『お通し二点』みたいに、きっちりと人数分打ち間違えますかね??
 しかも、-僕は数百円くらい、放っておいてもいいや、と思ったんですけど、さい君はそういうのは金額の問題ではなくて、抗議しないと気持ちがすまないみたいなんです。-、僕がさい君の指示で、恐る恐る(忙しいのにそんな数百円ごときで何だ!どこに証拠があるんだ!って店側に機嫌を悪くされたら嫌だな、と思ったりしたので。)その居酒屋に電話をかけて、じつは、先ほど食事をした者です、そういう習慣がないので、タバコをお願いするなんてあり得ないんですけど、本当です、かくかくしかじか・・・・と低姿勢で説明したら、なんと電話に出た店員はまるで予期していかのように、
 「あ、入り口近くにおられたお二人ですね!確かに、おタバコを吸われていませんでしたね、申し訳ございません、当方のミスでございます!!」
 と、一気に澱みなく謝罪しました。
 このときは、さすがの僕も『なんだこの慣れ切った爽やかな対応は、なんだかかえって怪しいぞ。日本はたいてい公正かつ明朗会計だと思っていたけど、これは俺の思い込みで、さい君の言うとおり、日本でも疑ってかかったほうがいいのかも。これは日本も商習慣上のモラルが崩れてきているのかな?』と、思わざるを得ませんでした・・・・・。

 ところで、もう数年前のこと、『そういうもの』がまだ一般には知られていなかった頃のことです。
 休日だったと思います。
 僕は確かテレビを見ていました。さい君は僕の傍らで黙ってパソコンに向かっていました。
 と突如、さい君が大声をあげたんです。

 「あた、あた、あたった!」
 「は?」
 「当たった、当たった!」
 「何が?」
 「300万ドル!!」
 「?」
 「300万ドル、当たったのよ!」
 「・・・・」
 
 尋常でない興奮ぶりです。300万ドルといえば『だいたいさんおくえん』です。僕は、いったいさい君の言わんとしていることが何なのか、一瞬理解できませんでした。
 『当たった』って、そもそも彼女が応募していた何かが当たったっていうこと?
 それで、その賞金が3億円ということ?

 「何言ってるの?」
 「300万ドル!!!」
 「だから、なんだよ、それ?」
 「これこれ!」

 さい君は、たいそうエキサイトしながら、パソコンの画面を指差しています。
 「どれどれ・・・・」
 そもそも『当たったという事実』よりも、『賞金3億円という現実離れした金額』が、逆に僕を冷静にさせていました。
 そんなこと、起こりうるはずがないじゃんか。
  見ると、そこに、彼女宛の英文の長いメールが表示されています。これがもし、僕宛のメールだったら、苦手な英文だから、たぶん、読むことすらしなかったでしょう。しかし、さい君は英語が達者なので(このときの、さい君の心情を代弁するとしたら『幸運なことに』ですが)精読できてしまった、と見えます。
 僕が時間をかけてやっとのこと解読したそのメールの内容をかいつまんで言うと下記のようなことが書いてありました。

 *我々は、ITベンチャー企業、XX社であります。
 *このたび、サイバースペース内に溢れている超巨大情報から、無作為に抽出した対象にあなた(さい君ですね。)が抽出されました。
 *おめでとうございます。当選です。
 *300万ドルあげちゃいます。
 *我々は、信頼できる企業です。A社、B社、C社、D社・・・との合弁会社も持っております。
 *ついては、300万ドルをあなたに送金するために・・・・
 *本当です。

 とあり、『A社、B社、C社、D社・・・』のところには、日本のものも含め世界に名だたる有名企業名が羅列されていました。
 本当かな?
 「なんだこれ?ユウはなんか、ここの懸賞にでも応募したの?」
 「そんなことしてない、けど、300万ドルよ!」
 「じゃあ、おかしいんじゃないの?」
 「いや、サイバースペース内の巨大データから無作為に抽出した、ってあるでしょ、それなら私のアドレスがピックアップされる可能性あるでしょ?ああ、300万ドル!!
 「いや、あのさ、そんな金額が簡単に当たるわけないじゃない?」
 「当たったのよ!300万ドル!!」

 僕には、全然実感がありません。しかし、さい君は手放しで喜んでいて、いまにも自家用ジェット機でも購入しそうな勢いです。僕は、普段はあんなに疑り深くて、慎重なさい君が、なんで、300万ドルになると無防備に信じてしまうのか、全然理解できませんでした。

 「あのさ、こんな話、眉唾じゃない?」
 「なんで?」
 「だって、金額がでかすぎるじゃない?」
 「金額がでかいと、なんでおかしいのよ。」
 「え??いや、だって、300万ドルだよ?」
 「そう!300万ドルよ!ケイタ!!」
 「・・・・・・。」

 どうも会話に齟齬があります。
 このままでは、こんなのあり得ないよと、さい君を説得することができそうもありません。
 そこで、僕は、メール文にある、ある日本の超有名企業の一社に実際に電話をして、メールを送ってきた会社と本当に合弁事業をしているのか尋ねてみることにしました。
 すると、代表電話から回してもらった男性の社員の方が、
 「私が担当というわけではないんですが・・・・」
 と言いつつ、しかし、非常に丁寧に、しかも明確に教えてくれました。
 曰く、

  *そういう会社と、わが社は合弁などしていない。
  *それは最近新たに現れた『フィッシング詐欺』というものと思われる。
  *手口は当選を餌に銀行口座など個人情報を取得するもの。
  *詐欺なので、相手にしてはいけない。
  *本当です。

 ということでした。確かに、合弁もしていなければ、メール送付者が詐欺犯罪者であれば『担当というわけではない』ですよね。でも、とても親切に教えてくれました。
 ううむ、日本人のモラルはまだ崩れていないじゃないか、僕は、感心しつつ、お礼を言って、電話を切ると、さい君に、メールの文言は嘘っぱちで、しかも、これは新手の詐欺で『フィッシング詐欺』というもの(この当時はまだそういう言葉が世間に広まっておらず、僕もさい君もそのとき初めて耳にしました。)であり、相手にするととんでもないことになるそうだ、と説明し、ようやくさい君も納得してくれました。

 しかし『ガリガリ君17円のレジ打ち間違い』には冷静沈着なさい君が、なんでまた『見知らぬ人からの3億円あげちゃうという一通のメール』は盲信しちゃうんですかね。
 僕は期せずして、こうやって人は『一体誰が引っ掛かるんだろう、といういかにも怪しい話』に簡単にのってしまうのだ、という例を、思いもよらぬ身内に見てしまうことになったのであります。
 くわばら、くわばら。

 尚、『フィッシング詐欺』の『フィッシング』のスペルは『phising』であり、『fishingではない』そうです。これもその某大企業の方が教えてくれました。
 本当です。

===終わり===


 
 
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
フリーエリア
にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村
フリーエリア
フリーエリア

人気ブログランキングへ
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。