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幸せの黄色いハンカチ。

 僕は、その鬼気迫る表情にすっかり惹きつけられてしまいました。

 僕が、今まで見聞した『最もビールを美味そうに飲む人』のひとりは、映画『幸せの黄色いハンカチ』の主人公です。
 
 (ここから先は、この映画をまだ見ていない方にできるだけ配慮して書きますが、それでも内容には触れないわけにはいかないので、『これこれ、まだその映画見てないんだけど・・』という方はご注意ください。)

 この映画を見たのは、確か中学生のときだったと思います。
 僕の兄のみどりしょうごろうが、
 「おい、今日テレビで『幸せの黄色いハンカチ』をやるぞ!ぜったあい、見ろ!」
 と半ば強制的に推薦したためです。
 なんでも彼の通う学校で、この映画の上演会があって、しょうごろうは痛く感動したそうです。

 その映画の中の、僕の記憶の範囲によると、冒頭部分で、高倉健演じる主人公が刑務所から出所し、その足で、とある大衆食堂に入ります。
 そして、壁のメニューを無表情に一瞥すると、低くくぐもった声で、こう注文をします。
 「醤油ラーメンと、カツ丼下さい。」
 表情を変えないまま、しかし主食を二つも頼むところに、囚われの身であった背景が強く表現されています。
 それから、主人公は、料理の到着を待たずに、また、ぼぞぼそと追加で店員に頼みます。
 「ビールください。」
 「はい。」
 如何にも大衆食堂らしく、瓶ビールと素っ気無いガラスコップが無造作に主人公の前におかれます。主人公は、これまた淡々と、ビールをコップに注ぎ、一気にぐいっ、と飲み干します。
 すると、いままでの無表情が一転、高倉健の表情がにわかに、しかし、豊かに歪みます。
 主人公は、食道を伝って一気に押し寄せてくる『数年ぶりのビールの味』と『数年ぶりの自由の実感』を、己が五臓六腑では受け止めきれないのだ、と言わんばかりに、顔をくしゃくしゃにし、やや下顎を突き出して、声にならない小さな、しかし、力強いため息と共に、喜びとも悶絶とも取れるなんともいえない、万感胸に迫る、という表情を見せるのです。
 
 僕は、その鬼気迫る表情にすっかり惹きつけられてしまいました。
 「うわあ、うまそうだなあ。」
 いまだにそのシーンは頭に焼き付いています。
 もっとも、その時、僕はまだ中学生だったので、もちろんビールの美味しさなど知る由もなく、もっと正確に表現しようとするのであれば、
 『眼に焼きついた高倉健が色褪せないうちに大人になり、ビールの美味しさを知るとともに、そのシーンの説得力を都度追認してきた。』
 ということと思われます。

 後年大人になって、ラグビーをしたあとに、会社にはいって仕事を放り投げて(それも頻繁に、ですが)隣の部の田淵くんと平日の夜中に、三宅奈美さんと念願かなってデートしたときに、山案山子の恋愛相談にのりながら(正確にいうと相談にのるふりをしながら)、遠く日本を思いながら南半球のひとり暮らしのアパートの部屋で、三宅奈美さんに突然別れを切り出された居酒屋で・・・・、色んな状況でビールを飲みながら、ああ、あのときの主人公の表情は、そういうことだったのか、と美味いビール、苦いビール、無味乾燥なビール・・・を味わいながら無意識のうちにあのシーンが僕の心の中でなんども上書きされてきたわけです。

 ことほどさように、そのときの高倉健の表情はなんともいえないものでした。

 ところで、肝心の映画全体に関してですが、僕の『幸せの黄色いハンカチ』を見ての主な感想は、
 『これっぽっちも感動しなかった。』
 です。
 「ええ、それはないでしょ!?」
 と思われた方も多いかと思います。

 いや、その通り、この映画のどこにもケチをつけるつもりはありません。それに、僕みたいな輩に評価してもらいたくはないでしょうけど『いい映画』だと思います。
 でも『まるで、心を動かされなかった』んです。
 なぜ?

 それはですね、この映画を強烈に推薦した、みどりしょうごろうの所業に負う所が大きいんです。
 彼は、この映画にあまりに感銘を受けたあまり、弟に見ることを薦めただけではなく、放送中、ずっと僕の傍らにいて口角泡を飛ばしながら、いちいち『ここという場面』を先回りして説明したのです。

 「いいかけいた、ここでだな、高倉健が・・」
 ほう、なるほど。
 「このあと!このあとところが、武田鉄矢と桃井かおりは・・」
 まあ、確かにその通りなんだけど・・。
 「な?実は!倍賞千恵子はだな・・・」
 ちょっと黙っててくれないかなあ・・・。

 まさに微に入り細に穿っての解説です。
 そして、それは結局ラストシーンまで続いてしまったのです。
 ほぼ、全てのシーンを先回りして述べられてしまった僕に、兄は、映画の放送が終わるにあたって、自慢げにかつ声高に、

 「なっ?なっ?すんげえ感動するだろっ!??」

 と止めをさしました。

 いや、『全然・・・。』なんですけど。

 というわけで、僕が『幸せの黄色いハンカチ』から学んだことは、-これはこの映画の関係者の方が意図したことではないかもしれませんが、それでも僕は、痛切に、かつ、真剣に心を揺さぶられたんです。-、

『状況がビールの味を決めるのだ!』

 ということです。
 前にも書きましたが、ある事情からもう何年も禁酒を余儀なくされている僕ですが、念願かなって飲酒を再開できたときにも、きっとあのシーンが想起されると思います。
 今から楽しみです。

===終わり===




 
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プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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