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自動車教習所。②

 今日は、『男性とはそもそも遺伝子レベルにおいてしょうもない生き物ではないのか?』ということについて考えてみたいと思います。
 ・・・・いえ、違います。前回は『男とはいかにしょうもない生き物か?』』で、今回は、もっと壮大かつ科学的考察を伴う『男性とはそもそも遺伝子レベルにおいてしょうもない生き物ではないのか?』なんであります。

 先日、テレビを見ていたら、ある9歳の女の子のいる人が、娘さんと二人で出かけるとどんな感じですか?と聞かれて、
 「もう女の子は9歳にもなると、もうデートですよ、デート。もうデートです。」
 と三回も『デート』と言ってました。
 「パパ、寒くない?とか聞かれるんです。もうデートですよ。」
 だそうです。それを聞いて、ふ~~ん、女の子ってやっぱり大人なんだな、と心底感心しました。僕は自分自身の生い立ちも含めて女性の子供という生き物と一緒に暮らしたことが皆無なので、実際のところはよくわかりませんが、9歳の男の子とは随分違うような気がします。
 例えば遺伝子的考察として、我が家のジュニア(男性)と比べてみましょう。
 彼は、9歳よりさらに1歳おとなのはず、の10歳です。

 先日こんなことがありました。僕が家にいてテレビを見ていると、彼が帰宅しました。お、帰ったな、と思い、しばらくたって、ふ、と彼を見ると、どういう目的のためか、ズボンとパンツを豪快に足首までおろして下半身を露出しています。ちなみに自転車で外出したので、その時の彼の上半身は、ヘルメットをつけ、ジャケットを着ているままです。しかも、下半身を露出しているくせに、その格好、-つまり、ヘルメットにジャケット、下半身は足首までズボンとパンツを下ろしたまんまで-、でなんだか熱心に壁にかけてあるカレンダーを見て日付をチェックしています。なんだ、こいつ、さては下半身丸出しにしておいて、丸出しにした目的を忘れて、カレンダーなんかみていやがるな、と僕はぼんやりと思いながらも、風呂上りに全裸で走り回るようなその方面の恥じらいはゼロ、の男なので、別段奇異にも思わず、テレビ鑑賞を続けておりました。
 よくわかんないんですけど、10歳の女の子だとこういうことは、つまり、あえて言葉にすると下半身丸出しで、家の中をうろうろする、なんてことはないんじゃないかしらん?
 と、そのとき、突然、
 「パパ!」
 と真横で息子に呼びかけられました。こいつ、いつのまに真横にきたんだ、と虚をつかれつつ、振り返って、僕は驚愕しました。なぜなら声のほうに振り返った僕の眼前には、息子が左右の手で、うんとひろげて突き出された彼の『肛門』があったから、です。

 「うわ、な、なんだよ!」
 「パパ、写真とって!」
 「え?なんだって?」
 「フジ、こうもんがさっきからすっごくかゆいんだよ。それで、どうなってるかしりたいから、けいたいで、しゃしんとって。」
 と彼は、肛門を目いっぱい広げながら真剣に訴えました。
 「いやだよ!そんなに痒いなら、風呂で洗ってこい!」
 全く、しょうもない。つきあってられません。
 僕が、彼の案を却下すると、彼は、ぶつぶつと不平を漏らしながら、風呂へ向かっていきました。
 彼が、帰宅していきなり下半身を露出したのは『肛門がとても痒い』からだったようです。それで取り合えず下半身につけているものを全部脱いじゃったんだけど、ふとその目的を忘れて、目の前にあったカレンダーに気をとられてしまった、ということのようです。
 ・・・よくわかないけど、10歳の女の子だと、こういうことは、つまり、肛門が痒いから見てみたいので携帯電話で写真をとってくれ、なんてことは、ないんじゃないかしらん?

 さらに、その数日後のことです。僕が、寝室で、寝転びながらまたしてもテレビをみていると、おもむろに愚息が僕の傍らにやってきました。彼の手には小さな置時計が握られています。
 「いい、パパ?」
 「・・・なんだよ?」
 「勝負ね?」
 お、なんだ、なんだ、大人のこの俺に勝負を挑むとはいい根性してるじゃねえか?
 「どういう勝負だ?」
 「今からね、」
 「うん、」
 「パパが、フジの、」
 「うん、」
 「こうもんをくすぐって、」
 「・・?」
 「それで、フジが10秒間我慢できたら、フジの勝ち!」
 ・・・・なんだそれ?
 あまりの彼の提案が唐突なのと、奇抜なのに、当惑する父親をよそに、息子は、時計を手に、うつぶせになって空を飛ぶヒーローのようなポーズをとり、すでに臨戦態勢に入っています。
 「パパ、いいよ!」
 いや、いいよ、って。まあ、つきやってやるか、だいたい、経験上、こっちが本気を出せば数秒で粉砕である、自分から不利な戦いを挑むなんて、それよりだいたいなんで、よりによって『肛門』なんだ?
 僕も、やや釈然としないまま取り合えず臨戦態勢にはいりました。

 「いくよ?」
 「うん。」
 「ヨーイ、ドン!」
 僕は、容赦なく、彼の肛門をズボンの上から、くすぐりました。
 「ギャハハハハハハ!」
 息子は置時計を片手に悶絶しています。それ見たことか。
 「ダー、ハハッハ、ウヘエーヘヘヘヘ!」
 あれ?こいつ意外に頑張るな、これでどうだ!
 「ド、ウワハハハッハ、ギャー!」
 野郎、大人をなめるんじゃねえぞ。
 「ウワハハハハハハ、やった、じゅうびょう!勝った!!」
 「何、ちくしょう、負けた!!!」
 息子は寝たまんまガッツポーズ、いつのまにか必死になっていた父親は敗れて大いに口惜しがりました。
 『勝った!』『ちくしょう、負けた!』って・・・・・
 ふたりともしょうもなっ!
 10歳の女の子なら、こういうこと、つまり、肛門をくすぐって、10秒耐えたら勝ち、なんてことやらないんじゃないかしらん???

 と、いうわけで、男性というものは、そもそも遺伝子レベルで女性に比べて、しょうもない、生き物なのではないか?という考察でした。

 ・・・・と、ここまで書いて、思ったんですけど、うちの親子がやっていることって、これを父親と女の子でやったりしたら、つまり、こどもの肛門を写真にとる、とか、子供の肛門を耐えられなくなるまでくすぐる、なんてうちの場合は息子から頼まれたとはいえ、単純に構図だけだと、最近問題になっている、S的虐待(えすてきぎゃくたい、とお読みください)そのものじゃないですか。

 結論。
 ・男性は、やはり、遺伝子レベルにおいて、しょうもない生き物である。
 ・この親子のしょうもなさのレベルは、S的虐待(えすてきぎゃくたい、とお読みください。)寸前、である。

 
 尚、本件に関しては、検証例が少なく、有意とは言い難いため、引き続き例証していきたいので(愚息のしょうもなさにちょっと不安なこともあります)、

 ・父親はともかく、いやいや、男の子でもそんなしょうもないのはおまえの家だけで、他の子は、そんなことはない。
 ・その通り、我が家の男の子も(或いは父親も)しょうもないぞ、遺伝子レベル論、賛成。
 ・いやいや、女の子でも、しょうもないことはするぞ。

 など、意見があれば、広く世間に求めたいと思っておりますので、ご一報ください。
 ええ、但し、S的虐待(えすてきぎゃくたい)に関する情報は、とりあえず受け付けておりません、あしからず。

===終わり===
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自動車教習所。

 今日は、『男とはいかにしょうもない生き物か?』について検証してみます。  
 
 二年くらい前に、子供とふたりで自転車で出かけているとき、ちょっと、たいへんなことになりました。いや、してしまいました。
 自戒を込めて以下続けますが、皆さんも十分にご留意ください。
 今は、もうこのときのことに懲りてふたりともやらなくなったんですけど、そのときは『併走して走りながら僕が片手で子供の背中を、うん、と押して息子がそれをきっかけに一瞬ぐんと加速する』という遊びをよくやってました。そういうことをやるときは、だいたい押す僕も押される息子もなんとなく心準備をしてからやっていました。
 しかし、そのときは、僕が子供を驚かそうと小さな道の端っこを通っているときに、やや唐突に彼の背中を押したんです。そしたら心準備を出来ていなかった子供はハンドル操作を誤って、一気に車道にはみ出てしまいました。そんなところに対向車でも来ていたら・・・と思うとぞっとしませんか?ぞっとしますよね。ところが、思うだけでじゃなくて、実際に対向車が来ていたんです。あ、と思う間もなく、息子はこけながら自動車の前に転がりでてしまいました。幸いなことに、本当に幸いなことに、その自動車とはある程度距離があり(まあ、距離があったから僕も息子を押してみたんですけど。但し、真剣に猛省してます。)、そのうえに、その車は僕の近所の『大和大立目自動車教習所』の路上教習車でした。だから、そもそもスピードを出していなかったうえに、迅速にブレーキを、-おそらくは助手席に乗っていた教習所の教官が踏んでくれたものと思われます。-、かけてくれたので、幸い車は、息子のかなり手前で、余裕をもって停車してくれて、事なきを得ました。

 とは言え、親としては、肝を冷やしました。
 「なんで、いきなり押すの!」
 と憤る息子にはもちろん、大和大立目教習所の教習者の運転手と助手席の教官にも平謝りに謝りました。おそらくはブレーキをかけてくれたであろう、助手席の教官さんは、僕に謝罪にとくに感情的にならずに、だいじょうぶですよ、という表情で、頷いてくれました。
 怒鳴りつけられてもおかしくないのに、冷静な対応をしていただいた、といえましょう。

 日を置かずに、僕は、僕にとっては安からぬお菓子などを買い、会社帰りに、大和大立目教習所を約束もなく訪ねて、事務所で、実は先日かくかくしかじかなことがあり、叱りつけられてもおかしくないのに、冷静なご対応をいただきまして、これはつまらんものですが、皆さんでどうぞ、とやりました。
 そしたら、えらいもんで、対応してくれた事務所の方が、
 「ああ、この近くの通りの路上教習のときですね、そういう報告は受けています。いえ、そんな御気を使わせて・・・我々は当然のことをしただけですので。今担当の教官は生憎教習中でして。すみません。」
 とちゃんと事実を認識しているばかりでなく、かえって、恐縮されてしまいました。
 僕は、へえ(これは傲岸不遜な感想というべきですが)教習所ってあんまりいいイメージがなかったけど、こんな報告意識の高い、謙虚な教習所もあるんだ、と思いつつ、何度も頭を下げ、
 「担当の教官の方にもどうかくれぐれもよろしくお伝えください。」
 と言うと、教習所を後にしました・・・・・。

 上記のことは、なにしろ大袈裟に言えば息子の生命にかかわるようなことだったので、鮮明に覚えていいます。今でも、俺としたことが、友人や親戚を見渡しても輪禍には無縁ではないのに・・と思い出すたびぶるり、と震えながら猛省する次第です。

 そして、数日前のこと、筆者(男性です。)は、これからの人生設計はどうするかな、とぼうっと頭の中を掻き回していたときにも、いつのまにやら、このことをなんとなく思い出していました。それで、思い出すにまかせて、しばらくゆる~~くブレーンストーミングしていました。
 と、数分後、そろそろなんかいいアイデアでも浮かんだかなどれどれ、と惰性で稼動させていた脳の中身を、心でもって検証してみて、ええ!と愕然としました。
 なんとなれば、そのとき、この男の脳の中から拾われた台詞は、下記だったのです!

 「・・そういえば、あのときの助手席の教官、雛形あきこに似た、たいそうな美人だったなあ・・」

 そこかよ!なんてことでしょうか!この男は、息子をたいへんな危険にさらしたにもかかわらず、そのときブレーキをかけてくれた助手席の女性教官のイメージを反芻して、脳内でにやにやしてわけです。

 しかも、『雛形あきこに似た美人』って、いう妙に具体的な直喩を伴った反芻って、なんだっ!??
 しょうもなっ!

 かくの如く、男っていうのは、本当にしょうもない、生き物です。女性には、まずこういうことないでしょうね、きっと。
 ・・・え??お前だけの低俗な思考回路をもってして勝手に『男性』一般に敷衍させるな?俺は違う?いやいや、御同輩さま、こんなところで、無理しなくてもいいんですよ、男性の皆さんなら、なにかしら身に覚えがあるくせに。

 ええ、それと、筆者(男性です。)が雛形あきこの熱烈なファンなのかというと、そうでもないです。でも、好きか嫌いかと聞かれれば、そうですねええ・・・・『どっちかつうと好き』かなあ・・・。
 え?そんなこと誰も聞いてない?興味ない?
 そうですよね、全く男っていうは、本当にしょうもないです。

 皆さん、交通安全、十分ご留意ください。

===終わり===


 

偏差値28。

 僕が寝室で寝転がって、ひとり阪神タイガースの試合をテレビ観戦していたら、十歳の息子が突如僕の傍らに飛び込んできて、言いました。

 「ねえ、パパ、聞いて聞いて!」
 「うん、なんだね?」
 今、いいところなんだけどな、でも、こいつの場合は、日本語でじっくり話しをしたいときに母親が話し相手にならない、という特殊事情があるから、まあ、ここは例によって俺の役回りだな、しょうがないか。

 あまり、乗り気じゃない父親もものかわ、息子は、
 「これはね・・・という話でね。」
 とまず題名からはいると、満面に笑みを浮かべて、立て板に水、の如く澱みなく話し始めました。

 「ふん。」
 「まず、男がね『うぎゃあ!俺は実はお前に秘密にしていたことがあるううっ!』って言ってね、」
 「ふん、それで?」
 「それで女の人が『ひえええ!秘密ってなによおおおっ!』ってね、」
 と、息子は、彼の『お話』の登場人物である、男性と女性、両方を熱心に演じます。
 「ふん、それで?」
 「ぐわああ、俺はああ、実はお前に秘密でスパゲティを食べたんだああっ!」
 「きゃあああ、なんですってえええっ!?」
 「ほう。」
 「うへえええ、しかもそれは、ナポリタンンンぬぬっ、なのだああっ!」 
 「うぎゃああ、なんてこと、あなたわたしにいいい、きゃあ、秘密でスパゲティのおお、いやあああ、しかもナポリタンを食べたのねええっ!」
 「あわわわ、そうなのだっ!」
 「ぎえええ、なんてことをおおお、」
 「ふん。」
 この話のどこがそんなに楽しいんだろう。
 「してくれたのおおお、あなたなんかああっ、」
 「うん。」
 「ぎえええ、もう、ぜっこおよおおおおっ!」
 「!!くだらねえ!がははははは!」
 父親は社内有数の阪神ファンを自認するにも関わらず、不覚にもついさっきまで熱心に見入っていた阪神タイガース戦中継そっちのけで、弾かれたように爆笑してしまいました。
 「えへへへへ!面白いでしょ?」
 「いや、全然面白くない!全くくだらん!ぐわははははは!」
 「あはははは!」

 息子と二人でひとしきり爆笑したあと、再びひとりになって、僕はいろいろと考えさせらてしまいました。

 あんまりいろんなことが思い浮かんだため、そのときのことを全部うまくは表現できないので、主だった認知を整理して箇条書きにしてみます。

 ①こいつ(愚息)は、通常の学業においては、『28』などという、そもそもそんな値が存在し得るのか?というような偏差値を取ってくるような体たらくではあるが、実は、ストーリーテラーとしては希代の天才なのではないかしらん?・・・・
 だとしたら、そういう方向に道をつけてやるのが親としての責任なのでは?

 ②いやいや、それは単なる『親ばか』というもんで、贔屓の引き倒しに過ぎない、息子は普通の凡庸な児童である。

 ③否、①でも②でもなく、斯様な話に我を忘れて爆笑するところをみると、父親が、そもそも一個の社会人として精神年齢が低すぎる、ということであり、実はそのことこそを憂慮すべき、なのではないのか?

 ④もし、③である、とすれば、僕が資本主義実社会で不遇をかこち、未だに平社員に甘んじているのも説明がつく、というもんである、うん。

 ・・・・などなど。
 
 いっぱい考えが浮かんだにしては、今のところはまだ明快な解決策も思い浮かばす、特に具体的な行動には出ていません。
 まあ、息子の次回作品を聞いてからでもいいか、と結論をあとのばしにしています。
 
 そうそう、最後になりましたが、息子が自分で作ったという上記の話の、これまた自分でつけた、という題名を記しておきます。
 題名を書いておかないと、彼に、これではパパ、仏作って魂入れず、画竜点睛を欠く、というもんじゃないか!と怒られてしまいそうなので(もちろん、彼はそんな故事成語はまだ知らないですけどね。何しろ偏差値28なので。)。

 この話の題名は、下記だそうです。
 すなわち、
 
 『ぜっこうましーん』。

 ・・・お後がよろしいようで。

===終わり===


プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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