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御代川さん。①

 そんなの知ってるよ、って思われるでしょうが、実は『緑慧太』っていうのはペンネームです。このブログの読者のほとんどが僕の本名、どころかそのわかりやすい僕の女性の嗜好、に至るまで御存じの、僕の親しい知己だと思いますけれど、敢えて本名はここでも明かしません。

 僕の本名の名字はわりと珍しいほうです。ありそうだけど、実は案外いない、って感じですかね。そんな曖昧模糊とした表現では珍しさの度合いがわからん、という反論はごもっともですので、もっと説明すると、僕は今まで親戚以外で同じ名字の人の存在を見聞したことこそあれ、実際に面と向かって会って会話したこと、は一回もありません。
 さらに具体的に説明しましょう。ある名字検索WEB(こんなものがあるんですね、凄い世の中になったものです。このWEBは『日本人の名字の98%を網羅している』そうです!)によると、例えば『佐藤さん』はその人数において全国一位で、およそ205万5千人いらっしゃいます。一方、僕が適当にインプットしてみた『砂糖さん』(自分でインプットしてみたくせに驚きました。いるんですね、そういう名字の人!)は全国で51,095位の名字で、およそ40人いらっしゃるそうです。さらに、『御代川さん』という名字は、全国13,154位で、およそ500人いらっしゃるそうです(ええと、別に僕の知り合いに『御代川さん』という人がいるわけではなく、このブログを書くにあたって、さっき、近所の百円ショップに並べてある三文判の中から僕が適当に珍しそうだなと選んできたお名前で、他意はありません。)。それで、僕の本名の名字はどのくらいかというと、そのネットによれば、全国で14,883位、およそ400人、だそうです。
 つまり僕の本名は統計学的に言うと、『砂糖さん』の珍しさには到底及ばないけれど、『御代川さん』よりはやや珍しい、っていう程度、ということです。(といっても、『およそ400人』のうち『およそ30人』は僕と僕の家族と親戚ですけどね。)
 ここでは、便宜上僕の名字は『緑』っていうことで、話を進めます。

 僕は、今『親戚以外の同姓の人とまだ顔を合わせたことがない』と書きましたが、一回だけニアミスをしたことがあります。
 あれは、随分前のことです。インターネットや電子メールはもちろん、携帯電話の普及にすら歳月を待たねばならないの頃のことでした。
 僕は営業職にあり、とても忙しい日々を送っていました。ある日、その日は、本当に電話の多い日で、僕が電話中に他の電話があり、『電話ください』と伝言メモが飛びこんできて、それに対応していると、また電話があって、『電話してください』メモが飛びこんできて・・・という多忙循環にはまっていて、仕事のペースを大いに乱されていました。そのうえ、電車で、40分ほど先のお客さんとの約束の時間は迫っていて、どこかで区切りをつけて脱出しないと、電話の絶え間ない波状攻撃の前に、お客さんとの約束の時間にもはや間に合わない、というような状況でした。当時はメールもないので、ちょっと遅れます、というのも電話で連絡しなければならず、しかし、電話で連絡するくらいの時間があるならば一刻でも事務所から姿を消してしまわないと、この『電話中→電話してくださいメモ→電話中→電話してくださいメモ』の連鎖から逃れられそうにありませんでした。それで僕は、遅れそうです、という連絡もできないまま、じりじりとしていました。すでに今出ても約束の時間には少し遅れてしまうかも、これ以上、電話していられない、とある電話を最後に鞄をひっつかんで、席をたったときでした。同じ課の年次の下の女性が、歩き始めた僕にむかって、
 「みどりさん、電話です。」
 と言いました。僕は苛々していました。
 「電話です、って誰から!」
 「それが名乗られないんです。内線なんですけど・・・。」
 なんだ、この忙しいのに!でも内線で名乗らない、ってのは社内の偉い人がよくやる言動だから、ここは出ておくか、と僕は、また机にもどり、立ったまま電話をとりました。
 「はい、お電話かわりました!」
 早くしてくれよ、もう遅刻なんだよ、こっちは。すると、電話口の向こうから半笑いの中年男性の声が聞こえてきました。
 「みどりさん?」
 「はい・・・」
 「私、みどり、でございます。」
 身に覚えはありました。実は当時社内に僕と同じ名字の年配の社員のひとがひとりだけいる、ということは知っていたんです。そして、ほんの1週間ほど前、ドイツの全然知らない会社から僕宛に葉書がきたことがありました。僕は、ドイツなんか殆ど仕事上では関係ないし、ましてや、発行元の会社名には全然心当たりがありません。ふと、ああ、これは『みどり違い』で僕と同じ名字のあの方のところへいくべきものだろう、と判断したので、もうひとりのみどりさんの部署を調べ、社内便で『みどり違いのようです。』とメモをつけ送っていたんです。どうもそれを受け取った先方が嬉しくなって内線で電話してきた、しかも、僕を驚かせたいので、敢えて電話を取ってくれて女性には名乗らなかった、というのが真相だったんですね。
 ああ、そういうことか。と僕は思いつつも時計を睨んで、焦りはつのります。
 「今回はわざわざ葉書を転送いただき、ありがとうございます。」
 「いえ、とんでもないです。」
 僕も同じ名字の方に親近感を感じないわけではないですし、ひょっとしたら遠縁かも、なんてこともあり得るうえに、むこうは明らかに先輩なので、粗相があってはならぬ、と思い対応しながらも、僕の訪問を待っているお客さんの顔がちらつきます。
 お礼だけなら、もういいんじゃないかな・・。
 「いやね、私もいらっしゃるんだな、とは知っていたんですけどね。なかなかお話する機会がなくて・・・」
 ああ、なんということでしょうか、もうひとりの『みどりさん』は滅法暇な方と見えて、僕の焦りとは無縁に、なにやら親しげに世間話口調で話しかけてきます。
 「いえ、あの、こちらこそ。失礼しました。」
 僕は、1秒でも惜しい身なので、もうすぐにでも電話をきりたかったんです。ところが、なんともうひとりのみどりさんは、
 「ところで、ご出身はどちらになるんですか?」
 と質問をしはじめました。ああ・・・
 「え、いや、父親は満州生まれなんですけど、その前はたしか北九州とかで、おおもとは広島とか聞いた覚えがあります。けど、よく知らないんです。」
 悪いけど、今はどうだっていいやそんなこと、早く電話を切らないと・・・・
 「ほう、西の方ですね。私は和歌山です。」
 だから、どうだっていいんですけど!
 「実はね、私は平家の落ち武者の子孫なんです・・」
 うわあ、このひと、この忙しいのに、先祖を語り出したっ!
 「和歌山で落ち延びた平氏の武士がある部落に居つきましてね、それが我が家の先祖なんですよ。だから今でも和歌山のある一帯には、みどり姓が多くいましてね・・」
 ああ、困った!
 「ああ、そうですか、また改めて・・・」
 何を改めるのか自分でもわかりませんが、僕がそう言って、強引に電話を切ろうとしたにも関わらず、先方が放った言葉は、僕をして、ほぼ絶望させました。
 「どうです、今度ひとつ『みどり会』でもやりませんか?」

 結局、僕は、お客さんとの約束に間に合うどころか、先祖の自慢だの、名字の由来だのを滔滔と語る『みどり会会長』を受話器を手に立ったまま相手しているうちに約束の時間にまだ事務所にいる、という大失態をしでかしてしまいました。その後、幸か不幸か『みどり会』は開催されず、先方はいつのまにやら退社されてしまい、つまるところ拝顔することなく終わってしまいました。
 でも『みどり会』つったって、会員はふたりだけだし、『同姓である』っていうこと以外さしたる話題はないんだから、会ったところで、ぜんぜん話は弾まないんじゃないか、って思うんですけどね。
 いやあ、あのときは本当に、参りました。今思い返すと、かなりの奇遇ではあったんですけど。

 その後その種のことには出会っていないので、現在に至るまで親戚以外とは同じ名字の人と対面したことはありません。会ってみたい気もするし、会う度にいちいち『ひとつみどり会でもやりませんか?』なんて言われるのもなんだか面倒臭そうだしな、って思ってたりしています。

===終わり===
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ウーサギ・大石氏。

 先日、うちで、息子から突然質問を受けました。
 「パパ『ウーサギ・大石』ってどういう意味?」

 しつこいですが、僕のさい君は南半球生まれ、南半球育ちの外国人なので、日本語があまりうまくありません。それで、9歳になる息子が日本語について疑問があるときは、必然の結果として彼の質問相手は僕に集中されるわけです。その疑問は彼の成長や行動範囲に比例してだんだん範囲が広くなってきて、どこから聞いてくるのか、最近では、
 「サラ金、て何?」
 とか、
 「地上げ屋って、何?」
 とか、聞かれるほうがちょっとどきっとするような質問も増えてきました。それでもそこは、9歳ですから、僕は説明する言葉は選びつつも、たいてい対応できないものではありません。

 でも、今日の質問はちょっと毛並みが違うようです。
 『ウーサギ・大石』って何だ?新しいお笑い芸人かしらん?息子は僕に似たのか、お笑いが結構好きで、僕と一緒にパソコンでお気に入りのお笑い芸人の動画を探して鑑賞して喜んだりしてますので、さては、こいつ、父親に先んじて新しいお笑い芸人を開拓したな、でも『芸名』だったら意味を俺に聞かれてもわかりませんけど・・・、と僕はやや戸惑いつつ答えました。

 「え?ウーサギ・大石?知らんなあ。誰だそれ?」
 「ほら、ここに書いてあるんだけど、意味がわかんない。」

 どれどれ。見ると彼の指し示す方向には漫画本が。ありゃまた漫画本かよ、だから『十五少年漂流記』はいつ読むんだよ、それに漫画の中のキャラクターの名前だったりしたらそんなの意味なんかないんじゃ・・・・、と呆れ半分、脱力半分、といった趣きで、僕は、それでも彼の指し示す漫画本を手にとりました。

 「どこにそんなのあるんだ?」
 やや、国際結婚の悲哀と、息子の成長のなさに不安感などを覚えつつ、少し不機嫌に僕は息子を問いただします。
 「ほら、ここお。」
 父親の複雑な心情を知ってか知らずか、愚息は能天気にあるページを指し示しました。どら、書いてあるところがわかったところで『ウーサギ・大石』なんて言葉、説明のしようがないと思うけど・・・と思いつつその部分を渋面で読みます。

 「・・・・・・?・・!!!!ぶわっ、がはははは!ウーサギ・大石!どひゃひゃひゃ!」

 人間が思わず笑ってしまう原因はいくつかに分類できると思うんですけど、そのうちのひとつに『全くの意表を衝かれ突如、瞬時に自分が内包する笑い液が沸点に達する』っていうのがあると思うんです。僕は、不覚にも息子の蔵書を見て、それまでむしろ普段より低温であった心の中の『笑い液』が忽然と沸騰してしまい、しばし、笑い続けました。
 その横で、息子は何がおこったのかわからず、豹変した父親をみて、呆然としつつ、しかし『ウーサギ・大石』氏がいかな効力をもって父親を爆笑させたのか真剣な表情で観察しています。

 「ははは、いや、なんでもない、はは、しょうがないよな、フジはこれ習ってないんだろ?はは、それじゃあ、ウーサギ・大石の意味わかんないよね、がははは、くだらねえ!」

 息子はまだ何が起きたのか全然わからないみたいです。それはそうです、彼は『習っていないから知らない』んですから。
 そのページには、あるお母さんが赤ちゃんを寝かしつけようとしている絵があって、子守唄を歌ってきかせています。その歌詞として、吹き出しではなく、コマの中の背景にひらがなでこうあったんです。
「うーさぎ、おーいし、」
 そうなんです。これは旧文部省唱歌の『ふるさと』の一節ですよね。でも息子はこの歌を知らないもんだから、意味がわかんなくて僕に聞いたわけです。つまり、息子は、
 「パパ『うーさぎ、おーいし、』ってどういう意味?」
 って聞いたつもりだったんです。
 でも僕の耳には、
 「パパ『ウーサギ・大石』ってどういう意味?」
 としか聞こえなかったので、その正体が判明したとき、おお、そう来たか、と自分の勝手な思い込みとあまりのかけ離れた予想外の結果に僕はひとり爆笑してしまったわけです。まさか『ウーサギ・大石』氏の正体が『ふるさと』の歌詞、だったとは!ってね。
 もちろん、息子にはそれが『兎追いし』である、ということのみならず、歌詞の一節であるということすらわかんなかったわけですけど、同様に『ウーサギ・大石』だろう、とも決め付けてはいなかったはずです。でも彼は、メロディなどかけらもつけずに、しかし、『うー』と『おー』に妙にアクセントをつけて『ううさぎ、おおいしって・・』って言ったもんですから。

 息子には父親として悪いですけど、我ながら、ああ僕って、もの凄くくだらない男だなあ、って思います。
 でも、こういう『正体不明なんだけどなんだか既視感』、-いやこの場合は既聞感かな(こんな言葉はないでしょうけど)-、のある名前って悪くないと思うんですけど、どうですかね。
 『ウーサギ・大石さん』、って。
 別にお笑い芸人でなくてもいいから、そういう名前で誰か世に出ないかな、応援しちゃうんだけどな。

===終わり===

花吹雪。

 あれはまだ社会に出て数年目のある真夏の日のことです。お互いまだ独身でした。
 僕と、僕の親友山案山子は二人で泊りがけで海水浴に出かけました。なんだってそんなことになったのかというと、これまた当時まだ独身だった僕の兄がたまたま静岡県の沼津に転勤で住んでいて、部屋も余っているし、魚もうまいし、海もあるから遊びにきたらどうだ、と言ってくれたからです。そんなきっかけでもなければ、野郎二人で泊まりで海水浴、なんて色気のないことはしません。
 僕らは僕の車に二人で乗ってでかけました。たしか土日だったと思います。予定では、土曜日の午後につき、海産物を満喫して、日曜日に泳いで帰る、というありがちなで平凡な小旅行になるはずでした。
 それがまさか、あんなことになるなんて。

 土曜日、僕らは予定どおり、兄の家に午後遅くにつき、一泊しました。翌日は近くの兄の家から車で15分くらいの、海水浴場に行きました。兄は他に予定があるとか、で土曜も日曜も別行動だったので、僕らは終始ふたりで行動していました。よく覚えていませんが、そんなことをして休日を過ごすくらいだったので、二人ともお付き合いしている女性もいなかったんだと思います。
 「さあ、今日は海だ。」
 「うん、焼くぞ~~。」
 僕らの海に行く主な目的は『海水浴』とは名ばかりで、その実、焼いて見栄えをよくすること、でした。まだ若かったから見た目を大いに気にしていたし、そういうことで自分たちの魅力がアップする、って真剣に思っていたわけです。
 「これでさ、休み明けに、真っ黒で、出社したらさ、格好いいよね。」
 「うん、しかもさ『あれ、いったいどこへ誰と行ったのかしら?』なあんて思われてさ。」
 「そうそう、そういう『ミステリアスなプライベート』て必要だよな。」
 「そうだよ、男はさミステリアスなところがないと、もてない。」
 「うん。」
 「うん!」
 自意識過剰な大馬鹿野郎ふたりです。
 
 ともかくも、僕らは、泳ぐことなどに見向きもせず、真夏の午前の太陽に砂浜で体を投げ出し、日光浴を始めました。しかも、日焼け止めクリームなど、一切用意することもなしに!砂浜について服を脱いで、それっ!てやっちゃったわけです。

 1、2時間がたちました。僕が言いました。
 「なんかさ、全然黒くなんねえな。」
 「そうだな、はじめと変わんねえなあ。」
 「なんだよ、太陽にやる気が感じられんなあ。これじゃあ『ミステリアスなプライベート』を演出できないじゃん。」
 「うん、もうちょっと辛抱して焼こう。」
 間抜けですねえ。そもそも日焼けというのは太陽光を浴びてすぐに皮膚が変色するわけではなく、時間差で色素が変化をおこすものです。でも無知なふたりはビーチに寝そべって、はい真っ黒、ミステリアス!っていう短絡的な期待をしていたもんだから各々の皮膚の色の変化に満足できず、さらに日焼けを続けたわけです。繰り返しますが、日焼け止めクリームの類などは一切使用することなしに。使用、どころか購入・準備すること、すら僕らは思いつきませんでした。
 結局、二人は、午前から15時頃迄、という一番紫外線の苛烈な時間帯をフルに砂浜で過ごしました。それでもいきなり黒くはなりません。
 「なんだよ、不満だなあ。」
 「そうだな、全然真っ黒じゃない。」
 「うむ、格好いいまでには至ってない。太陽のやつ、俺たちのこの貴重な時間をどーしてくれるんだ。おっと、背中も焼かなきゃ。表だけではミステリアスとはいえんからな。」
 まだ、ミステリアス、言ってます。実際には会社の人は誰も僕らにそんな注意なんか払わないのに、若いっていろんなことが見えていないんですね。日焼け止めクリームの必要性を含めて!

 僕らは、最終的に焼き加減に不満を残しつつも、そろそろ帰らねばならなくなりました。
 「しょうがねえな、帰るか。」
 「うん、あれ、ほら、ちょっと焼けてない?」
 と山案山子が、水着の太ももをめくって言いました。
 「ほら、水着のところがなんとなく白くない?」
 「おー、比べて見るとそうだな。だけど、会社では短パンでうろうろするわけじゃあないから、比べないとわかんないくらいじゃなあ。」
 どこまでも間抜けです。日焼けの変色の効果が日光浴をしてから時間差で、いわば『軽いやけどの効果』として表れる、ということに考えが及んでいません。この時点で、海パンの部分が白いなら、すでにかなりの日焼けをしている、と認識するべきでした。
 「まあ、時間がないから、しょうがない、帰ろう。」
 「うん。」
 と僕らは車に乗り込みました。ここで、些細なことですが、のちのち、ある波紋を呼ぶに至る選択を僕らはすることになります。実は、前の晩、豪遊しすぎて沼津の夜を『予算以上に満喫した』僕と山案山子は、やや懐不如意になっておりました。すっからかん、というわけではありませんでしたが、今日の晩御飯を心置きなく満喫するためには、-言葉で確認するまでもなく、僕らは、うちの近くまで行ったら晩飯を食べて解散するつもりでした。そして、その頃の僕らには、どういう状況であれ、『晩飯の内容』というのは常に非常に重要ないち大命題であったのです。若いって不毛です。-、やや財源が心配でした。そこで、僕らは、
 「帰りは高速に乗らずに、下で行こう。」
 と一般道を通るということで、晩御飯の財源を捻くりだす運びとなりました。

 僕の車、ということもあって、行きと同じように、自然と僕がハンドルを握りました。そして、走ること、1時間くらいたったときのことです。
 僕は、なんだか体にいいようのない違和感を感じていました。妙に熱くて、でもその熱さは体の芯から外に湧き出てくるような熱さで、エアコンを強くしてもおさまるような類のものとは違うんです。そのうえ、服やカーシートに触れる部分の皮膚にじんじんとした軽い痛みを覚え始めていました。なんのことはない、僕は、クリーム無しで数時間も真夏の太陽の下にいた、という無防備さから、ある種の全身やけど、という『病変』をおこしはじめていたんです。でも、そうとは知らずに、あれ、どうしたんだろう、と思いつつも、幸か不幸か、僕は、一方では運転に注意を払わなければならないので、その異様な熱さや痛みを感じること、には集中しきれませんでした。ただ、一般道を走っているので、頻々と信号で、止まります。当たり前です。そのとき、暫時運転の注意から解放されると、一気に熱さや痛みが襲ってきて、うん、なんだろう、こりゃ、と思っていました。
 と、突然、山案山子が言いました。
 「あのさ、運転代わろうか?」
 「え?」
 なるほど、行きも俺が全部運転したし、帰りは道中長いから、山案山子にしては珍しく気を遣ってくれたんだな・・、高速だと運転を代わるわけにはいかないけど、一般道だからそういう申し出をしてくれたわけだ。
 「いや、いいよ。」
 「・・・・・。」
 僕は、実際、運転疲れはまだしていない、ということ以上に、もはや運転でもしていなければ、それから気を紛らすことができない、というくらいの状態に悪化している体の熱さや痛さのこともあり、山案山子の好意を即座に却下しました。すると、どういうわけか、山案山子はなかなか引き下がりません。
 「いや、行きも全部運転してもらったしさ、ちょっと代わるよ。」
 「いや、いいって。」
 「・・・・・・。あのさ、」
 「うん。」
 「運転、したいんだよ、俺。」
 「え?」
 なんていうことはないです。このとき、山案山子の皮膚も僕と同じように『病変』を起こしはじめており、ただ、彼は、僕と違って助手席に座っているだけなので、気の紛らわしようがなく、無言で堪えていたけれど、我慢できなくなった、というわけです。
 「あれ、おまえも、ひょっとして・・・」
 「うん、もう熱くて、痛くてたまらない!運転でもしないと!」
 好意、でもなんでもなかったわけです。
 そうと判明すると、僕はますます譲りません。車中の会話は『友情からくる美しい申し出と辞退』から『あからさまな醜いハンドルの奪い合い』に豹変してしまいました。
 「だいず(僕の渾名です。)、頼む!運転させてくれええ。」
 「だめだ、だめだ、運転なしに、この痛みには堪えられん。」
 「そんなこと言わないで、交互に運転しようよ~~~。」
 「だめ!」
 時間を増すごとに、僕らの体の熱さと痛さは酷くなっていきました。もはや二人ともそれ以外のことは話題にすることすらしませんでした。その日は、一緒に晩飯どころではなく、ほうほうの態でお互いの家に辿り着きましたが、体の異変のピークは帰宅後でした。つまり時間的には、帰宅後まで、皮膚の病変は進行し続けた、わけです。
 帰宅後、夜にかけて、さらに火照りと痛さは酷さを増し、僕は文字通り悶絶しました。なにしろ、体が服や布団にちょっと触れただけで、痛みを感じ、一方で体の中から襲ってくる熱さの波もあり、ろくに寝付けません。確か、氷をタオルに詰め込んで体にあてがったり、というむなしい抵抗を試みながらまんじりともせず、一夜を明かしたように覚えています。山案山子も同じように悶絶しているんだろうな、と思いながら。そして、翌朝、痛みに叫びを上げつつ服を着替え、会社に出社しましたが、正直いって、日中も痛みで仕事どころではありませんでした。おそらくその日、勤務中の僕は同僚にとっては、目一杯、挙動不審だったであろう、と思われます。違った意味でミステリアス、な男だったわけです。
 仕事から帰宅後、痛みの中、山案山子に電話しました。彼は、その日もまだ夏休みで仕事はなかったはずです。
 「おい。」
 「うん、寝られた?」
 「寝られるわけねえだろ?」
 「そうだよな、悲惨だ。まだ痛い。」
 やはり、山案山子も僕と同じように悶絶していたようです。
 「うん、俺も仕事どころじゃなかった。」
 「ええ!だいず、出勤したの!?」
 山案山子は驚愕していました。当然、会社など休んだもの、と思っていたようです。このことは、当時の僕らの『皮膚の病変』がいかに尋常なものではなかったか、を物語っています。
 「当たり前だろ、あれくらいで休むわけにはいかないよ。」
 と、それでも僕は虚勢を張って答えました。山案山子は休みだったので、一日中、専心、痛さをこらえることに集中していたそうです。しかも、曰く、
 「すげえ、あれで出勤するなんて考えられない!俺なんかあまりの惨状に、よく我慢した、って母親の俺に対する評価があがったのに。」
 と、わけのわからん驚きかたをしておりました。

 この、日焼け止めクリームを使わずに、一番太陽が高い時間帯に数時間連続で、身を投げ出した報い、は一日や二日では収まらず、それからだいたい一週間は僕ら二人は、皮膚の痛さをこらえながら生活していました。一週間くらいたつと今度は異常な痒みが全身を襲ってきました。しかし、その痒みは掻いたところで、気持ちがいい、というような穏やかなものではなく、すごく痒い、しかし、掻いたら痛い、という厄介なものでした。それが仕事中など、時間帯を選ばずに襲ってきます。おまけに全身焼いているので、手が届かないようなところまで痒いんです。『ミステリアスなプライベート』どころではありません。ある場所で痒さにたまらずに、席を外し、トイレに駆け込み、痛みもものかわ、上半身裸になって一心不乱に掻きむしったら、剥けた皮が花吹雪のように狭いトイレ中にふわふわと飛び散りました。うわわ、こりゃ山案山子も今頃、どっかで季節はずれの花吹雪を降らせているな、と思いました。僕のあとにトイレに入った人は、人間が脱皮したような床一面の皮にぎょっとされたに違いありません。あとで、聞いたら、果たして山案山子も同じようなタイミングで、痒さにたまらず『脱皮』していたそうです。
 ただひとつ、皮肉なことに、皮膚の色に関してはその一週間は僕らは真っ黒でした。事実は、そんなことはどうでもいいような惨状に見舞われていたわけですが。

 上記のことは、僕と山案山子の間では、未だに『沼津事件』として繰り返し語り継がれており(二人以外にとってはしょうもない話なので、僕らの間のみで反芻するだけですけど)、このことを話すとき、同時に必ず、

 ①日焼けをなめてはいけない。
 ②何が『ミステリアスなプライベート』だ。
 ③二人共いざとなったら友人より自分のほうが可愛い人間である。
 ④山案山子の忍耐力は知れている。

 ということを頷きあいながら、再確認しております。

===終わり===

ちょっきん。

 他の方はどうだかわかりませんけど、こと僕に限定して申し上げると、人生というのは予想もしなかった出来事の連続です。
 と、いっても劇的なことが次々に起きている、というわけではないです。些細だけれど『あれ、なんで俺こんなことになってるんだろう?』っていうことが日常に頻繁にある、ということです。
 じゃあ、そういうことの連発で僕が『予想外にベリーハッピー』なのか、というと、ええと、そうでもないです。
 最近になって(かなり遅いですけど)これは僕が、どうも主体性もなくなんとはなしに流れに身を任せてふらふらと生きてきてしまったこと、への報いではないかしらん、とようやく思い始めました。そもそもが、ちゃんとした海図や羅針盤はもちろん、目的地ですらあやういまんまいい年までその場凌ぎで進んでいたら、それは遭遇することも予想できなかったりしちゃいますよね。だから実は僕には、その都度驚く資格すらあるのか、怪しいもんなんです。

 先日のある日にも、家の中で、家族でくつろいでいたら、さい君が、ごく軽く、しかし唐突に彼女の母国語で言いました。
 「今度国に帰ったら、フジを割礼させよう。」
 か、かつれい、って・・。
 僕は少し、どきっとはしたものの、これには一応背景があるんですね。さい君の国には男女ともに割礼の習慣があるんです。女性に関しては詳しくは知りませんが、最近はあまり行われていない、やに聞いています。しかし、男性のほうはごく普通に行われていて、『今日はうちの息子の割礼のお祝いだ。』なんて言って幼児を着飾らせて近所を練り歩いたりしてます。さい君がさせよう、と言っているのは、この儀式を含む広義の意味の割礼ではなくて、狭義のほうの、外科手術的な割礼、をさしているようです。但し、現地では少数派の民族に属するモンゴロイドであるさい君の家系には、そういう慣習はないはず、なんですけど。
 「割礼したほうが清潔だし。」
 「・・・・・。」
 いや、そうと決まってるわけじゃないんじゃ・・・。僕がなんと返答したものわからずに、無反応でいると、それを間にはいって、黙って聞いていた息子が、
 「かつれいって何?」
 と母親の母国語でさい君に聞きました。
 すると、さい君は、ごく普通に、左手でモノをひっぱり、右手で表した『チョキ』で、モノをすぱん、と、気持ち良さそうに切る仕草をしながら、
 「こうやって、フジの象さんを、ちょっきん!」
 と言いました。
  一瞬、ぽかん、としていた息子は、次の瞬間、火がついたように号泣し始めました。
 「うぎゃああ、わあん、わあん、象さんを切るなんていやだあ!絶対にめちゃくちゃ痛いに決まってる!ママは男じゃなくて、象を持っていないから、そういうことの痛さがわからないんだ、ひどいい!うびえええん!」
 「これこれ、かつれい、て簡単にいうけど、あんたの兄さんや弟はしてるのかね?」
 「うん?そんなの、しーらない。どうなんだろう、知らないなあ。でも男の場合は割礼したほうがいいんじゃない?」
 さい君は、どこまでも無責任に、思いつきとしか思えないこと、を呑気に言い放ちます。息子は引き続き号泣し続けています。
 「ママはいつだって、そうなんだ、フジのことをわかってくれようとしないんだ、ぎやああん、わん、わん!」

 いや、いつもはともかくとして、これに関して言えば、わかってくれようとする、とかしないとか、ということではなくて、その、あんたの両親が国際結婚なんぞをしちまったゆえの、いわゆる『育ち、とか習慣、とか、価値観の違い』からくる、あれ、なんである。けど、それを説明するにはちょっと早いしな・・・・。

 「わかった、わかった、かつれいしなから、もう泣くな。な?かつれいしないからさ。」
 と平然と、泣き喚く息子を眺めているさい君をよそに、僕は
 「象さんを切るなんていやだー!」
 とたくましくした自らのまがまがしい想像からくる恐怖に、さい君の母国語と日本語をごちゃ混ぜにして泣き喚く息子の肩を抱きながらなだめてやりました。

 こうして、暫時、我が家のJr.の『そのまたJr.を切る』ことは、済し崩し的に検討されなくなりました。
 けど、と僕は思うんです。
 あれえ、自分の人生のひとコマとして、なんだって『割礼に恐怖して泣く我が子を、わかったわかったしないから、って肩を抱いてなだめる』なんて役割を僕が演じているんだろう?って。こんな場面はたいてい予想していないです。
 ま、それもこれも僕が『成り行き』に任せて生きてきたことの結果みたいなので、そろそろ主体性を持って生きてみたほうがいいかしらん、って思い始めてます。
 ちょっと遅きに失したみたい、ですが。

 ・・・え?女性の場合の割礼は、何をどういうふうに『ちょっきん』するのか、説明がない?
 いえいえ、そういうことは自分で調べましょう。僕も『正確なこと』は存じ上げません、ので。

===終わり===
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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