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ツバメの巣。

 息子が唐突に言いました。
 「パパ、『ひとづま』って、どうゆういみ?」

 僕は、真剣に憂いています。他ならぬ息子の『おつむの出来』についてです。こいつは、どうも出来が悪いんじゃないかなあ、と悩んでいるのです。
 僕が、そう考えるに至った拠り所になる事例、をあげると枚挙に暇がありません。

 ある日、駅を降りて息子と一緒に家に帰る途中、彼が嬉しそうに言いました。
 「パパ、知ってる?あそこのクリーニング屋のところにね・・・。」
 「おお、知ってるぞ、ツバメの巣だろ?」
 「へえ、何で知ってるの?」
 「いや、パパも仕事の行き帰りに見つけたんである。」
 「そう!あそこの、コウケイトウの裏にあるんだよね!」
 「・・・いや、あの、『けいこうとう』じゃないのかね?」
 だいじょうぶか、こいつは・・。混血で母親とは日本語であまり会話をしない、とはいえ日本生まれ、日本育ちの9歳だろ。
 「そう、それ。それでね、雛が3匹いるんだよね!」
 それに、三匹じゃなくて三羽だろう、しかし、息子は、せっかく僕が指摘した『コウケイトウ』の誤謬も軽く流してしまいました・・。

 さらに過日、彼が彼の祖父からプレゼントされた大きな地球儀を嬉しそうにぐるぐる回して見ていたと思うと、
 「パパ、『アイスランド』っていう国と『アイルランド』っていう国があるんだね!?』
 「うん、そうだよ。」
 「なんだか、やかましいねえ。」
 「・・・いや、『ややこしい』だろ?」
 「そう、それ。名前が似てるよねえ。」
 またしても軽く流されてしまいましたが、こんな基本的な日本語ができないで、こいつまともに生活できてるのかな?

 加えてもっと親を心配させるのは彼のテストの答案です。先日、ぐしゃぐしゃになった社会科のテストの答案を、さい君が、僕に押し付けるように見せました。
 「これ、みて、ケイタ、間違いだらけ!」
 どれどれ、間違いくらいありなむ、そんなにカリカリしなさんな、と鷹揚に答案を見始めた僕の表情は、しかし、次第に険しくなっていきました。
 その試験は、左上にまず、『水に関すること』が図や絵で示されていてそれを見て、続く問いに答えるようになっています。浄水場の簡単な図解や、家庭で使われる水の用途の簡単なグラフ、などについて『浄水場で水をきれいにする設備はどれでしょう。記号で答えなさい。』とか、『おうちでつかわれる水でもっとも多いのは何のためですか?』などと問われているわけです。それで、愚息は何問か間違えているんですけど、その間違え方、が悩ましいんです。

 問題
 『東京で使われる水が増えているのはなぜですか?』
 息子の記入した答え
 『そういうふうに左上にかいてあるから。』

 「おい、フジ、これ何だよ。こんな答え方するやつがあるか。」
 「だって、そうじゃない?そこにかいてあるでしょ?」
 「・・・・・・。」
 もちろん、彼の答案は、コメントなしで、冷徹にバツにされています。ごもっともです。それどころか、親としては斯様な答案につきあっていただく先生にまことに申し訳がたちません。しかも、こういう答案を彼が斜に構えて、諧謔で書いているならともかく、彼の場合は諧謔でもなんでもなく、真剣に考えた末の回答なんであります。
 さらに答案をくだって見ていくと、間違えたところや、答えられなかったところを復習のために、赤字で自分で正答を記入させられているんですが、なんだか妙な正答記入がありました。僕は、僕の悩ましさに関係なく、じゃがりこをばりばり食べることに専心している息子に、やや、いらいらして聞きました。
 「おい・・これ、なんだ?『工失』って・・・」
 「ああ、それ、それは『くふう』だよ。」
 息子は、じゃがりこを食べながら僕のほうも向かずに造作もなく、退屈気に返答します。
 「『くふう』だ?おまえ、漢字が全然違うだろ?パパ、わかんなかったぞ。」
 それに対して即答した、息子の言は僕の頭の中を一気にもやもやとさせました。
 「べつにいいじゃない。こくごのしけんじゃないんだから。」
 よくない!未来ある少年が、そこで達観してどうする。不安だ、基本的に『出来が悪い』って奴じゃないだろうか、こいつ・・・。

 そんなある日のことです。夕食を囲んでいたら、息子が唐突に言いました。
 「パパ、『ひとづま』って、どうゆういみ?」
 「ええ!?」
 うひゃあ、『蛍光灯』も正しく言えないくせに、なんだってそんな言葉を!・・・・。

 ええと、世の女性におかれては誤解しないで聞いていただかなければなりませんが、こういうとき、大人の男性というのは、どき、っとして、ほぼ同時に何をするのかというと、『ええ、俺がなにか、そういう類のもの、-紙媒体方面関係とか、ネットの履歴方面関係とか、-を息子の目にはいるところに残してしまったのか!』と自問する、んであります。いえ、『そういう類のもの』を確かに鑑賞した覚えがあるか、どうか、はぜんぜん関係ないんです。はい。大人の男性といのはそういうもの、つまり身に覚えがあるかどうか、に関係なく、そういう思考に走るわけです。僕に言わせると100%そうですね。だから、世の中の分別のある女性の皆さんはこういうとき、大人の男性が挙動不審になったからといって、余計な探りを入れるのはやめましょうね。

 ここは動揺しているところを息子にもさい君にも見せてはならん、と、-その実盛んに動揺しながら-、僕は平静を装って答えました。
 「ええと、結婚している女の人、のことだな、うん。」 
 「ふ~~ん、じゃあ、ママも『ひとづま』なの?」
 え?ええと・・・、いや平静、平静に。
 「うう、ま、まあ、そうだな。」
 「ふうん、じゃあ『いけないひとづま』は?」
 「え!?」
 い、いけないひとづま、あああ?そんな言葉は、長く本邦で男性をやっているあんたのパパでも(心の中で、ならあるのか?、は今はともかくとして)たぶん、まだ声に出して言ったことはない、と思いますぞ。こいつ、『やかましい』と『ややこしい』も使いきれないくせに、『いけないひとづま』なんて言葉を何でまた、しかも突然に・・?これはやっぱり、家庭内唯一の大人の男性が何か『サムシングそういう類のもの』を残してしまったのか???僕は大いに動揺しましたが、その場は適当なことを言って切り抜けました。

 ・・・後日、息子の語彙の出典は『クレヨンしんちゃん』であることが判明いたしました。確かに僕自身も嫌いじゃない、どころか、さい君の冷めきった視線をよそに、息子と一緒になって『クレヨンしんちゃん』を見ては爆笑しているけれど、出典がわかってしまうと、なんだか、やっぱり幼いなあ、彼の祖父が買い与えた『十五少年漂流記』は全体いつ読み始めるんだ、この男大丈夫かあ・・、とそれはそれで、心配になりました。

 尚、じゃあ、僕が実際に『サムシングそういう類のもの』に関して身に覚えがある『いけない父親』かどうか、という点については、本旨ではないので、ここでは灰色にしておきます。はい。
 いや~~~、悩ましい。

===終わり===
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痛い!!⑥ 後日談。

 僕は鼻骨陥没骨折の荒療治を受けたあと、顔面テープだらけで、大きなマスクをして(マスクは腫れ上がっている鼻と膨らみきっている鼻の穴を皆さんの耳目にさらさないための配慮、なのか、それとも周囲に骨がつながっていないので触ると危険と知らしめるため、なのか未だに判然としませんが、とにかく医者の指示でした。)二週間ほどすごしました。遠目には顔中包帯男に見えたと思います。
 治療後に登校して教室に入ったとき、同じクラスの女の子が、
 「ひ、ひひやはあああ、み、みどりくん・・・」
 と息を飲んだことを今でも覚えています。しかも、骨折と両方の鼻の穴に入れられた20センチに及ぶ長さの脱脂綿のおかげで、顔が全体的に腫れ上がってしまい、唯一露出している目も細く僅かにに開いているだけで、どこを見ているのか、もわからず無感情に見えたようです。
 表情のない顔面真っ白な男・・・いやあ見られましたね、とくに酷かったのは電車の中です。僕は電車で高校に通っていたので、その二週間の間というもの電車の中ではたくさんの好奇の目にさらされました。実はそのときの体験の顛末は2011年1月24日の『セコムしてますか?』で書いています。
 その間、痛み止めが切れたので一度母親が僕の代わりに薬を病院に取りに行ってくれたんですけど、僕の名前が薬局で呼ばれたら、どこからか僕を処置した医者が現れて、
 「あなた、あの子のお母様ですか?いや、彼は我慢強い!」
 とわざわざ話しかけてきて母親をびっくりさせたりしたこともありました。

 二週間ののち、血止めを取る、ということで予定通り再び某大学病院の耳鼻科を訪れました。そして脱脂綿がそろりそろりと抜かれました。
 あろうまいことか直前に医者が、
 「血止め取ってみるけどさ、まだ血が止まってなかったら、血止め入れ直しね。」
 と聞き捨てならないことを言っていたので(前回書いたように、木槌でかんかん、に比べたら『まし』でしたが、20センチの脱脂綿を鼻にぎゅうづめにする作業は十分に痛かったんです。)かなり緊張する儀式でした。のみならず、まだ鼻の中のあちこちに傷があるようで、脱脂綿をゆっくりと抜いていく過程で、その傷に脱脂綿が触れるためか予期しない痛みが何回も襲来しました。しかし、結果として、脱脂綿を抜いても両方の鼻の穴ともに鼻血を出さず、僕は晴れて顔面真っ白男を卒業することができました。膨らみきって上を向いていた鼻の穴も元に戻り、これで普通の人間生活に戻られました。ただ、血止めを抜いてからも数週間は鼻をかむとかなりの量の血がでていましたが、これは小さな傷が塞がっていないからと思われ、それ以外に突如鼻血を出すこともなく、親にもらった元通りの鼻ではないとはいえ、大過なくすごし、ラグビーの練習にも復帰しました。

 しかし・・・、その不安は、血止めを抜いてから一ヶ月後くらいのあるとき、不意に僕の心に小さく浮かんできました。
 どうもおかしんいんです。なにがおかしいって、なんだか片一方の鼻しか空気が通っていないみたいなんです。見た目にはわからないけれど気になって触って確かめてみると、鼻骨もやや、しかし、あきらかに、右のほうが膨らんでいて左のほうが、凹んでいます。これは、まさか・・・・あの荒療治がうまくいかなくて鼻の穴の中が曲がっていて、片方だけ空気が通っていないのでは・・・・・。
 始めは小さな不安でしたが、だんだんと気になってしょうがなくなり、それは心の中で大きくなっていきました。そして、こういうのは気になりだすと悪いほうにしか思えないもので、ふと片方の穴ずつを抑えて鼻の通りを確認すると、いつも左右で違うようにしか思えなくなってきました。
 どうしよう・・・・、もう一度病院に行こうか・・・・、いやもし行ってまたぐいぐい、かんかん、をやられてはたまらん、あれはもう耐えられない、それに鼻が片一方通っていないくらい、生きていくには支障がないだろう、と思ってみたり、いやせっかくあれ程の試練を耐え忍んだのに、治療が未完成なんてあんまりだ、それに鼻が片一方しか通ってないんじゃ、これからラグビーを続けるうえでもしんどいじゃないか・・・・と思ってみたりしました。
 僕は葛藤しました。それからの毎日は葛藤しては鼻の通りを確認し、確認しては葛藤し、という日々でした。しかし、いくら葛藤を繰り返しても僕の鼻骨の凹凸は変わらないし、鼻の通りもどうもおかしいのは変わりません。

 ついに僕は悲壮なまでに決心を固め、みたび某大学病院を訪れました。その日は僕の手術をしてくれた先生が不在で、別のお医者さんが診察してくれました。僕は、これまでの経緯となぜ今日自分がここにいるのか、を説明しました。心の中では、それを聞いた医者が、
 「ああ、それだったら心配ないですよ。」
 と僕の不安を一蹴してくれることを期待しながら。が、医者はほぼ無言で僕の説明を聞くと、
 「レントゲンをとりましょう。レントゲンとったらそれを持ってここへ戻ってきて下さい。」
 と即答し、僕にファイルを渡し、レントゲン室への行き方を淡々と指示しました。僕の心は千々に乱れ、どうしようもない不安で一杯になりました。ああ、話だけでは医者も判断できないのだ、しかもレントゲンをとる、ということは鼻の中が曲がっているかもしれない、ってことじゃないか、もし曲がっていたら・・・。
 大きな大学病院なので診療室からレントゲン室まではかなりの距離がありました。70~80Mくらいはあったように思います。レントゲンを取り、その結果を持って再び診察室に戻りました。
 果たして医者は僕からレントゲン写真を受け取り、黙ってそれに電気を投影して見ていましたが、僕を振り返って見るとあっさりとこう言いました。

 「大丈夫ですね。問題ないでしょう。」

 そんなわけで、僕の鼻骨は今でも右のほうが膨らんでいて、左のほうが凹んだまま、です。ささやかな後日談ですが、あのとき、古い大学病院の薄暗い廊下をレントゲン写真を持って診療室に戻るときの心持ちは今でも忘れられません。一度『木槌でかんかん』の壮絶な痛さを経験しているだけに、不安感だけでなく形容のしようのない恐怖感もありました。『金属棒でぐいぐい、木槌でかんかん再びか・・』などと思いつつ、ここで、全部を投げ捨てて行方をくらまして診療室には戻らないという手もあるんじゃないか、などと真剣に考えながら歩いた、長い長い、70~80Mでした。

 ・・・と、ここまで書いて、この話、なああんかに似てるな、と思っていたら、母親が僕によく話してきかせてくれた(そんな話、子供にするもんじゃない、と思いますけど。)『今ここでこれを放り投げて逃げてしまえばこの件は反故にできる!と何度思ったことか。』と形容した、僕の父親と彼女の結婚式での『三々九度の盃の話』にそっくりでした。
 僕の場合のレントゲン写真も、母親の場合の三々九度の盃も『投げ出して逃げ出したくなったのを踏みとどまった』わけです。
 僕の場合に関しては、結果として『踏みとどまって良かった』んですけどね・・・。

===終わり===

 

痛い!!⑥

 ひゅー、ありが、ぱんぱん! ござい、ひゅー、す、ぱんぱん!打ち上げ花火の音と冒頭の言葉が重なってしまい、失礼いたしました。本ブログは、遅々として増えぬ読者数も、ものかわ、めでたく100回目を迎えることとなりました。これもひとえに僕のひとがらのなすところかな、と、ひゅー、ぱんぱん!

 と、いうわけで、今回は久しぶりに『痛い!!』シリーズです。

 忘れもしません。高校二年の秋、僕が所属するラグビー部が全国大会地方予選の1回戦に臨んだときのことです。試合会場は某日本大学系列高校のグラウンドでした。そんなことまで覚えています。止んではいたもののかなりのまとまった量の雨の後でグラウンドコンディションは最悪でした。
 ことが起きたのは後半もかなり進行した時間帯でした。ボールを自ら持ち込んだ僕は敵に捕まり、後からフォローに来た味方側に体をひねりつつも敵に絡まれて、味方にもボールを渡せない状態に陥りました。僕と僕が持つボールを中心に敵FWと味方FW十数人が拮抗し、おしくら饅頭のような状態になってしまったわけです。当時のルールでは、そういうときはこのおしくら饅頭全体を相手陣に押し込んだチームが有利とみなされマイボールを獲得することになっていました。抱えているボールをとられないように敵に背をむけ転ばないようにやや姿勢を低くし、ひとり味方に正対しておしくら饅頭の中心にいた僕は、これはボールを移動するのは難しい、と判断し、
 「(球は)出せないから押せー!押せー!」
 と形勢有利によるマイボール取得のために指示を出しました。僕のチームはこの声を聞いてボールの取り合いっこを諦め、おしくら饅頭全体を押し込むことに力を注ぎはじめました。それが奏功し、おしくら饅頭はじりじりと敵陣方向に移動し始めました。よし、これで『優勢』をレフェリーからとりつけられる。
 「押せー!」
 僕はかさにかかって叫びました。
 そのときです。僕の記憶によると敵のプレーヤーのひとりが、僕らの押しに崩されたのか、それとも雨のあとのぬかるんだグラウンドに足をとられたのか、僕のすぐ後ろに倒れていました。僕の踵がそのプレーヤーにひっかかり、僕はボールを抱えたまま仰向けに倒れかけました。味方はそんなことには関知せず、依然全力で押してきます。僕はとうとう味方FW6,7人の体重をうけたまま地面にたたきつけられました。そして運悪く、そのとき僕の眼前にだれか味方FWの頭があったようです。即ち、僕の顔面は味方FWの体重がかかった彼の頭と地面の間で挟み打ちにあって叩きつけられてしまったのです。
 実はその直後のことは僕自身はあまり覚えていません。ただその場にいた味方にあとで聞いたところによると、おしくら饅頭が倒れてレフェリーが笛を吹いてプレーを切ったあと、-僕の目論見の通り味方のマイボールで試合再開になったはずです。-、グランド中に響きわたるような、-チームメイトの言葉を借りると『北斗の拳でケンシロウにやられた雑魚みたい』な-、
 「うおおおおおお!」
 といった言葉にならない大音声を上げたんだそうです。瞬間、何が起きたのかわかりませんでした。ただ、気がつくと、当時のラグビーというスポーツの恒例であった『とりあえず怪我したら、なんでもかんでもやかんの水をかける』という処置を、つまりグラウンドに仰向けに倒れたまんま顔面にじゃばじゃばとやかんの水をかけられ、レフェリーから、
 「わめくんじゃない!男の子なんだから!」
 と叱責を受けていました(今はどうだか知りませんが、レフェリーがなぜかプレーヤーに対してこういった教師然とした言動をする、というのもラグビーというスポーツにはよくある光景でした)。
 僕は、水もかけてもらったし、レフェリーの言うこともわからんでもないな男の子だし、と思い、立ち上がりました。
 「!!?」
 立ち上がったときに、自分に起こったことが、僕は全く受け止められませんでした。覚えのない感覚が鼻から口のあたりを広範囲に覆っていました。うん?なんだこりゃ????僕は、それまで経験どころか見聞きすらしたことのない大量の鼻血を左右の穴から流しはじめたんです。その量たるや尋常なものではなく、もし鼻の中に血を満タンにした風船があってそれを突然針でつついたとしたらこうなるでしょう、といわんばかりで『たらたら』などという可愛いものではなく『どばりどばり』という感じでたちまち鼻から下は血だらけになり、それでも鼻血は盛大に流れ続けました。
 やがてその様子を黙ってみていたレフェリーが僕の顔を覗き込んで、僕の鼻骨のあたりをちょこっとつまむと、さっきまでの叱責はすっかり忘れてしまったかのように、
 「ああ、だめだな、こりゃ。折れてら。」
 と呟きました。僕はその場で退場となり、グラウンド外でしばらく仰向けに寝かされていましたが、数分のち試合が終わった直後にグラウンドに到着した救急車に乗せられて某大学病院まで運ばれていきました。

 さて、ここで、ちょっと確認をしておきましょう。僕は『鼻骨陥没骨折』という怪我を負ったわけですが、鼻の頭を触ってみます。やわらかくてぼにょぼにょしています。これは実は、軟骨なんですね。だから簡単に曲がったり、損傷したりします。そこから指をすこし上にあげて小鼻のあたりを触ってみます。ここもやわらかいです。ここも、軟骨なんです。その上に移動すると目の付け根あたりまで堅い部分があります。これが『鼻骨』です。僕はこのとき、この『鼻骨』が『折れて』、かつ『陥没』していたわけであります。すなわち、顔を正面から見ると、目の付け根の下あたりから鼻筋が曲がっていて(僕の場合はむかって右に大きくずれていました。レフェリーが見た瞬間『折れてら』と『診断』できた由縁です。)、なおかつ横からみると鼻が顔面に陥没して凹んでいる、という状態だったわけです。簡単にいうと部分的にですが顔が原型をとどめておりません、ってことです。

 救急車には僕らの試合を観戦にきてくれていたOBの吉本さんが付き添いといて同乗してくれました。やがて、運び込まれた閑散とした大学病院(日曜日でしたから)では『耳鼻科』に行かされました。そのときは、突然のことに驚きつつもまさかあんなことが待っているとは思いもしなかったので、へえ、外科じゃないのか、などと妙に余裕をもって思った覚えがあります。

 待合室で、鼻をおさえつつ吉本さんと待っていると一旦奥に引っ込んだ医者が現れて、
 「ちょっとこっち来て。」
 とすぐ隣の診察室に僕を招きいれました。そして、歯医者の診察用のそれに似た椅子に上を見て座らせられると、淡々と、しかし、こちらに心の準備など与えてくれない早さで、
 「麻酔するから、ちょっと痛いよ。」
 と言うや否や、注射か笑気ガス吸引でもするのかな、と一瞬閃いた僕のその頭を、彼はその言葉のテンションとは裏腹に抱え込むようにがっちりと抑え込え、いきなり、長さ50センチ大、太さ1センチくらいの金属棒を右の鼻の奥深くに突き刺しました。
 「!」
 どうやらその金属棒の先に『麻酔薬』がついているらしいのですが、それは突き刺してから効いてくるわけであって突き刺すときの痛みは尋常ではありません。『痛い!』脳天に突き抜けるような痛みに我を失っている僕にかまわず、間髪をいれずに頭を押さえ込んだまま、左の鼻の穴にも金属棒が差し込まれました。
 「!!!!」
 とにかく痛いです。医者が『ちょっと痛いよ』といったのもわかるし、暴れないように強く頭をおさえつけたのもよくわかります。こ、これが麻酔、ってこんなに痛いんじゃ本末転倒じゃないのか、これでは『麻酔の麻酔』がいるんではないかね、とその痛さに驚愕しつつ、僕は両鼻から金属棒の半分をぶらさげた状態で涙目になって待合室に戻りました。ただ、僕は痛かったけれど、これは麻酔なんだからこれからやることが痛くないための、いわば産みの苦しみなんだから、それになんだか麻酔が効いてきたみたいで、鼻の奥の痛みも少しやわらいできたんではないかしらん、まあこれ以上痛いことはないわけだ、と思い、金属棒をぶらさげたまま、僕を見て唖然として、その後、笑いだしてしまった吉本さんと雑談などする余裕も出てきました。
 「いやああ、これが『麻酔』ってむちゃくちゃ痛いっす。」
 「鼻の骨を折るって、『一二の三四郎』の『五頭信』みたいですよね、知ってます?』
 だの、
 「どうやって治すんですかね、まさか金槌なんか持ってこないですよね?」
 だのと話した覚えがあります。

 数分後、奥から医者が(40代後半くらいの男性で眼鏡をかけた痩せたお医者さんでした。)でてきました。彼はまるで平静に、
 「じゃ、治そうか。」
 と小さな声で言いました。
 その光景は、僕を慄然とさせました。医者の手には、数種類のやはり50センチ大の面妖な形の金属棒たちとともに『木槌』が握られていたんです。
 え・・・、本当に木槌なんか登場しちゃって・・・・。でもあんなに痛い思いをして麻酔をしたんだから、きっと大丈夫だろう、うん、きっと。

 僕は、再び診察台に仰向けになって座らされると、今度は目の上に布がおかれました。施術の様子を本人にわからないようにするためでしょう。そして、医者が言いました。
 「ちょっと痛いぞ。」
 え?それってさっきも聞いた台詞では・・・・・・。

 「!!!」
 その瞬間、鼻に何かをひっかけて全身を吊り上げられたような衝撃を覚え、体中を走るものすごく鋭い痛みを感じました。医者はまず、面妖な金属棒を右の鼻の穴奥深くに突き刺し、それを力任せにてこの原理でもって、ぐいぐいと左右に動かしていたのです。痛い、耐えられん!
 僕が無言をもってこの荒業に応えていると、次に信じられない行為が行われました。医者は『金属棒ぐいぐい』をやったあと、今度はその金属棒はそのままに、その端を木槌で思いっきり叩きはじめたのです。ちょうど彼が彫刻家でのみをもってそれを叩いているのであれば、僕は削られる木ですね。
 「       」
 その打擲の衝撃と痛みたるや、そのせいで頭も心も真っ白になり言葉も沸いてきません。いつのまにか目を覆っていた布はでどこかへ吹き飛んでしまい、いまや僕のまさに『目と鼻の先』でその荒療治は進行されていました。あの麻酔はなんだったんだ!

 ここでちょっと確認しておきましょう。僕の鼻骨は何人もの体重と地面の間に挟み打ちにあったことで、『陥没して折れた』わけです。と、いうことは今考えると当たり前ですが、それだけの衝撃で損傷した骨を元にもどそうとしたらそれと同じくらいの或いはそれ以上の力を加えないといけない、わけです。そして、力を加えなけばいけないのは『両方の鼻の骨』です。そうです。つまり、同じ作業を『右でやったら左でもやる』んです。

 医者は、金属棒を僕の右の鼻から引っこ抜くと、今度は左の鼻の奥にうんと突き刺し、またしても力任せにこれをぐいぐいと動かしました。そして、当然のように木槌でこの金属棒を2回、3回と激しく乱打しました。
 「っつうう!」
 
 ようやく一連の作業が終わり、僕が息も絶え絶えに悄然と横たわっていると、医者が大きめの手鏡をもってきて、僕の顔に前に持ってくると、すこし小首を傾けながら、言いました。

 「ええと、君の元の鼻の形はこれかな?」

 原型を留めていないから医者にはわかんないので、持ち主の本人に確かめるしかないわけです。
 しかし・・・・・。その鏡に映っている顔は僕が親からもらったそれとは大きく乖離していました。鼻筋こそまっすぐに戻っているものの、鼻骨が大きく隆起していてなんだかごつごつしています。僕の『もともとの鼻』はお世辞にも高いとはいえませんが、鼻筋は通った遠慮がちな形でした。よくいうと赤ん坊のような鼻ですね。こんな自己主張のはげしい鼻筋ではなかったはず・・・・。

 「違います。」

 ああ、なんということを言ってしまったんでしょうか。医者は僕の言を聞くと、
 「あ、そう。どんな風に違うの?」
 「いやもっとこの部分が低くて・・」
 「ふん、じゃ、もう一回ね。」
 医者はまるで祭りのくじ引きかのように気楽に言うと、ふたたび阿鼻叫喚の治療を始めました。今度は僕は、すでに痛みを知っているので、『覚悟』はできていますが、一方で、『知っているからこその恐怖』は尋常なものではありませんでした。ふたたび金属棒をグサッ、ぐいぐいぐいぐい、木槌でかんかんかんかんかん!を今度は初めから最後まで眼前でやり、当然のように右、左、と同じことを繰り返しました。僕は、耐え難い痛みの中で、それでもどうやればこの痛みに打ち克てるだろう、と模索しました。いままでの人生で一番きつかったことと比べてみよう・・・そうだ、高校2年の夏合宿の最終日、あれはきつかったぞ、あれを思えばこんなもの・・・だめです。一瞬頭に浮かんだ夏合宿の最終日も木槌一発で吹き飛んでしまいました。いたあい!

 「ええと、君の元の鼻の形はこれかな?」

 再び小首を傾げつつ鏡を持ってきて医者は尋ねました。僕はもうこれ以上の荒療治はごめんだ、という期待をもって鏡を見ました。
 ・・・・違う。どうしよう・・・・・。
 
 違うんです。まだ元の鼻ではないんです。
 僕は迷いました。ここで、これでいいです、と言えばこの地獄のような痛みの繰り返しから解放される、しかし、ここで妥協すれば、俺は明日から一生この変わりはてた形の鼻とともに生きていくのか・・・。

 初めての鼻骨陥没骨折矯正手術である(たいてい初めてですよね、こんなもの)という勢いのせい、もあったと思います。若さもあった、と思います。もし、今同じ質問をされたら僕はとてもあの痛さに自分が耐える自信はありません。時間的には短い、しかし、非常に濃密な葛藤の後、僕は逞しいことにと言おうか、恐ろしいことにといいましょうか、再度言ったのです。
 「・・違い・・ます。」
 「ええ、そうかあ??骨の形状からしてだいたいこんなもんだと思うけどなあ。」
 「違うんです。」 
 「そう、じゃあ、やるか、きみ、我慢強いねえ、こないだやった奴なんか一発たたいただけでもう駄目です、なんていいやがってさ。」
 いや、決して我慢強くないです。

 僕はみたび木彫りの木になりました。いままでの人生のどんなにつらかったことも比肩できない痛み、それからくる恐怖、と三度対峙することになりました。眼前にせまってくる金属棒、三回目だから慣れてたりして・・・・・、浅はかな期待でした。最早顔面は涙と汗と血でどろどろになりながらの、みたび脳天を貫く痛みを右左の鼻から受け、三度目の鏡での確認です。
 医者が言いました。
 「こんなもんだろ?」
 ・・・ちょっおおと、違うな。
 でも元にはもどんないだろうからこれでよし、としよう。
 というわけで、最終的には親にいただいたそれとは『若干違う鼻の形』で、ぐいぐい、かんかんかん、これかな?、を終えました。

 僕は、ようやくメインの荒療治から開放されました。が、そのあと、-人間の鼻の穴って深いものなんですね、今でも耳に残っているんですけど、医者が看護婦に『血止めしよう。脱脂綿20センチ。』って言ったんです。そんなの入るわけないじゃないか、って思ったことをいまでも覚えています。-、左右の鼻の穴に脱脂綿が20センチずつぎゅうぎゅうと押し込まれ(実はこれも『特筆すべき痛さ』でしたがメインの荒療治に比べればまだ『まし』でした。)、鼻骨の横をなんだか柔らかいもので、固定し、それを右のこめかみから斜めにひだりの口の上あたり、左のこめかみから右の口の上あたり、とテープを貼り付け、-ちょうどテープがX印状に顔を覆う形になります。-、そのテープの端を額に左右に貼ったテープで固定し、最終的には、テープが大きく『又』という漢字を僕の顔面に描くように貼られ、さらに大きなマスクをして顔面真っ白にされて治療を終えました。

 そのとき、同席して一部始終を見ていた吉本さんからは、後日なんども、
 「おまえさ、あのとき、1回目だか2回目のとき高くて格好いい鼻だったのに、なんで『違います!』なんて言ったんだよ。」
 と言われました。でも僕にはなんだか下品な鼻にしか見えなかったんです。あれだけの騒動のあとのことなので、本当のことは言っていないかもしれませんが、一応親は『もともとの鼻よりもよくなった』と言ってくれています。

 尚、肝心(という表現がこの場合適切かどうかは迷うところですが)の試合のほうは、最悪のグラウンドコンディションにもかかわらず、32対0という大差で勝ちました。斯様にスコアまで詳細に覚えているのは、あんな痛い代償を払うほどの試合内容ではなかったじゃねえか、とそのとき思ったからです。

 それと、この話には、ささやかながら後日談がありますが、それはまた次回に。

 ひゅーうう、ぱんぱん!

===終わり==
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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