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僕とサービス業。②

 残念ながら世の中というのは不公平にできています。しかもその不公平の原因が得てして理不尽なものだったりするのものです。

 僕の理解が間違っていなければ、このブログの読者のみなさんのほとんどの方は『飲食業などのサービス業の人からいわれもなく邪険に扱われる知己』をお持ちではないと思います。
 僕にもそういう知己は思い当りません。しかし『知己』ではないけど、思い浮かぶ男はいます。その男とは誰あろう、僕自身であります。

 あれは結婚してまだ間も無い頃、たしか休日の昼間だったと思います。その日の昼食はその辺で外食ですまそう、ということになって、僕とさい君は二人で、うちと駅を挟んだ反対側(駅の南口)にあるラーメン屋に入りました。
 そのラーメン屋には以前、独身のときに何回か行ったことがありました。特にうまくもなく、まずくもなく、高くもなく、安くもなく、めちゃくちゃ繫盛しているでもなく、かといって閑散としているでもない、ごく普通のラーメン屋、というのが僕の把握でした。我が家からは駅を越えて歩いて7~8分の距離、ということもあり『今日の昼ごはんは近場ですまそう』というのにはいろんな面でちょうどよい店でした。店内にはテーブル席とカウンター席があり、カウンター越しには客に丸見えの形で厨房があります。
 僕ら二人は待たされることもなく、テーブル席に通されました。何を頼んだのか、は覚えていません。が、なにしろ『一般的な男女が注文するであろう』という範囲を逸脱しない何品か、を頼みました。食事を待つ間、僕らは、なんていうことはない会話をしました。よくある夫婦がする会話です。細部は記憶していません。だって『ごく普通のおしゃべり』ですから。ただし、なんとなく覚えている範囲では、まだ日本在住の日が浅かりしも中国に留学経験のあるさい君に、日本にはそこかしこにこういう『ラーメン屋』っていうのがあって『カレーライス』と並んで国民食と言えるものなんだけど、やはり『カレーライス』と同じく日本人の嗜好に合わすため変遷を経ていて、両者とも本家のそれとは似て非なるものとなって定着していること、を話して聞かせたりしていたと思います。
 それから、留学のおかげで北京語ができる(ただし、耳から覚えているので、漢字は苦手です)さい君と一緒にその店のメニューを見ながら、
 「ケイタ、この漢字は見覚えがある。牛肉とピーマンを炒めてる、っていう料理じゃない?」
 「ん?おお、そうそう、中国にもあった?チンジャオロ-ス-、であるぞよ。」
 「うん。でも、発音は全然違うよ。そんな言い方じゃないよ。」
 「・・あ、そう。」
 「ええと、これはなどんな料理?」
 「どれどれ、ああ、これは、ええと卵の中に蟹がはいっていて・・」
 「ああ、あれね、漢字ではこう書くのか。」
 「お、ここ、出前もやってるってさ。」
 「へえ、そう。」
 「うん『出前用のメニューあります。』って書いてある。」
 「じゃあ、あとで貰っていこう。」
 「うん、そうだな。」
 ・・・などとまことに平凡な会話を繰り返していました。
 ただひとつ僕らの会話が、-そのことは僕ら二人にとっては極めて普通のことなんですけど-、日本のラーメン屋においては普通じゃない、としたら、その会話が全てさい君の母国語でなされていた、ということだけででしょう。
 そうこうしているうちに注文した料理が届き、僕ら二人は、料理の品評などしつつ、しかし、ごく普通に、つつがなく食事を終えました。目的は果たしたし、さあ、会計して帰るか、ということになって、店の奥、カウンターの端にあるレジのある場所へ行きました。そこには南西アジア系かなと推測される、掘りの深い顔つきの背の高い外国人のお兄さんが立っていて、会計をしてくれるようでした。ラーメン屋の従業員にやや片言ながら日常会話には困らない程度の外国人の方がいる、というのもいまどきの日本では、珍しい光景ではないです。僕は、伝票を渡して会計をすませました。つまり、現代日本の経済システムにもとることなく、飲食店で食事をし、それに対してあらかじめ提示された金銭的対価を払う、というごく普通の商契約を交わしてそれを遂行した、わけです。なにも問題はない、ですよね。普通ですよね。
 さ、帰るか、と出口に向かって踵を返さんというその時、さい君が思い出したように言いました。
 「ケイタ、出前用のメニューもらうんじゃないの?」
 おお、そうだったな、まあ、出前をここに頼むことがそんなにあるとは思えんけど、それでも『出前用メニュー』がないことには出前の頼みようもないからな・・。
 「ええと、すみません。出前用のメニュー、ください。」
 と、僕はレジのお兄さんに言いました。するといつのまにかレジの後ろの壁に背中をもたれさせかけて両腕をおなかのあたりで組む、という、まるで友人と待ち合わせでもしているかのような態勢をとっていたお兄さんは、店の奥ゆえのレジ近辺の薄暗さも手伝ってかそのひと際大きく白く目だって見える目をぎょろりと見開いて僕の顔をまっすぐに凝視しながらも、しかし、僕のお願いには言葉での反応は全くなく、即ち無言を貫いています。あれ?俺なんか難しい日本語を言ったかな?僕は、もう一度、言いました。
 「出前やってるんですよね?出前用のメニューもらえますか?」
 お兄さんは、まだ僕の顔から目をそらさず、しかし依然無言です。変だな、こんだけ睨むように見てるってことは、言ってることはわかっているんじゃないのかな、でもなんで無言なんだろう。
 「あのお、出前用のメニュー・・」

 そのときです。全く予期しない方向、僕の右斜めうしろ、厨房の中からあきらかに怒気を含んだ大音声が飛んできました。
 「ダメだっていってんだろっ!」
 ・・・え?駄目なんて誰も言ってないんじゃ・・。事態が全く飲み込めない僕は、とりあえず反射的にその声のしたほうに顔を向けました。そこには何人かの従業員を背後に従えた恰幅のいい50歳代絡みのその店の主人が(この段階で『主人が』と僕が断言できるのは後述する根拠があるからです。)僕に向かって敵意むき出しの顔で仁王立ちしていました。
 ・・は?いや、駄目だ、なんてまだ言われてないし、俺はレジのお兄さんと話している(実際には会話が成立してませんでしたけど)だけなんだけど。僕は、釈然としないまま、何言ってだこのおじさん、俺とレジのお兄さんの会話を途中から聞いてなんか勘違いしてるんじゃないのか、と思い、戸惑いつつももう一度レジのお兄さんに言いました。
 「あの、メニューに『出前します。出前用のメニューあります。』ってあったからお願いしてるんですけど。」
 すると、お兄さんは態勢を1ミリも崩さす、つまり、友達早くこんかなあ遅いなあ、という、およそ接客業にあるまじき弛緩した姿勢のまま、しかし視線だけは鋭く、初めてこの『出前メニュー』議題について発言をしました。
 「オヤジサンガ、ダメッテ、イッテルンダカラ。」
 ・・へ?なんだよ、それ。この店は客じゃなくて『オヤジサン』を中心に回ってるってのか?それに『オヤジサンガ、ダメッテ、イッテル』前からお兄さんの態度はすでに僕の依頼を、-そのときはじめて朧げながら判明してきたんですけど-、最初から拒否してるじゃないか。論理的に順番も破綻してるし、だいたい、なんで駄目なんだ?どういうことだ?何が起こっているの把握できず、呆然とする僕に、-況や、日本語が殆どわからないさい君の心境の混乱ぶりは推して知るべし、です-、またしても厨房から先ほどよりさらに大きな声で怒声が浴びせかけられました。
 「駄目っつったら駄目なんだよ!」
 「・・・?」
 「だいたいあんた、どこに住んでるんだっ!」
 「え、青木町ですけど・・・」
 なんで客の俺のほうが敬語なんだよ。
 「なあにい?あおきちょおだあ?いけるわけねえだろおお!どうやって踏み切りを越えろっていうんだあっ!ええ!?」
 「・・・。」
 確かに、僕の住んでいる駅の北側とラーメン屋のある駅の南側を車で往復ようとすると、そこにはいわゆる『開かずの踏み切り』が立ちはだかっています。でも(ただし、それもこれも今だから考えられる反駁ですけど)徒歩なら駅の改札から南北に流れ落ちている階段を使えば行けるし、それに車じゃなくてバイクなら少し遠回りすれば、車の行き来ができないような幅の狭い、近辺にある車用の開かずのそれとなら比較的間隙を縫って通りやすい踏み切り、だってあるんですけどね。それに、だいたい、僕が青木町に住んでいる、ってことを知る前からいきなりどやしつけられてるし、百歩譲って(なんで客の僕が譲んなきゃいけないのか、も釈然としないけど)開かずの踏み切りのせいで、距離としては近くても駅の北側への出前はしていない、というのなら『皆様ご存じのように駅の北側に抜けるのは時間が読めません。料理の性質上おいしい状態でお届けできない可能性がありますので、たいへん申し訳ありませんが、出前は駅の南側のみ、とさせていただいております。』ってメニューに記すか、そういう趣旨を口頭で言えばいいじゃないですか?
 しかし、そのときは、そもそも店側の姿勢が『初めに無視と罵声ありき』という必要以上に頑なな態度だったので、僕はほぼ思考停止してしまい、唖然としながらも、ほう左様か、とそのまま黙って店をで出て行こうとしました。が、店を出て行こうと、歩をほんの2,3進めたこの客に向かってさらに厨房から怒鳴り声が。
 「いいよ!やるよやるよ!もってけよ!」
 「・・・。」
 ・・・・へ?なんだそら。結局くれるのかよ・・。もはや思考停止を通り越して、頭の中が真空のようになり、ほぼ無感情状態の僕に、レジの『オヤジサンに忠実な南西アジア系と思しき外国人のお兄さん』が、しかし、その接客業にあるまじき姿勢は崩さず、手だけを動かして、無言で出前用メニューを僕の前に差し出して、いや、突きつけてくれました。
 人間というのは面白いもので、そういう無感情状態に何かを突きつけられると条件反射的に受け取っちゃうものなんですね。僕は、なにがなにやらわからないまんま無表情で出前用メニューを受け取ると、黙って店の出口に向かいました。しかし、オヤジの怒号はさらに続きました。ちょうど店を出ようというとき、僕らの背中に、こうとどめをさしたのです。
 「それ見て、せいぜい勉強しろよっ!」

 僕らは、ごく普通の客だったはずです。でもなんであんな仕打ちをうけて、結果としてお金を払ってまで何を食べたのかも忘れるくらい気分を害さなければならなかったのか?それに最後の『せいぜい勉強しろよっ!』ってなんだ・・?なんで客の僕らが、しかも何を一体『勉強』しなきゃいけないんだろう?そういう言い回しって、飲食店ではあまりみかけないけれど、普通は販売するほうが『値段をさげてもいいよ』っていうときに使う言葉じゃないのか・・・。
 当然のように僕とさい君はこの疑問を疑問のまま放っておくよりは答えをみつけよう、という行動にでました。
 そして、いろいろと意見を出し合った挙句、僕らが行き着いた結論は、おそらく、僕らは『同業者によるスパイ』と勘違いされたのではないか、というものです。
 つまり、どこぞのラーメン屋か、あるいはこれからラーメン屋でもやろうという国籍不詳の怪しげなふたり組、と看做されたのではないか、という推測です。そう考えると、説明が(『説明』です。決して『納得』ではありません!)つかないわけでもないです。
 しかし、だとすると、おそらく、席について注文をし、食べ物が到着するまでにメニューを見ながら会話を交わしていた段階で、すでに店側の人達がお互いにアイコンタクトなんか交わして僕らを『敵視していた』可能性があります。
 『おい、こいつら、ひょっとして・・』『うむ、たぶん、そうだな。俺たちにわからない言葉だと思って大胆にもメニューをひとつひとつ吟味なんかしやがって、ふてぶてしいやつらだ。』『この調子だと、情報として出前メニューも持ち帰ろうとしやがるにちげえねえ。』なんてね。そういう空気が、-つまりこいつらは客じゃねえ、スパイだ、というコンセンサスですね-、すでに店側の人間の中で醸造・熟成されている、とは露とも知らず、知るわけないです、同業者じゃないんだから、会計をすましたあと、僕は『出前メニューください』とある意味彼らの張った網に自ら飛び込むようなをことをしてしまったんです。
 そもそもとうの以前から僕らを客と看做していない店側にすれば『ビンゴ!ほうら、やっぱりきた!冗談じゃねえ、こっちは全てお見通しよ!おい、渡すんじゃねえぞ!』っていう無言の指示が厨房からレジのお兄さんに飛びます。それでレジのお兄さんが、腕組みをして僕を睨みつけ、果てに厨房の中からの怒声、となったわけです。最後に止めの『しっかり勉強しろよ!』でお前らの正体はとうの昔に露見してるんだよ、と『自慢』し、かつ、武士の情けで出前メニューを持たせてやることで自分たちの寛容さに『自己満足できる』し、・・・というのが僕とさい君がたどり着いた結論です。

 それで、じゃあ、曲がりなりにもそういう結論に辿り着いたから、僕とさい君は得心したか、というと、これはまったくそういうことはありません。繰り返しますけど、僕らは、ラーメン屋にはいって注文をし、文句も言わずに出されたものを食べ、お金を払った、という『社会通念上の商慣習』を『ごく普通に』遂行した、単なる客、だったはず、なんです。その結果として、南西アジア系と思しきお兄さんに斜に構えた姿勢で睨めつけられたり、主人から大音声で怒られたり、皮肉まじりに見当違いの励ましを受けたりする謂われはないと思うんです。

 そういうわけで、僕とさい君はこの事件以降、このラーメン屋には今に至るまで一回も行っていません。普通は、行かなくなりますよね。それどころか、しばらくは、その店の前を通る度に口にはしないものの、本件を思い出してブルーな気分になっていました。

 ところで、その後、その店は、なにをきっかけにか、は知りませんが、たいへんな有名店になりました。今では庇も新調し、いつ見ても行列ができています。それどころか、インスタントラーメンメーカーとの共同開発とかで『あの東大立目の名店が!』なんて書かれたカップ麺まで販売されるほどになりました。そのカップ麺の蓋には、紛う事なきあのオヤジサン、-僕とさい君に罵詈雑言を浴びせたあの厨房の人が-、が中華鍋を手に愛想笑いなんぞを浮かべた写真が大きくプリントされていました。
 そのカップ麺を近所のスーパーマーケットの棚で偶然見てしまったとき、あれ?なんだって、僕やさい君にしてみたら二度と見たくないもない顔をこんなところで不意打ちで、出し抜けに見させらなきゃいけないんだ?と思いつつも、一方で、ほほう、やっぱりあのオヤジサンはあの店の主人であったか、と妙な確信をする羽目になりました。
 さらに加えて、ここ数年かけての大掛かりな工事で、駅だけではなく、僕の近所一体の線路自体の高架化が実現され、駅を挟んで南北に踏み切り無しで車が行き来できる道路がいくつも完成して『開かずの踏み切り』は撲滅されてしまいました。おそらくは、かのラーメン屋の出前範囲も駅の南北を問わず大きく拡大し、出前においても顧客を増やしたもの、と容易に推測されます。

 ・・・これ・・『不公平』じゃないですかね。
 しかもなんか『極めて理不尽』じゃないですか?

===終わり===
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僕とサービス業。①

 残念ながら世の中というのは不公平にできています。しかもその不公平の原因が得てして理不尽なものだったりするものです。

 僕の理解が間違っていなければ、このブログの読者のみなさんのほとんどの方に『飲食業などのサービス業の人に尋常じゃなく厳しい知己』がお有りになる、と思います。(しかもこのブログの読者層は何を隠そう2012年4月21日現在、筆者の推定によると90.2%が僕の知人なので、そういう『尋常じゃない知己』として頭に思い浮かばれた方が、僕の知己と重なっている方も多いかと思います。)
 僕にも数人、そういう知己がおります。
 ちなみに僕自身は違います。だからって別に自分の寛容ぶりを衒っているわけでありません。僕はどっちかというと、小心者なうえに、怠け者なので、できるだけ余計な揉め事や、そのことに伴うエネルギー消費を避けて生きていきたいから、っていうだけです。さらに、卒璽ながら本音を申し上げちゃうと、なんであの種の人たちはあんなにまで『尋常じゃなくサービス業に厳しい』のか実はちょっと理解できないです。そういう御仁に出会ってしまう気の毒なサービス業の人とそうでない人、がいる、というのは彼らの立場からすると、甚だ公平を欠くと思うんですね。

 以前、僕の上司だった番場さん-全般において普段は優しいし、男気に溢れたたいへんいい人です。-がやはりそういう人で、ある日昼食時に数人で、今日はいつものあの人気店の『坦坦麺』を食べに行こう、となったときの話です。
 席についた僕らは番場さんを含めほぼ全員が『坦坦麺と小ライス』を注文しました。ところが『坦坦麺』はすぐ来たのに、小ライス、が一向にきません。業務中の昼休み、ということもあって時間も限られているので、僕らは、
 「ライスけえへんなあ。」
 「まあ、辛抱しいな。いま新潟で脱穀中らしいで。」
 「ほんまかいな!ほなもうすぐやな。俺は、また今ごろ、田植え中かと思とったから、もう脱穀中ならすぐやんか。」
 などと『定番の会話』など交わしつつライス抜きで辛抱しながら坦坦麺を食べ始めていました。ところが、結局小ライスが来たのはほぼ全員が坦坦麺を食べ終わった頃でした。これは店側に確かに瑕疵があります。でも僕なんかは、まあ、脱穀してたんならしょうがないや、世の中は不公平なもんだからな、と、いい気分はしないまでも我慢して麺の無くなったスープだけをおかずにライスを食べて黙って会計して店を出てきちゃうんですけど、番場さんはそういうわけにはいきません。もう昼休みが終わろうというのに、怒り心頭に発し、小ライスを持ってきたウエイトレスを大声で怒鳴りつけはじめました。
 「遅すぎるんじゃい!見てみい、わしらみんなラーメン食い終わっとるやないかいっ!ええ!こらっ!しろめしだけで食え、ゆうんか!」
 ウエイトレスはただただ恐縮して謝っていますが、番場さんは敵の(敵という表現はちょっとふさわしくないかもしれませんが、番場さんの怒りようには明らかに『戦意』がみなぎっていたので。)萎縮をいいことに、雨あられとばかりに罵詈雑言を浴びせます。
 「めし、お椀にいれて持ってくるだけやないかい!それがなんでラーメン作って持ってくるより遅いんじゃい!ええ、こら!オーダーし忘れたんやろ!?え、違う?ほな、なんでや!お前やったら話しにならん!」
 僕ら部下は、店側には確かに落ち度があるものに、いつまにやら全身に感じている店じゅうの他の客の視線に耐えつつ、あらら、こら、番場さん、いつものやつが始めちゃったな、と思いつつ、しかし、番場さんは上司だけに彼を諌める勇気もなく、かと言って番場さんに加勢するでもなく(形勢からいって、加勢などまったく不要、ですので。)黙って、事態を見守っていました。いや僕に限っていうと『見守っていた』は正確じゃないですね、僕は店内の視線にいたたまれなくて番場さんとウエイトレスを横目でみつつ俯いていました。
 「店長呼んでこい!店長!」
 ・・出ました『サービス業に厳しい人』のウイニング・ショット、『責任者召集』です。あれま、今日の番場さんは最後までいくつもりだな・・・。
 と、前掛けをした男の人が現れました。
 「おい、おまえんとこの教育はどないなっとんじゃい!」
 「たいへん、申し訳ありません。」
 「飯ひとつもってこれへん、とはどういうことじゃ!」
 番場さんは座席でふんぞり返ったまま怒髪天を衝く、という勢いでかさにかかって攻め立てます。
 「申し訳ありません、以後気をつけます。」
 店長とおぼしき男性は、ただひたすらに頭を下げ続け、その様子はどこを叩いても『ヘイシンテイトウ』という音がしそうなくらいでした。ただし、嫌味はないものの、その謝罪の仕方には『踏んでる場数が違う』という経験値からくる安定感、のようなものが微かに感じられました。
 「以後気をつけますだあ?今回はどないしてくれるんじゃ!」
 「ご勘弁ください。たいへん申し訳ありません。」
 「やかましい!謝ってすむもん、ちゃうぞ、只にせい!」
 ああ、番場さんなんてことを。いや、そんなことよりも早く他人の視線から解放されてこの店を出るほうが、-少なくとも僕は-、よっぽど嬉しいんだけどなあ。
 そのときです。それまでおもちゃの水飲み鳥のように坦坦と、いや淡々と頭を上下させていた店長の態度が豹変しました。
 「え?『只にせえ?』?あんた、今『只にせえ』って言うたな。なんで只にせなあかんねん。出るとこ出よか。あんたの名刺ください。くださいよ、あんたの名刺。名刺ください!」
 店長は、番場さんの放った不用意なひとことをまるで狙っていたかのように聞き逃さす、これを言質とし、言外にそれは恐喝行為だ、犯罪だ、と主張する、という乾坤一擲の逆襲に討って出たのです。事態の急変に僕が視線を上げて二人を凝視したときには、水飲み鳥は、突如として、その動力源たる水が蒸発したかのように、一瞬の間にうってかわって背筋を伸ばし固まり、ほぼ同時に森の石松が仁義をきるように番場さんのすぐ近くに高圧的に手を突き出し、すでに番場さんの名刺を要求する態勢を『ビシッ』と音がでるくらいに決めていました。
 言質をとるタイミングの絶妙さ、といい、突如変貌したまさに眼光紙背に徹するといわんばかりに鋭さを発しはじめた目つき、といい、その言質を蟻の一穴とばかりに『出るとこ出よか、名刺ください』と万を持していたかのように矢次早に発射された効果的な言葉といい、その逆転ぶりの見事さは、21世紀の今日の実生活で当事者としてはなかなか見聞できない、まさに『敵ながら天晴れ』というやつ、でした。(だから店長は『敵』という表現でいいんでしょうかね?)
 一方番場さんは、あたかもひよどり越えを食らった平家軍か、はたまた、桶狭間における今川軍か、の如く形勢逆転に狼狽し、先ほどまでの勢いはどこへやら、
 「名刺、持ってへん。ない。」
 と言い返すのが精一杯です。
 「おっしゃああ、ええで!あんたら全員只にしたるわ!」
 森の石松はそう投げやりな口調で叫ぶと、おもむろに僕らの円卓にあった伝票を鷲掴みに掴み、それを誇示するかのように大きく空に置き、すごい勢いで短く鋭く、なにやら書き記しました。
 そして、
 「そのかわり、あんた、ちょっと話そうやないか。ただではすませへんで。」
 とすごむと、番場さんはなんと石松に連れられてどこやらの別室に連れていかれてしまいました。

 「・・・・・。」
 僕らは、誰ひとりとして只になったことを喜ぶ者などなく、ただ呆然として自軍の大将の身を案じながら無言で座っていました。数分後、少し青ざめた、そして明らかに戦意を喪失したような表情で番場さんが戻ってきて再び円卓に座りました。

 「・・どう、なりました?」

 一番年長の部下が番場さんの身を案じて、短くも重たい沈黙こじ開けて、皆の気持ちを代弁して聞きました。そして、唾を飲み込みながら黙ってその返答に、-たとえばまさか『告訴する、言うてる』というような悪い事態になっていませんように、と案じつつ-、耳目を集中する僕らに、番場さんは、しかし、少しですが嬉しそうに、こう言いました。
 
 「うん、只になった。」

 ・・・いや、僕らはもう坦坦麺と小ライスのひとりあたり数百円のことなんか誰も心配していないんですけど・・・。それに対して『うん、只になった。』はちと気軽すぎます。
 でも、『飲食業などのサービス業の人に尋常じゃなく厳しい』番場さんにとっては、今回のことで只になったことは、依然それなりの『戦果』だったわけです。
 結局、僕らは店員や客の視線を痛く感じつつ、何を食べたのかもほぼ忘れたままこそこそと(番場さんを除きます。こういうときもこの種の人たちはなぜか堂々としているんですよね。)店を出ました。
 密室で、水飲み鳥転じて森の石松と番場さんの間で『只にする』以外にどういうことが決定されたのかはいまだにわかりませんが、どうも事なきを得たようです。
 なぜなら、この事件から、まだ日浅からぬ10日後くらいのある昼休みに、番場さんがこう言ったからです。

 「最近坦坦麺食うてへんなあ。今日、坦坦麺行かへんか?」

 ええ!・・・それを聞いた僕らの何人かは『最近食うてへんのは、あの只になった一件以来みんな行きづらいから誰も口にしないんであって、しかもまだほとぼりが冷めてないんじゃ・・』と瞬時にアイコンタクトで会話しましたが、結局番場さんの提案に抗えず、くだんの店に坦坦麺を食べに行きました。幸いなことに、本当に幸いなことに、今回は店側にも何も落ち度はなく、番場さんは機嫌よくおいしそうに坦坦麺を満喫していましたが、僕はものすごく居心地が悪くて、ああ、こいういうのが俗に言う『砂を噛むような』ってアレだな、なんて思いながらまったく食事を満喫できませんでした・・・・。番場さんにしてみれば前回は暴れたおかげで只になったし、今回は今回で、小ライスも麺と同じタイミングで出てきたから、ってことで大団円、ってことみたいなんですけど。
 
 これって『たまたま番場さんに応対することになったサービス業の人にとって、ではなくて、僕にとって甚だ不公平』じゃないですかね。
 しかもその原因が『充分に理不尽』じゃないか、と思うんですけど。

===終わり===

うまいことやりおったなあ。

 「XX社までお願いします。」
 タクシーの助手席に滑りこみながら、僕は行き先を告げました。

 なんだってあんなことになってしまったのか、詳細は忘れましたけど、その当時、僕は結構大きな地方支店に勤務していたにもかかわらず、営業担当は僕ひとり、アシスタントの女性社員がひとり、あとは数名の契約社員という『東京の某課の一チーム』ということになっていました。所属課は、東京の課ですので、同じ課の15人前後の課員はもちろん、直属の課長、部長、50人にのぼろうかという部員、も全員東京にいました。
 その日は、久しぶりに東京からその僕の『飛び地チーム』のために出張に来ていた課長と副部長を連れて、その当時まだ現役の社長でもあった創業者が、彼一代でその商品を世界的に高い評価を得るまでに発展させたXX社に行く途中でした。その取引先はJRのある駅から私鉄に乗り換えてさらに数駅、というところにありましたが、その日は三人だし、道もわかりやすいし、15分くらいだから私鉄には乗り換えずにJRの駅から取引先までタクシーで行くか、ということになったわけです。

 駅には数台の客待ちのタクシーが列をなしていて、一方タクシー乗り場には誰もおらず、僕らはすんなりとタクシーに乗り込めました。
 後部座席に課長と副部長、僕はサラリーマンの序列に従って、先導役も兼ねて助手席です。
 「XX社までお願いします。」
 タクシーの助手席に滑り込みながら、僕は行き先を告げました。
 「はい、はい、XX社ね。」
 さすがは世界に冠たる企業、会社名を告げただけで、タクシーは目的にむかって滑らかに発車していきました。

 今回課長と副部長のわざわざのお出ましの趣旨は、相手にとって不足はないXX社ではあるが、どうも契約件数がのびず、僕ひとりではこころもとないので、ひとつここはトップセールスでもするか、ということで、肩書き二つが東京から、もとい、肩書きのあるお二人が東京からわざわざ出張されてきた、というわけです。

 「いやあ、この会社に来るのもひさしぶり
  だなあ。」
 後部座席で課長がなにやら感慨深げに僕に話しかけます。いや、あんた課長でしょ、何を太平楽を言ってるんですか、それじゃあ今まで、この取引先に対して課長として長きにわたって手ぐすねを引いていた、って認めているようなもんじゃないっすか。
 「昔は、年間20億くらい商売があったんだけどなあ。
  いま何やってるんだっけ?」
 先方に会う前にタクシーの中で現況をおさらいしておこう、というわけです。まあ大事ですね。それが到着寸前のタクシーの中ってのはちょっと僕も含めて当事者意識が低すぎますが。
 「ええと、メインブランドのほうは、中国での
  受注生産がはじまったばかりです。サブブラ
  ンドのほうは、例の世界展開の受注がはじま
  ってます。」
 「おお、あのブランドか。あれ売れてんのか?」
 何を他人事みたいなこと言ってんだ、この人は。
 「全然売れてないですね。でもあれに関しては
  まだ始まったばかりで、今はロットが小さく
  て他社が敬遠してやりたがらないので、逆に
  将来性に期待して、必死で、食いついていま
  す。」
 僕は助手席で前を見たまま後ろからの質問に律儀に返答していきます。
 「あれ、たいへんだろう?少ないし、デリバリ
  -はいろんな国でさ。」
 いや、いや、これまた他人事みたいな感想を。
 「はい。そうなんですけど、担当者の話では
  これはなんでも社長の肝いりのブランドな
  ので、今の規模で売れてる売れてない、に
  関係なく、プロダクトアウトで売っていく、
  と位置づけられているそうなので、将来を
  頼んで辛抱してます。」
 「社長って、番茶谷はんか?」
 と、今度はやはり後部座席の副部長から質問が飛んできました。なにしろ、終戦後間もないころに起業し、一代で世界的名声を得る会社をつくりあげた現役社長のうえに、番茶谷(ばんちゃたに、もちろん仮名です。)という珍しい苗字だったので業界では現在進行形立志伝中の人物、として広くその名を馳せていました。
 ええと、仮名だとどれくらい珍しいか、をわかっていただくのが難しいですけど、そうですね、ご参考までに、結構いてもおかしくなさそうなんだけれども、よくよく考えてみると、僕はこの社長以外の方で、同じ苗字の人を媒体で見聞したこと、がそれまで一回のみで、電話も含めてそういう苗字の方と僕自身が会話などの接触をしたことは、それまで一度もありませんでした。だいたいそんな程度の珍しい苗字です。
 「そうです。番茶谷さんです。」
 「おっさん、たいしたもんやなあ、
  元気やなあ。」
 タクシーという密室での、それも身内同士の会話、ということも手伝ってだんだん会話の内容が、あまり社外の人の前では言いづらい方向に、少しずつ崩れていきます。
 「ええ、なんでも担当者の話では
  おつきの人たちが顎があがるくらい
  精力的に仕事する人らしいっすよ。」
 「ほうかいな。全然もうろくしてないん
  やな・・。緑くんは、会ったことある
  んか?」
 「え?ええと、名刺交換ならしたことあり
  ます。」
 「ほう!どういう状況でや?」
 「いや、それがその、例のXX社主催の新年
  会で・・・。」
 「がはは、あれか、芸能人にサインもらう
  みたいにおっさんの前の100人くらいの
  行列に並ばされて、ひとり1秒くらいで
  名刺交換する例のやつかいな。あれは俺
  も何回も並んだけど、あんなもん名刺交
  換のうちにはいらんで。」
 「はあ、そうっすよね。」
 「そや、そや。きみの名刺なんて即日どっ
  かにしまわれて永久に日の目を見んな。
  ははは。ま、わしの名刺もそうやろ。
  ところで、おっさんはああいう経緯だけ
  社内で裸の王様になってる、ちゅうこと
  はないんかいなあ?」
 副部長は、よくある『創業者現役社長が、そのカリスマ性、独裁性ゆえに嵌ってしまう陥穽』の可能性を、大して考えもなく口にしてみているようです。
 「どうなんでしょうねえ。僕らは遠すぎて
  よくわかりませんけど、僕の接している
  社員からは、あんまりそう恐怖政治的な
  話も聞かないし、僕には雰囲気も感じら
  れないっすけどね。」
 そんなの俺に聞かれてもわかるわけないだろ、なんて思いながらも僕は前を向いたまま、ちょっといい加減に対応し始めていました。
 あと、5分くらいで到着だな。

 その時です。
 僕の視界に偶然飛び込んできた『あるもの』が、僕の心身を一瞬にして、しかし、完全にフリーズさせました。
 「・・・・。」
 今思うと、僕が凍りついた瞬間から、僕と彼との間にはテレパシーと表現してもいいような、ある種の無言の意思疎通、あるいは心と心の探りあいの会話、が始まっていたんです。
 僕の頭には、しかし、依然凍りついたままの五体をよそに、一瞬の思考停止の後、大量の言葉が行き交いパニック状態になりました。
 僕の異常な心身の状態を知ってか知らずか、いや、絶対に知らなかったはずです、後部座席の課長と副部長の会話は、どんどん、たがが緩んできて言葉遣いもぞんざいになってきたます。

 「しかし、番茶谷のおっさんも、そうそう
  いつまでも社長やっとたらあかんやろ。」
 「いや、なんか、一応後継者候補はおるみ
  たいですよ。」
 「そうなんか。息子でもおるんか?・・・
  でも役員に同じ苗字の奴おったかいな?」
 「いや、なんでもおっさんの娘の旦那が養
  子にはなってないけど、転職してきて、
  今、ヒラトリにいるらしいですよ。
  たしか、こ、こ・・・・ええと、こたに、
  とかいう名前で。」
 「へえ、どっからきたんや?」

 僕の脳の中に飛び交っていたあまたの言葉はようやく取捨選択されていき、やっとのことで予想される最悪の事態に思いを馳せることができ、同時に後部座席のふたりの緩い会話に大きな危機感を抱き始めました。けれども、後ろの二人は僕の心臓がばくばくしているのをもろともせず、ますます社会人としての良識を逸脱した会話に流れていきます。

 「いや、それが、噂では僕らと同業の出入
  り業者だったらしいですよ。」
 「ほんまかいな!それで、おっさんの娘を
  つかまえよったちゅうことかいな。うま
  いことやりおったなあ!」
 うわあ、まずい!もちろん推測で、かつ軽口のつもりで言ってるんだろうし『うまいことやりおったなあ!』って気持ちはわからんではないけどさ・・・。
 「みどりくん、わしらも若気の至りで下手に
  刹那的な錯覚で愛のある結婚なんかしたお
  かげで、いつまでたってもおっさんの名刺
  もらうのに毎年ならばなあかんちゅうのに、
  同じ立場やったはずのこたにさんは、うま
  いことやったもんやから、もうちょいした
  ら、労せずして行列を作らせる番になるん
  やで。やっぱり結婚は打算でせなあかんな
  あ。なあ、みどりくん、わしらあ、ピュア
  すぎて損してるんやで。」
 副部長、自虐的冗談にほとんど酔ってます。あ~あ、ここまで言うか。それも俺の悪い予想があたっていたら、冗談にしても、いやそれだけに全然おもしろくないではないですか。
 「なあ、みどりくん!」
 
 僕は一切、後部座席の会話に反応せず、あたう限りの能力を総動員して慎重に言葉を選んで、僕の視界の中にあるものを指差しながら不必要に大きな声で言いました。

 「おほん、運転手さん、あのおお、
  ひょっとして・・」

 すると行き先の指示に返答した以外、それまでひとことも言葉を発していなかった運転手さんは、僕の質問がまだ終わっていないのに、完璧に僕の意図を汲んで、拍子抜けするくらいの軽い口調でいいました。

 「そうですよ。あれは私の叔父ですわ。
  私もね、来い、言われたんですけどね、
  私は学校で勉強した専門ちごうたから、
  あそこには入らんと家電メーカーに行
  ったんですけどね、そんときのわたし
  の就職の保証人は、あの人ですわ。」

 ああ、万事休す。
 僕が目にして、凍りつき、指差したのは助手席の前にある『この車の運転手の氏名』というプレートだったんです。
 『番茶谷』という運転手名を目にした瞬間、どきっ!としてそんなことあり得るのか!と思い、どうか無関係でいてほしい、と願うような気持ちで、前部座席の二人の無言の緊張感と後ろの二人の会話の緩さの寒暖差にきずいてもらうために、敢えて大きな声で質問をしてみたのですが、事実は僕の想定していた最悪の事態だったことが判明してしまいました。やはり、僕が運転手さんの名前に気づいた瞬間から、僕と彼の間には二人にしかわからない重たい空気が漂っていたんだ、ということを僕はこのとき頓悟しました。
 さっきまでの弛緩した心持ちで僕ら三人が密室を前提に、-つまりは会話上は運転手さんには利害関係どころか、その存在すらなかったものとして-、言い放った無責任な言葉達が突如として行き場を失い車内を所在無げにふわふわと漂っているのが僕にはまるで見えるように感じました。その空気は一転し、車内は実際の時間よりも長く感じる、もんのすごく重い沈黙に満ちました。そして、僕を含めた三人は自分たちが、いまから数分後に訪問する世界的有名企業の創業者社長の甥、との至近距離で何を言ってしまったかを絶望とともに心の中で各々が畏まって、-今更遅いですけど-、無言のうちに反芻していました。

 「おっさん、たいしたもんやなあ、元気や
  なあ。」
 「全然もうろくしてないんやな・・。」
 「おっさんは・・裸の王様になってる・」 
 「・・芸能人にサインもらうみたいにおっ
  さんの前の100人くらいの行列に並ばさ
  れて、ひとり1秒くらいで名刺交換する
  例のやつかいな。あれは俺も何回もやっ
  たけど、あんなもん名刺交換のうちには
  いらんで。」
 「おっさんも、そうそういつまでも社長や
  っとたらあかんやろ。」
 「でも役員に同じ苗字の奴おったかいな」
 「おっさんの娘をつかまえよったちゅうこ
  とかいな。うまいことやりおったなあ!」
 「・・・同じ立場やったはずのこたにさん
  は、うまいことやったもんやから、もう
  ちょいしたら、労せずして行列を作らせ
  る番になるんやで。・・」
 「やっぱり結婚は打算でせなあかんなあ。」
 ・・・・・・・・。

 言いすぎです。創業者を小さからぬ声で『おっさん』呼ばわりすることだけでも六回、その他の会話の内容も鑑みると取り返しがつかないじゃないですか。
 確かに新入社員時代の研修で、どこで誰が聞いているかわかんないから社外やエレベーターの中での会話には気をつけるように、って言われたけれど、斯様な絵に書いたような『悪い例』って・・。こんな悪夢のような偶然であっていいんでしょうか?

 しかし、ある意味彼にとっては叔父さんの会社の最寄駅でタクシーの運転手さんとして客待ちをしているからには、XX社へお客さんを運ぶのはかなりの確率の『必然』であり、また車内でXX社のことについて緩い話を聞いてしまうことも頻繁にあるようで、僕らの重たい後悔を察してか、口止めのお願いもしていないのに、
 「いや、大丈夫ですよ。私はなんにもしゃべりません
  から。慣れてますしね。」
 と優しく言ってくださいました。それからは、逆に運転手さんと社長の昔話などを語ってくださり(それが明らかに作り話ではない、と思われたので『ひょっとして親戚を詐称した他人かも』という僕の一縷の望みは完璧に砕かれちゃいましたけど。)、その紳士的な語り方から、ああこの人なら本当に黙っていてくれそうだな、とまことに薄弱な根拠ながら、下車するころには、僕らはそのことにすがりつくように安心していました。

 それにしても、繰り返しますけど、立場の相違でこうも違うか、というくらいの『信じがたい偶然』と『なんてことはない必然』との遭遇でした。

 ちなみに、
 「みなさん気づかれますか?」
 って聞いたら、
 「いや、気づかれるお客さんは
  稀ですね。」
 って言われていました。考えようによってはそのほうが幸せかもしれません。僕も普段はそんなこと滅多にしないのになんだってあのときに限って運転者さんの名前なんか見てしまったんでしょうか?

 というわけでそれ以来僕は『タクシーで取引先に行くときは、運転手さんがその取引先の社長の甥である可能性がある』と、まずはネームプレートを確認することにしています。
 本当です。

 蛇足ながら、XX社の現在の社長は『労せずして』かどうかは全く存じませんが(本当です。)、順当にこたに氏になっております。 
 それと、結婚に打算が必要かどうか、については、まだ答えは得ていません。結婚生活もサラリーマン生活も現在進行形ですので。
 まあ、具体的展望、およびそういった材料は今のところまるでないですけど、それはともかくとして、最終的には僕も労せずして『緑のおっさん、うまいことやりおったなあ。』というふうに言われるようになるのが希望です、はい。
===終わり===

マリンボーダ―。

 僕は一応月曜日から金曜日までサラリーマンをしているくせに、毎週のように斯様なブログを冗長にしたためているので、たいへんな読書家かと思われている方がいるかもしれませんが、実はこれが全然そうではありません。嫌いだ、とは決して言いませんけど、僕の読書歴は、それはそれは貧相なもので、とてもひと様に披歴できる代物ではありません。ただし、僕は、いわゆる『活字好き』って奴で、ちょっと無聊を持て余すと、ほぼ無意識に近くにある活字を熱心に目で追っていて、ふと、なんだって俺はこんなもんを熟読しちゃったんだろう、っていうことがよくあります。しかも僕の活字好きのたちの悪いところは、気付くだけでなくて、たまにその行間を妙に深読みしちゃうことなんです。それのどこが悪いんだ、と思われるでしょうが、これが、行間を読んで、ほほう、とひとりで勝手に感心しちゃったりするんならいいんですけど、ときに、いや、わりとしょっちゅう妙なところにはまって、笑いをこらえられなくなったりするんですね。しかもそれが会議中とか公共の場だったりするとまわりの人にはその因果関係はわかんないでしょうから、いい年をしたサラリーマンが必死で『ひとり笑い』をこらえなきゃいけないから結構苦労します。

 かくの如く『活字好きなくせに読書量はあまり多くなくて、かつスマートフォンなども持っていない人』が、通勤電車の中で何をするか、というと、これはもうただひとつ、社内広告を熱心に目で追うわけです。

 読んだところでそれに惹かれて買いそうもない、いや絶対に買わない女性向け週刊誌の広告を読み、
 「ほほう、この春のトレンドは『綺麗めマリンボーダ―
  で決まり!』なのか。ふ~~む、しかも『これひとつで
  オン・オフで着まわしOKのカットソー!』っていうの
  が『有難い』んだな。ほう『合コンでウケるメ―クの仕
  方!』ってのがあるのか。女性をするってえのも、いろ
  いろとたいへんだな。」
 なんて感心したかと思えば(でもそんな雑誌は絶対に買わないし、ましてや、会社の女性に『お、今日はカットソーですか?ひょっとして、着まわししてますね!』なあんて間違っても言いません。)、
 「『多重債務整理お任せください!あなたは払いすぎてい
  ませんか?』・・・・か。ほう、この手の仕事は弁護士
  ではなくて、司法書士事務所がよく広告を出してるみた
  いだな、なんでかな。そもそも『おまかせください!』
  ってのは確かに頼もしいけど、借金で首が回らない人の
  債務を整理するのはいいとして、その顧客からどうやっ
  て報酬を回収するんだろう?」
 なんて、しかし、全然に真剣にではなく、ぼーっと考えたりしたかとおもえば、
 「XX典礼・・ふむ葬儀屋か・・・、お、なんだなんだ?
  『当社イメージキャラクター元NHKアナウンサー
  XXXさん』って、すげえなあ。まあ確かになくては
  ならん職業ではあるけど『葬儀屋のイメージキャラクター』
  って要るのか・・・」
 と漠然と違和感を覚えたりする、わけです。

 ほんのつい先日のことです。その時も会社帰りの電車の中でした。帰宅ピーク時だったので混んでいます。僕は、なんとなく人の流れに身をまかせていたら、ドアと人の間に挟まれて電車に揺られていました。見るとはなしに、見慣れた外の景色をガラス越しにひととおり見た後、僕はいつもの習性でいつのまにかガラスに張ってある、15センチ四方に満つか満たないかくらいの小さな宣伝を熟読していました。

 それはある本の宣伝でした。小さな面積に沢山の情報を詰め込んでいてこの広告を作成した人の苦労がしのばれます。あ~あ、こんなにたくさん小さな字で文言を入れたら読む人も読まなくなっちゃうんじゃないの、こんなの熟読する人なんていないでしょ、などと思いつつ、そのくせ僕は端から、-いつもように特に意味はなく-、熱心に熟読します。
 本の題名は『永遠のマイトガイ 小林旭』です。
 おいおい、平成の日々も20年以上月日を重ねているこんにちにあって、こらまた随分唐突な懐古趣味な本だなあ。と、心の中で文句を言うわりには(断っておきますが、小林旭さん自体には僕は何の文句もないです。ファンでもないですけど。)、そこは活字好き、揺られながら丹念に読んで行きます。

 『日本図書館協会選定図書』

 『日本図書館』の『協会』って・・?よく考えるとどういう協会かわからんけど、なんとなく苦労して箔をつけてるんだろうな・・・・

 『日活映画100周年記念出版』

 なるほど、唐突な理由は『日活映画100周年』にあったわけだ。でも、そんなこと言われても俺には何の共感も感概も無いんですけど。

 『生涯やんちゃ!
  昭和銀幕のアクションヒーロー小林旭が、
  全てを語る決定版!』

 ほう、全てを語る決定版なわけか、御苦労なことだな、そういえば父親は若い頃、このへんの映画にはまっていたみたいなことを言ってたから、この本のターゲットは父親くらいの世代だな、だとしたらあまりでかい市場ともいえんけど、それにしては小さいながらも気合いのこもった宣伝だな・・・。
 そして、夕焼け(だったと思います)をバックに機関銃を持った小林旭の若かりし日の顔部分の写真だか絵だかを背景に本の題名が印字されています。

 『永遠のマイトガイ 小林旭』

 以上です・・・・、と思ったら、その15センチに満つか満たないステッカーの一番下1センチくらいのところに、本の宣伝部分とはわざわざ背景の色を替えて、枠が設けられていて横書きに行儀よく、しかし小さく小さく出版社名がゴシック体で記載されていました。それはそうですよね、本の宣伝なんだから。
 ところがそれを読んだ瞬間、僕は、思わず、

 「くっ・・・・むぬむぬぬぬ」

 とおよそ日本語らしからぬ言葉を口にして、一気に苦悶の表情に変わりました。
 『くだらねえ~~~!』とほぼ条件反射的に大声で叫びそうになった僕を電車の中という空間のもつ公共性が、辛うじて抑えてくれたんです。それでも、その可笑しさにたまらなくなって叫ばないまでもにやにやしそうになってしまい、-電車の中で窓際にたってぼうっと外を眺めていた(そういう風に見えたはずです)サラリーマンが急にすごい勢いでにやにやしはじめたら怪しいですよね。-、それをも抑えようとして悶絶したわけです。
 そこには、こうありました。

 『すわってよんでも たちばな出版』

 僕を悶絶させたこの本当に小さい文言は、なにがすごいと言って、僕にとっては、せっかくの『日本図書館協会選定図書』だの『日活映画100周年記念出版』だの『全てを語る決定版!』だの、いや、肝心の本の題名をも瞬時に一掃してしまうほどのインパクトがあったことです。
 僕に言わせるとこれぞ『主客転倒』です。完全にやられました。笑いをこらえきれません。

 だいたい、『すわってよんでも たちばな出版』ってすごく得意そうに印字してるけど、『座る』に呼応しているのって『たち』だけで、社名の半分の『ばな』はまったく無関係です。放置されてます。強引です。公共の場で社名の前に印字するほどの論理性の裏打ちがありません。しかも『出版社』という業種において『すわってよむか、たってよむか』ってそんなに強調して自慢するようなことでしょうか?
 これがもし、まじめなキャッチコピーとして成立し得るのなら、『皿にねかされてても、たちうお』とか『横綱の隣にすわっていても、たちもち』とか『バイクにのっても、たちひろし』とか『だいたいの時間はすわってて嫌な思いをしてても、たてしゃかい』とか、なんでもありじゃないですか。
 加えて『永遠のマイトガイ 小林旭』を売るための宣伝でおおまじめに(おそらくは)『すわってよんでも たちばな出版』と小さくですが、この強引な洒落を印字することに拘泥するあまり、見事に『すわってよんでも たちばな出版』が『永遠のマイトガイ 小林旭』を完膚無きまでに脇役に押しやっている、という広告としての本末転倒ぶりが素晴らしいです。
 僕は、この文字をみつけてしまって以降、降車するまで、電車の中で、笑いをこらえ続けました。

 この会社のまじめな(おそらくは)多くの社員のみなさんは自覚しておられるんでしょうか?
 いや、そうではなく『ふふふ、よくお分かりになりましたね、実は、本の宣伝はダミーで本当は出版社の名前を広めるのが狙いなんですよ BY すわってよんでも たちばな出版』だとしたら、僕はこういうのは嫌いじゃないから大いにぱちぱちと拍手を送るものですが、でも、そういう『はまり方』をする人は世の中にはほぼいないと思うんです。
 しかし、わずか15センチ四方足らずの広告にすらわざわざ表記していることを鑑みると、このキャッチコピーには相当な自信、あるいは拘りを感じます。そういう具合に想像をたくましていくと、或いは、もっと深い由来、-僕の日常の大部分は実は、こういう想像、というか妄想に消費されちゃってるんですけれど。―、があって、例えば、そうですね、『すわってよんでも たちばな出版』は、この会社を、艱難辛苦、聞くも涙、語るも涙の果てに立ち上げた三代前の創業者が、創業ほどなく資金繰りが行き詰まり、あわれ、社員とその家族を路頭に迷わさんというそのとき、創業者の懸命な懇願にもつれなく融資を渋るメインバンクの担当者に思わず『今はこうやって低迷していますが、もし今回の融資をしていただければかならず、かならずや我が社はたちなおります!今は、すわってお願いしていますが、その名もたちばな出版ですから!』と必死さから口をついて出た偶発的な洒落がメインバンクの担当者のつぼにはまって大笑いをとってしまい、それが奏功して奇跡的になんとか融資を引き出すことにこぎつけ、その後今日のわが社があるのだ、ということかもしれません。もしそうだとすると、この会社は、初心忘るべからず、あのときの辛酸と感謝の念を代々伝えるべし、ということで、毎日朝礼で、
 「すわってよんでも たちばな出版!」
 なんて、全員で唱和したり、社員の名刺の会社名の前にもちゃんと印字されていて、おまけに電話も、
 「はい!すわってよんでもたちばな出版!でございます。」
 っていう第一声で全員が応対しちゃうんです。

 ・・・こうやって書いててもにやにやしちゃいます。

 けど、結果として、何度も『すわってよんでも たちばな出版』を乱発して、微力ながらも世の中への露出に貢献しちゃいました。・・・・まさか、それが最終の目的でしょうか?
 だとしたら、もはや都市伝説の範疇の壮大な深謀遠慮、といえるではないですか。ううむ、『永遠のマイトガイ 小林旭』をして『全てを語』らせるかのようにみせかけて、その実、社名をサブリミナル効果の如く乗客に刷りこませるなどとは、とても常人の考えつくような戦法ではないですぞ・・・さては俗に言う、肉を切らせて骨を断つ、っていう魂胆だな、むむ『すわってよんでも たちばな出版』おそるべし、です。

=== 終わり ===
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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