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未知との遭遇。

 突忽で、恐縮ですけど『のどぼとけ』を英語で何というかご存じですか?僕は知ってます。いや、自慢してません。いつだったかも定かではないですが、たまたまある雑誌だか本だかを読んでいたらその事実にぶつかって、へえ、って思って記憶しているだけですから。

 僕は、英語が苦手です。いえ、謙遜してません。どれくらい苦手かというと、定量的にはTOEICのスコアが495点(485点だったな?)という『みじめなぶるな点数』が証明してくれています。定性的には、自分の頭の中の言葉の引き出しでいうと、日本語があって、その下にさい君の生まれ育った国の言葉があって、その下は三つくらい引き出しが空っぽで、そのあとにやっと英語がくる、って感じです。さらにいうと、495点という惨めなスコアをいただいたTOEICの試験のヒヤリングの際、全身全霊を振り絞って食らいついていたつもりだったのに、僕の解答用紙ではまだ1問問題が残っているのに、だしぬけにヒヤリングの設問が終わってしまいました。つまり、かわいそうに、僕は『う~~ん、難しい、答えはどの選択肢なのだ。』と大いに頭を悩まして奮闘していたにも関わらず『どっかで問題がずれていた』んです。どこでずれていたのか未だにわかりません。そら、難しいはずです。だって、途中から問題と僕が睨んでいる選択群が合致してなかったんですから。たとえある程度ヒヤリングができたとしても、それに見合う答えは選択肢の中にはなかったわけです。そういう結果の495点なので、これは、ヒヤリングに関していうと殆んど鉛筆を転がして解答した、に等しいですね。だから、その『問題と解答の選択肢のずれ』が『幸いしての495点』なのか『災いしての495点』なのか、すらあやしいわけです。あの時は呆然としました・・・しますよね。どこでずれたんでしょう・・・。どうもいまだにわかんないです。

 そんなわけで、僕が英語が苦手なことは自他共に認めるにはやぶさかではないんですけど、そういうラべリングのおかげで、たまにですけど、嫌な思いもするわけです。
 
 あれは、確か、僕が海外に駐在してまだ日が浅いころ、本社から副部長が出張してきたときのことです。この副部長は、なんでも欧州に合計11年間も駐在していたとかで、それこそ自他共に認める英語の遣い手でした。どれくらいうまいかというと、同じ日本人なのに、僕なんぞは、最初にこの副部長が英語で外人相手に喋ったときに、何をしゃべっているのか全然わかんなかったくらい流暢な英語力をお持ちでした。それで、その副部長が出張にきて僕が出向している合弁会社の現地側パートナーと会って、かなり突っ込んだ話し会いをする、ということになったので、僕はしぶしぶ簡単な会議資料を、しかし、僕を含めてみんなの共通言語である英語で、作成しました。
 その時、『原価計算』という言葉を英語で記さなくてはいけなくなりました。
 「はて、なんていうのかしらん?うう・・
  estimation cost of goods sales・・かな?
  おう、なかなかそれっぽいな。俺にしては
  やるじゃないか」
 などと、たまたまの自分の閃きに自惚れて、ある程度確信を持ちつつ和英辞典を引いたら、なんてことはない『原価』の欄に、派生類語として、ちゃんと『-計算』っていう項目があるじゃないですか。
 見ると『-計算 cost accounting』とあっさりと書いてあります。
 なんだ、決まった言い方があるわけね、でもなんか俺の英語の感性からするとあっさりしすぎて偽物っぽいなあ、estimation cost of goods salesの方が格好よくねえか?cost accountingの方が和製英語っぽいぞ、なんて傲岸不遜なことをちらりと思いつつも、そこは自分が英語が苦手なことを自覚してるので、大人しく辞書に従って、資料を作成しました。
 さて、副部長を迎えて、合弁相手先の人間(っていっても以前にも書きましたけど、社長は僕より4つ年下の女の子ですけど。ただ、彼女はアメリカの大学を出ているので、これまた英語は流暢でした。)と、僕の作成した資料に沿って話し合いが始まりました。
 議事は思いのほかつつがなく、進行し『原価計算』のところへ入りました。その時、副部長が、議論の中身とはあんまり関係ないはずの僕の英語にいちゃもんをつけはじめました。
 「おい、みどり、おまえなあ『原価計算』を
  cost accoutingっていうのは・・・いくら
  なんでもちょっと、おまえ。」
 副部長も僕と同じく、cost accoutingというシンプル過ぎる英語に違和感を感じたようです。ただ違うのは、『自分は英語が得意である』と思っているか『僕は英語がまる駄目である。なにしろ問題がずれていても気付かないんである』と思っているかの違いです。だから、お前間違えるにももっとセンスってもんがあるだろう、なんだこの投げやりな表現は、っていう副部長の思いが言外にびしびし、と感じられました。こういうこと、すなわち、英語が得意と自認している年長者からの誹謗、には僕はある程度慣れていたので、これだから英語自慢の奴は、と心の中で思いつつも、
 「はあ、僕もそう思ったんですけど、辞書にそう
  あってので。」
 と淡々と言いました。辞書にあったんです、辞書に。それに今は英訳を議論したり、副部長の英語力を披歴するのが目的じゃねえだろ、と。
 ところが、-全く、これだから英語自慢は-それでも納得しないんですね。たぶん、英語の苦手な奴は辞書のひき方も下手なんだろう、なんて傲岸不遜なことを思っているようです。いや、そうに決まってます。
 「・・辞書にあった?でも、なんかこれは、おえ。」
 あってるに決まってるです。これだから英語の達人は、全く・・。
 「はい。」
 と僕は、ここで止まるところじゃないだろ、早く肝心の議事を進行しやがれ、と思いつつ簡単に答えました。副部長は、
 「・・cost accounting・・・」
 とまだぶつくさ言ってます。すると、その時、日本語はわからないけれど、なんとなく事態を把握した社長が、英語で、副部長に、cost accountingっていう言い方で問題ないと思うわよ、って助け船を出してくれました。さすがアメリカの大学に行っていただけあります。すると、副部長は、あろうまいことか、僕経由和英辞典、という出典には全然納得しなかったくせに、その社長の発言を聞くと、
 「え、そうか・・。そうかいな・・。まあ、ええか。」
 と、しかし、渋々納得してました。なんで俺経由和英辞典には納得しないのに、この子の言なら『まあ、ええか』になるんだよ、これだから英語の得意な人は・・・、と僕は苦々しく思いつつその場をやり過ごしました。

 『のどぼとけ』は、英語で『the Adam`s apple』といいます。
 え?納得いかない?これだから英語の得意な人は、まったく・・・。いや、だ・か・ら!僕の英語力によるものではなくて、たまたま得た『雑学』のひとつで、辞書で確認もしたんです。こういうのは決まっているんだから、英語の得意な人が、
 「projection in the throatかな、いや、前置詞が
  違うか、projection at the thoratじゃないのか?
  なんだ、なんだthe Adam`s appleってのは?そん
  なの聞いたことないぞ。」
 なんて言われても知りません。だって、日本語で、感謝を表現する言葉を英語に訳す時『very rare』って言わないのと一緒だと思います。
 『有り難し』が『ありがとう』になったからといって、英語で謝意をあらわすのはどう転んでも『thank you』じゃないですか?
 
 でも、なんだか楽しいですよね。いみじくもどちらも宗教観に根付いた名前になっていて、『喉にある仏様』っていう発想も、『アダムがエデンの園で食べちゃった禁断の果実の残りってわけよ』(たぶん)っていうのも悪くないです。

 それでは、ここで、考えてみてください。。
 日本では、外国人が90日以上日本に滞在する場合、『外国人登録』をして『外国人登録証明書』というクレジットカードサイズのものを携帯しなければなりませんが、-当然僕のさい君も持ってます。―、これは英語でなんというでしょうか。

 これは、また別の機会に書きますけど、日本における国際結婚の手続きって本当に煩瑣で、しかもプライベートに土足で踏み込んでくるような内容を記入することを要求する書類の提出が必要なんです。ここでは詳細に述べませけど、外国人登録は管轄が市町村役場で、これは、パスポートと写真があればいいんです。でも手続きが簡単なだけに外国人登録証明書は、いわばパスポートの代わりの身分証明、の役割くらいしか果たしません。じゃあ、同じ管轄なんだからおまえのとこは外国人登録証明書を発行してもらったときに、同時に市役所に婚姻届を出したんだろ、って思われるかもしれませんが、これが、外国人登録と国際結婚の婚姻届では、同じ市町村役場の管轄でも、たいへんさに雲泥の差があるんです。
 なぜって、日本国民法上における婚姻とは、簡単に言うと婚姻届が受理されることによって、独身の時にお互いが入っていた親の戸籍から離れて二人で新しく戸籍が作られること、のわけです。でも、外国人はそもそも日本に戸籍がないから(当たり前ですよね)、この『親の戸籍からお互いが出てきて二人で新しく戸籍を作る』ことができないんです。だから市役所の『婚姻届用紙のブランクがはいっているケースから用紙をとってきて記入して判子捺して届けておしまい』っていうわけにはいかないんですね。
 では、どうするか。何が問題か。それは、日本の法律における重婚罪との関係を避けて通れなくなってくるんです。つまり、戸籍があれば『重婚でないかどうか』は証明できるから、日本人同士が婚姻届を出して受理されている、というのは実は、その過程において、法律的には『重婚罪でないこと』を届出者は受動的に証明しているわけです。ところが、外国人と日本人の婚姻の場合は、これを別の方法で証明しなければ市役所は婚姻届を受理してくれません。なんと外国人配偶者の『非婚証明』(『今現在結婚をしていないこと』の証明です!)をしなければいけないんです。僕らの場合は、さい君の国の在日大使館経由で、さい君の母国から日本でいう戸籍にあたるものを取り寄せ、それを日本語に訳して、誰が訳したか、その上にその訳は正しいものと誓約して、さらにそれらをまた大使館に認証してもらって・・・、という一連の書類をそろえて、やっと市役所は婚姻届を受理してくれる、わけです。だから僕のさい君は当然のことながら住民票には載っていません。だって、日本人じゃないので、日本には彼女の戸籍はないんですから。
 しかも、市役所はこれだけの過程のあと、やっと『単なる婚姻届の受理を認める』のみで、ビザ(婚姻ビザですね)に関しては、管轄が全く違うので、日本人の配偶者として日本に滞在することの申請・認可は、今度は、法務省の入国管理局に婚姻届より何倍もの種類の書類を提出して、配偶者ビザ申請をしなければいけないんです。これが認可されるまで数カ月かかります。
 そして、配偶者ビザを取得できても、それは数年毎に更新が必要で、それが面倒な人は、永住ビザというものを取るんですけど、これはまたさらに新たに手続きが必要で、そのうえ永住ビザが取得できても、再入国許可(re-entry permitですね。)は何年に一回か更新が必要で・・・。
 しかも、いいですか、上記すべてを終えても『外国人』という範疇は全く変わらないんです。すなわち日本国籍取得のための『帰化申請』というのはまた全く独立した申請として、いわば最後の関門として、設けられているわけです。だから、よく国際結婚をした外国人の人が、日本人配偶者の苗字を名乗っておられますけど、だからといってその名前と本名、つまりパスポートにある名前とが一致する、とは限らないんですね。日本人配偶者の苗字を名乗っているからといってその方が『日本国籍』とは限らないわけです。面倒だから『通名』としてそうしている、という人が大部分じゃないでしょうか?現に僕のさい君も、『みどりユウ』って名乗ってますけど、彼女は帰化してない(今のところする気配はゼロです。まあ、それは別に彼女の自由ですから。)ので、本名は『みどりユウ、じゃない』んですね。
 どこで誰に聞いたのか忘れちゃいましたけど『アメリカの基本は【受け入れる国】、日本の基本は【受け入れない国】』っていうけど、確かにグリーンカードの抽選なんかやってる前者と比べると、僕の経験は後者に対して『そうだ、そうだ!』と首肯することを堅固に支えています。まあ自分で選んだことなのでしょうがないといえば、しょうがないです。


 ・・・話が大きくそれました。外国人登録証明書は英語では、

『certificate of alien registration』

 といいます。
 すごいですねえ!『サーティフィケイト・オブ・エイリアン・レジストレーション』!!カタカナの字面だけなら『パイレーツ・オブ・ザ・カリビアン』よりも重厚で、躍動感があります。ジョニー・デップ何する者ぞ、って感じです。それに意味も、英語が苦手な僕には、なんだか『あなたは、確かに地球外生命体であることをここに証明いたします。以下同文、代読。』っていう印象を受けなくもないです。
 これは、『あの映画』の印象が強烈なためですね。『eilian』という英語自体にはもともと『異邦人、在留外国人』という意味があって、第三義的くらいに『宇宙人』っていう意味もあるようなんですけど、あの映画の場合、原題を『そのままカタカナにしただけ』を邦題にして配給しちゃったから、『certificate of alien registration』って言われると根拠もなく、ぎょっとしたり、ちょっとわくわくしちゃったりするわけです。僕より遥かに英語が堪能なさい君も『あんまりだ。日本政府は訳を間違ってる。』ってぶつぶつ言ってます。
 でも、
 『Close Encounters of the Third Kind』を『未知との遭遇』、
 『Raiders of the lost Ark』を『インディ・ジョーンズ』、
  (しかも英語では主人公は、Indiana Jonesなのに。)そして、
 『Can`t take my eyes off you』を『君の瞳に恋してる』
って苦労して邦題を拵えてくれるんなら、『Eilian』も配給元が、労を惜しんだりしないで『胃潰瘍性凶暴未確認生命体との宇宙での戦い』なんてひねった邦題にしてくれれば、外国人登録書のイメージも変わっただろうに、って思います。この題名の方が、なんだか恐ろしそうで、かつ、わけがわかんなくて、見る前から想像力をかきたてられて『エイリアン』よりも興業的にもよかったかもしれないです。ただし、続編は『胃潰瘍性凶暴未確認生命体との宇宙での戦い-パート2』ってなっちゃうので題名的なインパクトとしては、賞味期限が短い気がしますけど。
 
 え?外国人登録証明書は『the identification of foreginer』じゃないのかって?いや、だから、これは決まっている文言なんですよ!TOEIC495点の僕の訳じゃないんです!
 まったく、これだから英語のできる人は面倒なんだよなあ。

===終わり===
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世界まるごとHOWマッチ。

 「おい!すんげえ、くだらない奴を新しく入手したぞ!」
 我ながら『すんげえ』で形容される『くだらない』って矛盾してます。
 「え?なんすか、なんすか?」
 とウイングの小島ほかの、いつものメンバーが目を輝かせながら集まってきます。
 「あのな、いいか良く聞けよ。あるところにな・・・。」

 なんとはなしにメルクマールにしていた人の年齢、例えば、尊敬している歴史上の偉人、もっと近い例で言うと、かつての恩師だとか、親だとか、の年齢に自分がすでに到達している、あるいはすでに彼ら・彼女らより年上になってしまっていることに気付き、彼我の内容の落差に愕然としてしまった、という話は巷間よく伺うので、僕だけにおこることではないみたいです。
 ただ、ここのところしばらく、そういうことは無かったんですけど、つい最近、強烈に、それもノ―ガードのときにそれを食らってしまいました。

 僕は、大学生だった頃があって、ラグビーのサークルに入って、週に3,4回練習だの試合だので、ラグビーをやってました。もちろん、ラグビーサークルなので、ラグビーの同好者、という共通項を持った者が集うわけです。しかし、ラグビー好き、以外にもさらに共通の嗜好(間違ってもそんなたいそうなもんじゃないんですけど、他に適切な日本語が思い当たんないので、嗜好、としておきます。)があるとさらに仲良くなったりします。類は友を呼ぶ(これもまた、そんな格好のいいものではないんですけど、ありようはこの言に極めて近かったので。)って奴ですね。それで、どういう嗜好者たちの固まりかというと『くっだらねえ!と思いつつ、やられた!と笑ってしまう小話好き』(以下『くだやら小話』と略)の集団(それも小規模な集団)でした。

 その日、僕は『上物』と思われるもの、を仕入れたので、ラグビーの練習着に着替えるのももどかしく、練習まえのグランドのそばの木陰で、早速『くだやら小話』好きな後輩を捕まえて披露しました。『くだらない』うえに『小話』だけに、大きな声でいうと恥ずかしい、のと、なぜだかこそこそと話すと、タブーを犯しているかのような意味不明な緊張感が生まれて、メンバーの(だからメンバーなんていうような大仰な集団ではないんですけど、他に形容のしようがないので。)心の琴線に触れたときに面白みを増幅するんですね。
「なんすか、なんすか、みどりさん!」
「これがよ、すんげえ、くだらねんだよ。」
「へへ、なんすかあ!?」
 とウイングの小島は、まだなあんにも話していないのに、すでに含み笑いなんかしてます。『くだらない』、それも『すんげえ』ぞ、って僕が前置きしているにも関わらず、です。この、導入部分ですでに『自ら、やられる空気を醸造してしまっている』辺りが『くだやら小話』集団の面目躍如たるところです。

 「あのな、いいか良く聞けよ。これはな、慶応大学
  文学部の井口教授っていう人が書いた本で、俺が
  読んだ話なんだけどな。」

 これは本当です。別に話の生い立ちには権威付けも粉飾も不要なんですけど、この話はたまたま本当にそういう偉い方の本を読んでいるときに僕が『くだらねえ!と思いながらやられちゃった』んですね。ソースはなんでもいいんです、飽くまで『くだやら小話』ですから。ただ、ソースがなんであろうと、メンバーが(だから別に結成とか解散とかしたことは一回もないんですけどね)『うわあ、やられた!』と、読んだり聞いたりした瞬間、他の面子の顔が思い浮かんで、『これは報告せねば!』と思えばいいわけです。

 「あのな、あるところにな、滅法強い将棋の名人がいて、
  無敗を誇っていたんだって。なんでも、その名人は、
  敵が1手打つだけで、瞬間的に1万手先まで読める、
  という境地に達していたんだってよ。」
 「ほー。」
 茶々などいれずに、この当たりは素直に聞くのが僕らの不文律です。
 「それでさ、あまりに強いもんだから、将棋を指す相手が
  いなくなったと、いう噂になったらしい。その噂を遠く
  で聞きつけた腕に覚えのある男が、その名人に挑戦しに
  来たんだって。」
 「ほー。」
 「それでさ、いよいよ対局になって、敵は名人だからさ、
  挑戦者から先手ってことで、その男がまず、歩を一手
  打ったらさ・・」
 「・・・・。」
 「名人がそれを見て、眉間に皺を寄せて、腕を組み、微動
  だにせず、沈思黙考し始めたのだ。」
 「・・先を読んでるわけっすね?」
 「うん、それでさ、挑戦した男はすっかりびびっちまってさ、
  『これが噂に聞く、1万手先まで瞬時に読む、というあれか
  ・・・』ってね、」
 「・・・・・。」
 「すると、しばらくの重たい沈黙のあと、とつじょ名人が、
  かっ、と目を見開いて・・」
 「・・・・・」
 「それで、なんて言ったと思う?」
 と、僕は十分に全体の空気に『ため』をつくった後、一気に跳躍しました。
 「かっと目を見開いてさ『参りましたっ!この勝負、
  わたしの負けです!』って言ったんだってさ!」
 「・・・・!くっだらねええ!ぶわはははは!みどりさん、
  全くしょうがないですねえ、よくそんな話仕入れてき
  ますね!ぶわははははあ!」
 「だあ、ははは、つまんねええ!なんすか、そらあ!
  いひひひ!」
 と練習前のグラウンドの片隅にひとしきり笑い声が響きます。
 
 どんなレベルの低いことでも、極める(それほどのことじゃないですけど・・)ということは何かしら見返りがあるもののようで、僕らが連日のように『くだやら小話』をしていると、本来そういうアンテナを持ちあわせていないと思われる他のサークルメンバーも、こういうのあったぞ、俺は全然面白いと思わんけど、と僕らに情報をインプットしてくれるようになりました。例えばある日の練習後、
 「みどり、こないださ、テレビ見ててさ、」
 どっちかつーと、『くだやら小話』とは距離をおいていたはずの、1年上のロックの内藤さんが何の前触れもなく僕に話しかけてきました。内藤さんとはポジションも近いし、よく話す仲でしたが、彼の口から『くだやら小話』がでてくるとは思っていなかったので、僕は心の準備ができていませんでした。
 「駄洒落をいうコーナーでさ、
  『世界まるごとハママツチョウ!』
  って言った奴がいたぞ。」
 「?・・・ぶわはははは!くんだらねえ!
  ごーいんすぎるう!ぶはははは!」
 僕は心の準備ができていないぶん、完璧にやられて、話した内藤さんが『いや、ちょっとみどり好みかな、と思って軽く言ってみたんだけど・・そんなに笑うようなことか?』と表情で訝しがるほど、大爆笑してしまいました。蛇足ながら、これは当時人気のあった『世界まるごとHOWマッチ』というクイズ番組にかけた駄洒落です。『やられた!』僕が、この『すんげえくだらねえ洒落』を早速ウイングの小島たちに披露したのは言うまでもありません。・・・くだらないですよねえ、本当に。でも、僕は未だにこれを思い出し笑いしてにやにやしたりしてます。『ハママツチョウとHOWマッチ、か、くだらんなあ。しかも【世界がまるごと浜松町】だっていうのもわけわかんなくていいよなあ』なんて思いながら。ただし、さすがにいい年になったので、口には出しませんけど。
 まあ、それだけ僕も大人になった、てことだよな、って思っていました。

 つい、数日前のことです。『フジ!早く寝なさい!』と台所にいるさい君が息子を叱り飛ばすのにも関知せず、僕が、心も体も弛緩しきって、リビングの床に仰向けに寝っ転がっていたときです。
 いきなり、僕の肩をつんつんする者あり、なにごとならむと見上げると、寝室から体を半分出して立っている息子ではないですか。この野郎、父親を足蹴するたあ、どういうことだ、と父親の威厳を示さんとしたとき、息子は、無言で、手を合わせてしきりに僕を拝むと、今度はその手を傾けた顔の横に持っていってこれもまた無言で寝るポーズをします。その動作を2,3回繰返したあと、依然無言のまま、寝室を指さします。はあ、なるほど。母親に早く寝ろ!と怒られたんだけど、一人で寝るのは嫌だから一緒に寝てくれと懇願し、しかしその懇願が母親に露見するとまずいので、母親の死角で無言で僕に頼んでいるわけです。息子は、この一週間くらいテレビで見た『宇宙人目撃例!』とかいう番組に出てきた宇宙人の絵が怖くなって、暫時ひとりでは寝られなくなってました。わからないでもないです。僕にも似たような経験はありますから。でも、こいつ、母親にはそんなことおくびにも出さないで、父親の俺を足でつんつんして『一緒に寝ようぜ』って、なんか同じ親でも随分扱いが違うじゃねえか。どうも前から思っていたけど、こいつどっかで、自分と父親を同レベルと見做してる節があるなあ、と思いつつも、まあいいか、と添い寝してやりました。

 すると案の定、
 「ねえ、パパ、うちゅうじんってほんとうにいるの?」
 と不安げに聞いてきます。
 「そうだなあ、いるかどうかはわかんないらしいぞ。」
 「で、さ、もしいたらさ、こないだのテレビみたいな
  すごいかっこうしてるの?」
 「いや、あれはさ、想像とか、目撃したっていうひとの
  話をもとにした絵だからな。」
 「じゃあさ、いないの?」
 「いや、それはわかんないけど、いてもパパやフジの
  生きているうちには会えないだろ、たぶん。」
 「・・そうか。」
 と息子は少し、安心したようです。
 「うん、そうだよ。」
 お、どうやら安心して寝てくれそうだな。
 「パパ。」
 「うん?」
 「背中掻いて!」
 おおーいつものパターンになってきたな、よかろう、掻いてあげよう。
 息子はうちゅうじんの脅威からも解放されたし、背中は掻いてもらえるし、で一気に気持ちに余裕がでてきたようです。
 「パパ、あのね、」
 「うん。」
 「しんちゃんて面白いんだよ。」
 なんだ今度は、クレヨンしんちゃんかよ、早く寝ろこのやろー。息子は最近クレヨンしんちゃんにすっかりご執心で、同じ単行本を何回も読み返しては爆笑しています。ちょっと9歳にしては読ませたくない部分もあるんじゃないか、って、さい君は自分は日本語のセリフは読めないまでも、絵を見て心配してますけど、あんなに喜んでるし、優良図書だけを読んでいたんでは免疫もできんから、ま、いいだろ、と僕は放置してます。
 「しんちゃんがね、」
 だから、俺はおまえと同じレベルの人間ではないんである、しんちゃんの話をしてもしょうがなかろう、早く寝たまい、と思いつつ、僕は生返事をしていました。
 「『あ オラ うんこしたくなちゃった』って言ったらね、」
 「ふん。」
 こいつ、9歳で、まだうんことかで喜んでいるのか、先が思いやられるなあ。
 「しんちゃんのパパがね、」
 「ふん。」
 「『おいおい ウンコ食ってる時にカレーの話 すんなよ』
  って・・」
 「!ぶわははははははははははああ!」
 不意打ちを食らって、僕は完全にやられてしまいました。
 「逆だよねえ、パパ、面白いでしょ?」
 「いや、くだらねえ、がはははあ!」
 「ウンコたべる人なんかいないよねえ、
  うひゃひゃひゃあ!」
 「いや・・じゃなくて・・つまんねえ、ぎひひ!」
 「食べるのはカレーだよね、うひゃひゃひゃ!」
 僕は一緒に大爆笑する息子に『いや、パパはその、お前とは違うレベルで笑ってるんだぞ、一緒にするな』とわからせて威厳を保たねば、と思いつつ、ノ―ガードでいきなり僕の『眠っていたくだやら秘孔』に食らった強烈なパンチのせいで笑いを止められずに、威厳を保つどころか、寝かしつけにいったはずなのにふたりでしばし笑い続けました・・・。

 そうなんです。僕はちっとも『年相応に』成長なんかしていなかったんです。未だに『くだやら小話』は大好きなんだけど、周りはもう大人だからそういうことに遭遇していなかったので、自分はとうの昔にそんなことは精神的に卒業した、くらいに思っていたわけです。息子が提供した、クレヨンしんちゃんのパパの『おいおい ウンコ食ってる時にカレーの話 すんなよ』のひとことで『くだやら小話』好きが覚醒してしまったようなんです。
 でも、僕がまだ子供だった頃、今の僕の年齢の『おいおい ウンコ食ってる時にカレーの話 すんなよ』で笑いだして止まらない大人、って『絶対にいなかった』と思うんです。ちょっと愕然としちゃいます。
 そもそも、よく考えたら、自分のこととはいえもうムニャ十ムニャ年も前の『将棋の名人の話』だの『世界まるごとハママツチョウ』という駄洒落だのを未だに覚えていてたまにひとりで反芻してはニヤニヤしてる、っていう時点で成長がないです。とほほ、って感じです。
 息子が同レベルって見做すのもあながち穿った見方かもしれません。

 ちなみに『おいおい ウンコ食ってる時にカレーの話 すんなよ』に対しての次のセリフは、
 「逆よ、逆!!やーね」
 というしんちゃんのママによるしごく真っ当な指摘でした。(翌日息子にどこに載っているのか教えてもらって、読んだんです。その時、再度息子と一緒に爆笑しちゃいました・・・。しつこいですが、息子とは違う基準で笑っているつもりなんですけどね。)

 あ、そうそう、書き忘れましたが、今回は尾籠なお話なので、お食事どきを避けてお読みください。間違えてもうんこ、じゃなかった、カレーを食される前後などには読まれませんように。

===終わり===

社会科見学。

 「おおー、すんげえ!」
 「なに?どうした?おおー、ほんとうだ!来る前より
  きれいだ!」
 「おおー!」
 と廊下に大きく、事務所スタッフのナリッシュや、リフィやシエルの驚嘆の声が響きわたりました。
 事務所の中にいる僕は、また毒蛇でも出たか、それにしては騒ぎ方が少しおかしいな、と訝しながら、なんだろう、と廊下に出てみました。

 これもまた、僕と僕の会社の思惑に反して、いつのまにやら現地人約300人、に日本人僕ひとり、という状況での勤務になってしまった、赤道直下南半球の某都市郊外の合弁工場に僕が出向中にあった話です。
 その当時は僕も若かったこともあって、あまり感じませんでしたけど、今思うと、あんなやくざな運営でよくぞ工場が稼働して、曲りなりにも決算ができていたな、って思います。
 僕は、当時まだ20代で、赴任して数か月のちに当初の予定どおり、7人いる取締役のひとりになったんですけど、その社長も含めて7人の役員で、毎日出勤するのは僕だけ、なんです。7人のうち、社長(社長つっても現地側の合弁パートナーのオーナーの子供、で僕よりも5歳年下の女の子でした。)以下現地人の4人はほぼ全員が、合弁側の本体の勤務と兼任でめったに出社、-その頻度は『出社』というより『来社』って言ったほうが正確なくらいです。-してきません。残りの日本人3人の役員のうちの1人が毎日出社する僕、で、残りの2人は日本側の僕の会社以外の合弁パートナーの方で、日本にいる方々、要は名前だけですね、っていう状態でした。
 
 ある日、-こういうとき、日本にいたら『あれは確か7月ごろ』とか『年明け頃で』なんて無意識に時候を思いだせます。でも、その国は季節が乾季と雨季のふたつしか(しかも、僕に言わせると、でたらめに暑い、という面ではほとんど同じです。)ないので、そこでの記憶を辿るとき、いつも暑くて同じような服装をしていた記憶しかないので『時候を一緒に思い出す』ことができないんです。だから、その土地での記憶は、全部『ある日』でくくられちゃうんですね。違う立場で言えば、日本で暮らしていると無意識のうちに『記憶にもれなく季節がついてくる』、あるいは逆に『季節が記憶をたどるきっかけになる』ってことですね。-、ともかくも、ある日、現地の都市にある日本人学校の生徒さんたちの社会科見学の対象に何故だか覚えていないんですけど、僕の工場が選ばれました。それで、いついつ、何人くらいが親子で、見学に行くので、工場内を案内してあげてほしい、ということになりました。

 当日、チャーターした綺麗なバスで、予定どおり、お母さん方と小学生のお子さんたちが、20~30人来られました。僕は、さして広くない工場ではありますけど、主にお子さんたちに説明して工場を一周し、そのあと応接室でお子さんたちから素朴な質問などを受けて、つつがなく『工場で働くおじさん』の役目を終え、またバスに乗って帰っていくみんなを見送り、工場内の、入り口をはいってすぐ右にある事務所に戻って通常の仕事に戻りました。
 と、その時、
 「おおー、すんげえ!」
 「なに?どうした?おおー、ほんとうだ!来る前より
  きれいだ!」
 「おおー!」
 と廊下に大きく、事務所スタッフのナリッシュや、リフィやシエルの驚嘆の声が響きわたりました。
 事務所の中にいる僕は、また毒蛇でも出たか、それにしては騒ぎ方が少しおかしいな、と訝しながら、なんだろう、と廊下に出てみました。
 ・・・何もないです。毒蛇もいないし(僕の駐在中確か二回遭遇したと記憶してます。そのうちの一回は無事退治したあと『ああ、こら、コブラだな。』って工場の人達は言ってましたが、僕が見ているときには鎌首をもたげなかったので本当にその蛇がコブラだったのかどうか、はわかりません。もちろんものの本によれば、僕の駐在していた地域は、コブラ、それもキングコブラの生息地とされてますけど。)、カメレオンもいません。でも、ナリッシュやシエルは、出入り口の方を凝視し、半ば唖然としつつ驚嘆の声をあげるのをやめません。それどころか、のこのこ現れた僕を見つけて、
 「オヤブン!オヤブンも見て、見て!
  すごいでしょ?」
 と入口を指さして興奮しながら僕にも共感を求めてきました。
 「・・・・・・。」
 いや、だから、なあんにもないんですけど・・・・。
 「あのさ、何が『すごい』の?」
 と僕が冷静に(だって興奮するような景色は見当たりませんから)尋ねると、ナリッシュ(僕より少し年上の女性です。先日久しぶりに電話で話したら『オヤブン、オヤブンは白髪どれくらいある?』って言ってました。)とシエル(僕よりうんと年下の女性です。この子、つっても今では中学生だか高校生の子供のお母さんですけど、もまだその工場に勤務してます。)がほぼ同時に入口の床を指さしながら、異口同音に叫ぶように言いました。

 「あれよ、あれ!サンダル!」

 僕の工場は、日本の合弁先の技術援助を受けていることもあって、同業者の現地資本工場と違い、工場内では土足禁止になっています。ここらへんは、まず清潔をよしとする日本の製造業の矜持の現れです。来客も例外ではありません。靴は入り口で脱いで室内用のサンダルに履き替えてもらいます。だから、あらかじめ来客する客の人数がわかっている場合は入口に来客用のサンダルを揃えておくわけです。普通です。この時も多人数に備えて、サンダルを、しかし、人数が人数だけに靴脱ぎの床に2列にわたって、用意していました。
 なんてことはないです。彼女たちは、帰っていった日本人学校の親子連れが、脱いだサンダルを『全部綺麗に並べられてから去って行った光景』に驚嘆したのです。事務所の一人が、日本人学校の親子連れが帰ったあと、事務所を出て隣にあるトイレに行こうとしたらしいんです。そこで、彼女は『来る前と同じように、いや、ひょっとすると、来る前より丁寧に2列に並べられたサンダル』を見て仰天したんですね。
 でも僕にとっては、そんなに異常な光景ではないですし、もちろん、意図通りに彼女たちの驚きに共感したりなんかしません。
 
 ほほー、なるほど。僕は思いました。これは、チャンスだ。
 どっちが上で、どっちが下か、っていうことではないんです。でもこれこそまさに理屈ではなくて、『生産現場においてはまず、清潔で、整理整頓されていることが優れたもの作りの大前提である』と、僕を含めた日本人が、例えば、なんで直接ものを作ることに関係していないはずの工場の入り口の清潔さにまでに執拗に拘るのか、理屈以外の方法で理解してもらう絶好のチャンスです。

 なにしろ、この子たちは、朝、出社すると、
 「お、オヤブン、おはよう!」
 とか言って、ニコニコしながら靴を脱いで、上履きに履き替えてくれるのはいいんですけど、その脱いだ靴一足を器用に裸足の片足の親指で挟むと、しゅっ、と下駄箱にそのまま足で『飛ばして納めちゃう』んです。もちろん、下駄箱に納まるのは納まるものの、そこは『足の親指で、しゅっ!』ですから、さすがに手でいれるように綺麗には納まらず、靴の端っこがはみ出てたりします。僕は、
 「お、おはよ・・」
  いや、『しゅっ』って、あれ?でも、うまいこと放り込むなあ・・あの・・まあ、しょうがねえか、間違ったことしてるわけじゃないし。こういうとき『はしたない』って日本では言うんだけどな。と半分言葉に詰まりつつ、半分その器用さに感心しつつ、なんだか自分でもよくわからないもやもやした気分になってました。まあ・・・文化の違いにもやもやしてるんだな、だって『きまり』は守ってくれてるんだから、て感じで。

 しかし、そのもやもやの正体は実は『文化や習慣の違いから来るもんだよな』という僕が半ばこじつけたものではなく、かつ本業ではないとはいえ『製造業に従事し、その現場に毎日出社する唯一の取締役』として『きまりは守っているから』と看過してもいけないことだ、ということをある時、知ることになります。

 僕のいた工場は、先述の通り日本側合弁パートナーの一社に技術援助を受けています。そのため、年に何回か、遠く秋田県からその会社の工場長が出張で来てくれていました。その方はまさに『日本の製造業かくあるべし』ともいうべき堅牢なまでの職人でした。それだけでなく、僕が新入社員の頃からお世話になっていたうえに、職人でありながら、ざっくばらんな性格で遠慮なく物を聞いてくれるし、人間的にも尊敬できる方で、僕はこころ密かに勝手に『自分はこの人を兄事している』と決めちゃってました。実際、工場に赴任してみると内部で起きる問題は僕の母体である会社では到底解決できないことばかりで、何度もこの工場長に電話していたので、自分の会社の日本の主管部の人達よりもこの工場長と話す機会のほうがずっと多かったのです。工場長が出張に来られると、その期間、毎日のように夕飯を共にします。
 「みどりちゃん、悪いな。迷惑かけちまってよ。」
 職人だけに、自分が技術援助をしている工場で、技術上起きる問題を、本業でないにしろ現場にいる、若造ではあるけれど『他社の人間の手を煩わす』ことをすら、恥とする、凛としたプライドを持った方でした。
 そんないつもの夕飯の場で、僕が、なんの気なく、冗談のつもりで、靴の履き替え方について言ったときのことです。
 「勘狂っちゃいますよね。足でつかんでしゅっ!で
  すからねえ。日本じゃ考えられないですよね。女性
  がそんなことするのって。文化の違いですよね。」
 『足でしゅっ』を、なんかもやもやしながらも、文化の違いで片付けてしまっている僕は、僕の発言にいつものように工場長が呵々大笑してくれるもの、とばかり思っていました。
 ところが、工場長の反応は予想とは全く違うものでした。呵々大笑、どころか、表情が引き締まり、鋭い目つきになり、諭すような口調で僕に話しかけ始めたのです。
 「みどりちゃんよ。なんで俺たちが、現場と関係ない
  はずの、下駄箱やトイレを綺麗にしろ、って五月蠅く
  いうのかわかってるかえ?」
 「・・・。」
 「逆にいうぞ。例えばみどりちゃんがよ、ある工場を
  訪問したとして、その工場でできるサンプルの品質は
  高いし、機械も最新のものだけど、下駄箱やトイレが
  汚かったとして、どうする?そこに安心して発注する
  かい?」
 「・・・・」
 「そこの部分だけ『文化の違い』ってことで安心するかい?」
 僕は、垂らしたえさにかかってきた獲物の意外な重さに動揺しただけではなく、なんとなく、自分のもやもや感にはなにか意味があって、その答えに工場長の発言が近づいてきた感じがし、けれども、それがなにかはまだ全然わからない、こともあって沈黙し続けてしまいました。
 「いいかい、みどりちゃん、俺んとこはよ、『いいものを
  つくる』という役割でこの工場に資本参加してんだべ?
  でもよ、俺みたいなよ、技術援助先の人間がよ、久しぶ
  りに来てよ、開口一番『下駄箱がきたねえ!』って言わ
  れると、駐在してるみどりちゃんは、どう思う?」
 「・・・・。」
 「迷惑か?・・じゃねえべな?そういうことまで『自分の
  責任の範囲だ』と思ってくれる技術屋のほうがよくねが?」
 「・・確かに頼りがいが全然違います。」
 「だろ?」
 「はい。」
 そこで、おもむろに、僕の『もやもや感』の正体を工場長は、ずばりいい当ててくれました。
 「『あきらめ』、よ、みどりちゃん。」
 ・・・そうか!
 「自分の職場の下駄箱やトイレは汚いより綺麗なほうが
  いいべ。それは、ここの人も日本人も一緒のはずだ。
  でも、それができないから、それが文化の違いだから
  って『あきらめる』のなら、つきつめていくと俺たち
  みたいな役割の人間は必要ないってことになるんだ。
  俺もよ、日本でも、よそのさ、業種違いの工場なんかに
  お邪魔すっとよ、専門的なことはわかんねけど、たま
  あに、『ああ、この工場は上の人間がどっかであきら 
  めてるな』って思うとこに出会うわけよ。
  ここはよ、みどりちゃんよ、そういう工場にしちゃいけ
  ねんだ。トイレが汚くても商品に問題なければいい、そ
  の通り。でもよ『トイレくらい汚くてもいいや』ってい
  う管理者は他のことでも『あきらめる』かもしんね、そ
  ういうことよ。・・・上に立つ者がよ、あきらめちゃい
  けねえんだ。それが国や文化の違いからくるものだと
  してもだ。俺らみたいな日本の技術屋が違う国まで来て
  技術援助する、ってのはそういうことだんべ。」
 
 そう、だったんです。僕のもやもや感はちゃんとした意義があったんです。僕は、それを文化の違いからくるものだから、で片付けてしまっていましたが、そうではなくてその正体は『素人とはいえ、現場を預かる者として妥協してはいけないことを、即あきらめてしまった【うしろめたさ】』だったんです。これを看過してはいけなかったんです。
 
・・・ということがあってので、僕はこれこそ千載一遇のチャンス、と思いました。
 「綺麗だろ?」
 「うん、すごい!」
 「綺麗!しかも小さい子供もたくさんいたのに!」
 ほほう、彼女たちの驚きを増幅させているのは、その光景だけではなく、日本人の大人が脱いだものを揃えて帰るのはわからんでもないが、小学生たちが履いたサンダルまでもが全て綺麗に揃えられている、という事実だったようです。
 「オヤブン!なんで小さい子供もこんなことが
  できるんだ?」
 「それはね、きっと一緒に来た大人たちが、自分の脱いだ
  サンダルを揃えるときに、子供たちにも言ってきかせる
  のだ。」
 「おおー。」
 「おおー。さすが日本人。」
 チャンスです。違うぞ、そこで、民族や文化の違いに逃げてはいけないんである。
 「そろってるほうがいいだろ?」
 「うん、いい!」
 「な?」
 「うん!」
 「だ・か・ら、俺たちの下駄箱も、ああいう風にしていこうぜ。」
 狙ったところに話は落ちてきたぞ!
 「はああ?・・オヤブン、それはむり!ね?」
 「うん、むり、むり!」
 「な、なんでっ!?」
 「だって、あたしたち親からそんなこと教えてもらったことない
  もん。」
 「いや、だから、そんなこといわないで、ナリッシュもシエルも
  今や子を持つ身なんだからさ、今から子供にそういうふうに
  しつけをして・・・」
 と僕が話終わらないうちに、
 「オヤブン、それこそ、むり!だって親のあたしたちが
  できないんだから、子供にしろっていっても聞くわけ
  ないっしょ!以上!」
 ・・・斯様に、なんだかある面では、強力に説得力のあることを答えられて呆然とするオヤブンを残して、みんなは、さっ、と解散してしまい、この件はあっというまに強引に幕切れとなりました。

 目論見は外れたけれどこの件は、僕の記憶には痛烈に残っている出来事です。
 『親がやらないことを子供にいってきかせてやるわけないっしょ』という力強い断言は、威張っていうことじゃないだろ、とは思いつつもなんだか説得力があります。そうかもしれません。
 でも、その時、ひとり取り残されて、呆然としながら僕が感じたのは『あらら・・まあ、そう言われたら、その通りだけど・・。ん?待てよ、ということは日本社会で美徳とされている習慣は小さいことでも俺たち大人は次の世代に引き継いでいかなければならん、ということだな。だって、一度失ってしまったら、取り返すのはそれこそ無理だからな。なるほど、親の言うことは聞いておくべきものなんだな。』という小さいけれど、しかし確かな、今まで感じたことのないある種の使命感でした。

 それから幾星霜を重ね、気がつけば僕はその国の人と一緒に日本で家庭を持っています。そして、翻って我が家の玄関はどうかと、いうと・・・。
 言うだけではだめそうなので、明日から、さい君の靴も息子の靴もしばらくは、僕が揃えることにします。
 『あきらめ』に満ちた玄関からの脱出です。
 せめてそれくらいはしないと、ご先祖様や、すでに鬼籍に入られた工場長に顔向けができませんから。

===終わり===

豆腐に鎹。

 「パパ、フジ、おなかすいた。なんか作って。」

 愚息はようやく9歳になったばかりですが、このブログでも何度も述べているように、どうも同じ学年のお子さんと、あるいは、僕自身の同年齢の頃に比べると幼すぎるなあ、って親としてはちょっと心配です。

 先日も、ふと思いついて彼に聞いてみたときのことです。
 僕自身が、どっちかというと、いや、あきらかに、今思うと人生において肝心な選択肢を迫られたときに、ほぼ全場面で『成り行き』に逃げて生きて来てしまったこともあって(ええと、ここだけの話『結婚』も含みます。内緒ですよ。)育児にも確固たる教育哲学がないまま今日まできてしまいました。しかし、僕はいいとしても、息子が前車の轍を踏むようなことは、せめて親として回避させなきゃな、とりあえず、夢をもってそれに向かって努力する、という導線を引くくらいしてやらねば、と、本人の自覚を促すことも兼ねて、と思い、
 「おい、フジ、大きくなったら何になりたい?」
 と、問いました。すると、息子は、遊ぶ手を休めず僕に背中を向けたまま日本語で、
 「きりしたん。」
 と、即答しました。・・・いや、おまえ『きりしたん』って・・・。父親は思わぬ返答に二の句が告げません。何ですかね、『きりしたん』って。そもそも、その言葉からして近現代の言葉じゃない、と思うんです。ましてや『将来なりたいもの』としての『きりしたん』ってどういう意味なんでしょう。

 それでもなんとか頑張ってみた僕の洞察によれば、

 ①息子は、自称『熱心なプロテスタント』のさい君に
  連れられて月に一回程度教会に行っている。

 ②息子は、朝日新聞出版社の『週刊マンガ日本史』全
  巻を『彼なりに読破』して、どうもその本のおかげで
  『きりしたん』という言葉が頭にはいっている。
  (この本を買い与えたこと、は僕がした数少ない父親
   らしい仕事、のうちのひとつですけど。)

 ということが背景にあるらしいです。
 でも、いまひとつわかんないです。だって、洗礼をうけてキリスト教徒になりたい、というのであればそれは別に『職業』ではないし、もしそうであってもさい君が口にするように『クリスチャン』とか『プロテスタント』とかいう単語を発するのならまだわからないでもないです。でも『きりしたん』って・・・。
 まさか、大きくなったら『細川ガラシャ』になりたいわけでもないでしょう。いくら幼いといっても『細川ガラシャ』が女性であること、くらいはわかりそうなもんです。かといって、『大人になったら島原城に立て籠もる』っていうつもりなのであれば、それはなんとなく男の子らしくて、一応勇壮ではありますが、幸いか不幸か、立て籠もったところで、まず間違いなく江戸幕府は攻めてきてくれないから(せいぜい変人扱いされて熊本県警のご厄介になるのがいいところでしょう。)、まさかそういうことを意味している、とも思えません。
 「いや、おまえ『きりしたん』って・・・。」
 可能性はともかく、もうちょっと普通の子供らしい、夢とロマンと少しの具体性を伴った、例えば『サッカー選手』とか『大工さん』とか『学校の先生』とか『歌手』とかいう答えを期待していた父親は大いに困惑してしまいました。他の職業ならともかく『きりしたん』って・・・。少なくとも今の僕には『きりしたんになる夢を育くむ術』は待ち合わせていません。
 大丈夫か、我が子よ。

 そんな我が子ですが、最近、ごく稀にですが『おお、こいつなりに成長しているじゃないか』ということも、ようやく、本当にようやく、散見されるようになりました。
 過日、休日にさい君が僕と息子を家において外出していたときのことです。
 それまで、ひとりテレビを見ていた息子が(これが、また『トムとジェリー』みたいな、いわゆるドタバタもの、がお好みなんです。うひゃうひゃ声を上げて、よだれを流さん、という勢いで笑ってます。しかも散々爆笑したあと『これ、前に見たな。』なんてつぶやいてるから驚いちゃいます。いえ、別に『トムとジェリー』を批判するわけではないんですけど、なんというか、同じアニメでもストーリーに含蓄のあるようなものにも少しは興味を持たないかな、9歳にもなって・・・、って思うんです。しかも前にも見たことがある、って、どうなのよ、って思うわけです。)、突然、
 「パパ、フジおなかすいた。なんか作って。」
 と言い出しました。ええ、そんなこと急に言われても、僕は料理なんかほとんどできないぞ、困ったな、あ、そうだ、
 「じゃあ、納豆ごはん、食べるか?」
 この男は不思議なことに納豆が大好きなんです。僕は、納豆は嫌いじゃないですけど、食べられるようになったのは大人になってからでそれまではまるで駄目だったし、さい君にいたっては日本人じゃないので、当然のごとくいまだに全然受付けません。でも、なぜだか愚息はほぼ離乳食を食べはじめる時期から納豆を好んで食するようになりました。まとまった休みにさい君が息子を連れて帰国する時なんて、あらかじめ冷凍しておいた納豆を息子のためだけに持っていくくらいです。だから、ここは納豆ご飯で目先を誤魔化そう、というのが僕の企みだったわけです。
 「いやだ。フジ、スパゲッティが食べたい。」
 ええ、そんなこと言われたって、パスタを茹でることはなんとかできても、ミートソースだのカルボナーラだの、そんなの父にはできんぞ、と僕が固まっていたら、
 「納豆スパゲッティ。」
 と息子が助け船を出してくれました。おおーなるほど、パスタを茹でて、それに納豆パックの納豆とたれを混ぜればいいわけだ、こいつ、当初の提案と父親の料理の力量の妥協点をちゃんとみつけたな、なかなかやるではないか。たぶん、母親に納豆スパゲッティを作ってもらったことがあるんだろうな、きっと。
 「おお、そうか、納豆スパゲッティか、うん、まかせ
  なさい。待ってろよ。」
 と、納豆パックを冷蔵庫から出し、早速パスタを茹ではじめました。
 「今、茹でてるからな、待ってろよ。
  今、茹でてるところだからな。」
 と、なだぎ武のデュラン・マッケイみたくしつこく説明しながらパスタを茹で終えて、お湯を切ると、皿にパスタを盛ろうとしました。あとはその上から納豆とたれをかけて、
 「今、混ぜてるからな、確かに混ぜてる、待ってろよ、
  今混ぜてるからな。」
 と、なだぎ武のデュラン・マッケイみたいに混ぜればおしまいだぜ、と思ったとき、急に息子が、
 「パパ、だめ!」
 と叫びました。『おいおい、どうしたっていうんだ。せっかくのアルデンテが、これじゃあミシシッピ川みたいにのびきっちゃうじゃあ、ないか?そいつあ、んん、ごめんだぜ。』となだぎ武のデュラン・マッケイみたいに・・・言ったりはしませんでしたが、僕は息子の意図がわからず、
 「なんで?」
 と聞くと、彼は、
 「いいから、パパ、これくらいまず、入れて。」
 と皿に盛るパスタの量を手でまあるく描きながら指図します。ほう、まあ、そう言うんだから、と息子のいうとおり、茹でたパスタの三割くらいをいれると、
 「はい、次、このうえに納豆とたれ。」
 へ?・・・ほう、なるほど。はいはい、納豆とたれ、ね。
 「そしたら、残りのスパゲッテイを全部いれて、混ぜて。」
 ほう、するとどうでしょう、なるほど本来混ざりにくい納豆とパスタがうまく均等に混ざります。
 「すごいな、フジ、よくこんなこと知ってるな。
  パパ、知らなかったよ。」
 「あたりまえじゃん。」
 と息子は、納豆スパゲティをぱくつきながら得意気です。
 知らぬ間に、生活上の知恵はこいつなりに習得しているんだな、と僕は『休日の昼下がりの男同士の時間』を悪くない気分ですごしました。

 さらに、先日、驚くなかれ、息子が、
 「パパ、ほら、ことわざで、とうふに、ええと、
  とうふに、とうふに・・こんな形の、って何て
  いうんだっけ?」
 と、言いながらノートの端に、『凹』をさかさまにしたようなものを書いてしきりに僕に返答を迫ります。僕はそれなりの答えが頭の中に浮かんだものの、いつものこの男の幼さと、その答えがなかなか結びつかず、返答を逡巡していました。それでも執拗に息子が返答を促すので、半信半疑に、
 「・・・鎹、か?」
 というと、
 「そう!『とうふにかすがい』!
  意味がない、っていうことでしょ?」
 おおー。、こいつ、いつの間に斯様な難しい諺を、しかも、ちゃあんと『鎹』の形状まで一緒に学習していたのだ!なかなかやるな。でも『きりしたん』になるのに、そういう諺の知識って必要なのかしらん、と僕が驚いたり困惑したりしていると、そこから息子の、まさに文字通りいまだ愚息たる本領が発揮されはじめました。
 「それでね、フジもね、考えたの。」
 「は?考えたってなにを?」
 「だからあ『とうふにかすがい』みたいな
  こと!」
 「・・・?」
 「えとね、えとね、まずね『わたあめにからて
  チョップ』。」
 ほう、なるほど。
 「うん、確かに意味ねえな。」
 「で、しょ?まだ、ある!」
 「ふん。」
 「『はげにまぐろ』!」
 「はあ?」
 「だって、はげあたまにまぐろのさしみをのせても
  しょうがないでしょ?だから『はげにまぐろ』!」
 「・・はあ??」
 ええ、まずお詫びしておきますが、僕も、僕の息子も(たぶん)禿げ頭の方を誹謗中傷するつもりは毛頭、いやこの際『毛頭』は不適切ですね、ええと爪の先もございません。その点はご了解ください。
 僕は、『豆腐に鎹』という言葉がわが子から出てきたこと、そのあとの『わたあめにからてチョップ』も元の諺を理解している証だな、と遅まきながらこいつも成長してきたか、と思っていた矢先だったので、『はげにまぐろ』(しかも息子の定義によると『刺身』だそうです。)でまたしても『おおきくなったらきりしたん』同様の理解不能な一面を見せ付けられ落胆してしまいました。
 こいつ、なんか『確実にずれてる』よなあ。
 「あのな『はげにまぐろ』じゃなくても
  いいんじゃないのかね?」
 「なんで?」
 「いや、なんでって、その・・。」
 「『とうふにかすがい』と『わたあめにからて
  チョップ』と『はげにまぐろ』って似てるで
  しょ!」
 「いや、あのな・・・」
 結局そのときの僕の感想は、こいつ、どうも、やっぱりまだ幼いなあ、大丈夫かいな、というもやもやとしたものでした。

 そして、その『はげにまぐろ』の後、つい先日、それもまた唐突なタイミングでした。
 その日も、やはり、休日で、さい君はひとり出かけていて、僕と息子で留守番です。息子はゲームに興じていて、僕はパソコンに向かっていました。これもまた、未熟ながら男同士の時間だな、と僕は一人悦に入っていると、息子がゲームをしながら、顔はこちらを向けずにおもむろに、僕に話しかけてきました。
 「ねえ、パパ。」
 「うん。」
 なんだ、なんだ、また納豆スパゲッティか、それとも『はげにまぐろ』の類か・・・。
 「パパってさ、」
 「うん。」
 「ひとりでくらしたことあるの?」
 なんだ、たいした質問じゃねえな。
 「お?うん、あるよ。」
 「いつ?」
 「ええと、ママの国にさ、転勤になったとき。」
 「ふーん。そのときさ、パパ、なんさいだったの?」
 「えーと、29歳かな、それでママに出会ったんだよ。」
 こいつ、自分の両親の馴れ初めなんかに興味でも持ち出したか、と僕は聞かれもしないことを付け加えてみました。しかし、息子はそれには反応を示さず、依然として顔をゲームに向けたまま、質問を続けます。
 「29さいか・・。じゃあさ、それまでは、ジジ、ババの
  ところにいたっていうこと?」
 「うん、そうだね。」
 すると、息子は微動だにせず、こう言い放ちました。
 「ふうん・・そう。なんとなく、なさけないねえ。」
 ・・・僕は、予想もしなかった息子の発言と、その言い分があながち正鵠を射ていることに、一瞬唖然としたあと、ひとり大爆笑してしまいました。
 「がはははは、たあしかに、情けないよな!」
 しかし、『なんとなくなさけない』と指摘した当人は、僕の大笑いの意図をはかりかねたようで、初めて僕の方に顔をむけて、きょとんとしていました。

 その後も、僕は機を見て、息子に将来のことを聞いてみていますが、いまのところ、
 「『きりしたん』って言ってるでしょ!」
 で変化がありません。

 やっぱりどっか幼すぎるなあ、と思うんですけど。

===終わり===
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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