スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

就業規則違反。

 最近はそういうことをしなくなったけれど、若い頃は、よく、と言わずとも何度か仮病をつかって会社を休んだことがあります。難しく言うと、たいていの会社ではそうだと思いますけど『就業規則違反』と定義されるもので、簡単に言うと『ずる休み』ってやつですね。じゃあ『就業規則違反』したらどうだったか、というと、これがもろ手を挙げて爽快なものか、というとそうでもないです。したことのある人ならお分かりになると思うんですけど、それはやっぱりその日は仕事から解放されるし、携帯電話もまだ普及していなかったから、お客さんから追いかけられることもない上に、二度寝なんぞもできちゃうんですけど、ずる休みをしてしまった、という少しの罪悪感、と、もともと仮病を使うくらいモチベーションが低いうえに、結局は休んだぶん『ああ、あしたは、あれとこれとそれもやらないと・・・』と、自分の翌日の業務に跳ね返ってきて、明日は普段より倍忙しいだろうな、と簡単にできる予想からくる強い重圧、とを感じて、なんだか気分が晴れないです。といって外出するような元気もなく、つまるところ、まったりと、そして、鬱鬱として一日をすごすことになっちゃうんです。

 それで、悶々としながら、日の明るいうちからだらだらとテレビを見てすごす、というより『なんとなくテレビの前で凝固させられる』というネガティブな、かつ受動態的極まりない時間を消費する場合がほとんどでした。では、そんなにテレビが面白いのかというと、これがまるで逆で、すごくつまんないんです。ただし『受動的に時間を消費する』にはテレビというのは秀逸な道具なので、結果そうなるだけです。
 だいたいが、平日の昼のテレビ番組(そのころは衛星放送はまだありませんでした。)は、『就業規則違反をした会社員』なんて視聴者として前提にしていないから、僕には面白くないのも道理です。よろめきドラマだの、料理番組だの、ゴシップを詳細に追いかけるワイドショーだの、特に知りたくもない有名人の家の詳細な紹介だの、家ならまだしも有名人の飼っている犬の紹介だの、(断っておきますが、僕はそれらを否定しているわけではありません。僕の興味と、その時間の視聴者の大半を占めるであろう、世の中の専業主婦層のみなさんと嗜好が違うんだから興味がわかないだけです。もとよりこっちは何を隠そう『ずる休み』をしているので、そもそもが平日の昼のテレビ番組を批判できるような立場ではございません。)を『つまらんなあ』と思いながら見るわけです。

 それやこれやでアンニュイに時間を浪費しているうちに、16時近辺から突如多くの放送局で『時代劇の再放送乱発』が始まります。これがまたつまんないんです。そもそもが時代劇というのはどれも『予定調和』の典型みたいなもので、番組によって、形には若干の違いはあれど、おおよそ、お涙頂戴、勧善懲悪、ハッピーエンド、の連発です。僕は、再放送のみならず、時代劇そのものにあまり興味がないです。
 そこで、その日の始めてのそれといってもいい、僕の思考回路が『仕事』を為します。
 すなわち、『そもそもが面白くもなんともない時代劇の、しかも再放送を、こんな時間帯に見ているのって一体どういう人達なんだろう?』と、『ビュッ!』『グサッ!』と何十人も殺戮されるお侍さんたちを見ながら、ぼんやりと、しかし、素朴に『疑問を感じる』わけです。自分の境遇を棚にあげておきながら、です。『たくさんのテレビ局がこぞってこの時間帯に時代劇の再放送をするからには、この時間帯にテレビを見ている人のマジョリティーは【平日の16時ごろ在宅していて時代劇好きな人】ってことだよな。ほんとかよ。信じられんなあ。』ってね。少なくとも『就業規則に反して家にプチ引き籠りをしている若いサラリーマン』をテレビ局がターゲットにしている、とは考えにくいです・・・。
 僕の斯様な素朴な疑問は、-しかし、特に執着するような疑問でもないです。―、『ずる休み』をする度に繰り返し反芻されることこそあれ、長らく解決されることはありませんでした。

 ところで、話は全然変わりますけど、僕はある時期、もう妻子もちになってからですが『ちょっとした事情』があって数年間仕事もせずに家でぶらぶらしていたことがあります。そういう時期が僕にとってどうだったか、というと、これはその原因である『ちょっとした事情』に起因するところが大なんですけど、てんで楽しからぬ日々でした。が、その事情は本題とは関係ないのでここでは触れません。ただ、そういう身分なので時間だけはたっぷりあって、それで安い時間帯の会員になって近所のフィットネスクラブに通い始めました。
 フィットネスクラブに通われたことのある方なら、よくご存じだと思うんですけど、実はフィットネスクラブというところは高齢化社会という今の世相を、これでもか、というくらい如実に反映しています。イメージは『健康』だったり『若々しさ』だったりするわけなんですけど、実態はというと、そこにいる人は殆んどが40歳以上です。僕は間違えてもそういう目的で通っているわけではありませんが、自然とみなさん肌の露出が多い、あるいは体のラインがでやすい服装で運動されているにも拘わらず、『目の保養』という面では、ほとんど期待できないですね。ごくたまに、年齢に反して体型を保たれている女性なんかに出くわすと『お―!』って感じです。(他意はありません。)さらに、数か月に一度くらい、20歳代と思しき方をみると『うお―!若い!』って瞠目しちゃうくらいです(他意はありません。)。場所柄、あるいは経済的な側面、ということもあると思いますが、まず10代の人は皆無と言ってもいいですね。
 僕の観察によると、20~30代の方よりも、40代~50代の方のほうが足繁く通われているようです。そういうつもりはないのに、こっちが顔を記憶しちゃうくらいですから(じゃあ、そういう人達の体型がその目的に近づいているか、というとこれがそうでもなくて、御顔も体型もほとんど変わらないので、通っている僕としては『通っても無駄だよ』って例示されているようで結構不安になっちゃたりするんですけどね。)。
 そういう『常連さん』はお互いに知り合いになってなんだかとても仲好さそうにしています。僕は元来、人見知りするほうで、そういうところで知り合いを作るのは苦手なので、いつも黙々とやってましたけど、それはお互いの価値観だから別にかわまわないわけです。ただ、そういう常連さん、なかんずく日本が誇る中高年のご婦人方の中には『運動にくるついでにおしゃべりをしているのか、おしゃべりの合間に運動をしているのか』わかんないような集団が散見されます。
 先日も、-夏の暑い日でした。-、僕が『チェストプレス』という、主に大胸筋を鍛える座って錘を上げるマシンで、僕にとってはMAXに近い重さをあげようと顔を真っ赤にしてうんうん踏ん張っている、まさにその時のことでした。
 『チェストプレス』の前にはベンチがあります。これは、そこでお目当てのマシンが空いていないときに順番を待ったり、セットとセットの間で筋肉を休めるために供されているベンチです。間違ってもおしゃべり用におかれているベンチ、ではありません。しかし、そこは百戦錬磨の中高年のご婦人方の常連さん、一応スポーツウエアに身を包んではいるものの、数人で占拠しておしゃべりに興じています。僕は別に関係ないから、いつもの光景だな、と思いつつ黙々とチェストプレスをこなしています。向きでいうと僕とベンチに横一列に並んだご婦人方は1メートルほどの距離をおいて正対しています。
 僕は、黙々とチェストプレスをこなし、だんだん錘をあげていきました。ご婦人方のおしゃべりは、-これもまたそういう集団に顕著に見られる特徴のひとつですが。― 頻繁に話題を替えて、そうですね、さっきまで某芸能人の話をしていたかと思えば、今度は、健康食品の話をし、それがまだ終わっていないようなのに、あっというまに、おのおのの子供の話をして・・・、と続きます。これは、しかし、話題を替えたければいくらでも替えてくれたらよろしいのであって、何しろ1メートルしか離れていないので、聞くとはなしに僕の耳にその会話の内容は入ってはきちゃいますけど、興味もないし、僕の関知するところではありません。
 そして、僕にとってのMAXに近い重さをあげようと踏ん張ったそのときでした。突如、ご婦人方のひとりが例の如く話題を前の話題に全く関連もなくドラスティックに、しかし、シンプルに切り返しました。
 「もう、暑いわねええ!」
 僕は、まさに錘をあげている途中で最後まであげきろうと渾身の力を振り絞りました。
 「ほんと!そうよね、今年はほんとに暑いわよね!」
 ・・・次の瞬間、不覚にも僕はご婦人のひとりの返答に完全にやられて、脳から心から、全身の筋肉までが『いや、あのね』と脱力してしまい、錘を上げるどころか、へなへなと錘をおろさざるを得ませんでした。すなわち、その方は我が意を得たり!という真剣な表情で、かつ大声で、こう言われたのです。
 「そう、あっつい!だから、こういう日はここへきて
  涼まなきゃねえ!」
 !!?・・そりゃあ、本末転倒、ってえもんでげしょ!
 「そうよねえ、ほんと!」
 「そうそう、ここは涼しいから!」
 侮るなかれ、日本のご婦人たち。

 さらに某日、その時は僕が運動を終えて、フィットネスクラブの出口を出て階段をおりて、駐輪場に向かおうとしたときでした。やはり帰宅しようとして僕の後から階段を下りてきたひとりのご婦人が、階段を登ってきて、これからフィットネスクラブに行こうというひとりのご婦人に大きな声で、話しかけられました。
 「あら、奥さん、これから?今日は、おそいじゃない?」
 それに対する登って来たご婦人の答えは、僕の長きにわたる疑問を一瞬にして解決、しかも氷解と言っていいでしょう、してくれました。
 「そうなのよ、ほら、わたし、あれ、ほら、みとこーもんを
  みないといけないから!」
 「ああ、そう!なるほど、だからこの時間なのね!またねえ!」
 おお!夕方の時代劇の再放送をその日の生活の優先順位として高く位置づけている人はこんなところにいたのかっ!『みないといけないから』って、どういう類の義務なんだろう。
 しかもそれに対しての返答が『ああ、そう!なるほど』ってなんだ!?

 たしか村上春樹さんの文章にあったと記憶しているんですけど『世の中の専業主婦が日頃考えていることは完全に僕の考えの埒外にある。』っていう言葉に、僕は無条件で賛成しちゃいます。

===終わり===
スポンサーサイト

たおやかな、白さ。

 まさか自分がそうなるなんて思いもしませんでした。
 さい君には内緒ですよ。(と、言っても僕のさい君は日本語の読み書きにおいてはほぼ文盲に近いので僕が何を書いているのか読もうともしませんけど。だから、書き放題なんであります。いひひ。)
 
 一般に『想い焦がれるあまり夢にまで見る』などと言いますが、僕は妻子ある身でありながら、最近は週に一回くらいの頻度で夢の中で逢瀬を重ねてしまうんであります。

 その官能的なボディラインにそって滴り落ちる水滴、透けて見えそうで見えないなんともいえない妖しげな透明感、豊満とも、たおやかな、とも言える白さ・・・。
 
 その名は、ビール。
 最近はだいたい週に一回くらいのわりで『ビ―ルを飲んでいる夢』、もっと僕の心情に近く言うと『ビールを飲んでしまった夢』を見るんです。

 僕はビールが大好きです。
 どれらい好きかというと、以前独身時代に毎晩のように一緒に飲みに言っていた、これもビール好きの会社の後輩の田淵君をして、
 「みどりさん、もっとゆっくり飲んであげなさいよ。
  そんなに水を飲むみたいな早さで飲んだら、ビー
  ルがかわいそうです。ビールの立場がないじゃな
  いですか!」
 と真剣に言わしめたほどで、その頃はいったい『生きているからビールを飲んで嬉しい』のか『ビールを飲むために生きているのか』判然とせず、『人生そのもの』と『ビールを飲むこと』が渾然一体となっているかのような飲みっぷりでした。しかし、今は、訳あって、そうですね、もう6年近くそれこそ『一滴も』ビールを飲んでいません。ビールばかりか、アルコール類全般についても元旦に御屠蘇を舐める程度で、それ以外はアルコールと無縁の生活を継続中です。

 実をいうと、そもそもは、ビールとのファーストコンタクトは文字通り、非常に苦いものでした。学生時代に先輩に無理やり飲まされたのが初めてだったんですけど、あまりのまずさとアルコールの刺激にグラス半分も飲めませんでした。
 「うわっ、まず!こんなもんよく飲めるなあ!
  俺は無理だ。」
 と僕はしばらくは、真夏に運動を終えたようなときでも、好んでよく冷えた牛乳(これは今でも好きです。但し、健康を考慮してさい君が今の僕には『無脂肪乳』あるいは『低脂肪乳』しか与えてくれません。それでもまあ、好きだから毎日のように飲んでますけど、たまに買い置きがきれて、息子用の『普通の牛乳』を飲んだら、そのうまいこと!『コクがある、ってのはこういうをいうんだな!』と思いながらそのうまさに言葉を失って、意味もなく外装の文字を熟読したりしちゃってます。)を飲んでました。
 ところが、僕の周りがあまねくビール党で『よくあんなに同じ液体を延延と飲めるなあ』と感心していたら、いつのまにか僕もそうなってしまって、社会人になるころにはすっかりビール好きになってました。そして、僕のビール好きは仕事上のストレスと比例していくかのように拍車がかかり、先述の如く、同じビール好きの田淵君にたしなめられる程になっていきました。

 さらに、独身で駐在した南半球赤道近辺の都市では、

 ①駐在前に現地語の予備学習ゼロで駐在した、現地の人
  とのコミュニケーションの空振りからくる適度な
  『フラストレーション』
 ②雨季、乾季とは名ばかりの一年中続く『出鱈目な暑さ』
 ③くせが無くて日本人の舌にも合う現地産の『安いビール』

 という毎日のビールがうまく飲める要素が揃っていて、これまたがぶがぶとビールを飲む生活を営んでいました。それで気付くと、田淵君の指摘はそのままに、いやそれ以上に、どんな宴席でも、まわりの人間より明らかに僕の前のグラスのビールの減り方は尋常でなく早い、っていうことになっておりました。

 しかし、人生には何が起きるかわからないものです。まさか僕がビール抜きの生活を6年近くも強いられるなんて。

 じゃあ、ビール抜きの生活はとても苦しいか、というと、これはどう言えばいいんですかね、なんというか、ええと、そうですね、セックスと同じで、今のところは意外にも『無きゃ無いでなんとかなってる』んですね。(いや、私はビールは無きゃ無いでいいけど、セックスはそういうわけにはいかないわ、という方、別にアブノーマルではない、と僕は思いますので、あまりそこには目くじらを立てないでください。今回はビールの話なので。『うん、その通り!我が意を得たり!』と膝を叩かれた方、今回はビールの話ですけど、同志よ!と満足しないで、少子高齢化改善のために努力しましょう。)その一つの原因は、僕のさい君が全くの下戸でまるでアルコールを受け付けない、ということにあると思います。
 僕は、ビールも好きなんですけど、とりあえず今日は『仕事ごっこ70%、仕事したのは30%』かもしれないけど、まあ労働は終えた、さあ、ビール飲もう、という僕にとっての至福の時間において、一緒に飲む相手も楽しそうにしてくれている状況、も好きなんです。だから、下戸のさい君(飲めないどころか、酔っ払いも大嫌いです。)相手に飲んでもちっとも面白くないから、結婚してからは外で飲むことはあっても、家では全く飲まなくて、アルコール類からしてそもそも我が家には在庫がない、っていう独身時代には考えられない態になりました。おまけに外で飲んで帰ってきても酔っ払い嫌いのさい君に露骨に嫌な顔をされちゃうんであります。だから、6年くらいまえに、ビールを飲めない状況になっても、外での行動が変わっただけで、家にいるときの状態は全然変わらないから、結構すんなり『ビールなしの生活』に対応できちゃったんです。

 それと、もうひとつ今の生活を維持できている原因は、『いつの日にか、数年ぶりに晴れて飲めるビール』って、すんげえうまいだろうな、っていう妄想に近い期待感だ、と分析されます。ええと、そうですね、これもセックスと同じで・・・、いやこれは違うかな、とにかく、『今は暫時やめているけど、近い将来必ず飲める、しかも数年ぶりに飲める』という確約が今の僕の心情を支えているわけです。・・・・やっぱり、今は暫時やめているけど近い将来必ずいたせる、と考えれば、セックスと同じ・・・、いや、今回はビールの話です。

 それで、僕はいろいろと計画したり、想像したりするんです。

 『まずは、どこで飲むかによるな・・。当日は、家で飲むなら、どうせならさい君が息子を連れて国に帰ってる日に、ひとりで、ビールはもちろん、グラスも朝からキンキンに冷やして、ビール好きなわりには何を飲んでも中味はなんだかわかんないんだけど、数年ぶりだから奮発して高いビールを買ってだな、仕事帰りにいきなり飲みたいところを我慢してまずはシャワーを浴びて、それで、テレビは阪神戦なんかやってればいいぞ、つまみは、う~~ん、そうだな、単純なれど王道のミックスナッツ、それもジャイアントコーン入りだな・・・、いやビーフジャーキーも捨てがたい、いやいや、しばし、塩分で喉の渇きを増長させてくれる、という面ではプリッツエルも捨てがたいぞ。もし外で飲むとしたら、これはさい君には悪いけど、さい君とではなくて、ビール好きを誘って、大々的に
「みどりさんの数年ぶりのビールであるぞよ!」
と会の趣旨を宣言して、場所は、鳥良あたりで、そうだな、最初のつまみは軟骨の唐揚げ、うわ~~たまらん!さい君にいうと五月蠅いから、他意はないけど、ビール好きの数少ない異性の友人に付き合ってもらう、っていうのも悪くないな。・・、うううう、そうだ、飛行機の中の一杯もいいなあ、ビールが飲めるようになっても我慢して、海外に行く機会まで耐えて、飛行機の中で、
 「お客様お飲みものはどうされますか?」
なんてスチュワーデスに聞かれて、
 「ビールください。」
 「お好みの銘柄はございますか?スーパー
  ドライ、キリンラガー、バドワイザーなど
  ご用意しておりますが・・」
 そこで、恥ずかしそうに少年のような笑みなど浮かべて(できるのか?)小声で
 「いや、なんでもいいからとにかく一番冷え
  ているものを・・・二つ、あの・・おつま
  みも二つお願いします。」
 なあんてね。うん、悪くないなあ。おや?相手がスチュワーデスって、シミュレーション上の相手としても、あながち、セック・・、いかんいかん、ビールの話なのに飛躍が過ぎますなあ・・・』
 妄想はどんどん膨らんでいき、気が付くと少年とはおよそ対照的な、ぞっとする、にやにやするおじさん、になっていたりします。
 斯様な『期待と妄想活動』が今の『禁ビール状態』を支える原因のひとつになっているんであります。

 しかし、最近どうも頭の中でビールに対する想いが募りすぎたせいか、週に一回くらい夢で見るんです。
 それが悉く、しょうもない状況で、しかも飲んでしまってから、はっ、と我に帰るんです。
 「うわあ!せっかくの数年ぶりのビールなのに、
  接待ごときで飲んでしまったではないか!
  う~~悔やんでも悔やみきれん!」
 (すみません。僕、接待ってするほうもされるほうも嫌いなんです。)とか、
 「うへえ、なんだこれは。会議室での社内の懇親会で
  紙コップで飲んでしまったではないか!しかもつまみ
  はこんなしっけたスルメだけかよ!俺としたことが!」
 と毎回、深い悔恨に悶絶するんです。そこで目が覚めて、
 「ああ、良かった~~~!」
 と、本当はビールを飲んではいけない禁を破ってはいない、ということに安心すべきなのに『数年ぶりにビールを飲むときの状況の整備がまだ自分の手中にあること』に阿呆のように、週に一回くらいの頻度で、安堵するわけです。そして、ぞろ、また日中の仕事中は『数年ぶりのビール』のうまさを妄想してひとりにやにやすることになります。

 でも、最近思うんです。
 こういうのを達観というのかもしれませんが『恋愛は、実は成就するまでの時間が一番楽しい』って世間でよく言うけど、そうだとすれば、ビール好きの僕は『数年ぶりのビールに口をつける直前が一番の快楽』ってことになります。それから演繹していくと『いつかビールを飲むことができる、という前提でいろいろと妄想している今が実は幸福なとき』ってことになりますよね。それが本当なら、ひょっとして今の状況が改善されることはなく、ずーっと、ビールを飲めなくても、-しかもそうなると飲めない時間はどんどん長くなっていきますから想いはいっそう募るでしょう-、『いつか飲めるのだ』という幻想さえあれば、一生にやにやして生きていけることになります。
 ちょっとだらしないですけど。

 ちなみに、さい君は、
 「いい機会だから、飲めるようになっても飲むな、飲ませない。」
 って言ってます。
 冗談じゃないです。

 なんだか、昔教科書に出ていた芥川龍之介の『芋粥』が想起される気分です。果たして僕がビールを飲める日が現実になるのか、皆さん目が離せませんですぞ。

===終わり===
 

アントニオ猪木さん。

 何が『ぶれない』といって、『アントニオ猪木さん』と『日本の酔っ払ったサラリーマンの常軌の逸した行動』ほど、期待を裏切らないものはない、と思います。
 登場する度に『んんみ皆さん、んん元気ですかっ!』と『近況を尋ねること』を叫ぶだけで大衆の空気を一気に掴み、彼らの横っつらを満場注視の中、次々と張り倒して、何事もなかったかのように帰っちゃうんであります。斯様な光景は、日本滞在歴の浅い外国人なんかには理解できないんじゃないでしょうか?だって、時にはそれを食らうため行列までできちゃうわけです。それも何年にもわたって、猪木氏がでてくると同じ光景が洩れなくついてくるわけですから。幸い、僕のさい君は、まだこの偉大なる普遍性にまだ気づいていないらしく、彼女から詰問されたことはないですけど、聞かれたらうまく説明する自信はないですね。なぜ、大勢の人がこの人がビンタするたびに、そうするのはわかっているくせに『お―』と喚声をあげるのか、また、されたいがために『喜々として並ぶ』のか、ってちょっと外国語で簡単に理解を求め得るとは思えないんです。光景はシンプルなんですけどね。

 同じように、『日本の酔っ払ったサラリーマン』のパフォーマンスは間違えても時代に阿ることなどもなく、今こうしているときにもあちこちで営営と繰り返されているわけです。いったいあんな凄い行動をとる御仁が昼間にはどこにどんな顔をして一般人に埋没しているんだろう、と、自分のことは脇において感心してしまいます。

 前編の『隊員募集中。』の中で紹介した仲のよい後輩の一人に田淵君がいます。
 一時、彼も僕も、-色んな意味で本当に『若かったんだなあ』って思います。-毎日のように終電まで仕事してました。とにかく忙しくて、その日の仕事が終わったから帰る、っていうよりも、仕事はまだまだあるけど、電車が無くなっちゃうので今日のところはここまで、っていうことで帰るわけです。いや、正確にいうと、その0時27分発の地下鉄の終電に乗って帰るのではなく、『飲みに』行ってました。僕と田淵くんは帰る方向が同じだったので、終電に乗って、電車で30分くらい先の、お互いの家の最寄りの繁華街のある駅で降りて、25時くらいから飲みはじめるわけです。ちょっと異常です。なにが異常って、終電間際になるとどちらからともなく声をかけてきて、いろんなことを話しながら、連れだって駅に行き、終電に乗るんですけど、しかし『今日は今から飲みに行くぞ』なんて、一言も言及せずに『ごく自然に』25時にはビールを飲んでるんです。(まあ、しかし、田淵君はわかんないですけど、僕に限っていうと、確かに自分の能力の何倍もの仕事に追われていた、のは間違いないですが、業務の優先順位の付け方など要領が悪かった面は否めないと思います。いずれにせよ、若かったな、って思います。)

 斯様な時間帯に電車に乗ろうとかという人は、僕らみたいに『これから飲みに行く派』っていうサラリーマンは少数で、どっちかというと『もう出来上がってる派』が殆んどでした。それで、僕も田淵君も素面で『出来上がってるサラリーマン』に遭遇することが何度もありました。
 
 ある日、いつものように、僕と田淵君が終電で帰ろうと地下鉄のホームに降りていくと、すぐに、
 「あ・・だはははは!みどりさん、すごいっすよ!」
 と田淵君が叫びました。
 「え?おおお、なんだこりゃあ、わはははは!」
 と僕も弾かれたように笑ってしまいました。
 
 そのプラットホームの端には、二人の泥酔したサラリーマンが微妙に距離を、-たしか、5,6mくらいです。-おいて、ひとりは頭の方向をのぼり方面に、もうひとりは頭の方向をくだり方面に向けて二人とも仰向けに、眼鏡が斜めにずれて、髪も服装も乱しに乱し、しかし、線路とはやや角度をもって、ちょっといびつな『ハの字』のように、完全に眠りこみ、倒れていました。
 僕らのその『ハの字』を通り抜けながら、
 「いやあ、なんですかね。はは、この人たちは、なんか
  『終電に間に合うように、必死になって駅にきてプラッ
  トホームにまではなんとか辿りついたものの、その時点
  で全てを出し切って果てた、無念!』って感じが見事に
  感じられますねえ。だはは!」
 「そうだなあ。ぐふふ。ホームにはベンチもあるけど、
  『そこまでは無理でした』って見事に表現されてるなあ。」
 「しかも一人目が力尽きて、まず倒れて、それを助ける
  余力もなく、5,6メートル先で『俺も力尽きた、
  すまん!』って語ってますよね。」
 「うん、なんかあれだな、見ようによっては、西部劇の決闘
  ごっこでもして相撃ちでお互い『うう、やられた』っ
  ていう風にも見えるぞ。」
 「酔っ払って西部劇ごっこして、そのまま寝ちゃったんです
  かね、がはははは!」
 「いや、確かに酔っ払いといえどもこの距離と果て方は
  説明がつかんなあ、だはははは!」
 と、その『ハの字に駅で果てているサラリーマン』には申し訳ないものの、笑いをこらえきれませんでした。そのあと、僕らはホームの半ばまで行って、来た電車にのっちゃったのでお二人がどうなったのかはわかんないです。

 さらに別の日、またしてもいつもの如く、終電で飲みに行こうと、夜中のプラットホームに降りて、しばらく歩いました。
 田淵君の、
 「あれ・・?うわあ、わははは、みどりさん、
  すごいことしてますよ、あの人っ!」
 という呼びかけと、僕らの後ろから駆けてくる駅員の、
 「こらあ!何やってんだあ!やめろ!」
 と真夜中のホームに響く大きな怒気を含んだ叫び声が同時に聞こえた時、その先に見たものは・・。

 「???だはははは!」
 「いやはは、すんげえっす!」

 そこにはコートを着たひとりの明らかに泥酔したサラリーマンがいました。彼は、ホームの壁に顔を向けてほぼくっついて、しかし、ややはすに、僕らに背中を向ける態で立っています。彼が立っている場所は、ホームの空調機があり、空調機が壁から、そうですね、20センチくらい、ホームにはみ出しています。彼は、そのわずか20センチが作る凹凸の直角点に正対して張り付いてるわけです。しかし、張り付いているだけではなく、彼の足もとにからは尋常ならざる量の液体がホームにじりじりと滲み出ています。

 「がはは、あの人、一応ばれないようにやっている
  つもりなんですよ、きっと。」
 「ぶふふ、そうだな、だけど、後ろから見たら
  ほぼ180度全露出、じゃねえか!」
 「ですよね、だは、誰が見ても『ホームで立ちション』
  ってわかりますよね。」
 「うん、でも一応気をつかって、『隅っこ』を探し
  たつもりなんだろう。」 
 「『隅っこ』つったって、空調の壁は、20センチしか
  ないっすよ!」
 「ひゃはは、うん、しかも、結局はホームに盛大に垂
  れ流してるし!」

 駅ですから、もちろん、トイレはあるんです。でもそのサラリーマンの方はそこまで行くのは面倒だなあ、どっか『人眼のつかない隅っこで』と一応気は遣ったようなんです。でも、その彼が『ロックオンした隅っこ』はたかだか20センチの空調機の凹凸によってつくられたものなので、実際には彼の背中からみたら『明らかにプラットホームの壁に向かっておしっこしてる』のは火を見るより明らかで、20センチの隅っこにへばりつこうが、結果は同じなんです。
 『ゴルゴ13』ならもっとも許し難い状況であります!
 そして、僕らには、彼がその己が股間を小さな隅っこへ密着させている懸命さが、

 ①尿意が限界だ。
 ②でも改札の方まで戻るのは面倒だ。
 ③ホームでするのは、ちと、しのびない。
 ④だから、行動可能範囲内で『よりふさわ
  しいところ』を探してみました。

 という『ささやかな気遣い』を如実に語っているのが明らかに感じられて、さらに、それらを一掃して台無しにして余りある、あたかもいにしえ太陽の沈まぬ国と異名をとったスペイン帝国無敵艦隊かのごとく、その侵略領域を拡大する一方の彼の足元の湖面が放つ堅牢な雄弁性に、笑いをこらえきれませんでした。
 残念ながら、彼の正体は少なくとも『デュ―ク・トウゴウ』ではなかったらしく、彼が頼りにした隅っこは文字通り『金隠し』以外の機能は何ものをも果たしていなかったわけです。
 
 彼は、
 「やめろ!」
 と駅員に言われているのにも拘わらず、一応口ではむにゃむにゃいいながらその邪悪な帝国支配拡大を継続していました。そらそうですよね、そんなまともな判断ができるくらいならかような蛮行には及ばないし、途中でやめろ、っていわれても泥酔してる身では簡単にはとめられないでしょう。

 今ではさすがに終電で飲みに行く、なんて不毛なのか、消費活動に貢献しているのか、よくわかんないことはしなくなりました。それでも、かつて僕と田淵君が素面でじっくり観察できた『日本の酔っ払ったサラリーマンの常軌の逸した行動』は実は上記だけではないんですけど、この二件は今でも思い出すとにやにやしちゃうし、田淵君と会うと何度も反芻したはずなのにどちらからとはなく話し始めては大笑いを繰り返してしまう出来事です。
 『アントニオ猪木さん』と、みなさんいろいろあるんだろうけど時勢に全く左右されない『日本の酔っ払ったサラリーマン』は、侮るなかれ、です。

 ところで、僕らは決めつけちゃってましたけど、今思うと『ハの字に相討ちのように果てていたサラリーマン』のお二人が、実は赤の他人で、一人目の方が『うむむ、ここまで着ておきながら・・無念!』と果てて、しばらく後に、二人目がホームにたどりついて『俺もだめだあ!』って寄り添って時間差で倒れていたんだとしたら、これは驚愕すべきで、しかも、ご当人たちには申し訳ないですが、さらに笑いが増幅されちゃう光景ですよね。

===終わり===

隊員募集中。

 なんだかわかんないうちにそうなっちゃったんですけど、僕は会社の入社年次が一年下の代にとても親しいのが三人がいます。当時はこの三人は僕と同じ部門に配属されてきました。
 田淵君、藤田君、望月君です。
 なぜか、同期や先輩といるよりもこの三人といるほうが楽しいので、よく夜な夜な遊んでいました。と、いって、僕を加えた四人では、僕だけ先輩になるわけで、それでこの三人が僕をたててくれるから、楽ちんだった、かというと、むしろ逆で、知り合った頃のわずかな期間を除くと、この三人はほぼ僕を友人、あるいは時には、それ以下の扱いをするんです。

 例えば、僕が夜遅く残業をしていると、三人のうちのひとりで、同じく残業をしていた田淵君がやってきて大きな声でいいます。
 「みどりさん!まだ終わんないんすか?」
 一応、呼ぶ時は『さんづけ』はしてくれるわけです。
 「うん、もうちょっと。帰るの?」
 「帰ります。みどりさんも帰りましょうよ。」
 「いや、今日はもうちょっとかかるから、先に・・」
 「何言ってるんすか、どうせ、みどりさん、頑張ったところで
  今年も予算達成できないんでしょ?もう諦めて帰りなさいよ。
  ビール百杯くらい飲みにいきますよ!」
 などと、先輩に向かって言うこととは思えん暴言を吐くわけです。そこで、僕が、節度をわきまえない奴だ、ということで、
 「失礼なこというな!『今年も』とはなんだ!それは
  確かに去年は大幅に未達だっだけど・・。今年は俺
  がどれだけ稼いでいるのか知っての狼藉か?残業中
  の先輩に向かっての発言としては言葉が過ぎるじゃ
  ないかっ!」
 と、後輩を諌めるかというと、これが全然そういう方向に向かわなくて、
 「・・そうだな。行くか。」
 「そうですよ、どうせ今期も、みどりさんは予算達成でき
  ないんだから。」
 「え・・う、うん、そうだな・・。ビール飲みにいくか。」
 「行きましょう!百杯くらい飲みましょう!」
 と、『今年も』予算は達成できないみたいだな、ビールも飲みたいな、って、たいてい、そういうことになって、飲みにいっちゃうわけです。

 今では、それぞれ紆余曲折を経て、このうちの二人は違う部署に異動してしまいましたが、今でもお互いに連絡を取り合いながら仲良くしています。
 どれくらい仲良くかというと、-こういう会話は僕のいる会社では、同じ部門なんだけど、良く知らない先輩と接触せざるをえない時によくなされるんですけど。-あるとき、同じ部署で馴染みのうすい先輩と同席したときに、世間話程度に、
 「みどり、おまえ、たしか海外にいたよな?」
 て、聞かれたときのことです。
 「はい、4年半いました。」
 「それ以外は、ずっとこの分野の担当か?」
 先輩も場を持たせるためにそういうことを話してくれているのがあきらかなので、僕の方も、この人、別に俺に特に興味があるから聞いているわけじゃないよな、って感じで緩く対応します。
 「はい、まあ、だいたい・・ほとんどそうですね。」
 大阪にもいました、とか、入社してすぐは営業じゃなかったです、とかは向こうも興味がないだろうし、どうせ場つなぎの会話だからな、っていうことで、こっちもその辺は端折って辺り障りのないところを適当に答えます。
 「ふむ・・うちの部門で同期入社っていうと誰になるわけ?」
 「同期ですか?同期は・・田淵とか、藤田とか、望月とか・・」
 なんと、頭が弛緩していた僕は、間違えて、この三人と同期である、と言ってしまったんです。普段からこの三人とは、上下関係がほとんどない証拠です。
 「え?じゃあ、xx年入社か?」
 といわれて、僕は初めて、はっと我に返り、
 「あ、間違いました。同期は、谷村とか、上田とかです。
  さっきの三人は一つ下でした。」
 「はあん?」
 と先輩は、別にどうでもいいけど間違えて後輩の名前を三人も同期として列挙する奴なんか見たことないぞ、こいつ大丈夫か?という不思議そうな顔で僕を見ていました。ごもっともです。

 この三名とはおのおのいろいろやらかしてきたんですけど、今日は、そのうちのひとりの望月君とのことを書きます。他の二名との話も追って別の機会に書くかもしれません。

 望月君は、部門の中でも僕の隣の部に配属になったので距離的には一番近いところにいました。あるとき、何かの席で、彼と同席したとき、当時はまだ僕には謙虚だった望月君が、
 「あのー、みどりさん。」
 「ん、何?」
 「みどりさんって、『仕事できない隊』の隊長って
  ホンマなんですか?」

 我ながら、大馬鹿者です。僕みたいなやからを部下に持った課長以下皆さんの当時のご苦労がしのばれます。僕は、自分が大きく予算を狂わしていながら、それがどうした、と反省するどころか、それを衒って斯様な怪しげな隊をでっち上げ、でっち上げただけでは満足せずに部門内の同年代の人間に喧伝して回り、その隊長に自らをもって任じていたわけです。
 不真面目極まりないです。

 「おお、そうだ。良く知ってるな。なにしろ、
  去年は予算の四割しか達成できなかったからな!
  まあ、四割といえば、イチローかみどりさんか、
  というくらいだと思ってくれたまえ、うん。」
 すると、望月君は目を丸くして、あほな先輩やなあ、という顔で、明らかに笑いをこらえながら、-何度も言いますけど、その時はまだ僕を先輩扱いしてくれていたんです。-
 「え、それで、あの、みどりさんが隊長っていう
  ことは他はどなたが隊員なんですか?」
 「うん?いや、それがさ、俺だけなんだよね、まだ。
  俺が隊員兼隊長。望月君入りたい?」
 すると、話の行きがかり上、先輩の誘いを断れないと思ったらしく、望月君は、
 「え?あ?え?は、はい、できれば・・」
 と建前だけ入隊を希望してきました。
 「望月君はさ、仕事はできないの?」
 「え・・はい、まあ。」
 できます、とは言えませんよね。
 「そうか、入りたいか!うん、しかしね、望月君、
  この隊はね、『仕事できない隊』だけど、精鋭部隊
  だからして、仕事ができないだけでは、簡単に
  は入隊できないんである。どうすれば入れると思う?」
 「ええと、じゃあどうすれば・・」
 実は、入隊などしたくもない望月君ですが、会話の成り行きで、望月君が入隊条件を僕に伺う、という形になりました。僕はそんなに知りたいんならしょうがなかろう、と尊大かつ鷹揚に答えます。
 「我が隊は、隊員がまだひとりで隊員不足である。
  だから、望月君が、望月君以外に『仕事のできない
  社員』をもうひとりみつけてきたら、入れてあげ  
  よう。」
 すると、先輩社員の真面目なんだかふざけているんだかわからない態度に困惑しつつ少し黙って考えたあとの望月君と、隊長の間に次のような会話がなされました。
 「・・え、いや、みどりさん、ちょっと僕には、
  その、仕事のできない人をもうひとり探して
  くる、っていうのはできそうもない、みたい
  なんで・・・」
 「んぐおおかくううっ!入隊を許可するっ!」 
 「????」
 「新しい隊員も探す能力すらない、まさに『できない
  隊』にふさわしい!きみ、合格!隊員第2号だあっ!」
 「は・・はあ。」
 僕の高揚感とは裏腹に望月君は、全然うれしそうではありませんでした。

 しかし、望月君も程なく、僕への先輩としての畏怖などかけらもなくなり、友人のように接するようになりました。

 まだ僕らが若かった、そんなある日のことです。確か昼休み中だったと記憶しています。僕は昼食後、ひとりで接客ブースで、僕にしては珍しくサラリーマン向けのある真面目な雑誌に熱心に読みいっていました。
 気がつくと、横に望月隊員がいて、僕と雑誌を黙って交互に見比べています。僕は、社内で会ったからといって今さらわざわざ挨拶をするような間柄でもなし、それに、その雑誌の中のある特集にとても興味があったので望月隊員はほっといて依然熟読しています。
 暫時、雑誌を読む隊長、その光景を黙って見守る望月隊員、という時間が流れました。
 「みどりさん。」
 と、望月君が、突如、しかし、ゆっくりと話しかけてきました。
 「ん?」
 「なんでそんなの読んでるんすか?」
 なんだこいつ、さっきまでさんざん誌面も見ていたんだから、内容はわかりそうなもんだろ。
 「いや、この特集記事にさ、俺ちょっと惹かれてさ。
  この特集はだな・・」
 「いや、それは見ればわかりますよ。」

 その特集記事は、『二足の草鞋特集!サラリーマンで成功をおさめるだけではなく、その他の分野でもすぐれた結果をあげている人の秘密をさぐる!』といった記事で、銀行員のかたわら音楽活動で成功した小椋桂氏、同じく銀行で専務にまでなり、かつラグビー日本代表監督を務めた宿澤広朗氏、キリンビール社員でかつ漫画家として活躍しているしりあがり寿氏、などのインタビュー、時間管理術、などが記載されていた、と記憶しています。
 僕は、俺も副業でひとやま当ててやろう、っという魂胆というよりも、自分は、毎日の残業どころか頻繁に休日出勤までしても本業でさえこなせないのに、どうやってこの人達は時間と副業をマネージしているんだろう、彼我の差は具体的にはどんなものかしらん?、彼らの生き方や考え方の中に、せめて余暇の時間だけでも自分なりに確保して充実させるヒントが見つかるかもしれない、と考えて読んでいたわけです。

 「そうじゃなくて、なんでそんなのを
  みどりさんが読んでいるんですか、って
  聞いてるんじゃないですか?」
 と望月君は再度真剣に聞いてきます。
 野郎、おかしいんじゃねえか、同じような質問繰り返しやがって、と僕は思いつつも、
 「あのな、これはだな『二足の草鞋特集』って
  言ってな、サラリーマンとして成功して、尚
  かつ、副業で大きな功績を残した人達の・・」
 「それは、わかってます。」
 じゃあ、何が聞きてえんだあっ!!と僕が爆発しかけたとき、望月君は、僕を真正面から見ながら真剣な表情で幼稚園児にものを教えるように、こう言ったのです。
 
 「みどりさん、あのね、いいですか?
  『二足の草鞋』っていうんはね、普通はね、一足目が、
  ちゃあんと、履けてる人が、履くもんなんすよ・・。
  みどりさん、一足も草鞋履けてない、じゃないっすか。」
 「なっ・・」

 僕は脱退を許可したつもりも除名したつもりもないんですけど、望月隊員は『二足の草鞋』の意味を隊長に噛んで含むように説明しただけあって、今では『隊員』とは別の『社内での立派な肩書き』を持ち、どう見ても『仕事できない隊』隊員には見えなくなってしまいました。
 僕はというと、なるほど今に至るまで一足目の草鞋もまともに履けていないので、十年一日の如く望月君以降隊員の増えない『仕事できない隊』の隊長として、長期政権継続中、であります。
 尚、我が隊は広く世の中に門戸を開放中であります。自薦・他薦を問いませんのでお気軽にご応募ください。

===終わり===
 
 

観音様通り。

 僕は、以前にも書きましたけど(2010年11月14日『イポラタミン』 http://heiseiasahi.blog129.fc2.com/blog-entry-28.html ご参照ください。)路上で信号待ちなんかしていると、しょっちゅう道を、-それも別に僕の住んでいるところで、というわけでもなく観光地だとか、仕事で外出中だとかの、知悉の薄い土地でも、-聞かれたりします。どうも、自他ともに、否、自分ではあまり認めたくないんですけど、『人のよさそうな地元民顔』らしいんです。
 だから、歩いているときにいきなり、
 「この辺りに喫茶店ありませんか?」
 なんて聞かれたりしても(これ本当なんです。完全に地元民と決め切った、すごい具体的な質問ですよね。)、ああ、またか、ふん、最早そんな程度で動揺したりしないぜ、とあんまり驚かないようになりましたけど、先達って、これはやられた、あんまりじゃないか、っていうことがありました。

 ある日の朝、いつものように、自宅を出て、足早に細くて短い道を20mくらい歩いて、駅に続くメインストリート(といってもやっと車がすれ違うことができるくらいの狭い二車線の道路です。)であるところの観音様通りに出ました。とても寒い朝でした。僕のそのときの表情はあまり楽しげではなかったと確信しています。もっとも、寒い朝にこれから満員電車に長時間揺られて、労働に向かおう、という人は大抵、足早で、かつ、不機嫌です。にこにこしてスキップなんかして駅に向かう人がいたら、それこそ、もしもしあなた、と足止めして、その理由を聞きたいくらいです。つまり、いかな『人のよさそうな地元民顔』(何度もいいますけど、僕自身はあんまり認めたくないし、僕の顔や仕草のどこからそういう波動がでているのか、はなはだ理解に苦しみます。)の僕でも先を急いでいる風、で、かつ、不機嫌な顔をしていたはず、なんです。
 観音様通りに出ると、僕と同じように駅に向かう勤労者諸君が1mおきくらいに散見されました。いつもの朝の風景です。通りに出た僕が他の勤労者諸君と同じように駅の方向へ向かおうと左折して2,3m歩いたときでした。駅の方から歩いてきた60歳前後のウインドブレーカーの上下を着て、防寒用と思しき帽子を被った女性と距離が詰まったなという瞬間、いきなり彼女に顔を指でさされて、
 「あなた、大立目市民?」
 て聞かれたんです。(本当なんです。)
 びっくりしませんか?

 僕は、その女性の年齢だの服装だの、には全く興味はなく、それどころか、対向する歩行者がいる、ということも殆んど意に介していませんでした。普通だと思います。向うが僕の歩く延長線上にいたとしてもこちらか、向うのどちらかが、右か左に体をずらして行き違うだろう、と無意識に考える程度です。ところが、その女性は真っすぐに僕に対して向かってくると、明らかに不機嫌な顔で足早の一介の労働者が、無意識に左に体をずらして先を急ごうとする直前に、まったく道を譲る素振りすら見せずに真正面からこの質問を浴びせたんです。結果としてその質問のせいで、僕は彼女の服装だのおおよそのお年だの、を不本意にも今まで細部にわたって記憶することになったわけです。
 「え?は、はい。」
 僕はあまりの予想外の奇襲に思わず、まともに大立目市民であることを白状してしまいました。
 これは、まさに奇襲攻撃です。いわば奇襲攻撃の裏をかいた真っ向勝負がその結果奇襲攻撃になった、という感じです。
 だって、早朝とはいえ、たとえば、そうですね、都会の真ん中で、ええと、そうだなあ、土曜日の朝にラブホテルからでてきたカップルに『あなたたち大立目市民?』って尋ねるのならこれはまさに『確率の低い奇襲攻撃』ですけど、その反対、つまりは平日の朝にネクタイをして市内の脇道からでてきて駅に急ぐ男性、は聞くまでもなく大立目市(おおだちめし、と読みます。)民に決まってます。
 そんなの聞くまでもないだろう、大立目市民にきまってんだろ、今脇道からでてきて、これからJR東大立目駅に向かってるんだから!と思ったのは、その女性から解放されてから思ったことで、そのときはあまりのことに唖然としてしまいました。

 唖然とする僕に、その女性は、
 「そう!私も大立目市民でね・・」
 とまるで都会の真ん中から出てきたラブホテル帰りの(いや、だから例えです。)の人に質問してみたら、たまたま同じ市に居住していた、という奇偶に出会ったかのように大仰に目を丸くして、しゃべり続けます。
 「それでね、前の市長が、いきなり辞めて
  それなのに退職金あんなにもらって、
  それで、わたし、驚いちゃって!」
 ・・・え?いや、何、何だって???
 依然、事態が全く把握できず、早朝の観音様通りで足止めを食らった一介の大立目市民に対して、いかにも驚いた偶然ねえ、っていう風に豊かに表情を拵えて彼女は畳みかけてきます。
 「それで、今度ね市長選挙あるのよ。
  それで、わたし、あんなの許せない、と
  思って、こやまじゅんじさんを応援してる
  のよ!」
 ・・はあ。確かに、僕の住んでいる大立目(しつこいですが、おおだちめ、とお読みください。)市では、前回の選挙で長期政権を保持していた前職の市長を、ある問題に焦点をあてた新人の元新聞記者が破り、当選したはいいものの、その目玉であった公約が実行できずに行政機能の麻痺を起してしまい短期間で突如辞任し、近いうちに市長選挙がある予定でした。その混乱ぶりから、全国規模のメディアにも小さくだけど取り上げられていたくらいだから、市民である僕はいちいちそんなこといわれなくてもわかっています!と思ったのも彼女から離れたあとのことでした。

 ・・・・ええと、つまり、俺は、こんだけたくさんいる駅に向かう人の中で、こやまじゅんじ氏の熱心な、しかし、他人の事情にまったく配慮をしない、暇な女性支持者につかまったわけだ・・・、と気付いたのは、ようやく彼女がしゃべり終えたあとでした。
 そして、終始無言の僕に向かって、彼女は、
 「だから、こうやって、朝にね、散歩がてらに、
  こやまじゅんじさんを応援して歩いているの!」
 と、いきなり『あなた、大立目市民?』で始まった、こちらが興味などあろうはずもない、彼女の言動の起承転結を説明して喋りを唐突に結ぶと、最後に、
 「ねえ?あはははははは!」
 と如何にも、私って、可笑しいでしょ?っていう風に大きな誘い笑いを浴びせかけました。

 ・・ふうむ、街頭のチラシ配りなんかは、いかにもチラシ配ってます、って格好で、歩行者の進路を妨げまいと横から配ってるけど、真正面から予期せずに話しかけられると人間って意外に立ち止まってしまうもんだな・・しかしあれだな『あなた、大立目市民?』ってそんなの決まってんじゃねえか!・・なんだ、結局のところ選挙応援かよ!こっちは急いでるんだ!・・それにしてもなんだってこういうのに話しかけられやすいんんだろう、俺としたことが、足まで止めてまともに相手をしてしまったではないか・・これは、やられたな、あんまりだ、こんだあ、『あなた、大立目市民?』って聞かれたら『惜しい!僕はチャガタイ汗国人です。日本語は苦手ですので、じゃ、失敬!』くらい言ってやろう・・なにが『あははははは』だ、非常識ではあるけど、面白くもなんともないじじゃないか!・・そもそも、こういうのは逆効果だぞ、こやまじゅんじにだけは投票しないことにしよう、ふん、ザマミロ!・・、などと、ようやく頭が回転していろいろと反論を、-しかし、心の中でだけ、ですが。-し始めたのは、女性のおしゃべりの呪縛から脱出してJR東大立目駅の改札を抜け電車に乗った頃、で、そのあいだは僕の頭は、彼女の、他人の家にいきなり土足で入ってきておいてそういう自分を高らかに自分で笑い飛ばして結びとする言動、のために、しばし、思考停止状態に陥っていました。

 だって、いきなり道も譲らないで、
 「あなた、大立目市民?そう!私も!」
 ですから。
 
 大立目市選挙結果は、前職市長が返り咲き、こやまじゅんじ氏は落選していました。
 僕は、投票に行こうと思っていたのに、けしらからんことに、行き忘れてしまいました。反省してます。

 尚、僕の住んでいる市の名前、の『大立目市』は仮名です。仮名ですが、読みは、おおだちめ、と読むことに筆者が勝手にきめました。
 勝手にきめちゃう、なんて、ねえ?あはははは!

 ・・え?面白くもなんともない?そうですよね・・。

===終わり===
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
フリーエリア
にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村
フリーエリア
フリーエリア

人気ブログランキングへ
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。