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ミガナシ―。

 たいへん申し訳ありません。

 僕は、最近、それがもし事実とあらば、世の中がひっくり返るに違いない重要な仮説を抱くようになりました。

 その仮説とは、実は霊長目ヒト科ホモ属サピエンス種、すなわち人間ですね、は『変態をなす』のではないか、という大胆な説であります。

 ええと、ここで私見の言う『変態』というのは、その、なんと言いましょうか、『性的嗜好において、比較的マイノリティ-なプレイを嗜みます。』という方面の『変態』ではなく(もちろん、そういう方面の方への僕自身の関心についても今回の主題ではありません。それから、僕自身はどちらかと言うと、性的嗜好においてはマジョリティ-なプレーヤーの母集団に含まれると思われ・・・、いや、ああ、一体僕は何をいってるんだ。)、学校で生物の時間に習う『変態』のことです。
 すなわち、典型的な例でいいますとカブトムシなどで、彼等は『卵→幼虫→蛹→成虫』という『変態』をなすわけです。そういう意味での『変態』です。

 なぜ、僕が斯様に奇抜、かつ秀逸な(?)仮説を思い付いたのかというと、うちにいる生まれて8年の霊長目ヒト科ホモ属サピエンス種-僕の息子ですね。― の言動が成長しきったヒト(大人ってことです。)と『生物学的にかけ離れている』のならまだしも、『大人になりそうな兆候すら見られないから』なんです。
 同じことを、社会学的言葉で表現するならば、『このちいさい人間の時間的延長線上に【分別のある大人】があるとは思えない』んです。

 もう小学校三年生なので、そろそろ精神的にも成長がみられてもいいような気がするんですけど、生物学的には身長・体重は増加しているものの、彼の精神年齢が成長しているようにはどうにも見えないんです。
 それは、たしかに、人間歴8年の生き物ですから、知見の薄さからくる間違いはあります。僕も成長したヒトとして、そういうことにはできるだけ寛容に対応しているつもりです。

 「あのねパパ、」
 お、来たな。
 「うん?」
 「トリワケガッコ―ってどういう学校なの?」
 「・・え?」
 「だから、フジの学校はショウガッコ-でサンショ-でしょ?」
 「ふむ・・。」
 「でも、トリワケガッコ-っていうのもあるでしょ?」
 「・・・・。」
 「ほら、ここに書いてあるでしょ!」
 彼の手には学校で借りてきた『シートン動物記』があり、そのうちのある頁が指されています。豈はからんや、そこには『・・・・です。とりわけ学校では、・・・』という文章がありました。おお、そういうことね、『とりわけ』っていう言葉をこいつはまだ知らないんだ、せめて『とりわけ』と『学校』のあいだに点をいれてくれれば学校の種類のひとつ、なんて思いこまなかったんだろうな。
 でも・・・よく見ると彼が指さしているのは『あとがき-おうちの人へ。』です。なんだって、こいつ子供のくせに『シートン動物記のあとがき』なんか読んでるんだろう。まあ、よろしい。
 「ああ、これは学校の種類ではないんである。」
 「じゃあ、何?」
 「それは『特に』という意味の言葉なんである。」
 「ふーん。」
・・こういうのはしょうがないです。だって学習経験のない言葉に彼が出会ったわけなんですから。他にもちょっと幼すぎるかな、と心配にはなりますが『八つ』を『はっつ』と言ってみたり、そういうことには驚きつつも『分別のある大人』である僕としては、鷹揚に指摘・対応をしているわけです。
 
 でも、どうも理解や対応に苦しむ言動があるんです。そして、なぜかそういうことは何の脈略もなく唐突にやってきます。ずっとおとなしくおもちゃで独り遊びをしているなと思ったいたら、突然、

 「パパ、なぞなぞです!」

 お、来たな、なんでも言いたまえ。

 「何だね?」
 「同じかたちの、」
 「うん。」
 8歳の考えるなぞなぞなんて、知れてるだろう、と分別のあるヒトは鷹揚に構えます。

 「同じかたちのお、まると、さんかくと、しかくがあります、」
 ・・おとな玉砕。
 出だしからして、わかりません。『同じ形の丸と三角と四角』ってなんだよ。
 絶句する僕には関係なく、息子は続けます。
 「その中で・・(中略)・・・は、さてどれでしょう?」
 全然わかりません。

 こういう場合の僕のもやもやした気持ちは、英語の不得手な方だったら、日本語のできないアメリカ人とふたりっきりになってしまって、必死に相手の言うことを聞きとろうとせざるを得なくなった、というご経験があれば、そのときの事を想像していただければわかりやすいと思います。そうです。会話の冒頭でなんだか聞きなれない単語のヒヤリングにいきなりつまづいて、その単語に拘泥しているうちにアメリカ人にどんどん英語でたたみかけられて、結局100%何を言っているのかわかんない、ってなってしまう状態ですね。
 『同じ形の丸と三角と・・』でいきなりKOされた僕は、そのあと彼がたたみかけるなぞなぞにはついていけず、結局彼が言いたいことが100%わかんなくて、なぞなぞの答えどころではなくなってしましまいした。
 それで、面倒くさくなって、
 「わからないんである。パパこうさん。」
 となりました。そしたらなんだか得意げに答えを言ってましたけど、もちろん覚えていません。

 先日も、テレビを一緒に見ていたら、軽く息子が言いました。
 「パパ、この人ミガナシ-よね?」
 「なんだって?」
 「だって、そうじゃない?」
 「・・なんだって??」
 「だ・か・ら、ミガナシ-でしょ!?」
 皆目わかりません。
 よくよく聞いてみると、どうも『見た目に悲しい』という意味のことで、敢えて漢字で表記するなら『見悲しい』ということらしいです。
 「おい、そんな言葉はないぞ。」
 「あるよ!」
 「ない。」
 「ある~~~~!」
 「・・・・・・。」

 『こいつ一向に精神年齢が大人のヒトに近づく兆候が見られんなあ。・・・・いや、ふーむ、これはひょっとして・・・』と僕は思うようになりました。彼の毎日の言動の延長線上に『分別のある大人』が現れるとは思えないんです。この生き物はそもそも生物学的にはヒトの大人とは違うものなのではないだろうか?そう考えると、僕の疑問は解けます。すなわち、どこかで『変態』をなすわけです。

 それも僕の現段階での仮説によれば、ヒトのそれは『完全変態』(いや、だから誤解しないでください。これもその『性的嗜好において、比較的マイノリティ-なプレイぶりがパ-フェクトである。』ということではないです。だいたいどういうのが『性的嗜好においてパーフェクトなマイノリティ-プレイヤー』なのか、もわかりませんけど。)、即ち先述のカブトムシの例のように、 卵→幼虫→蛹→ 成虫、という『変態』ではない、と思われます。ヒトがみんなそんな経歴をたどっていたらとうの昔に僕の説は証明されていたでしょう。おそらくそうではなく、このちいさい生き物はある晩、人知れず、ほんの2,3時間くらいで、幼生からつるりん、と成体に脱皮しちゃうんです。
 そして、脱皮した殻は、あら不思議、空気中の成分と化学反応を起こし消えてなくなり、酸素かなんかになって実は地球上の空気の成分の維持に役立っているんであります。
 僕らは、よく『物ごころがついていない時のことだから覚えていないなあ』っていう一言で、お互いに幼いときの記憶がないことを片付けて納得しちゃってますけど、よく考えたら『なぜだか知らないけど、ある時点からなら記憶があるのは当然』っていうのもなんだか非論理的じゃないですか?つまりヒトは幼体と、ある晩脱皮して成体になったあと、とで成長段階がはっきり分かれているので、脱皮前の記憶は、-『同じ形の丸と三角と四角のなぞなぞ』だの『ミガナシ-』という単語だの、は- 殻と一緒に空気になってどっかにいっちゃう、というわけです。それで僕の息子はまだ脱皮していないんです。彼は、早生まれで、おまけに、モンゴロイド同士とはいえ、混血なので、僕の仮説によれば他のヒトの幼生より脱皮が遅い傾向にあるわけです。
 うん、これなら全部説明がつきます。

 幼生から、蛹を経ないで直接成体になるので、『ヒトの変態』は『不完全変態』(しつこいですが、ここでいう『不完全』の意味は、もちろん『性的嗜好において比較的少数派のプレイを好む傾向にあるが、そのプレイぶりが、いまひとつで、惜しい!』という意味ではありません。いわんや『比較的多数派だけどプレイぶりがいつも一緒だ。もうひと工夫欲しい。』という人とも関係ありません。)である、というのが僕の現在の仮説です。

 僕の息子は、まだ幼生だと思われます。
 しかし、つい先日、やや、こいつ、ひょっとしたら・・・、という言動が見受けられました。

 そのとき、彼は、夕食中で、しかし、嫌いな食べ物だけを残していてそのために食事を終了することを許されずにおりました。とうに食事を終えて食卓を離れたさい君や僕に話しかけてみたりして、眼前の嫌いな食べ物、という現実から逃避しようと試みていましたが、さい君も僕もそこは心得たもので相手にしません。こいつ、大丈夫かなあ、勉強も食事もいつも嫌いなものは後回しにしてるけど・・、と息子を一瞥すると、彼は器用に椅子の上に寝転がって、テーブルと椅子の間に体を滑り込ませて無言でもぞもぞしています。せめて視界から嫌なものを遠ざけようという腐心の結果のようです。先行きが心配です。でもまだ脱皮していないから、まあ、いいか・・。
 と、今まで無言でもぞもぞしていた幼生が突然テレビを見ている僕の背中に、大きな声で話しかけました。

 「ねえパパ、パパって、よくママにふられなかったねえ。」
 「は?」
 唐突な奇問に思わず振り返り唖然とする父親もものかわ、息子は、やおらその理由として二点を列挙しました。
 「だって、かお、おおきいしい、おなら、くさいしい。」
 「!」

 ・・・。斯様な穿ったことを言うところを見ると彼はすでに変態してしまったか、あるいは『変態すれすれ』(いや、だから『そっちの方面すれすれ』ではなく・・)にあるのかもしれません。

 最後に、冒頭に謝罪したのは、本ブログの読者の大部分である僕の親しい知人の皆さんにとっては『パパがママに振られてもおかしくなかった理由』の一つである筆者の『ミガナシ―容貌』について『文章のみを頼りに想像を楽しむこと』ができないな、これは誠にすみません、と思ったからです。重ねてお詫びします。だから、僕のミガナシ―な外見を周知している方は、是非『振られてもおかしくなかったもうひとつの理由のほう』にご想像を馳せてみて、楽しんでください。

===終わり===

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人はどういう状況で自分の年齢を感じるか。

 ええ、今回は『人はどういう状況で自分の年齢を感じるか』について考えてみようと思います。
 ここで僕のいう『年齢を感じる』は、実年齢に抗えないことを感じること、だけじゃなくて、その逆、すなわち実年齢よりも若く感じること、も含みます。
 そして、私見によれば、ある程度自我が確立された人であるならば、それこそ老若男女を問わず『年齢を感じる状況』に遭遇することがあります。加えて、そういうある状況がもたらす、おそらくはその殆んどが不意打ちであろう『年齢を感じる』認知によって感情が捕縛されることは、他人の年齢との関係においてというような、相対的なものではありません。
 つまり、僕のいう『年齢を感じる』状況のもたらす結果の中には、中年男性が『おや?俺もまだまだ若いぞ、いひひ。』と思い得ることも、女子中学生が『ああ、あたしももう若くないのね、しくしく。』と思い得ることも、可能性として排除するものではないわけです。

 けれども、他人のことなどわかりようがないので、今回はとりあえず『僕はどういうときに年齢を感じるか』について書こうと思います。(散々長い前置きをしておいて、かような身も蓋もない一言で、我田引水、牽強付会よろしく、自分のグラウンドに強引に引き込んでしまうところは筆者の得意とするところであります。)
 
 おそらくは多くの人がそうであるように、少なくない状況が僕にも年齢を感じさせますが、その中で、たまさか、実年齢に抗えないこと、と、その逆のこと、との両方一度に僕に感じさせる状況、という好例が僕にはあるんです。

 それは『鍵を持っていないがために、後輪が施錠されたままの自転車をガチャガチャと音を出しながら苦労して運んでいる、若くてスタイルのいい女性を会社帰りに助けること』という状況です。

 どういうことかというと、要約すると上述した『 』内の状況、そのまんま、なんですけど、それでは話が終わっちゃうので少し詳しく説明します。

 およそ一年くらいまえのことです。
 僕の使っている最寄り駅は、改札がひとつしかなくて、改札の先は行き止まりになっているので、改札を出た人は一旦左右に(線路をはさんで北方向と南方向、にですね。)分かれざるを得ません。僕は線路の北側に住んでいるので、改札をでると一旦左に行きます。そうすると駅前に小さいロータリーがあって、そのロータリーをやりすごすと、少しいびつですけど、道が三又に分かれています。東に行く人はロータリーを超えて右へ、北へ行く人はまっすぐ、西へ行く人は左折します。僕は左折組です。その日もいつものように僕は改札を出て、一旦左折して、それからロータリーを超えてまた左折しました。すると、左折してすぐのゲームセンターの前で、だしぬけに-当たり前です。『ここを左折すると若い女性が音を立てながら自転車を押しています。』なあんて『予告』があるわけないですから。―若い女性が『ガチャン!・・ガチャン!・・』と大きな音をさせながら、しかし、威勢のいい音とは裏腹に、なにやら不器用に、休み休みしながら少しずつ自転車を押して進んでいます。
 『??なんだ?』。ガチャガチャと大音声をたてて、しかし、よたよたと進む自転車は僕の進行方向の先を進んでいましたが、なにしろ自転車はその本来の機能を発揮できずに、ゆっくりとしか進まないので、同じ方向へ歩いていく僕は自然の結果としてすぐに彼女においつきました。見ると、女性は左手でハンドルをおぼつかない仕草で操作し、右手で後輪の上の荷台を掴んで後輪を浮かせながらよろよろと歩を進めています。後輪は施錠されています。顔こそ見えませんでしたけど、その後姿は若い人間が(ええと、男女を問わずです。念の為。)もつ地球の重力をものともしない張力に溢れていておおよその年齢は推測できました。そのうえ、張力のみならず、すごくプロポーションがいい女性でした。
 女性にはきつい作業です。彼女は、後輪を持ち上げては数メートル前進し、しかし、持ち上げることは長くは継続できず、後輪を降ろし降ろししながら、牛歩遅々として進みません。
 ほう、なるほど。彼女は駅まで自転車で通っているものの、紛失か忘れたのか、なんらかの理由で鍵をもっておらず、それでこういう態で家まで帰ろうとしている、と、思ったと同時に、僕の手はすでに彼女の後輪の荷台に手がかかっていました。
 「あっちの方向ですか?僕一緒の方向なので
  後ろ、もってあげます。」
 そのとき、突如彼女の返事を待つよりも先に、僕の脳は『ああ、俺ももう若くはないなあ。』っていう認知に支配されました。

 これが十代や二十代の頃だったらこうはいかないだろうな。
 だって、若いときはそれらをたくさん抱えている、というより『煩悩が服を着て歩いている』ようなもんで、加えて妙に自意識も過剰だから、こういう状況になったときに、

 『あれ、なんかたいへんそうだな。
  男ならともかく女性には重労働だよなあ。
        ↓
  でも助けましょうか、なんて言って、
  ナンパと間違われて、そのうえに、見た目で
  値踏みされて好意を断られたりしたら格好悪
  いよな。俺、見た目には自信ないからなあ。
        ↓
  いや、別にナンパする気なんてないんだけ
  どな。それに見た目で値踏みされるとは限ん
  ないよね。でも、スタイルいいなあ。これで
  かつ、可愛いかったりして。しかも家がご近
  所さんの可能性があるではないですか。
        ↓
  あれ?俺何考えてるんだ?・・声かけようか
  な。でもこういうときだけ煩悩を臨時に消す、
  なんてこともできないから、その煩悩を感じ
  て向うも警戒するだろうなあ。眼前のケース
  に関しては、純粋に助けるべきと思ってるだ
  けなんだけど、普段の煩悩が溢れでたりする
  と、にすんなりと声をかけてもなんか勘違い
  されそうだ。
        ↓
  そんなことないかな?警戒がどうとかいう
  問題じゃないか?そもそも相手がこっちの見
  た目によって助けを断るなんて決まったわけ
  でもないし。
  これがこっちが、友人と二人だったりしたら
  気軽に声をかけられるんだろうけどな。
        ↓
  とにかく、別に他意はないんだけど・・・・・。
  でもやっぱり、『その容姿で、あわよくば・・、
  なんて期待するなんてとんでもないわよ!』なあ
  んて思われたりしたら嫌だなあ。
        ↓
  振り出しにもどる。』

 っていう思考だけがぐるぐると頭の中を駆け廻って、散々悶絶した挙句、見て見ぬふりをして通りすぎていたと思うんですね。
 けれどもその時は、本当にごく自然に自分でも驚くくらい躊躇することなく、彼女の自転車の後輪の荷台を持ち上げていました。なにしろ見た目なんか自他ともに認める取り繕りようもないおじさんになっちゃってるので、変な自意識もとうの昔に絶えて久しいわけです。他人はいざ知らず、こういうことは間違えても若い時の僕には、まずできなかったですね。
 
 彼女は、突然の助け船に驚きかつ、恐縮しながらも、
 「え、あ、え、いいんですか?」
 と僕のおせっかいを前向きに検討してくれました。
 「いいですよ。僕も同じ進行方向ですから。
  うしろは僕が持ち上げて行きますから、前向いて
  両手でハンドルを持っていてください。」
 「あ、ありがとうございます。」
 というわけで、自転車はさっきまでのガチャガチャ音をたてることもなく、遥かになめらかに進みまじめました。
 「あの信号は?」
 僕らの行く手には交差点があります。僕の家はその信号の先にあるので彼女がその信号を右折か左折するならば僕がお手伝いできるのは残念ながらその信号まで、ということになっちゃいます。
 「あ、通り過ぎてまっすぐです。」
 「そう。僕も一緒だからよかったですね。」
 ほう、信号も越えていく、としたら、結構な距離だな。考えてみればそらそうだ『結構な距離』だから徒歩じゃなくて自転車で駅に通っているわけだ・・・。なあんて一切の煩悩抜きで、僕は専心荷台を持つことに従事しています。前のハンドルさえちゃんと操作してくれたら、距離によるけど、男性にはそんなに重労働ではないです。
 「鍵どうされたんですか?」
 いいですねえ。これも何気ないひと声にみえて、年齢のなせる余裕と諦念からきているわけです。
 うん、悪くないぞ、俺も若くないんだな。これが若い頃だったら、勇気をもって助けることはできたとしても、自意識過剰だから、ふたりの沈黙が妙に気になって『何か会話しなきゃ・・・。あわよくば、なんて企んでると思われてるんじゃないか、でもそういうのも一ミリくらいはあったりして・・いやいや、今回は善意100%だから・・。でもなんかコミュニケーションしたほうが彼女も警戒心を解いてくれるかもしれない・・・、ここは自己紹介かな、いや、合コンじゃないんだから、荷台掴んだだけでだしぬけに自己紹介されても困るよな、でもこの沈黙には耐えられん・・』ってなことになるんでしょうけど(経験はないので推測です。)、今の僕は相手が警戒したければすればいいし、助けてはくれたけど、きちゃないおじさんだなあ、と思わば思え、こっちの目的は彼女を助けることだけだからな、ってなもんで一向に動じないわけです。若くてスタイルのいい子だから、メールアドレスなんか聞いちゃおうかな、なんてこれぽっちも思ってないので、ごく自然に沈黙を破ることもできるんであります。ま、オスとしては、こっちは、加齢臭ばりばりの中年だし、という開き直りが多少寂しくもありますが。
 「無くしちゃったんです。」
 「たいへんですね。合鍵はあるんですか?」
 「はい、家に合鍵はあります。本当にありが
  とうございます。」
 「それは、よかったですね。いえいえ、帰り
  道ですから。あ、うしろは気にしないでい
  いので、前だけ向いてハンドルしっかり持っ
  ててね。」
 実際、気をつかってか、僕のどうでもいい問いかけに彼女が律義に振り返って返答されるとそのせいでハンドルがふらふらして、荷台のバランスを保つ僕には負担がかかるんで、前を向いていてくれたほうがいいんです。

 信号を超えました。僕の家は、信号を超えて100Mくらいいったところにあります。すごそこです。だから徒歩で駅に通っているんですけど。あ、そうだ、きっと若い女性だから助けてくれたとはいえ家なんか知られたらいやだろうな・・。それに見知らぬ人にたかだか一回だけ、ちょっとしたお世話になって、それをきっかけにしょっちゅう近所で顔をあわせるようになる、っていうのも嫌なもんです。
 「あのね、ここでいい、っていうところまで
  きたら言ってくださいね。」
 「ありがとうございます。」
 「いや、いや、同じ方向ですから。」

 僕が、余裕ぶって同じ説明を繰り返しているうちに、左折したら僕の家、っていうところまで来ちゃいました。もちろん彼女は僕の家なんか知る由もありませんし、僕も若くないので『ここを左折したら僕のうちなんだよね』なんて余計な情報をインプットすることはしません。
 それで、『・・・・・・』っていううちに成り行きでそんまんまの状況で僕の家に左折するブロックは通り過ぎてしまいました。ま、いいか、せっかくだからこっからまた彼女に『ここからは独りでガチャガチャして帰んなさい』っていうのも気の毒だよね。と思っていると、もはや役割分担を円滑にこなすようになった二人はずんずんと進んでいきます。
 左折したら僕の家、というところを過ぎて、たまたま引っ越してきた大学時代の親しい後輩が住んでいる近所のマンションも通り過ぎて、大きな駐車場も通り過ぎて、自動車学校も通りすぎました。すると、彼女から、
 「ありがとうございました。もう
  ここまでくれば大丈夫です。」
 と引導を渡されました。その近辺で左折か右折するんでしょう。そして、彼女は、
 「大丈夫ですか?お宅はまだこの先ですか?」
 と、たぶん建前上、聞いてくれたので、そこでまっすぐに踵を返すことになる僕としては、嘘を言うわけにも言かず、
 「うん、大丈夫です。僕の家、もう過ぎてるから。」
 と素直に答えました。うん、これもいい。これもまた若くて妙に完璧に格好つけようとすると、
 「もうちょっと真っすぐ行きます。」
 なんてダミーで家と逆方向に歩くふりなんかするんだろうけど、こっちはそんなことは思いもつかずに、180度振り返って今まできた道を引き返すことになりました。

 でも、そこで瞬間、『ちくしょう、俺もまだまだ若いな。』って思わされたんです。
 どういうことかというと、実はここだけの話、僕は毎日毎日会社に行って一応仕事して帰ってきてるんですけど、ある事情があって『毎日毎日明らかに給料分の仕事をしていない』んですね。いや、これは間違いないんです。それとこれとどういう関係があるんだ?って思われるでしょうが、僕は、彼女の自転車引き(自転車押し、かな?)を手伝ったとき、ささやかながら数年ぶりに誰かの役にたった、という達成感を感じたんです。まあ、荷台を持ち上げて歩いた、ってだけですから全くたいしたことじゃないのは否定できませんが。しかも、若い女性が、困り果てているとはいえ、-あれだけの距離をガチャガチャいわしながら女性がひとりで歩いたらかなりの時間がかかったのは間違いないです。―見ず知らずの、ばっちい中年男性の助け舟を(他意はない、とはいえ)素直に受け入れるのは勇気がいったと思うんですね。
 だから、僕は、彼女が僕の申し入れを素直に受け入れてくれたことがありがたいな、って思ったんです。それで、仮にまた遭遇してもお互い顔なんぞ覚えていないのは間違いない、-何しろ彼女はずっと前を向いていましたから。―、けれどそのことについてお礼を言いたい気分になったんです。
 しかし、僕はまだ青いです。その気持ちをどういう言葉で表していいか、わかんなくて、結局お礼を言わずに、なんとなくもの言いたげな雰囲気を残したまんま、彼女と別れてしまいました。だって、難しくないですか?彼女にしてみれば、助けてもらったうえに、お礼を言われるわけですから、こう、さりげなく自然にお礼を言わないと、逆に彼女を困惑させてしまうでしょう。残念ながら、僕の『何か言いたげな雰囲気』はそれこそ『メールアドレス教えてください』という言葉を呑みこんだ、と誤解された可能性があります。
 う~~ん、まだまだ未熟です。

 そのあと、あれは確か半年くらいまえ、いつものように会社から帰宅して、改札を出て左折して、相変わらず小さいロータリーをやり過ごして、また左折したら、ゲームセンターのまで『鍵を持っていないがために、後輪が施錠されたままの自転車をガチャガチャと音を出しながら苦労して運んでいる、若くてスタイルのいい女性』に、もちろんだしぬけに、遭遇しました。今回の女性は前回の女性よりもさらに若そうです。
 おや、これは、気の毒に、と僕は、
 「どっちの方にいかれますか?」
 というが同時に後輪の荷台に手をかけました。うん、俺も若くないな、と僕はまた年齢を感じました。今度も自然体で人助けに成功です。そして奇しくも彼女もまた、僕の家と同じ進行方向に進んでいました。今回の女性は、
 「鍵を紛失してしまって、どうしようかと
  思ってたんです。ありがとうございます。」
 とのことです。プロポーション抜群です。それで、なぜだか、前回の女性よりも会話は比較的多くて別に僕が聞いたわけでもないのに、彼女は近くの大学の工学部の学生さんっていうことでした。
 「大学にいけば、いろんな工具があるので、
  大学まで引いていって、大学でチェーンを
  切ろうかな、って迷ってたところなんです。」
 そら、あんたたいへんですよ。その大学の場所は僕も知ってるいるけど、『後輪に鍵がかかったままの自転車をひとりで引いて行く』にはかなりの距離があります。
 それで、今回も同じように僕の家も通過してかなりの距離を歩きました。僕は、きっとあの大学に通っていてこの近辺に住んでいるんなら一人暮らしの学生さんであろうから、なおさら家なんか知られたくないだろうな、と思って、
 「用済みになったら適当なところで言ってくださいね。」
 と言うと、例によって、
 「ありがとうございました。ここで結構です。助かり
  ました。大学まで持って行こうか、さっきの自転車屋
  さんに持って行こうか、困っていたところなんです。」
 っていうことになりました。僕は、前回から半年たっていましたが、まだ相変わらず『明らかに毎日毎日給料分の仕事はしていない』のでまたしても、『お姉さん、馬鹿をいっちゃあいけねえよ。袖触れ合うも他生の縁、困ったときはお互い様じゃあねえか。素直においらの助けを受け入れてくれてありがとう。いや、おいらにお礼をするくらいならいつか誰か困っているひとを助けてくれれば、それでちゃらっていうもんだよ。』とフ―テンの寅さんの如く粋に、ごく自然にお礼を言おうとしましたが、どうも口にだすと大時代めいて自然といえなさそうで、今回もお礼を言わずに、もと来た道をもどりました。ま、お礼は言えなかったけど、今日もいいことしたな、と思いながらしばらく歩いてから、僕は、思わず、
 「あ!しまった!そうか!」
 と声に出して叫びました。そうです、今回の彼女の場合『大学に持って行こうか、自転車屋に持って行こうか、と迷っているときに』僕がひょい、と荷台を持ち上げたわけです。と、いうことは・・・、そう彼女は家にも合鍵を持っていない!だって家に合鍵があったら『家に持って帰る』という選択肢が当然第一にくるはずです。けれども彼女は『自転車屋か大学の自分の実験室で』チェーンを切ろうとしたわけです。そこへ、本人はごく自然に、と思っているけれど、彼女にしてみればひょっとすると、半ば強引に『家どこ?こっち?じゃあおじさんが持って言ってあげよう』という中年男性が現れ、ショックと疲労で判断力を失っている彼女はもう夜だし、しらないおじさんも助けてくれるし、とりあえず家に帰ろう、ということになったに違いありません。自転車は僕らの歩いた道沿い、僕の家と駅の間にあって、確かその時間はまだ営業していました。ということは彼女のやるべきことは、自転車屋まで自転車をひいていって、そこで合鍵のないチェーンを切ってもらうこと、だったんです。もっと言うと、ひょっとしたら彼女は自転車を通り過ぎてからそのことに気付きながら、見ず知らずの男性のお節介を無碍にした挙句『やっぱり駅の方にもう一回戻って自転車屋に行きたいんですけど』と言いだす勇気がなく、とりあえず家に帰ったのかもしれません。これは、したり!俺としたことが、会話の中から読みとれたじゃないか。『え、そう、じゃあ自転車屋さんまで戻りましょうか?』って提案してみるべきだったんです。
 『いい年』してなんでそのことにきずかなかったんだろう、彼女には悪いことをしてしまいました。

 さらに、つい先週のことなんですけど、改札を出て左折して、小さなロータリーを・・以下同文ゆえ略、とにかく、ゲームセンターの前で『鍵を持っていないがために、後輪が施錠されたままの自転車をガチャガチャと音を出しながら苦労して運んでいる、若くてスタイルのいい女性』に、もちろん、だしぬけに遭遇しました。今回の女性は会社員風です。
 「こっちですか?」
 といつものように言うが早いが『年を感じながら』ごく自然に後輪の荷台を持ち上げる僕です。うん、大人ですね。繰り返しますけど、若いとこういう流れるような振る舞いはできません。年齢を感じます。
 女性は戸惑いながらも、
 「あ、え、ありがとうございます。
  その先の自転車屋さんまで行こうかと。」
 ほう、なるほど、今回は行き先も目的も明確です。しかも自転車屋なら真っすぐ行って信号を越えたらすぐにあるので、僕の家の手前です。
 「それなら、荷台もちますよ。」
 「ありがとうございます。方向違いではないですか?」
 今回は、向うも大人の対応で、戸惑いながらもすぐに僕のことを気遣ってくれました。
 「いえ、自転車屋さんなら通り道ですから。
  鍵なくしちゃったんですか?」
 「はい、もうどうしようもなくて。」
 と、ふと見ると、今回の女性は、なにやら前輪の下に見慣れない面妖な器具をつけています。それは金属製の縦約30センチ、横約10センチ大の四輪のキャスター付きの台車のように見えます。女性はそのうえに前輪をのせて自転車を引いていたわけです。
 僕は好奇心の赴くままに、
 「あの、それなんですか?」
 と質問しました。すると、彼女は、
 「あ、これそこの警察で貸してくれたんです。
  鍵を無くしてどうしようもなくなって警察
  にも相談したんですけど、自転車屋で切っ
  てもらうしかないだろう、っていうことに
  なったんですけど、おまわりさんがこれを
  貸してくれたんです。」
 おー、なるほど、さすがに世界に冠たる日本の警察、かような器具ももっているわけです。僕は感心してしまいました。
 「そこの自転車屋さんは親切ですよ。」
 うちも近所だけに何回かお世話になっているその自転車屋さんは、寡黙だけど親切なお兄さんが繋ぎの作業服をを着ていつも夜8時ごろまで黙々とひとりで仕事をしています。
 「知らない人の助けを素直に受け止めるのって
  なかなか勇気がいりますよね?」
 僕は自転車屋の余計な情報などインプットしながら、過去の反省に立って、早くも僕の申し出を素直に受け入れてくれたことを言葉にすることを試みたんですけど、どうも自然に言えずに、お礼のつもりが『なんだか押しつけがましい疑問形』になってしまい、半端な発言を悔いました。
 果たして彼女は、
 「そうですね。」
 と当たり障りのない答えを返してきて、僕は、俺としたことが、こんなことなら言わないほうがましだった、とまだまだ修練がたらんなあ、と『年齢を感じ』未熟さを痛感しました。
 今回はくだんの信号を超えてすぐの自転車屋さんなので、距離はたいしたことはなかったんですけど、途中で前輪が台車から外れて台車に前輪を乗せなおしたりするときに苦労されていました。だから、時間はそんなにかかりませんでしたけど、これはやっぱり助けてよかったな、と僕は思いました。
 ほどなく自転車屋に到着、
 「それじゃあ、お気をつけて。」
 と、僕は家の方に向かいました。
 
 しばらくしてここを左折したら我が家、というとき、
 「あ!なんだ!」
 と僕は、また思わず声にだしました。
 そうなんです。彼女は台車の使い方を完全に間違えています。だって、前輪は鍵がかかっていなくてそのまま回るわけですから『回らない固定された車輪をのせて臨時に滑らせるため』の台車は、鍵のかかった後輪の下に置くべきでしょう?前輪の下において後輪の荷台を持ち上げる、のであれば台車はいらないじゃないですか。しかも『まわる前輪の下にさらに動く台車をおいた』もんだから前輪の動きが安定せずに、何回も外れるわけです。おまわりさんもなんでそこまで見届けなかったんですかね。
 「肝心なことに気付かないなんて俺と
  したことが・・」
 と、僕は荷台を持ち上げるより、台車の使い方を指摘するべきであったことを後悔しました。

 以上が、多少冗長になりましたが、『僕がどういうときに年齢を感じるか』という話の詳細です。

 ・・・・・ん~~~と、なんか書き忘れていることがあるような・・、なんだろう、思い出せないな、年のせいかな・・・。
 あ!そうそう!確かに『年齢を感じる』好例ではあるけれど、なぜ、僕が『鍵を持っていないがために、後輪が施錠されたままの自転車をガチャガチャと音を出しながら苦労して運んでいる、若くてスタイルのいい女性』に会社帰りに、一年間に三回もゲームセンターの前で遭遇するのか、は皆目見当がつきません。
 これって、平均的な頻度ですか?全員若くてスタイルのいい女性なんですけど、それも僕のせいじゃないと思います。
 
 それから、僕が『ああ、俺って哺乳類だなあ』って感じるときはどういうときかというと・・・、え?どうでもいい?そんなこと感じることなんかない?これ以上長い話にはつきあっていられない?
 ・・・あ、そうすか。それではこの話はまた別の機会に。

===終わり===


 

 
 
 
 

The Catcher in the Rye.後日談。

 前回、パスポート紛失について書いたんですけど、その直後にも事件に巻き込まれたことを思い出しました。といっても、僕のことですから他人様にとっては大したことじゃないですが、僕にはまがうことなき『事件』だったので心してお読みください。

 日曜日の朝に帰国して、月曜日に出社した僕は、いつもの日常に戻るために心身ともに落ち着こうとしていました。それでも出張日の翌日は留守中に日本でたまった仕事をやっつけたり、出張報告(大抵誰も読みません。ふん!)を書いたり、出張精算をしたり、で業務における、ばたばた感は簡単に払拭できないもんです。それに加えて、その時の僕は『あ~あ、パスポート無くしちまったなあ。再発行の手続きをしなければ。面倒くせえなあ。』と、こころ会社にあらず、といった感じで、午前中は、心身共にふわふわとしていて日常を取り戻せないでいました。

 午後になりました。と、突然、僕は部長に呼ばれました。
 なんでも、インドネシアの投資案件(この案件の雑務に僕は関わっていて、それで出張に行って帰国したわけですが)、について常務 -さるやんごとなき家系の繋累の方でした。―以下、これに関わっている各部の部長クラス数名が会議をするんだそうです。この投資案件は当初の予定に反して齟齬が多く、なかなかうまくいっていませんでした。それで、その停滞状態を打破すべく、やんごとなき家系の常務(以下『やんき常務』と略。)に火曜日からインドネシアに御出馬いただき、現地側の合弁パートナーと経営レベルで話し合いを持とう、そのために会議と称して現状の問題をこのやんき常務にインプットしよう、ということだったようです。
 僕にしてみれば、やんき常務が出張に行きたければ行けばよし、会議などもやりたければいくらでもやっていただければいいわけで、末端の人間など関与いたしません、です、であります。だいたいがそんな会議が開催されることすら僕は知りませんし。ところが、僕の部においては、この案件は部長ではなく、実際には副部長がほぼ全てを担当しており、その副部長が、やんき常務の出張の露払いとして日曜日からインドネシアに出張しておりました。僕とは入れ違いになりますが、そこは業務のレベルも、会う相手の肩書も全然違いますから、一見効率の悪そうな斯様な日程での出張も、稀ですが起こり得ました。
 そういうわけでどうも細部を把握していない僕の所属する部の部長、-木田部長-、は不安を感じたらしく、突如その会議に副部長の代替として僕にも同席するように命令した、ということのようです。

 僕は『こっちはこっちでそれどころではないんである、会社にはすまんことだが、投資案件が暗礁に乗り上げていることよりも、パスポート紛失の方が遥かに重大なことなんである、そういう会議は勝手におやりになってくれて結構ですぞ、そうじゃなくても部長・役員連中の会議内容と俺の業務レベルなんて、そもそも次元が違うんだから・・・。まあ、どうせ発言なんかする機会はないけど、木田部長がそこまでいうなら黙って座っておくか・・・。それにしてもパスポートどうしてくれようかなあ。』と思いつつ、会議の行われている役員室に、のそのそとはいって行きました。
 見ると、やんき常務を囲んで、複数の部の部長レベル、5,6人が難しげな表情をして座っています。これも難しげな表情をしたければいくらでもしてくれればよろしいわけで、僕にはあんまり関係ないです。ただ、当時まだ入社数年目であった僕の目には『おお、肩書きの高い人達が揃ってやんきを囲んでおるぞ』という風景は、なかなか壮観には映り、すこしは緊張しました。

 果たして、会議では、部長連中がかしこまってやんき常務にいろいろと本案件の問題点を口ぐちにインプットしています。僕はというと木田部長のとなりで『う~~、パスポート、パスポート・・・』と心の中でつぶやきながらただ黙って端っこに座っていました。
 ところが、聞くともなしに聞いていると、さすがに部長達だけあって難しげな表情に難解な語彙でもって発言はしているんですけど、なんだか僕には彼らの発言内容が上滑りしてるように感じられました。どうも木田部長と同じく、彼らも実務は担当していないので、表層だけとらえていて、正鵠を射るようなことはあまり述べられていなかったみたいなんです。『あれ?その件は、確かに問題だけど、すでに現場でうちの副部長が具体的に手を打っているから、いまさら新たに問題視してもしょうがないんじゃ・・・』とか、『いやいや、そのミスター・アンディっていうのは俺も何度か会ったことあるけど、そんな人じゃない・・え?この部長は会ったこともないのにアンディを問題児扱いしてるの??』とその立場がゆえに、日々の生きている問題を知悉している末端者の僕には、いくばくかの隔靴掻痒感がありました。
 そのうえ、皆さんは、異口同音に『問題点をあげつらう』ことは盛んにされるんですけど、-おそらく、その会議の議題がやんき常務に本案件の問題点をインプットする、ということになっていたゆえ、そのことに焦点をあてて事前準備をされたからだとは思いますが。― 誰も『解決案』については言及されないんです。先述の『問題点の上滑り』に加えて『偉い人達が揃いもそろって問題だけを主張する』という異様な会議に、僕はパスポートのことは暫時忘れて、大いに違和感を持ち始めました。されど、そこは、末端者、特に発言するでもなく、いや、それどころかあわよくば出席していることさえ皆さんに気付かれないように、息をひそめて気配を消してました。
 気のせいか、これでもか、と問題点ばかりを浴びせかけられるやんき常務も苛ついているように感じられました。

 と、ある問題点が発言されたとき、やんき常務が、木田部長に、
 「おい、木田、それはあんたのとこの副部長が
  やってる、いうて聞いてるぞ。どないなって
  るんや。」
 と名指しで返答を迫りました。すると、木田部長は、実務は副部長がやっている、ということは隠そうともせず、-別に構わないわけです。役割分担ですから。―、もちろん自分が返答者という意識をもって対応をしようとはしているものの、返答する前に、細かい点を横にいる僕に質問をしました。
 「みどりくん、いまどないなってるか知ってるか?」
 気配を消していたはずの僕は、いきなりの質問にうろたえつつも、
 「え、ええと、その件は、副部長が群馬のメ―カ―と
  連絡をとっておられてそのメーカーから技術者を出張
  派遣してもらうことになってる、と思いますけど。」
 と自分で手を汚していること、行動を共にすることの多い副部長の業務を見聞きで知っている範囲のこと、で出来得る回答を木田部長に向かってしました。僕にしてみれば質問者は木田部長でしたから。でもそんなに広い部屋でもないので、僕の発言はやんき常務にも聞こえちゃいますので、木田部長は僕の発言を繰り返すことはせず、それを補う発言で常務への返答を締めくくりました。
 ところが、こういう形の問答がだんだん増えてきて、空気を消しているはずの僕は予期に反して発言する機会が増えていきました。この案件はいくつかの部に跨っているとはいえ、誰よりも深くインボルブされているのは僕の部の副部長なので、-それゆえに、やんき、もといやんき常務の露払いにすでにインドネシアに出張に行っているわけです。―、会議時間を重ねていくにつれ、やんき常務の質問は木田部長に集中しはじめまた、ということです。
 あれですね、国会の予算委員会に例えるなら、やんき常務が野党の質問者で、木田部長が大臣、僕がそばでこそこそと資料を渡したりする官僚、っていう構図に近いです。そして、誠に遺憾ながら、国会の予算委員会に散見されるように『質問者が大臣に聞いているのに、強引に官僚に直接答えさせちゃう』という事態もまた、起きてしまいました。
 すなわち、いつのまにか室内の一番端にいるやんき常務と、しがないいち課員である僕(余談ですが、今でもしがないいち課員です。)との直接のやりとりがメインになり、それを木田部長始め、居並ぶ部長連中がテニス場の観客のように左右に首をふりながら黙って眺める、という光景になっていきました。僕は、相手が相手だし、なんだか苛つきながらの質問攻めにあって、たじたじとしながらも懸命に応戦しました。

 そのうち、なんとやんき常務がしびれをきらして、尋常ならざる発言に及びました。
 「もう、あかん!あんなあ、わしはな、この件で
  明日からインドネシアに出張するんや!」
 そんなに高らかに宣言されずとも、そんなこと知ってますけど。まあ、彼にしては末端の人間が常務の行動予定など知らないだろう、と思ったんでしょうね、わからんでもないです。でも、それで・・・?
 「もう、あかん!あんたも明日わしと一緒に来い!」
 えええ!そのときの僕の頭の中を電光石火の如く駆けた言葉を順番に記述すると、こんな感じです。

『え!』→『海外出張?』→『パ、パスポートおお!』

 やんき常務の妄言、いや暴挙(僕にすれば、ですが。)によって、さしづめ、すごろくで言えば『国会予算委員会に突如招集される!』という枡目から『ふりだしに戻る!』という枡目でとまってしまった僕は、事態が一気にターンオーバーされたことに思考が対応しきれずに、ただただ呆然としました。
 まずい、パスポ―ト紛失というプライベートな大失態を白状する、ということにおいて、これ以上避けたい状況はないじゃありませんか!今朝まではとても予想できなかった事態に、俺がいったい何をしたんだっていうんだ!?と僕は天を恨みました。全員が僕の返答を待っています。
 いや、待てよ・・・。いきなり失態を白状しなくても、そもそもやんきには、昨日の日曜日に帰国した人間を火曜日にまた同じ国にいかせる、っていう無理を言っているということの自覚がないんじゃ・・・。と僕の頭の中を一瞬のうちに嵐が駆け廻っているとき、木田大臣、もとい木田部長が助け舟を出してくれました。
 「いえ、常務、それがこいつは昨日、この案件で
  インドネシアから帰国したばっかりでして。
  な?みどり?」
 「は・・はい!そうです!」
 うお、あぶねえ、あぶねえ。そうだよな、逆に末端の課員の行動なんて役員が知ってるはずはないもんな。僕は、昨日帰国した国に明日また行く、という異常なスケジュールはもちろん、失態を自白する危険からひとまず逃れたと思い、ほっと安堵しました。
 ところが、さすがに、やんごとなき家系の子孫の常務、略してやんき常務だけあって、そんなことでは引き下がりません。
 「かまへん!それがどないしたんや。俺と
  一緒に行くぞ。」
 やんき常務はまるで、俺の杯がのめへんちゅうんかい、ええ、おい、といった勢いで一歩も引きません。まずい、まずいです。
 「いえ、あの、一応僕も何件かお客さんを担当
  させていただいていますので、先週も席を開
  けて、今週もというのは・・・。」
 という僕の返答に木田部長も、無言ながら、そらもっともや、という顔をして、前言撤回を期待して常務の返答を待ちます。
 「かまへん、そんなもん、木田君がやる!木田君に
  やらしたらええんや!」
 暴論です。そんなの。部長に、火曜日から僕がしなければいけない担当者としての細かい業務を説明して引き継ぐだけ、で3日間くらいかかっちゃいます。ところが、木田部長も男気のある人で、なんと、
 「よっしゃ、わかった!常務があそこまで
  言ってくださるんやから行って来い。日本
  での仕事のことは心配するな!」
 となにやら自分の男気に酔ったような様子で豹変してしまいました。いや、だから心配するなって、結局は俺がお客さん怒られるだけじゃんかよ、なんだってこんなところで妙な男気なんかだすんだよ・・・。

 ・・・万事休す。
 僕は木田部長の寝がえりで援軍を失ってしまい、とうとう、
 「実は・・・・」
 とパスポートを紛失して日本に入国した、という経緯を淡々としかし、小声で手短に白状せざるをえませんでした。もちろん、谷村くんが隣だったとか、『ライ麦畑でつかまえて』を読みそびれた、なんて枝葉末節なことは言わずに。

 おそらく全く予期していなかった僕の回答を聞いたやんき常務はもちろん、その場にいた部長連中はみんな黙ってしまいました。午後のやわらかな日差しが差し込む役員室に『妙な間』が流れました。
 「なんじゃ、そら!社会人以前の問題やないか!」
 という種の罵詈雑言を皆さんから浴びることを覚悟していた僕には短くもつらい沈黙の間でした。きっと皆さん呆れかえって怒る気にもならないに違いない、だから誰も発言しないんだ・・ああ・・・。

 ところが、やんき常務の次の発言が沈黙を破ったあとに、会議は想像もつかない急展開を迎えます。
 そうです。やんき常務は、多少気勢をそがれた感は否めないながらも、こう言ったんです。

 「・・あれはな、再発行するのたいへんなんや。
  わしもな、一回無くしたことあってな・・・」

 するとどうでしょう、今まで沈黙していた部長連中が、

 「いや、私一回シャルルドゴールでファイナルコール
  されてるのに、ラウンジで寝過ごして荷物だけ持って
  いかれましてね、しかもその時お客さんと一緒だった
  ので、お客さんが怒りましてねえ。」
 「あれないですか、あれ。一回ニュ-ヨークで入国しようと
  したら、パスポートの期限が残り2週間しかなくて、入管
  で揉めましてね、あれ、普通日本の空港で指摘されるん
  ですけどなんか乗れちゃったもんだから、ニューヨークで
  止められちゃってですね、ないですか?」
 「失敗ちゃうけど、うちの副部長は以前ソウルの入管で名字
  が手配中の日本赤軍と一緒だ、とかいってどっかにしばらく
  連れていかれて・・」  
 
 いや、出るわ出でないのって、この日の会議一番の盛り上がり、ほぼ全員が喧々囂々、負けじと海外出張での失敗の暴露の応酬となりました。
 僕の『自白』の後みなさんが妙に沈黙していたのは、怒っていたとか、呆れていたとか、のではなくて皆さん『脛に傷もつ身』なので、なんとなくよう怒らなかったんですね。そして、僕の失態を聞きながら各々が『あのとき、あそこで・・あれはまいったなあ』なんて『追想している間』だったんです。そして怒るのは誰かにまかせちゃお、なんて思っていたら、その場で一番偉いやんき常務がいきなりカミングアウトしたもんだから、すわそれを免罪符として、一気に暴露大会になったわけです。

 なんだ、やんき以下、みんなも結構やらかしてるじゃないか。

 結局その会議は、僕の自白を境にしてなんとも形容のし難い妙な明るさをもって終了し(だから、解決策はどうなってるんだ?)、僕も放免されて火曜日からの海外出張は、なし崩し的に流れました。
  
 僕は、いまでもしがないいち課員ですけど、もし将来部下をもって、その部下が海外出張でなんか基本的なミスをやらかしたら・・・・、まずいきなり怒鳴りつけて思いっきり滅入らせてから、ニヤッと笑って、この時の顛末を話すことに決めてます。
 部下をもてたら、ですけど。

===終わり===
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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