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迂闊な人。

「とにかくこの勢で文明が進んで行った日にゃ僕は生きているのはいやだ」

 大きな声では言えませんが、私見によればどうも実は人類には二種類あります。『迂闊な人種』と『迂闊でない人種』です。冒頭から白状しちゃいますけど、僕は『迂闊な人』です。もちろん、そのことには充分辟易していますし、なんとかしたい、と思ってますけど、どうもなんともできないんす。あまりになんともできないので、最近ではなんとかできるものではなくて『これはそもそも人種の違いなのだ』という持論が固まりつつあります。
 『迂闊でない人』は良くいうと気の利く人種で、悪くいっても要領のいい人種で、傾向として資本主義社会適応型です。『迂闊な人』は、傾向としてはやってはいかん、とわかっていることをやってしまう人種で、しかもそれを繰り返しちゃったりするので、どちらかというと原始共同社会適応型で、資本主義社会において『いかん奴』あるいは『遺憾な人』として人員整理の対象になったりする傾向にあります。
 
 僕自身、毎週のように公私を違わずやってはいかんとわかっていることをやってしまい『迂闊な人』ぶりに独り瞠目してみたり心を痛めてみたりしています。
 少し前のことですけど、自分でもおおいに驚いたことがありました。その時僕は資本主義活動の一環である営業という仕事にいやいや従事し外出中で、ある地下鉄の駅から出ようとしたんです。それで切符を自動改札機に入れたら『ピンポン!ピンポン!』というけたたましいエラーを知らせる音と共に自動改札機に行く手を遮られてしまい、あれ?なんか文句でもあんのかよ!?って思ったんです。でも、原因はしごく明白でしかもすぐ判明しました。
 僕は、その駅の券売機で切符を買ってそこから地下鉄に乗って目的地の某駅に行くはず、だったんです。ところがあろうまいことか、券売機の横にある改札口から入り、そのまま数メートルしか離れていない同じ駅の違う改札に直行して出て行こう、という暴挙を敢行しようとしたらしいのです。それで『ピンポン!ピンポン!』。・・・迂闊です。幸運にも自動改札機がピンポンしてくれたからよかったものの、そのままその駅を出ることができたら僕は一体どこへ行くつもりだったんでしょうか?ちなみにその駅は、いわゆる僕にとっての最寄り駅-自宅近くの駅でもなく、勤務先の近くでもないです。-ではありません。驚きました。ピンポン!ピンポン!にもびっくりしましたけど、同じ駅に入ってすぐ出て行こうとした自分の行動の中味もかけらも理解できす、唖然としました。
 本当にどこに行こうとしていたんでしょうか、いまだにどうも我ながらよくわかりません。

 『迂闊な人種』の別の傾向のひとつとして年齢性別を問わず『文明の進歩になかなかついていけない』ことが挙げられます。縄文時代ではなく、弥生時代でもなく、この二十一世紀の日本で生きていかなければいけない『迂闊な人種』の不運は、もはや悲劇と言えます。やっと電卓とFAXとワープロの操作を覚えたのに今度はパソコンかよ、ええ、携帯電話もまだ使いこなせていないのにスマートフォンとか別にいらないんですけど・・、っていう感じで文明の進化によって次々と新しく開発される『便利なモノ』が社会活動の前提となることに常にびくびくしながら生きていかなければいけません。しかもびくびくするだけではなくて『やらかしちゃう』んですよね、迂闊だから。

 先日、僕はひとりで家にいたんですけど、よせばいいのに、パソコンでエッチな動画を探し始めました。そういうものがただで鑑賞できる、と『迂闊でない人』から教示されてしまったからです。これが悲劇の始まりでした。パソコンなんてなければ、あんなことにはならなかったのに・・・。
 さい君と息子は遠出していて時間は充分にあるようです。僕は文明の進化に感謝しつつエッチな動画を探しました。すると、そう長くない時間で、なにやらあやしげなサイトに辿りつきました。
 「おお!素晴らしい!俺のような人間でもこんなに
  簡単に、しかもただで・・。二十一世紀万歳!」
 僕は、誰に頼まれもしないのに現代文明を絶賛しつつ、いよいよ・・と鑑賞を満喫しようと身構えます。
 しかし、なかなか目標物に辿りつきません。
 「あなたは、18歳以上ですか?はい/いいえ」
 なんていちいち聞かれたりするわけです。
 「またあ、真剣に確認なんかする気もないくせに・・
  はいはい、と!」
 躊躇なく進みます。
 「あなたが今お使いのパソコンは、会社など公共の
  パソコンではなく私物ですか?はい/いいえ」
 文明の進歩もなかなか簡単には悦楽へのアクセスを許して
くれません。
 「ああ、うるさいなあ、はい、と!」
 とまあ、そういった感じでどんどん『はい』をクリックしていきます。でも『迂闊でない人』に教わったような動画には全然たどりつかないんです。
 「・・っくしょう、話が違うじゃないか。
  ひとが文明音痴だと思って馬鹿にしやがって。」
 と現金にもさっきまで絶賛していた文明を毒づきつつ、しかし、鼻息はますます荒く、
 「ふん!はい、だ!ええい、これも、はい、
  に決まってるだろ!ぬおお、エッチな動画
  はまだか?ええ、また質問?はい、だっつ
  の、この野郎!もっと素直に『エッチな動画
  が見たいですか?はい/いいえ』で一発で辿り
  つくようにしやがれ!くそ!」
 と、そのとき突然、そうまさに唐突に、です、赤紫色のブラジャーと、同じ色の貧相な面積のショーツだけを身に付けた女性が大股を開いた状態の、しかし、動画ではなく静止画像がパソコンの画面せましとあらわれました。あんまり大きくて胸と股間以外の顔だの足だのは画面からはみ出しています。
 「・・・なんだ、これ・・?」
 僕は、二十世紀の男子中学生じゃあるまいし、こちとら二十一世紀の企業人であるぞよ、この程度で俺が満足するとでも思うのか、なめるんじゃねえ、とさっさとつぎに進もうと『はい/いいえ』表示を探しました。でも・・・無いんです。
 さっきまで飽きるほど出てきて何の意味があるんだ、と憤慨しつつクリックしていた『はい/いいえ』が無いんです。
 「むむむむ?」
 僕は、自分の見落としかと心ならずも大股全開画面と一所懸命睨みあいをするはめになりました。
 大股全開は、
 『あなたも好きねえ!そんなにアソコが見たいの?』
 なんて前時代的な穿った警句を、しかし、大書で吐いてます。でも、『はい/いいえ』は見つかりません。しょうがねえなあ、今まで苦労したけど、もう一回別のエッチなサイトを探そう、とその画面を閉じようとしました。・・無いんです。『x』印が。あれ?じゃあいいや、ええと確かこういうときは『Ctl+Alt+Delete』で・・、消えません。それどころか反応もしないし、前画面にも戻りません。『迂闊な人』は大股開きを前にしてだんだんと嫌な予感に包まれてきました。よく見ると赤紫の股間は、
 『会員登録ありがとうございます!』
 とまことに身勝手なことを主張しています。なんだ、なんだ・・・。すでに冷や汗ものです。
 『登録料は14万円です!振り込み先は下記です。』
 はあ?
 『この画面は、登録料振り込みが確認され次第待ち受け
  画面から消えます。』
 ・・・やられた。これって、よくいう『クリック詐欺』じゃないですか。呆然とする僕に股間はさらにお得な情報を提供してくれています。
 『只今キャンペーン中!登録から120時間以内に振り込めば
  なんと半額!7万円でOK!』
 いや、『キャンペーン』て・・・。見ると巧妙なことに股間は静止しているくせにご丁寧にもカウンターが設置されていて、『キャンペーン期間終了まで、あと119時間58分35秒』とそこだけ時を刻み始めています。
 僕は、こんなの詐欺だ、とは思いつつも家族の手前、おおいに動揺してなんとかこの赤紫の大股を消そうと無い知識を総動員してパソコンをいじりまくりました。・・・消えないんです。一旦シャットダウンしても毎回同じ画面がでてくるんです。赤紫の股間は待ち受け画面って奴になってしまってます。しかもその間も『キャンペーン期間終了まで・・・』のカウンターは律義に時間を刻んでいます。どうしよう、さい君がもう少ししたら帰ってくる。そしらぬ顔でもしておこうか・・・。そして、さい君がパソコンを立ち上げる、さい君驚愕!僕も一緒になって驚愕!・・・・・だめっしょ。
 逆上した僕は、少なくともコンピュ―タ―には僕よりもはるかにくわしい親友の山案山子君に電話してみました。出ません。最早、万策つきたか・・・。そのとき、待ち受け画面の下の方に電話番号を発見しました。もう詳しい記述は忘れましたが、確か、身に覚えのない場合はここに電話を、という趣旨のことが書いてあったような気がします。
 迂闊ですよねえ。こういうとき、慌てて『画面上の電話番号に電話する』のは『ワンクリック詐欺における注意点』で『絶対にやってはいけないこと』、として筆頭に挙げられていました。迂闊です。のちのちネットで調べてからわかったんですけど。なぜならそうやって慌てて電話させることによってこちらの電話番号という個人情報をダイヤル表示機能によって入手し、その後その電話番号たちへ(なんとなく後ろめたく思っているであろう人達ですね。敢然としている人間は動揺して電話なんかかけてこないはずですから。)請求の電話をしまくる、というのがこういうグループの常套手段なんだそうです。僕はまさに藁にもすがる思いでそばにあった自分の携帯からそこへ電話しました。(ここでなぜか、これもすぐそばにあった家の固定電話から電話しなかったことがのちのち不幸中の幸いになることになります。)
 「もしもし?」
 するといきなり若い男がややハイテンションで、しかし、いかにもマニュアルを棒読みするかのように対応してきました。
 「あの、間違えて、かいいんとうろ・・・」
 僕は言い終わらないうちに、相手の若い男は、
 「ご登録ありがとうございます。只今キャンペーン期間中で
  120時間以内にお振り込みいただければ、登録料は半分にさ
  せていただいております。お客様の場合はご登録が本日の
  14時35分でございますので・・」
 と澱みなく一方的にまくしたてます。そのあとも、
 「いや、そうじゃなくてキャンセルしたいんですけど・・」
 と言っても、男はあさってのことを言うばかりで埒があきません。

 僕は、だんだん腹がたってきました。さっきまでは、さい君への露見を恐れていましたが、男のあまりにいい加減な対応に腹がたつあまり、さい君を恐れることには開き直り、この詐欺集団をなんとかしたやろう、という義憤(と、そのときは思ったんですけど、200%私憤です。)にかられ、だしぬけに110番しました。そして恥も外聞もなく、行状をまくしたてたところ、さすが世界に冠たる日本の警察、こちらもまた澱みない対応で、
 「そういうことでしたら、お住まいの所轄都道府県庁の
  警察機関にコンピューター詐欺専門の部署があります。
  電話番号はかくかくしかじかですから、そこへお電話し
  てください。」
 と言われました。
 僕は、安心感に目眩すらする思いでした。
 おお、なんと頼もしい、二十一世紀の日本の警察は迂闊な人とは一線を画し、しっかりと文明の進歩に対応しているではないですか!コンピューター専門詐欺、じゃなかった『コンピュ―タ―詐欺専門』の部署があるなんて。僕はすっかり全てが解決したような気になり、いそいそとその教えられた番号へ電話したところ、予想にたがわぬ慣れていて、落ち着き払った対応です!
 「ほうほう。」
 「それでですね、そこへ電話しても殆んど会話に
  ならなくてですね、画面がきえないんです!」
 「ふうむ。」
 「でも、ですね、僕は、登録なんかしたくないし、
  たしかこういうのってクーリングオフ期間とか
  いうので消費者は保護されてますよね?」
 「ううむ。わかりました。ちょっと繰り返しの
  確認になりますがつまり、あなたは、最初の画面で
  年齢承認を要求され、はい、とした。」
 「そうです!」
 「次にパソコンがどこのパソコンか聞かれて、
  はい、とされた。」
 「そうです!」
 頼もしいじゃないですか、僕が興奮して一回説明したことを再度繰返して裏をとろうという態度なんて、慣れてますよね。僕は、先の若い男の紋切型の、言葉そのものは丁寧ながら誠意のかけらも感じられない対応、を思い返しながら、これぞ乾坤一擲、もうすでに警察に通報してしまったのだ、日本の優秀な警察にかかったら、よくわかんないけど、きっと電話番号さえわかれば30分のうちに奴は司直の手に落ちるのだ、まいったか股間め、と心の中で高らかに凱歌を奏でました。
 「・・・というわけで、あなたは、全部はい、としてしまった
  がキャンセルしたい、しかし先方は承知しない、と・・・。」
 「そう、その通りです!」
 まさに縦板に水の如く、僕の説明を冷静に分析してくれるじゃないですか。ぐははは!正義は勝つのだ。

 しかし、その直後僕は受話器をつかんだまま固まってしまうことになります。
 「わかりました!そうやってあなたが全部はい、と返答
  された、ということであれば警察はみんじふかいにゅう
  ということで。じゃ。」
 「・・・・・・・・。」
 それきりで電話は切られてしまいました。

 警察の対応が澱みなくて慣れていたのは、僕の状況に寄り添ってくれていたから、ではなくて『ははあ、またこの手の電話か。これも民事不介入で終わらせるケースだな。』と僕の通報を受けたとほぼ同時に彼の経験則から電話を迅速に処理してしまう『落とし所』を決めていたから、だったんです。
 ・・・なんだっ!民事不介入って!百歩譲って僕のケースでは警察は立件できないにしても、コンピューターを通じて人の弱みに(?)つけこんであきらかに阿漕に金を稼ごうという存在を知る手掛かりくらいにはなるんだから股間の電話番号を情報源のひとつとして聞くくらいの姿勢があってもいいだろう!商売気が無さ過ぎるぞ!それでもコンピューター詐欺専門部署か!法律の講義を聞きたくて電話したんじゃあないんだ!なにが世界に冠たる日本の警察だっ、ふん!
 しばしの憮然とした後、現金にも僕は警察に心の中で能う限りの罵詈雑言を浴びせました。
 しかし、僕の期待と確信が大きかっただけにその落胆と憤慨は相当なもので、おさまりがつきません。そのあまり怒りのやり場の無さのあまり、僕は常軌を逸した行動にでてしまいました。
 ある意味では『迂闊な人』の真骨頂ともいえます。

 僕は、ふたたび赤紫の股間に携帯から電話し(だから、それはだめだっつうのに。)、なんとおそらくは独りで対応をしているであろう若い男を開き直って脅しにかかりました。
 「もしもし?」
 「お電話ありがとうございます。」
 「あのね、さっき電話して解約をお願いした者
  ですけどね。」
 「ありがとうございます。只今キャンぺ―ン期間中で
  ございまして、120時間以内に・・」
 「あのね、それは、もういいの。」
 「お客様、お客様の自由意思でのご入会を当方では
  確認させていただいておりますので・・」
 と感情の全くこもっていない棒読みのような言葉で暗にキャンセルを断ろうとする男。
 「あのね、よく聞いてよ。」
 「・・当方としてはご入会いただいた、と認識して
  おりまして・・」
 今度は僕が一方的にまくしたてる番であります。
 「いいから。いいこと教えてあげる。今から俺がいう
  電話番号メモしといたほうがいいよ。いい?電話番
  号はかくかくしかじか、ね。そこはね、警察のね
  コンピュータークリック詐欺専門の部署でさ、あな
  たのところの電話番号をさっき、通報しといたから。
  うそだと思ったらそこに電話してみてよ。」
 「お客さま・・・。」
 「電話番号ちゃんとメモした?もう一回いうよ。かく
  かくしかじかね。そういうところから電話がかかっ
  てきたら注意した方がいいよ。警察だから。」
 「・・・・・。」
 「あんたさ、どうせ電話番で雇われてるだけでしょ?
  だったら、あんただけでも早く逃げたほうがいいよ。
  もうすぐ警察がそこに行くかもよ。」
 「・・・・・。」
 「じゃあねえ~~。」

 ざまあみろ、です。相手は沈黙してしまいました。

 しかし。そうです。いくら警察を罵倒しても、股間の電話番の兄さん(略して『こかんばんあにさん』)を脅しても、肝心の大股間の待ち受け画面は消えません。再びパソコンと向かいあった僕は途方にくれました。
 ・・・結局、さい君が帰宅するまでどうすることもできず、全部白状しました。いやあ、怒られましたねえ。そういう悪さをしている、ということ以前に夫婦間で言えないような言動をすることが人間として許せん、とか女性独特の言い回しで罵倒されました。しかも、股間はさい君が、さい君の友人経由でそのだんな(たいへんコンピューターに詳しいそうです。)に『全てを話し』消し方を教えてもらって消してました。どうやったのかはしらないけど、2,3回の電話であっけなく『あなたも好きねえ!そんなにアソコが見たいの?』(さい君が外人で日本語の読み書きがほとんどできない、ということと、愚息がまだ幼かった、というのは僥倖ではありました。僕が書いたのではないにしろ、待ち受けに大書されている『あなたも好きねえ!そんなにアソコが見たいの?』の意味が家族には知られなかったわけですから。もし意味を理解されたりしたらそれこそ僕の股間に、あ、いや沽券にかかわる、というものでしょう。・・まあ、たいした幸運ではないですけど。)は消えてしまいました。
 でも、まだこの話は終わりません。先述したように、一連の騒動でさい君にもしっかり怒られたあと、いろいろ調べてみると『ワンクリック詐欺で、してはいけないこと』の筆頭に『画面にある電話番号に電話すること』とあるではないですか!南無三、俺は電話しちゃったぞ、しかも『脅しの電話』まで含めて2回目も!どうしよう・・・。基本的には払う義務はないらしいのですが、その手の電話がこちらの都合に関係なく何度もかかってくる(実際そうらしいです。僕の場合は、こかんばんあにさん、から攻撃を受けるかもしれないわけです。)のは御免蒙りたいです。相手も『股間画面の電話番号』から電話する、という間抜けなことはしそうもなく、おそらく複数の電話から電話してくるだろうから、電話番号表示で判断するっていうのも無理そうです・・・。
 
 そのためだけに携帯の番号を変えてしまうのも馬鹿馬鹿しいし・・・。熟慮のすえ僕は一計を案じました。幸いにして僕は友人の数も少ないし、その時は仕事関係でも僕の携帯に電話してくる人はほとんど決まったひとでした。と、いうことはその日以降、携帯に登録していない電話番号はまず怪しい、ということになります。だからといって、登録されていない番号からの着信に全て出ない、というのもその電話が急を要する電話だったりしたら困ります。そこで、僕は怪しい電話にはまず、できるだけ外人っぽく、
 「HELLO?」
 とでることに決めたんです。僕の携帯に電話してくるくらいの親しい人はほとんど僕が国際結婚をしているのを知っているはずなので、ちょっとびっくりするかもしれないけど、そんなに違和感は感じないと思うんです。一方、詐欺集団はひるむはず、でそこで徹底的に『日本人じゃないふり』をしよう、というわけです。
 でも実は僕は英語が苦手です。さい君とは外国語でしゃべってますけど、英語じゃなくてさい君の母国語です。さい君の母国語で喋り倒してもいいんですけど、そういう外人っていませんよね。だいたい、日本に住んでいる外国人のひとは英語で通す、か日本語で対応するか、です。だってその二つ以外のマイナ―な言語でしゃべっても不特定多数の電話をしてきた相手とコミュニケーションはとれないですから。だから、僕は『HELLO?』以後の英文もあらかじめ用意しておいて、しばらく雌伏しておりました。『HELLO?』は実際さい君との電話で毎日のように使っているので、これはすんなりと出てくるんです。

 それからだいたい二週間後の休日の午後、家にひとりでいたら見知らぬ電話番号が携帯に。
 もしや!と思い、
 「HELLO?」
 とでると、
 「・・ああ」
 戸惑った男の声が聞こえました。
 来た!
 だって、僕の友人なら『ああ』なんて言わずに『みどり?』って言えばいいじゃないですか。
 「ふーず こおーりんぐ?」
 ここぞとばかりにできるだけ舌をくるくるさせてたたみかけます。
 「・・ああ・・へへ、あ、あいむ、そーりー。」
 間違いないです。
 僕の知り合いならいきなり英語で謝る奴なんかいません。
 「ぱるどん?どぅーゆーみーん いず じす うろんぐ こーる?」
 あらかじめ用意した英文を浴びせ続けます。
 「・・ああ、へへ、あいむそーりー・。」
 相手は、あいむそーりーを繰り返します。実は僕も経験があるんですけど、相手が外人でこれ以上話す必要がないんならこっちからきっちゃえばいいんですけど、英語ができない、というコンプレックスがあるとそういうこともしちゃいけないのかと錯覚してもう用もないのに電話をきらなかったりするんですね。これは間違いない、と僕は確信して、ここぞとばかりに、撃ちてし止まむ!と続けます。
 「うっじゅう てるみー ふーずこーりんぐ?
  はあん? ぱるどん?ふはっとあーゆー
  とーきんぐ あぼうと?いずんと いと
  うろんぐ こーる?はああん?どんちゅう
  あんだーすたん ふわっと あいむあすきん
  ぐ ゆう?ははん?ふあい どんちゅう 
  りぷらい?ははあん?」
 「ああ、あいむそーりー、あいむそーりー」
 こうなったらしめたもんです。こっちからガチャン、と電話を切りました。そのときの着信番号は一応怪しげな番号として登録しておきましたが、二度とかかってきませんでした。
 迂闊な人にしては珍しく上手く文明の利器を活用してすんなり敵を撃退できました。

 それにしても、-こかんばんあにさんに引っかかったから、ってわけでもないですが。-、もうこれ以上文明は進まなくてもいいと思うんですけどね。

 あ、そうそう、危うく剽窃を犯すところでした。冒頭の言葉は、1905年~1906年に発表された夏目漱石の『吾輩は猫である』の中に出てくるある登場人物の発言です。
 『勢』は原文に送り仮名がないのでそのまま引用しました。
 僕の持っている新潮文庫では、447頁に見ることができるんであります。

===終わり===
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パレットナイフ 外伝。

 あな うれしや、おもいがけなしや。

 先日『パレットナイフ。』を本人に無断で脱稿したところ、藤代君本人から早速一報がありました。そして、事後快諾をいただき変わらぬ友情を嬉しく思いました。
 しかし、同時に本人より事実誤認を本旨とする指摘があり、その指摘(あえて『事実』とは僕は言いません。『指摘』とします。)に高校三年間同じクラス、同じクラブで過ごした僕にすら信じられないものがいくつかあり、これをそのまま現代という未曽有の情報の大海の藻屑としてしまうには藤代のために、僕一人で独占してしまうのもまた、忍びない、という思いに強く突き動かされ、予定外に『外伝』としてここに記すものです。

 指摘その①-毀損対象物-

  『キャベツで間違いないです。』
    うむ、そうこなくては。レタスではしっくりきません。


 指摘その②-授業態度-

  『毎週しっかりと書いていました。』
    これは俄かには信じがたいです。僕としてはし
   っくりきません。まあ、大勢には影響がないので、
   次、いきます。


 指摘その③-塗った色-

    そう『塗った色』です。あれ?赤じゃなかったっけ?
   違う色だとかなり僕の思い出が壊されちゃうんです
   けど・・・・。

   『黄色と赤に2つ塗ったかと思います。』

    ええ!赤一色じゃなかったんです!度肝をぬかれ
   ました!驚きを通り越して、僕の追想の中での『最
   強の憎めるいたずら者』の躍動感に拍車がかかり、嬉
   しさのあまり快哉を叫んでしまいました!
    しっくりきます!繰返します、赤一色ではなかった
   んであります!


 指摘その④-犯行回数-

    色塗って、『やろう!』って翌週に切り裂いて、っ
   ていう2回じゃないってこと?ひょっとして『切り刻
   んだ』のはよくある『話に尾ひれがついて』ってやつ
   で、犯行内容は、色を塗った、という1回だけだったの
   か・・・・?

   『黄色と赤に2つ塗ったかと思います。それだけでは
    ・・(中略)・・幾つか切ったような感じです。』
   
    っっとと!さすがです!色を塗って、翌週に切り刻ん
   だ、なんて女々しいことはせず、色も塗ってその直後に
   キャベツを切り刻んだんです。爽快感さえあります。
    うん、なかなかよろしい!


 指摘その⑤-犯行動機-

    そうですね。一度に色も塗って切り刻むこともやった、
   となると、僕の記憶していた『やろ、チクリやがったな』
   っていう話のほうが『尾ひれのついた話』だった、って
   ことになります。
  
    藤代曰く『・・やりそうですが、』
   ほう、本人もわかってるね。
   『・・そうですが、報復の為ではないんです。』
    え、仕返しじゃないの?本当かよ、じゃあなんで
    ・・・。

   『最終日に色を完成した後の時間が余り・・』

    ほうほう、ふむふむ、ここまでは僕の記憶通りな
   わけです。なぜって、前回も記述したように僕がつ
   けた本件への、いわばキャッチコピー、は『小人閑
   居して不善を為す』ですから。
    しかし、そのあとの彼の記述は、事件から今までの
   長い時をものともせず、僕を唖然とさせました。
   すなわち『切り刻んだ』どころか『色を塗った動機』
   ですら僕の記憶とは全然違ったんです!

   『・・時間が余り、緑ばかりのキャベツ畑を見ていて
    何かアクセントが欲しいと思い、黄色と赤に2つ塗
    ったかと思います。』

    わかりますか?僕はこれを読んだとき、一瞬理解
   できませんでした。だって、アクセントが欲しい、の
   は『藤代のキャンバスに描かれた風景画』だと思うん
   です。でも藤代は、僕のような凡庸な人間が何回生まれ
   てきても到底思いつかない発想で『もとになる風景その
   ものへまずアクセントをつけた』んです。

    これは、考えようによれば藤代は、弱冠16歳にして超
   写実主義派の画家と自らをもって任じ、その画風の瑕疵
   なき実践・完成に忠実になろうとするあまり、現実風景
   に無いものを描くことは許せなかった、ともとれます。
    しかし、一方で自分の絵の完成度を追求するがゆえに
   色彩としてどうしてもアクセントが欲しい、というインス
   ピレーションをも諦められない。
    画風への忠誠と、インスピレーション実現による絵の
   完成、という深い相克に悩んだ若き画伯は、この両方を
   『風景そのものにアクセントの色を入れてしまう』とい
   う離れ業でもって満たすことでついに克服したんであり
   ます。

    これは凄いです。
   『う~ん、どうもアクセントが無いなあ、こう、キャベツ
   畑のこの隅あたりに異彩がほしい、う~~ん。』
   と悩んだすえに、やおら構図に忠実に『隅っこのキャベツ
   二つ』を緑との相性も考慮した赤と黄色に、専心塗りすす
   めていく若き超写実主義派・藤代画伯の才能がゆえの奇行
   が目に浮かぶようです。

    ところで、ではその直後『切り刻んだ』犯行動機はいか
   なる崇高なものからきているんでしょう?

   『・・・塗ったかと思います。それだけではあきたらず
    ワンホールのケーキを切るように八等分にキャベツを
    切ったのが面白くて幾つかサクサクと切ったような感
    じです。』

   ・・幼稚極まりないです。『動機』として論ずるにも値
   しません。動機なんかないにひとしいです。動機云々よ
   りモラルの問題です。ある意味『当時の藤代君』そのも
   の、でしっくりとはきますけど。


指摘その⑥-後日談-

    これには色んな意味で驚愕しました。
  
   『最後は農家のご主人に丁重にお詫びをし、』
   ええ!そんなことがあったんだ!?
   『・・畑を荒らす奴を見たら教えてくれとの約束を農夫  
    と交わし』
     !!!改心した熱い高校生になってる!
   (尚、被害者を『農夫』と記述しているのは藤代君です。
    僕はなんとなく、そういう書き方は抵抗があるんですけ
    ど、外伝という趣旨に、もとることのないように、画伯
    の言葉を忠実に引用しました。)
   『・・取れたてのキャベツを頂いて終了となりました。』
     なん、なん、なんなんだ、そら~~~!

     これはすごい結末です。画伯の自白、によるといつも
    同じ友人2人と写生していんだそうです。僕が、察する
    に学校にクレームがあったとき、この2人の『目撃者』
    の存在ゆえに画伯は鹿野先生に出頭せざるをえなかった、
    とみえます。
     しかも、出頭のときは『美術準備室でコーヒーを飲み
    ながら』だったそうです。鹿野先生は大らかで、気さく
    な先生だったので、僕みたいに美術選択でもない担任の
    生徒や、もっとひどいのは美術も選択していなければ
    担任もしてもらったことのない山案山子君などの(いく
    ら気さくな先生だからって、なんだって山案山子が臆面
    もなくそこでコーヒーを飲んでいたのか、については今
    もって不思議ですけど。)いわば部外者も、用もない
    のにコーヒーをたかりによく美術準備室でたむろしてい
    ました。藤代君出頭、のときもそういう『いつものだべ
    り調子』だったんだそうです。
     大らかな学校ですね。
   
     しかし、同時に僕は感心しました。なぜって、藤代
    はひとりで『農夫』の家に謝罪にいったんだそうです。
    我が校の放任ぶりはここでも発揮されていて、先生が
    一緒に謝罪に行ってくれる、なんてことはなかったそ
    うです。
     これは、なかなか勇気が要ります。あの頃、僕と、
    画伯とは、昼間は教室で、放課後や土日はラグビー部
    員として、ひょっとして親とよりも長い時間を一緒に
    過ごしたんじゃないかと思いますけど、農夫に(しつ
    こいですけど『農夫』は画伯の文からの引用です。)
    謝罪しなければいけないから、って彼がおののいてい
    たり、相談されたり、一緒についてきてくれ、と言わ
    れたりした記憶は僕には全然ないんです。僕だったら
    -そもそも画風完成のためにキャベツに色塗ったり、
    その後単なるついでに面白いからって切り刻んだりし
    ないですけど-もしそんなことになったら、小心なの
    で周りを巻き込んで大騒ぎすると思うんですよね。

     余談ながら、現場にはいなかったとはいえ、それだ
    け近くにいた人間でも記憶による伝承って案外いい加
    減なものだな、と痛みいりました。そして、僕が書い
    た僕と同じ空間、時間を共有していた藤代の『パレット
    ナイフ』本編、でさえこれだけ事実誤認があるのなら、
    ましてや時間や空間を共有したとは限らない人の、そ
    れもほぼ伝聞による書物を検証してきた歴史学なんて、
    存外信用ならぬではないか、『明智光秀=天海僧正説』
    みたいな奇説も軽々には扱えんぞ、と妙に飛躍して考
    えこんでしまいました。余談ですけど。

 以上が、僕自身もこんなことを書くことになったとは、と新鮮に驚いている『パレットナイフ 外伝』です。

 最後に、僕が「絶対嘘だ!そんなわけない!」と思ったので本文に書かなかった-しかし、早熟の超写実主義画家の奇行、と理解すれば一貫性を感じなくはない-、画伯の、『なぜやったのかという理由をきかれ』農夫に(重要な注:『先生に』ではなく、画伯言うところの『農夫に』です。)、釈明したと主張している言葉を引用して結びとします。
 即ち、

 『アクセントが欲しかった』  ・・・・・・。

===終わり===

パレットナイフ。

 2010年5月28日の『板ばさみ。』で高校時代のラグビー部仲間の『正真正銘の憎めるいたずら者』であった藤代君の悪行について本人に無断で書きました。するとありがたいことに本人から感想をいただきました。
 その感想とは、
 「まったく覚えてません。でも面白い。」
 という『憎めるいたずら者』の残滓を思わせるものでありました。一方で僕が、間にはいって未だに己が良心の呵責に悩み、島崎藤村とは言わないまでも、私小説ばりに半ば自分の罪を吐露したにも拘わらず、です。しかも『板ばさみ。』の中で述べた他人のメジャーを窓から叩きつけて粉々にしたことなど、なにをか言わんや、というレベルらしくこれもまた『全く記憶にない』そうです。
 
 それゆえ、今回は(『何ゆえ』?っていう強引さは否めませんが。)これなら藤代君も覚えているであろう、という彼の悪行のひとつを『備忘もかねて』、これまた無断で記しちゃうんであります。

 残念ながら-いたずらされた方には申し訳ないですけど、僕は半ば本気で残念だと思ってます。でも、もし目撃したら『板ばさみ。』の件以上に良心の呵責を負い続けることになったともいえますけど。-、本件には僕は絡んでおらず目撃もしていません。
 しかしながら信頼できる筋からの複数の目撃情報に基づいているので、おかげで何十年という月日がたっているにも関わらずかなり鮮明に僕は記憶しているものです。

 高校生のとき、必修科目で『芸術』というのがありました。僕の高校では、書道、美術、音楽のうちどれかを入学のときに選択することになっていました。僕は、音楽はまるでだめ、絵心もない、ので無難に書道を選択しました。それでも、ものすごい達筆な人間に囲まれたらどうしよう、とどきどきしてましたけど、幸いなことに書道を選択した人間の大半が僕と同じような理由で書道クラスにはいってきていたので、まことに居心地のよい時間でした。
 藤代はというと、中学のときにバンドを組んでドラムを担当していた過去があるにもかかわらず美術を選択しました。以前にも書いたように僕と藤代はラグビー部員ということだけではなく、偶然にも三年間同じクラスで高校時代を過ごしたわけですが、まだ理系・文系で受講科目が分かれていない一年生のときもこの『芸術』の時間だけは別の授業を受けていたわけです。
 それで、美術クラスは書道クラスと趣を異にし、絵心をもった異才に溢れて『芸術』と冠された科目名に恥じることのないような雰囲気だった、かというと、美術選択者に言わせるとこれが全然違った、そうで、音楽はだめ、書道も堅苦しくて嫌だ、っていう人間が九割で『まことに居心地のよい』クラスだったそうです。
 なにしろ『書道クラス』の選択者と『美術クラス』の選択者、がいかに自分の選択クラスにおいて『高校生という義務を全うしなくてよろしい時間を過ごせるか』と、居心地を良さを互いに自慢しあうくらいでしたから。
 
 そもそも、僕の高校は、
 -しがない公立高校です。歴史もない、当時で創立十数年の、しかも急拵えの学校だったので、歴史以外にも物心共にないないづくしでした。ええと、学食がない、部室がない、体育館に舞台がない、それと更衣室もありませんでした。だから体育の時間になると、一組は女子更衣室で二組は男子更衣室で、っていうように体育の時間前に臨時に更衣室用に教室を分けるんです。-
当時も思ってましたし、自分が当時の先生たちの年代になった今も変わらずに思うんですけど、生徒指導の仕方が、良く言うと放任で、悪くいうとやくざ極まりない学校でした。何しろ通学してる生徒自身が『こんなにいい加減でいいのかしらん?』って思うくらいに緩かったんです。
 遅刻にも寛大でした。なかんずくある男子生徒などは、通知表をもらって遅刻日数をあらためて計算してみると自分が結果的に三日に一日は遅刻していることを知って、うち驚き、さらに小さな字で備考欄に淡々と『遅刻 学年七位。』と書かれ、三日に一日は遅刻している自分よりもっと遅刻している人間が同学年にあと六人もいるのか、こんなことで大丈夫なのか、と自分の進級の危機を脇において、学校全体について、うち憂いておりました。
 その男子生徒とは、誰あろう、他ならぬ緑慧太、その人であります。

 あるとき、美術クラスで、しばらく『風景の写生』の課題期間があったんだそうです。
 これは僕に言わせると暴挙に近いです。そもそもが、教室の中においての授業をさえその奔放さを書道クラスに自慢するくらいの生徒です。なんてことはない、教師公認のもとに週に二時間ほど、油絵の道具一式を持っていることだけを担保に、生徒たちを野に放つことを何週間か繰返しただけです。推して知るべし、ですが藤代のみならず殆んどの生徒は、提出期限ぎりぎりに1、2回でいい加減に絵を仕上げて、それまでの数回は何もせずに一応写生対象の場所だけ決めておいて、あとは絵画道具を担保に自由な校外生活を満喫したそうです。
 僕の高校は、以前にも書きましたけど、都市郊外にあって、最寄駅からも徒歩二十分かかる緑豊かな場所にありました。つまりは、学校を一歩でたら小さな林だの、畑だの写生には、そして、絵画道具を脇において授業とは無関係に高校生活のひとかけらの時間をのどかに友人と満喫するには、もってこいの環境でした。
 けれでも、そういう環境を与えられて黙っている我らが『正真正銘の憎めるいたずら者』藤代君ではありません。
 『小人閑居して不善を為す』、いまや立派な企業人になった当人には申し訳ないですが、僕が伝聞で本件を知ったとき、これほどぴったりな言葉はない、と思ったものです。繰り返しますけど、本当に僕の高校は生徒指導が甘かったです。なにしろ藤代みたいなやんちゃな男を校外に放っちゃうんです。何も無し、で終わるわけないです。

 学校の北門のすぐ裏にキャベツ畑がありました。
 学校のすぐ裏にいきなり畑があるところが我が母校の誇る環境の良さ、の面目躍如たるところであります。尚、僕はそこに畑があることはもちろん知ってましたけど、その持ち主の方がキャベツを植えることで糊口の資を得ておられた、ということを知り、且つ今に至るまで記憶していられるのは藤代のお陰です。
 写生ですから、まず場所を決めなければいけません。しつこいですけど、伝聞によると彼は、まず写生の場所をそのキャベツ畑に決めたそうです。別に自由を満喫するのに、写生の場所を学校の近くにしても差し支えはないわけです。場所だけ決めておいて自転車に乗って遠出もできるし、だいたい提出期限ぎりぎりで課題をやっつけるのには学校に近い方が便利ですから。それでも、その事件の日、藤代は一応写生場所に滞在していたらしいんですね。本人にしてみれば『普通に高校生活を満喫して』学校に戻ったつもり、とみえます。

 ところが、次の週の芸術の時間、生徒にとって『写生という校外散策』に出る前、形だけ美術教室に集まった生徒たちに美術の鹿野先生(たいへん懐の深い女性の先生でした。しかも幸運なことに、二年、三年と僕のクラス担任、イコール藤代の担任ですね、をしてくださいました。)が授業の冒頭の注意として言いました。

 「皆さん、写生に出る前に注意です。先日本校の裏の
  キャベツ畑の所有者の方から通報がありました。
  なんでも、その方の畑のキャベツのひとつが油絵の具で
  全身赤に塗られていたそうです。状況や時間帯からして
  本校の生徒のしたことではないか、ということで御立腹
  されています。このクラスの生徒の可能性もあります。
  本校の品位にかかわることでもありますのでそのような
  ことは絶対にしないように。」

 ひどいです。
 もちろん我が部の誇るナンバーエイト、藤代君の仕業です。
 藤代は、写生に行ったものの暇を持て余し(本来、暇なはずないんですけど。)、ふと、自分の手にパレットナイフと絵具、すぐ眼前にキャベツ、という状況を認識し『その日の授業時間目一杯に使って、まことに丹念に、緑色の部分が少しも見えないくらい』(伝聞によると、です。)ひとつのキャベツを見事に、しかも事もあろうに他の色ならぬ、真っ赤に塗りあげてしまったんだそうです。もちろん、あとのことなど考えてそんなことをするようなせこい男ではありません。そのまま知らんふりして学校に帰ったわけです。
 それで、キャベツ畑の持ち主逆上!-当然です。塗られたのは商売道具、『それで生きておられる』わけですから。―となったわけです。藤代も迂闊といえば迂闊です。でもこの話にはまだ続きがあるんです。

 さっきも書きましたけど、だいたい僕の通っていた高校は放任がすぎました。今、大人になってから思うと、畑の持ち主の方の怒りは尋常じゃなかったと思うんですね。それは、100%僕の高校の生徒の犯行である、という証拠があったわけではないででしょう。でもキャベツにびっしりと塗られた赤い絵具を洗い落とす(洗い落とそうとされたのか、それとも落とせたのか、は確かではないです。なにしろ油絵の具ですから!)のはたいへんだったと思うし、その頃毎日のように僕の高校の制服を着た(制服はあったんです。でもまたこれがいい加減な管理で『制服』なのにその強制度はあって無きが如くで、・・いや、またこの話は今度。ね?M・Y美さん?)生徒らしき高校生達が絵画セットを持って近所をうろうろしていたわけですから、かなりの確信と怒りをもって僕の高校に怒鳴りこんできてもしょうがないところです。その怒りの通報を鹿野先生が直接受けたかどうかは別として、先生にも畑所有者のお怒りがかなりのテンションを保持しながら伝わったのは明白だと思いますし、美術担当としては由々しき事態である、ことも間違いないです。
 でも、僕の高校の生徒指導のやくざなところは、鹿野先生からこのことが犯人を含むと思われる生徒に伝わる段階では、上述のような『生徒を大人と信じ、その良心に訴えかける、という類の』穏やかな注意、で終わってしまった、らしい、というところなんです。

 こういうとき、よく出てくる『古き良きガキ大将』は、『やったのは俺だ。』って自分から言い出したりして『昔は悪いことをしても逃げ隠れはしなかったものだ。今はそれに比べてそういうガキ大将がいなくなって、陰険になってしまって・・・・・』なんてステレオタイプの『ガキ大将出現、再待望論』として語られたりします。

 でも、僕は『転校生だから』とか『へんな顔だから』(これ、本当なんです。僕の行った三つめの小学校の吉見君です。)とかいって、そういう称賛されるステレオタイプの、手下の数にものをいわせるガキ大将に陰湿にいじめられた経験が少なからずあるので、この種の一方的な『古き良きガキ大将待望論』には簡単に組しません。

 そして、わが藤代君も決してこの古き良きガキ大将、みたいなつまんない男ではないんであります。授業の冒頭に鹿野先生からこの『注意』を聞いた藤代は、『はい、鹿野先生、申し訳ありません。それをやったのは僕です。他の美術選択のみんなは関係ありません。』、なあんて道徳の教科書に出てくるようなことは、百回生まれ変わってもしません。
それどころか、その注意を聞きながら、
 「野郎、チクりやがったな!」
 と極めて理不尽かつ独善的な言葉を、面識もない畑所有者の方に向かってひとり小さく毒づき(伝聞によると)、怒りに満ち溢れてキャベツ畑に直行しました。

 そして、
 「ちくしょう、言いつけやがって、やろ、ええい、
  こうだ、こうだ!ぐはは、こうしてくれる!」
 と言いながら、御苦労にも『畑の中を徘徊し複数のキャベツをパレットナイフでずたずたに切り裂いた』という、いじましいんだか、豪胆なんだか、ちょっと判断のつきかねる『報復に及んだ』んだそうです。
 鹿野先生の注意直後にそんな直情径行的な行動に及んだら、時系列的に犯人像が絞られちゃう、と思うんですけど・・。

 ・・・その後、キャベツ畑の所有者VS鹿野先生経由 藤代、がどう収束を見たのか、は記憶にありません。ただ、以前にもいいましたけど、藤代くんはいまは立派な『大人になってしまった』ことと、
 ①赤く塗った。
 ②パレットナイフで切り裂いた。
 の順番がひょっとしたら記憶の中で前後してしまっているかもしれないこと、は報告しておきます。

 それと、書道選択者の僕は、かの道具が『パレットナイフ』という名称であることは、今回このブログを書くにあたって調べる必要があったので初めて知りました。
 勉強になりました。
 藤代君ありがとう。
・・・・『レタス』じゃなくて確か『キャベツ』であってるよね。『切り刻む』のはともかく、レタスだったらどうも『塗りたくる』のは、どっちかつうとキャベツよりたいへんそうだんですけどね・・・。

===終わり===

Roma was not built in a day.

 それがどうした?って迫られても困るんですけど、本題の前提として述べる必要があるので言うと、僕は野球が好きです(このことのみならず、だいたいが僕の書いてることは『それがどうした?』っていう問いの前には撃沈しちゃいますけどね。)。それも常人と比較して『かなり好き』です。そのうえ『かなり好き』なことを自覚したのは学生時代くらいです。
 それまでは、同年代の男の子の野球へのスタンスは僕と同じくらいだろう、って今思うと全体主義的に無自覚に思ってたので、あれ、なんでこいつ男のくせに掛布選手がドラフト何位で入団したのか知らないんだろう、とか、おいおい、原辰徳が高校野球で4番を打っていたときの東海大相模の3番津末の甲子園での活躍ぶりは原に負けず劣らず鮮烈だったよなあ、って言っても何でお前らは『誰それ?』みたいな顔してるんだよ、とか、今ヤクルトにいる武内が甲子園で優勝したときの智弁和歌山の打線はすごかったよなあ、なんていっても周りが全く反応しないのを弱冠不思議に思ったりしてました。でも、僕が『相対的に』(男の子はみんな野球好きであるべし、という自分の考え方はなかなか根本からは修正できないので、そこは留保したまま、飽くまで相対的に、ってことで勝手に世間と折り合いをつけてます。)周りに比べて野球が好きらしい、と悟ったのは学生時代くらいでした。今でも好きです。プロ野球では阪神が好きです。
 それと、唐突で申し訳ないですけど(これまた、いつも唐突なので、それをまめに謝罪していたら、謝罪の間に文章を書いているのか、文章の間に謝罪しているのか、って感じになっちゃいます。)僕は、わりと、ええと、適切な表現が見当たらないんですけど、そうだな『権威』に弱いです。たとえば給食委員よりも学級委員に弱いし、東京スポーツはたまに疑うけど朝日新聞のいうことは25歳くらいまでは盲信してました(だから、ずっと、なんでこんなに評判の悪い政党がほぼ一党独裁の長期政権を続けているんだろう、って真剣に不思議に思ってました。ええでも、けっして東京スポーツを批判しているわけではありません。)。
 これだけ情報が氾濫している現代に至っても、朝日新聞やテレビで出てくることは、たいてい『まあ活字で出てるくらいだからな』って、無批判にうけいれちゃう傾向が強いです。
 それでも、最近になってようやく、ごくごくたまに、あれ?って思うことがあります。

 先日、巨人-阪神戦をテレビで中継していて、いつものように渾身の気をテレビに送りながら阪神を応援していました。僕は、先述のようにかなりの阪神ファンです。
 最近の野球中継は視聴率の下落傾向に歯止めがかからないらしく、テレビ局もいろんな工夫をこらしてます。でも、個人的には『冬なのにさま~ず』の三村マサカズさんは嫌いじゃないので、別に野球中継の特別ゲストで招かなくても俺は両方ちゃんと見るから、プロ野球中継も三村さんもそれぞれ『本業に専心』してくれればいいんだけどな、なんて思いながら見てます。その日は、三村さんを特別ゲストに迎えただけじゃなくて、『夏休み特集』とか題してそれぞれの選手の少年時代の写真を見せたり『各プレーヤーから夏休みの思い出と、少年たちにメッセージをもらいました!』なんていって、選手がバッターボックスに入る都度、放送席の中継に『夏休み特集』専任のアナウンサーが割ってはいって『放送席、放送席、これはナニナニ選手が小学校二年のときの写真だそうです。野球だけじゃなく、クワガタ採りに熱中していたそうです。少年たちへのメッセージとして、思いっきり好きなことを楽しんで、という言葉をいただきました!』とレポートしてくれて、同じ内容が字幕で『少年たちへのメッセージ.思いっきり・・・』と表示されます。そのたびに放送席が『そうですか、クワガタ採りですか、いかにもナニナニ選手らしいですねえ、ベンチリポートのアナウンサーに伝えてもらいました。』ってやってます。僕は別に文句はないけど、少年でもないので『冬なのにさま~ず、の三村さんのおしゃべり』→『放送席の野球中継と解説』→『選手からのメッセージ』→『野球』→『冬なのにさま~ず』・・・って感じがなんだか総花的で落ち着かないなあ、と思いながらも、特にいらついたりすることもなく、いつものように阪神を応援していました。

 それは巨人の攻撃の時です。巨人のラミレス選手が打席にはいりました。『冬なのにさま~ず、の三村さん』は熱心な巨人ファンだそうで喜んでます。すると、いきなり画面がセピア色の少年の写真でいっぱいになり、例のごとくはじまりました。
 「放送席、放送席、これは、ラミレス選手が小学生の頃の
  写真だそうです。当時は紙を丸めてボールにしたて、それ
  をお父さんや兄弟に投げてもらい、バットで打つ練習を毎
  日していたそうです。」
 「そうですか。と、いうことはラミレス選手の出身地のべネ
  ズエラでの写真ですね。」
 「はい。」
 とメッセージ担当者は軽く流して続けます。
 「少年たちへの一言は、
  『MAKE YOUR DREAM COME TRUE』『お・」
 ほう、MAKE YOUR DREAM COME TRUE、か、と僕は他の選手と違って英語でてきたからか、少しメッセージに興味を惹かれて、苦手な英語を(TOEIC400点台ですから!)無意識に心の中で訳そうとしました。
 「ええと、動詞で始まっておるから一応命令文ってやつだな。
  まあ、別に上から目線だなっ!っとか憤る必要はなくて、
  要は気持ちの問題だから、言いたいことが通じればいいわ
  けだ。ええと、MAKEはこの場合は確か使役動詞って奴
  で『~をもって~する』ってやつだから・・・。
  『YOUR DREAMをもってCOME TRUEする』で命令系
   だから、あなたの夢を実現しな・・・」
 と僕がひとまず野球から頭を離して(両方一度になんかできません!)訳出にしばし没頭し、九割がた理解しかけたときです。アナウンサーが続けて訳してくれました。『夏休み特集・少年たちへのメッセージ』なんだから、日本語にしてあげないと意味がないです。ま、そらそうか、自分でうんうんうなって訳す必要なんかなかったな、とぼうっとしながら聞いていた僕は、アナウンサーの訳をきいて、思わず大声を出してしまいました。すなわち、曰く、
 「『MAKE YOUR DREAM COME TRUE.
  大きくなれば、なんでもできる、
  大きくなれば、なんでもできる、』
  ということです。放送席どうぞ。」
 ご丁寧に2回も日本語訳を読みあげたんです。僕は『え?えええっ!!!』と叫びながら腰を浮かせて、自分の聞き間違えかと耳を疑いましたが、そのあと放送席のアナウンサーが、
 「ありがとうございました。アレックス・ラミレス選手からの
  メッセージ『大きくなればなんでもできる』とのことでした。」
 と繰り返し、尚且つ、字幕に、
 『少年たちへのメッセージ.
  MAKE YOUR DREAM COME TRUE.
  大きくなれば、なんでもできる!』
 とはっきりとでたので、再び驚愕してしまいました。

 もちろん、僕も相手が英語圏の人間ではないとはいえ国際結婚している身であるうえに、英語は苦手なので、基本的には英語のみならず外国語全般について『少々違っても通じればいい』というスタンスには無条件に賛同するものです。逐語訳なんかより、意訳、大賛成です。
 でも、ちょっとこの訳は意訳にしても飛躍がすぎませんか?それとも『あなたの夢を実現しなさい』っていう僕の訳自体が根本的にどこか間違えてますかね??権威に弱い僕としては活字になって出てくるものは基本的に正しい、と思っているので唖然としてしまいました(実は僕はあまりの自分の訳と字幕の乖離に驚愕のあまり、翌日会社で英語圏の国に駐在していた若いのをつかまえて、すごい勢いで唐突に確認をしたんです。でも僕の訳、つまり『あなたの夢を実現しなさい』は間違えていないそうです。)。
 
 僕は、ひとしきり驚きに浸ったあと、ラミレス選手にコメントをとって訳して字幕に起こすまでにどんなことがあったのだろう、としばし、またしても野球を忘れてその過程の推理に熱中しはじめました。
 逐語訳をしろ、とは言いませんけど、意訳するにしても例えば、
 「夢を持とう。そして、叶えよう!」
 とか、あるいは多少離れても、
 「夢は叶えるためにあるんだ!」
 とか、
 「君の夢を忘れるな!」
 とかならまだいいと思うんです。
 なぜならラミレス選手はベネズエラ人でアメリカでプレーしていたとはいえ彼の母国語はスペイン語なんですね(僕、調べたんです。)。だから、本当は『夢が一番大事なんだ』って言いたかったんだけど、適当な英語が、-彼にとっては英語は外国語であると推定されます。-、思いつかなくて『MAKE YOUR DREAM COME TRUE.』って言ったかもしれないじゃないですか。だから、どちらにしろ『日本の夏休みの少年たちに一言』って要請されて、

 ①ラミレス選手がスペイン語で心で思い付いた、
 ②それを英語でどう言おうかな、って考えて、
 ③うん、すこうし違うけど、よく使う言葉だし、
  日本人も知ってるだろ、これかな、ってことで、
 ④英語で『MAKE YOUR DREAM COME TRUE.』
  と言った。
 
 てことは十分あり得ると思うんです。
 だって、日本人が日本の少年にいうとしても『あなたの夢を実現しなさい』なんてカクカクした日本語では言わないです。やっぱり『大きな夢を持て』とか『夢は諦めなければ必ず叶うよ』とかって言うと思うんです。でもそれを英語で言ってください、って言われると(僕の場合は根本的に言えないですけど。英語ができる人の場合ですね。)、それが『MAKE YOUR DREAM COME TRUE!』になっちゃった、てことは十分ありうるわけです。だから、ひょっとしたら例えばこれを『夢を持て!』って意訳したらそのほうが結果的にラミレス選手がこころでつぶやいたスペイン語の意味に近い可能性も排除できないわけです。それが意訳の、ある意味結果的かもしれないけど、長所のひとつですよね。
 でも『大きくなれば、なんでもできる!』って意訳の範囲内かなあ?
 僕はこの言葉を何度も何度も口の中で転がして、結論を下しました。

 すなわち、これは『意訳』ではなくて、同じ言語系だけに『アントニオ猪木訳』だ、と。以下『猪訳』(いのやく、とお読みください。)と略します。
 つまりこうですね。

 ①ラミレス選手がスペイン語で心で思い付いた、
 ②それを英語でどう言おうかな、って考えて、
 ③うん、すこうし違うけど、よく使うし、
  これかな、ってことで
 ④英語で『MAKE YOUR DREAM COME TRUE.』
  と言った。
 ⑤それで巨人の通訳の人が、-英語はもちろん
  堪能なんだけど-、熱烈なアントニオ猪木さん
  の信奉者だった。
 ⑥それで、『MAKE YOUR DREAM COME TRUE.』
  と聞いて、
  『むん~み、なさん!ん~ゆめをもってますかっ!
   ん~~ゆ、め、さえあればっ、ぬん~おとなに
   なったとき、ぬん~~なんでもっ、できるうっ!』
  って握りこぶしとともに、英文と一緒にテレビ局の
  人に意訳、ではなく『猪訳』しちゃった。
 ⑦テレビ局の人は、英文はそのままでいいや、でも、
  なんだか日本語の訳が長くておさまらんなあ、って
  思って、少し短くしよう、要は子供のうちはいろい
  ろ制約があるけど、大人になったら、なんだって自
  己責任で出来るってことだよな、と判断した。
 ⑧かくて、字幕は、
  『MAKE YOUR DREAM COME TRUE.
   大きくなれば、なんでもできる!』
  となった。

 っていうことではないでしょうか?
 僕はこういうのは嫌いじゃないのでこれからもじゃんじゃん『猪訳』してほしいと思います。いや、実際そうだったら、の話しなんですけどね。
 でも、当のラミレス選手は、『MAKE YOUR DREAM COME TRUE.』が『大きくなれば、なんでもできる!』なんてことになってるって知ってるのかなあ?なんだか解釈のしようによっては、原文ではすごく清いことを言ってくれているのに『今は我慢しな。でもよお、おとなになったら、酒もたばこもコレもやり放題だぜ!いひひ。』って言ってるようにもとれちゃいます。僕の情報網によればラミレス選手はかなり日本語がうまいらしいです。

 ちょっと、自分におきかえてみます。
 僕が中南米のスペイン語圏の某国でたいへんな運動神経を伴って生まれ育ち、アメリカに野球をしに行くわけです。名前は、ケン・ミドレスです。そこで必要にかられて英語もマスターします。そのうち、縁あって日本に来て、お陰様で活躍して人気者になりました。そして、夏休みの日本の少年たちにひとこと、って試合前にコメントを求められるわけです。う~~ん、そうだな、千里の道も一歩からってとこだな、あれ、でもこれ英語ではなんていうんだろう、そうさなあ、まあこんなとこかな?英語ではよく使う言葉だし、日本人も知ってるだろう。
 「Roma was not built in a day.
  ローマは一日して成らず、日本の少年達
  にも、毎日元気に努力してほしいね。」

 かくて、プレーボール!試合が始まります。  

 「バッターは4番の、ケン・ミドレスです。」
 「放送席、放送席。」
 「はい、ベンチレポートの渡辺アナンサ―、
  どうぞ。」
 「これは、ミドレス選手の7歳の時の写真
  だそうです。」
 「そうですか。ずいぶん、大きな7歳ですねえ。」
 「はい・・・。ええ、夏休みの少年たちへの
  メッセージは、
  『Roma was not built in a day.・・・」
 ここでバッターボックスに立つ僕の画像の下の方に『猪訳』された
 字幕が出るわけです。

 『少年たちへのメッセージ.
  Roma was not built in a day.
  みなさん!元気ですかっ!!』

  それで、ゲストの三村さんがすかさず、
 「アントニオ猪木かよ!」
  って、ね。

  こういうのは楽しくていいです。
  これからも期待してます。

===終わり===
 
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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