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宇宙人はいる!?

 ええと、今日は、男子たるものどの程度のことでなら、驚くことが許されるのか?ということについて考えてみたいと思います・・。いえ、そんなことはどうでもよろしい、ということはわかっていますが、もう考えることに決めちゃったのでどんどん進めちゃうんであります。

 僕は母親には『男はむやみと感情を顔に出すものではないし、ぺらぺらとしゃべるものではない。ましてや甲高い声で我を主張するなど問題外である。』と言われて育てられました。是非の問題でいうとジェンダーフリーなどかけらもない、まさに偏見に満ちた前近代的な発想ですね。
 
 ちなみに父親からは、な~~~んにも教わったことがありません。父親は子育てには一切参加してません。それが証拠に未だに、-もうどうだっていいやって感じですけど―、僕の出身高校を間違えるんです。父親はおよそ家庭的といえるものとは全く縁遠い男で、その放蕩ぶりは善悪を通り越して僕を感心させるほどでした。
 例えば、こういうことがありました。僕は社会人になって日が浅い数年は自宅から通勤していたんですけど、朝いつも父親と風呂場の取り合いになって、よく喧嘩をしておりました。そんなある平日の朝、いつものように頑張って起きて、さあ父親よりも先にシャワーを浴びて・・、と風呂の方にいきかけたら、いきなりトイレから出てくる父親と鉢合いました。しかし、見るとすでに彼はスーツを着て、ネクタイまでつけてます。『お、お父さん今日はいつもより準備が早いな。やる気満々じゅあねえか。まあ、これで今日はお父さんと喧嘩しなくてすみそうだ。』と僕がひと安心していたら、父親は僕の顔をみるなり、
 「3時間たったら、起こしてくれ、ってママに行ってくれ。」
 と、とても常人ではできかねる言動を一方的にすると、寝室に直行しました。還暦に手が届こうかという男が徹マンで平日の朝7時前に帰宅って!

 ・・話しがそれました。男子たるもの・・・云々と上記のごとく母親にあからさまに偏見に満ちた育てられ方をした僕がその通りの人間になったかというと、不思議なものでそれが全然親の思うようにはいかず、残念なことに僕は、どちらかというと感情がすぐ顔に出やすい人であるうえに、大きな声で我を通そうとする、というのも自覚していながらなかなか克服できない自分の性格の欠点のひとつとして持ち合わせて今日に至っています。
 しかし、三つ子の魂百までという言葉を引用するまでもなく、母親から刷り込まれた『たるべき像』は心には、しっかり根をはやしているものとみえて、少々のことでも動じない男性や、

(そういう人いますよね。上司や取引先に激しく怒られたり、仕事で大きな金額の問題を抱えてしまったりしてもいつも同じような態度を維持して、かつ、心の中も目の前の大問題100%にはならない、っていう人です。僕も具体的に何人か頭に思い浮かびますけど、いまだにすごいなあ、って思います。僕は、阪神タイガースが大好きで、それこそ巨人戦しかテレビ放映がない時代、いっときは朝、新聞で阪神が負けたのを知ると少し気分が憂鬱になるくらいの阪神ファンでした。いまはさすがにそこまで心を奪われてはいませんが、それでもまがうことなき阪神ファンです。でも仕事で大きな問題を抱えたり、三宅奈美さんにふられそうになったりしたら、阪神の勝ち負けなんかに割く心のスペースがなくなっちゃうんです。一方僕の出会った何人かの男子は、どんなに仕事で大きな問題にであっても普段の自分を形成している心のある部分にはしっかり鎧をつけている感じで動じないんです。すごいですよね。確かに100%動じたところで問題が解決するわけじゃないです。実際、大いに動じて仕事も手に着かなかない日々が続きましたけど、三宅奈美さんにはふられちゃいました。)

 無口だけど存在感がある人をみたりすると羨ましいなあ、と思うし、つい小さなことで感情を表にだしてしまったときなんかは『いかんいかん』と、-なんでいけないのか、と改めて深く考えると、よく根拠がわかんないんですけどね、実は。―、反省したりしています。

 ちなみに一番最近、驚いて感情をあらわにしたことは、本を読んでいたときのことです。
 その本は『学習まんが 宇宙人はいる!?』(小学館)です。ええと、誤解のないように断っておきますけど、これは息子の本を僕が何気なく読んだんではなくて、あまり記憶にはないんですけど間違いなく『僕が自分のために買ってきた』本です。なんだって、そんなものを買って読む気になったのか、は皆目覚えてません。しかし、購入するだけあって、つい先日も何年ぶりかでもう読んではずのこの本を手に取り、いつのまにか床に寝転がって熟読しておりました。22ページです。早くも、
 「ほおお!」
 と図らずも声をあげて驚いてしまいました。『コウ太くん』とそのガールフレンドの『ヤス子ちゃん』と『天野博士』の会話です。幸運なことに何度もこの漫画を読んでいるはずなのに、僕は内容が全然頭にはいっていないらしく、新鮮に驚きました。

 天野博士  『さて、このバスケットボールを太陽とすると
        地球はどれくらいの大きさになると思う?』
 コウ太くん 『野球のボールくらいかな?』
 ヤス子ちゃん『ピンポン玉ぐらいじゃないかしら?』
 天野博士  『ブ―ッ!
  (こういう返答の仕方はオーソドックスでいい
   ですねえ。『ブ―ッ!』。いや、いいです。)
        答えは、直径3mmの、ほとんど砂粒くらいの
        ものだ。各惑星間の(中略)見てごらん。』

 へえ!これは驚きです。バスケットボールに対して3mmなんて誤差の範囲にすらおさまらないじゃないですか!?僕は高校(普通の公立高校です。)を留年しそうになっただけあって、こんなことにも新鮮に驚くことができるのであります。しかし、僕の驚きはこれではおさまりません。直後26ページ、これを驚天動地と言わずしてなんと言う、という衝撃の事実が語られています!

 天野博士 『たとえばアンドロメダ銀河とわたしたちの
       銀河は、現在1秒間に約300㎞の速度で近づ
       いているんだ。』

 僕のタイプミスではありません。秒速300kmです!ちょっと理解の埒外です。300㎞です!名古屋―新大阪間より長いんじゃないでしょうか?それを1秒の速さで、銀河全体が動き続けているなんて!
 僕は、これは『たとえ男子であっても驚いてよろしい範囲の事実』だと思うんです。すごいです。驚きますよね。反芻しても想像がつきません。名古屋―新大阪を一秒で・・・、いや、すごいです。本当なんでしょうか?
 ええと、どうでもいい情報ですが、これを天野博士から聞いたコウ太くんのリアクションを下記に引用しておきます。

 コウ太くん『ひえーっ、ぶつかるう。』

 ・・・・特にコメントはないです。

 僕は、このまんがを読みながら『おお、驚きの連続!しかし、こういう壮大な数字は、これは男子であってもはっきりと驚いていい事実だろう・・・。でもそういえば男子が驚いていいことと驚いてはいけない境界線ってどのへんかな・・・』と『学習まんが 宇宙人はいる!?』を傍らにおいて、そもそも答えの出ないことに思いを馳せ始めました。すると、どういうわけか、メルクマールとして結婚したてのころのある出来事が想起されました。
 結論からいうと、僕はそのとき、大いに驚いてしまったんですけど、あれは、どうなんだろう、男子として驚くべきではなかったのかしらん?他の人ならどうなのかな?って考えてしまいました。

 僕のさい君は、日本語でいうと『はしたない』人です。
 これは、ある意味、本邦においては社会や文化が女性に『なんですか!はしたない!』と長らく求めてきたけれど、彼女の国には僕が理解する範囲ではそういう文化があまりないので是非の問題ではない、と割り切っています。例えば彼女の国では、女性が平気であぐらをかきますけど、そのことを社会や文化が拒否せず受け入れています。だれも怒りません。日本だったら、理由も聞かされずに『なんですか、はしたない!』って怒られますよね。それと彼女はよく足を使います。脱いだ靴を揃えるときとか、ちょっとした雑巾がけも足でやってます。これも日本では『なんですか、お行儀の悪い!』って怒られるでしょう。でもそこは文化や育った社会の違いだから、まあ、しょうがないです。その証拠に、というわけではないですが、さい君は、胡坐もかくし、足で雑巾がけもするから『すごくがさつな人』かというと、これが違うんです。ここらあたりが良くも悪くも国際結婚の妙味、といったところでしょう。僕は日本人と結婚したことがないからわかりませんけど、普通胡坐もかくし、足で雑巾がけもする(しかも上手です)女性って『万事がさつ』って感じですよね。でも、さい君は、そういうわけではなくて、例えば、よく街頭で配っているポケットティッシュなんか、保管する場所を決めてとても綺麗に並べています。僕が雑に放り込んだりすると怒ります。だから『はしたないけど几帳面な人』です。そして、
 「最近、ポケットティッシュをあまり持って帰らないが
  どうなっているのだ。」
 と僕の『業績』が振るわないと詰問したりします。細かいうえに吝嗇です。『はしたないけど几帳面な吝嗇家』です。だから、結婚してから僕は、街頭で配られているポケットティッシュは能動的にいただくようになっちゃいました。

 それで、ある日、僕が会社から帰って、いつものように収穫物-ポケットティッシュ-をさい君に指示された場所に言われたとおりに丁寧にいれたとき、ふとその横に、これまたきれいに束ねられたチラシの束が目に入りました。かなりの枚数です。なにやら派手なチラシのようです。はて、なんだろう、と近づいてみました。
 「・・・??・・!」
 ええ!なんとそれは、全て『デリバリーヘルス』のチラシなんです!驚きました。これは驚いていいもんでしょうか?
 あの、世の中の女性は誤解しないでほしいんですけど、こういうものが自分の家の中に『コレクション』されいていたとき『デリバリーヘルス』の経験の有無には関係なしに男性というものは自分をまず疑ってかかる生き物なんです。だって、そうでしょう?僕以外に、僕の家庭内で、だれがどうせ在籍もしていないどっかのグラビアアイドルの写真をさも在籍している女性かのようにでかでかと載せた写真(いえ、推測です。推測。たいていああいうチラシのモデルは妙に写真集っぽい、ですから!推測です!)と、でかでかと書かれた電話番号、『かくかく地域~しかじか地域まで!さあいますぐPLEASE CALL!!』なんてドメイン指定がはいっている『デリバリーヘルスの情報の蓄積』をする必要があるんでしょう?
 あれ?確かにたまに郵便受けに入ってることはあったけど、俺こうやって、縦横を丁寧にそろえて収集なんかしてないよな・・・、再度聞いてください。誤解してはいけません。男性というのはこういうとき(こういうときっていっても、あまり遭遇したことのある人はいない、と思いますけど)身に覚えがないことでも自分を疑ってかかる生き物なんです。
 
 僕は、大量なセクシ―な美女の写真を前にあきらかに動揺し、驚きました。しかし、身に覚えはありません。そこで、僕は100回自分に『大丈夫だよな、俺の所業じゃないよな。』って確認してから、さい君に、おそるおそる聞きました。

 「あのさ・・」
 「なに?ティッシュはちゃんと綺麗においてよ。」
 「うん、いや、あのさ・・」
 「なに?」
 「えー、このチラシなんだけど・・」
 「うん。」
 
 え・・・。うん、って・・・。
 動揺のあまり、僕の話す、さい君の母国語が『教科書的な文語』になります。

 「えーと、その、これらのチラシたちは、なぜ、あなたによって
  コレクションされているのでありましょうか?私は知りたいと
  思います。」
 「タクシー。」
 「へ?」
 「だから、それ全部タクシー会社の広告でしょ?」

 なるほど、強調された電話番号、地域の限定、などタクシー会社の書きそうな内容ではあります。日本語の読み書きのできないさい君は、なんで日本のタクシー会社はどこもかしこもセクシーな女性の写真なのか、などという疑問すらもたずに、いや、むしろ、それが習慣と無意識に認識して郵便受けに入っている度に丁寧に収集していた、とみえます。

 ああ、よかった。自分の仕業じゃなくて。
 でも、こんなことが実際にあったら『秒速300kmで近づく銀河』という事実、いやそれ以上に驚きますよね?

 しかし、ということは、もし『驚きの大きさ』を基準に測定すると『デリヘルチラシの専業主婦によるコレクション』は『アンドロメダ銀河とわたしたちの銀河が、現在1秒間に約300㎞の速度で近づいているという事実』に匹敵、いやそれを上回る衝撃度の事実である、ということになってしまいます。なぜだかわかりませんけど、デリヘルに負けた銀河のみなさんには申し訳ない気分です。

 それともある種の人には『秒速300kmがどうした?』っていうように、『奥さんによるデリヘルの丁寧なチラシ収集がどうした?』って全然動じない人ってやっぱりいるんでしょうか・・?

 それから『学習まんが 宇宙人はいる!?』(小学館)、を読んでも結局のところ宇宙人がいるのかどうか、はわかりません。念の為。

===終わり===
 

 
 
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無礼者 貫太郎。

 前回のブログで、愚息のことを嘆いたときに、僕の体を史上最初にソファーにした男、佐藤貫太郎君のことを引き合いに出しましたが、そのことがきっかけで、佐藤貫太郎のことがこの数日いろいろと思い出されて、あるまじきことか『佐藤貫太郎のことを考える』ことで貴重な時間を浪費してしまいました。それでその浪費を少しでも挽回するために貫太郎のことを書くことにします。前回も今回も貫太郎には了解をもらっていません。あんな無礼者に了解をもらう必要はないし、そもそも貫太郎は、このブログの『更新しました』メーリングリストに入れてますけど、たぶんあの野郎は全然読んでないのでかまわずに書いちゃうんであります。

 それはやはり、OBとして参加した母校のラグビー部の夏合宿のことでした。僕らは特に大学生のころは毎年のように夏合宿に参加していたので、貫太郎が僕のおなかをごく自然に枕にした年のことであったかどうかはさだかではありません。僕と貫太郎は以前にも話したようにひと学年違いで、両者ともに指導者のいない弱小高校の主将を任された、という共感もあってか、特にOBになってからは学生を経て、社会人になった今に至るまで懇意にしています。
 
 ちょっと話が脇にそれちゃいますけど、僕がいたラグビー部は大部分が現役のときはみんな大学合格どころか息もたえだえに卒業し、しかし浪人してから英語科教員室や数学科教員室がどよめくような大逆転をおこす、という先輩が大勢いました。しかも、実は僕はひとりひそかにプレッシャーを感じていたんですけど、僕の把握している範囲、僕の上四学年くらいは、歴代の主将は現役中の成績はともかく、みなさん一浪後に有名大学に合格していろんな教員室をどよめかしていました。
 ええと、そういうお前はどうだったんだよ、といわれるとそこはまあ書いてもあまり面白くない、いや腹が立ってくるので(英語科のおおつ先生という虎キチの先生が、僕が進学することを決めた大学を報告したら、なんてことはない、全く『信じてくれなかった』んです。驚くならまだしも、いや、あの、おおつ先生ですね、いくらなんでも嘘の報告してもしょうがないでしょ、僕はそこに合格したので進学するんですよ、って何回も言ったのに、信じてくれないんです。どよめくよりひどいです。)ここでは触れませんが、貫太郎は、あろうまいことか『英語に仮定法という文法があるのを浪人中に初めて知って驚きました』っていうくらいあやしげな学力の男でしたが、-英語の仮定法って中学校で習いますよね。しかも、苦手だった、などというならまだしも『仮定法の存在を始めて知った』ってすごいです。- 見事に継承されてきた『僕の母校のラグビー部主将の浪人中の乾坤一擲の法則』にのっとり、東京の某有名私大に通うことになりました。確かそのときは貫太郎はそこの大学のラグビー部に入っていたと思います。僕はというと体育会という概念に触れる根性すらなく、東京の某大学の同好会でプレーをしておりました。

 貫太郎は今でこそ、海外駐在も経験していちおう立派な社会人になって、と記しておきますが、僕のおなかを枕にしたことを引き合いに出すまでもなく、だいたいが失敬な男でした。
 確か、あれは、社会人になって、かなりたった頃、僕は晩生ということに加えて激務に巻き込まれてしまい、お嫁さん探しに割く時間もエネルギーも全くありゃしないよ、という日々を過ごしていました。そんなとき、なにかの拍子で貫太郎と電話で話す機会があり、俺と貫太郎の仲だからな、ってつい愚痴って同情を買おうとしました。

 「みどりさん、彼女いるんすか?」
 「え?いねえよ。体力的にも時間的にもそんな余裕なくてさ。」
 「そうすか。」
 「そうだよ。あんまりそっちの方面の噂すらないもんだから、
  『みどりは、ホOか、イOポちゃうか』なんて言うひとも
  いるくらいでさ。」

 と僕は自虐的にいい、貫太郎の励ましを期待しました。(断っておきますが、僕は、性的マイノリティ-の方を特に蔑視しているわけではないし、EDだって他人事とは思ってません。ええと、つまりそれだけ時間も体力もなかった、ということをカジュアルな会話の中で極端な例証として挙げただけであります。)
 すると、しばらく貫太郎が黙りました。あれ、なんか貫太郎もネガティブな気分にさせちゃったかな、悪かったかな、と僕が少し反省しはじめたとき、貫太郎は言いました。

 「どっちか、つうと『ホO』のほうがいいんじゃないすか。」

 貫太郎は、先輩である僕の『恋愛に割く時間も体力ない境遇』などどうでもよくて、『どっちと呼ばれる方がベターなのか』を沈思黙考していたわけです。失敬な。

 それで、その年もふたりとも東京から母校の合宿地にやってきて、何泊か、しました。夏合宿では、OB達は現役の指導をしつつOB同士の親睦を深めていきます。
 ある者は現役のときに散々絞られたOBにここぞとばかりに文句を言い、当のOBもにこにこしながらその文句を全身で受け止めて仲良くなっていき、また、あるものは(山案山子です)どういうことでそうなるのかわかりませんが、滞在中に宿泊費が底をついたからといって僕からお金を借り、友情を深め、あるものは(貫太郎です)先輩のおなかを枕にして昼寝をして上下関係を破壊し、するわけです。

 確か、初日の夕刻だったと思います。午後の練習を終えて夕飯までの間に貫太郎が、
 「みどりせんぱい、いまのうちに風呂、行かないっすかあ?」
 と誘ってくれました。先輩を風呂に誘うなんて上下関係の厳しかった現役のときにはとてもできないことです。誘われるほうも悪い気はしません。普段から目をかけてやってるだけあって、俺になついてるな、なかなか可愛いやつだ。それに確かに現役部員が大量に入浴する夕飯後より、今風呂に行っとくほうが賢明だよな。
 「ん?おう、行くか。」
 と連れだって行きました。結構にぎわってます。服を脱いで、洗い場で髪やら体やらを入念に、-なにしろラグビーは体中どろどろになりますから- 洗っていたら、貫太郎の声がそばでします。
 「みどりせんぱい、ちょっとこれ借りていいっすかあ?」
 僕は、髪を洗っていたので前は見えませんでしたけど、
 「ん?おお、いいぞ。」
 何を遠慮することがある、俺の者はお前のものじゃないか、と気前よく返事をしました。貫太郎は僕の前にあった、ボディシャンプーだか、シャンプーだかを拝借したようです。ラグビーの合宿に来るんですから、当然そういうものは持参してます。

 次の日です。前日と同じような時間に、また貫太郎が、
 「みどりせんぱい、いまのうちに風呂いきませんかあ?」
 と言ってきました。僕は深く考えもせず、
 「ん?お、そうか、行こう、行こう。」
 と誘われるままにまたしても行きました。すると、湯気でくもった風呂場の中でまた貫太郎の声が・・。
 「みどりせんぱい、これ貸してください。」
 「ん?おお、使え、使え。」
 と僕も前日同様『大物ぶって』返答しました。体と頭を洗い、湯船につかって、脱衣場にあがると、先にあがったと思われる貫太郎が『一糸まとわぬ姿』でなんだかぼんやりと突っ立っています。そして、僕が湯あがりの体をタオルで拭いて下着を着け始めると、まだフルOンのままの貫太郎が、
 「みどりせんぱい、ちょっと、タオル借りていいっすか?」
 と言いました。僕は、さすがに、
 「いや、いいけど、これ俺が体拭いたあとだぞ。」
 と一瞬たじろぎましたが、貫太郎は、
 「いいっす。」
 というや、僕の使用済タオルでものすごくいい加減に自分の体の水分を拭きとってました。

 翌日、
 「みどりせんぱい、いまのうちに・・・」
 と同じく貫太郎の誘いが。さすがに僕は、なんかおかしいなあ、と思いながらも別に断る理由もないので、みたび一緒に風呂に行きました。
 「せんぱい、ちょっとシャンプーいいすっかあ?」
 「・・お、んん・・・」
 貫太郎は今日も僕よりも先に風呂からあがりかけます。
 「みどりせんぱい、おさきっす。」
 「ん?おお・・。」
 そして僕が脱衣所に行くと、またしてもフルOンで仁王立ちする貫太郎が・・・。
 「みどりさん、タオルいいっすかあ?」
 ここまできて、さすがにどうも様子が変だな、と思いながら連れだって風呂を出て貫太郎を上から下まで観察して僕は、頓悟しました。まさか、こんな奴がいるとは!
 「サトカン!こら、おまえ、なんにも持ってないじゃねえか!」
 そうです。貫太郎は『ラグビーの合宿』に来たにも拘わらず、シャンプーはおろか、タオルも含めて『およそ風呂に関係するものは一切合財』持ってきていなかったのです。見事な手ぶらです。どこで履きかえたのか、はたまた履いてないのか、パンツも持ってません!そんなわけで『誰かと一緒に』、いや、『誰かの風呂セットと一緒に』入浴する必要があったわけです。そして貫太郎は、同期や後輩のOBがいるにもかかわらず、ひとつうえの緑慧太を組みし易し、と見て『いまのうちに風呂行きませんか?』と毎日『おためごかしに』僕をさそっていたわけです。
 僕に全てを見破られた貫太郎は、しかし、悪びれる様子もなく、
 「ぶははは、すみません、ぶふふ。」
 と言葉だけは謝罪してますけど、態度は脱衣所でフルOンで仁王立ちしているときと、ほも、いや、ほぼ、一緒、です。

 無礼極まりない男です。
 ・・・しかし、三日目で野郎の魂胆を見破ったからよかったものの、あのままあの無礼者のペースにはめられていたら、そのうち、

 「みどりせんぱい、パンツ借りていいすっか?」
 「ん、いや、でも今日俺が履いたやつだぞ・・」
 「いいっす。」
 
 などという身の毛もよだつ陥穽にはめられてしまっていたかもしれません。くわばら、くわばら。
 ああ、よかった。書くことができて。この事件自体、あやうくこのまま記憶から消えるところでした。

 ちなみに、貫太郎と山案山子は同じ中学出身です。
 全然本旨とは関係ないですけど。

=== 終わり ===

 
 

浮気!

 さい君は、一瞬ぽかんとしたあと、やおらケタケタと声をあげて笑い始めました。

 いかん、いかんです、真剣に。小学校三年生の愚息のことであります。最近どうもこいつ、それでも比較的同年代より幼いといわれていた僕自身が小学校三年の頃に比べても、大丈夫かこの男は、と思わせることが多いのです。このままで推移せんか、緑慧太ジュニアーは本当に『すこし頭の出来が悪い人』にぞならん、のみならず、大事な大事なこのブログも読者への配慮など斟酌することもなく(へえ、なによ、じゃあ今までは読者に対する配慮が斟酌されているブログだったのね?というご指摘は甘受いたしますけど。)、愚息の間抜けな話題で終始せん、と危惧されるのであります。

 つい先日、僕は何するでもなく『ううむ。おもしろきことのなきよをおもしろく・・・、ううむ。』と自分探しなどしつつリビングのフローリングに寝そべっていました。いつのまにか体を息子のひとり遊びのソファーやベッド代わりにされながら。

 ところで、僕の体を断りもなくソファ-や椅子がわりにする人は、息子で三人目です。二人目はさい君です。サイズのみならず腹周りの脂肪のつき具合が『ぽゆぽゆ』していて、なんともいえず気持ちいいんだそうです。自分ではわかりようがないですけど。
 最初のひとりは、あろうまいことか、誰あろう高校のラグビー部のひと学年下の佐藤貫太郎という無礼な男です。どこのラグビー部にもよくある話しなんですけ、以前にも一度書いたように在籍中は上下関係が厳しくて先輩と雑談するのさえ憚られ、ましてや現役とOBなんて不倶戴天の敵かの如く距離の遠い存在で、OBは現役を冷徹にしごき、現役は現役で嫌いなOBの顔を見た瞬間、おまえなんか消えて無くなれ!なんて思うような関係です。ところがこれまたどこのラグビー部にもよくあることなんですけど、卒業してOB同士になると異常に仲良くなるんです。例えば高校での在籍学年が重なっていないOB同士で遊びにいく、なんて日常茶飯事になるわけです。しかし、しかしです。高校のラグビー部のOB同士、という以前に人間としての節度、というものは守るべきだと思うんですよ。
 それは、夏合宿にOBとして指導のために参加していたある日の昼食後のことでした。僕がOB部屋の畳の上で、手枕であおむけに寝そべって『ううむ。おもしろきことのなきよをおもしろく、ううむ』とつぶやきつつ午後の練習にそなえて腹ごなしをしていたときのことです。そこへ、これまたOBとして参加していた貫太郎が部屋にはいってきました。すると、貫太郎は無言でまっすぐに僕の方にむかってくると寸分のためらいもなく、
 「ふー、よいしょっと、あつ。」
 と小さくつぶやき、溜息などつきながら僕の腹を枕にしてあおむけに寝そべりました。僕は、
 「・・・・・・・」
 となんで俺が手枕なのに、貫太郎は先輩の腹を枕にしているのだ、と動きを止めて唖然としながらも、その節度のなさを貫太郎が自分で気付くのことに期待しました。無礼ですよ。無断でひとの腹を枕にするなんて。いや、『ちょっと、すいません。よいしょっと。』と『断りを入れれば先輩の腹を枕替わりにしていいのか?』というと、これも全然だめです。しかし、貫太郎は気付く気配がないばかりか、世界一リラックスしています。僕は諦めました。しかし、直接貫太郎に言うのも芸がないな、と思ったので、枕にされたまますぐ横にいた僕の三つ上、学年でいうと僕が入学したときに入れ替わりに卒業していった代、ですね、の拓也先輩に唐突に話しかけました。
 「いやあ、拓也さん。」
 「ん?」
 「ぼく、実はね、現役の時、卒業したらみんなすごく仲好くな
  るって聞いてて、ほんとかよ、俺はこんなに絞られた奴らと
  なんか仲良くなんかならねえぞ、って、思ってたんすよ。」
 「おう、そうか、ありがちだよなあ。」
 「でもOBになったら本当にお互いが大事な存在になって
  仲良くなれるもんなんですねえ。」
 「だろう?」
 とラグビー部愛が強いことで有名な拓也さんはにこにこして嬉しそうです。無礼者貫太郎はこの会話には一切参加せずに無心にリラックス世界一を継続中です。
 「でも、ですね。」
 「うん。」
 「でも、まさか断りもなしに後輩の枕にされる、
  とは想像もしませんでしたよ。」
 拓也さんは、一瞬きょとんとしたあと、僕ら二人を見て、大笑いし始めました。それだけではなく、けしからぬのは、引きづられて爆笑するOBの一人が肝心の無礼者貫太郎だったことなんであります。無礼者は、呵々大笑しつつ、
 「あはは!、いやあ、緑先輩のおなかが、あんまり
  気持ちよさそうに見えたもんで、吸いこまれるよ
  うに、つい。あはは!」
 と正当な理由とは程遠い警句をはいて ―何が『つい』だよ!―、しかも僕のおなかを枕にすることはやめませんでした・・・。

 閑話休題、その時、僕にくっつきながらひとり遊びをしていた息子がにわかに、本当に唐突にです、あたりを確認してから日本語でこう囁いたんです。
 「パパ、ママね、アメリカじんとうわきしてるよ。」
 「!」
 僕は、衝撃的な、しかも妙に具体的なその発言に驚愕し、はじかれたように起き上がりました。『浮気??』しかも『アメリカじん』とっ、てなんだよ!ううむ、俺としたことが・・・。まさかとは思うが、俗に『知らぬは亭主ばかりなり』などと言うしな・・、と僕は暗澹たる気持ちになりました。

 その日の夜、こういうのは直球勝負だ、と覚悟をきめて、さい君に、
 「おい、ユウ、フジがママがアメリカ人と浮気してる、って
  いってたぞ。」
 僕の結婚以来の最高に力んだ直球をうけた、さい君は、一瞬ぽかんとしたあと、やおらケタケタと声をあげて笑い始めました。なにがおかしい、と僕はまだ肩をいからせています。
 「ああ、それね。違うよ。」
 
 なんでもその前日、さい君と自転車で外出していた息子は、西洋系と思しき赤ちゃんと道ですれ違ったんだそうです。西洋系の赤ちゃんのもつ独特の愛くるしさに惹きつけられたさい君が、
 「ほら、フジみて。かわいいね。ママあんな可愛い
  赤ちゃんがほしいから、もう一回結婚しようかな?
  白人と。」
 って言ったんだそうです。
 「それで?」
 僕は続きを急かせます。
 「そしたら、その時はフジは何にもいわなかったんだけど。」
 「けど?」
 「しばらくして信号待ちしてたら、フジがね、隣に来て、『ママ
  が二回結婚したらパパがかわいそうじゃない?フジは別にいい
  けどさ。』だって。」
 「!」
 別にいいって、なんだっ!
 「それでね、そう、じゃあママが二回結婚したらフジはどっちに
  ついていく?って聞いたの。そしたらね、」
 「うん、そしたら?」
 親の威信がかかってきました。
 「『うーん、どうかなあ、ママはあ、
  フジのことを可愛がってくれて、
  料理してくれるでしょ、それから
  お金を一杯もってるでしょ、だって
  毎日買い物してるからね・・・
  パパはあ・・』。」
 うーん、すでに山の神の存在をおぼろげながら認識しておるな、まあ、これはよしとしよう、俺も『パパはママと違ってお金がないので買い物はできないのだ。』と普段から息子に刷りこんで、買い物を俺にねだらないよう仕向けてるしな。
 それで、パパはどういう評価なのだ?
 「『パパはあ、フジのことを可愛がってくれるし、
   フジが寝るときに背中を掻いてくれるしなあ、』」
 「それから?」
 「それだけ。」
 「!!!」
 なんたること、小学校三年生にもなって家長の存在価値が『寝るときに背中を掻いてくれる』だけって、あんた!

 それ以来、彼を寝つけるときに息子から『パパ背中掻いて!』って言われるとたいへん複雑な心境になり思わず『おもしろきことのなきよをおもしろく・・』と独りごちながら『家長の役割』を全うしつつ、こいつ大丈夫かなあ、と心中穏やかならざるものがあるんであります。
 大丈夫ですかね・・。しつこいですけど、もう三年生なんです。
 さい君もさい君で、ケタケタ笑ってる場合ではないですぞ、って思うんですけど。

===終わり===

 
 

トムとジェリー。

 僕の頭にこの出来事が去来するときいつも、有名な喜劇王の、有名なエピソード、が同時に思い出されます。

 これも僕が、独身のころ、南半球ほぼ赤道直下の都市郊外の工場に現地人300人と日本人ひとり、ていう状況で勤務していたころの話しです。(11年2月11日『アーノルド・シュワルツネッガ―』他、ご参照ください。)

 その日も暑い日でした。

 ところでよく、おまえの住んでたところは暑いところだろう、どのくらい暑いんだ?って聞かれて答えに窮したことがあります。なぜかというと彼の地にいた時、ほぼ一度も誰とも『今日は何度だ』っていう会話をしたことがないんです。そこでは『雨季』と『乾季』(それも現地の人によってさえ、いつからいつまでか定義が違ったりするおおらかな区分です。)という二つの季節こそあれ、基本的には日本人からみたら気温においては『ずーっと、真夏、以上。』ですから、住んでいる人はだれも気温に興味を持たないんですね。日本人みたいに、夏は暑いのが当たり前だし、暑いからへばっているかと思いきや、一日中『昨日は37度だって!』って、去年と全く同じ内容の会話を、全く同じ時期に、全く同じ相手に嬉しそうにしたりしないからです。だから『暑いんだろう?何度くらいあるんだ?うん?』ってよく聞かれましたけどそういわれても困っちゃうんです。

 とにかく、いつものように暑い日でした。昼過ぎだったと思います。僕はこれまたいつものように、主な客であるフランス人から来た英語を現場に現地語で伝えることや、工場の稼働に問題がないか事務所スタッフと確認することや、フランス人に英語で返答することと格闘していました。僕のいた工場は、その郊外の町の幹線道路を森と川の方向にコンテナ車一台がやっと通れるくらいの舗装されていないでこぼこ道を ―なんでもここは私道で、借りているものなので僕のいた会社の勝手で舗装したりできないそうです。―脇に100Mくらいはいったところにあります。工場の入口も1か所しかなくて、でこぼこ道と同じくらいの幅の門があって、その脇に警備員の詰め所があります。ここには、工場の従業員である警備員や運転手がいます。そこをぬけるとやっと周りを川と林に囲まれた舗装された工場内の敷地になっていて、まず駐車場があります。といっても白線すらひかれてなくて無愛想に舗装された、だだっ広いスペースがあるだけですけど。それと周りの林、といっても『緑萌ゆ』などと言いたいところですが、実際には鬱蒼とした熱帯雨林が、日差しをかんかんと受けて茂ってるだけです。野性そのもです。僕は一回だけ工場の敷地内の、裏の川との間の林にはいってみたことがあるんですけど、野趣あふれる、というより何がでるかわからん、っていう感じで怖かったです。そういうところからたまにカメレオンだの、毒蛇だのが工場の敷地内に迷いこんでくるわけです。
 その舗装されているだけの駐車場の先に工場の建物が向かって右に大きく敷地内に空き地を残して、左に奥にある従業員入口に続く歩道を細く残し、て立っています。入口の脇の植え込みには、現地に住む会社の先輩が植えてくれた綿花の木や、『緑ばっかりではつまらん』といって僕のポケットマネーで買ってきて植えてもらったブーゲンビリアの赤い花がわずかに彩を演出しています。工場のドアはガラス張りで観音開きになっていて、その前のひさしが作る日陰には、たいてい工場に僕が駐在するよりずっと先に住み着いている野良犬のノワ―リ―が、いかにも怠惰に『暑くてたまらんがな』といった表情で壁とタイルにへばりついて涼をとっています。工場にはいって、工場内で稼働する機械の音を聞きながら上履きに履き替えます。申しわけ程度の高さの靴脱ぎ上がると、すぐ左が商談室(あろうまいことかこの部屋の冷房が工場内で一番効率が悪くて閉口しました。)があって、その先、右が経理部の部屋、左が僕の座っている事務所です。現場はさらにその奥にあるわけです。

 事務所にはいると、僕は窓を背にして(つまり工場に向かって左側の従業員が行き帰りする細い道を背中にして)座ります。僕の前には数人の事務所スタッフがいるわけです。僕は、あろうまいことか弱冠三十歳にしてその工場の七人の取締役の一人でした。役員のうち日本人は僕を含めて三人、しかし、僕以外の二人は日本在住で、残りの社長―僕より四つ年下の女の子です。―も含めて四人の現地人の役員はみんな兼任で役員に名を連ねていて、そのため毎日会社に出勤してくる役員は僕ひとりのみ、という野放図な状態でした。今こうやって振り返ってみてもいい加減極まりない経営状態ですよね。それで僕がやりたい放題だったかというとこれが全然違って―まあ、権限がないっていうのも悪いことばかりではなかったですけど。もちろん『毎日現場にいる権限の制約された名ばかりの取締役』としての苦労の方がずっと多かったのは間違いないです。―悪戦苦闘の毎日でした。しかし、ともかくも一応窓際にみんなよりやや大きな机をもらって、みんな ―といっても4,5人ですけど― を見渡す位置に座っていました。

 その時も、僕は辞書片手に英文と格闘していました。すると、なにやら、事務所のスタッフが僕の方をちらちら見たり、中には指さしてなんだか会話している者までいることに気付きました。
 ぬお、なんだなんだ、また知らないうちに文化摩擦でも引き起こしたか?と僕は不安になりました。この手の話しって、本当に『話しに聞くように』あるんです。

 たとえば、外国人と日本で会食していて、目の前で外国人同士が箸と箸で食べ物を受け渡ししたりしたら、理屈はともかく、『あっ!』ってなりませんか?それでその外国の人達が『何お前ら凍りついてるんだ?』って顔をしていたとしても、説明するよりとにかくそういうことはやめてくれ、ってお願いしますよね。この国では、なんと『他人の頭の上に手を置くこと』がタブーなんです。僕は、そんなこと知らないから、ある愛嬌のある面白い子の頭を撫でたら、それまでにこにこしていた周りが『はっ』っとなって、くちぐちに『だめだ!』って真剣な顔で輪唱のように言い出して、びっくりしたことがあります。だからその時も気付かないうちに何かやらかしたのかな、とびくびくしてしまいました。

 けれども、どうもそれはとりこし苦労だったようで、スタッフは僕を見ていたのではなかったのです。僕の肩越しに見える光景を見ていたんです。僕の背中側には大きな窓があって、先述の従業員が出退勤時に通る細い道に面しています。道の向こうはコンクリートの高い塀です。この国は治安の関係でどこの家も企業も高くて厚い塀を巡らせています。だから窓からみえる光景は従業員の行き帰りの時以外は、百年一日の如く、白い壁とその上に少しだけ見える林、塀の足元の木々 ―というと聞こえが良すぎるくらいの生えるにまかせた植え込み― と雑草のみです。

 何をそんなに見てるのかしらん、と僕も仕事の手を休めて振り返ってみると、突然工場の警備員と運転手のいち団 ―だいたいがこの人達は日中は暇で、詰め所でまったりしてます。警備員つったって日本のように訓練された人を警備会社から派遣してもらっているわけではなくて、運転手同様工場の社員で『まあ、ほんまに武器をもった強盗がきたら一番最初に逃げよるやろ』なんて言われてる人達です。―がなにやら、わあわあと叫びながら、いつものまったり感とはおよそかけはなれた、火の出るように勢いで炎天下に手に手に棒だの石だのを持って、あるものは上着を脱いでランニングシャツ一枚になり、窓の前を左から右へ駆け抜けていき、あっと言う間に窓の枠外 ―僕の視界の外に、消えていきました。僕は、彼らがいったい何をやっているのか皆目把握できないで、見送ったあと唖然としていると、しばらくして先ほど消え去った方向からやにわにまた喚声が聞こえてきて先ほどの激走団が、またしても、わあわあ言いながらあっというまに窓の端から現れて、消えていきました。
 「おい、あいつら何やってんだ?」
 とスタッフに聞いたとき、約束したかのように、みたび左から、下着激走団が姿を表しました。
 「オヤブン、あそこ、あそこ!」
 とスタッフのひとりのナリッシュが指さします。彼女が指さしたのは激走団のすこし前です。
 「え???」
 わかりません。彼女の指先を追いかけているうちにまた激走団は窓枠を駆け抜けて姿を消します。
 「なになに?」
 ナリッシュに聞いているうちに、また来ました。
 「ほら、そこそこ!オヤブン!」
 「おお!」
 みると、激走団は大きないたちのような生き物が塀の足元の植え込みを逃げ回っているのを、どうやって使うつもりなのか、棒だの石だのを手にとって追いかけていたわけです。
 なんてことはない、言ってみれば、彼女たちは僕の窓越しに、窓はたしか、縦1.5M、横はガラス4枚の幅合計で5Mくらいありましたから、ピタゴラスの定理が南半球のこの国でもあっていたとしたら、ええと(1.5Mの二乗)+(5Mの二乗)のルートだから・・おお、なんと約206インチの大大画面で『実写版トムとジェリー・赤道直下バージョン、しかも3D』を見ていたようなものです。僕も可笑しくて、にやにやしながら、しばらくつきあってましたけど何回見ても言ったり来たりを ―まさに『いたちごっこ』の如く― 同じことを繰り返してるのでそのうちあきれ果てて見るのをやめちゃいました。
 激走団は視聴者の有無に関係なく、その後も僕の背中の206インチ大画面狭しと、わあわあ、うおうお、と咆哮しながら猛烈な勢いで行ったり来たりを繰り返していたようです。以前にも書きましたけど、裏の林で捕まえた大人の男性の二の腕の太さほどもあるトカゲを鳥かごに入れて、なぜか首にピンクのリボンをつけて『生きたラコステだ』なんて威張ってみせてくれた人達だから、また捕まえて飼育でもしようってんだろう。だけど、いやに熱心だな・・。

 夕方になりました。僕は、激走団のことはすっかり忘れ、ああ、今日もたくさん英語と格闘して、たくさん現地語をしゃべっている間に一日が終わってしまったけど、自分の疲労はそれとして、今日俺のやったことはこの工場のために少しは役にたったのかしらん、などと思いながら、帰り仕度をし、工場の機械がとまって昼間とは一転物音ひとつしない廊下にでました。そして靴を履き替え、ガラス戸を開けて、蝙蝠の乱飛する熱帯の闇に足を踏み入れました。暑いところですけど、赤道に近いので日が暮れるのも早いんです。ノワ―リ―は陽が落ちたからか、おでかけのようです。
 「うわ、あつう!」
 暗くなったとはいえ、熱帯の暑さは猛々しく、仕事から解放されたばかりという、いち日本人の事情など斟酌してくるわけもなく遠慮なく僕の気分を掻き乱します。
 「あれ、おかしいな?」
 いつもは、僕がでてきて車の方にむかうと、誰かしらが気付いて運転手に言ってくれて、運転手がたいてい寝癖とともに車に向かってくるんですけど、今日は出てきません。仕方ない、僕は、すこし、足の向きの方向を変えて詰め所へと向かいました。
 すると、詰め所の近くまでくると隣の小さな原っぱから煙が上がっているのが夕闇にもはっきりわかります。煙を数人が囲んでいます。何事ならん、と覗く僕です。
 「??・・・!!!!!」
 中心になってそれをぐるぐる回している運転手のひとりが、言葉をうしなって立ちつくしている僕に気付き、何を勘違いしたのか、
 「オヤブン!オヤブンも食うか?うまいぞ!」
 「い、いや、いやいやいやいやいや、いい、いい。」
 僕は、いたちの丸焼きから後ずさりするように逃げました。ああ、びっくりした。あの激走は食欲からきているものだったのか。いやこれも文化の違いだな・・。

 喜劇王チャーリー・チャップリンは少年時代、近所の牧場から連れ出されそうになったときに群れから逃走した一頭の羊を大真面目につかまえようとしてぶつかったりころんだりする大人たちを見て可笑しく思います。喜劇です。しかし、結局は捕まってしまった羊の行く先が屠殺場であることを知り、その大捕物が、チャップリン少年には喜劇でも、羊にとってはのっぴきならない悲劇であることを知り、後年自分の作品にはこのときの出来事が影響を与えているかもしれない―即ち喜劇と悲劇は表裏一体であるという映画の作風の原風景であるかもしれない―と語りました。
 
 でもびっくりしたなあ、あの時は。だって『いたちの丸焼き』って見たことありますか?
 あれ?あの人たちまさかトカゲも・・・?すうううう、こわっ!

===終わり===

ホ―レ―ショ―の転換点。

 僕は、ごくたまにですが、つつましくも愚直に生きて来たつもりなのに、なんでこんな信じられない状況の中に俺はいるんだろう、って不可思議に思うことがあります。

 どうも、親として真剣に対応しなければいけないようです。
 息子のことです。数年前までは『こいつ我が子ながら光るものが皆無だ。でも、隣の組の担任の先生とか妙に他人に好かれてるみたいだから、まあよしとするか』っていう感じであんまり気にしてなかったんです。が、さすがに息子が年齢を経てくるにつれて、僕自身の息子と同年齢の頃の記憶、がだんだん具体性をもって彼の言動と比較できるようになってから、なにやら心中穏やかならぬ気分なんです。
 
 まず、性格です。
 がさつ、なんです。だれに似たのかな、と思うくらいがさつです。ええと、たしか中学のときの理科の授業でメンデルの法則を習ったときに『獲得形質は遺伝しない』と教わった覚えがあって(親や先祖が努力して得たものは遺伝しない、っていうことですね。)そのひとつに『性格』も入っていたような気はしますが。嫌いな食べ物は必ず最後まで食べないでなんとか免除のチャンスをうかがっているし、いやなことはいつも後回しなんです。宿題も、歯磨きも、毎日必ずやらなければいけないことが明らかなことさえ、母親にうるさくいわれるまでやりません。
 それに子供のくせに『功利主義色が濃い』んです。ふと気がついて僕が息子の筆箱をみると、必ず、芯の先のちびて、持ち手の木目の部分が手垢で黒く変色した、悉く短い鉛筆が5,6本並んでいます。『あれまあ、こんなに短い鉛筆、大人の手ではまず握れないな。しかし、芯もほとんど扁平しきっているし、こいつ不便を感じないのかなあ』と不思議に思います。彼の筆箱には小さな鉛筆削りが入っているにもかかわらず、です。明らかにその内容は『書けりゃあいんだよ』と暗黙裡に息子の性格を具現化しています。
 プリント類もまともにたたんで持って帰ってきたことがないです。いや、そもそもがその日に渡してくれればまだましなほうで、本来なら2,3日前に親にわたさなければいけない学校からのお便りを、遅れて、斜めにおられたり、ランドセルのそこでぐしゃぐしゃにされた状態で持ってきたりするんです。
 ちびた鉛筆といい、ぐしゃぐしゃのプリントといい、僕が彼の性格において気になってるのは、そのがさつさそのもの、ももちろんそうですが『それでよしとしている』本人の目に余る無頓着ぶり、なんです。

 息子は毎日、他の生徒さんと同じように、翌日に用意するものを『れんらくちょう』に先生のご指示で書かされて帰ってきます。れんらくちょうは、うえに「つき」「ひ」「ようび」の欄があって、その下に時間割と持ってくるものを書くわけです。6月20日の月曜日に帰るときは、

6 21 火 国語、算数、体育、図工、ストロー、牛乳パック。

 ていう感じになるわけです。ところが、ある日、ふと息子の連絡帳をみたら、あまりの適当さに脱力してしまいました。それは、すでに数日前から続いていましたが、息子は枠からはみ出した、お世辞にもきれいとは言えない字で、「つき」の欄に「あ」を、「ひ」の欄に「し」を、「ようび」の欄に「た」、を書いてるんです。

あ し た 国語、社会、理科、音楽 ふえ。

 ・・・。そら確かに必ず翌日のことを書くわけだから、「あ し た」には違いないですけど・・。これこそ行きすぎた功利主義です。

 『加本法』という言葉はご存じですか?
 これはあるリスクに目をつぶればある種の性格をもつ人間にとってはたいへんすぐれた手法です。
 息子の場合を例にとってみましょう。宿題や、歯磨きと同じく、彼は『次の日の授業の用意』にもなかなか手をつけません。母親に何回か怒られて、やっと重い腰をあげて用意をします。ところが、ある時を境にして、用意にしかかるのは遅いものの、用意そのものにかかる時間が妙に早くなりました。
 「フジ!明日の用意!」
 と、さい君がさい君の母国語で言うと、息子は、のそりと自分の部屋に入っていきます。で、すぐ出てきちゃうんですね。
 「フジ!明日の・・」
 「うん、もうできた。」
 と、これまたさい君の母国語で返答する息子。おう、最近、いやに素早いなあ、要領を得てきたのか、と感心していました。
 ところがそうではなかったのです。息子は、翌日の用意に『功利主義に基づいた加本法』を実践していたんです。どういうことかというと、例えば、今日の授業が、
『国語、算数、図工、図工、音楽、持ってくる物、新聞紙、ふえ。』
 で、翌日が、
『あ し た 国語、理科、算数、体育、社会』
だったとします。ここで『図工、音楽の教科書や材料をランドセルから取り出して、理科、体育、社会に必要な教材を入れる』のが一般的にとられる手法です。ところが、どれくらいの期間、さい君や僕が気付かなかったのかはわかりませんが、息子はこの場合に『理科、体育、社会に必要な教材をいれる。以上』という『加本法』を無意識のうちに採用していたのです。学校の準備において、この手法を用いた場合に秀でているところは、およそ一週間続けると何も『加える必要がなくなる』という点です。足していっているあいだにある時、あら不思議、ランドセルの中味がすべての科目に必要な教材を網羅してしまうわけです。
 この『ある時』を、それを提案した社会学者の名前から『加本法におけるホ―レ―ショ―の絶対充足転換点』あるいは単に『ホ―レ―ショ―の転換点』と呼びます。自分でも気付かないうちに、その転換点を越えて以来、息子は、一応中味を部屋に確認しには行きますが『ふむ、特に足すものはないな』という結論ですぐに戻ってきちゃうわけです。しかし、この手法には大きなリスクがあります。即ち『ホ―レ―ショ―の転換点』を超えて以後、その手法の実行者は『不必要なものの負担も継続しなければならない』ことにあります。つまり息子の場合は、ある日を境に『毎日全科目の教材をランドセルに入れて登下校』していた、ことになるんであります。これでは『明日の用意』がどうりではやいはずです。
 ここにも『授業を受けることに支障がなきゃいいんだろ』という息子の性格の杜撰さが垣間見られます。
 あきれます。

 次に、学力です。とくに、国語です。
 どうもあまりよろしくないんです。幼稚園や、一年生のころは『まあ、男の子は言葉が遅いっていうしな』とか『まあ、こいつは早生まれだからな、低学年の頃は差が出やすいとかいうしな』、その次には『ええと、たしか混血は発育が遅いって、誰かが言ってたしな』と、色んな理屈をつけて目をそむけていましたが、冒頭に述べたように自分の過去との比較の精度が否応なく上がってくるにしたがって『・・・俺、三年生のとき、いくらなんでもこんなんじゃなかったよな・・』と思うようになり、これは、ひょっとしてこの男はいわゆる『頭の出来の悪い人間』ではないか、という不安が頭をもたげてきているのです。

 息子の宿題のひとつに、音読があります。課題文を親の前で音読し『音読カード』に親がサインをすることになっているんですけど、だんだん内容がさい君では手に負えなくなってきて、勢い、
 「フジ!オンドク!パパに聞いてもらいなさい!」
 と『まあ、ここは日本人同士で・・』ということが多くなります。僕もさい君の立場もわからないではないので、息子の音読につきあって一緒に文章を目で追って正確に読めているかチェックするわけです。でもたまに、面倒だなあ、と思うときは、文章を目で追うのをさぼって聞くだけ、のときもあります。
 つい先日も、いろんなことで悩んでいたので―僕は悩みが本当に多いです。それでたいていは解決しないので、どんどん増えていきます。加本法みたいです。でも加本法と違って、僕の悩みの場合は増えたからといっていいことはあんまりありません。―その日は、目で文章を追わずに寝転がって天井を見ながら、僕のおなかを枕にしての息子の音読につきあってました。と、突如、日本人の大人である僕にも聞きなれない言葉が飛び出しました。
 「・・・へいきました。そこには刷毛が耐えていました。
  そこをすぎると・・」
 え、刷毛が耐えるって、何?何かの比喩か?だとしたらなにやら哲学的とすらいえるぞ、大江健三郎を音読しているわけじゃああるまいに、三年生にはあり得ないのでは?
 「おい、ちょっとまて。『そこには刷毛が耐えていました。』
  ってなんだ??」
 「・・??、おお!そこにはたけがはえていました、だね。」
『おお』ではない、息子よ。確か俺が三年生のころには冗談で言うならともかく、『竹が生えていました』を『はけがたえていました』なんて読み間違いしてたかなあ。

 漢字も苦手です。
 「パパ!漢字教えてよ!」
 と半分怒りながら宿題を持って僕のところにきます。漢字になるともう、さい君ではどうしようもないので当然日本人のところにくるわけです。(以前にも書きましたけど、さい君は北京語が少しできますが、耳で覚えた『獲得形質』なので、漢字は全然知らないんです。)
 「フジ、わかんない漢字はフジの漢字辞典で
  しらべなきゃだめだじゃないか。」
 「辞典にもないから、聞いてるんでしょ!」
 辞典にもない?どれどれ、なんだ、ちゃんと載っているじゃないか。
 「ほら、あいうえお順の目次でさがしたらここに
  あるじゃないか。」
 どうも、辞典をひくのも苦手みたいなんです。50問くらいある漢字の宿題のうち、7、8問が『辞典にもない』とかで空欄になってます。僕は、息子に安易に父親に聞けばわかる、と思わせないように、空欄になっている漢字を全部彼の前で辞典でひいてみせることにしました。
 「いいか、この字もあいうえお順の目次のここに、
  な、192頁って書いてあるだろ、それから、・・ん?」
 ふと、すでに埋められている字が僕の目にとまりました。それは、『のうぎょう』という問題で『のう』のところを埋めるように要求されています。それで息子がすでに埋めていました。しかし、なんか違和感、があるんです。でも既視感、もあるんです。だから一瞬、誤字なのか、字が下手なので間違って見えるのか、わからずに僕は思考停止してしまいました。しかし、そこはさすがに大人の日本人、すぐに誤字であることがわかりました。それは完全に息子の創作した架空の漢字だったんですけど『妙に説得力のある創作字』だったので一瞬わかんなかったんですね。息子の字は、上の部分、つまり『曲』はあってます。問題は下の部分で『辰』と書くべきところを、『岸』の下の部分を書いてたんです。ちょっと書いてみてください。なんかありそうな字でしょ。しかも人類の歴史を考えると、海や川に近いところで農耕と魚介類の狩猟をしてました、っていう『雰囲気』も持ってます。でも間違いは間違いです。
 「おい、フジ、これ違うぞ。」
 「・・・ちがう??」
 「うん。こうだ。」
 「ああ、そうか、そうか。」
 と書きなおす息子。ところが書き順はおろか、画数まで出鱈目です。『雁だれ』を一画で一気に書いてます。
 「おい、そこは先に『一』を書いてだな・・」
 「いいの!見た目が同じで、通じればいいの!」
 いや、そういうのはいかんです。それは、よくサラリーマンが自己保身を担保するためにどっちに結果が転んでもいいときに使う『総論賛成、各論反対』っていうやつで、そんなことをいまから覚えては・・。どうも杜撰な男です。

 つい先日の日曜日、息子に電話がありました。『しょうせい』君というお友達からです。どうもその日に遊ぶ約束をしていたみたいなんです。それはいいんです。でもしょうせい君、一年生なんですよね。いや、べつに一年生を批判しているわけじゃないんです。でも、その子に、
 「おい、みどり!」
 なんて呼び捨てされたうえに、すごく楽しそうに遊んでいる息子をみると『いや、おれが三年生の頃、一年生と遊んで楽しかったかなあ?』ってなんだか複雑になります。
 「フジ、電話だよ。」
 たまたま僕が電話をとったので、受話器をフジにわたします。彼は言いました。
 「おい、しょうせい、よく聞けよ。おれのおばあちゃんが、
  すいぞうがわるくてにんしんしてるから、えるびーえっくす
  をかってもらえなかったんだよ。わかるか?」
 全然わかりません。おまえのおばあちゃんは検査入院しただけで、もう退院して家にいるし、ましてや『にんしん』なんかしていないんであります。ところが、不思議なもので、それでフジとしょうせい君の会話は成り立ったみたいで、ほどなく電話を終えていました。この時も僕は思ったんです。へんてこな日本語で一年生と通じ合ってるっていうのもなんだかなあ。それに、いくらなんでも俺が三年生のとき、自分の祖母を妊娠したことにしたりしなかったと思うけどなあ・・・。

 さらに、過日、普段全然落ち着きのないこの男がめずらしく自分の部屋で、机にむかって微動だにせず集中しています。おお、ようやく集中して宿題をできるようになったか、そうだよな、いくら出来が悪いっつってもこいつも伊達に年齢は重ねてないんだよな、どれどれ、どんな宿題をしてるのかな・・・、と僕が息子の背後から、邪魔をしないように静かに机の上のものを覗きこんだ、そのときです。僕の存在にきづいた息子が、いきなり、
 「パパ!浜投げって妖怪じゃないよね?」
 と言いました。
 残念ながら息子は宿題をしていたわけではなく、椅子に座って、なにやら深く考えごとをしてたようです。そこへ入ってきた父親に渡りに船とばかりに考え事をぶつけたようです。
 僕は、てっきり宿題をしているものと思っていた息子にふいをつかれ、一瞬呆然としてしまいました。浜投げ???・・・妖怪??・・・。
 その時、-たぶん、その数日まえにたまたまテレビで見た陸上の日本選手権の映像のせいだと思うんですけど。たぶん。―僕の頭の中では、砂浜で海に向かってハンマーを投げようとぶんぶんと豪快に旋回運動をする室伏選手の姿が頭に浮かびました。しかもネット無し、です。僕はぶるり、と武者震いをしました。なんて剣呑な光景でしょうか。いかな室伏選手といえどもそこは人間ですから、もし間違えてあのハンマーが意図した海に投げられずに『浜投げ』だけに浜の方に飛んできたら・・・。いかん、いかんですぞ、室伏選手の自己ベストはたしか80M台だったから『浜投げ』をする室伏選手を中心に半径90M以内には立ち入ってはいけない。しかし、人間はいいとして、半径90M以内にある簡素なつくりの『海の家』はどうなる、近くに繋留してしまった小型の漁船はどうなる、あんなものの直撃をうけたら破壊されてしまうのでは!それに室伏選手はすごい体格をしているし、あの方はたしか、西洋人と日本人のハーフだから、それはまあ、日本人離れした顔つきはされているが、どちらかというとりりしい顔で、すごい体でかつ混血のために日本人離れしたお顔だから、といって『妖怪』呼ばわりなど失礼な、混血といえばあんたも混血なんですぞ、わかってるのか、息子よ・・・。
 「ねえ、はまなげ、ってようかいじゃないでしょ?」
 再度問い詰められた僕は、暫時室伏選手のネットなしの砂浜でのハンマー投げ、から離れて、息子の言葉を口の中で転がしてみました。
 「浜投げ、はまなげ、はまな・・!!
  なまはげ、のことか?」
 「おお、そうそう、はまなげじゃなくて、
  なまはげって妖怪?」
 「うう、妖怪、じゃあないな。」
 「だよね。」
 いや、だよね、じゃなくてだな、俺が三年生のとき、なまはげのことをはまなげ、なんていう幼稚な言い間違いをしてたかしらん・・・、それに三年性が机に座って集中してまで考え込むようなことか???

 そういうわけで、僕の家では、刷毛が耐えていて、おばあちゃんがにんしんしてて、それで室伏選手が砂浜でハンマーをぶんぶん振り回しているんであります。僕自身は、つつましくも愚直に生きて来たつもりなのに、なんでこんな信じられない状況の中に俺はいるんだろう、って不可思議です。

 尚、『加本法』はもちろん僕が息子をみていて思い付いた創作です。もちろん、『ホ―レ―ショ―の転換点』もさっき成り行きで書いちゃいました。
 『妙に説得力があった』でしょ?
 え・・・・?愚直じゃない・・・ですか?

=== 終わり ===

  


 
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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