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板ばさみ。

 「俺さあ、チャリンコ買い替えようと思ってるんだよね・。」
 「ええっ!!?」
 山根君は、僕の大声に『たかが他人の自転車のことで、その過剰反応は何?』といった表情で逆に怪訝な顔をしていました。

 それは、父母未生の昔からあり、これからも人類がいる限りあるに違いないです。そう『板ばさみ』というのは、されるほうも見ているほうもつらいものです。

 例えば僕はさる営利追求を標榜する団体が用意してくれた椅子と机に着席するために毎日通ってます。しかも、ただ通っているわけではなくてなんと『身に余る給料』をもらっちゃってるんであります。これ、本当です。ただし、その団体は、あろうまいことか『ステークホルダーという僕と面識すらない人達』-ステークフォルダーという名前を雨後の筍の如くある時期急激に猫も杓子も口にし出した頃、特定の個人名かという誤解があったようですが、つまり『シンシア・スタークホルダーさん』とか『ビル・ステークホルダー・ジュニアーさん』とかですね、そうではなくて一般代名詞だそうです。これ、本当です。-に約束した最終利益を達成するに価する役割の対価、として僕の給料を計算しているんだそうです。ううむ、多すぎるはずです。これは本人はともかく、傍からみると『板ばさみ』です。
 「緑の奴、つらかろう、なにしろ『あきらかに給料分の仕事は
  していない』という周りの視線と『しかし、そうはいっても
  今の過分な給料は維持したい。』という私欲との板ばさみにあ
  って。」
 と、いう『板ばさみ』の一例です。

 高校時代の話です。どうか時効にしてください。
 僕は-しつこく説明しちゃいますけど-ラグビー部に入っていました。さして強くない、しがない公立高校のラグビー部でしたが、十五人前後いた同学年の部員が、季節の移ろいに抗いきれずに散っていく花びらのように、はらり、ひらり、とそれぞれの理由で、ひとり、また、ひとり、と退部していきました。そして、日本のどの高校のラグビー部の一年生部員にとっても最初の試練である夏を越え(なぜだかわかんないですけど、僕の知る限りではこの国のラグビー関係者は、ラグビーに最も向いていない『高温多湿な七,八月』という日本のある季節に-いいえ、誰が何と言おうと向いてません!-『最も激しく鍛えるべし』というコンセンサスがあるんですね。)、秋、冬、そして翌年の春を迎える頃には、わずか六人しか残っていませんでした。結局僕らの学年はこの残った六人だけが最後まで部活動を全うしました。
 
 やめてしまった部員の一人に山根君(当時は同級生だし、君づけなんてしてません。でもこのブログ内では以下も会話の中以外は、君づけ、で書きます。理由は彼がやめてしてまって以降疎遠のなったからと、呼び捨てにするには忍びないわけがあるからです。理由はおしまいまで読んでいただければ、だいたいわかります。)という子がいました。小柄ながらがっしりした体格で、かつ俊敏な動きもする山根君は上級生からも期待されていました。しかし、確かなんか持病があってそれが激しい運動に向いていない、とかいう理由で退部してしまいました。記憶が定かではないですが、山根君の退部理由は今回の話題には関係ないので、気にしないでください。山根君はのんびりとしゃべる温厚な性格でした。

 一方、やめなかった六人のうちのひとりにナンバーエイトというポジションをすることになる藤代君という男がおりました。僕とは、クラスも三年間一緒でした。藤代は(以下、呼び捨て。理由は身内同然である、のもありますが、おしまいまで読んでいただければ、理由ははっきりわかります。)体力があって、体も大きかったんですけど、一年生のときは特にやる気が全然ない男で、いつやめてもおかしくなさそうな言動をとるような男でした。でも一人でやめるのは嫌なので、何度か他の部員に退部をけしかけました。しかし、画策しておいてそれにのって他の部員が実際にやめちゃっても藤代は臆面もなく残っちゃうんであります。また彼は、やんちゃでいたずらものでした。そして、特筆すべきは『十代のいたずらな少年』というとなんとなくポジティブな印象も含有されていて、それを称するのにしばしば『でも憎めない奴』などと形容されるものですが、藤代は『正真正銘の憎めるいたずら者』でした。
 例えば、ある日、人もまばらな昼休みの教室で誰かの机の上に金属製のメジャー(当然だれか女子生徒のものと推測されます。)が、ぽつんとおいてありました。当時僕らのクラスは三階か二階だったと記憶しているんですけど、そのメジャーを目にした藤代は、やおら手にとると何を思ったか、いきなり、しかし『機嫌が悪い人がゴミ箱にゴミを捨てるときに、いつもよりちょっと乱暴に捨てる』くらいのごく自然な動きで、窓の外から階下のコンクリートにたたきつけました。メジャーは割れてしまい、そればかりか中味の部品が広範囲に散逸していました。それで多少の罪の意識が芽生えちゃったか、というとそこが『憎めるいたずら者』の真骨頂で、彼は全壊して散逸したメジャーという結果を、つまんなそうに窓から一瞥すると漫画なんぞを読み始めました。
 悪いでしょ?

 僕の母校は、都市郊外の緑鮮やかに萌ゆる地にあり、それは同時に最寄り駅へのアクセスが頗る悪いことを意味していて、八割がたの生徒が自転車通学でした。僕も藤代も山根君もそうです。ある日、すでに部員が六人になってしまっていた頃、僕と藤代他数名の同学年のラグビー部員が帰宅しようとしていました。自転車に跨り校内の自転車置き場をぬけて北門から出ようとする途中に事件はおこりました。

 想像していただければ容易なんですけど、組織的な類のそれはともかくとして、時間的にその大部分を占める、とにかく複数人で組んで走ることが主体になるラグビーの練習においては、部員が多ければ多いほどインターバルの時間が長くなります。要は、人数が少ないと効率的だから、他はともかくとして、走ることに主眼をおく練習はつらくなるわけです。だから、部員が減っていってしまうことは僕らにはある種恐怖でもありました。もちろん、藤代もそういうことを感じていたことにおいては例外ではありません。もっというなら彼は、あいつらのせいで練習がきつくなった、などと憎まれ口さえたたいておりました。(自分から退部を何人かにけしかけたにも拘わらず、です。悪いでしょ?)。

 と、そこに運悪く山根君の自転車が駐輪されていました。運動部の僕らと、もはや帰宅部になった山根君とは下校時間に差があるはずなんですけど、おそらく、試験前かなんかで部活動のない週だったんではないかと思います。山根号は素人の目にもそれとわかるいかにも趣味の反映された凝った形の自転車だったので、眼につきやすかったんです。走ればいいや、ってママチャリに乗っている僕には、ハンドルはその意義を外見からだけでは理解しがたい奇妙な曲線を描いてますし、タイヤも妙に細くて、サドルも小さくて堅そうです。

 「お!?」
 藤代が小さくつぶやきました。僕は、なんだかいやな予感がしました。
 案の定、藤代はあたりを見回すことすらせず、
 「山根の野郎、やめたくせにこんな高そうなチャリ乗り
  やがって。あんな奴は、こうだ!」
 というや否や、まっしぐらに山根号の後輪に近づくと、空気をいれる突起を躊躇なくひねりあげました。『プッ!シュウウウー!』という音と共に気持ちいいくらいに空気が抜けて、あわれ山根号の後輪はぺしゃんこになりました(当たり前です。)。そして呆然とする僕に、
 「行くぞ、おおまめ!(『甘受しがたい方』の僕の仇名
  です。2010年12月25日『大豆(おおまめ)に隠された
  真実。』をご参照ください。)」
 と叫ぶと、僕を尻目にはやての如く北門に向かいました。
 僕は、実行者でもないのに小心者なのでびくびくして気になってしょうがないです。ついて行くにはついて行ったものの、正義感から、というより藤代の蛮行に立ち会いながらそれを結果として看過してしまった、という事実を自分にごまかすために、
 「おい、大丈夫かよ。あんなことして。」
 と何度も言いました。大丈夫じゃないに決まってますけど。
でも『憎むめるいたずら者』は、
 「うるせえ!かまうこたあねえ。あいつらが辞めた
  せいで被った俺たちの被害にくらべればかわいい
  もんだ!それにパンクさせたわけじゃないんだか
  らよう!どうせまた自分で空気いれんだろ。」
 と説得力のあるんだか、無いんだかわかんないことを-いや、無いですね-叫びながら風をうけて疾走しています。
 「・・・でも・・・。」
 と藤代の言い訳に、自分だけいい子になろうとした僕の算段は鎧袖一触されてしまいました。

 それから気になって見てましたけど、なるほど藤代のいうように山根君はどうもパンクでないことを確認のうえ、空気を入れ直して、通っているようでした。
 ところが、悪いことに藤代に『帰りがけに山根号の後輪の空気を抜いてすっきりして帰る』というマイ・ブームが到来してしまい、
 「お?やろ、空気いれやがったな!そんなやつは
  こうだ!」
 というと、また、『プッ!シュウウウー!』。いや、そら山根君入れるてみるでしょ、タイヤぺちゃんこなんだから。かつ、藤代自身もそれを想定してたじゃないですか。『やろ、空気いれやがったな!』は無茶です。それに、そもそもが『やめたくせに、そんなやつは・・』であったはず動機が『やろ、空気いれやがったな!・・こうだ!』ってまったくあさってのそれになってます。(『やめたくせに』ならいいのか?っていうと、もちろん、全然よくないです。)
 「いくぞ、おおまめ!」
 『人がせっかく抜いた空気をいれやがったな、気に入らねえ』が主な理由になったから、というわけではないでしょうが、藤代はこれを、毎日のようにやり始めました。

 ちょうど藤代の『こうだ!プシュー!行くぞおおまめ!』マイ・ブームが去ったか去らないか、くらいの、それから数日後の朝のことです。
 各々の方面からぱらぱらと登校してきた自転車たちが校門にむかって、漏斗を通過して落ちてく小豆のように、お互いの距離を自然と縮めながら吸い込まれていくいつもの朝のことでした。僕は、たまたま山根君と並走することになりました。やめたとはいえ、顔見知りだし『いつもこの時間帯にくるの?家から直接自転車?』などと他愛のない会話をしながら自転車を漕いでいました。その時、何の気なしにぼそりと、山根君が話題を変えたんです。
 「俺さあ、チャリンコ買い換えようと思ってるんだよね・。」
 「ええっ!!?」
 山根君は、僕の大声に『たかが他人の自転車のことで、その過剰反応は何?』といった表情で逆に怪訝な顔をしていました。
 「あ、いや、その、なんか格好いい自転車なのに
  もったいないかなと・・。」
 と僕は、しどろもどろになりながら自分の驚愕をごまかしつつ、一方では、どうか藤代のマイ・ブーム-『こうだ!プシュー!行くぞおおまめ!』-が原因でありませんように、と祈るような気持ちです。
 「うん、これ結構するんだよね。俺自転車好きでさあ。」
 と、温厚な山根君は僕の心配をよそに続けます。
 「・・え~と、なんで買い替えちゃうのかな?」
 僕は、びくびくしながらも核心に迫らざるを得ません。
 「なんか、さあ、タイヤがおかしいんだよねえ。」
 「!」
 「パンクでもないのに、しょっちゅう空気がぬけててさ、
  原因がわかんないんだよ。」
 「!」
 いかん、これはいかんです。僕は責任を感じつつ事態収拾を図ります。
 「いや、俺もそういうことあったけどさ、自転車屋さんに見て
  もらって、どこもおかしくないって言われて、そのまま乗って
  たら、大丈夫だったよ。」
 我ながら全然説得力のない嘘です。
 「うん?いや、もういいんだよ、次に買うのもだいたい決めてる
  しさあ。前から欲しかったのがあるんだよ。」
 山根君は(とても呼び捨てにはできません!)、他人が自転車の買い替えることのつぶやきに、常軌を逸して反対を表明する僕の姿勢に多少の疑問を感じながらも持ち前の温厚さを発揮し、軽くいなしています。
 (決めてる!いかん、いかんですぞ。自転車マニアの山根君のことだから新しい自転車もきっと高価なものに違いない。)僕のあせりは募ります。
 「でもさ、自転車屋さんには見せたんでしょ?」
 「ううん。そんなことしないよ。俺さ、みんなと違って、
  自転車屋ができることくらいは自分でできるから。」
 とたいへん得意気です。(いや、そういう自慢はどうでもいいんだよ!自転車に詳しいという自負がかえってあだになってるじゃないか!)僕の隔靴掻痒感は一掃つのります。
 「あー、そう、すごいね。でも、えー、俺、よくわかんないんだ
  けど、空気が抜けちゃって原因がわかんないんならさ、タイヤ
  だけ交換してみるとか・・・。」
 懸命です。今思うと、ひょっとしたらこの時、僕は『タイヤ』とは言わずに『後輪だけ交換してみるとか』などと『山根君が口していないのに、おかしいのは前輪でなくて後輪であること』と具体的に、刑法でいうところの『犯罪当事者しか知らないはずの秘密の暴露』という決定的な証拠を口走っていたかもしれません。

 部活もクラスも同じ藤代という友人を売ってはいけない、否、実は僕も共犯であるということを隠さねばならぬ、という『自己保身』と、事実を知っているひとりとして実は君の自転車はどこも故障していないんですぞ、山根君、大枚をはたいて新しいマニアックな自転車を買うようなことはよしたまえ、と立証しなければという『良心の呵責』とのまさに『板ばさみ』です!
 このうえなくつらいです。

 「いや、いいんだよ。これも長く乗ったし、タイヤごと
  変えるのも結構高いんだよ、これ普通のタイヤと違う
  しね。今回のことでさ、新しいのを買うきっかけにな
  ったしさ。」
 『きっかけ』ってあんた、山根君!その実態は『こうだ!プシュー!行くぞおおまめ!』なんですぞ!僕の提案は素人が何を言ってやがる、という感じで一掃されました。そうこうするうちにだんだんと、学校が近づいてきました。僕は、
 「と、とにかく、山根さ、何だなあ、えー、俺はさ、
  自転車のことよくわかんないけどさ、自転車屋に
  一度見てもらうのがいいと思うんだよねえ。」
 と、むなしく食いさがってそれぞれの教室に分かれて行きました。

 僕は、教室に行くとすぐ藤代を捕まえて、
 「おい、たいへんだぞ。」
 「なんだ、だいず、
  (僕の正しい仇名です。藤代は気分に
  よって僕の呼び方を変えるんです。2010年12月25日
  『大豆(おおまめ)に隠された真実。』をご参照
  ください。) 
  朝から。」 
 「山根が、チャリンコがいつもパンクするから買い替
  えるって言ってるぞ!」
 「・・は?あはははは!馬鹿だなあ!」
 「・・・・・・。」
 憎めるでしょ?

 その後、藤代の『こうだ!プシュー!行くぞおおまめ!』マイ・ブ―ム(いや、ヒズ・ブームかな?)こそ去ったものの、結局僕は、ほどなくして新しい自転車に跨ってうれしそうに登校してくる山根君を見ることになり、しばらくは、暗い気持ちになりました。

 どうか時効にしてください。

 尚、本人の名誉のために言っておきますが、藤代はその後すっかり、まじめで思いやり溢れる大人になり、会社人としても立派に活躍されているようで、たまに会ってもその変身、いや成長ぶりに感心どころか、むかしのやんちゃぶりを知っている僕らには『むしろもの足りない』くらいの『きちんとした大人』になってしまいました。

 ただ、思うんです。山根君も永遠に事実を知らないまま新しい自転車に嬉々として乗り、そのことを豪快に笑い飛ばした藤代は立派な大人になった今、あの時『このうえなくつらかった板ばさみ』を食らい、翻って現在も、藤代と違って会社での不遇をかこち『周りの視線と私欲との板ばさみ』(と少なくとも周りは見ています。)にあり、言わずもがな願わくば御免被りたい『板ばさみという招かれざる長いマイ・ブームが終わらない』僕って、何なんだろう・・と。
 この話、僕だけ損、じゃないですか?

===終わり===

  


 
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定量的と定性的。

 珍しく結論から述べるというリスクから始めます。
 今回は『山案山子の失敗談』です。(もっとも、過去のブログも全部結論から始めたところで特に支障はないです。世に何かを問う、ような話は一編もないですから。)

 宮仕えの身にあって不可欠でありながら資質として僕にないものの一つが『数字に強い』ことです。宮仕え語でいうところの『定量的な』っていう方面です。しかも、僕がそのことに気付いたのは、就職して数年たってからで、なんか同年代の人との会話に最近ボタンの掛け違いみたいなことが多いなあ、と思っていたら、皆さん『数字でものごとを語る』- 定量的に現象をとらえるってことです -ようになっていたわけです。曰く、『日経平均株価が二万何千円の時代にわが社の株価はいくらいくらで』とか『どこそこの国の一人当たりのGDPは米ドル換算でいくらいくらで』とか『全国の百貨店の売上が前年比いくら%増で』・・・っていう具合にです。驚いてしまいます。でも僕は、もともと数字に全然興味が無くて就職してからも『すごい』とか『たくさん』とか『かっちょいい!』とか『じつはK乳(けいにゅう、とお読みください。)じゃないのか?!』なんていう物差しで世間を見聞していたので道理で同年代と話に齟齬があるはずです。僕のこの資質を無理やり宮仕え語で前向きに形容するのなら『定性的な』っていう方面です。
 
 そういう宮仕えとしての非常に重要な瑕疵を自らに発見した僕は『これはいかん!』と驚いてしまいました。それで、驚いてばかりいてもしょうがないので、そういう自らの弱点を克服するように努力をしたか、というと、これが全くせずに今日に至っています。それじゃあ会社で困るんじゃないか、と思われるでしょうが、困っています。
 正確に言うと僕ではなくて、僕が数字に弱いがために『僕の上司や同僚が困っていて』その結果、僕の能力給が低くて、昇進も遅い、けれど、『実は僕はそんなに困っていない』んですけどね。
 『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。』と孫氏の兵法にあるそうですが、僕に言わせると己を知ることの大切さに気付いたくらいで大発見かの如くわざわざ書きとめる、なんぞは思慮浅からんと言わざるを得ません。『己を知って、それを改めて』初めて功なり名をとげるわけで、己を知ったくらいでは、百戦是危険だらけで、課長補佐就任すら是能わず、です。

 そんな僕ゆえ『たしか、十数年まえに二、三回しか確認しあってないが、こ-じもK乳好きだったはず』などという『定性的な』類の話は異常に記憶がいいです。しかも、これまたそういう『ものごとを定性的にとらえて記憶することにおいて自分が他人より秀でている』-言ってしまえば、くだらんことをようく覚えている、ってだけですけど-ことに気付いたのはごく最近です。
 思うに、僕の頭は数字には全然反応しないけれど、定性的なことには頭が反応する、だけでなく、無意識のうちにそれらを『反芻』していわば記憶を上書きし、その保存の堅牢性を高めていっているんだと思います。『そうか、こ-じもK乳好きだったとは、う~~む。これは意外だ、同好の士、否、俺のライバル現わる!』というふうに。そして、その作業が強ければ強いほど『思い出し笑い』を伴うのだと思うんです。僕、よく他人に指摘されるんです。何、にやにやしてるんだ、って。つまり、僕の思い出し笑いは『定性的な記憶維持の堅牢性を高める補完的な役割の露出、あるいは役割そのもの』と言っていいでしょう。
 数字に強い人はその逆で『そうか、この国のひとりあたりのGDPはかくかくしかじか米ドルか。ざっと日本の三分の二だな。このまま過去三年間のような経済成長をこの国が続ければ日本を抜く日がくるかもしれない。う~~む。これは意外だ、新たな市場、否、日本のライバル現わる!』ということを脳の中で復唱して記憶を確かなものにしておられているんではないでしょうか?そしておそらく『どこそこの国のひとりあたりのGDPの反芻』で思い出し笑いをする人はいないです。
 
 ええ、結論から書いた癖に、やっとここから本題です。もう、20年以上前の話です。でも僕は覚えているんです。しかも思い出すたびににやにやして『定性的なデータの上書き』を繰り返しているので、いまだに詳細まで語ることができるんであります。

 今回は、めずらしく、初めてと言っていいくらい山案山子本人には事前了解を得ていないので(別に理由はありません。ちょっと面倒くせえな、と思ったのと、そもそも山案山子と僕の話はだいたい『公序良俗の許す話題かどうか』で書くべきか否かを判断できちゃうんであります。もちろん、これはちょっと書けないな、っていう話しの方がこのブログに書かれる話より数段面白いんですけど。)、山案山子本人もひょっとしたら覚えていないかもしれません。
 ええと、それから、山案山子くんは僕の親友のひとりです。ただし、何回も書いてますけど、別段これといって尊敬できる男でもないです。でもこのブログには、父親と並んで沢山登場していますので、今回初めて読まれる方は(もっとも、そういう方はほとんどおられないと思います。筆者自身の鋭い分析によると、本ブログの読者の97.43%が筆者の知り合いです。)2010年3月27日『みぢかえない話①』、同3月31日『痛い!①』、2011年1月30日『ときと、ばあいと、あいてと。』、2011年2月19日『ラグビー部。』、2011年4月17日『劇団、山案山子。』、を読まれてから以下の話を読まれることをお薦めいたします。

 その頃、僕らはまだ学生で-大学は違いましたけど-毎週のように二人で呑み行ってました。それでよく話が尽きないな、と思われるでしょうが、これがうまくできたもんで、以前にも書いたように-少なくともその年代の頃の僕たちは-二人で飲みに言っているくせに殆んど相手の話をまともにきかずに、自分が喋りたいことをお互いにわあわあしゃべって、そして盛大に呑んで解散!っていうことの連続だったんです。飽きないわけです。
 しかし、そんな中でもごくたまに、しかも大抵唐突に、山案山子がぼそりと話したことで未だに僕の『定性的デ-タの上書きに伴う補完機能たる思い出し笑い』を繰り返させるような会話があるんです。
 
 山「俺、こないださ、いつもみたいにさ・・」
 僕「うん。」
  (そろそろビールやめて焼酎でも飲もうかな?)
 山「三王子で大学の後輩としこたま飲んでてさ、」
 僕「うん、うん・・」
  (あん?こないだも三王子で、しこたまっ、て
   言ってたぞ、またおんなじ話か。んっと
   『いいちこ』くらいにしとくか・・)
 山「それで、金がなくなっちゃってさ、」
 僕「おい、焼酎のまない?」
  (ところで、この男、今日は金持ってるんだろうな?)
 山「それで、どうしようかなと思ったんだけど、」
 僕「うん。」
  (だから焼酎は飲まないのかよ。)
 山「さとるの家に借りに行ったんだよね。」
 僕「ええ!まじ!」

 僕はいきなり真剣に会話に入りこんで、かつ同時にのけぞってしまいました。僕と山案山子は高校時代のラグビー部の同期で、僕が主将で山案山子が副将でした。決して強くはなかったけれど、固定された指導者がおらず、主将と副将が練習内容を自分たちで考えなければならない、というある種他の部員とは違った孤独感がありました。そういうこともあって僕らは仲がよくなったんだと思います。そして、さとるも同じくラグビー部の同期でしたが、卒業してからはそんなに彼とさとるは頻繁に会っていないはずなので、僕の家に『いきなり酔った山案山子が先立つものの工面をしにくること』はあったとしても(実際何回もありましたけど。)間違えても、かような低い低い敷居が、山案山子とさとるの間、にあるとは思えなかったからです。

 山「そう、まじ・・。自分でもよく行ったなと、思うよ。」
 僕「おまえ、さっき『しこたま飲んで』って言ったよな?」
 山「うん。」
 山案山子はなんだか、もごもごしゃべってます。
 僕「電話してから行ったの?」
 山「・・・いや。」
 僕「へ?じゃあおまえ、いきなりさとるん家に行って
   ピンポンしたわけ?」
 山「そうなんだよなあ。ほらあいつの家三王子にあるじゃん?」
 僕「いや、確かにそうだけど、おまえそんなことして
   さとる以外の人が出てきたらどうしようと思ったんだよ。」
 山「うん、さとるのお母さんが出てきた。」
 僕「え!そりゃおまえ恥ずかしいだろ?」
 山「うん。それで金は借りられたんだけどさ・・」
 僕「え?じゃあ、さとるいたの?」
 山「いなかった。」
  (こら、おまえ、話を端折ってるじゃないか!?)
 僕「ええ、いなかった・・って、いなかったのに
   どうやって、さとるにお金借りたんだよ、おまえ。」
 山「・・・うん。それがさ・・・。」
 僕「それが??」
 山「ほら、さとるのお母さん俺らのこと知ってるじゃん?」
 僕「・・・・。」
  (まあ、ラグビー部は比較的人間関係が濃厚だから、自然と同期の名前も親との会話に出てきちゃうからな。でも、だからって、赤ら顔でいきなり親御さんに、金貸してくれ、なんて言わないだろ、普通!)
 山「それで、なんとなく『まあ、山案山子くんお久しぶり、
   今日ねえ生憎、さとる外出していないの。どういうご
   用事?』って聞いてくれて・・」
 僕「でも『生憎いないの』って、きみはさとるを飲みに誘いに
   いったわけではなくて『さとるの財布にご用事』があった
   んじゃないのかね?」

 というのは、以前何回か山案山子が僕の家に『夜討ち融資を依頼』しに来るときはたいてい、僕を誘いにきたんではなくて(建前上か、それらしきことは言ってはいましたけど。でもそれもおかしいですよね。お金が貸主から借主に物理的に移って一時的に懐が潤ったから、といって、借りて即、借主が貸主に『一杯一緒にどう?』って手首でつくったお猪口を妙にななめにひっかける、おっさん仕草付きで言うんです、山案山子は。それも僕の知らない『俺の大学の後輩たちと』って。行くわけないです、そんなの。)、僕の資産-それも流動性の高い資産のみに、ですけど-に用があって来るわけです。

 山「うん、それで、なんか・・どうもそういう趣旨の
   話をしたらしくて・・」
 僕「ええ?酔っ払っていきなりピンポンして、出てきた
   さとるのお母さんに・・」
 山「そう、貸してくれたんだよね。」
 僕「うへえ、そらあすげええなあ。」
 山「うん『山案山子くんなら構わないですよ』って
   言ってくれたかなあ・・・」
 僕「恥ずかしい!!」
 山「・・・うん、恥ずかしい。」
 と、兎も角も、目的を果たしたくせに表情の晴れない山案山子です。
 僕「そらあ、やらかしたなああ。がはは!」
 
 さとるの家は-確かお父様が有名航空会社のパイロットで-ちょっとした邸宅です。そこへ、赤ら顔で千鳥足の山案山子がいきなりピンポンを押して、それで応対してくれたさとるのお母さんから見事無担保融資を取り付けるのにいかなるセールストーク、いやローントークかな?を駆使したのか、全く僕の想像の埒外です。僕は暫時焼酎を頼むことを忘れ、自己嫌悪に浸りきる山案山子を笑いものにすることに集中してしまいました。
 しかし、山案山子はそれだけで終わるようなせこい男ではありません。すでに十分僕を驚かせ、楽しませていながら、さらにぼそぼそと続けます。

 山「それでさ、次の日の朝さとるから電話があってさ、」
 僕「ほう。」
  (そら、さとるにしてみたらわざわざ家にまで来てくれてうれしかったんだろうな。)
 山「さとるにさ、お礼言って、お金はすぐ返すからって
   言ったら・・」
 依然、冴えない顔してます。
 僕「ふむ。そうあるべきだよな。」
 山「そしたら・・・・・・」
 僕「そしたら?」

 そこで、急に山案山子が教会で懺悔する人のような顔-もちろん、実際には見たことはないですけど懺悔する時は人はこういう顔をするんだろうなと思わせるような深刻な顔で-まったく予期しないことをぼそり、と言いました。

 山「さとるが、『山案山子さ、うちの玄関の横にGロして
   いったでしょ?』って。」
 僕「!!!???」

 ええと、ここでいうGロとは(ここでは、じーろ、とお読みください。もちろん実際には『通常の呼称』で会話されました)、アルコール分を飲みすぎたヒトの胃や食道が本人の意思に逆らって、通常の食物摂取の際に行われる嚥下とは『逆しまな蠕動運動』をなし-関西方面でいうところの『えづく』ってやつですね。-、しばし恐竜のような咆哮を伴い、主として週末の道路や駅の端での目撃例が後を絶たないある種の生理的現象の痕跡、のことです。面倒なのと、下品なのと、で以下、会話以外では『逆しまな痕跡』と略しちゃいます。

 僕「しちゃったのか?」

 僕は半信半疑なうえに、呆れると同時に驚愕してしまいました。なぜって、もしその話が本当であれば、山案山子は『逆しまな痕跡』を残すことをこらえきれないくらい酔っ払っているのに、さらに金を借りてでも酒を飲もうとしたのか?、ということ、さらに驚くべきは、金を借りた人-同期のスクラムハーフのお母さん-の家の玄関で『逆しまな痕跡』を残したとしたら、無担保融資をしてくれたさとるのお母さんが姿を消した直後に、遠ざかろうとする努力もせずに『逆しまな痕跡を残すためにいきなりかかみこんだ』可能性がある、ということが頭に浮かんだからです。
 山案山子は僕の質問に答えるかわりに、苦々しい表情で、彼とさとるとの電話の会話を再現してくれました。

 山「『ううん、してないよ。そんなの!』って
   俺言ったわけ。」
 僕「じゃあ、しなかったのか?」
 事態がよく飲み込めない焦燥感と、原因のわからない期待感が僕の心の中で錯綜しています。
 山「いやあ、わかんないと思ったんだよね。」
 僕「・・・・した、ってこと?」
 山「・・うん・・。でもさ、ちょっと悪いじゃん?」
 『ちょっと』じゃないでしょう!留守宅にきて、金借りてって『逆しまな痕跡』を残されたら!
 僕「だから『してないこと』に?」
 山「うん、だって、違うって言い張れると思ったんだよね。
   格好悪いじゃん。金借りた上に・・・」
 そら、まあ通常の『逆しまな痕跡』には名前とか書いてないからな。それにあれを『詳細に分析する人』も見たことないし。
 僕「でも、したんでしょ?」
 山「した。」
 僕「それで?」
 山「それでさ『いやあ、そんなGロなんてしないよお、
   さとる~』ってもう一回言ったの。」
 山案山子は自分から言い出したくせに、もはやなんだか思い出したくもないなあ、って顔になってます。
 僕「それで?」
 山「それでもさ、『いや、山案山子のGロでしょ。わかるよ。』
   って自信満々なわけよ、さとるは。」
 僕「ふむ。なんでだろ?」
 ひとり訝しがる僕への返答はまたしても、彼とさとるの会話の再現で締めくくられました。

 山「『してないよ!』『いや、あれは山案山子のだ。』
   『してないって!』『だってGロのすぐ上の石垣に、
    山案山子の眼鏡があったよ。俺あずかってるから。
    今、眼鏡ないっしょ?』
   『・・・・・ごめん。した。』」
 
 大爆笑です!もちろん、笑っているのは僕だけです。
 僕も経験ありますけど『逆しまな痕跡』を残している最中って涙目になったりするから眼鏡が途中で邪魔になって『とりあえず』外すんですよね。
 さとる邸は、豪邸とはいえないまでもなかなかの構えで、立派な玄関があって、その左右には太股くらいの高さの小さな石垣が這っていて、その上が生垣になっています。一刻も早く『逆しまな痕跡』を残したくて屈みこんだ山案山子には、その石垣の上が眼鏡を『とりあえずそっと置いておく』位置としてはジャストフィットだったのでしょう。そして、翌朝、しまったと思いつつあまりにも恥ずかしいので無罪を主張し続ける山案山子と、さとるの家の前に残された彼の『逆しまな痕跡』と、『とりあえずそっと』のはずだったのに一夜にして『これ以上にない雄弁な証拠』にされてしまった、山案山子の眼鏡!

 山案山子の苦々しい表情は、さとるに対する山案山子の『かつての副将』というプライドどころか、『人間としての信用』が一気に瓦解したことの裏返しだったんです。大喜びする僕に山案山子はなんだか、もごもごと弱弱しい言い訳をしてましたけど、僕に言い訳してもだめです。

 いやあ、山案山子くん、間抜けです。おかしいです。もう20年以上も経つのに、こうやって書きながら何回も思い出し笑いしちゃいました。記憶のさらなる上書き保存であります。

 尚、そのとき山案山子が『いくら借りたのか』はもちろん全然覚えておりません。そこは『定量的な』方面の話ですので・・。
 
===終わり===


 

Fish or meat?

 それは、まあ数字的にはそうかもしれません。でも、毎回のぞむにあたって、僕にとってはそういう類の数字は全く説得力がないに等しいです。

 飛行機が苦手なんです。
 ものの数字によると『世界で一番確率的に安全な乗り物』だそうで、実際日本のみならず、この地球上をなんと毎日、しかもあまたの数の飛行機が支障なく飛び回っていることを考えると『確率的に一番安全』という理屈には首肯せざるをえません。
 それに、新幹線が駅を通過したとき真近でみる迫力と轟音の凄さに毎回、突如ジャングルから街中に連れ出されたオランウータンかの如く新鮮に驚愕している僕にしてみれば-あれはすごいです。僕は以前、仕事で東北新幹線の郡山駅によく行く機会があったんですけど、郡山駅には停車しない新幹線と停車する新幹線がありました。それはほかの駅にもよくあることでしょうけど、特筆すべきは郡山駅は新しい駅のせいか、通過する新幹線用に、上りと下りの真ん中に線路があるんです。すなわち通過する新幹線は上下線のプラットホームからかなりの距離を置いた真ん中の線路を走るので、ほぼ徐行しないんです。一緒にその通過をホームで見聞した川辺課長の言を借りると『殺人的やなあ』、僕が言ったんではないです、川辺課長(肩書きは当時)が放った言葉です、と形容されるくらい何回見聞しても壮絶な迫力です。-その『殺人的やなあ、の新幹線の3~4倍というでたらめな速さで進み、しかもほとんど乗客は揺れを感じない』ということを冷静に鑑みれば現代の飛行機がどんなに科学の粋をきわめた秀逸な乗り物か、大いに認めたいところです。

 しかし、実際に乗る時は、どうも『しっくりこない』んですよね。自分の座席の下の機体はどこにもつながっていないという現実と、僕の不安感がどうもうまく折り合いがつかないんです。まさに名実ともに『地に足がついていない』気分になっちゃうんです。

 -僕は実は『地に足がついていない』っていう言葉は、ひょっとしたらタイムマシーンに乗って近未来から過去に行った『飛行機がとても苦手な人』が不安感を形容するのに、思わず『まるで地球に飛行機の足がついていないような』とうっかり発言してしまったことから来ているのではないか、という密かな持論をもっています。この発言を聞いた昔の人は飛行機なんて言葉は聞いたことがないから『飛行機』という言葉はうまく伝播されなくて『まるで足が地球についていないような』になって、そのうち『地球に、ってのも大仰ではないか、同志よ』みたいなことになって『地に足がついていない』という最終形で人口に膾炙するようになったわけです。-

 それくらい、この言葉は僕が飛行機に乗っているときの気分を表す言葉としては『フィジカル・メタフィジカルともに』こちらは、まさに『しっくりとくる』雄弁性をもっています。
 
 かくの如く飛行機を信頼できない僕ですから、エアポケットとか、ちょっとした積乱雲の中で揺れたりすると不安でしょうがないです。といって、酸素マスクが降りてくるようなすごい揺れは一回も経験したことはないです(もちろん、これからもそういうことは御免被りたいです)。ただ、数回、思考停止するような経験-もちろん、僕の物差しで、ですけど-があります。

 あるときは、揺れもさることながら回数が多くて、『平穏な飛行の間に揺れている』のか『揺れている間に平穏に飛んでいる』のかわかんないじゃないですか!とひとり心細く思っていたら、無事着陸した機内で拍手がおきたくらいなので、他の乗客もどうも不安だったとみえます。

 それと、これは是非とも勘弁してほしいんですけど、別の機会にある日本のエア―ラインに搭乗しているときにこういうことがありました。
 まず、
 「これより先、天候不良の場所を通過いたします。
  揺れが予想されますので、皆さま御着席のうえ
  シートベルトを締めてください。尚、揺れまして
  も飛行の安全性にはなんら影響はございません。」
 と例の如く機内アナウンスがあって、それで、そうは言いつつもなんだ大して揺れないじゃないか、なんてことにはならないで、やっぱり盛大に揺れて、そのうち、
 「えー業務連絡、業務連絡、客室乗務員は
  全員着席のうえシートベルト着用のこと。」
 とくぐもった声で、いやに冷静に、しかし、いやでもこちらは穏やかには嚥下しがたいアナウンスが流れて、乗客のみならず乗務員にも着席指示がでました。たまたま僕は、非常口の前の席だったので、僕の前に一人の日本人スチュワ―デスが着席しました。と、そこへ何回目かのかなりの揺れがきました。もちろん僕は、どきどきものです。ところが、その時、僕の前に座っているスチュワーデスが、その揺れでおもわず両手をはらはらと空に泳がせて、もんのすごい不安げな表情で、窓の外を見たかと思うと他のスチュワーデスの方を見たり、と激しく視線を振り回しました。おい、客室乗務員が挙動不審になってどーする!僕はただでさえ怖がりなのに『揺れましても安全です』と主張している側の立場で、しかも飛行機には慣れているはずの人間の『これを、不安がっている、と形容せずしてなんと呼ぶ』という所作を眼の前で見せつけられて動悸がおさまりませんでした。
 勘弁してください。客室乗務員はふりでもいいので、いつも冷静でいてほしいです。お願いします。

 以下に記すことも、揺れよりも、どちらかというと客室乗務員の態度によって記憶に残っている件です。
 もうずいぶん前のことで、どこからどこへ行く飛行機の中でのことかは忘れてしまいましたけど、なにしろたしか国際線で、どこぞの外国のエア―ラインに乗っていました。わりと大きい機体で、窓際に三席、通路を挟んで四席、また通路を挟んで三席、というレイアウトだったと記憶しています。僕は、その真ん中の四席の通路側に座っていました。窓の外は雲ひとつなく明るくて綺麗な青空が一杯にひろがって、ほとんど揺れもなく僕は珍しく穏やかな心で機上の人になっていました。

 食事の時間です。前の方から、食事を入れたキッチンワゴンを外人のスチュワーデスとスチュワードが二人一組で押しながら配りはじめました。乗客一人一人に、
 「今日のメインディッシュは、肉料理と魚料理を用意して
  ございますが、どちらになさいますか?」
 と丁寧に-たぶんです。もちろん英語なので全部はわかんないわけです。でも『ナントカ、ナントカ、you、ナントカ、fish or meat?』って言ってましたからそうに違いないです。-聞いてそれに対応しています。僕は、俺の場合は丁寧さ重視ゆえにあんなに英語の語彙を増やして話しかけられてもかなわんし、別に『失敬な!』なんて怒ったりしないから簡潔に『fish or meat?』とだけ言ってくれないかなあ、なんて思いつつ、どっちもうまそうだなあ、と座席前に入れられていたメニューを見ながら旅人気分を楽しんでいました。そして、僕に食事が配られる順番がきたときです。

 『ドーン!!』

 なんの前触れもなくものすごい揺れがきました。酸素マスクすら出ませんでしたが、大きく高度が一気にさがる(ように感じる)殆んど記憶が飛ぶくらいの唐突かつ大きな揺れで、僕は完璧に思考停止してしまい、心臓だけがはげしく鼓動しています。見ると、さすがのスチュワード達もこの揺れの突発性に対応しきれなかったとみえて、僕の眼の前で、キッチンワゴンの中味が放り出され、肉料理が入ったトレーが通路にこれでもか、と大散乱しています。予期せぬエアーポケットに一瞬だけ入ったものと見えて、揺れは大きく突然でしたが、その後はまた平穏な飛行に戻っています。僕はというと、思考回路こそなんとか戻りつつあるものの、心臓はまだばくんばくんと高鳴りを続けていました。
 が、次の瞬間、僕は、急速に自分の心が平静を取り戻していくのを感じました。なぜなら、眼の前で、肉料理を通路にぶちまけたスチュワードとスチュワーデスが、キッチンワゴンを押さえながら屈託のない笑顔で見つめあっていたのを見たからです。ふたりは言葉こそ多く交わしていませんでしたが、お互いに笑いながら、
 「ヒュー、久しぶりにやられちまったぜ!」
 っていう感じで微塵の動揺もみせず、むしろ、いまにもハイタッチでもしそうな明るい笑顔で通路に散乱した肉料理を片付けはじめました。僕は彼らの態度から『こういうこともあるけど大したことじゃないんだぜ』という無言のメッセージを感じて、安心感につつまれました。そして現金なことに、
 「いやあ、なかなか立派な客室乗務員だ。とっさに
  笑顔で対応して乗客に安心感を与えるなんぞ、
  これぞ、プロだ、うん。さっきのは心配する
  ようなもんじゃないんだな、うん。」
 と心の中で、彼らを大いに絶賛しました。
 彼らは、僕のまえで散乱した肉料理のトレーを片付けると、再び食事を配り始めました・・・。特に問題ないです。すぐに僕の順番になりました。

 ところが、僕に食事を配るだけに来たはずの-先ほどまで満面の笑みを浮かべていた-スチュワードが、いきなり僕の前でうんっと屈みこんで一転、たいへん深刻な表情とゆっくりとした英語で、視線を微塵もそらさずに語りかけはじめました。
 「お客様、たいへん、申しわけありませんが、実は・・」
 んん、ぬおー、なに、なんだ!?さっきの揺れでエンジンが片一方壊れたとか、どっかに緊急着陸するとか、そういうことなのか!?・・いや、それともけが人がでて・・・、おいそんな耳元で話しかけられても俺は医者じゃないですぞ!・・・・・彼の眉間の皺は、一時的なものとはいえ、一旦平静を取り戻した僕の思考を非現実的なまでに混乱させるのに、十分な深さを持って造型されていました。
 あたかも先刻床にぶちまけられた肉料理かの如く千千に乱れる僕の精神状態を知ってか知らずか、彼はおもむろに、こう続けました。
 「fishしか、ありませんが、よろしいでしょうか?」

 そ・こ・か・いっ!!!!

 僕は、彼が僕のためにゆっくり話してくれた英語を頭の中でまず日本語に訳し、そらまあ、あれだけ眼前で肉料理をばら撒いたら、説明はいらん、事情は十分承知していますですぞ、そんなことより、そこはそんな不安を煽るような顔を作る場面ではないじゃないですか、あなた!と心で叫び、彼のシリアスな表情が飛行の安全性とはなんの関係もないことに安堵したのと、かつ、彼の最前の笑顔と、『fish only』の謝罪のためとはいえ、あまりといえばあまりにも大袈裟な眉間の皺、との落差の大きさに思わず声を出して笑ってしまいました。
 「・・うはは、フィッシュ、オーケー、オーケー、
  ノ―プロブレムよ!」
 彼は申しわけなさそうに、魚料理のトレーを置いてくれました・・。

 このブログの読者の中に客室乗務員の方や、その関係者の方がおられたら、どうか、『揺れて客の前で挙動不審になる』のと『肉料理を通路にまき散らして在庫を切らしたことで必要以上に深刻な表情で魚料理しかないことを釈明する』のはどうかご勘弁ください。お願いします。

 それと、まだ行かれたことのない方は一度郡山駅に行かれて『徐行しない新幹線の速さと轟音』を体験してみてください。
 大迫力です。オランウータンの気持ちがわかります。

====終わり====

ウケッケ。②

 これは声を大にして前置きしておきます。僕は、よそ様の『立場が言わせる不可避の無知』をあげつらって喜ぼう、という男ではないんです。それが証拠に『ウケッケ。』(2010年12月11日)-ええと、まだ読まれていない方は、ご面倒ですが、今回は『ウケッケ。』をご一読ののち、本件をお読みいただいたほうがいいです。いえ、絶対に先に『ウケッケ。』を読んでください。『もう読んだぞ。』といわれる御仁も『ウケッケ。』を再読されてから本件に臨まれんことを切望いたします。-においても、そういう『立場が言わせる無知』ではなくて、さい君とその日本語学校の愉快な仲間たちを、『暖かく描いた』つもりで、しかも『シリ―ズ化』の予定はなかったので『ウケッケ。①』なんて題名にはしなかったんです。
 でも、でもです。どうしても積年にわたっての僕の思いだし笑いが『これを書かないではもったいないだろう』と僕を抗えない立場に追い込むんであります。

 というわけで、そろりそろりと、『ウケッケ。②』です。

 実は、今に至るまで僕はソンさんとは面識がありません。しかし、さい君を通じてもたらされた情報-ハリウッド俳優を悉く『イイエ、シ―リ―マ-セ―ン!』で粉砕し、先に帰る時は『シツレンシマス。』であることの妥当性をイト―サンのフ-ドコ-トで熱弁した-によって、たいへんな好感を持って(本当です。)僕の心の中でその人格が具現化されちゃっているんであります。
 さい君とソンさんは、ごくたまにですが、日本語学校をとうに修業した今でも会っているようです。前にも書きましたけど、さい君は、彼女の母国語と、僕のTOEIC495点というミゼラブルなスコアで(485点だったかな?)証明されているそれよりは遥かにうまい英語(などというけしからぬ言語)と、北京語と、あやしげな日本語、をしゃべります。ソンさんは瀋陽から日本にお嫁さんにこられたんですけど、ハリウッド俳優の切り抜き写真を『イイエ!シ―リ―マーセ―ン!』と粉砕するくらいの大物ですから、当然英語のごとき尊大な言語はできません(衷心から好感がもてます。)。しかし、僕のさい君の北京語はいわゆるネイティブではなく、語学留学で学んだものなので、本人曰く『結構怪しい』んだそうです。それゆえに、日本語学校に通っているときから今に至るまで、ソンさんとさい君の会話は日本語でなされています。これがゆえに、僕が思いだし笑いをしてしまうような愉快なことを招くんですね。

 ある日、まださい君が日本語学校に通っているときのことです。さい君は、帰宅した僕にいつものようにその日のことを話してくれました。同じクラスのイタリア人が・・・、とかアメリカ人が・・・なんて話しているうちに、ソンさんの話題になりました。ちなみにさい君と僕とは、さい君の母国である南半球に首都のある某国の言葉でなされています。下記はカタカナの部分だけ、日本語で発音したものとみなしてお読みください。ややこしいです。
 「・・そうそう、ソンさんがね。こないだ
  だんなさんの実家に初めて帰ったんだって。」
 「へえ、そう。だんなさん、東京の人じゃなかったのか。」
 その頃、僕らは東京に住んでいました。
 「うん、それでね。『ト―イデスヨ-!』って言ってた。」
 「・・へえ、どこなの?」
 ソンさんは瀋陽から来られた方ですから、そのソンさんが『ト―イデスヨ-!』といわれるからにはよっぽど遠いんだろうな、って僕は想像の中の距離感における物差しを少し広げて話に対応しはじめました。
 一方、さい君は-これは、なぜだかわかんないんですけど、ソンさんの話になって、ソンさんのマネをするとき明らかにさい君の声のオクターブがあがるんです。―だんだん力説調になってきます。
 「それがね、わかんないんだって。」
 「へ?なにそれ?」
 「とにかく、『ト―イデスヨ-!ニドイキマセンヨ-!』
  っていうの。」
 「どこだかわかんないのに何で遠いってわかるの?」
 「でしょ?それで私もどこだか聞いたんだけど、ソンさんはね、
  『ト―イデスヨ-!ノリマス、デンシャ!デンシャ!デンシャ!
  ・・・』」
 さい君は、いまやソンさんが憑依したかの如く右の掌を腰の前あたりに掲げ、指を折り曲げながら-おそらくソンさんがそうやって力説したんでしょう。―『デンシャ、デンシャ、デンシャ』とうわごとのように言います。
 「いや、あのさ、だんなさんって日本の人だよね?」
 「うん。」
 「で、さ、そのどこだかわかんないのはともかくとしてだな、
  何時間くらいかかるところなのかとか・・」
 ソンさんが乗り移ったさい君は、僕の発言を遮り-たぶん、ソンさんがそうしたんでしょう-、熱弁をやめません。
 「『ジカン、ワカリマセン、デモ、ト―イデスヨ-、ノリマスヨ-、
  デンシャ-!デンシャ-!デンシャ-!デンシャ-・・』」
 僕は再び遮ります。
 「いや、あのさ、電車、電車って、電車にも新幹線とか、あと・・」
 「『ワカリマセン、デモ、ト―イデスヨ-、ニドイカナイデスヨ-、
  タイヘン、ノリマス、デンシャ、デンシャ、デンシャ・・」
 さい君は表情まで鬼気迫ってます。僕は笑いだしてしまいました。
 「ぐふふ、いや、あのさ、ははは、電車、電車ってさ・・」
 「とにかく、最後まで聞いてよ。」
 とさい君は、ふたたび記憶をたどりながら、ソンさんの発言に忠実に指を折り曲げていきます。僕も今度は覚悟を決めて、最後まで聞くことにしました。
 「『デンシャ-、デンシャ-、デンシャ-、デンシャ-、
  デンシャ-、クルマ!タクサンデスヨ-!』」
 とようやく大団円を迎えました。僕はさい君とソンさんには申しわけないけど、想像の中の二人の会話に引き込まれて、ひとしきり大笑いしてしまいました。
 「・・はあ、おかしい。でも、どこなんだろう。
  そんなに距離が遠いところなら飛行機とかで
  いけばいいのに。」
 「うん、飛行機は乗ってないんだって。なにしろ
  『デンシャ-、デンシャ-・・』」
 と突然またしても、ソンさんが降臨したさい君に僕は意表をつかれて笑いをこらえらません。
 「いや、わかった、わかった、もういいから!」

 その後、ソンさんもさい君もめでたく日本語学校での学習を終えました。僕も、いったいソンさんのご主人の実家って、どれほどの日本の辺境にあるんだろう、とは思いつつ、暫時このことは忘れていました。
 そんなある日、さい君が、ソンさんのおうちにお呼ばれして息子と一緒に遊びにいきました。
 「きょうね、ソンさんの家にいったよ。」
晩御飯を食べながらさい君が話してくれます。
 「おお-、ひさしぶりに聞く名前ではないですか。
  つつがなきや?」
 「うん、子供も大きくなって、ソンさんも日本語が凄く
  うまくなってた。」
 「ふうむ。」
 「子供にもね、私と違って全部日本語でしゃべって
  いてね、子供がやんちゃなことすると、『ウルサイ-!』
  っていったりしてね。」
 「ほほう。」
 「あ、それとね、」
 「うん。」
 次にさい君がさらりと放った言葉に僕は絶句してしまいました。
 「ソンさんのだんなさんの実家はね、コウベだって。」

 ええーーー!!神戸って、あんた!

 「!!間違いじゃないの?」
 「間違いない。」
 「わかった。こないだの、デンシャ、デンシャ・・の
  ところから、ご実家が神戸に越したんじゃ・・」
 「同じだって。」
 「・・・・・。」

 僕は、しかし、時間をかけて冷静さを取り戻してから、いや、これはあり得る、と思い直しました。

 僕は、いろいろ事情があって(面白くもなんともない事情なのでこの事情はやりすごします)、合計で、10年弱を京阪神内で過ごしたこともあり、『神戸近辺』には少しは土地勘があります。そして、実は西宮や伊丹や宝塚に住んでいる人達が-別に他意はなく『京都でなく、大阪でもなく、方面としては』という意味合いで-京阪神地方に馴染みのない人にいちいち説明するのが面倒だというときに、『神戸です』っていう場面にも少なからず遭遇したことがあります。

 それらを根拠に、僕は自らの全知全能を総動員してソンさんの
『(デンシャ―!×5)+クルマ!=ご主人の実家.』
について推理したんであります。ソンさんは、東京のJR中央線沿線にお住まいです。
 僕の推理はずばり、こうです。

 デンシャ-!①JR中央線  -東京駅。

 デンシャ-!②新幹線   -新大阪駅。

 デンシャ-!③JR東海道本線-大阪駅、徒歩梅田駅。

 デンシャ-!④阪急神戸線 -梅田-塚口駅か、
               梅田-西宮北口駅か、
               あるいは、
               梅田-夙川駅で乗換。

 デンシャ-!⑤阪急伊丹線 -塚口  -ご実家最寄駅。
        阪急宝塚線 -西宮北口-ご実家最寄駅。
        あるいは、
        阪急甲陽線 -夙川  -ご実家最寄駅。

 クルマ!   最寄駅に実家の方がお迎えに-ご実家着。

 ∴問題の式でのご実家着は可能。証明終。

 どーですか!?これで、
 『ト―イデスヨ-、ニドイキマセンヨ-、ノリマスヨ-、
  デンシャ-!、デンシャ-!、デンシャ-!、
  デンシャ-!デンシャ-!、クルマ!』
 の謎が解けましたぞ。TOEICなんぞというステータスに胡坐を書いているような高慢ちきなものを解くより、よっぽど集中力と忍耐力が要求される、高邁とも言える知的作業であります。

 一概に『遠い』っていっても『実際の距離』と『個人の物差し』は一致するとは限らないんですね。僕は、東京から神戸って聞いても枝葉末節の交通手段は反射的に間引いて考えるので『ああ、それなら、のぞみですぐ・・』なんて思っちゃうけど、ソンさんは、距離や時間云々よりも『交通手段を頻繁に乗り換えること』にうんざりして『コレハ、ト―イデスヨ-、ニドイキマセンヨ-』と思われたわけです。同じ『遠い』でも実はその人なりにいろんな物差しがあるんです。

 道理で、僕は『一概に営利追求だ』という組織にいるのに周りと齟齬が多いわけです。TOEIC495点(485点だったかも)では営利追求において何か影響でもあるのか、って顔で会社に通ってますから・・・
影響、あります。大いに。

 ええと、それから『ウケッケ。③』は予定ありません。
 たぶん。はい。

===終わり===
        
 
  
 
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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