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THE しがない。

 因果は巡る。天網恢恢疎にして漏らさず。
 表面の事実だけを自分の都合のいいように喧伝して得意になっていた僕は、お天道様から報いを受け、こうして世間様に対して声を大にして誤解をとかなければいけない羽目になってしまいました。

 僕は、日本人と結婚したことがないのでわかりませんけど、僕にもやっぱり、日本で俗にいう『結婚してみないとわからない誤算』というやつがいくつかありました。そもそも僕らは国際結婚なので、いろんな齟齬や摩擦があるだろうな、というのはある程度覚悟していたし、実際そのとおりいくつか、
 「ははあ、これは文化摩擦ってやつだな。」
 ということは多々ありました。その一方で、
 「ええ!こんなことは予想もしていなかったぞ。」
 ということにも遭遇しました。しかもそういうことに限って、『兎も角も、毎日僕を悩ませる』んです。
 いや、まいりました。息子が学校から持ってかえるプリント類です。その内容の重要さの軽重はともかく、我が家の場合は、いちいち中味を僕が咀嚼しなければいけないんです。

『今月の23日は保護者会があります。出欠を必ず19日までにお知らせください。出席の方はスリッパとスリッパをいれる袋をお持ちになってください。尚、当日は保護者の方はご面倒ですが北門の自転車置き場をご利用ください。』とか、

『①PTAの委員に立候補したい ②立候補はしないがなってもいい ③どうしてもなれない(その場合の理由:  )を18日までに必ず全員提出してください』とか、

『水曜日の図工に使うので牛乳パックとストローと竹串を持たせてください。』とか、

『注意!通学路南コ-スに不審者出没!』・・・などなど。

 さらに愚息フジはよく問題を起こすので『れんらくちょう』に杉田先生が、

『きょう、たかだくんとけんかをしました。原因はこれこれで、みどりくんもわかってくれたようですが、一応連絡しておきます。』

 などと書かれてくるんであります。

 これらを毎日のように持って帰ってきます。普通のご家庭ならこれを母親が読んで、処理しちゃうんでしょうけど、うちの場合はそうはいきません。さい君が日本語の読み書きが不自由なもんだから、お給料分とはいえないまでも一応仕事をしてそれなりに疲労して帰宅した僕に、これらの書類が丸投げされるわけです。息子も母親に見せてもしょうがない、とその辺は心得たもので、帰宅した僕にまさに、ばさり、と渡すんです。この重労働は結婚前は全然予想していなかったです。毎日毎日僕がさい君に、疲れた体に鞭打って、訳して説明していたわけです。

 「23日は親が体育館に集まる行事があるから、
  ユウが学校に行かなければいけない。そのとき
  はスリッパを・・」
 「ちょっと待って。親が全員集まって何するの?」
 「いや、何って、PTA会長の話をきいたり、校長の
  話を聞いたりするんである。」
 「ふうん、でも私はそんな日本語聞いてもわかんな
  いじゃない?」
 「いや、まあ、そうだけど。出欠の返事を書いてフジ
  に持たせないといけないんである。」
 「わたし、日本語書けないけど。」
 「・・・うん、じゃあ僕が・・書く、か・・。
  それから、牛乳パックとストローと竹串を・・」
 「それで何するの?」
 「いや、それは知らないんである。ズコウといって、
  物を作ることで少年の創造性を育成する科目があ
  って・・・」
 「創造性を育む?それとストローにどういう関係が
  あるの?」
 「いや、だから、その、創造性を育むズコウという
  科目において、小学校低学年では、そういう材料
  をつかって自動車だの・・」
 「自動車!!?」
 「いや、だから本物ではなくて、模型をですな・・」
 「ああ、模型ね。」
 「うん、ええと、それから通学路南に不審者が出没
  しているらしいが、ちなみにそれは僕ではないんである。」

 と最初のうちは、逐一説明していました。しかし、あまりにも量が多いので、―本当になんであんなに大量になるんですかね。僕らの頃はあんなに無かったと思うんですけど。やっぱり昨今、学校側が保護者に対しての説明責任に過敏になっているせいでしょうか?とにかく、内容の軽重を問わなければ数だけは膨大といってもいいです。―そのうち、僕も、いちいち付き合ってられんなあ、と思い、プリント作成者には申しわけないですが、手抜きをすることになります。たとえば『かくかくしかじかの行事でボランティアを募集しています。内容は・・・』と詳細に書いてある書類でも、
 「あ、これはユウには無理だから、関係なし。」
 とか、『保護者会』や『図工』など頻繁に出てくる言葉は、下手に訳したりせずに、最初に説明してそのまま『ホゴシャカイ』『ズコウ』などと日本語で覚えてもらうようにして効率化を図っていくようになりました。幸いにもさい君もその辺は大雑把な人なので、僕が見た瞬間、
 「ああ、これは、あんたはよまなくてよろしい。」
 というと、
 「うん。」
 と即答して捨てちゃうんであります。
 それでも、完全に僕がこの作業から解放されることはありえなくて、なぜなら、似たような書類なら、-たとえば毎月末に配られる来月のスケジュールですとか-、さい君も把握できるようになってきましたが、『リコーダー購入のため1700円をお釣りなしにこの封筒にいれて26日までにお子さんに持たせてください。』なんていう書類には思考停止してしまいます。そのうえに、さい君は、自称ケチ、而して、その実体もケチ、なので、
 「日本は義務教育でキュウショク以外は
  ただじゃないの?」
 「いや、たまにこういうのは必要なんである。」
 「でもこの手紙に『強制とか義務』って書いてあるの?」
 なかなか鋭い。そう言われると、この種の学校書類の書面はまことにある種『日本的』で、必要なので買いましょう、みたいな趣旨の文面になっています。
 「いや、そうは言ってもフジだけ持って
  ないとかわいそうだろ?」
 「じゃあ、やっぱり強制購買なんじゃない。」
 「いや、まあ、さ、1700円くらいだからさ。」
 と、斯様に我ながら説明になっていない会話に時間を浪費しなければならないこともままあるわけです。というわけで、結局、さい君の見慣れない書類は、今に至るまで内容を問わず、帰宅後の僕に丸投げされています。

 先日、帰宅後新聞を読んでいたら、いつものようにフジが、ばさり、とプリントを束を床に放り投げました。その粗暴さをまたいつものようにさい君が叱りつけながら、プリントを拾っては一瞥し、自分で理解できるものとできないものに分けています。今日は疲れてるからあんまりややこしいプリント類が飛んでこなければいいなあ、と僕が思っていたら、その日は、わりに『我が家にとってはあまり重要ではないが、さい君は理解できないプリント』の類が多くて、僕も新聞を読む片手間に、
 「あ、これ、いらないよ。」
 「これ、おいといて、僕書いとくから。」
 とさくさくと処理が終わりました。そして、僕は、邪魔なしにじっくり新聞を熟読し始めた、その時です。さい君が、
 「あ、ごめん、ごめん。も、いっこ、あった。
  これみたことない。」
 と軽く出してきた書類を見て、僕は、新聞を手にとりながらそれに目は完全に奪われて、驚愕してしまいました。その書類は、僕に三つのことを示唆しているたいへんな重要なものでした。すなわち、

①『世の中の情報は事実の表層だけを見て
  即断してはいけない。』
②『因果は巡る。』
③『うちのさい君は、おおらかさにも程がある。』

ということです。


 数年前、海外出張の帰りの飛行機の中のことです。もちろんエコノミークラスです。僕は、トイレが近いので飛行機に乗る時には極力通路側をとるようにしています。自他共に認める『小心物』の僕としては、窓際の席にもたれかかって寝ていたい半面、トイレに行くたびに、他人様の邪魔をするのがいたたまれないので、結局は通路側に座るようにしています。その時もチェックインの時に、指定して通路側をとることができました。やれやれ、と思いながら搭乗すると、僕の座るべき座席に、いかにも社会的地位のありげな日本人の年配の男性が(以下、面倒なので『ありげな男性』と略)、座っています。おや?と思ったものの、これまた自他共に認める『迂闊な』僕としては、まずは自分の勘違いを疑いました。しかし、何度確認しても、そのありげな男性のシートは僕のチケットの番号です。
 「あのう・・。すいません。ここ・・」
 と僕は、ありげな男性に僕のチケットを見せながら、お間違いじゃないですか?と低姿勢で尋ねました。すると、ありげな男性は、
 「はあん?」
 といかにも、ありがちに面倒くさそうに自分のチケットを確認し、しかし、彼が間違ったシートに座っていることに気付いた様子です。気付いたからには、いくらありげな男性でも移動してもらわなければいけません。
 すると、その男性は、僕の期待に反して僕には一言も謝らずに、いきなりチェックインしたときの担当者のことを大きな独り言で毒づきはじめました。
 「ちえっ!なんだよ。ここにしてくれって言った
  のに!できないならできないでそう言えよな!」
 席を立ちながら、まだぶつぶつ不機嫌極まりなく言ってます。僕は、
 「・・・・」
 といった感じでありげな男性が席を空けてくれるのをすぐ横で手持ち無沙汰に待ちながらも、あまり愉快な気持ちではありません。
 ありげな男性は、すでにしめていたシートベルトを外すと、なおぶつぶつ言いながらやおら立ち上がりました。さあ、座ろう、と僕は身構えましたが、ありげな男性は、座席上部に荷物を入れていたらしく、荷物ごと移動しようと、
 「ええい、くそう。」
 とか言いながら上の荷物を取り始めました。文句はいい加減にしてほしいけど、荷物ごと移動したいのはわからないでもありません。
 しかし、次の瞬間、僕は、信じられない光景を目の当たりにしました。
 なんと、ありげな男性は、ぶつくさいいながら、今から座ろうという僕の目の前で、ごく自然な動作で靴のまま座席に上り、上の荷物を降ろしたのです。そして、呆然とする僕にとうとう謝罪の言葉ひとつ言わずに飛行機の前方に肩をいからして去っていきました。
 (うわあ、世の中にはこんな人がいるんだ。)
 と僕は、呆然としつつもかなりの憤りを感じて、でも、去りゆく背中に文句でもあびせて、喧嘩になったらいやだな、と小心物ぶりを発揮し、
 (いい年して、すみませんも言えないうえに、
  土足で座席になんか上るかよ、それもこれから
  座ろうという人間の前で!)
 と心の中で罵倒しつつ、一応見た目には汚れてはいないシートを気持ち分手で払ってから座りました。

 その後、しばらくたったある日、会社の後輩と飲みに行っているときに、世の中には非常識な人がいるもんだ、という話題になりました。そこで、僕が、なんとはなく、この話を思い出し、みんなに一例として披露したところ、
 「ええ、まじっすか?」
 「そうなんだよ。信じらんねえだろ?
  非常識だよな?」
 「それで、みどりさん、どうしたんですか?」
 「へ?」
 「いや、そいつに何て言ってやったんですかっ
  てことっすよ!」
 「いや、その、べつに・・」
 (だって、喧嘩とかなったら怖いじゃん。)
 「ええ!何も言わずですか!?」
 「う、うん。」
 「ありえませんよお!」
 (いや、でも・・もめごとに・・)
 「さすがですねえ。俺普段から思ってたんで
  すけど、みどりさんって人間の器が違いま
  すよね。」
 (え、そっち?)
 「僕だったら、『すみませんくらいいえねえ
  のかよ』って思っちゃいますよ。許せない
  じゃないですか!」
 (え、いや、そうは思ったんだけど・・・。)
 「いやあ、さすがだなあ、みどりさん、人間が
  大きいですねえ。」
 「うん?いや、照れるなあ。まあ、世界平和に
  比べれば小さいことですからなあ。」
 「世界平和!すんげえ、みどりさんっていつも
  そういう基準でものごとをとらえているんですか?」
 (いや、ちょっと笑いをとるつもりだったんだけど・・。)
 「だから、毎年予算未達でも、平気な顔してるんですね!?」
 (え?確かに毎年営業成績狂わしてるけど、それとこれとは・・
  ま、いいか。)
 「え?う、うん、まあ、そうだな、予算なんて世界平和に
  くらべれば小さいもんだよ。あんなものは、きみ、
  みどりさんのごとく、バンバン狂わせたまえ!」
 (って、部会とかで言いたいなあ。)
 「そうすか?わ、ははははは!」
 「そうである!が、ははははは!」
 (完全に大物ぶってます。)
 というわけで、僕は器が小さいくせに(その証拠に、数年前のありげな男性事件をいまだに根にもっています)、
「客観的事実を脚色せずに話すだけでも、この話は
 俺が大物であるらしい、という自慢のツールに使えるな。」
 と味をしめ、それ以来、この種の話題になるたびにありげな男との『事実関係だけ』を披露しては、『みどりは器が大きい』というイメージにその場の話が落ち着くようにして悦に入ってました。
 (別に嘘を言ってるわけじゃないからな。うん。そのとき、
  びびってなにも言えなかった、ということを黙っている
  だけなんである。事実関係を、聞く人が判断して、俺の
  ことを大物だと思ってくれることは、自由だからな。うん。)
 といった具合に。

 しかし。天網恢恢疎にして漏らさず。

 世の中で嘆かれている情報によると、義務教育における学校給食への不払いは26億円にも達し、その半分は、なんと『払えるのに払わない』人達というのが事実としてあるそうです。なんと非常識な。許せません。困窮しているならともかく、払えるのに払わないなんて、それこそ親の顔がみたいです。
 ・・・・・・・・。

「あ、ごめん、ごめん。も、いっこ、あった。
 これみたことない。」
 と軽くさい君が新聞を読む僕の横に放り投げた、息子が持って帰った『書類』には、
 『給食費未払い督促書』
 と書いてありました。
 驚天動地です!まさかうちが!
 灯台下暗し!会社の谷原さんは、とーだいもとわせだ。自分が『26億円の半分の非常識』の枝葉だったなんて!
 『ありげな男の非常識』をあげつらって大物ぶっている場合ではないんであります!
 僕は、たしかに、THEしがないサラリーマンです(ええと『しがなさ』が尋常でなく甚だしいので、『英語の形容詞活用最上級、の場合の文法上の決まりごと風』に『THE』をつけてみました。)。しかし、給食費くらい『払おうと思ったら払える』家計は営んでいます。
 「・・あのさ、ユウ。うち、給食費滞納して
  るんだって・・」
 「おー、そか。これだけユビンキョクから落と
  されるから残高不足ってことか、わかった、
  わかった。」
 「いや、あの・・・、ってことはうちは、『払えるのに
  払わない』人達ってことに・・ 」
 (それと『ユビンキョク』じゃなくて『ユウビンキョク』
  なんだけど。)
 「ん?だいじょぶ。あしたユビンキョクにお金いれとくから。」
 「・・・・・・。」

 世間様に対しては、弁解の言葉もございません。
 しかし、皆さん、『26億円のうち給食費を滞納していて、しかも払えるのに払えない人』の中にはこういう家もある、とどうかひとつ『事実を表層だけなぞる』ことのないように心がけていただければ幸甚です。
 『非常識なありげな男性に対してびびって無言』を自慢話に化体させてしまったこと、への因果応報といえましょう。
 予算も大事です。
 いろんな意味で反省しております。

=====終わり=====
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デオキシリボ核酸に含有されたる逸脱性についての考察。

 愚息の授業参観に行ってきました。

 僕の記憶に間違いがなければ、以前は『授業参観』といえば平日に母親その他の保護者が、締め切られた教室の後ろにびっしりと並んでいたものでした。しかし、『授業参観』も時代の流れの掣肘を拒めないんだな、と感じさせられました。今は、学校も企業も週休二日が一般的になったことが主因と思われますが、土曜日に行われるんです。
 指定された始業の時間にかなり遅れて到着すると-この手の行事に定刻に到着すること、は南半球生まれ・育ちの外人を配偶者にいただくと『人生の中で諦めないといけないこと』の筆頭に入ります。-、教室のドアが、前後とも開けられたまま杉田先生が授業を行っています。なるほど、土曜日だと母親や父親や、稀に祖父母の方も来校されるので教室には入りきれないわけです。
(ほう、俺の時代と随分雰囲気が違うなあ。)
 僕らの頃は、授業参観といえば、いつもと比べて『身元不詳のよそいきな空気』が締め切られた教室に満ち満ちていて、存在する人間の数に反比例して、いつもより妙に厳粛に授業が進められていたような気がします。一方、杉田先生の授業は、前後のドアが開けはなたれているせいか、先生の声も通りにくくて、生徒の方も特別な緊張感なしで授業をうけているように見えます。
(うん、まあ、こういうリラックスしたのも悪くないな。
 そもそも普段の授業を参観する、というのが授業参観の
 趣旨だからな・・。さて、うちのフジはどこに・・・。)
 と前のドアから他人様の肩越しに-なにしろ遅刻してきているので教室の中に入るのはもちろん、ドアに近づくのもやっとです。-、探してみると、いました。前から二番目の席で、集中しているでもなく、かといって明らかに上の空、という体でもなく『いかにも一応開かれた教科書』を前に、やや悄然と座っています。
(ありゃま。まあ、こいつは、こんなもんかな。)
 そのとき、息子が僕とさい君の姿に気がつきました。
 すると、フジは何を思ったか、目の前の教科書を突如『猛然と』めくりはじめました。
(おお、やる気だしてるじゃないか!親の前でいいところ
 を見せようというわけだな。うん、なかなかけれんみが
 無くてよろしい。ん?まてよ。今教科書をめくり始めた
 ということはさっきまでこいつが開いていたページは授
 業と関係のないページだったということけ????)
 と嫌な推定が僕の頭を支配し始めたその時、ふと、フジの手がとまりました。
(お、なんだ、なんだ?あれだけ猛然と何ページもめくっ
 てやっと授業の該当ページに辿りついたってか??)
 と、彼の手元を訝しげに凝視している僕をよそに、フジは教科書を高々と両手でかかえて、あるページと自分の顔を先生にはすに構えるように、僕らほうに見せました。そのページには大きな挿絵があって、どうやら家族が描かれているようです。
(???こいつ、何を???)
 と不安がる僕に、フジは破顔一笑すると、さい君の母国語でいきなり大きな声で、
 「パパ、そっくり!!」
 と挿絵を指さしながら言いました。そんなことに『他人にはわかんない言語という利点』を咄嗟に生かしてる場合か、とほほ。
 僕は、彼の『行動の猛然ぶり』と、その『目的のとほほ感』のあまりと言えばあまりの落差に大いに脱力しながらも、
 「いや、あのね、授業を聞きなさい。」
 と思わず、これまた、さい君の母国語で言いました。
 ちなみに、そこには、メガネをかけて、小太りのいかにもさえない『お父さん』が描かれていましたけど、『似ている。参考までにだが、似ている。』と自分でも思ってしまいました。愚息はかねてより、この挿絵と父が似ていることを言おう言おうとして、機会を逸していたとみえて、千載一遇のチャンスと思い猛然とページをめくった模様です。我が子ながら、『なんだかなあ・・』という男です。

 そのうち、授業を見るのも飽きたので、僕は、ドアから離れて、教室の外に今日のために掲示されたであろう『書き方』を見始めました。この時期の子の字にはたいへんレベルの差があります。うまい子-とくに、女の子が多いですね。-の中には、大人と遜色のない字を書く子もいます。
 「へえ!これが小学校二年生の字か!うまいなあ!
  お手本の字みたいだね。」
 「ほんとだね。」
 と、さい君も感心しています。うちの子のはどこに・・・と探しながら、僕の頭には、唯一といってもいい僕の父、かずまさが授業参観に来た時のことがフラッシュバックされていました。

 それは、僕にとって三つめの、阪神間に在る小学校での『父親参観日』でのことでした。当時は、『父親参観日』というのがわざわざもうけられていて、確か日曜日に授業が行われていたと思います。でも僕には、かずまさが父親参観に来てくれた記憶はたったの一度しかありません。土日はおろか引っ越しの当日にさえ仕事と称して家にいたことのない男でしたから、おそらく父親参観にも一回しか来てくれなかったんだと思います。でも、その『父親参観日』が記憶にとどめられているのは、一度しか来なかった、からのみではなく別の理由があるんです。
 その日の授業は体育で、校庭での跳び箱でした。こういう授業にはよくあることですが、その時も担任の先生が配慮してくれて、四段階くらいに跳び箱を設定して『跳べるレベルの跳び箱を跳びなさい』ということでした。
 僕はその時設定された一番高い跳び箱を跳んでみたことが無く、挑戦してみれば跳べないことはないかもしれない、けど、なにもわざわざ父親参観で恥をかくことはないよな、と『無難に』二番目の高さを跳んでいました。これは以前にも跳んだことがあるので楽勝です。(今思うとこの『無難に』という日本会社員的性格を僕は良きにつけ悪しきにつけ小学生にしてすでに自家薬籠中の物にしていたようであります。複雑な気持ちであります。)こうして、クラス全員が『無難に』跳び箱を順番に飛び続け、それを10メートルくらい離れて保護者の群れが見守っています。僕が何回目かに飛び終えて、列の後ろに戻ろうとしたその時です。いつ現れたのか、保護者の中の一人が、群れを逸脱して生徒の列のすぐ横に来て、まことに不機嫌に大音声をあげています。
 かずまさです。
 かずまさは、我が子が一番高い跳び箱に挑まないのに我慢がならず、気付くと僕のすぐ横まで来て、
 「こら!おまえ、こっちへ並べ!なんで一番高いところ
  を跳ばんのだ!これを跳べええ!」
 と一番高い跳び箱を指さしながら眉間に皺を寄せて我が子をどやしつけています。僕は、情けないやら恥ずかしいやらで泣きそうになりました。しかも、その日は授業の終わったあと、クラスのみんなから、
 「みどり、おまえのおとうちゃん、ごっついこわいなあ。」
 「とばんかい!いうて俺らの列に割ってはいってきとった
  もんなあ。」
 と言われて、返す言葉がなかったの覚えています。
 非常識です。
 まったくもって、規格外の男です・・・。

 ・・・さて、うちの子の書き方はどこかな・・・・。
 「フジの探してるの?」
 「うん、なかなか見つかんなくてさ・・え??!!」
 僕は自分の腰の近辺から聞こえてきたさい君の母国語での『助け舟』に思わず反応してから声の主を確認すると、そこには、授業を受けているはずの愚息がにこにこして立っているではないですか!
 「ばか!おまえ何やってるんだ!」
 「パパ、フジのはね、あそこ。」
 「あ、いや、そうではなくて、フジは授業にもどれ。」
 ああ、びっくりした。僕は、まだにこにこして事態を把握していない我が子の背中を押すようにして、しかし動揺を隠せずに、授業中の教室に戻しました。
 彼は、ドアから姿を消した両親が何をしているのかと、いつのまにか授業を逸脱し廊下まで出てきて僕とさい君が『掲示されている我が子の書き方』を探しているのを、熱心にすぐそばで『観察していた』ようであります。
 心配です。他のお子さまと比較して、これといって光るものは何も見当たらないのに、『なにやら規格外』です。もちろん、探し当てた彼の『書き方』は、原稿用紙の立場が気の毒になるくらい乱暴なものでありました。

 ・・・しかし・・。
 僕は自分では、『決して逸脱しない規格内の男』であることの堅牢性に自信があるんですけど、フジはかずまさの孫にあたるわけです。その間で、デオキシリボ核酸を『無難に繋いだつもり』の僕って・・・・。大丈夫かな。自覚がないだけで僕もどっかで逸脱してるんでしょうか?

=====終わり=====

応援。

 「いやあ、面白かった。オトサンって本当
  に悪さ好きな人ね。ははは。」
 帰宅したさい君の報告を聞いた僕は、-さい君は相変わらず発音が違います。オトサンじゃなくてオトウサンなんですけどね。-、他人ならともかく、当人としては『これは単純に、楽しい家族の話、として片付けてしまっていいものだろうか?』と考え込んでしまいました。

 先日、さい君、息子、僕の両親の4人で外食にでかけたときのことだそうです。幸いにして僕の両親は健在です。そして、ありがたいことに、-これはまっことにありがたいことです。と同時に、この種の問題で悩まれている方には心から同情申し上げます。-、僕の両親とさい君の関係も、平坦なときばかりであったわけではないですが概ね良好です。だから、斯様なメンバ-で一緒に外出することも少なからずあります。 
 僕のオトサン、いえ、父親かずまさは(彼の人となりについては、10年4月24日『父親みどりかずまさ。』5月16日『母は強し。』5月23日『みぢかえない話③。』9月5日『にちつかしょくの法則。』10月2日『科学的追認実験。』12月18日『尖端恐怖症。』11年1月18日『みぢかえる父かずまさ』をご参照ください。こうやって並べてみるとこのブログにおけるかずまさの貢献度は大きいです。現在までのところ、山案山子と並んで双璧と言えます。・・・え?いや『双璧だからそれがどうした』と言われると元も子もないですが。)すでに数年前に、学卒後の会社で終身雇用を勤めあげました(その会社さんの名前は出せませんが、かずまさを最後まで雇っていただきありがとうございます。これからも頑張ってください。)。それでその後はつつましく年金生活を・・とはならず、何やら『仕事』と称して週に三日前後外出しています。まあ、本人がそれで楽しくて、何がしかの収入もあるんならいいか、と思っていたら、母親の言によると、
 「冗談じゃないわよ。持ち出しよ、持ち出し!
  家でじっとしてくれて年金の範囲内で生活し
  てくれたほうが経済的にはどんだけ楽か。」
 ってことらしいです。どういうこと?、かというと、月に頂いているものはあるもののそんなに多くはなく、ところが、かずまさはその性格からして、-よく言うと親分肌、悪く言うと外面がいい-、アナクロニズムよろしく未だに、
 「男には付き合いで惜しんではいかん金がある!」
 などといいつつ自費で『仕事関係のゴルフ』にも行くし、これは昔からですが、母曰く『大物ぶって豪快に他人に奢る』らしいです。しかし、月々頂いているものの多寡は決して大物のそれではないのでマイナス収支を計上しつづけているそうです。
 その仕事、っていうのが一体何をやっているのか、僕も何回も本人に聞いてみたんですけど、なんだか要領を得なくて未だに判然としません。よく電話では、他人に、
 「いま僕の応援している会社があるんだけどね。」
 なんて言ってます。
(なんだよ、『応援してる』ってのは。そういう言葉を雇用形態のあり方や業務内容の形容として使用する人なんていないぞ。しかも給料より持ち出しが多くて、仕事が『応援』ってなんだ?)と僕は、わが父ながらこの男大丈夫かなあ、と心配です。
 しかも、それだけならともかく、どうやら株に手を出しているらしく、その収支が・・・いや、株の件は書きません、この辺りでやめておかないと、書いてる方も読んでいただいてる方も悲しくなってきちゃうといけないので。
 そういうわけで、電球の玉ひとつ変えられないような機械音痴のかずまさも(一応必要と思ったらしく、パソコン、それもノートブック型ではなくて何やら高そうなデスクトップ型のそれを豪快に購入しましたが、結局、今では手も触れないので、『1分の1サイズのオブジェ』になってます。いまの『応援している会社』でも『緑さんはメールは絶対に読まない』という周りからの理解、いや諦念をしっかりと得て確立してしまったようです。極たまにいますよね、そういう人。)、携帯電話だけは頻繁に利用しています。
 でも電話機能のみです。大きな数字なボタンと大きな画面表示の端末で、間違えても携帯を使ってメールなんかしないし、電話番号登録もしません。

 さい君の話によると・・・。
 その時、目当ての店が満員で、四人で順番待ちをしていたそうです。
 店が用意してくれている店外の椅子に座って雑談していたとき、かずまさが、唐突に、
 「ちょっと電話してくる。仕事の件だから。」
と言って、行列から離れたところに行きました。かずまさとしては、仕事の件だから、喧騒を避けて静かなところで話さないといけないから、と説明したつもりです。特におかしくはないです。
 と、その時、さい君の携帯から着信音が。見ると『OTO-SAN』とあります。さい君は『オトサン』の携帯番号も登録してあって、つい先刻、待ち合わせ前に遅れそうになったので、かずまさに電話をしたんですが、かずまさはその電話に気付かず結局四人は落ち合えたものの、かずまさの携帯には大きな字でさい君の携帯電話番号が、-かずまさは電話帳登録なんかしませんから、番号がそのままに-、『不在着信』として残ったわけです。そして1時間後、食事のために店外で待っている時、かずまさはふと自分の携帯に『不在着信』を発見し何を思ったのか『仕事の件だから』と断言して列をはずしたんです。
 さい君は携帯を見て、かずまさが大真面目な顔で席をはずして仕事と称してかけた電話が自分にかかってきたことが可笑しくて、笑いながら隣に座っている母親にその画面を見せ、
 「オカサン、オトサンよ。オトサン
  ユウに電話してるよ。仕事じゃないよ。」
と言いました。それを見た母親は、いかにも『何が仕事だ、しょうがない人だな』という顔をして、受信ボタンを押すと声色を変えて、いきなり大きな声でこう言ったんだそうです。
 「きょう、あいたい!」
 ・・・・母親も何を考えているんですかね。そもそも、咄嗟にこんな離れ業をやってのけられるということは、普段から父親の行動に疑念を抱いている証拠です。それに電話で名乗らずにいきなり『今日、逢いたい!』なんていう女性がいるとしたら、それはその女性とは尋常でない『親しい関係』にあることになります。もし、父親が本当にいい年をして『それらしき存在の方』を家庭外に持っていたりして、この母親の行動でそれが露見したらひと騒動ではおさまらないです。
 ・・・・父親はかくのごとく『即答した』そうです。

 「今日ですか?今日はちょっと時間が、ええと・・」

 ・・・おい、かずまさ、スケジュールを真剣に検討してどうする。
 「オトサン、これユウのでんわばんごうよ。」
 と、これ以上詮索することなく、さい君が笑いながら種明かしをしたところ、かずまさは、電話を切り、
 「なんだ、ばかやろ。」
 呟きながら、一向に悪びれずに列に戻ってきたそうです。

 「それで、お母さん、なんて言ってた?」
 と僕が複雑な気持ちでさい君に尋ねたら、母親と父親の間では、おおよそ下記のような会話がなされたらしいです。
 「全く、仕事なんていって、本当に懲りないんだから。
  誰だと思ったのよ!?」
 「ばかやろ。違うよ。誰だかわかんないけど、とりあえず
  失礼のないようにだな・・・」
 「嘘ばっかり!普通いきなり女の人の声で、今日会いたい、
  ていわれたら誰か聞くでしょ?」
 「ばかやろ、違うよ。ばかやろ。」

 「それで終わり?」
 とやや心配しながら聞く僕に、さい君は、
 「うん。いやあ、面白かった。オトサンって本当に
  悪さ好きな人ね。ははは。」
 とにこにこしながら答えました。

 この事件は、
 ①まず嫁と姑の間で『悪さをしかねない男、かずまさ像』
  という、内容はともかくある種堅牢な『コンセンサス』
  が形成されていたこと。
 ②嫁と姑の咄嗟の連携プレーなしにはできないこと。
 ③母親は父親を未だに疑っていること。
 ④かずまさは、未だに『品行に問題がある』点において
  きわめて『黒に近いグレー』であること。
 ⑤かずまさは『スケジュール調整好き』な男であること。
 が前提になっています。
 つまり、僕にとっては、さい君と母親の関係が良好である、ということと同時に、一方では、我が父かずまさの『放蕩者としての健在ぶり』の一端を示されたわけです。
 だから、にこにこすることで終わらせてしまっているさい君と違い、当事者としては手放しで『楽しい話』で片づけるのはいかがなものか、と思っているんです・・・・。
===終わり===
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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