科学的追認実験。
尾廔な話なので、お食事中の方は後でお読みください。
「おーい!!おーい!!」
父親かずまさが、やや苛ついた声で、トイレから誰ともなしに呼びつけてます。洋式トイレをつまらせてしまったんです。そもそも『切れた電球のひとつ変えられない男』かずまさですから、詰まったトイレになど対処のできようがありません。そこで家族に応援を依頼したわけですが、自分でやらかしておいて苛ついた雰囲気を『おーい。』などという単純かつ天動説的な語彙で家人にまで苛々感を伝播するところがこの男の面目躍如たるところです。
有体に言うと、『いつものこと』なので僕は、ほうっておきましたが、トイレに駆け付けた母親がなかなか戻ってこないので、つい僕もトイレに見に行き、そのときに家にいた家族三人がトイレに全員集合し、便器と対峙する、という構図になりました。見ると、洋式便器の中が七割がたの高さまで、『ことのすんだ後』のかずまさの排出物と流れない水と散り散りになったトイレットペーパーで満たされています。かずまさは、
「流しただけなんだよ、ちぇっ、ちくしょ、
おかしいな、ばかやろ、ええい・・・」
とこのうえなくわがままな悪態を小声で吐きながら苛々してるだけで何もせず、一所懸命なんとかしようとしている母親のとなりで、手持ち無沙汰に傍観してます。(おお、これはいつものより激しくおいでになってるなあ。)と思いながら、僕も台所から割り箸を持ってきて、つまりの原因になっていそうなブツを取り除いてみたり、つついてみたり、母親と奮闘しました。しかし、今回は難敵です。モノだけに、というわけでもないでしょうが、それこそ『ウンとも、すんとも』いいません。七割の水位は依然として保たれたままです。それから数分、母親と僕は、考えられる手管手練を駆使し、一方かずまさは、全く責任を感じるふうもなく、かといって、立ち去るでもなく、なにやら憔然と立ちつくしています。
「これは、なんともならんねえ。」
「うん。」
「どうしよう。」
「ちょっとこのままで様子をみてみない?だってさ、
詰まってるっていっても、中身は水に溶けるモノ
なんだから、すこしづつ水位が下がっていって、
そのうちいっぺんに流れるかもよ。」
僕の提案に、母親も、
「そうねえ・・。少し待ってみようか。」
と便器を前にした実務者レべルでの会議で、『持久戦』が採択されんとした、その時です。
唐突に、腕組をしている僕の隣から、すばやく、でもなく、かといって、ゆっくりと、でもなく、『ごく自然に、あやつり人形のように』ある腕が『・・・・・・・』と伸びてきました。そして、
「?????」
と僕と母親が思ったその瞬間、あろうまいことかその腕ーかずまさの右腕ーが、便器のレバーに触れたのです!!
「ちょっと、パパ!」
「おとうさん、な、なにを・・」
止める間もなく、父親は無言で、ごく自然にレバーを押し上げました。その後の『最悪な惨状』に逆上した僕たちの罵声を浴びた父親は、
「うるさい。しょうがないだろ。ばかやろ。」
とぶつぶつと悪態をつきながら、トイレから退場してしまいました。
僕は、その時『自分でトイレを詰まらせたうえに、事態の収拾すらできず、挙句の果てに泥棒に追い銭のようなことをして、なおかつ、謝罪するどころか舌打ちなどしながら去っていった父親』を見て(なんちゅう我ままな。しかも家庭人としては完全に失格だ。最悪だな。)と深く悲憤慷慨しました。
しかし、のちになって、僕は、ある重要なことに気付いたんです。そのことは、かずまさのその利己的な言動をゆるす、いや、どうでもいいこととして片付けてしまうくらいに、僕をして大興奮させました。
そうです、僕は、期せずして、あの偉業『パブロフの犬』の『科学的追認実験』に立ち会ったのです。
ご存じのように『パブロフの犬』は、日常会話でも条件反射の代名詞のように使われている、ノーベル賞受賞者のイワン・パブロフの実験です。餌を与えるときに、ベルを鳴らしながら、餌を与え続けると、そのうち、餌はないのにベルを聞くだけで犬が唾液を分泌しはじめる、っていうあれですね。飼いならされた池の鯉が手を鳴らすと寄ってきたりするのも同じだと思います。
通常の犬は、餌が口の中にはいると、『餌』という『条件』に『反応』して『生理的・本能的に』唾液がでるという『結果』がでてくるわけです。しかし、『パブロフの犬』は餌という条件がなくても、本人の意図にーえーっと、この場合は犬ですから、本犬(ほんけん)ですかねーかかわらず『生理的・本能的に』ベルによって、唾液が分泌されるわけです。
少し、整理してみましょう。
*通常の登場人物と唾液反応
・犬
・餌
・唾液分泌
*『パブロフの犬』の条件反射
・犬
・ベル
・餌 有→無
・唾液分泌
・観察者 パブロフ博士(さっきまで呼び捨ててました。)
これを僕は、『追認実験』したんです!!そうなんです。つまり、あのときかずまさの右腕は本犬、いや、本人の意図にかかわらず、『反射』としてレバーをひいたんです!!おそらく、かずまさはその時、自分でもなんでレバーをひいたのかわからず悪気はないのに、大惨事を招いてしまい、そのことに気付かずに(おそらくはいまだに気付かずに)苛々してしまったんです。
本事件を『パブロフの犬』にあてはめてみましょう。
*通常の反応と、かずまさの通常行動の比較
・犬 →ヒト(かずまさ)
・餌 →レバーを引くこと
・唾液分泌 →とにかくぜんぶながれちゃうはず
つまり、かずまさは『なぜレバーを引くと元のきれいな水の水位に戻るのか』という理屈・構造は理解していないんです!彼は、『条件反射』として、その行動をその時まで、そして現在にいたるまで黙々と排泄後にレバーを引くわけです。
*『パブロフの犬』の唾液反応との比較
・犬 →かずまさ
・ベル →レバーをひくこと
・餌 有→無 →詰まりの無→有
・唾液分泌 →とにかくぜんぶながれちゃうはず
・観察者 パブロフ博士 →・・・・・僕!!
僕は、そのとき、『ヒトという生物』のトイレにおける『条件反射の追認実験』に立ち会ったのです!そう考えれば、あの何かに操られたように行われたかずまさの右腕の動きも理解できます。
ところで、卑しくも観察者として追認したのであらば、結論を報告しなければ『科学実験』とは言えないでしょう。
もちろん、詰まっている便器は『僕のかずまさ』によって流された水によって、あたかも『パブロフの犬』の唾液のごとく、盛んに洪水を引き起こしました、盛んに。すなわちこうです。
・ベルだけで犬が唾液を盛大に分泌する。
→パブロフ博士は快哉を叫んだ。
・レバーを引くだけなので盛大に汚水の洪水を惹起。
→トイレに母親と僕の阿鼻叫喚が満ちた・・。
終わり
「おーい!!おーい!!」
父親かずまさが、やや苛ついた声で、トイレから誰ともなしに呼びつけてます。洋式トイレをつまらせてしまったんです。そもそも『切れた電球のひとつ変えられない男』かずまさですから、詰まったトイレになど対処のできようがありません。そこで家族に応援を依頼したわけですが、自分でやらかしておいて苛ついた雰囲気を『おーい。』などという単純かつ天動説的な語彙で家人にまで苛々感を伝播するところがこの男の面目躍如たるところです。
有体に言うと、『いつものこと』なので僕は、ほうっておきましたが、トイレに駆け付けた母親がなかなか戻ってこないので、つい僕もトイレに見に行き、そのときに家にいた家族三人がトイレに全員集合し、便器と対峙する、という構図になりました。見ると、洋式便器の中が七割がたの高さまで、『ことのすんだ後』のかずまさの排出物と流れない水と散り散りになったトイレットペーパーで満たされています。かずまさは、
「流しただけなんだよ、ちぇっ、ちくしょ、
おかしいな、ばかやろ、ええい・・・」
とこのうえなくわがままな悪態を小声で吐きながら苛々してるだけで何もせず、一所懸命なんとかしようとしている母親のとなりで、手持ち無沙汰に傍観してます。(おお、これはいつものより激しくおいでになってるなあ。)と思いながら、僕も台所から割り箸を持ってきて、つまりの原因になっていそうなブツを取り除いてみたり、つついてみたり、母親と奮闘しました。しかし、今回は難敵です。モノだけに、というわけでもないでしょうが、それこそ『ウンとも、すんとも』いいません。七割の水位は依然として保たれたままです。それから数分、母親と僕は、考えられる手管手練を駆使し、一方かずまさは、全く責任を感じるふうもなく、かといって、立ち去るでもなく、なにやら憔然と立ちつくしています。
「これは、なんともならんねえ。」
「うん。」
「どうしよう。」
「ちょっとこのままで様子をみてみない?だってさ、
詰まってるっていっても、中身は水に溶けるモノ
なんだから、すこしづつ水位が下がっていって、
そのうちいっぺんに流れるかもよ。」
僕の提案に、母親も、
「そうねえ・・。少し待ってみようか。」
と便器を前にした実務者レべルでの会議で、『持久戦』が採択されんとした、その時です。
唐突に、腕組をしている僕の隣から、すばやく、でもなく、かといって、ゆっくりと、でもなく、『ごく自然に、あやつり人形のように』ある腕が『・・・・・・・』と伸びてきました。そして、
「?????」
と僕と母親が思ったその瞬間、あろうまいことかその腕ーかずまさの右腕ーが、便器のレバーに触れたのです!!
「ちょっと、パパ!」
「おとうさん、な、なにを・・」
止める間もなく、父親は無言で、ごく自然にレバーを押し上げました。その後の『最悪な惨状』に逆上した僕たちの罵声を浴びた父親は、
「うるさい。しょうがないだろ。ばかやろ。」
とぶつぶつと悪態をつきながら、トイレから退場してしまいました。
僕は、その時『自分でトイレを詰まらせたうえに、事態の収拾すらできず、挙句の果てに泥棒に追い銭のようなことをして、なおかつ、謝罪するどころか舌打ちなどしながら去っていった父親』を見て(なんちゅう我ままな。しかも家庭人としては完全に失格だ。最悪だな。)と深く悲憤慷慨しました。
しかし、のちになって、僕は、ある重要なことに気付いたんです。そのことは、かずまさのその利己的な言動をゆるす、いや、どうでもいいこととして片付けてしまうくらいに、僕をして大興奮させました。
そうです、僕は、期せずして、あの偉業『パブロフの犬』の『科学的追認実験』に立ち会ったのです。
ご存じのように『パブロフの犬』は、日常会話でも条件反射の代名詞のように使われている、ノーベル賞受賞者のイワン・パブロフの実験です。餌を与えるときに、ベルを鳴らしながら、餌を与え続けると、そのうち、餌はないのにベルを聞くだけで犬が唾液を分泌しはじめる、っていうあれですね。飼いならされた池の鯉が手を鳴らすと寄ってきたりするのも同じだと思います。
通常の犬は、餌が口の中にはいると、『餌』という『条件』に『反応』して『生理的・本能的に』唾液がでるという『結果』がでてくるわけです。しかし、『パブロフの犬』は餌という条件がなくても、本人の意図にーえーっと、この場合は犬ですから、本犬(ほんけん)ですかねーかかわらず『生理的・本能的に』ベルによって、唾液が分泌されるわけです。
少し、整理してみましょう。
*通常の登場人物と唾液反応
・犬
・餌
・唾液分泌
*『パブロフの犬』の条件反射
・犬
・ベル
・餌 有→無
・唾液分泌
・観察者 パブロフ博士(さっきまで呼び捨ててました。)
これを僕は、『追認実験』したんです!!そうなんです。つまり、あのときかずまさの右腕は本犬、いや、本人の意図にかかわらず、『反射』としてレバーをひいたんです!!おそらく、かずまさはその時、自分でもなんでレバーをひいたのかわからず悪気はないのに、大惨事を招いてしまい、そのことに気付かずに(おそらくはいまだに気付かずに)苛々してしまったんです。
本事件を『パブロフの犬』にあてはめてみましょう。
*通常の反応と、かずまさの通常行動の比較
・犬 →ヒト(かずまさ)
・餌 →レバーを引くこと
・唾液分泌 →とにかくぜんぶながれちゃうはず
つまり、かずまさは『なぜレバーを引くと元のきれいな水の水位に戻るのか』という理屈・構造は理解していないんです!彼は、『条件反射』として、その行動をその時まで、そして現在にいたるまで黙々と排泄後にレバーを引くわけです。
*『パブロフの犬』の唾液反応との比較
・犬 →かずまさ
・ベル →レバーをひくこと
・餌 有→無 →詰まりの無→有
・唾液分泌 →とにかくぜんぶながれちゃうはず
・観察者 パブロフ博士 →・・・・・僕!!
僕は、そのとき、『ヒトという生物』のトイレにおける『条件反射の追認実験』に立ち会ったのです!そう考えれば、あの何かに操られたように行われたかずまさの右腕の動きも理解できます。
ところで、卑しくも観察者として追認したのであらば、結論を報告しなければ『科学実験』とは言えないでしょう。
もちろん、詰まっている便器は『僕のかずまさ』によって流された水によって、あたかも『パブロフの犬』の唾液のごとく、盛んに洪水を引き起こしました、盛んに。すなわちこうです。
・ベルだけで犬が唾液を盛大に分泌する。
→パブロフ博士は快哉を叫んだ。
・レバーを引くだけなので盛大に汚水の洪水を惹起。
→トイレに母親と僕の阿鼻叫喚が満ちた・・。
終わり
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