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好き嫌い。

(ふーむ、これが年配者がよく結婚式のスピーチで言う「00君、結婚とはずばり忍耐ですぞ。」ってやつかあ?)
と僕は、さい君の頻繁なトマト責めにも文句ひとつ言わずに堪え忍んでいました。

 僕は、母親がそのことには厳しかったこともあって、食べ物の好き嫌いは殆どありません。もちろん、『全くありません』と威張りたいところですが、そうなると、実際には自分の守備範囲にある食べ物については、という条件付きにならざるをえません。なぜなら、かつて駐在していた南半球の某所のそこかしこにある、ある地方料理のレストランで必ず、あたりまえのように出てくる『牛の脳みそ』、-右脳と左脳がきちんとセットででてきて理科室の模型そっくりです。ん?違いますよ、模型が本物にそっくりなことを実感します。-、はとても食べられませんでした。そらおまえ、そんな極端なことを言いだしたらきりがないじゃないか、とお叱りを受けそうですが、この食べ物は彼の地では、『ごく普通のおかず』で、それどころか『私は牛の脳みそさえあれば白いご飯を何倍でも食べられる』と、かつての僕における滑子茸の瓶詰と白飯、山案山子における25年来の梅干しといいちこ、のようにとらまえている人もいる『ありきたりなおかず』なんですね。でも僕は、どうしてもおかずにするどころか、食卓に理科室の模型があることからして違和感があって、食べられませんでした。だから、正確には『好き嫌いは、ありません(牛の脳みそを除く)』っていうことになるので、ややこしいので、そういう話題になったときは、好き嫌いは殆んどありません、と理科室の模型は、前提として心の中で括弧でくくってから、発言するようにしています。ゆえに、好き嫌いは殆んどありません、という前提で僕が信条とする『シンプルに』話しを進めていこうと思います。 ・・・・・・・・・余計ややこしかったですか?
 もちろん、僕も生まれ落ちてから、何の葛藤もなしに殆んど好き嫌いがなく成長したわけではなく、嫌いなものもありました。けれども、僕の母親は、『目の前に出されたものは全部たべること』という信条を言動共に、僕ら子供たちに厳しく強制しました。それは、ひとつにはちゃんと量を摂取すること、ひとつには好き嫌いをさせないこと、が目的でありました。そこで母親が牛の脳みそなんぞを出さなかったのはまさに僥倖というべきですが、僕は、トマトが大嫌いでした。なぜかは、わかりません。
 好悪や嗜好って理屈では割り切れないものです。性格・容姿はともかく、大金持ちの男性に、彼の財布がもてるのではなく、本当にその人物に女性が惹かれてしまう、のと同じですよね。よく世の中の心ある女性は、僕に対して『またあ、緑くんは巨乳でにこにこしてれば誰だっていいんでしょ。さいて―。全然学習能力がないわね。あの子は、緑くんとは 合わないから、や・め・と・き・な・さ・い!!』って言ってくれたけれど、― しかもそのアドバイスは殆んど、いや、全部ですかね、正しかったですが― 惹かれちゃうんだから知らないです。
 えーと、そうです、トマトが嫌いなのは、理屈じゃないんです。巨乳・にこにこならいいのか!違うでしょ!、そう違います、でも惹かれてしまうんです。それと全く同じで(同じですかね?)栄養があるから摂取しなければいけない、というのは、わかっているんです、でも大嫌いなんです。しかし、もちろん、母親は許してくれないので、僕は毎回悶絶しながらトマトを食べていました。そして、そのうち好きになるだろう、という母親の狙いもむなしく、未だに好きじゃありません。ただ、年を追うごとに、だんだんと葛藤や悶絶なくして食べられるようになりました。加えて、僕は、食事を楽しむために、いきなり本丸をやっつける、というすべを身に付け、『いただきます!』と言うが早いか、僕の眼前から天敵が姿を消すのが早いか、というくらいあっというまにトマトをたいらげてしまう、という方策を実行することで生き延びてきました。そして、その高等戦術を小学校高学年の頃には、完全に自家薬籠中の物とし、僕に供されるトマトはいつもあっというまにその姿を消すようになりました。あまつさえ、大人になって、他人と外食するようになり、みんなで食べる大皿にあるトマトでさえ、気がつくと不倶戴天の敵の如く、ひとりで無意識のうちにやっつけることも散見されるようになり、『しまった、馬鹿らし!』と反省したりしてました。

 やがて、月日はたち、僕は、いまのさい君と知り合いました。そして、なんだかわからないうちに、あれあれという間に仲良くなり、半分期待していた周囲の反対も全くなく、おやおやという間に結婚なんぞをしてしまいました。
 それで、さい君の手料理を食べる日がはじまったわけですが、どういうわけか、頻繁にトマトがでてくるんです。もちろんトマトだけで攻めてくるわけではなく、たいてい生野菜サラダに添えられたりして出てくるわけです。その度に夫は、新婚の食卓を楽しむためにも、赤い仇をまず成敗します。僕は、『殆んど好き嫌いはありません』ので、その場にのぞんでみないとどこの国の料理かわからない、という国際結婚の宿命も含めて、さい君の料理には何も不満はありませんでした。そう不満は。ただ、ひとつ、『なんでこんなにトマトがしょっちゅう出てくるんだろう?』という素朴な疑問を除いては。それでも、
(ふーむ、これが年配者がよく結婚式のスピーチで言う「00君、結婚とはずばり忍耐ですぞ。」ってやつかあ?)
と僕は、さい君の頻繁なトマト責めにも文句ひとつ言わずに堪え忍んでいました。

 そんな、結婚して数カ月後のある夜、食卓につくと、大盛りの生野菜サラダにシーザーサラダドレッシングがかかっています。僕はシーザーサラダは好きです。もちろん、トマトもこれでもか、と存在を主張しています。僕は、これまでの人生とおなじく淡々とトマトを平らげ、食事を楽しみましたが、ふと、聞いてみる気になって、―今思うとそれまで聞かなかったのは、『出されたものは全部食べること』という母親の洗脳が生きていたからのような気がしますがー、
 「あのさあ。」
 「何?」
 「ユウってさあ、トマト好きなの?」
 「え?なに?」 
 「いや、だかさ、トマトだよ、トマト。好きなの?」
 「ああ、トマトね・・。きらい。」
 「!!??」
 さらりと、しかし、厳然と宣言されて僕は、呆然としました。ええ、僕の奥さんもトマト嫌いなの?初めて知った!そうか、ということは、
 「じゃあさ、彩を考えてるわけだ。」
 「え?」
 「いや、うちさ、トマト多いでしょ。で、ユウは嫌いな
  んでしょ?だから、彩のために、いつも添えて・・・」
 「え?ちがうよ。」
 「へ?じゃあ、なんで!」
 「へ?だってケイタ、トマト、大好物でしょ。」
 「ええええ!!」
 その後、さい君の母国語での長い議論の結果、

 ①さい君も、僕に負けず劣らずトマトが嫌いなこと。
 ②結婚前、外食したとき、トマトが出てくると、
  『あ、出た!』と毎回思っていたこと。
 ③しかし、毎回例外なく、ケイタが、あっというま
  にトマトを『集中的に』平らげていたこと。
 ④そのため、この男は『偏執狂的なまでのトマト好き』
  だと思っていたこと。
 ⑤だから、当たり前のように頻繁にトマトを購入し、
  一方ケイタは予想にたがえず、まずトマトをあまねく
  食べつくしていること。

と、いうことが判明し、二人とも、うち驚きました。

 いまでも、トマトは食卓にでてきます。でも回数は減りましたし、現在はどちらかというと栄養を考えて、二人とも我慢して食べてます。結婚とは忍耐かもしれませんが、実は、トマト好きかどうかを共同で紐解いて行くことでもあった、とは知りませんでした。
 
 ところで、息子のフジが『異常なまでのトマト嫌い』で困ってるんですけど、どうしたらいいですかね。

========= 終わり ========
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プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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