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所ジョージさん。3

 誠に面目がございません。

 『ニドボッキ』は僕が述べたように前回で終了する予定でしたが、後日談が出来て(拵えて、かな?)しまったので、今回もお付き合いください。

 小人閑居して不善をなす。
 僕は『ニドボッキ』と『日本ドッジボール協会』との関係の有無についてさらに詳しく調べてしまったのです。

 まず、大胆にも本丸の『日本ドッジボール協会』へ電話しようと企みました。
 我ながら、なんという社会的生産性の低い人でしょう!?
 日本ドッジボール協会のホームページには何故か住所のみで電話番号が記載されていないので、NTT104に問い合わせました。
 こんなことを協会に聞いたらどやしつけられるかなあ、なんて思いながらドキドキしつつ104のオペレーターの返答を待っていました。
 ところが世の中にとっては幸いなことに、しかし僕にとっては不幸なことに104の返答は『該当ございません。』でした。
  
 あれ??
 電話番号わかんないのか・・・・。なんだ・・・・。
 さっきまでのドキドキ感は風船がしぼむようにしゅるしゅると小さくなっていき、僕は切歯扼腕しました。

 「これじゃあ、調べようがないじゃないか!」

 という、わけで『所ジョージさん。3』でした。

 ===終わり===

 ・・・・と、なるところでしたが、天知る地知る、意思あるところに道あり、捨てる神あらば拾う神あり、ひょんなことから僕自身は大して努力もしていないのに、協会とは接触できなかったものの、長くドッジボールに関わられているお方の話をメールで伺うことができることに相成りました。

 その方は、-今、仮にA氏とします-、一面識もない僕の、一瞥にすら値しない質問に、能う限り詳細に文書でご返事をしてくださいました。

 僕がA氏に投げた、傍若無人、厚顔無恥、その暇人としての面目躍如たる質問内容の概要と骨子は以下の二つです。

  ①『パオパオチャンネル』という番組内での『日本ドッジボール協会公認ドッジボール大会』というコーナーは、日本ドッジボール協会、あるいはその前身団体が実際に公認されていたものなのか?全く関係ないのか?
 
  ②さらに上記の番組内で『日本ドッジボール協会』を『略してニドボッキ』と紹介されていたが、このことはドッジボール協会側では承知のことか?また、もし承知とすれば斯様な略称で呼ばれていたことに関してはどのように考えているのか?

 このような概要の質問に参考として『パオパオチャンネルWIKIPEDIA』と、僕が怪しい者ではない(どこをもってして僕と僕のブログが『怪しくない』と判断するか、には僕自身でさえちょっと考えちゃうところですが。)、また真剣に知りたいのだ、という背景として固定読者数十人しか(もっと増えてほしいなあ。ご友人・知己に本ブログが心の琴線に触れそうな方がいたら、-そういう奇特な方はあんまりいないと思いますけど-、宣伝をお願いします。)いないが、一応ブログに書きたい、そのブログはこういうものです、と本ブログのアドレスも添付しました。

 これに対し、A氏は(先述のように、メールでのやりとりだけで僕とは面識はございません。)下記の如く、まことにご丁寧に返事をしてくださいました。
 以下、誤解を招かないように、A氏のご返答を引用していきます。

 『まず、協会設立年との兼ね合いについては、ブログでご指摘の通り、当該番組が終了後にJDBAが設立されていますので、当該番組放映時に呼ばれていた協会名は現在の組織とは異なる空想のものではないかと思われます。』
 
・・いきなり核心にせまるご推測です。やはり、略称『ニドボッキ』はフェイクだったようです。さらに、A氏はご自身の知っておられる範囲で、それをもっと細かく論証してくださいました。

 『また、当該番組(筆者注:パオパオチャンネルのことですね。)のメインスポンサーは小学館ですが、JDBAの設立に際して深く関わった出版社は講談社です。
 小学館はその頃「ドッジ弾平」という連載を行っており、後にアニメ化されました。
 ドッジ弾平で取り上げられた競技は『スーパードッジ』であり、漫画の中の協会名は『日本スーパードッジ連盟』です。
 ドッジ弾平は小学館のコロコロコミックで取り上げられ、JDBAのドッジボールは講談社のコミックボンボン内で『爆風ドッジ』の連載を基に設立されました。
 いわばライバル社同士が同企画で勝負をしていたので、こういった状況を考えると、小学館がメインスポンサーの番組がJDBA設立の契機となることは考えにくいです。
もしそうなっていたとしたら、爆風ドッジは小学館で連載されているはずだと思います。』

 ・・・おお、なるほど!
 深いです!
 『パオパオチャンネルと日本ドッジボール協会』の背景には要約すると以下のような『大人の事情』、もっと言えば『資本主義経済的事情』があった(らしい)わけです。

 パオパオチャンネル -小学館-ドッジ弾平
 日本ドッジボール協会-講談社-爆風ドッジ

 これは素人にはわからないし、想像もできません。貴重な推理です。
 さらに、A氏のご回答は続きます。

 『なお、当該番組内でのコーナーや呼称などについて、少なくとも私がドッジボールに関わってきた中でお会いした方々のドッジボール関係者の誰かがそのような話をしていたという記憶はありません。』

 これは、ちょっとした衝撃でした。
 インターネットで検索したら『ニドボッキ』だけで200件も-
 (僕の数少ない女の子の友人のひとりの、まつしまみこさんが、前回までのブログを読んで『パオパオチャンネル ニドボッキ』での82件、よりも『ニドボッキ』だけならもっとたくさんヒットするよ、とわざわざ教えてくれました。なるほど確かに『ニドボッキ』なら200件以上ヒットします。ああ、なんと罪なことを!僕と僕のブログは、まつしまみこさんに『ニドボッキ』なんていう文字を入力せしめてしまったわけです。彼女のご両親に謝罪したいです。ありがたいやら、申し訳ないやら・・・・。)-
 ヒットするこの言葉は、24年以上にわたって連綿とある種のひとびとの記憶に留まっているのに、ドッジボール競技者の間では口の端にものぼっていないようなんです。

 続きます。

 『また、パオパオチャンネル自体、幼少期に見ていた記憶はかすかにありますが、私自身の記憶に残っているのは、所さんが消しゴムのかすを集めて消しゴムを作る企画をしていたくらいのものです。』
 
 誠実な方です。ご自身の個人的なパオパオチャンネルへのスタンスまでご開示くださいました。ちなみに、僕は『所さんが消しゴムのかすを集めて消しゴムを作る企画をしていた』ことは全く記憶にございません。が、なかなか生産性が低くて個人的にはそういうのは嫌いじゃないです。

 最後にA氏は下記のようなコメントで最後を締めてくださりました。

 『私自身、持っている知識と経験の中でお答えできることは以上です。
  なお、JDBA会長について現在は馳浩氏ですが、設立当時は森喜朗氏だったことを申し添えます。
  宜しくお願いいたします。』

 おお、A氏はなんと僕のブログを一読くださりこちらからの質問内容では触れなかった『ニドボッキを払拭したいのなら何故、会長は馳浩先生なのか?』という僕のいちゃもんともとられかねない愚問にも反応してくださったのです。

 東京で今度五輪があるみたいですが、例えば閉会式で、大雑把に五大陸対抗くらいの括りで選手や大会関係者を分けて国立競技場を使って壮大なドッジボールでもしないかな。
 日本で育った人ならみんな子供のときにやった経験があるだろうから馴染みが深くて親しみやすいだろうし、ドッジボールを競技として真剣にやられている方には心外な言い方かもしれないけれど、各自の本業の戦いを終えたアスリート達が集団になって右往左往するさまって平和的で微笑ましいと思うんだけどなあ。
 もちろん、ハンドボール選手や水球選手も腕撫して参加しちゃうんであります。

 日本ドッジボール協会とオリンピック関係者の皆さん、ひとつご検討ください。

 結論。

 ①『パオパオチャンネル』のドッジボールコーナーは現存する日本ドッジボール協会とは関係ない。
 ②『ニドボッキ』について苦悩したり喜んでいたりするのは殆どが『ドッジボール部外者』である。
 ③A氏のご回答ぶりから想像するに、ドッジボール関係者は誠実そうである。
 ④まつしまみこさんは、僕のせいで『ニドボッキ』と検索した。
 ⑤今回のコンタクトを機会に『ニドボッキ』という言葉が、ドッジボール関係者の間で人口に膾炙する可能性がある。そうなるとちょっと照れる、いや、困る。
 ⑥頑張れ、日本ドッジボール協会!


===終わり===
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所ジョージさん。2

 『所ジョージさん。1』をしたためるに際し、いささか疑問に思ったことがあったので、今回はその続きです。
 前回の内容の品のなさに辟易された方は、もう一回だけ我慢してください。(特に女性の方、ごめんなさい。)

 それは、実は僕は『パオパオチャンネル』それ自身からその名称を知ったわけですが(つまりは略称『ニドボッキ』を知ると時を同じくしたわけです。)、
 
 『日本ドッチボール協会というのはそもそも実在するのか?』

 というささやかな疑問です。

 だって、所ジョージ氏は声高に『にほん、ドッチボールきょうかい、略して、ニドボッキ、こうにん!』と毎回毎回叫ばれていたわけですから、もし、本当に日本ドッチボール協会というものが存在していたとして、

 ①公認していなかったら、これは毎日のようにテレビで叫ばれるのは迷惑だろう、と思われる。
 ②公認していたとしたら、毎回『ニドボッキ』と呼ばれることには抵抗はなかったのだろうか?

 と思ったからなんです。
 つまり『日本ドッチボール協会が存在した』として、①にしても②にしても協会側にとっては、諸手をあげて歓迎するようなタイトルコールではないはず、と僕は思ったんですね。
 
 そこで、調べて見ました。
 ありました。あるんです。

 『日本ドッジボール協会』
 『略称 J.D.B.A.』
 『1991年2月設立』
 『会長 馳浩』
 
 そうなんです。『ドッチボール』ではなく、『ドッジボール』が正しいんですね。
 これは僕の長年にわたる勘違いだったようです。この競技を英語で綴ると『dodge ball』となり『dodge』は『さっと逃げる、ひらりと身をかわす』という意味だそうです。だから『ドッチボール』ではなく『ドッジボール』なわけです。
 まあ、これはどちらでもよろしい。勉強にはなりましたが『ドッチボール』でも『ドッジボール』でも略称が『ニドボッキ』になることには変わりはありませんから。

 略称『J.D.B.A』、『ニドボッキ』から一転格好いいです。やはり、というか当たり前でしょうけど、略称『ニドボッキ』を名乗ってはいませんでした。

 『設立1991年』・・・
 あれ?
 僕の調べたところによると『パオパオチャネル』が放送されていたのは、1987年から1989年です。
 ということは、所ジョージさんの『日本ドッジボール協会、略称ニドボッキ、公認』というのはフィクションであった可能性が高いわけです。

 これは、これで、僕は痛く感じ入ってしまいました。
 なぜって、

 ①2013年現在実在する『日本ドッジボール協会』の存在を所ジョージ氏により、その結成前からすでに多くの人(?)が知っていた。
 ②ひょっとしたら、時系列から考えてみて所ジョージ氏の番組内での咆哮がなんらかの刺激になり『日本ドッジボール協会』が誕生した可能性がある。
 ③つまりは『ドッジボール』という競技そのものはともかく、『日本ドッジボール協会』という団体の民衆への啓蒙活動には『ニドボッキ』は大いに役立っていた、それも団体の誕生に先んじて。

 ということになる、と思ったからです。これは、氏によるある種の予言といってもいいでしょう。

 そして、『会長、馳浩』・・・。
 そう、元プロレスラーにして、現自民党衆議院議員の馳浩さんです。

 これは・・・どうなんだろう???

 もし、僕が日本ドッジボール協会の関係者で、もし(もしですよ、もし)『ニドボッキ』というイメージを迷惑に思って払拭したい、と考えていたら、馳浩さんには会長を頼まないです。
 いや、特にプロレスファンの方は誤解しないでほしいんですけど、僕がイデオロギー的に自民党が嫌いだとか(好きともいいませんけど。ここでは関係ないです、ということです。)、プロレスラーとしての馳浩さんを認めんとか(むしろ、大学を卒業し、一度国語の教師として教壇に立ちながら夢諦め難く教職を辞しプロレス入りされた時には、好意さえ持っておりました。)、というわけではないんです。
 
 ただ『ニドボッキの払拭』を狙っているとしたらちょっと『馳浩』さんはないんじゃないかと。
 だって、僕の、イメージでは、馳浩さんと言えば、その頃は(今でもそうだと思いますけど)珍しかった眼にも眩しい黄色いトランクスをはき、得意技は、相手の両足を腰にあたりに挟み込んで、ぶんぶん振り回す『人間風車』じゃないですか。
 あの技って、なんだか、その、言いにくいですが『ニンゲン○ッキ』って感じがしませんか・・・?
 
 黄色いトランクスのマッチョなイメージに『ニンゲン○ッキ』・・・・
 
 これはどっちかというと、いやあきらかに『略称 J.D.B.A.』より『略称ニドボッキ』というイメージをより堅牢にする人事に近いと思うんだけどなあ。

 いや、もし仮に僕が、日本ドッジボール協会の関係者なら、という飽くまで仮の話です。

 ・・・尚、これは、蛇足中の蛇足ですが(世の中広いですね『世間には自分と全く同じことを考えているひとが何人か必ずいる』と話には聞いたことがありますけど。)今回分を書くにあたり、こんなのどうせ一件も引っ掛からないだろうな、と気の向くままに、

『パオパオチャンネル ニドボッキ』

 とさるサイトにインプットして検索してみたら、これがなんと82件(!!)もヒットしました。

 このようなおよそ生産性が皆無と思われることに関心をもって、かつネット上でわざわざ情報を発信している人がこんなに大勢いることに、僕は『うわあ、82けんも!おお、ご同輩!お互い暇人ですなあ!』と思わずにたにたすると同時に、なんといいましょうか、ともすれば苛烈とも言われるニッポン現代社会も斯様な余分なのりしろを(僕という人間も含めて)包含している、ということに少し安心感を覚えました。そういう社会の方が健全ですよね。

 この82件の情報の当事者には是非僕のブログを読んでほしいな。

=== 終わり ===

所ジョージさん。1

 だいたい気付かれてしまっていると思うんですけど、このブログは、結果的に筆者がかなり独善的に書き飛ばしている、という性質のものが多いです。
 ただ、そういう僕でも、少ないながら気を遣っていることが、実はいくつかあります。
 そのうちのひとつをここで白状しちゃうと、あまりにも有意義でない内容で、最悪の場合ブログ自体がそう捕らえるのは已む無しとしても『筆者の人間性そのものが下劣だ』と思われやしまいか、という心配です。
 今回の内容も、いや今回は特に、うまく筆者の人間性に無用な疑念を抱かれないように書き切ることができるのか、ちょっと自信がないです。
 でも、そういう僕の不安に反して筆がどうしても進んでしまうので、書くに至りました。

 最近はあまり聞かないような気がしますが、僕が子供の頃は、よく、
 『思い出し笑いをする人はスケベなひとだ。』
 と言われました。

 これは、

 『思い出し笑いをする。』
     ↓
 『客観的状況と全然違うことを頭の中で考えている。』
     ↓
 『妄想癖がある。』
     ↓
 『スケベである。』

 と演繹されたのでは、と推測されます。

 ところで、僕はどうかというと、これがまあ非常に頻繁に思い出し笑いをします。自分でも『お、いかん、いかん、ついにたにたしてしまったな。スケベなひとと思われちゃうぞ。』と自覚することが多々あります。
 そればかりか、実家にいた頃などは、母親から、
 「あんた、なに、さっきからにやにやしてるの?」
 と指摘されて初めて自分が思い出し笑いをしていることに気付いたりしていたので、自覚だけで『十分に多い』のに、自覚しないものを含めるとかなり頻繁に思い出し笑いをしている、ということになります。

 これはいかんなあ、でも『箸が転んでもなんとなやら』じゃないけれど、例えば駅のホームで電車待ちをしている列の中に思い出し笑いをしている社会人、なんてそう見ないから、きっと若さゆえであって大人になった落ち着くんだろ、と安易に高をくくって、この癖は放置しておりました。
 ところが、驚いたことに大人になっても全然この癖が治りません。はっと気がつくと、それこそところ構わず駅のホームなんかで思い出し笑いをしていることがしょっちゅうあります。もちろん、自覚なき思い出し笑いも相当数していると思われます。なんだ、大人になっても改善されていないじゃないか、とあるべき姿との乖離にこれまたひとりで口惜しがったりしているんですけど、最近さらにあることに気が付き仰天してしまいました。

 そのこととは、僕が『思い出し笑いをいまだに頻繁にしている』だけではなく、
 『思い出し笑いの対象が進歩していない。』 
 ということなんです。
 まさに、十年一日の如く同じことでにやにやとしている自分に驚かされています。

 『パオパオチャンネル』というテレビ番組がありました。
 以前のこと、それも相当前のことです(調べてみたら1987年から1989年にかけて放送されていたようです。)。この番組は夕方に放送されていた、いわゆる『バラエティ番組』という範疇のものだったと思います。『思います』というのは、実のところ僕はその番組をとりわけ熱心に見ていたわけではないからです。あまり番組内容の詳細も覚えていません。たまに暇つぶしに見ていた程度だったと思います。
 その番組に、あるコーナーがありました。僕の頭にわずかに残っている番組内容です。それは出演者だか、参加視聴者だか、が『ドッチボールをする』というコーナーで、皆さん真剣にドッチボールをしていたと思います(ひどいことにそれすら、詳細は記憶にありません。)。

 それがどうした?と思われるでしょう。

 問題は(問題なのかな?)は、そのコーナーが始まる際に、毎回この番組の司会者である所ジョージさん(だったと思います。)がするタイトルコールにありました。
 なんのことはない『今からドッチボールコーナーが始まりますよ!』という趣旨のコールなんですけど、その際、しかも僕の記憶によると毎回、-毎回です。-、所ジョージさんがこう叫ぶんです。
 
 「にほん、ドッチボールきょうかい、りゃくして、ニドボッキ、こうにんっ!パオパオチャンネルうう、ドッチボールう、たいかい~~~!」

 僕は、当時この『略称』を始めて聞いたとき弾かれたように呵呵大笑してしまいました。
 「うわはははは!『略してニドボッキ』!、うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、がははは!』
 番組の中では、なぜかこの略称には特に誰も笑わず触れず、という感じで、すんなりと『怪しげなプレイ』なんぞではもちろんなく『真剣にドッチボールをプレイする』コーナーへと入っていくんです。
 それにもめげずに、毎回所ジョージ氏は必ずこのコーナーのタイトルコールで、『ニドボッキ、こうにんっ!』と咆哮されておりました。
 僕は僕で、この略称に心を鷲摑みに摑まれてしまい、毎回毎回ひっくりかえって大爆笑しておりました。
 正確なことを言えば、略しても『ニドボキ』あるいは『ニドボーキ』になるはずなのに、そこを強引に独自の解釈で『ニドボッキ!』と言い切ってしまう、氏のニドボッキな、もとい、イッポンギな男気にも痛く感じ入ってしまいました。

 
 さて、先日のことです・・・。
 電車の中で、ボーっとしていたら、あれ?とふと自分が『思い出し笑い発作』に襲われていることに気付き、慌てて表情を整えました。そのとき、はて俺はなんで今思い出し笑いをしていたんだ?と、珍しくいつもより冷静に自問自答してみて愕然としました。
 その時、僕はなんと頭の中で、
 「にほん、ドッチボールきょうかい!りゃくして、ニドボッキ、こうにんっ!パオパオチャンネルうう、ドッチボールう、たいかい~~~!」
 とハイテンションで叫んでたのです。

 ええ、俺って、なになに?どうなってるの?いま、2013年だから、ええ?少なくとも24年間はニドボッキで笑い続けてるってこと???十年一日どころではないですぞ?

 にじゅうよねんかんもニドボッキ・・??

 あり得ん!

 僕は、自分という人間の内容の無さに、そうだなあ、つまりなんと申しましょうか、自分はこの24年間で、就職したり、病気したり、ビール飲んだり、残業したり、社内恋愛したり、予算を作ったり、失敬したり、もんじゃ焼き食べたり、失恋したり、テキーラ飲んだり、結婚したり、決算を狂わしたり、失禁したり、風邪ひきましたって嘘をついて会社を休んだり、子供ができたり、いろいろなプレイをしたり(いや、その、ラグビーとか、キャッチボールとか、です。)、とにかく多種のことをして多様に頭と心を働かせてきたのに、それらことどもは全て『ニドボッキ』には適わなかったのだ!!、『ニドボッキ』の前に俺の24年間の脳内活動は哀れ一敗地に塗れたのだ!!という思いに、しばし唖然悄然としてしまいました。

 ・・・・全くくだらない男です。

 でも、やっぱり、『ニドボッキ』にはにやにやしちゃうよなあ。『つまるところ氏は、いかなる状況をもって斯様な言葉と定義せんとするものなのであろうか?』なあんて、自分なりに深く考察してみちゃったりしてね。

 尚、僕が言われているように『スケベなひと』かと問えば、どっちかというとそっちは淡白で年齢に比し旺盛さにやや欠けて残念である、という感じのほうなので当たってはいないんじゃないかなあ?と思っています。
 いや『自己保身のためのポーズ』じゃなくて・・・真剣に、そう思います。


=== 終わり ===


 
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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