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常連。

 僕は、そのお店に行くことをとても楽しみにしていました。
 
 本ブログの読者で、彼とは明らかに面識のない複数名から、
 「山案山子はどうしてる?」
 と、お問い合わせをいただいたことがあります。
 これは、大袈裟に言うと、このブログの中で、山案山子くん(仮名)そのひとの人格が生き生きと躍動している、ということであり、筆者としては嬉しい限りです。もっとも、僕は、彼の言動や、彼といたときに起きたことの顛末を、事実として並べ立ててるだけ、なんですけどね。
 と、いうわけで、今回も山案山子くんに絡むお話です。
 山案山子くん、ありがとう。

 それは、僕が南半球の某国に駐在しているとき、ある年末、久しぶりに日本に一時帰国したときのことです。
 僕が、海外から、今度日本に帰るから、呑みに行こう、と連絡すると、そこは、なりは大きくても(山案山子くんは確か、185センチに迫ろうという、わがラグビー部の大型FBです。)心根優しい彼のこと、素直に喜んでくれました。
 「じゃあ、あの店に、12月28日に行こう、その日は忘年会で、俺も呼ばれているからさ。」
 友あり遠方より来る、楽しからずや、友人とは嬉しいものであります。山案山子は早速に僕との吞み会を設定してくれました。
 そこは、ある駅のすぐそばの路地に位置した、開店してからまだ日の浅い小料理屋で、清潔な白木のカウンター席に、テーブル席が二席、座敷が二席という、若い無口なご夫婦が彼らだけで切り盛りしているお店で、小さい構えながらも料理のおいしいお店でした。僕は、それまでも何回か山案山子と一緒に行ったことがあります。
 なんでも、
 「その忘年会は常連客限定だからさ、きっといつもとは違う特別な料理がでるよ。」
 との山案山子の言でした。
 これは、したり。いまどき、もちろん、僕が駐在していたところでも日本食にはありつけますが、やはりそこは海外、しかも南半球、品種の多さや味のレベルには自ずと限界があります。
 久しぶりに母国に帰り、気の置けない友人と味は保証された小料理屋での、しかも特別な料理、これはいいです。自他共に認める、飲兵衛の山案山子ならではの供応です。
 僕は、日本に帰国する前から、その日をとても楽しみにしていました。

 さて、当日、僕と山案山子はいそいそと連れだって出かけました。
 「いらっしゃい。」
 若大将の笑顔もこころなしかいつもより、豊かです。
 僕らの期待は、いやがうえにも高まります。
 見回すと、まだ客はおらず、僕らが最初の来店者のようです。二人は、カウンターに座り、まずはビールを注文し早々と乾杯しました。
 「今日はさ、『常連だけの忘年会』だから、メニューからのオーダーじゃないと思うんだよね。」
 と、山案山子は、にこにこします。
 おお、なるほど、なるほど、そういうことなら、つまみを注文するのも無粋だな、と僕は納得し、しばし期待感を肴に、山案山子とビールを酌み交わします。
 と、他の常連さんが、三々五々やってきました。
 やあ、来たな。
 みなさん、いつもより高揚感があります。
 「大将!これ買ってきたから!」
 その常連さんの手には、天麩羅と思しきお惣菜がありました。ほほう、これは粋ですね、僕ら若輩者はこういう配慮はなかったです。高価なものではなく、そこらへんで売っているお惣菜と思しきものですが、常連としてのせめてもの心遣い、ということでしょう。
 「いらっしゃい!」
 次々にやってきます。今度は『回転寿司のそれ』とわかるお持ち帰り品が手にあります。みなさん、わきまえておられるのだな・・・。
 
 そうこうするうちに、広からぬ店内は、『常連』でいっぱいになり、そのお惣菜や寿司もみなさんに供されて宴らしくなってきました。
 しかし・・・・・。
 なんか、おかしいなあ。
 そうなんです、待てど暮らせど、一品の料理も店側からは出てきません。そのうち、僕の心で小さくともり始めた懐疑に、油を注ぐようなことが起き始めました。
 なんと、いつもは黙々とカウンターの中で料理を拵えている大将が、前掛けを外し、カウンターから出てきて酒を飲み始めたんです。
 大きな声で、陽気に、しかも、いやに饒舌です。
 ん、こんなにしゃべる人だったのか。??あれれ、あんた、仕事しなくていいの?客と一緒になって酒なんか飲んでたら料理どころじゃないんじゃ・・・・。
 僕と山案山子は、だあれも拾ってくれない期待感と食欲をもて余しつつ、半ば呆然とその光景に見とれていました。
 「おい、これって、どういう・・・・」
 「うう・・・・」
 山案山子は苦渋の表情で、考えあぐねています。
 常連客と大将の、お惣菜と回転寿司をつまみにした宴は、僕らふたりの肩すかし感をよそに、ますます喧騒を増します。
 『いつもとは違う特別な料理』は・・・。

 そのうち、山案山子が、申し訳なさそうに、小声で言い出しました。
 彼は何かに気づいたようです。
 「あのさ、これはさ、俺の勘違いだったみたいなんだけど・・」
 「だけど?」
 「『常連だけの忘年会』っていう意味はさ・・」
 「意味は?」
 山案山子は、さらに声を潜めていいました。
 「つまりさ、その、『常連客を特別にもてなす』んじゃなくて・・・」
 「なくて?」
 「『常連客が大将を特別にもてなす』っていう会みたいだったんだよね、どうも。」
 だよねどうも、じゃないです。
 なるほど、来る客、来る客が手に手につまみを持ってきていたことや、大将が働くそぶりも見せずに、酒を食らって笑っていることも、そういう風に考えれば得心します。だた、僕ら二人の『常連とその友人』のみは、この会の趣旨やシステムを理解せずに、あさっての期待感をいだき、勝手ににやにやしていただけ、ということのようでした。

 さようか・・・・。
 つい何十時間前まで、南半球にいた僕は、期待が大きかっただけに落胆もかなりのものでした。
 しかし、まあ、そういうこともあろう、かなりがっかりしたけど、ここは山案山子を責めたてたら『特別な料理』が出てくる、のならともかく、そういうことではないみたいだから、彼を責めてもしょうがない。
 それが男同士の友情というものだ、うん。
 しかし、限られた日本滞在時間を、スーパーのお惣菜と、お持ち帰りの回転寿司(スーパー関係者の方、回転寿司関係者の方、誤解しないでください、個人的には両方とも好きです。ただ、その時の僕は『日本でしか味わえない非日常感への期待感』でいっぱいだったんです。)と共に過ごすわけにはいかないな、と僕は思いました。
 「おい、」
 「ん?」 
 僕は小声で言いました。
 「山案山子、出るぞ。」
 「え?」
 「そら、そうだろ、俺はこんなことのために帰国したんじゃないぞ。限られた久しぶりの日本での時間を、お惣菜と回転寿司に使うわけには行かないから、河岸を変える。出るぞ!」(繰り返しますが、お惣菜関係者と、廉価なお寿司屋さん関係者のみなさん、ごめんなさい。)
 ところが、その提言に対する山案山子の反応は予期しないものでした。
 即ち、彼は一応申し訳なさそうな表情ではあったものの、こう言い張ったのです。

 「いや、こんなに短い滞在で出ていくと、俺の常連客としての面子が潰れるから、ここは我慢してくれ。」

 ・・・・・・。
 とどのつまり、僕は、望まぬ境遇に居続けることになりました。その後のことは覚えていません。覚えていないくらいだから、ろくでもない時間を過ごしたんだと思います。

 と、いうわけで、今回は『筆者の親友、山案山子は、いざとなると友情より自分の酒呑みとしての面子を重んじる男である』という、お話でした。
 もちろん、今回も山案山子(仮名)には無断で書きました。


===終わり===
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花吹雪。

 あれはまだ社会に出て数年目のある真夏の日のことです。お互いまだ独身でした。
 僕と、僕の親友山案山子は二人で泊りがけで海水浴に出かけました。なんだってそんなことになったのかというと、これまた当時まだ独身だった僕の兄がたまたま静岡県の沼津に転勤で住んでいて、部屋も余っているし、魚もうまいし、海もあるから遊びにきたらどうだ、と言ってくれたからです。そんなきっかけでもなければ、野郎二人で泊まりで海水浴、なんて色気のないことはしません。
 僕らは僕の車に二人で乗ってでかけました。たしか土日だったと思います。予定では、土曜日の午後につき、海産物を満喫して、日曜日に泳いで帰る、というありがちなで平凡な小旅行になるはずでした。
 それがまさか、あんなことになるなんて。

 土曜日、僕らは予定どおり、兄の家に午後遅くにつき、一泊しました。翌日は近くの兄の家から車で15分くらいの、海水浴場に行きました。兄は他に予定があるとか、で土曜も日曜も別行動だったので、僕らは終始ふたりで行動していました。よく覚えていませんが、そんなことをして休日を過ごすくらいだったので、二人ともお付き合いしている女性もいなかったんだと思います。
 「さあ、今日は海だ。」
 「うん、焼くぞ~~。」
 僕らの海に行く主な目的は『海水浴』とは名ばかりで、その実、焼いて見栄えをよくすること、でした。まだ若かったから見た目を大いに気にしていたし、そういうことで自分たちの魅力がアップする、って真剣に思っていたわけです。
 「これでさ、休み明けに、真っ黒で、出社したらさ、格好いいよね。」
 「うん、しかもさ『あれ、いったいどこへ誰と行ったのかしら?』なあんて思われてさ。」
 「そうそう、そういう『ミステリアスなプライベート』て必要だよな。」
 「そうだよ、男はさミステリアスなところがないと、もてない。」
 「うん。」
 「うん!」
 自意識過剰な大馬鹿野郎ふたりです。
 
 ともかくも、僕らは、泳ぐことなどに見向きもせず、真夏の午前の太陽に砂浜で体を投げ出し、日光浴を始めました。しかも、日焼け止めクリームなど、一切用意することもなしに!砂浜について服を脱いで、それっ!てやっちゃったわけです。

 1、2時間がたちました。僕が言いました。
 「なんかさ、全然黒くなんねえな。」
 「そうだな、はじめと変わんねえなあ。」
 「なんだよ、太陽にやる気が感じられんなあ。これじゃあ『ミステリアスなプライベート』を演出できないじゃん。」
 「うん、もうちょっと辛抱して焼こう。」
 間抜けですねえ。そもそも日焼けというのは太陽光を浴びてすぐに皮膚が変色するわけではなく、時間差で色素が変化をおこすものです。でも無知なふたりはビーチに寝そべって、はい真っ黒、ミステリアス!っていう短絡的な期待をしていたもんだから各々の皮膚の色の変化に満足できず、さらに日焼けを続けたわけです。繰り返しますが、日焼け止めクリームの類などは一切使用することなしに。使用、どころか購入・準備すること、すら僕らは思いつきませんでした。
 結局、二人は、午前から15時頃迄、という一番紫外線の苛烈な時間帯をフルに砂浜で過ごしました。それでもいきなり黒くはなりません。
 「なんだよ、不満だなあ。」
 「そうだな、全然真っ黒じゃない。」
 「うむ、格好いいまでには至ってない。太陽のやつ、俺たちのこの貴重な時間をどーしてくれるんだ。おっと、背中も焼かなきゃ。表だけではミステリアスとはいえんからな。」
 まだ、ミステリアス、言ってます。実際には会社の人は誰も僕らにそんな注意なんか払わないのに、若いっていろんなことが見えていないんですね。日焼け止めクリームの必要性を含めて!

 僕らは、最終的に焼き加減に不満を残しつつも、そろそろ帰らねばならなくなりました。
 「しょうがねえな、帰るか。」
 「うん、あれ、ほら、ちょっと焼けてない?」
 と山案山子が、水着の太ももをめくって言いました。
 「ほら、水着のところがなんとなく白くない?」
 「おー、比べて見るとそうだな。だけど、会社では短パンでうろうろするわけじゃあないから、比べないとわかんないくらいじゃなあ。」
 どこまでも間抜けです。日焼けの変色の効果が日光浴をしてから時間差で、いわば『軽いやけどの効果』として表れる、ということに考えが及んでいません。この時点で、海パンの部分が白いなら、すでにかなりの日焼けをしている、と認識するべきでした。
 「まあ、時間がないから、しょうがない、帰ろう。」
 「うん。」
 と僕らは車に乗り込みました。ここで、些細なことですが、のちのち、ある波紋を呼ぶに至る選択を僕らはすることになります。実は、前の晩、豪遊しすぎて沼津の夜を『予算以上に満喫した』僕と山案山子は、やや懐不如意になっておりました。すっからかん、というわけではありませんでしたが、今日の晩御飯を心置きなく満喫するためには、-言葉で確認するまでもなく、僕らは、うちの近くまで行ったら晩飯を食べて解散するつもりでした。そして、その頃の僕らには、どういう状況であれ、『晩飯の内容』というのは常に非常に重要ないち大命題であったのです。若いって不毛です。-、やや財源が心配でした。そこで、僕らは、
 「帰りは高速に乗らずに、下で行こう。」
 と一般道を通るということで、晩御飯の財源を捻くりだす運びとなりました。

 僕の車、ということもあって、行きと同じように、自然と僕がハンドルを握りました。そして、走ること、1時間くらいたったときのことです。
 僕は、なんだか体にいいようのない違和感を感じていました。妙に熱くて、でもその熱さは体の芯から外に湧き出てくるような熱さで、エアコンを強くしてもおさまるような類のものとは違うんです。そのうえ、服やカーシートに触れる部分の皮膚にじんじんとした軽い痛みを覚え始めていました。なんのことはない、僕は、クリーム無しで数時間も真夏の太陽の下にいた、という無防備さから、ある種の全身やけど、という『病変』をおこしはじめていたんです。でも、そうとは知らずに、あれ、どうしたんだろう、と思いつつも、幸か不幸か、僕は、一方では運転に注意を払わなければならないので、その異様な熱さや痛みを感じること、には集中しきれませんでした。ただ、一般道を走っているので、頻々と信号で、止まります。当たり前です。そのとき、暫時運転の注意から解放されると、一気に熱さや痛みが襲ってきて、うん、なんだろう、こりゃ、と思っていました。
 と、突然、山案山子が言いました。
 「あのさ、運転代わろうか?」
 「え?」
 なるほど、行きも俺が全部運転したし、帰りは道中長いから、山案山子にしては珍しく気を遣ってくれたんだな・・、高速だと運転を代わるわけにはいかないけど、一般道だからそういう申し出をしてくれたわけだ。
 「いや、いいよ。」
 「・・・・・。」
 僕は、実際、運転疲れはまだしていない、ということ以上に、もはや運転でもしていなければ、それから気を紛らすことができない、というくらいの状態に悪化している体の熱さや痛さのこともあり、山案山子の好意を即座に却下しました。すると、どういうわけか、山案山子はなかなか引き下がりません。
 「いや、行きも全部運転してもらったしさ、ちょっと代わるよ。」
 「いや、いいって。」
 「・・・・・・。あのさ、」
 「うん。」
 「運転、したいんだよ、俺。」
 「え?」
 なんていうことはないです。このとき、山案山子の皮膚も僕と同じように『病変』を起こしはじめており、ただ、彼は、僕と違って助手席に座っているだけなので、気の紛らわしようがなく、無言で堪えていたけれど、我慢できなくなった、というわけです。
 「あれ、おまえも、ひょっとして・・・」
 「うん、もう熱くて、痛くてたまらない!運転でもしないと!」
 好意、でもなんでもなかったわけです。
 そうと判明すると、僕はますます譲りません。車中の会話は『友情からくる美しい申し出と辞退』から『あからさまな醜いハンドルの奪い合い』に豹変してしまいました。
 「だいず(僕の渾名です。)、頼む!運転させてくれええ。」
 「だめだ、だめだ、運転なしに、この痛みには堪えられん。」
 「そんなこと言わないで、交互に運転しようよ~~~。」
 「だめ!」
 時間を増すごとに、僕らの体の熱さと痛さは酷くなっていきました。もはや二人ともそれ以外のことは話題にすることすらしませんでした。その日は、一緒に晩飯どころではなく、ほうほうの態でお互いの家に辿り着きましたが、体の異変のピークは帰宅後でした。つまり時間的には、帰宅後まで、皮膚の病変は進行し続けた、わけです。
 帰宅後、夜にかけて、さらに火照りと痛さは酷さを増し、僕は文字通り悶絶しました。なにしろ、体が服や布団にちょっと触れただけで、痛みを感じ、一方で体の中から襲ってくる熱さの波もあり、ろくに寝付けません。確か、氷をタオルに詰め込んで体にあてがったり、というむなしい抵抗を試みながらまんじりともせず、一夜を明かしたように覚えています。山案山子も同じように悶絶しているんだろうな、と思いながら。そして、翌朝、痛みに叫びを上げつつ服を着替え、会社に出社しましたが、正直いって、日中も痛みで仕事どころではありませんでした。おそらくその日、勤務中の僕は同僚にとっては、目一杯、挙動不審だったであろう、と思われます。違った意味でミステリアス、な男だったわけです。
 仕事から帰宅後、痛みの中、山案山子に電話しました。彼は、その日もまだ夏休みで仕事はなかったはずです。
 「おい。」
 「うん、寝られた?」
 「寝られるわけねえだろ?」
 「そうだよな、悲惨だ。まだ痛い。」
 やはり、山案山子も僕と同じように悶絶していたようです。
 「うん、俺も仕事どころじゃなかった。」
 「ええ!だいず、出勤したの!?」
 山案山子は驚愕していました。当然、会社など休んだもの、と思っていたようです。このことは、当時の僕らの『皮膚の病変』がいかに尋常なものではなかったか、を物語っています。
 「当たり前だろ、あれくらいで休むわけにはいかないよ。」
 と、それでも僕は虚勢を張って答えました。山案山子は休みだったので、一日中、専心、痛さをこらえることに集中していたそうです。しかも、曰く、
 「すげえ、あれで出勤するなんて考えられない!俺なんかあまりの惨状に、よく我慢した、って母親の俺に対する評価があがったのに。」
 と、わけのわからん驚きかたをしておりました。

 この、日焼け止めクリームを使わずに、一番太陽が高い時間帯に数時間連続で、身を投げ出した報い、は一日や二日では収まらず、それからだいたい一週間は僕ら二人は、皮膚の痛さをこらえながら生活していました。一週間くらいたつと今度は異常な痒みが全身を襲ってきました。しかし、その痒みは掻いたところで、気持ちがいい、というような穏やかなものではなく、すごく痒い、しかし、掻いたら痛い、という厄介なものでした。それが仕事中など、時間帯を選ばずに襲ってきます。おまけに全身焼いているので、手が届かないようなところまで痒いんです。『ミステリアスなプライベート』どころではありません。ある場所で痒さにたまらずに、席を外し、トイレに駆け込み、痛みもものかわ、上半身裸になって一心不乱に掻きむしったら、剥けた皮が花吹雪のように狭いトイレ中にふわふわと飛び散りました。うわわ、こりゃ山案山子も今頃、どっかで季節はずれの花吹雪を降らせているな、と思いました。僕のあとにトイレに入った人は、人間が脱皮したような床一面の皮にぎょっとされたに違いありません。あとで、聞いたら、果たして山案山子も同じようなタイミングで、痒さにたまらず『脱皮』していたそうです。
 ただひとつ、皮肉なことに、皮膚の色に関してはその一週間は僕らは真っ黒でした。事実は、そんなことはどうでもいいような惨状に見舞われていたわけですが。

 上記のことは、僕と山案山子の間では、未だに『沼津事件』として繰り返し語り継がれており(二人以外にとってはしょうもない話なので、僕らの間のみで反芻するだけですけど)、このことを話すとき、同時に必ず、

 ①日焼けをなめてはいけない。
 ②何が『ミステリアスなプライベート』だ。
 ③二人共いざとなったら友人より自分のほうが可愛い人間である。
 ④山案山子の忍耐力は知れている。

 ということを頷きあいながら、再確認しております。

===終わり===

ラジオ体操第一。

 しつこいのは認めます。
 でも全然納得がいかないので、書いてしまうのであります。
 我慢して最後まで読みましょう。
 
 『10年ひと昔』という言葉にならうのであれば、もう『ひと昔』ではすまないくらい以前のことです。
 今回は、高校2年生の秋の修学旅行での思い出です。奈良の千年を超えようかという古墳を実際に間近でみたことに時空を超える感覚にうち震えました、あるいは、偶然観光コースを外れて立ち寄った京都の名もない寺が、実は数百年の歴史を持つ古刹で、そこの住職が無聊にまかせて親切にも易しく説いてくださった仏話に、少年乍ら初めて仏教の真髄に触れる思いがして未だにわすれられません。
 ・・・という類の話しでは、もちろんありません。これから話すのは、かけらも読むに価しない、僕の人間の小ささ、その他を証明する思い出話です。このへんは筆者の真骨頂であります。

 僕らラグビー部員は実は修学旅行の3日後かだかの、日曜日に公式戦を控えていました。そして、そういう日程になることは時期的に毎年のことで、3年生からは、
 「大事な試合が近いんだから修学旅行中も練習しろ。
  俺たちもそうしてきたんだからな。」
 と厳しくいわれていましたし、僕らもそのつもりでした。でも、数日間だけ奈良京都に滞在するのにわざわざ六人しかいない僕らはどこか練習場所を確保する、などという大がかりなことをするわけもなく、といって昼間に旅行をしないで練習をするわけでもなく、ただ毎日早朝におきて街を走ったり、六人でできるサインプレーをしたり、簡単な筋トレをする程度だったと思います。
 今大人になってから思うとそのことはなにぶん、いや、殆んど精神的な慣習、でしかなく、ある種自分たちのストイックさに自己陶酔していたに過ぎない、面が大きかった、と認めざるを得ないと思います。けれども、その時は、-まあ、誰にでも種類は異なるにせよ『若さ』と書いて『じことうすい』と読む、というような経験があるように-真剣に公式戦にそなえて自分たちのラグビースキルを早朝練習でメンテナンスしなければいかん、と100%信じて疑いませんでした。
 そういうわけで、当時主将であった僕は(以前書いたように人望があったので、とか、特にプレーがうまかったとか、そういうことでなったキャプテンではなくて、主将をきめる日に英語の補習に出ていなかったのが、僕を含めてなんと2人しかいなくて、その2人でどっちかっていうと『声がでかい』というだけ、という経緯で拝命つかまった主将です。)その責務全うに燃えて、自分たちの年代でこの慣習を断ち切ってはならん(なんでいけないんですかね。今思うと別にいいような気もします。)と、旅行の引率責任教師のところに事前に何度も通って許可をようやく取り付けました。教師にしてみれば、修学旅行も学習の一端だし、その程度の軽い練習で、先生不在の状況で(教師がそんな練習に立ち会うわけはないです。)宿泊所近隣でトラブルでも起こされたり、怪我をされたらかなわん、という考えだったんでしょう。ごもっともです。許可してくれないんですよね。しかも今なら間違いなく低姿勢で行ったり、根回ししたりしてから交渉するんだけど、当時はなにしろ『高校生』と書いて『ごうがんふそん』と読む、というような男でしたから、引率の教師に最初から、あんたなんかラグビーのことは知らないくせに、という空気満載で『責任は主将である僕がすべて取ります!』なんて大時代的なことを吐いて交渉にいくもんだからすんなり了解をもらえませんでした。最終的には、向うが面倒くさくなって許可してくれたわけですが、僕は論破してやったぜ、くらいの高揚感をもっていました。

 さて、そういうわけで、僕ら6人は、ラグビーボール数個と練習用のウエアを持って旅行にでました。詳細は覚えていませんが、学校できめられた他の生徒の起床時間より、1,2時間早く起きて練習をする、という計画だったと思います。
 早朝練習初日の朝、僕を含む6人は前夜の夜更かしもものかわ、それぞれの部屋から起きてきて、あくびを連発しながら人影もまばらな京都の街を走り、ラインアウト
(スローイングですね。実はこのプレーには誰がとるか、味方にしかわからないようにサインがあって、投げる人と、取る人の呼吸を常にあわせておく必要があるんです。サインはすぐ相手に悟られないように、例えば『投げる人が5桁の数字を言って、2桁目と4桁目の数字を足して、その足した数字が3の倍数なら豊田がキャッチ、5の倍数なら藤代がキャッチ、でも5桁のうちにゼロがはいっていた場合には計算はしないで無条件にみどりがキャッチ』というようなちょっと聞いたら複雑な計算になってます。法則はそれぞれですが、だいたい各チームともそういうややこしい理屈の上にたった計算式でやってます。ええ?息をきらせながらの試合中にそんな計算できるのかよ・・?ごもっとも。できません。でも実は答えの数というのはそんなに種類があるわけではないので、毎日やっていれば、ほとんど計算しないで味方同士は反射できるものなのです。ま、たまに、信じられないオリジナルな計算式を勝手に算出してその試合中、仲間も意図しない状況で唐突にひとりで飛んだり跳ねたりをする人間も稀にいました-副キャプテンの山案山子くんです-けど。僕もそうですが、高校時代の仲間はおそらくまだ僕たちのチームのラインアウトの計算式は覚えているはずです。それほど毎日やることが要求されるチームプレーなんです。余談が過ぎました。)
の練習なんぞしたりしました。
 うむ、たいへん、よろしい。主将である僕は、痛く満足しました。

 ところが、そこは『10代後半』とかいて『いろこいもふくめていろいろある』と読む、という年代ですから、昼間の行動ももちろん、夜の友人との語らいや馬鹿騒ぎなどにも非生産的な情熱を燃やしに燃やすわけです。
 早朝練習2日目の朝です。時間になっても待ち合わせ場所(たしかホテルのロビーだったと思います。)に2人ほど来ていません。けしからんです。しかし、代々我が部に引き継がれてきた大事な練習を(だから、たんなる自己満足だよ、なんですけどね。)をやらないわけにはいきません。修学旅行なんぞより、その数日後にある公式戦1回戦のほうが何倍も大事なのだ!・・・・しょうがないので、僕は、起きてこない2人の部屋をさがしあて、他の部の生徒の邪魔にならないように『完全熟睡』している同期を起こして無理やりに練習をしました。俺は主将だから責任はあるけど、起こす役目まで引き受けたつもりはないんだけどなあ。でも無理やり起こされた2人は仏頂面こそすれ、僕にたいする謝罪、あるいは感謝の気持ちなど一言もありません。同期の人望で選ばれた主将ではないのでそういう態度もするわけです。ちなみに、先述の英語の補習をうけなかったから、といって僕の高校時代の成績が良かったのか、というと、その時の補習はぎりぎり逃れたものの、それはそれは全体的には目も当てられないような惨状で・・いや、この話はまた別の機会に。

 そして、3日目です。とうとう自分で起きてくるのは僕と、僕と同じ部屋の豊田だけになりました。彼の名誉のために言っておきますが、豊田は僕と同じ部屋だから僕におこされたんじゃなくて毎回自分で起きてくれました。・・・・『起きてくれました』っていう表現を使う時点でなんか主将としては違和感がありますけど。実はたまたまですが、参考までに、この2人は英語非補習組です。
 仕方がない。
 僕は、残りの4人の部屋を調べ、4人を起こしにいきました。4人とも片目をつむっていたり寝癖を爆発させていたりして、見事なまでの不機嫌さです。(だから、起きるのはそれぞれ自分で起きる約束だろ。なんで俺が起こしに回らないといけないんだ。)起こす作業のせいで、練習時間が短くなってしまったことも含めて、言葉に出すことはないにせよ、僕の心の中では、昨日からの苛立ちが増幅していました。

 最終日となりました。もちろん、ロビーに降りてきているのは僕と豊田だけです。僕は、大きな溜息をひとつつくと、他の4人を起こしにいきました。大林、さとる、を起こし、彼らがしぶしぶ起きるのを確認して、残りふたりの部屋に行きました。
 「おい、藤代、朝練するぞ。起きろ。おい、
  起きろよ。」
 すると、ようやく藤代は布団の上に立ちあがりました。と、その時、同時に宿舎の館内放送で-今思うと不思議なんですけど、そのホテルは毎日早朝にラジオ体操を館内放送で流していました。変わってますよね。― ラジオ体操の音が流れてきました。僕に無理やり起こされた藤代は、寝ぼけているのか、布団の上にたつとぼんやりと視線を泳がせたまんまラジオ体操の音楽とナレーションに条件反射をなし、その視線とは対照的に突如体だけは激しく、ラジオ体操第一を始めました。(なんだあ、こいつ?まあ、いいや起きたんだから。もうひとり起こさなきゃ。)
 「用意して降りてこいよ。」
 カクカクと、しかし、妙に懸命に体側のばしをする藤代に捨て台詞を浴びせると、最後のひとり副キャプテンの山案山子の部屋です。
 「おい!山案山子、行くぞ。おい!」
 すると、体こそ起こさないものの、寝床の中の山案山子ははっきりとした声で、
 「うん、わかった。すぐ、行く。」
 と素直に返答しました。
 しかし・・・、4人をおこしてからロビーで待っても、なぜか大林とさとるしか来ません。僕は、もう起こしにいっている時間がないので、あとで追いかけてくるだろう、と判断して、集まった4人で走りにでかけました。俺は、目覚まし時計じゃないんだから!そもそもが15人でやるスポーツなので、6人でさえ練習内容が限られているのに、4人だと碌なことがきません。
 結局、その日の練習には、藤代と山案山子は来ませんでした。

 藤代は、どうやら『あらぬ視線でカクカクとラジオ体操第一を布団の上でなした』あと、そのまま即、二度寝してしまったらしいんです。けしからんのを通りこして唖然とします。
 僕は、練習を終えて、とても不機嫌でした。だいたいが各自が起きてこないから2日目から緊急避難的に僕が起こしてまわっていることからして大いに不満だったのに、最後には起きたくせにこないのが2人もいるなんて・・・。

 その日の修学旅行は団体行動の日でした。朝練のあと宿舎に戻り、他の生徒と一緒に朝食をとり、バスを待つために各クラスで並んでいるときです。僕は、愚痴る相手がいるわけでもなく、なんだかまだもやもやとしていました。
 ふいに、すこし距離を置いた隣のクラスの列から、怒気を含んだ大きな声で僕を呼ぶ男がいました。山案山子です。
 「だいず!
  (僕の仇名です。10年10月25日
  『大豆(おおまめ)に隠された真実。』
   ご参照ください。)!」
 見ると山案山子は眉間に皺を寄せてもんのすごい険悪な顔をしています。僕はというと、最前から述べているようにもやもやとした心中です。何だ、こいつ?
 「なんだよ。」
 憮然と答えます。その次に山案山子が怒りながら怒鳴った言葉は、僕の心の中のもやもやの導火線に火をつけるのには充分すぎるくらい現状認識に温度差がある言葉でした。
 「起こしてよっ!
  なんで起こしてくんないんだよ!」
 ・・・ええ!僕の苛々は心の中で大爆発を起こし、その爆発から溢れだして来た言葉たちがあまりにも多くて、どれを選択していいかわからないほどでした。
 『俺は、お前らの目覚まし時計じゃないんだぞ!』
 『だいたい、各自で起きるのが当たり前じゃないか!』
 『俺は、2日目から起こして回ってるんだ!』
 『おまえ、そもそも副キャプテンだろ!』
 『怒りたいのは俺のほうだ!』
 『こないだ貸した300円返せ!』
 『そこを怒るか、普通!』
 ・・・・・。しかし、気持ちの整理のつかない僕は、反射的に山案山子の土俵に真っ向から乗るような返答をしてしまいました。
山 「起こしてよ!」
僕 「起こしたよ!」
山 「うそだね!俺しらないぞ!」
僕 「うそってなんだ!おまえ返事してたぞ!」

 水掛け論です。山案山子も『うそだ』と『だいずの言動の真偽の鑑定』に関してこぶしをふりあげてしまい、そこに真っ向から挑まれた手前、こぶしを下ろそうとしません。2人の会話はバス乗り場でクラスの列をはさんで、大声での言いあいになりました。

山 「そんなこと、言ってねえよ!
   なんで起こしてくれなかったんだよ!」

 今思うと、彼は彼で、同期の手前、副キャプテンとして朝練にいけなかった(僕にいわせると単なる怠慢なので、いけなかった、じゃなくて、こなかった、ですけど)ということに悔いと責任感を感じての怒声だったようです。起こしてくんないと俺の立場がないじゃないか、ってなもんですね。だからあ、俺は目覚まし時計じゃないっつうの。

僕 「何!だから起こしたっ、つってるだろ!
   だいたい・・・」

 でも、僕にしてみればちゃんと起こしたし、それには山案山子も返事したし、まさか、顔をひっぱたいて完全に起きるまで、なんかやってられないです。そんなことより、そもそも『起こすことはだいずの仕事だろう』という暗黙の前提が僕にしてはおかしいので、百歩譲って僕が彼を起こさなかったとしても(起こしましたけど!)責めを負ういわれはないわけです。
 それで、『だいたい、俺はお前らを起こす係か?起きるのは自分ですることだろう!』と言いかけたとき、僕らのまことにレベルの低い論争をそばで黙って聞いていたハンドボール部の青田君が(彼は山案山子と同じ部屋でした。どうも僕の声に睡眠を邪魔されたみたいです。)ぼそっと、言いました。

青 「だいず、起こしにきてたよ。」
山 「・・・・」
青 「山マンも『うん、すぐ行く』とか言ってたよ。
   その後は起きなかったみたいだけど。」

 青田君は頭もいいし、冷静な人です。この突如あらわれた有力な証人のために、一気に山案山子は『だいずが、起こしにきたか、きていないか』という高く振り上げたこぶしに関しては(だから僕に言わせると、起こしに行ったか行かないか、なんてことより、だいずが目覚まし時計である、という前提こそが気に入らないんですけどね。)振り下ろさざるを得なくなりました。ところが人間というのは面白いもので、振り上げたこぶしが高ければ高いほどなかなかすんなりおろせないもので、山案山子は、

山 「・・え、ほんと?」
青 「ほんとだって。俺全部聞いてもん。
   だいずの言ってる通りだよ。」
山 「ほんと?・・」

 という会話のあと、その眉間にこれでもか、とよせた皺はそのままで、つまり表情はこぶしをあげたままだけど、言葉においては完全にこぶしをおろす、という自己矛盾した格好で、
  「じゃあ、いいや。」
 とつぶやくと、論点をずらすこともなく、いまやその大義名分を完全に失った険悪な表情のまんま、それっきりで会話を一方的に終わらせてしまいました。
 『じゃあ、いいや。』って・・・。僕は万引きした人に間違えられて濡れ衣は晴れたのに『これに懲りて次からは気をつけろよ!』って言われたような気がして、釈然としませんでした。

 だって、そうですよね。

 ①そもそも、起こすのは僕の役目じゃない。
 ②でも、いつのまにかそういうことになっている。
 ③しかもその原因は、自分で起きてこない方にある。
 ④そのうえ、僕は山案山子を起こした。
 ⑤でも『嘘つき』呼ばわりされた。
 ⑥それで、証人の出現によって『じゃあ、今回の
  ところは許してやろう』BY 山案山子、っていう
  空気で論争が終結した。
 ⑦『許してやろう』ってなんだ?
   山案山子にそんな権利や立場があるのか?
 ⑧『起こされたこと』は譲歩して認めるのなら、
   その結果『練習に来なかったこと』には
   なぜ触れない?そっちの方が本題でしょ?
 ⑨300円はまだ返してもらっていない。

 納得いきません。
 でも我ながらよくこんなこと覚えてるなあ。

 ちなみに、あらぬ視線でカクカクとラジオ体操第一を終えて二度寝したらしい藤代を詰問すると、にやにやしながら、
 「まあじい?全然覚えてねえよ。はは。」
 って言ってました・・・・。こちらのケースではあまりのことにただ脱力するばかりで、『ラジオ体操第一』と書いて『むせきにん』と読む、って感じです。

===終わり===

 

 
 

 

定量的と定性的。

 珍しく結論から述べるというリスクから始めます。
 今回は『山案山子の失敗談』です。(もっとも、過去のブログも全部結論から始めたところで特に支障はないです。世に何かを問う、ような話は一編もないですから。)

 宮仕えの身にあって不可欠でありながら資質として僕にないものの一つが『数字に強い』ことです。宮仕え語でいうところの『定量的な』っていう方面です。しかも、僕がそのことに気付いたのは、就職して数年たってからで、なんか同年代の人との会話に最近ボタンの掛け違いみたいなことが多いなあ、と思っていたら、皆さん『数字でものごとを語る』- 定量的に現象をとらえるってことです -ようになっていたわけです。曰く、『日経平均株価が二万何千円の時代にわが社の株価はいくらいくらで』とか『どこそこの国の一人当たりのGDPは米ドル換算でいくらいくらで』とか『全国の百貨店の売上が前年比いくら%増で』・・・っていう具合にです。驚いてしまいます。でも僕は、もともと数字に全然興味が無くて就職してからも『すごい』とか『たくさん』とか『かっちょいい!』とか『じつはK乳(けいにゅう、とお読みください。)じゃないのか?!』なんていう物差しで世間を見聞していたので道理で同年代と話に齟齬があるはずです。僕のこの資質を無理やり宮仕え語で前向きに形容するのなら『定性的な』っていう方面です。
 
 そういう宮仕えとしての非常に重要な瑕疵を自らに発見した僕は『これはいかん!』と驚いてしまいました。それで、驚いてばかりいてもしょうがないので、そういう自らの弱点を克服するように努力をしたか、というと、これが全くせずに今日に至っています。それじゃあ会社で困るんじゃないか、と思われるでしょうが、困っています。
 正確に言うと僕ではなくて、僕が数字に弱いがために『僕の上司や同僚が困っていて』その結果、僕の能力給が低くて、昇進も遅い、けれど、『実は僕はそんなに困っていない』んですけどね。
 『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。』と孫氏の兵法にあるそうですが、僕に言わせると己を知ることの大切さに気付いたくらいで大発見かの如くわざわざ書きとめる、なんぞは思慮浅からんと言わざるを得ません。『己を知って、それを改めて』初めて功なり名をとげるわけで、己を知ったくらいでは、百戦是危険だらけで、課長補佐就任すら是能わず、です。

 そんな僕ゆえ『たしか、十数年まえに二、三回しか確認しあってないが、こ-じもK乳好きだったはず』などという『定性的な』類の話は異常に記憶がいいです。しかも、これまたそういう『ものごとを定性的にとらえて記憶することにおいて自分が他人より秀でている』-言ってしまえば、くだらんことをようく覚えている、ってだけですけど-ことに気付いたのはごく最近です。
 思うに、僕の頭は数字には全然反応しないけれど、定性的なことには頭が反応する、だけでなく、無意識のうちにそれらを『反芻』していわば記憶を上書きし、その保存の堅牢性を高めていっているんだと思います。『そうか、こ-じもK乳好きだったとは、う~~む。これは意外だ、同好の士、否、俺のライバル現わる!』というふうに。そして、その作業が強ければ強いほど『思い出し笑い』を伴うのだと思うんです。僕、よく他人に指摘されるんです。何、にやにやしてるんだ、って。つまり、僕の思い出し笑いは『定性的な記憶維持の堅牢性を高める補完的な役割の露出、あるいは役割そのもの』と言っていいでしょう。
 数字に強い人はその逆で『そうか、この国のひとりあたりのGDPはかくかくしかじか米ドルか。ざっと日本の三分の二だな。このまま過去三年間のような経済成長をこの国が続ければ日本を抜く日がくるかもしれない。う~~む。これは意外だ、新たな市場、否、日本のライバル現わる!』ということを脳の中で復唱して記憶を確かなものにしておられているんではないでしょうか?そしておそらく『どこそこの国のひとりあたりのGDPの反芻』で思い出し笑いをする人はいないです。
 
 ええ、結論から書いた癖に、やっとここから本題です。もう、20年以上前の話です。でも僕は覚えているんです。しかも思い出すたびににやにやして『定性的なデータの上書き』を繰り返しているので、いまだに詳細まで語ることができるんであります。

 今回は、めずらしく、初めてと言っていいくらい山案山子本人には事前了解を得ていないので(別に理由はありません。ちょっと面倒くせえな、と思ったのと、そもそも山案山子と僕の話はだいたい『公序良俗の許す話題かどうか』で書くべきか否かを判断できちゃうんであります。もちろん、これはちょっと書けないな、っていう話しの方がこのブログに書かれる話より数段面白いんですけど。)、山案山子本人もひょっとしたら覚えていないかもしれません。
 ええと、それから、山案山子くんは僕の親友のひとりです。ただし、何回も書いてますけど、別段これといって尊敬できる男でもないです。でもこのブログには、父親と並んで沢山登場していますので、今回初めて読まれる方は(もっとも、そういう方はほとんどおられないと思います。筆者自身の鋭い分析によると、本ブログの読者の97.43%が筆者の知り合いです。)2010年3月27日『みぢかえない話①』、同3月31日『痛い!①』、2011年1月30日『ときと、ばあいと、あいてと。』、2011年2月19日『ラグビー部。』、2011年4月17日『劇団、山案山子。』、を読まれてから以下の話を読まれることをお薦めいたします。

 その頃、僕らはまだ学生で-大学は違いましたけど-毎週のように二人で呑み行ってました。それでよく話が尽きないな、と思われるでしょうが、これがうまくできたもんで、以前にも書いたように-少なくともその年代の頃の僕たちは-二人で飲みに言っているくせに殆んど相手の話をまともにきかずに、自分が喋りたいことをお互いにわあわあしゃべって、そして盛大に呑んで解散!っていうことの連続だったんです。飽きないわけです。
 しかし、そんな中でもごくたまに、しかも大抵唐突に、山案山子がぼそりと話したことで未だに僕の『定性的デ-タの上書きに伴う補完機能たる思い出し笑い』を繰り返させるような会話があるんです。
 
 山「俺、こないださ、いつもみたいにさ・・」
 僕「うん。」
  (そろそろビールやめて焼酎でも飲もうかな?)
 山「三王子で大学の後輩としこたま飲んでてさ、」
 僕「うん、うん・・」
  (あん?こないだも三王子で、しこたまっ、て
   言ってたぞ、またおんなじ話か。んっと
   『いいちこ』くらいにしとくか・・)
 山「それで、金がなくなっちゃってさ、」
 僕「おい、焼酎のまない?」
  (ところで、この男、今日は金持ってるんだろうな?)
 山「それで、どうしようかなと思ったんだけど、」
 僕「うん。」
  (だから焼酎は飲まないのかよ。)
 山「さとるの家に借りに行ったんだよね。」
 僕「ええ!まじ!」

 僕はいきなり真剣に会話に入りこんで、かつ同時にのけぞってしまいました。僕と山案山子は高校時代のラグビー部の同期で、僕が主将で山案山子が副将でした。決して強くはなかったけれど、固定された指導者がおらず、主将と副将が練習内容を自分たちで考えなければならない、というある種他の部員とは違った孤独感がありました。そういうこともあって僕らは仲がよくなったんだと思います。そして、さとるも同じくラグビー部の同期でしたが、卒業してからはそんなに彼とさとるは頻繁に会っていないはずなので、僕の家に『いきなり酔った山案山子が先立つものの工面をしにくること』はあったとしても(実際何回もありましたけど。)間違えても、かような低い低い敷居が、山案山子とさとるの間、にあるとは思えなかったからです。

 山「そう、まじ・・。自分でもよく行ったなと、思うよ。」
 僕「おまえ、さっき『しこたま飲んで』って言ったよな?」
 山「うん。」
 山案山子はなんだか、もごもごしゃべってます。
 僕「電話してから行ったの?」
 山「・・・いや。」
 僕「へ?じゃあおまえ、いきなりさとるん家に行って
   ピンポンしたわけ?」
 山「そうなんだよなあ。ほらあいつの家三王子にあるじゃん?」
 僕「いや、確かにそうだけど、おまえそんなことして
   さとる以外の人が出てきたらどうしようと思ったんだよ。」
 山「うん、さとるのお母さんが出てきた。」
 僕「え!そりゃおまえ恥ずかしいだろ?」
 山「うん。それで金は借りられたんだけどさ・・」
 僕「え?じゃあ、さとるいたの?」
 山「いなかった。」
  (こら、おまえ、話を端折ってるじゃないか!?)
 僕「ええ、いなかった・・って、いなかったのに
   どうやって、さとるにお金借りたんだよ、おまえ。」
 山「・・・うん。それがさ・・・。」
 僕「それが??」
 山「ほら、さとるのお母さん俺らのこと知ってるじゃん?」
 僕「・・・・。」
  (まあ、ラグビー部は比較的人間関係が濃厚だから、自然と同期の名前も親との会話に出てきちゃうからな。でも、だからって、赤ら顔でいきなり親御さんに、金貸してくれ、なんて言わないだろ、普通!)
 山「それで、なんとなく『まあ、山案山子くんお久しぶり、
   今日ねえ生憎、さとる外出していないの。どういうご
   用事?』って聞いてくれて・・」
 僕「でも『生憎いないの』って、きみはさとるを飲みに誘いに
   いったわけではなくて『さとるの財布にご用事』があった
   んじゃないのかね?」

 というのは、以前何回か山案山子が僕の家に『夜討ち融資を依頼』しに来るときはたいてい、僕を誘いにきたんではなくて(建前上か、それらしきことは言ってはいましたけど。でもそれもおかしいですよね。お金が貸主から借主に物理的に移って一時的に懐が潤ったから、といって、借りて即、借主が貸主に『一杯一緒にどう?』って手首でつくったお猪口を妙にななめにひっかける、おっさん仕草付きで言うんです、山案山子は。それも僕の知らない『俺の大学の後輩たちと』って。行くわけないです、そんなの。)、僕の資産-それも流動性の高い資産のみに、ですけど-に用があって来るわけです。

 山「うん、それで、なんか・・どうもそういう趣旨の
   話をしたらしくて・・」
 僕「ええ?酔っ払っていきなりピンポンして、出てきた
   さとるのお母さんに・・」
 山「そう、貸してくれたんだよね。」
 僕「うへえ、そらあすげええなあ。」
 山「うん『山案山子くんなら構わないですよ』って
   言ってくれたかなあ・・・」
 僕「恥ずかしい!!」
 山「・・・うん、恥ずかしい。」
 と、兎も角も、目的を果たしたくせに表情の晴れない山案山子です。
 僕「そらあ、やらかしたなああ。がはは!」
 
 さとるの家は-確かお父様が有名航空会社のパイロットで-ちょっとした邸宅です。そこへ、赤ら顔で千鳥足の山案山子がいきなりピンポンを押して、それで応対してくれたさとるのお母さんから見事無担保融資を取り付けるのにいかなるセールストーク、いやローントークかな?を駆使したのか、全く僕の想像の埒外です。僕は暫時焼酎を頼むことを忘れ、自己嫌悪に浸りきる山案山子を笑いものにすることに集中してしまいました。
 しかし、山案山子はそれだけで終わるようなせこい男ではありません。すでに十分僕を驚かせ、楽しませていながら、さらにぼそぼそと続けます。

 山「それでさ、次の日の朝さとるから電話があってさ、」
 僕「ほう。」
  (そら、さとるにしてみたらわざわざ家にまで来てくれてうれしかったんだろうな。)
 山「さとるにさ、お礼言って、お金はすぐ返すからって
   言ったら・・」
 依然、冴えない顔してます。
 僕「ふむ。そうあるべきだよな。」
 山「そしたら・・・・・・」
 僕「そしたら?」

 そこで、急に山案山子が教会で懺悔する人のような顔-もちろん、実際には見たことはないですけど懺悔する時は人はこういう顔をするんだろうなと思わせるような深刻な顔で-まったく予期しないことをぼそり、と言いました。

 山「さとるが、『山案山子さ、うちの玄関の横にGロして
   いったでしょ?』って。」
 僕「!!!???」

 ええと、ここでいうGロとは(ここでは、じーろ、とお読みください。もちろん実際には『通常の呼称』で会話されました)、アルコール分を飲みすぎたヒトの胃や食道が本人の意思に逆らって、通常の食物摂取の際に行われる嚥下とは『逆しまな蠕動運動』をなし-関西方面でいうところの『えづく』ってやつですね。-、しばし恐竜のような咆哮を伴い、主として週末の道路や駅の端での目撃例が後を絶たないある種の生理的現象の痕跡、のことです。面倒なのと、下品なのと、で以下、会話以外では『逆しまな痕跡』と略しちゃいます。

 僕「しちゃったのか?」

 僕は半信半疑なうえに、呆れると同時に驚愕してしまいました。なぜって、もしその話が本当であれば、山案山子は『逆しまな痕跡』を残すことをこらえきれないくらい酔っ払っているのに、さらに金を借りてでも酒を飲もうとしたのか?、ということ、さらに驚くべきは、金を借りた人-同期のスクラムハーフのお母さん-の家の玄関で『逆しまな痕跡』を残したとしたら、無担保融資をしてくれたさとるのお母さんが姿を消した直後に、遠ざかろうとする努力もせずに『逆しまな痕跡を残すためにいきなりかかみこんだ』可能性がある、ということが頭に浮かんだからです。
 山案山子は僕の質問に答えるかわりに、苦々しい表情で、彼とさとるとの電話の会話を再現してくれました。

 山「『ううん、してないよ。そんなの!』って
   俺言ったわけ。」
 僕「じゃあ、しなかったのか?」
 事態がよく飲み込めない焦燥感と、原因のわからない期待感が僕の心の中で錯綜しています。
 山「いやあ、わかんないと思ったんだよね。」
 僕「・・・・した、ってこと?」
 山「・・うん・・。でもさ、ちょっと悪いじゃん?」
 『ちょっと』じゃないでしょう!留守宅にきて、金借りてって『逆しまな痕跡』を残されたら!
 僕「だから『してないこと』に?」
 山「うん、だって、違うって言い張れると思ったんだよね。
   格好悪いじゃん。金借りた上に・・・」
 そら、まあ通常の『逆しまな痕跡』には名前とか書いてないからな。それにあれを『詳細に分析する人』も見たことないし。
 僕「でも、したんでしょ?」
 山「した。」
 僕「それで?」
 山「それでさ『いやあ、そんなGロなんてしないよお、
   さとる~』ってもう一回言ったの。」
 山案山子は自分から言い出したくせに、もはやなんだか思い出したくもないなあ、って顔になってます。
 僕「それで?」
 山「それでもさ、『いや、山案山子のGロでしょ。わかるよ。』
   って自信満々なわけよ、さとるは。」
 僕「ふむ。なんでだろ?」
 ひとり訝しがる僕への返答はまたしても、彼とさとるの会話の再現で締めくくられました。

 山「『してないよ!』『いや、あれは山案山子のだ。』
   『してないって!』『だってGロのすぐ上の石垣に、
    山案山子の眼鏡があったよ。俺あずかってるから。
    今、眼鏡ないっしょ?』
   『・・・・・ごめん。した。』」
 
 大爆笑です!もちろん、笑っているのは僕だけです。
 僕も経験ありますけど『逆しまな痕跡』を残している最中って涙目になったりするから眼鏡が途中で邪魔になって『とりあえず』外すんですよね。
 さとる邸は、豪邸とはいえないまでもなかなかの構えで、立派な玄関があって、その左右には太股くらいの高さの小さな石垣が這っていて、その上が生垣になっています。一刻も早く『逆しまな痕跡』を残したくて屈みこんだ山案山子には、その石垣の上が眼鏡を『とりあえずそっと置いておく』位置としてはジャストフィットだったのでしょう。そして、翌朝、しまったと思いつつあまりにも恥ずかしいので無罪を主張し続ける山案山子と、さとるの家の前に残された彼の『逆しまな痕跡』と、『とりあえずそっと』のはずだったのに一夜にして『これ以上にない雄弁な証拠』にされてしまった、山案山子の眼鏡!

 山案山子の苦々しい表情は、さとるに対する山案山子の『かつての副将』というプライドどころか、『人間としての信用』が一気に瓦解したことの裏返しだったんです。大喜びする僕に山案山子はなんだか、もごもごと弱弱しい言い訳をしてましたけど、僕に言い訳してもだめです。

 いやあ、山案山子くん、間抜けです。おかしいです。もう20年以上も経つのに、こうやって書きながら何回も思い出し笑いしちゃいました。記憶のさらなる上書き保存であります。

 尚、そのとき山案山子が『いくら借りたのか』はもちろん全然覚えておりません。そこは『定量的な』方面の話ですので・・。
 
===終わり===


 

劇団、山案山子。

 社会に出て日深からぬ頃、まだ独身同士の親友の山案山子と二人、一泊二日で伊豆に旅行にいったときのことです。
 若い男が二人で?そうですよね。僕もそう思いました。

 この旅行の発案者にして幹事は山案山子です。僕の日産パルサ-で行こう、ということになりました。
 「二週間後の土日さ、会社の保養施設がとれたから、
  伊豆に行かない?」
 「うん、行く行く。」
 「女の子もくるからさ。」
 「うん!行く行く!」
 て、いうのがそもそもの始まりだったんです。
 「おい、保養施設とれたって、おまえ・・」
 「うん、ひと部屋ね。」
 「ええ、それじゃあ!?」
 「ダイジ、ダイジ、結構広い和室だから。」
 山案山子は、『大丈夫』のことをまるで旧知の仲の友人のように、略して『ダイジ』という口癖があります。
 「いや、そっちじゃなくて、女の子たちと一緒??」
 「ん?うん、そうなるね。部屋一つって説明しといたけど
  何にも言ってなかったから。」

 これは、たいへんなことになりました。およそ、僕にとってこんな、なんと形容してよいか、心躍る、しかし、なにかしら危うく足が地に着かないような、信じ難く、しかし、本当であればなぜだかまだ何もしていないのに罪悪感を感じるような、ことがあっていいのでしょうか。僕の頭にはあられもない情景が去来し、あるいは『酒池肉林』という四字熟語が浮かびあがります。しかし、かような大事業をさらりとやってのけた山案山子の交渉力、調整力おそるべし、であります。そんな能力が、あんな普段いい加減な男に潜在していたなんて!

 当日の土曜日の朝、僕は柄にもなく身なりなどを整えていたら、さして遠くもない山案山子の家に約束の時間より30分も遅れて到着してしまいました。まだ携帯電話が普及する前で、僕は、右の瞳に『酒池』左の瞳に『肉林』というレリーフが浮かぶのを抑えられずに、しかし、日産パルサ-のハンドルを握りながらじりじりと、
 「しまった!初動から遅刻なんて、俺のファ-スト
  インプレッションがあ!」
 と、一緒に行くであろう女の子への言い訳を考えるのに必死でした。待たせている、ということにおいては山案山子もそうなんですけど、彼に対する申しわけなさは微塵もないんであります。
 「すまん!遅くなった!」
 僕は、山案山子邸の前に急停車すると車を駆け下り、インターフォンを押し、開口一番謝罪しました。言わずもがな、この謝罪は山案山子に対するものではなく、家の中で一緒に待っているであろう女性への気持ち100%、であります。
 僕が、汗をふきふき、息を整え、『酒池肉林』の序章をなんとか取り繕おうと緊張した面持ちで車の前で待っていると、しばらくして山案山子が悠然と出てきました。
 「すまん!こんなに遅れて・・」
 ところが、山案山子は、鷹揚に家のドアを閉めて施錠すると、僕の前を通過し、勝手知ったる他人の日産パルサーの助手席にのりながら、
 「うん、ダイジ、ダイジ。」
 と言いました。うん・・・?????僕は、まだ焦っています。そうか、女の子は山案山子家集合とばかり思い込んでいたが、それは俺のセルジャッジと言うわけでこれから二人でピックアップしに行くんだね、それならそれで急がねば!僕は山案山子と違い、慌てて運転席に滑り込むと、エンジンをかけ、とりあえず発進します。
 「・・・で、どっちのほうに?」
 もちろん、僕が狼狽しつつ尋ねているのは、どこで女の子をピックアップするか、というための道順です。しかし、山案山子はこれから『酒池肉林』を控えているとは思えないほど落ち着いています。
 (おお、さすが女の子を同じ部屋に泊まることを
  セットアップしただけの男だ。俺と違って、
  堂々としたものだ。)
 と僕は感心します。
 「うん、下でいんじゃない。」
 「え?」
 「別に急ぐ必要もないしさ、高速じゃなくっても
  いいっしょ。」
 「・・・・・・。」
 山案山子邸は幹線道路から『コの字』型にはずれた道路の奥にあります。だから、どこへ行くにしろ、どのみち、前を向いて進んでコの字道路を抜けなければいけません。僕が聞いているのはそこで、幹線道路に出て、右折するのか左折するのか、どっちが『酒池肉林につながっているのか』であって、いきなり伊豆にいくのに『高速道路でいくか、いかないか』を聞いているんじゃあないんです。
 「・・・・・・。」
 しばらく無言のまま、コの字を走っていると、山案山子が-彼は、身長185センチになんなんとし、体重90キロ前後の巨漢です-シートをぐーっと下げてからリクライニングさせ、窓を開けて外の風なんぞを爽快に浴びながら、のんびりと言いました。
 「まあ、二人だからさ。ゆっくり行けばいいんじゃない?」
 その言い方は、まるでお笑い芸人が支持率がドン底の現職首相についてコメントするかのようでした。
 すなわち、

 *そもそも『政治は芸人の分野ではない』、
  -『女の子は来ないけど、あながち俺の担当
    分野でもないしさ。』
 *それにいまさら芸人が何を言ったところで
  大勢に影響はないっしょ、
  -『それに二人だから君の遅刻も影響ないしさ。』
 *でも、まあ、頑張ってね、
  -『でも、運転よろしくね。』

 という『無責任感』『投げやり感』と『立場を履き違えた妙な同情』さえ含んでおりました。僕は、何やら完全にメ―タ―を振り切ったかのような軽~い山案山子の態度に、瞬間何が起こったの理解不能でしたが、
 「あ・・、そういうことね。」
 と納得しました。つまるところ、山案山子は、女の子と約束したつもりになっていたけど、実は全然確認がとれてなくて、
 「え~~?そんな話してないじゃん!?」
 「え?じゃあ・・無理ってこと?」
 「うん、ちょっと急に言われても。」
 「・・いや、いいよ、いいよ、そうだよね、
  ダイジ、ダイジ。」
 ってことになったんです。(こういうとき、山案山子はすごく押しが弱いです。)そういうことね。いつもの山案山子じゃん。まあ、そんなうまくいくわきゃねえか・・。
 僕もようやく事態を飲み込み、しかし、まあ、こういう男だからなあ、といまさら山案山子を責める気にもなれず、黙って、幹線道路を『伊豆の方向』に曲がりました。
 そして、しばらくすると僕も瘧の落ちた人のようになり、
 「・・そう・・。じゃあ、まあ、ゆるりと行きますか・・。」
 と巨大な脱力感と、それに変わって心身に満たされていく虚脱感が、しかし『日常という安心感』に変わっていくさまを実感しながら、車を走らせました・・・。

 というわけで、若い男が二人で伊豆に向かいます。道は空いてる、天気もいい。まあ、家でぐだぐだしてるよりましだな、なんて言ってるうちに目当ての保養施設に到着しました。
 「おおー。」
 四人分、だけあってひろびろとしています。
 「いいんじゃない?」
 とにこにこする山案山子。
 「うん、いいねー。」
 とにこにこする僕。ここまで来たら、なんでも褒めて、楽しまなければ今朝までの『酒池肉林テンション』の行き場所がありませんし。
 
 「よし!」
 「よし!」
 僕らは頷きあいました。紆余曲折を経たとはいえ、酒飲み二人が伊豆に現らる、となると、後は『伊豆までわざわざ来たこと』を満足させてくれる『地元のうまい魚を食いまくる』ことにすでに二人がともども切歯扼腕していることは言葉で確認する必要もありません。
 僕らは、歩いて街に出ると、妥協をゆるさない強い物差しを心に掲げ、一軒一軒店を物色しはじめました。なにしろ得べかりし『酒池肉林』という『妄想』と同等の対価を求めているわけですから。
 「ここ、どう?」
 「うん、悪くなさそう・・・、いや、いかん!」
 「なんで?『産地直送』ってでっかく・・」
 「いや、よく見ろ、山案山子、ここは、俺たちの
  家の地区にも支店があるぞ!」
 「おー、ほんとだ!ちくしょう、あやうく
  騙されるところだったぜ。なにしろ伊豆で
  ないと食べられないものじゃないといけない
  からな。あぶねえ、あぶねえ。」
 なにが『騙されるところだったぜ』でしょう。店こそいい迷惑です。『騙す』なんて人聞きの悪い。しかし、酒と、酒を飲みながらの馬鹿話をこよなく愛する僕と山案山子にとって、『ここは少々金がかかろうが(実は四人分の部屋を二人で借りている時点ですでに予想外の支出をしてますけど)伊豆ならではのものを食わずして帰れるか』ということが今は一番ダイジなことなんです。僕らは凶悪なまでの目つきで店を物色します。物色しながら歩いているうちに、うまい具合に喉も乾いて、腹も減ってきました。
 「おい。」
 「うむ。くる途中何も食わなかった甲斐があったなあ。」
 と小さなことを自画自賛する二人です。
 「・・おい、ここ・・。」
 「・・うん、良さげだな・・。」
 そこは、五階建てくらいの新しいビルの一階、いや、中二階部分までが居酒屋になっていて、いかにも地元の金満家が金にものを言わせてつくった、という感じの居酒屋です。
 「ちょっと、中覗いてみよう。」
 「うん。支店もなさそうだし。」
 (だから、別に支店があってもいいですよね。)
 「おおー。」
 「ここ、いいんじゃない?」
 入ると、店の真ん中、厨房の前に、二坪くらいの大きな生簀があります。しかも、その生簀はよくある水槽型ではなく、生簀を囲んでいるカウンタ―から直接魚を覗けるような一段低くこしらえてある池型です。この二人はこういうのに弱いんです。
 「おおー。こんな大きな生簀、なかなか他にはみられんぞ。」
 「うん、伊豆ならではですなあ。」
 と必要以上にはしゃぐ僕と山案山子です。店の中は、清潔感もあって天井も高く、生簀の奥に厨房があり、生簀を囲んでカウンター席、カウンター席を囲む通路の外側―窓に貼りつくように―に家族用と思しきテーブル席もあり、かなりにぎわっています。多少値ははりそうです。
 「ちょっと高いかもしれないけど、ここにしようぜ。
  なにしろ俺たちゃ伊豆にきたんだから。」
 「うん、そうしよう。いい選択だなあ。伊豆ならではだ。」
 と頼まれもしない伊豆観光大使かのように『伊豆』を連発しながら、とうとう店をきめました。

 うまい具合に、カウンター席の中央、生簀の眼の前の席に案内されました。
 「いや、席までべスト!」
 「うむ!」
 いちいち喜びます。さあ、メニューです。しばし僕らは無言でゆっくり物色します。メニューも期待に違わない内容です。ふと、ほぼ同じタイミングで二人が言いました。
 「・・セットメニュー・・」
 「・・・セット・・・・」
 家族連れが多いためかセットメニューがあるんです。地元の居酒屋らしく、付け出しから始まって、刺身、焼きもの、揚げ物、デザート、となかなかの充実ぶりで、値段も単品で頼むより安くあがりそうです。こういうところに来ると値段のこと全く考えないで注文してしまう、というお互いに共通した癖を理解しあっている僕らには、あらかじめ値ごろ感がある、というのはありがたいことです。しかし、僕らはお互いの考えていることはほぼわかっていました。
 「伊豆まできてさ・・」
 「うん、そうだよな・・」
 「伊豆まできて、デザートでアイスクリーム食べる
  こたあねえよな。」
 「うん、セットは却下だな。迷わなくはないけど。」
 「却下、却下、伊豆のもんをばんばん頼もう!」
 というわけで、しばし逡巡したものの、僕らは、コストを犠牲にしても単品を選びました。
 いやあ、美味かったです。その店の料理は、朝の『妄想からの虚脱感』はどこへやら、僕らを『伊豆で地元の魚を満喫した非日常感』で十分に満たしてくれました。もっとも『酒池肉林ではなく、美味い魚を食べることがメインテーマであり、その前提において、わざわざ伊豆まで来て散々店を物色した結果選んだ店がうまくないはずはない』という思いもその満足感を後押ししていたかもしれませんけど。
 山案山子は、先ほど述べたような巨漢です。僕も背は高くないですが、85キロくらいの肥満です。当時はまだ若く食欲も旺盛、おまけにふたりともアルコールも大すき、独身の身で可処分所得100%、まさに、酒池肉林転じて我ながら『鯨飲馬食の如く』でありました。
 「いやあ、食った、食った。」
 「うん、いい選択だったな。」
 「おう、さすが伊豆だ。」
 「うん、伊豆の魚はうめえなあ。」
 まだ『イズ、イズ』言ってます。

 とそのとき、僕の背中のほう、店の奥側のテーブル席のある家族連れが、明らかにセットメニューとわかるそれを食べていました。やっぱり、同じ刺身にしても、あらかじめ決められたものより単品で頼むほうが僕らのような目的をもっていた人間にはよかったようです。
 「おい、山案山子、見ろよ。」
 「・・・。」
 「あれ、セットだぞ。やっぱりセットにしなくて
  よかったなあ。」
 僕は、多少値が張ろうが自分たちの選択が正しかったことを伊豆の海より深く再認識しました。ところが、です。なんと山案山子は僕に反論してきたんです。
 「いや、セットもさ、悪くないと思うんだよね。」
 「はあ?」
 なんだ、こいつ。あれだけ納得して単品にしたのに、食い終わったあとで、なんちゅう興醒めすることを・・。しかも、なんだか知らないけど半オクターブくらいさっきまでより高い声で、そして言葉使いまで、へたくそな文化祭の劇のセリフの棒読みみたいになってます。
 「お前何言ってんだ?セットにしとけばよかったって
  いうことか?」
 「・・いや、そうじゃなくてさ。セットにはセットの良
  さっていうのかな、そういうのがあって、さ、たまたま
  今日の俺たちには単品という選択が、よかったんだけど・・」
 「『たまたまあ』?お前何言ってんだ?」
 「つまりさ、それぞれいいところもある、って思うんだよね。」
 山案山子は言葉使いがよそいきなだけじゃなく、これもまた文化祭で自信のない役をやらされた生徒みたいに、こころなしか視線も泳いでいます。
 「何だあ?『思うんだよね』じゃねえだろ!セットで
  デザートなんて食ってられるか、って山案山子も
  いってたじゃねえか。」
 「・・・・・。」

 こいつ、何豹変してセットメニューを擁護してるんだ?、と僕は解せない気分でいました。二人の間に微妙な空気がながれたまま、会計を終え、外に出て自動ドアが僕ら二人の後で閉まり終えてから、の山案山子の発言に僕はまた仰転してしまいました。すなわち、彼は何の前触れもなく、いきなり怒気を含んだ声でこう言ったのです。
 「だいず!(ダイジ、じゃないです。だいず、です。
  僕の仇名です。10年12月25日『大豆(おおまめ)に
  隠された真実。』をご参照ください。)セットなん
  ていいわけねえだろ!」
 僕は呆然としてしまいました。さっきまでの文化祭調と違い、いつもの山案山子です。
 「・・・・だって、さっき・・」
 と事態がまったく飲み込めない僕は、山案山子の矢継ぎ早の説明でことの真相を知り、突然と彼が文化祭を開催したことを反芻し、山案山子には悪いですけど爆笑してしまいました。
 「笑いごとじゃねえよ。俺の身にもなれよ!
  だいず、声が大きすぎるんだよ!途中で気付けよ!」

 つまり、こういうことです。僕が、
 「あれ、セットだぞ。やっぱりセットにしなくて
  よかったなあ。」
 と僕の背中越しの家族連れのメニューを例示して山案山子に話しかけたとき、僕の声が大きすぎて、その家族連れに聞こえてしまい、じろり、と僕の方を見たんだそうです。僕は、背中越しなのでそんなことはわかりません。でも山案山子は、その視線をもろに受け、いたたまれなくなって、あえて、これまた大きな声で心にもない『セットメニュー礼賛』を僕に対してというより、その家族連れに対してしたんですね。だから、なんだか言葉使いも劇団調になって、視線も生簀の中の魚かの如く泳いじゃったわけです。でも僕はそんなこと全く気がつかないから、山案山子必死の事態収拾へ向けての努力を、
 「お前何言ってんだ?」
 だの、
 「デザートなんて食ってられるか、
  って、いってたじゃねえか。」
 などと、山案山子曰く『全部その家族連れに聞こえるような大声で』悉く粉砕し続けたんだそうです。
 その場で気付いていたら、小心者の僕のことですから気まずい思いをしたでしょうけど、僕は、真相を後になってから聞いたので、その家族連れと山案山子には申し訳ないですが、心おきなく大笑いさせてもらいました。

 実は僕は、『自分の声が大きい』という欠点は自覚してます。そして、大人になってからその原因をつきとめたんです。それは、・・・まあ、今日は、このあたりで。

 僕と山案山子は、その店を出た後『まだ飲み足りない』とコンビニで大量のアルコールを購入し、『四人分の保養施設』でとても飲みきれないだろう、と思われたそれも全部きれいに飲んじゃいました。もっとも僕は、途中で酔いつぶれて寝ちゃったので、山案山子は、熟睡する僕の横で深夜のB級映画を見ながら一人で飲みきっちゃったそうです。

 その時は、特に感じませんでしたが、いまや妻帯者になったふたりからすると二度とできないような『こんくらいダイジ、ダイジ』な豪遊、であったな・・・と改めて思うんであります。

====終わり====


プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

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