スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ショッピングモール

 事情は覚えていませんが、とにかくその時、僕とさい君はふたりで、ショッピングモールのベンチである程度の時間を過ごさねばなりませんでした。

 このブログでも何回も書いてきましたが、さい君の話はとても長いです。御自分でも自覚はあるそうです。どういうふうに長いのか、というと、だいたい大別して二種類に分かれます。

 ①『何を言いたいのか』が全然伝わらず、話が延々と続く。
 ②『言いたいこと』は話の当初から伝わっているけど、付随したどうでもいい天麩羅のころものような話が延々と続く。

 どちらにせよ、『延々と続く』んですけど、割合からいうと①タイプが8割、②タイプが2割ですかね。

 ショッピングモールのベンチに座って、ふたりで時間を過ごさねばならなくなったその時も、さい君と会話をするうちに、いつもの陥穽にはまり、上述で言えばタイプ①の、何を言いたいのかわからない長い、長い話に付き合うことになりました。
 ああ、また始まった、結論は何なんだろう、早く終わんないかなあ、と思いながら、僕は半分聞いている振りをしつつ、極めていい加減に相槌を打っておりました。
 さい君の話は、ぐるぐる回るばかりで、止め処なく続きます。

 話の途中で、ふと、さい君がトイレに立ちました。
 「いやあ、これで小休止できるぞ。」
 トイレは、僕らの座っているベンチのすぐ近く、視線の方向にありました。距離にして10メートルに満たないくらいです。僕は、まっすぐに歩いて行きトイレの入り口に消えて行くさい君のうしろ姿を見るともなしに見ながら、すでにかなり長くしゃべっているのに、未だに言いたいことがさっぱり分からないさい君の話から暫時、-飽くまで暫時ですが-、解放されたことを内心喜びました。
 数分後、用を足し終えたさい君がトイレから姿を現し、再び横に戻ってきました。あたりまえですね。
 はあ、試合再開か・・・・と僕はひそかに身構えました。もっとも、真剣に聞く気持ちはあんまりないです。
 と、さい君が言葉に詰まりました。おや、珍しい・・・と思っていたら、出し抜けにこう問いかけます。

 「ええと・・・、で?どこまで話した?」

 さい君はトイレに立ったことで、話の尻尾を失念してしまったようなんです。
 僕は、僕で多少狼狽しました。なぜって、あまり集中して聞いていなかったので、斯様な突然の口頭試問に全く対応できなかったからです。いや、まずい、聞くふりをしていたことがばれてしまう・・・・、あたふた、あたふた。
 しかし、さい君は幸いにも、僕にはあまり期待していなかったようで、虚空を見つめながら、どこまで話したかを自分で思い出そうとしているようです。
 懸命に話の末尾を思い出そうとする妻と、一緒に思い出すふりをしながらただただ妻が自分で思い出してくれることを心中願う夫、による沈黙がしばらく続きました。

 その時です。無言のままのさい君が表情を変えずに、いきなり立ち上がりました。
 「?」
 どこに行くんだろう・・?
 このときのさい君の行動を見た僕は、実際この女は頭がどうかしたのか、と思いました。
 さい君は、訝しがる僕をよそに、立ち上がると迷いもない様子でまっすぐに歩き出します。そして、そのまま、たった今行ったばかりのトイレに消えていきました。
 はあ、またトイレ??
 と僕が心の中で呟いたのと、ほぼ時を違わずして、トイレからさい君がまた現れました。つまり、さい君は『トイレにほんの一瞬入っただけ』ですぐさま踵を返したわけです。あれれ、と思う間もなくさい君はそのまま表情を変えずに再びこちらのほうにまっすぐに歩いてきて、澱みない動作で、しかし無言のまま僕の隣に座りました。
 やや、奇怪な・・・。
 呆然とする僕に構わず、さい君は、まるで何事もなかったかのような口調で、僕の顔を見つめながら、再びこう言いました。
 「ええと、で?どこまで話した?」
 えっ!なんだそら?
 そうです。さい君は、一連のこの無言での不可解な行動を全く同じ台詞で括弧閉じしちゃったんです。これじゃあ夫は戸惑うじゃないですか。
 だって、

 『どこまで話した?』 → 不可解な行動 → 『どこまで話した?』

 ってことになるので、この『一連の不可解な行動』の意義が不明な上に、ふたりの時間とやりとりの狭間に強引に葬られてしまい、そうですね、まるで『なかったことにされた』みたいです。
 「どこまで話したっけ?」
 さい君は唖然とする僕に頓着せず、問いかけ続けます。
 僕は僕で、この伴侶の不可解な行動を、とても無かったことにすることができず、
 「あの、あのさ、いまなんでトイレに行ったの?」
 と問いただして見ました。
 これに対するさい君の返答は要約すると、
 「トイレに行く前に考えていたことをトイレに行ったことで忘れたので、その行動を時間的に逆行して体験すれば、その時に考えていたことが行動や光景と共に巻き戻されて、考えが途切れたところまで繋がるかもしれない、と思ったから。」
 なんだそうです。

 なんだ、そういうことか、ああ、びっくりした。
 そういうことなら、言われてみたら自分もやらないでもないですが、会話の途中で何の前触れもなしに配偶者の前から姿を消してトイレに入って出てきてみる、まで大掛かりにはやらないので、ちょっとびっくりしました。

 ちなみに、この『行動逆行覚醒法』(そんな名前はないと思います。今僕が名づけました。)が効を奏して、その時、さい君が『どこまで話したか』を思い出したかどうか、については全然覚えていません。まあ、せっかくトイレに行きなおしたのに、僕にどこまで話したか訊ねたくらいだから、たぶん奏功しなかったんでしょう。

=== 終わり ===
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

御意。

御意。ご指摘、無条件に賛同いたします。理屈では分かっているんですけどね。なかなか『継続』が難しいです。

No title

ふむ。すばらしい。
夫婦円満の秘訣の一つは奥方のお話を快く受けとめることですよね。いくら長くとも途中で遮ることなく。
プロフィール

緑 慧太

Author:緑 慧太
好きな言葉:『終身雇用』
座右の銘 :『負けるが勝ち』

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
フリーエリア
にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村
フリーエリア
フリーエリア

人気ブログランキングへ
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。